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  • 2 日前
前回のインタビューはこちら
https://youtu.be/qSQa2cSE-yk

◆原貫太を応援するサポーターズクラブはこちら
https://community.camp-fire.jp/projects/view/599505

今回のイラク取材で案内役を務めてくれているのは、人道支援活動家の高遠菜穂子さん。彼女は2004年、イラクで活動中に武装勢力に拘束され、日本国内外で大きく報道された「イラク日本人人質事件」の当事者です。

今回のインタビューでは、人質から解放されて帰国した後、日本で待ち受けていた壮絶なバッシングについて語っていただきました。

「生きて帰ってきたらダメだったんだ」

そう振り返る高遠さんは、当時どんな思いを抱えていたのか。

大手メディアの報道だけでは決して知ることのできなかった日本人人質事件の裏側をお伝えします。ぜひ最後までご覧ください。

※この動画は2025年5月に撮影したものです。最新の現地情勢を反映したものではありません。最新情報はニュースや外務省の発信をご確認ください。

◆高遠菜穂子さんが代表を務める一般社団法人ピース・セル・プロジェクトのHPはこちら
https://www.peacecellproject.org/donate

◆高遠菜穂子さんが出演した映画『ファルージャ』はこちら
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ニュース
トランスクリプション
00:00生きて帰ってきたらダメだったんだ
00:01殺された方が良かったんだ
00:03段ボール何箱って郵便が届き
00:06半分以上脅迫だったらしいんですよね
00:09誹謗中傷っていうか
00:10イラクでの殺意を向けられたのが終わったけれど
00:14自分の母国に帰ってきてもう一度殺意を向けられた
00:18自分がイラクで殺されていれば
00:21ここまで家族が攻撃されることはなかった
00:262004年4月
00:27イラクで武装グループが日本の民間人3名を拘束
00:30
00:31当時派遣されていた自衛隊の撤退を要求する事件が
00:34発生
00:35犯行声明には要求が受け入れられなければ
00:38人質を殺害するという脅迫も含まれていました
00:41そのうちの一人がイラクで現在まで22年にわたり
00:44人道支援を続けてきた高藤直子さんです
00:47前回の動画ではどのような状況で武装勢力に拘束さ
00:51
00:51そして解放されるまでに何があったのかを伺いました
00:55しかし帰国後の高藤さんを待っていたのは
00:57自己責任という言葉と共に浴びせられる
01:00同じ日本人からの激しいバッシングでした
01:03数え切れないほどの誹謗中傷を受けていた当時
01:06高藤さんは何を思っていたのか
01:08当時の報道だけでは見えなかった
01:10日本人人質事件の真相を伺いました
01:14人質から解放された後日本に帰国して
01:17日本で自己責任論のバッシングもあったと聞いています
01:21その時の心境はどのようなものでしたか
01:25生きて帰ってきたらダメだったんだっていう
01:28死んで帰ってきた方が殺された方が良かったんだっていう風に
01:33全部なんかこう辛辣な言葉が全部死ねっていう風に
01:36私には思えたので
01:39解放されたことを実感するのもなかなか難しかったんですけど
01:46日本に帰ってきてから
01:48なんていうんですかね
01:50また殺意を向けられるというか
01:53イラクでの殺意を向けられたのが終わったけれど
01:58自分の母国に帰ってきてもう一度殺意を向けられた
02:02っていう
02:03私の中ではそれがセットになってしまっていて
02:06今はもう全然
02:07全然というか
02:10何か事件のことを思い出すと
02:12日本でのことっていうのが全部くっついて
02:15それが一つになって思い出されるというか
02:18それが結構きつかったっていうのがありますね
02:22イラクで殺意を向けられた時っていうのは
02:25ものすごい重武装をした人たちが怒鳴ったりとか
02:29銃向けたりとか
02:30殺されたりとか
02:33首切られそうになったりとか
02:35あったんだけれども
