00:00昔々、岐阜県は水波市、蒲戸町の西の外れに、百多というところがあった。
00:23奥深い森を攻め、時川はこの辺りで大きく曲がり、深い淵を作って、水面には一つばたごと勇気が静かに影を落としておった。
00:40その時川の河原に、小さな湯織を作って、山水を相手に暮らしている一人の坊さんがおられた。
00:54このお坊さん、もっぱら弁天様を掘ることに熱中しておった。
01:24一つばたごの枝を渡ってくる、風のささやきに耳を傾けては、のみを入れ、
01:54また、城山の峰にかかる雲を見ては、うなずきながら、のみをふるった。
02:24やがて出来上がった弁天様を、いおりの前の池に祀った。
02:42弁天様のふっくらとした微笑みは、鬼のような心も和らげ、
02:49慈愛に満ちた目は、どんなに悩んでいる人も、救うかのように見えた。
03:19ある晩のこと、いつものようにお勤めをしていると、
03:27弁天様の前で、白いものが動いておった。
03:34目を凝らしてみると、月に照らし出された一匹の白狐が、
03:40弁天様の前にうなだれて、お経を聞いているかのようじゃった。
03:45そこの白狐よ、何をしている。
03:51用があるのなら、こんなに暗くなってから来ると、
03:56もう、もっと明るいうちに来たらどうじゃ。
03:59わしも島を持て余しておる。
04:02いつでもお相手しよう。
04:04次の日、お坊さんが朝のお勤めを始めると、
04:23夕べの白狐がどこからともなく現れて、
04:27弁天様にすがりつくように、
04:31じっとお経に耳を傾けておった。
04:37夕べの月明かりではよく見えなかったが、
04:41もともとの白狐ではなく、
04:44年をとったために、
04:46白くなったような狐じゃった。
04:48白狐よ、お前は人間にも劣らぬ信心を持っておるな。
05:01安心なことじゃさ、話してごらん。
05:05このわしに聞いてもらいたいことがあるんじゃろ。
05:09白狐は、お坊さんの目を見つめながら、
05:14いっそ弁天様ににじり寄った。
05:17その弁天様が気に入ったのか。
05:23お前にやりたいがのう。
05:26もう少し、
05:27仏の教えがわからねばもったいない。
05:31おお、そうじゃ。
05:33わしが、
05:34教語を教えてやろう。
05:37お坊さんが悟すように言葉をかけると、
05:40白狐はうなずくようにして帰っていく。
05:44お坊さんが悟すようにして帰ってきた。
05:53すると、次の日の朝、
05:56狐は、
05:58青いひとつばたごの葉を一枚くわえてやってきた。
06:02ほほー、
06:03これに経文を書いてくれと言うのか。
06:07この大きさだと二十一枚はいるの
06:15この葉に全部書き終えたら弁天様をお前にあげよう
06:23白狐は手を合わせるようにして
06:28経文の書かれた葉をくわえると森の中へ帰っていった
06:34それからというもの年老いた白狐は
06:40毎日お坊さんのもとに通い経文を書いてもらった
06:46そんな光景が何日も何日も続いた
06:51何日かたったある日のこと
07:00さて今日はどこまで書いてやろう
07:04お坊さんは白狐の嬉しそうな顔を見るのが楽しみじゃった
07:10遅いのう今日はどうしたんじゃろう
07:17朝のお勤めを終えたが白狐の姿はなかった
07:26実はお坊さんは経文を二十一枚で書ききれなかったのじゃった
07:46これは約束を破ってしまった
07:50お坊さんはあわてて弁天様を抱いて森へ向かった
07:55一つばたごの葉で覆われた岩陰に
08:06白狐がうずくまっておった
08:10白狐は経文の書かれた葉を連座のように敷き
08:19その上で眠るように死んでおった
08:23死が怖かったのじゃる
08:28この弁天様を抱えて死にたかったのに
08:34二十一枚で書ききれなくてすまんことをした
08:40お坊さんは心からわびて
08:44弁天様と一緒に白狐を丁寧に葬ってやった
08:50するとその晩のこと
09:07お坊さんの夢枕に白狐が現れた
09:13お坊さんお坊さん
09:17お坊さんおかげさまで安らかに眠ることができます
09:27これはほんのお礼ですが
09:31あの岩陰を掘ってみてください
09:34温泉が出るはずです
09:37白狐
09:43次の日
09:46お坊さんから話を聞いた村人たちは
09:50早速大岩の岩陰を掘ってみた
09:55温泉が出たぞー
10:12白狐の言っていたことは本当じゃった
10:21こんこんと湧き出る湯はその後村人たちの憩いの場となり
10:27仕事の疲れを癒してくれた
10:30そしてこの温泉は白狐をしのんで
10:34白狐の湯と呼ぶようになったということじゃ