00:00昔々のこと
00:10今の下関が赤間が関と呼ばれていた頃のお話
00:16阿弥陀寺というお寺がありました
00:20そのお寺に法一という目の見えない貧しい琵琶引きが
00:26その芸を和尚に見込まれて引き取られておりました
00:29法一は幼い頃からその不自由な体に琵琶の弾き語りを仕込まれ
00:37まだほんの若者でありながらすでにその芸は師匠をしのぐほどになっていました
00:44法一は源平の物語を語るのが得意で
00:51とりわけ壇の裏の合戦の下りを語るときは
00:54その芸に迫った芸に誰一人涙を誘われない者はいませんでした
01:01その昔
01:05壇の裏において源氏と平家の長い争いの最後の決戦が行われ
01:13争いに敗れた平家一門は女や子供に至るまで
01:17安徳天皇として知られている陽帝諸共
01:22ことごとく海の底に沈んでしまいました
01:26この悲しい平家の最後の戦いを語ったものが
01:32壇の裏の合戦の下りなのです
01:35蒸し暑い夏の世のこと
01:44法一は和尚さんが法事で出かけてしまったので
01:48一人お寺に残って琵琶の稽古をしておりました
01:53音楽
02:23法一
02:31はい
02:33どどなた様か私をお呼びのようですが
02:38私は目が見えませんので
02:41わしはこの寺の近くに足を止めておられる
02:45猿身分の高いお方の使いの者じゃ
02:48殿はその方が合戦物語を語るに
02:53たけているという噂をお耳にして
02:56ぜひ聞いてみたいとお望みじゃ
02:59私の琵琶を
03:01さよ
03:02館へ案内いたす
03:05わしの後ろについてまいで
03:07法一は身分の高いお方が
03:10自分の琵琶を聞きたいと望んでおられると聞いて
03:13すっかり興奮して武者の後について行きました
03:17しばらく行くと大きな門につきました
03:21このあたりにはお寺の門より他に
03:24大きな門はないように思っていたので
03:27法一はどこのお屋敷だろうと考えました
03:30やがて門が開かれて
03:34広い庭を通ると
03:36大きな館の中に通されました
03:39そこには大勢の人が集まっているらしく
03:44さらさらと絹ずれの音や
03:47鎧の触れ合う音が聞こえていました
03:50法一
03:52早速そなたの琵琶に合わせて
03:56平家の物語を語ってくだされ
03:59いずれのくだりをお聞かせいたしたらよいのでしょうか
04:05壇の裏のくだりをぎんじられ
04:09かしこまりました
04:11法一が琵琶を鳴らして語り始めると
04:17見事な琵琶の音は
04:20狼操る音
04:22船に当たって砕ける波
04:25弓鳴りの音
04:27兵士たちのおたけびの声
04:29生き絶えて海に落ちる武者の音などを巧みに表し
04:34大広間はたちまちのうちに
04:36壇の裏の合戦場になってしまったようでした
04:39やがて合戦も平家の悲しい最後のくだりに入るや
04:46広間のあちこちにむせび泣きが起こり
04:51法一の琵琶が終わってもしばらくは誰も口を聞かず
04:55しーんと静まり返っていました
05:06やがてご苦労さまでした
05:10殿も痛くお喜びの御様子じゃ
05:13ありがとうございます
05:15なんぞふさわしいお礼をくださるそうじゃ
05:19なれど
05:20今宵より六日間
05:24毎夜そなたの美話を聞きたいとのおせ
05:28よって明日の夜もこの館に参られるように
05:32明日の夜も
05:34それから法一
05:36寺に戻ってもこのことは誰にも話してはならぬ
05:40よろしいな
05:44朝になって寺に戻ってきた法一は
05:48和尚さんに見つかってしまいました
05:51和尚さんは法一に夜通しどこに行っていたかを尋ねましたが
05:56法一は館での約束を守り一言も話しませんでした
06:01そしてまたも夜がやってきました
06:07和尚さんは法一が何も言わないので何か深いわけがあるに違いないと思い
06:17もし法一が出かけることがあれば
06:20後をつけるように寺男に言い含めておきました
06:24ところが
06:25目の見えないはずの法一の足は意外に早く
06:30闇夜にかき消されるように姿が見えなくなってしまいました
06:34一体どこへ行ったんだ
06:36どこにも姿が見えんぞ
06:37もう一度あなたらを探してみよう
06:39あ、あそこ
06:58法一さんだ
07:00寺男たちは
07:06安徳天皇のお墓の前で
07:09ずぐぬれになってびわをひいている法一を見て
07:12法一が亡霊に取りつかれているに違いないと
07:16力まかせに寺に連れ戻しました
07:19夕べの出来事を聞いた和尚さんは
07:25法一が亡霊に惑わされていることを知って
07:28魔よけのまじないをすることにしました
07:31法一
07:32お前の人並み外れた芸が亡霊を呼ぶことになってしまったようじゃ
07:38今夜もわしは村のおつやに出かけるが
07:41今夜は誰が呼びに来ても口を聞いてはならんぞ
07:45はい
07:46しっかり座禅を組んで
07:49みじろぎひとつせぬことじゃ
07:51恐れて返事をしたり声を出せば
07:54お前は今度こそ亡霊に八つ咲きにされてしまう
07:59わかったな
08:00法一
08:05法一
08:07迎えに参ったぞ
08:10法一
08:13返事を防い
08:16どこじゃ
08:17法一
08:18法一
08:25ビュアがあるが
08:27生きてがおらぬ
08:29ふたつの耳だけが見える
08:34なるほど
08:36口がなくては返事もできまい
08:39それならいっそ
08:41その耳だけでも持ち帰って
08:44法一を呼びに参った
08:46明かしとせねばなるまい
08:48おう
08:51おう
08:52おう
08:52おう
08:54おう
08:55おう
08:57おう
08:59おう
09:01おう
09:03おう
09:05おう
09:07おう
09:08おう
09:09和尚さんは夜明け前に戻ると
09:14急いで法一の様子を見に座敷に駆け込みました
09:18法一無事だったか
09:21法一
09:23お前耳は耳はその耳はどうした
09:28そうであったか
09:32なんとかわいそうなことをしてしもうた
09:36お前の体にすっかり経文を書いたと思うたに
09:41耳を書き残してしまったとは気がつかなかった
09:44よしよしわしが良い医者を頼んで
09:48手厚く手当てをしてやろう
09:51法一は両の耳を取られてしまいましたが
10:00その日からもう亡霊につきまとわれることもなく
10:04ほどなく医者の手当てのおかげで傷も良くなりました
10:08やがてこの噂は口から口へと伝わり
10:16法一の美話はますます評判になっていきました
10:20そして人々は美話法師の法一をいつか
10:26耳なし法一と呼ぶようになり
10:28その名前を知らない人がないほどに
10:32有名になったということです
10:35ご視聴ありがとうございました
10:51ご視聴ありがとうございました
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