02:36最終的には何か通じる
02:40通じたっていうような
02:42私の思いの丈をガーって訴えて
02:46それがなんとなく重武装していた
02:48彼らに通じたっていう感覚があったんですよ
02:51実感がね
02:52だけど日本に帰ってきて言葉が通じて
02:55誰も私に銃を向けてないんだけど
02:58このカメラがやっぱり怖かった
03:01ほとんど私下向いてたんですけど
03:03空港に着いた瞬間の
03:06その
03:07なんていうんですかね
03:09
03:10黒い
03:11なんか塊みたいな感じの
03:13印象があって
03:15そこにそのカメラが
03:17わーってこうなってる感じっていうか
03:20それからなんかさまざまな声が聞こえてきて
03:24それをずっと下向きながら歩いてたんですけど
03:28やっぱそれをすごい恐怖で
03:34そこからなんとか日本語で
03:36通じるはずの日本語で
03:38何があったかを伝えようとするんだけれども
03:41どうしても伝わらない
03:45何か最初からこう
03:46例えばその新聞の取材を受けても
03:49テレビの取材を受けても
03:50その事件の始まり
03:51事件が始まり
03:52そのことばかりを聞かれていて
03:54私が一番伝えたかったのは
03:56なんでそういうことが起きたのかっていう
03:58そこを伝えたかったんだけど
04:00そこを聞いてくれる人が
04:01まずいなかったんですよね
04:03それが一番厳しい
04:05とにかく言葉一緒なのに伝わらないっていう
04:11なんだろう
04:12メディア側にはもう最初から
04:14そういうのがあったのかなっていう
04:16そのぐらい伝わらない感っていうか
04:19それは最初の頃すごく苦しかったですね
04:22結局そこでなんかもう力尽きてしまって
04:26ほぼ起き上がれない状態になっちゃって
04:30今でも思い出すとちょっと怖くなるんですけど
04:32完全にこう体が空洞みたくなってしまったような感覚
04:40それは今でもちょっと怖い
04:44あと眠れなくなってたので
04:46空港に着いた時に最初に
04:49精神科の先生が待っていてくださって
04:53それでいろいろ質問されたりとかして
04:56そのASDだと
04:58急性ストレス障害っていう
05:01でその時の私もパニックになっていたから
05:05多分泣いたりいろいろこう
05:07わーってなってたりとかしてたんだと思うんですけど
05:10急性ストレス障害っていうのもあるし
05:12後にPTSDってことになっちゃうんですけど
05:15症状としてはその抜け殻感と
05:19だから起き上がれない
05:21体に力が入らない
05:23眠れない
05:24眠ったとしても本当になんだろう
05:271時間2時間ぐらいで目が覚めるみたいな感じ
05:31特にうちの母親がそれをずっと見てたので
05:34寝てるかなと思ったら目がすごい
05:37こうガッて開いてるみたいな
05:39そういうような状況だったので
05:42さすがに道民剤とか
05:44手剤とかそういうのを飲んでたんですけど
05:48幻聴もあって
05:50耳のそばでお茶碗が割れるような音とか
05:54そういうのがあって
05:55結構イラクって
05:58武装勢力に殺意を持たれて
06:01解放されたんだけれども
06:03解放された実感がほぼ持てない状態で
06:08次の殺意に
06:10こうなんていうんですかね
06:12こう
06:13ぶちのめされるみたいな
06:14日本に帰ってきたんだけど
06:16住所もある
06:19新聞が
06:21これもイラクですね
06:22ちょっとね停電しちゃったんで
06:25イラクやっぱり今だに停電はよくあるんです
06:28ここ多いですね
06:29ちょっと一旦カメラ止めて
06:31停電復帰したら続きを話しますね
06:35電気も戻りましたので
06:37先ほどの続きをお願いします
06:39ある新聞社が
06:40うちの住所なんか出しちゃったみたいなんですよね
06:43ほぼ全社のマスコミの人たちが
06:46うちの玄関にずっと
06:47ずっといるっていう状況が続き
06:50住所が出たことによって
06:52一般の人たちも
06:53家を見に来るみたいなことになっちゃって
06:56もう昼間からずっとカーテン閉めてないと
