00:00昔々、伊豆は宇佐美のある神社の境内に
00:18まことに見事な、それはそれは大きなクスの木がありました
00:30ある年のこと、戦船が作られるとき
00:50この大きなクスの木は切られて、船を作る材料にされたのでした
01:00船は、畑船と言われる大型の戦船で
01:29左右に25丁ずつ、50丁炉があり
01:35その炉には、クスの木の芯の一番固い部分が使われたのでした
01:42この船には、50丁炉を漕ぐ男たち50人と
01:49上の矢倉には、侍たち50人が乗っていました
01:55この船の漕ぎ手の一人に、伊豆の国のもので、重吉という男がおりました
02:0350丁炉の一つを勇ましく漕いで、あるときは品川沖に、あるときは下田に、また遠く土佐の室戸にまで行くことがありました
02:17あるとき、土佐の室戸での投流がひどく、長引いたことがありました
02:27乗組の者がみんなそれぞれ町へ上がっていき、伊豆の重吉が一人、留守を守っていたときのことです
02:36どうやら、風が出てきたらしいな
02:47ひたひたと、船畑を撃つ潮の音がだんだん高くなってきました
02:55すると
02:57重吉
02:58重吉
03:01と、どこから来たのか
03:06声が聞こえてきたのです
03:08重吉が耳をすますと
03:11いずみこ
03:13いずみこ
03:17という声も聞こえてくるのです
03:21オラのほかに、誰もいないはずだ
03:25どこから聞こえてくるんだろう
03:29重吉
03:35え?
03:36え?
03:38いずみこ
03:40重吉
03:42重吉
03:44重吉
03:45いずみこ
03:47重吉は、だんだん気味悪くなってきました
03:56重吉
04:03重吉
04:04重吉
04:05重吉
04:06いずみこ
04:07いずみこ
04:08いずみこ
04:09いずみこ
04:11いずみこ
04:12いずみこ
04:14いずみこ
04:16もしかしたら、この声は、ふ、ふ、ふねがしゃべってる声かもしれねえぞ
04:23いずで生まれたふねのことじゃから、いずの海が恋しくなったんじゃねえか
04:30重吉
04:32重吉は、ふなだまさまにおとうみをあげて、ふねがしずまるようにとおまえりをして、よくあさこのことをふねのとうりょうに話しました。
04:45とおりょうは、にわかに信じがたいというふうでしたが、とにかく今夜はふたりで、残ってみようということになったのです。
04:56その夜、ふたりが耳をすましていると、やがて、塩がふなばたをうつ音がはれしくなりはじめて、ふねがみをもむようなきしみ方をしはじめました。
05:12そして
05:13ジュウキチ
05:16イズイコー
05:19ジュウキチ
05:22イズイコー
05:24と
05:25また聞こえてきたのです
05:28なんとだ
05:30確かに聞こえた
05:33ジュウキチ
05:34お前の言う通りこの船が
05:37イズへ帰りたがっているのかも
05:39知れねえな
05:40この噂は上の
05:43矢倉に詰めている
05:44侍たちの間にも広がりましたが
05:47なに
05:49船がしゃべるだと
05:51馬鹿なことを言うな
05:53船がしゃべるわけがなかろう
05:56はははははは
05:58ははははは
06:00やがて船は
06:09品川へ向かうことになり
06:12室戸を出発したのでした
06:15ところがその船足の早いこと早いこと
06:22風もさほど強くないし
06:27こげてたちも特別力を入れているわけでもないのに
06:32たちまちのうちに船は
06:35伊豆の宇佐美沖にさしかかりました
06:38すると
06:41どうしたことか急に船足はのろくなり
06:45とうとう船は止まってしまいました
06:47どうしたんだ
06:50山椒にでも乗り上げたのか
06:53このあたりに船を止める岩があるとは
06:56聞いたことがないぞ
06:58風もあるし
07:03岩に乗り上げてもいないというのに
07:06船が進まないということは
07:09ふんふんふん
07:21みんな漕いで頃ない
07:24いかにもみな一生懸命に漕いでおります
07:29しかしながら船は一向に進まないものです
07:34船が進まないのには思い当たることがございます
07:38思い当たること
07:42はい
07:43実はあそこにおります伊豆の十吉と申す者が
07:49世の世の船の声を聞いております
07:53またその馬鹿げた話か
07:56私もあの者と共に船の声を聞いております
08:01伊豆の生まれの十吉に
08:04同じく伊豆で生まれたこの船が
08:07自分の思いを伝えたのだと思われます
08:11確か噂では伊豆行こうと言っておったそうだな
08:16そうです
08:18何とかこの船の心を慰めなければ
08:22この伊豆の海から先へ進むことができないと
08:26思われます
08:30十吉とやらその方何かいい手立てはないか
08:35はい。おら、あれからずっと考えてたんだけんど、この船に使われている木が、元の宇佐美の神社の境内に戻りたがってんじゃねえかと思われます。
08:54なに?木が戻りたがっているやと?
08:57お?はい。おら、船玉様にお参りしたけんど、それからも船の声は止むことがありませんでした。
09:08この上は、ぜひとも木を戻して、児玉をお慰めしないことにゃ。
09:14重吉は、考えに考えた末、楠の木の芯の部分で作ったのを一本手に取ると、小船で宇佐美へ渡り、神社のあの楠の木の霧壁に差し込んで、深く深くお参りをしたのでした。
09:44そしてそれからは、船が伊豆行こうということはなくなりましたが、不思議なことに、いつも伊豆の海に向かうときには、びっくりするほど船足が速くなったということです。
10:01宇佐美の神社の大きな楠の木の切り株は、畳を何畳か敷けるほどの広さがあったといいますが、
10:15重吉が牢を刺したところから、彦映えが生えて、ずんずん大きくなって、
10:22今では、切られる前の大楠の姿によく似た、大木になっているということです。
10:31ご視聴ありがとうございました。