00:00昔、藍津若松の羽黒山に滝がありました。
00:19上の滝を尾滝、下の滝を目滝、両方の滝を不思議滝と呼んでおりました。
00:26いつの頃のことなのか定かではありませんが、その滝の近くに三度の飯より魚釣りが好きだという爺さんが住んでおりました。
00:44好きこそ物の上手まれの言葉通り、不思議滝に行き一晩釣りをすると、その旅ごとに獲物が多く、皆を感心させておりましたが、
00:55釣り絵が何であるのか、釣竿はどんなのか、釣り場はどこなのか、誰にも教えようとはしませんでした。
01:05お!
01:06ところで、爺さんの家の近くにもう一人、釣り好きの若い男が住んでおりました。
01:18男は何とか爺さんから釣りの極意を教えてもらいたいと思っておりました。
01:24なあ、爺さんよ、お茶でも飲んで行ってくれや。
01:39餌は何じゃ?
01:40しかし爺さんは、そんな男の願いを一向に聞き入れてはくれませんでした。
01:59ところがそんなある晩のこと、何の前触れもなしにひょっこり爺さんは男を訪ねてきました。
02:06おい、おい、あるか?
02:12おりゃあ、隣の爺さんでねえか、何ぞようか。
02:16余があるから、機械で入ってもいいか。
02:19ええとも、ええとも。さあ、さあ、どうぞ。
02:21わざわざ来てくれんでも、わしの方から出向いたのに。さあ、さあ、いっぱい。
02:34この魚はお前が釣ったのうか。引けた岩名じゃのう。
02:39じいさまにあっちは、どんな魚もかなね。
02:42どうじゃろう、釣りの極意話してもらえんかのう。
02:46今日は、そのことで来たんじゃ。
02:51そりゃ、ほんとか?
02:54まあ、落ち着いていけ。
02:59わしはな、若い頃から、あの不思議滝で夜釣りを楽しんできたんじゃが、
03:05近頃じゃ、体が重いようにならず、足も弱ってきて、
03:10とても釣りに行くのが、難儀になってきてしもうた。
03:16そこで、お前にわしの釣りの秘伝を、
03:19一切合切教えてやろうと思ってきたんじゃよ。
03:23ええ?
03:24ここにある釣り道具。
03:26これはな、わしが若い頃から使っている、
03:29サオとエサ箱、道具一切じゃ。
03:32これをまさか、わしに?
03:33そうじゃ、お前様に申請しよう。
03:38ありがとうございます。
03:40その代わりと言ってはなんじゃが、
03:42わしは魚が何よりの好物だでな。
03:45釣ってきたら、毎日少しずつ届けてくれぬか?
03:49そりゃ、当たり前のことです。
03:52釣りの秘伝、愛用の釣り座を、
03:55ビッグ、道具一切いただき申し、
03:57魚を届けて霊ができるなんて、
04:00たやすいことでございます。
04:01ほら、嬉しくて。
04:04あははははは。
04:06獲物は必ずたくさん獲れる、間違いないぞ。
04:11よいか、秘伝の釣り絵じゃがな。
04:14え?
04:15ふしぎだきの、おだきの、たきつぼの間。
04:20じいさんは、夜を徹して釣りの秘伝を男に話して聞かせました。
04:25そうして男は、次の日の晩から、不思議だきに釣りに出かけました。
04:31じいさんに言われた通りの釣り餌と、釣り方で、獲物をじっと待ちました。
04:44はじめのうちは、なかなか釣れなかったが、
04:48しばらくしてから。
04:49はっ、くそりゃ。
04:53わあ、こりゃ大きなイワナじゃ。
04:56ありがたい、ありがたい。
04:57じいさんの言った通り、
05:03明け方までには、ビクの中は魚でいっぱいになりました。
05:09男は、さっそくじいさんに、半分魚を届けました。
05:13じいさん、大量じゃ、半分受け取ってくれや。
05:17おお、大きいのが取れたの。
05:19もともと、腕は確かじゃったからの。
05:22いや、教わった通りやったまでで。
05:26慣れてくれや、これの場合は取れる。
05:29間違いなしじゃ。
05:32男は毎晩、釣りに行き、
05:35その都度、今までにない大量で、
05:38じいさんに毎日魚を届けておりました。
05:44ところが、それからしばらくして、
05:48じいさんのところに魚が全く届かなくなってしまいました。
05:56一月もの間、何の落とさたもないので、
06:01自知義なじいさんは、もう我慢しきれませんでした。
06:04おい、おるんか?