06:58もう取られちゃうみたいな
07:01そういう感じだったし
07:03それから最初の頃は
07:06マスコミの方がバーって入ってきて
07:08そのまま家の中に流れ込んじゃったみたいなんですよね
07:11うちの家族たちは
07:13テレビを見てたんだけれども
07:14その状況っていうのが
07:16マスコミの人に見られるんだけど
07:17そしたらそれが
07:18SNSはなかったんだけど
07:202チャンネルっていうのが当時あったんですよ
07:23そこでなんか
07:24すごい
07:26父親が下着のシャツでいるとか
07:31なんかそういうことが始まって
07:33うちの弟が
07:35とにかく出てほしいと思って
07:37マスコミの人に
07:38と思ったんだけど
07:39ある時パソコンのある部屋
07:42私が使ってたんですけど
07:43そのパソコンを勝手に電源入れて
07:46見ようとしてる人がいて
07:48オタクどこのメディアって聞いたら
07:51〇〇新聞って答えたらしいんですけど
07:54うちの弟の感じで
07:57あれは新聞社じゃなくて
07:59週刊誌かなみたいな
08:01そういう感じで
08:01分かんないです
08:02嘘言ってたのかもしれないし
08:04でも本当に全部の新聞社も来てたし
08:07テレビも来てたしっていうような状況だったので
08:09とにかくそういう感じで
08:10勝手に入ってきちゃう
08:12勝手にパソコン電源入れちゃう
08:14いろんなものを物色しちゃう
08:16みたいな状況になり
08:17それを地元の友達が心配して
08:20うちに来て
08:22うちの母親に
08:23お母さんこれは警察を呼んだ方がいいと思うよって言って
08:26それで警察の人に来てもらって
08:29警察の人もいるし
08:30マスコミの人もいるしっていう
08:32日々が続いちゃったっていう状況だったらしいですね
08:36だからそれで結局
08:39私もASDとかPTSDとかってなったけれど
08:43家族も結構そういう状況になってしまって
08:47家族は見ず知らずの人に顔が出ちゃってるから
08:51例えばスーパーの駐車場とかで
08:5430分くらいとなられ続ける
08:57罵倒され続けるみたいな
08:59家族そうですね
09:00結局同じように
09:04PTSDみたいな
09:05PTSDになっちゃったんですよね
09:07それが結構続きまして
09:09家族も家から出られないような状況
09:13他の2人の家族も同じように
09:16家から出られなくなる
09:17外戦車が来て
09:19ずっと何時間も家の周りで
09:21がなるみたいなこととか
09:23歩いてるだけで知らない人に
09:25グーで殴られるとか
09:27そうですねそういう感じ
09:285年くらいそういう影響がずっと続いて
09:33その間はとにかく私としては
09:37そういう事件がなぜ起きたのかっていうことを伝えたくて
09:41とにかく講演会を受け入れるだけ受けて
09:44とにかくどんな機会も逃さずに
09:47日本中歩きで合間を縫って
09:49イラクの隣国のヨルダンに行くっていう
09:51そういうもう本当に1年に5回とか
09:55そのぐらいはこう行ったり来たりをして
09:575、6回行ったり来たりして
09:58でイラク支援を続けながら
10:00日本ではもう空港からまっすぐ講演会場に行って
10:03みたいな
10:04そういう毎日そういう感じ
10:05でも自分で今どこにいるのか
10:07何やってるのか時々分かんなくなっちゃって
10:10私だけがそのバッシングを受けてるなら良かったんだけど
10:14家族とかその講演に呼んでくださる主催者とか
10:18そういったところに穂先が行っちゃうのが
10:20すっごいきつかった
10:24例えばそのまだ起き上がれない時に
10:26実家でトイレに行った時になんかこう
10:29郵便受けにポトンと郵便が入って
10:33でそれが目に入って
10:35そしたらそれが一つははがきなんだけど
10:38黒い縁取りがしてあって
10:41天柱って書いてあって
10:43私の名前ではなく
10:45家族の名前だったんですよ
10:46でしっかり漢字も間違ってなくて
10:492人の兄弟の名前が書かれていて
10:51それを見て
10:54もう私はもう大声で泣いてしまって
