00:00昔福島の浜通りの小さな漁村に 浜吉という若い漁師が一人で住んでおった
00:19浜吉は親から人には親切にするもんだ と一つことだけ教わって育った
00:26そのせいか教えてくれた親が貧乏だった ように浜吉も貧乏だ浜吉は毎朝早くの船を出し
00:35日いっぱいかかってわずかばかりの魚を得て それで暮らしを立てておった
00:45ある日のこといつの間にか浜吉はそれまでに 来たこともない海面に浮かんでいた
00:53ここはどこだこんなとこ来たことねーだぞ せっかくだからこの辺でアメでも売っている
01:02ん
01:06何だこりゃに人形
01:13綺麗だなぁまるで龍宮の乙姫様 みていだなぁ
01:21おいしっかりしていけねこれしっかり
01:24どうか弟子を捕まえないで見逃して
01:28なぁにー 新兵ねーだよそれよりお前様疲れているようだな
01:34ん
01:38浜吉は人形船底に寝かせて休ませてやった
01:43人魚は全く安心しきった様子で眠り続けた
01:48ん
01:51ありゃーもう日暮れかー あっ元気になったなかはいおかげさまでそれじゃあもう行く
02:00はいゴーは忘れません
02:03さよなら
02:05もうこんな岸の方まで来ちゃなんでーよ 他の漁師に見つかったらただじゃ済まねーだよ
02:13ん
02:15それから行く道かたっ 浜を大嵐が襲った晩のことだった
02:21お願い申し
02:24ごめんください
02:26ああお願い申し
02:28そんな大嵐の番に誰だべー
02:31ん
02:33誰か呼んだか
02:37ん
02:38そこにいるの誰だ
02:41あの旅のものですが道に迷って困り果てておりますので
02:46どうか今晩一晩だけお止め願います
02:51いいだよいいだよさあ中田入って
02:54申し訳ありません
02:56何してるかそんなとこで上がってくれろ上がってくれろ
03:02ではこれにくるまって温まってくれろ汚ねえ布団だけんだ
03:07オラー外の真矢で寝るだから
03:09すみません
03:10なに遠慮はいらねーだよ
03:12はっ
03:13はっ
03:15ゆっくり休んでくれろなぁ
03:17はいおやすみなさい
03:20はいおやすみなさい
03:29一夜明ければ嵐も去って
03:32納屋で夜を過ごした浜吉は
03:34昨夜の女には声をかけずにそっと寮に出かけようとした
03:38あのもし
03:40はっ
03:41今日は三崎の左20広のところさあ見入れれば
03:45どっさり取れますよ
03:47ほんとけ
03:50よいしょ
03:54よいしょ
03:56よいしょ
03:58その言葉通りに浜吉が網を打ってみると
04:02こりゃ大量だぞ
04:07こりゃ大量だぞ
04:08こりゃ大量だぞ
04:09こりゃ大量だぞ
04:13たちまち船は魚で溢れてしまった
04:21よいしょよいしょ
04:23あの人はまだいればいいがなぁ
04:26でももう帰っただよなぁ
04:30おかえりでやんす
04:32まだいてくれただか
04:33すみません
04:37飯まで作って待っていてくれただか
04:42あのその言いにくいことだどもよ
04:45私をここに置いてくださいましずっと
04:49えっ
04:50おらかまねえだよ
04:52ほら
04:54こうして旅の女は浜吉の家にいることになった
04:58トンダバー
05:01おら行ってくる
05:03あの今日は三崎の右三十広のところさ
05:07網入れるとめったにない珍しい魚が取れるよ
05:10その言葉に間違いなかった
05:13世にもまれら珍魚がどっかり
05:19浜吉はこれを薪へ持って行って売ろうと争って買った
05:24よし
05:26今夜こそおら思い切って行ってみるべ
05:29よし
05:31なんぞご用でしょうか
05:34あのそのやっぱり言えねえだな
05:37は?
05:38よし
05:40よし
05:41ゆうど
05:42おらの嫁っ子になっていけねえ
05:45えっ
05:46なんと
05:47お前さんはきれいだし働きもんだし
05:49おらのような貧乏人にはもったいねえども
05:52おら一生懸命働いてお前さんを幸せにしてみせる
05:57だから嫁っ子になっていけねえ
05:59はぁ
06:00やっぱりだめか
06:02無理ねえな
06:03いえ違います
06:05一つだけ
06:07一つだけ約束してもらえば喜んで嫁っ子になります
06:12約束ってなんだ
06:14あの
06:15私がお風呂座入るとき
06:17決して覗かないって約束してくれれば
06:20なんだ
06:21おらのぞかねぇ決して覗かねぇ
06:23ふらぁ
06:24おら嫁っ子もらったぞ
06:26働き者の嫁っ子もらったぞ
06:29浜吉が嫁っ子をもらったぞよ
06:34まさか
06:38こうして働き者の夫婦ができた
06:41それに浜吉は女房の言う通りのところに網を入れ
06:45そのたんびに大量だったからたちまち人もうらやむ金持ちになった
06:51親方こんなことでいいんだか
06:56なんが
06:58浜吉がやつ
07:00綺麗な嫁っ子もらった上の
07:02おれあ方より金持ちになっちまっただよ
07:05そうなんだ
07:06あらまったく美人の嫁っ子だ
07:08うらうらやましくて
07:10あった
07:13その夜浜吉は網元の家に呼びつけられた
07:17おばんでやんす
07:22お館
07:23ずっと入れずっと
07:25ずっと
07:26さあ
07:29やれ
07:31こんばんは
07:32言わせて聞きたいことがある
07:35そう
07:36おらの酒が飲めねことはあんめよ
07:38ふりふりぐーっと
07:41やった
07:43そうもういっち行き
07:45ぐぐーっとよ
07:46ほらよっぽれっちまうだよ
07:48さて
07:50おめのかかはどこから来た
07:53さあどこから来ただ
07:55正直にお館様に申し上げる
07:58そうなんだ
07:59え?
08:00なんもねえだ
08:02え?
08:03なんとも怪しいかかだ
08:04おらの睨むところ
08:06あれは龍宮から来た女に違えねえ
08:09そうだとすりゃ何もかもが手がいく
08:11え?
08:12どうだおめえのかかは尻尾があるだろう
08:15え?
08:16どうなんだ
08:17とんでもねえ
08:19あれはただの旅の女だよ
08:21え?おらのこの目は節穴じゃねえぞ
08:26え?どうだ
08:27今は決断だよ
08:40あれ
08:42どこさ行った?母ちゃん
08:45母ちゃん
08:48なんだ
08:53風呂さん入ってただか
08:56どうだおめえのかかは尻尾があるだろう
09:00え?
09:01私がお風呂に入るとき
09:03決して覗かないでくださいね
09:06浜吉見てみろ尻尾があるにちいいね
09:10でも
09:15じゃ、ちょっとだけ
09:17人魚
09:29人魚
09:30としにとき
09:32すさまじい大嵐がやってきた
09:35お前
09:37うまえ
09:45どこさん行く?
09:47ま、待ってくれ
09:50帰ってくれ
09:52もぞいたおらが悪かったな
09:54帰ってくれ
09:55もぞってくれ
10:00許してくれ
10:02おらが悪かった
10:04浜吉の叫びも通じなかった
10:10カカは荒れる海に消えていった
10:14親方に無理に飲まされた酒のせいもあったが
10:18浜吉は大切な約束を破ってしまったのだった
10:23翌日
10:27海は静まったが
10:29カカはもう帰ってこなかった
10:32本当の姿を見られた人魚は
10:35二度と人間の姿に戻れなかったのだ