06:07おらんのか?
06:10おるんなら返事せい。
06:15なんじゃ、おるんじゃないかい。
06:17やい、わじゃ、お前を信用して、
06:20わしの釣り道具と釣り方のすべてを伝授してやったのに、
06:25約束を破り終わって、とだけなことよ。
06:28まったく申される通りでございます。
06:32教えてもらった当初は、毎晩毎晩、大量でした。
06:35ところが、いっか月前、不思議だきという名の通り、
06:41夜漬けしている最中に、あの滝で、
06:44ん?
06:45はっ!
06:47うわあああああああああああああ!
06:51妖怪を見てしまったのです。
06:54妖怪?
06:55はい。
06:55白い綿帽子かぶったウバでございます
06:59わしゃ命が惜しくてそれ以来釣りはやめてしまいました
07:04ふんお前様わしゃ数十年あの滝で釣りをしとるが
07:09妖怪なんぞに一度も会ったこともねえぞ
07:13じいさんこれは本当のことだ
07:17じいさんはそれでも男を信じませんでした
07:21せんだってお前にあげた釣り道具しばらくわしに貸してくれんか
07:27そ、それ、それはダメじゃ
07:29もとはその釣り道具はわしのもんじゃぞ
07:33お返しするのは簡単なことじゃ
07:36だが不思議滝へ行くんならダメじゃ
07:40わしゃお前様を父親とも思うとる
07:44なんで嘘なんぞつくものか
07:47あの滝へ行くのは石を抱いて縁に沈むようなもんじゃ
07:52どうせおいさらばいたわがみ
07:56妖怪に配れようと悔いなどないわい
07:59じいさんは釣り道具を男から取り返しました
08:08しばらくぶりに懐かしい滝に来て釣りを始めましたが
08:13なんのこともありません
08:16やはり思ったとおり
08:19あの男はわしをだましを
08:21人の心はわからぬものよ
08:24時がたち
08:34タグロ山の端に月が昇り始めたその時
08:38あいつは本当のことを言ってたのか
08:55たたたたた助けてくれ
08:58じいさん
09:01お前さん
09:02心配になってしたんじゃ
09:04すまん
09:05お前さんを痛くって
09:07本当に妖怪が出よった
09:09綿持ちかぶった
09:11うばあちゃん
09:12釣り道具取ってこねば
09:16そんなもんどうでもいい
09:18逃げよう
09:19なんじゃい
09:32かわうそじゃねえか
09:35かわうそ
09:38そんな
09:40確かにあれは妖怪じゃ
09:42わしゃ追いぼれたとはいえ
09:44目は確かじゃ
09:45滝壺から上がってくる時
09:47頭に泡つけてきたのが
09:49綿帽子に見えたんじゃ
09:52魚好きのかわうそじゃ
09:55わしゃもうこんな恐ろしい目に遭うのは
09:58ゴリゴリじゃ
09:58男は妖怪の虫が
10:03魚好きのかわうそであったのを知り
10:06また釣りを始めました
10:07かわうそよ
10:09同じ仲間じゃな
10:12月の光は青白く滝の水を照らし
10:21男は久しぶりの釣りを楽しみました
10:25そして次の日の朝
10:28かわうそをまだ妖怪だと信じている
10:31じいさんの家へ行き
10:33約束通り
10:35獲れた魚の半分を
10:37届けてやったということです