11:00自分がイラクで殺されていればここまで
11:07家族が攻撃されることはなかったっていうふうに
11:16思って生きていけないなって思いましたね
11:20だから本当に消えてなくなりたい
11:25死んだ方がいいと思ったんですよね
11:31でもう一つの方はとにかく
11:35ものすごい脅迫みたいなこととか
11:37いっぱい書いてあったやつだったんですけど
11:39うちの母親がとにかく山のように
11:43住所が公開されてしまったこともあり
11:45段ボール何箱って郵便が届き
11:50半分以上脅迫だったらしいんですよね
11:54その誹謗中傷っていうか
11:56うち北海道で北国なんで
11:58まあ薪ストーブ買って
12:00でうちの母親全部それを開けて
12:03私が見ないように
12:07そういう恐ろしい手紙は
12:09全部その場で燃やしていって
12:12励ましのお便りだけを私に見せてたんですよ
12:15私それ知らなかったんですよ
12:17で私はそれを励ましのお便りを見て
12:20なんとかこう持ちこたえるっていうか
12:24そういう状態だったんだけど
12:26何年か経ってから
12:27実はすごい大量の
12:29誹謗中傷とか脅迫とかが
12:31すっごい来てたっていうのを
12:32何年も経ってから聞いて
12:34それ全部仕分けしてくれてたんだと思って
12:37それがまず一番答えたというか
12:41辛かった
12:42それから公演の会場に
12:45公演会場気づけで私宛てに
12:48風書が届いてたりとか
12:50その主催者の方が
12:53高藤さんにお手紙届いてますって言って
12:56それ公演前に
12:57何だろうと思って開けてみたら
12:59別に8枚ぐらいあったかな
13:01もう延々と誹謗中傷なんですよ
13:04それなんかこう
13:05イラクの報告をする前にそれを読んでしまって
13:08本当にもう公演始まる前とかに
13:12そういうのを読んだり聞いたりとかして
13:16公演を始まる直前に
13:20具合悪くなって
13:22トイレに駆け込んだりしてましたね
13:25結構きつかった
13:27終わった後に懇親会とか
13:29そういうのも出たりとかしたんだけど
13:31懇親会でも辛かったんですよね
13:33サポートしてくれる
13:35機会を与えてくれる
13:37方々にとっても
13:38すごい何が起きてたかよく分からない
13:40イラクの話のほかに
13:42打ち解けた後に
13:45もっと深掘りしようかなっていうふうに
13:47思われると思うんですけど
13:48その時はやっぱきつかった
13:50あの時本当に実際はどうだったのとか
13:52例えば自作自演とかっていう報道とかも
13:54すごいあったりとか
13:55ある新聞では私が
13:57武装勢力と繋がってたとか
13:59そういうことも書かれたりとかしてたので
14:01それを信じてはいないけれども
14:04違うんだよねとか
14:05そういうふうに聞かれること自体が
14:06もう本当に
14:07思い出すこと自体が辛くて
14:10だからもうそうですね
14:115年ぐらいもう最初のうち
14:13それでもう本当に
14:15涙が止まらなくて
14:17もう一日中涙が止まらないみたいなことが
14:19ずーっと続いたので
14:21もう講演は受けるけど
14:23一切懇親会とかは出ない
14:26それからそのアンケート
14:29最初のうちは読みました
14:341000枚ぐらいはトータル読んだと思う
14:36多分
14:37何百人何百人何百人
14:39もう数日でもうやめようと思いました
14:41なぜならほぼ同じだったんですよ
14:44とにかく最初の頃はすごい
14:47聞きに来られる方々も
14:50すごいなんですかね
14:51にらみつけてくる感じです
14:53もう前の方の人とかなんかも
14:55すごいこう
14:56なんていうんですかね
14:57刺すような視点で私見られていて
15:00で必ずあのこの度は
15:03お迷惑おかけしましたっていうふうに
15:05謝罪で始めたんだけども
15:07とにかくとにかく
15:09視線が怖い
15:10マスコミも最初の頃はすごい
15:12必ずいたので
15:13望遠レンズが怖いとか
15:15とにかく必死でしたね
15:18そういう状況があったんだけど
15:20アンケートが
