00:00昔々、和歌山の方のある山里に、熊蔵と茂兵衛という二人の若者が住んでおった。
00:18これが大層仲の良い二人だな。
00:22熊蔵はがっちりした体で、茂兵衛よりもしっかりしたところがあった。
00:26茂兵衛はその反対にのんびりと器用な性質で、熊蔵のことをいつも兄貴兄貴と呼んで慕っておった。
00:39ジューシー、そうすれんやないか。よくもこんなことのんびりしようよ。
00:45いや兄貴、気が短いからな、兄貴は。
00:50わしゃおめえみてえにのんびりしてねえからな。釣りなんとしょうじゃわんよ。
00:55そんなことを言うて、いつもわしに付き合ってくれるから、わしは兄貴が好きなんじゃよ。
01:03そりゃもうへ。おめえとは小さい時からの付き合いじゃからの。気にせんとけや。
01:09うわぁ。
01:10でかいぞ。兄貴、含まれるぞ。
01:15うわぁ。
01:16うわぁ。
01:17うわぁ。
01:17うわぁ。
01:18うわぁ。
01:19うわぁ。
01:20うわぁ。
01:21でっけえナマズやないか。
01:24じゃ。
01:24でかしたどもうへん。
01:25うわぁ。
01:26こんなん、怖いわ。
01:28もうせっかくおぼろ釣りあげて怖がっとるやつがおるか。
01:32そやかて、兄貴、わしナマズ嫌いやねん。
01:36おれ、おめえのナマズじゃーい。
01:39うわぁ。
01:40それは兄貴くれてやる。
01:42うわぁ。
01:43これはおめえのじゃーい。
01:44おれおれ。
01:45ははは。
01:46というわけで、性格がまったく違う二人が、いつもこんな風に仲良くしておる。
01:57そんな、ある日のことじゃ。
02:04おい、もへい、おるかぁ。
02:09もへいはいつになく座ったまんま返事もせんと、うつむいて黙っておる。
02:14おい、どないしたいやぁ、もへい。
02:24こーら、もへい。
02:26腹でも痛いんか?
02:28医者寄りやろうか?
02:33黙っとってもわからんやないか。
02:36心配事でもあるんやったら、言うてみぃ。
02:39うーん。
02:42おい、どないしたんや。言うてみぃ、もへい。
02:47兄貴、聞いてくれ。
02:49恥ずかしいことやけどな。
02:50お医者さんでも、有馬のゆでもうな、うらん病気なんじゃ。
02:56すすす、するてとめん、まさか何か、あの。
02:59そうなんや、実はな、兄貴もよう知っとる本町の米どんやのね。
03:04小町娘のあのべっぴんのね、お花はんにね、わちぞっくん惚れてしもうてな。
03:12うーん、せつないに。
03:15うーん。
03:16そいでな、一度おうてこの胸のうち話したいんじゃが、ようせんし、苦しんどんのや。
03:24わろうてくれ。
03:26うははは、おめえもなかなか隅におけん。
03:28急に色気づき寄ってからに、あははは、この。
03:34おうおう、そんなことやったらな、この熊蔵にまかせておけん。
03:39え、ほんまかいな、姉貴。
03:42おう、この熊蔵が言うとおりおめえがやったらな、お花はんの方からお嫁にしてくださいと言うてきやるわ。
03:51えぇ、ほんまか、姉貴。
03:55でも、そんなうまい方法があるか。
03:58ここだけの話やけどな、わしええもん持ってるねん。
04:03え、なんやねん、それ。
04:05ええか、これから持ってくるで、ここで待っててや。
04:09というと、熊蔵は急いで自分の家に帰り、
04:13からくさ模様の風呂敷をほどく、
04:16中にあったからの壺のふたをとって、
04:19何やらふかりだした。
04:23え、え、これやらな。
04:25いもりの黒焼き、ほれぐすり。
04:29これをこまにしてふりかけるね。
04:31そしたらあんた、へっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへ。
04:36それは、めずらし物好きの熊蔵が、いつか大阪に行ったときに、
04:41当人の薬屋から買った、いもりの黒焼きのほれぐすりじゃった。
04:46何やって、いもりの黒焼き。
04:50ひゃー、気持ち悪い。
04:52おう、そうかい。
04:53いやか。
04:54お前、おはなはんに惚れてもらわんでもええんやな。
04:57ほな、わしが使おう。
04:59え、ま、待ってくれ、兄貴。
05:02いやいやない、いやいやない。
05:04わしは、いもりの黒焼き大好きや。
05:06ま、ま、ま、落ち着け、落ち着け。
05:08ええか。
05:09おめえはこれを持って、明日の朝、米問屋に行って、おはなの出てくるのを待っておれ。
05:14それでな、おはなが出てきたら、この薬を体へふりかけるんや。
05:18それで、万事うまくいく。
05:20わかったか。
05:21わ、わ、わ、わ。
05:22ところがなぁ。
05:24ところが?
