00:00昔々、薩摩の国は、桜島の近く、日向山というところの地頭に、徳田多氷絵という人がおりました。
00:23頭の働きがとてもよく、きちととんちに長けていて、時には殿様をもやりこめたりするもので、周りの人々から日向山どん、日向山どんと大層を慕われておりました。
00:42例えば、先日もこんなことがありました。
00:45いつも日向山どんにやりこめられている殿様は、ある日明暗を思いついて、早速日向山どんをお城に呼びつけました。
00:57これ日向山。お主の住んでおる日向山は、茶の名所と聞いておるが、しかとさようか。
01:06ああ、王政の通りでございます。
01:12では、今よりすぐ日向山に立ち帰り、茶の実を持って参れ、庭に植えることにする。
01:23相当様に言われて、さすがの日向山どんも困ってしまいました。
01:28どこをどう探しても、茶の実など、あるはずのない季節だったのです。
01:33どうじゃ、日向山。
01:37しかと申しつけたぞ。
01:41はあ、はあ。
01:44日向山どんの困った顔を見て、殿様は得意げでした。
01:50あくる日、日向山どんは城に戻ってきて、殿様の前に出ました。
01:55それが茶の実だと、ただのばあさんではないか。
02:08はい、日向山一番の茶の実。
02:12よく茶を飲むばあさんでございます。
02:15日向山どんは平気な顔をしていました。
02:18じゃあが、その茶の実は、映えはせんじゃろうが。
02:29映えるどころじゃございません。
02:40はようせんか。茶の実は、映えはせんじゃろうが。
02:45何じゃ。
02:58はようせんじゃ。
03:03はい、ご覧のとおり。
03:09日向山一番の茶の実。
03:12よく茶を飲むばあさんが、座敷を這いました。
03:17うーん。
03:20いつもそんな調子でしたから、殿様の方でも何か機会があれば、
03:25なんとか日向山どんを困らせてやろうと考えておりました。
03:29はい、ご覧のとおり。
03:59カモが取れました。
04:02そこで、殿様はある明暗を思いつきました。
04:06次の日、あっちこっちの地頭たちが、
04:09殿様からカモ料理の招待を受けました。
04:13もちろん日向山どんも招かれておりました。
04:17日向山どんもカモ料理には、目がなかったのです。
04:21カモの焼き物、カモの煮物、カモの吸い物と、カモ料理が出てきました。
04:34うーん、いい香り。
04:38冬はカモが一番ですな。
04:45今年のカモは、一段と油が乗っているようで。
04:50一度はカモの味に、舌つづみを打ちながら、
04:56次々に料理を平らげていきました。
05:00殿様も、上機嫌で楽しそうに笑っておりました。
05:05ところが、隅の席に座った日向山どんだけは、
05:13もううんざりした顔をしておりました。
05:16それというのも、日向山どんに出された料理は、
05:19大根の焼き物、大根の煮付け、大根の吸い物といった塩梅。
05:25さては、殿様の仕業と見てとると、
05:28案の定、殿様は日向山どんをチラッと見て、
05:33面白そうに笑っておりました。
05:35ご視聴ありがとうございました。
06:05仕方なしに、日向山どんは、大根料理を、
06:25うんざりするほど食べて、城を後にしました。
06:28それから、四、五日経った日のことでした。
06:33その日は、前の晩から、きりなく桜島の灰が降りしきっておりました。
06:39何?
06:40ただいま、日向山に、数知れぬほどの鴨が来ております。
06:45料理をお出かけになりませんか、日向山。
06:48ふん、よかろう。
06:53日向山どんに、負けず劣らず鴨が好物で、
06:59その上、梁が大好きな殿様は、早速家来を連れて出かけました。
07:04その間にも、ずんずんずんずんずん降る灰は、
07:09殿様の傘や、肩に積もり、
07:12うっすらと灰色に染めてしまうのでした。
07:15お待ち申しておりました。
07:23何にしろ、一知れぬほどの鴨でございます。
07:28そうか。
07:30こっち、こっち。
07:38ほら、殿様、鴨がいっぱい。
07:45ど、どこにおる、どこにもおらんではないか。
07:50ほら、あっちのほうに、見えませんか。
07:54ほん。
07:54殿様、こっちじゃないですよ。
08:17こっち、こっち。
08:18トモ様!こっちこっち!いっぱいいますよー!
08:33ところがあっちへ走ってもこっちへ来てもカモなど一羽も見当たらないのでした
08:39ふっくしょっ
08:44灰の降りしきる中はあっちこっちと走り回され
08:49灰にむせるは顔は真っ黒毛になるわ
08:53その上息が切れるやらでトモ様もとうとうしびれを切らしてしまいました
08:58それ日向山!どこをどう回っても一羽のカモも見当たらんではないか!
09:06これは不思議
09:07あの灰の中にカズシレのカモが頭を出しておるではありませんか?
09:14何を申すか!あれは大根ではないか!
09:24はぁ!この辺でも大根と言いますが
09:28この前トモ様から頂いたカモのご馳走は皆大根でできておりましたので
09:35あれもカモというのかと思ってご案内申し上げたのでございます
09:40何しろこの辺りは灰がよく降りますので
09:44カモの暮らしもなかなか大変でございます
09:48殿様は日向山丼のトンチにすっかりやり込められてしまいました
09:56わかったわかった
10:02あいそう疲れてしもう
10:05カモの水物でも食って休もうと思う
10:09しょうがいたせ
10:11そう言って日向山丼を城に連れ帰り
10:18カモのご馳走をうんと振る舞ったそうです
10:22そして灰に苦しめられている村人の暮らしを
10:28日向山丼から直に聞かされ
10:31それからは村人たちの暮らしを
10:35よく見て回るようになったということです
10:39ご視聴ありがとうございました