15:21元人質何を喋るんだろうと思って
15:23来てみたけど
15:25全然知らないことがたくさんあって
15:28驚きました
15:29謝らせてくださいみたいな
15:31アンケートばっかりやったんですよ
15:33私はなんかそれをもう見て
15:37謝らせてくださいって言われても
15:41うーん
15:42なんかそれをちょっと見るのも
15:43ちょっと結構
15:45辛かったっていうか
15:47マスコミの方がよく来たんですよ
15:49記者の方とかが
15:51で講演会とかに何度も何度も
15:53その名刺を置かれて行って
15:55何々新聞です何々テレビです
15:57みたいな感じで来て
15:58まずは謝罪させてくださいみたいな感じで
16:00個人的にこう謝罪をされるみたいなことが
16:04結構あって
16:04で私はそれは
16:05え?どういうこと?って
16:08謝罪をしなきゃいけないような記事を
16:10書いたのかと思って
16:12何で私に謝罪するんですかって
16:14まずは謝罪をしなければならないような
16:17今おっしゃったようなことが
16:18本当だとしたら
16:19まず新聞社で同じ紙面を使って
16:23まずは読者とか
16:25視聴者の方に謝るべきなんじゃないですかって
16:29私個人的に謝られても困るって言いました
16:33とかそれ以外にも
16:35私が非常に
16:38うーん
16:40やだなと思ったのは
16:41チャリティ番組とか
16:43それからその
16:44ニュース報道とか
16:46謝罪をした後に
16:47こういう企画を作ってますと
16:49それも私全部断りました
16:52例えばスタジオに
16:53人気の芸人さんと
16:54芸人グループと一緒に出てとか
16:57そこでその再現ドラマを作ってとか
17:00なんかそういう企画もあったし
17:01いろんな企画が持ち込まれて
17:04でも私は全部断ったんですよ
17:05やっぱりすごいそこには
17:07そのプロデューサーの方とかの
17:09なんか結論ありきみたいなところもあったし
17:12それから何より謝罪をしながら
17:15その企画を話す方って
17:17なんか私としてはすごく
17:18嫌な気持ちになったんですよ
17:20なんか自分たちが
17:21謝罪しなきゃいけないような
17:23報道をしたとするんだったら
17:25私はなんかこう
17:29尻拭いのように使われるような気がして
17:32それは嫌ですって言ったんです
17:33また私を使うんですかって言って
17:36それで全部お断りしたんです
17:38だけど映画ファルージャの伊藤めぐみさんを
17:41受けた理由があって
17:42なんでかって言ったら
17:44彼女イラクセンスの時高校生で
17:46私その時に会ってるってことが
17:48後で知ったんですね
17:50彼女はそっから始まってたんですよ
17:52企画書が
17:53私に会いに来た時
17:54企画書を書く前に
17:55私にヨルダに会いに来て
17:56で話した時に
17:57最初私気づかなくて
17:58あの時の高校生だって
18:00でその時に
18:01イラクの子供たちを
18:02殺さないでくださいっていう
18:03プレートを首から下げて
18:051年間過ごしてたっていうことがあって
18:07それ印象にはあったんだけど
18:08まさかその人だと思わなくて
18:09でもそのことを
18:11まず企画もらう前に聞いて
18:13あの時の女子高生って言って
18:15そこから彼女は始まっていて
18:17イラク戦争の後にその私の事件を聞いて
18:20まるで自分が捕まったかのような
18:22気分になったって話
18:23もし私が行ってたら
18:25私が捕まってたかもしれないみたいな
18:27その当事者感っていうか
18:29全く今までもらってたテレビの企画
18:31とは全然違う視点だったんですよ
18:35でまぁいくつか条件を出して
18:37ファルジャまで一緒に来てもらえるかどうか
18:39いろいろすごい何度も何度も話し合って
18:42それで伊藤さんの映画だけ
18:43ドキュメンタリーだけ引き受けたっていう
18:45まぁでも日本にいる時にはもうとにかく
18:48そういう感じで歩いてても
18:50盗撮みたいなのとか
18:51それから飛行機乗ってても盗撮みたいのが
