00:00昔、いわきの国、ミノワの里の外れに、コードという小さな村があったそうな。
00:21その名のように、こんもりと茂った高台には、小さな明神様が祀ってあった。
00:30草取りだが、生が出るの。
00:36ああ、大根が取れたで、お供えに来てな。明神様の周りだけでもと思っての。
00:43そりゃあ、ええ。俺も親類に弱い事があって、餅をもらったで、まず明神様へと思ってな。
00:52村の人たちは、畑で取り入れがあったり、よそから珍しいものをもらったりすると、まず明神様へお供えしておった。
01:04そんな中に、ひとりのひねくれ者の馬場がおった。
01:12今日は、餅と大根か。
01:15神様が食うわけでもありゃせんのに、こんな柔らかい餅を力見さすのはもったいねえ。
01:22なんと、この馬場は、明神様にお参りするわけでもなく、毎日来ては、村人たちのお供えを平気で盗んで、家に持ち帰り、食うてしまうのじゃった。
01:39ああ、ばあさま、また明神様のお供え物を取ってきとる。
01:46ほんとに、なんてことするんだ。今に罰が当たるぞ。
01:50うるさいね。俺が好きでやってるだって、いちいち文句言うな。
01:55罰が当たるなら、当たってみろってんだ。
01:58そんなことを言って、ほんとに罰が当たっても知らねえぞ。
02:02ああ、当たれってんだ。そうすりゃ俺だって、神様信じるだよ。
02:06そんな馬場の姿に見かねた村人が、なんぼか注意もしてみたが、とても効くもんでなかった。
02:24生物は早く食わんといかんが、餅は日もちがええ。
02:31餅といえば、十日前に持ってきた饅頭がまだ残っとったな。
02:37うーん、あれはどこいたかの。
02:40お、これじゃこれじゃ。まだ食えるかの。
02:45うーん、こりゃあれ、少しにおうな。
02:48ばあさま、おるかね。
02:50隣のじいさまかおるぞ。
02:52なあ、ばあさまよ。村の若いもんまでお前さんには呆れておったぞ。
02:58またその話かい。
03:01わしはお前さんがこの村に嫁に来たときからよう知っとるが、昔はよう働いとったもんじゃがの。
03:11じいさまに死なれてからというもの、ぬらしごとはせんしあそんでばっかりじゃ。
03:17いったいどうしてじゃ。
03:20おらのじいさまの話などするんだ。おらのじいさまの話など聞きとうねえだ。
03:26ばあさま、なぜいつもお前さんのじいさまの話をするとそうおこるんじゃ。
03:33聞きとうないからじゃ。
03:35まんじゅう食うか。
03:38と、とんでもねえ。
03:40みょうじいさまのお供え物口にしたら口がまがってしまう。
03:44まんじゅうひとつにおどろくこともあんめえに。
03:49このまんじゅうやっぱりくさっとった。
03:54これじゃまずくて口がまがってしまうわい。
03:58ひひひひ、はっはっはっはっはっはっはっはっ。
04:02ふぅ。
04:05そんなある日、村のある家で隠居が王女を遂げて葬式出すことになった。
04:14むらに葬式のあるときは、むらびとはえんりょうをして、みょうじんさまのみちはとおらず、わざわざとうまわりをすることになっとった。
04:29ばあさま、いっしょにともらいにゆくべ。
04:34あの委員長にはばあさまもせわになっとったろうが。
04:38なにせわなんぞ、なっとらん。
04:41まあ、そう、いわずに。
04:44ま、せんこうの切れっぱしでもあげてやるか。
04:48よっかしゅう。
04:50こうして、ばばもともらいにゆくことになった。
04:55ばあさまばあさま、どこへいくんじゃ?
04:59きまっとるがな、ともらいにゆくんじゃい。
05:02いんきょのいえは、くるっとまわってこっちじゃぞ。
05:06なにもとうまわりすことないじゃろうが。
05:09みょうじんさまのほそみちがちゃんとあるんじゃから。
05:12きょうは葬式のひなんじゃ。
05:14えんぎがわるいで、みょうじんさまのまえをとおるわけにはいかんのじゃ。
05:19なんでじゃ、おらには葬式があろうとなかろうと。
05:23ちかみちはちかみちじゃ。
05:26ばばは、さっさとみょうじんさまのほそみちを歩いていった。
05:31おらのきまりがなんじゃ。
05:34みょうじんさまのしきたりがなんじゃ。
05:37この世のなかにはかみさまなんておるもんか。
05:40かみさまがおりゃ。
05:42おらをひとりのこしてじいさまがしぬわけわね。
05:46そして、ばばがみょうじんさまにちょうどさしかかったときじゃ。
05:53こりゃあ、ばばあよ。
06:12おそなえものをたびたびぬすむばばあよ。
06:17おうめえはだれじゃ。
06:20わしは、おまえにおそなえものをとられておるみょうじんじゃ。
06:28ひゃあ。
06:31いままでとったおそなえものをぜんぶかえしてもらう。
06:37く、く、くっちまったもんをかえせね。
06:41ならば、おそなえものをあじわったそのばばのしたをいただこう。
06:48うわあああああああああああ。
07:05ばばあは、そのひいらいしゃべることができんようになってしもうた。
07:15それを心配して、隣の爺様がちょくちょくやってきた。
07:20こりゃな、わしの自慢の漬物じゃ、食うて元気出しなされ。
07:40どうじゃ、うまいじゃろう。
07:43うーん。
07:45まずいのか?
07:47うーん。
07:49しゃべることも味わうこともできんとは情けねえことになったもんだ。
07:56罰が当たるっちゅうのはこういうことをよんじゃろう。
08:00うーん。
08:08そうした、ある夜のこと。
08:12わみにゃ。
08:28うーん。
08:30じいさま、じいさま、どこ行くんじゃん、じいさま、じいさまー。
08:43ばばあよ、ばばあよ。
08:49ばばあや、ばばあがじいさまに死なれてから一人で、さみしい気持ちはわしにもよ。
08:59わかる。じゃが、人にはそれぞれ、いろんな不幸が起こる。それをいちいち悲しみ、すねていたのでは、人間、生きてはいけんぞ。
09:13これからは、いっぱいになったじいさまとの思い出を、はげみにかえてがんばっていくのじゃ。
09:25はげみに。
09:26そうじゃ、はげみにじゃ、わかったか。
09:35はい。
09:36ありがとうございますか。
09:45あ、ほら、くちがきけただ。
09:48じいさあ、じいさあ、じいさあ、じいさあ。
09:54ばあさま、しゃべれるようになっただか。
09:57そうじゃ、おれ、このとおり。しゃべれるし、味もわかるんじゃ。
10:06それからの、ばばあは、じいさまとの思い出をはげみにかえて、いぜんのように、あさからばんまでようはたらいた。
10:18そんなすがたを、むらのものたちもあったかく、みまもってやった。
10:28そうして、みょうじんさまのおかげで、すえながく、しあわせにくらしたということじゃ。
10:40ご視聴ありがとうございました。