05:25まちがって、他のものにかかったら、最後。
05:28おめえに惚れてしまうから、くれぐれも、気ぃつけな、あかんぞ。
05:33わははは、大丈夫や。わしは、おはなはんだけに、この薬かけたる。
05:39ほいじゃ、おはなはんは、わしにくべったけだ。わいわいわいわいわい。
05:43はっはっはっはっはっは。
05:47もへいは、くまぞうのおかげで、いっぺんに元気づいて、
05:51袋に入れた、ごれぐすりを持って、
05:53あくる朝、早くから、米問屋の表に立って、
05:56おはなはんの出てくるのを待っておいた。
06:00じゃが。
06:02待てど、暮らせど、おはなはんは出てこない。
06:05出入りするのは、あきんのばっかり。
06:09ああ、きょうは、おはなはんでてこないんかいな。
06:13しゃあないな。きょうは、帰ろうか。
06:16と思うたとたんに。
06:19おおっ!
06:21おおっ!おはなはん!
06:25ところが、まあ、おはなはんには、ろくじゅうぐらいの老婆がついておって、
06:31もうおそろしい、おにばばのような顔をしておった。
06:35もへいは、目をつむって、おはなはんの前へとんでくるって、
06:39思い切って、いのりの粉をぱっとふりかけた。
06:42ところが、いつのまにか、おはなはんとばあさんが入り替わっておって、
06:49薬は全部、ばあさんにかかってしもった。
06:53へへへへ。なんて、つみづくりな男じゃろ。
06:58いきなりわしの心に火をつけよって。
07:01わしもひとめあってから、おはなはん。
07:05しゃあ、どんじゃ。あのばあさんが。
07:08わたしは、あんたにどこをほれたんじゃ。
07:10こりゃ、ま、まってくれ。
07:13ああ、忘れてくれ。
07:15ほら、まって。わさすんでも、はなさんぞ。
07:17おやめにもろてくれ。わさあばあさんなんて、好きやない。
07:21いのりから、よめにもろてくれ。
07:25モフレも、死に物狂いで、逃げ回って、どうにかこうにか、ばあさんを振り切って。
07:30早く、早く、早く、待ってくれ。
07:33まって。
07:36いのち、たらがら、自分の家に飛び込むなり、
07:39布団を頭からかぶって、ガタガタ、ふるえておった。
07:42そこへ。
07:46ひゃあ、きおった。
07:49おーい、モフェ、モフェ、おんのか。
07:53お?
07:55ううんうん、出てってばあさん。
07:57お前みたいなもん、顔も見たない。帰ってくれ。
08:00はっかく。
08:02おい、モフェ、なにおわけのわけらんこと言うとる。
08:06なんや、あにきか。
08:09はぁ、やりやり。
08:10じつはな、ほれぐすりをかけまちごうてな、えらい目におうたんや。
08:16と、ことのしだいをくまぞうに話した。
08:19つないしゅう、あにき。
08:22でもわし、やっぱりお花かん好きやし。
08:25ふっふっふ、わしはもうあかんのかな。
08:29あかんことないがな、気にすんな。
08:32こんどはお花がひとりででてくるのもあてばええやないかい。
08:35ひとりでいい?
08:37まいや、そうか。
08:38かんたんなこっちゃ。
08:39はっはっはっはっはっはっはっはっは。
08:43さて、よくじつ、もういっぺんいもりのくろやきのこなをくまぞうにつくってもらったモフェは、
08:49米屋の前でお花はんをまった。
08:53お花はんひとりや。いまじゃ。お花はんごめん。
09:02そのとき、なにやら黒いものがよこぎったと思ったら、なんとまあ、びんぼうがみじゃん。
09:10ふっふっふ、おぬしがすきじゃ。
09:14どっかおぬしにほれた。
09:19さてるんで、人をなんていやじゃ、だいじかいや。
09:26大まりしょい、どうまっちゃよぅ、わぬしのおとばはぇー。
09:31そうですね。
09:32もうわじゃいっしょう scallop。
09:35それてくれぃ。いやじゃ。
09:40あぁ、助かった。よかった。
09:44お世話になりますよ
09:49それからというものモヘイはもうお花はんどころじゃない
09:59毎日毎日貧乏神に追い回されて
10:03稼いでも稼いでも食うていけん有様じゃったら
10:07それでも脇目も振らずに毎日必死に働いているうちに
10:11気弱で臆病な性格はすっかり変わって
10:14立派な働きの中でやがて大金持ちの主人になって
10:20お花はんよりはるかに美人のお嫁さんをもろうたそうじゃ
10:24大金持ちのモヘイにすっかり振られてしまうたわいに
10:36わしゃどうすればええんじゃ
10:38ご視聴ありがとうございました
10:43ご視聴ありがとうございました