18:54ずーっとあったので
18:55あとはなんかヨルダンに着いた時に
18:57日本人のバックパッカーにこう
18:59カメラ持って追っかけられたりとか
19:01そういうのはありましたけど
19:02でも日本にいる時よりも
19:04ヨルダンにいる時の方が寝られたんですよね
19:07自分の常宿に行って鍵を閉めて
19:09やっと寝られるみたいな
19:12で年にその5回6回ヨルダンに行って
19:15でそこに通訳のワセックとかカワシミとか
19:18みんながそういう映像を持って
19:20とにかくそのたんびにヨルダンに来てくれて
19:23そこでもうミーティングを毎日やって
19:25映像の説明を受けて
19:29私が聞き取って
19:30彼らの体験聞き取ってみたいな
19:31でもそれがすごい大変だし
19:34ものすごい戦争の映像だから
19:36見るのも辛いけれど
19:38日本にいるよりは
19:39イラクの人たちと一緒にいる方が
19:42気持ち的には救われたというか
19:46説明しなくても分かり合える
19:50その同志みたいな
19:52そういう感じがあったので
19:55日本にいるのがすごく
19:58辛かったですね
20:04当時はSNSもなかった時代ですから
20:08高藤さんが実際の事実はこうなんだ
20:11っていうところを伝えようと思っても
20:13伝える手段がなかったわけですよね
20:16今も私
20:19こういう仕事してるんで
20:20誹謗中傷とかよく来るんですけど
20:22とはいえやっぱり私の場合は
20:24自分の本当にやっている活動とか
20:27思っていることを伝える手段があるので
20:29まだ折り合いをつけられるんですけど
20:32当時は本当に異常だなって聞いてて
20:34思うんですけど
20:35マスコミが言ったことが
20:37それがそのまま事実になっちゃうっていう
20:40かっこ好きな事実になっちゃうっていう
20:42私は想像することしかできないんですけど
20:45本当想像を絶するような状況だったんだな
20:47という話を聞いていて感じましたね
20:50ですよね
20:51若い人はデジタル世代だから
20:54ずっとスマホがあるからね
20:56多分想像できないでしょうねきっとね
20:59今であれば少しずつマスコミが
21:02変更報道してるとか
21:03切り抜き報道してるとか
21:04反マスコミみたいなところも
21:07出てきてると思うんですけど
21:08当時はそれがなかったんで
21:10本当に想像を絶するような
21:12時間だったんじゃないかな
21:13って思いますね
21:16報道の人たちとはいえ
21:18でもそのヨルダンで
21:20遠隔で支援を継続するっていう
21:24方法を選んで
21:25イラク支援を継続する
21:26そこで私にまず説明するために
21:29とにかく何時間にも及ぶ動画を
21:31必ず持ってくるわけですよね
21:33それをやっぱり日本に帰った時
21:36日本の報道機会に
21:38それを持っていくわけですよ
21:40で、東京に行って
21:41で、テレビ局に行って
21:42新聞社に行って
21:44こうでした、ああでした
21:45こうなんです、こうなんですって
21:47映像を見せて
21:48で、やっぱりその点と点みたいな報道にも
21:50すでになっちゃっているから
21:52この点と点を埋める情報を
21:55テレビ局のお話を聞いてくれる
21:57プロデューサーの方とか
21:58ディレクターの方に
21:59この点と点の間で
22:00これがこういう風に
22:01こうなってこうなりましたみたいな
22:03説明書きと一緒に
22:05映像を持っていて
22:06で、これで
22:07特集できないでしょうか
22:08みたいなことを相談して
22:10っていうのを
22:10毎年やってたんですね
22:113月20日の
22:12イラク海戦の日が
22:14結構
22:16特集を組んでくれる時だったので
22:18そこに合わせて
22:19コンタクトを取ってみたいな
22:21だからすごくこう
22:22マスコミによって
22:23マスメディアによって
22:24すごく傷つけられた
22:26っていうのもあるんだけれども
22:27一方でやっぱり
22:28方法がSNSがないから
22:30やっぱり多くの人に
