00:00昔、岡山の阿哲の山奥に、十文寺峠という峠がありました。
00:19ところがこの峠に、お腹をすかした二匹の狼が住んでおりました。
00:30お腹をすかえております。
00:59今回、夜中にお腹が減って我慢できなくなると、村へ降りてきては、小屋を破って馬や鶏を食べたりしておりました。
01:10狼たちは、喉が渇くと、川屋で小便まで飲んでおりました。
01:32それで村の人たちは、夜を川屋にも行かれず、畜生、憎たらしい、狼目がと、ぶつぶつ言いながら、仕方なく家の中でお丸を使って用を出しておりました。
01:49そんなわけで、とうとう、花嫁さんの嫁入り道具の中にまで、きれいなお丸があるぐらいでした。
01:59ところが、阿哲の山の谷底深くに、狼よりももっともっと恐ろしいものが潜んでいるというのでした。
02:09それは、魔道という魔物でした。
02:13魔道は、この縦文寺峠に時折現れては、峠を通る旅人や村の人たちを襲っていました。
02:29こうして、この恐ろしい魔道にあって、生きて帰ったものはありませんでした。
02:44二、三日前に、また峠で旅人が魔道にやられたそうじゃ。
02:51えぇ、ほんとか。
02:53あ、狼も恐ろしいが、魔道の方がもっと恐ろしい。
02:59そんな恐ろしい峠でしたので、このあたりの村人たちは、よほどのことがない限り、この峠を通りませんでした。
03:14ところが、この縦文寺峠を通って、籠振りあきんどをしている五策という男がおりました。
03:21ういしょ、ういしょ、ういしょ、ういしょ、ういしょ、ういしょ、ういしょ。
03:29ゆっとくしゅっと。
03:31今日はいいのがあるで山犬様喜ぶじゃろう
03:35山犬様に山犬様に
03:39と言って五作は近くのやぶの中へ
03:43かごの中で一番いい魚を寄り出して放り込むのでした
03:48それは毎朝のことながら
03:50どれももったいないほど大きくて見事に塩を吹いた魚です
03:55五作はこんなことをもう何年も前からやっていたのでした
04:01そして一服すると五作は峠の下の村へ魚を売りに行きました
04:09魚持ってきたぞ
04:19ご苦労した
04:21遠いとこ大変じゃったな
04:24ほれおまけ
04:28いつもすまないね
04:30あんたタコじゃったな
04:32これはまだピンピンしてるで
04:34おーっとっと逃げちゃだめ
04:37ほら待て
04:38世話を焼かせるよ
04:40ご作
04:45五作
04:45俺の頼んだ目指しの下
04:48あーいけねえ
04:52ばあちゃんの目指し忘れた
04:53すまー
04:54えー
04:55村から出ることができない村の人たちは
05:01この五作が持ってくる魚を食べるのが楽しみで
05:05頭も骨もしゃぶりつくすほど焦がれて食べるのでした
05:09そしてまた次の日も五作は魚のいっぱい入った籠をふりふり峠へやってきました
05:21狼もまたいつものように
05:25峠道に寄ってきて五作の来るのを今か今かときちみに立てて待っておりました
05:32山犬様にー
05:39山犬様にー
05:41五作は今日も籠の中から一番いい魚を寄り出して
05:48ヤブへ放り投げてやりました
05:50おばあちゃん
06:02昨日は忘れて悪かったな
06:04今日は忘れねえでちゃんと目指し持ってきたぞ
06:08おれっ
06:10そりゃーありがてー
06:12それじゃあこれ
06:13おれーいいのかい?こんな大きなカボチャもらって
06:17なーにいいんだよ
06:19いつも魚まけてもらっているでーなー
06:23こうして五作は雨の日も風の日も一日も休まず村の人たちに魚を届けていました
06:33そんなある日のことでした
06:36五作は日がとっぷり暮れてから峠にさしかかりました
06:43あ、なんじゃー?
06:46驚いたことに、峠道の両側に大きな狼が二匹、お宮さんの狛犬のようにつくばんでおりました
06:55まるで五作を待ち伏せしているような具合でした
06:59いやいや、お前らは山犬様じゃろ。どがいした?
07:04そうか、わかったぞ
07:11お前ら腹が減ったんでわしを食おうと思って待っちゃったのか
07:16私は毎日毎日峠を通るたびに、お前らに一番でかい魚をやってきた
07:26それはなぜかわかるか
07:28それはなぜかわかるか
07:30お前らが腹をつかしているじゃろうと思ったからじゃ
07:33なんぼ思いをかけても、ちくしょうはちくしょうじゃの
07:37なさけなや
07:40さあ、どこからなりと食え
07:42こ、これは?
07:49あの時、急に強い風が吹いたかと思う
07:54山なりがして、あの恐ろしい魔導が現れました
07:58かならばれました
08:00うえぇ!
08:01うえぇ!
08:02うえぇ!
08:03おらんぞ
08:15魚売りのワキンドはどこへいんだ
08:19確かに今まで見えていたのに
08:23オオカムしかおらん
08:26魔道はおさこが見つからないので諦めたのか
08:33また気味の悪い風が吹いて
08:36反対の谷へ消えてゆきました
08:39今通ったのはあの魔道じゃったのか
08:51お前らオラを助けてくれたんじゃな
08:54もう少しで食われちまうところじゃった
08:57ありがとうありがとうちょっくらい待っとってね
09:02さあ山犬様遠慮しねえぜ食ってくれや
09:09こうしてごさくは籠の中身をみんなオオカムにやると
09:19峠を下ってゆきました
09:21魔道にあって生きて帰れたのはこのごさくが初めてだったのでした
09:27ごさくの話が下のムラムラに伝わりました
09:33やっぱりあのオオカミはただの畜生じゃねえ
09:39山犬様だ
09:40そうじゃ山犬様に違いねえ
09:44これからオラたちも峠を通るとき食べ物を持ってゆこう
09:49山犬様が腹すかさねえようにな
09:53それがいい
09:55それからというもの
09:58この十文字峠を通る村人たちは
10:01必ず山犬様にー
10:05山犬様食べてくだせーと言って
10:08いろいろな食べ物を置いてくるようになりました
10:12するとそれからは十文字峠のオオカミも下の村に降りてこなくなり
10:18夜も安心して暮らせるようになったということです
10:23また峠で一番恐ろしい魔物の魔道にあっても
10:30二匹のオオカミのおかげで
10:32必ず村へ帰ってこれるようになったということです