22:31伝えようと思ったら
22:32テレビとか新聞しかなかったんですよね
22:35だからすごく
22:35傷つけられたけれども
22:37やっぱり報道
22:38マスコミの人との
22:40コンタクトを続けるっていう
22:42そういう
22:43関係というか
22:44コンタクトの仕方を
22:45してました
22:46中にはもちろん
22:47すごく
22:48すごくすごく
22:49毎度毎度
22:50何度も何度も
22:511年の間に
22:52何度も何度も
22:53イラク今どうですか
22:54っていう風に
22:54気にかけてくださる方って
22:56本当に何人もいて
22:57またこういう企画を
22:58出そうと思ってるんですけど
22:59お話ちょっと聞かせてもらえませんか
23:01みたいな風に
23:01言ってくださる方っていうのも
23:02いて
23:02どこのマスコミにも
23:04本当にそういう方には
23:05本当にお世話になって
23:06その映像も
23:07できる限り
23:08それまでの
23:09戦争報道
23:10日本って
23:10写真だったら
23:12トリミング
23:13それから
23:13モザイク
23:14映像だったら完全に
23:16イラク戦争も
23:16ほとんど日本は
23:17カットですよね
23:18そういう
23:19死に関わる部分とか
23:21血とかね
23:21そういうのって
23:22ものすごい濃い
23:23モザイクがかかったり
23:24あるいは
23:24映像はカットされたりとか
23:26っていう感じになる
23:27だけどとにかく
23:30私はその映像を
23:31モザイクかけずに
23:33講演会で
23:34スタッフが撮ってきた映像
23:35っていうのを
23:35見てもらう
23:36そこでやっぱり
23:37マスコミはどうして
23:39こういうのを見せないんだ
23:40っていう
23:40反応がすごく
23:43その何でしょう
23:44声を聞いた方々の中からも
23:46すごく湧き上がってくるんですよね
23:49それでやっぱりその
23:50マスコミもすごく
23:52当時努力されていて
23:54そのプロデューサーの方も
23:55どうやったらこれどこまで
23:56限界まで
23:57どこまでだったら出せるか
23:59みたいなのを
23:59すごくやってくださいましたよね
24:01例えばそのCNNとか
24:03何ならFOXとか
24:04ABCとか
24:04そういったところでも
24:05変更したほどだとか
24:07って言われるようなメディアでも
24:09意外とちゃんとそういう
24:10ショッキングな映像が流れます
24:11っていう風に
24:12前書きがあってとか
24:13アナウンスがあってから
24:15割と本当に
24:16個人特定できない
24:17顔とかを
24:18モザイクかけるけれども
24:19ここで今何があったんだ
24:21っていうことが
24:21一目瞭然な状態で
24:23なるべくローに近い
24:25素材に近いものを
24:26出してくるっていうのを
24:28欧米のBBCとかもそうだし
24:30割とそういう感じだな
24:31っていう風に思ってたんですよ
24:32ショッキングな映像が出ますとか
24:33日本は当時
24:35それがなかったですよね
24:36今はそれが結構
24:38出すようになったじゃないですか
24:39すごくやっぱり
24:40あの当時
24:41イラク戦争以降
24:42マスコミの方々も
24:43中にいる方々も
24:44写真を何十年も
24:46撮られている方も
24:47どうせこういうのを
24:48震災の時にも
24:49結構まだ問題に
24:50いまだにまだ問題になりますけれども
24:52要するに
24:52震災でも戦争でも
24:54死っていうものが
24:55あるわけじゃないですか
24:57それが
24:57結局
24:58届けられない
24:59要するに全部
24:59採用されないって
25:01言うんですね
25:01カメラマンの方々が
25:02それって乗せちゃいけないのか
25:04っていうと
25:05乗せちゃいけないわけじゃないんですよね
25:06自主規制なんですよね
25:08何度も何度も
25:09どうしてこれ
25:10カットされちゃうんですかって
25:12すごい
25:12報道の方々に
25:13いつも
25:14マンツーマンで話してる時とかに
25:15なんでここカットされちゃうんですか
25:16っていつも聞いてたんですよ
25:17これって大事じゃないですか
25:19って
25:19これがなかったら
25:20伝わらなくないですか
25:21みたいな
25:22これはすごくしてきたんですけど
25:23やっぱり震災の時にも
25:25やっぱりそういう話すごい出てきて
25:26戦争
25:27紛争地散々撮ってるカメラマンさんも
25:29どうせこれって
25:30使われないだろうなって思いながら
25:32東北の震災の写真いっぱい撮ってたと
25:35どこでそれが却下されるかっていうと
25:37デスクだったり
25:38それから地方の新聞社が
25:40その写真を使うと
25:41通信社の写真を使う時とかに
25:43地方の新聞社が
25:44これは使えないと
25:46それは
25:46視聴者とか読者に
25:48まあ忖度というか
25:49なんて言うんですかね
25:50視聴者がそれを嫌がるだろう
25:51読者がそれを嫌がるだろう
25:53見たがらないだろう
25:54っていうことで
25:55こう
25:56却下するっていう
25:58そういう流れを聞いた時に
25:59本当に読者はそうなんだろうかとか
26:01確かにそういうのを見たくない
26:02という人もいるだろうと思うけれど
26:04私がその20年近く
26:06講演会をやってきた時に
26:07多くの人たちは
26:08本当のことが知りたい
26:10だから
26:10高校生とかにも
26:11結構よく言われるんです
26:12大人は
26:13僕たちが見てることを知らないんだ
26:15YouTubeで
26:16子供たちにこういうの見せるな
26:17とかって
26:18平気で言ったりする
26:19子供たちにこういうの見せるなって
26:21言ってるけど
26:21俺たちはもうすでに見てる
26:23っていう風に言ってて
26:24何だろう
26:25面白半分に見られると困るし
26:27その
26:27説明書きもないままに
26:29ただ流される
26:30変なBGMとかつけられて
26:32ただそれだけの恐ろしい場面だけが
26:34流されるみたいのは
26:35絶対に嫌だけど
26:36私は
26:37私の説明で
26:39この人
26:39このご遺体が
26:41どういう人で
26:42なぜこういう
26:44その殺され方をしたのかっていう
26:46説明はしたい
26:47マスコミの中でも
26:49その報道
26:49それからフリーのジャーナリストの中でも
26:51意見は分かれるところだと思うけれども
26:53私はそういう考え方だった
26:55それを今もそのまま
26:58そういう信念というか
26:59分かんないけど
27:00それが私の
27:01戦争の教訓というか
27:03じゃないと
27:03やっぱり戦場になってないところで
27:05戦場を伝えるって
27:06すごく難しい
27:08すごく難しい
27:09匂いとか
27:10血の色とか
27:12今でもその伝えるっていう
27:14戦争を伝えるっていうことを
27:17やらなきゃいけないと思ってる
27:19やっぱり難しいんですよ
27:20例えばこういう話をしてる
27:22戦場の惨劇だけじゃなくて
27:24戦争が終わった後に
27:26その犠牲者が受ける
27:28その心の傷
27:30その凄まじさ
27:31それから
27:32米兵でさえその心の傷
27:35凄まじい傷を受けるわけですよね
27:37その凄まじさ
27:38それをどうやって伝えようか
27:40思いながら一生懸命伝えるんですよね
27:43でも日本の高校生に
27:44こんなこと言われたんです
27:45兵士のPTSDの話を聞いたときに
27:47女子高生が
27:48そういうのが好きな人もいると思うんですけど
27:50そういう人でも
27:51こういうPTSDになると思いますか?
27:53って聞かれたんです
27:55そういうのが好きな人っていうのは
27:57うーんと
27:58例えば
27:59サバゲーのことかな
28:00サバイバルゲームのことかな
28:01っていうね
28:02サバゲーのことかなっていうふうに聞いたら
28:03あ、そうです
28:05私もやるし
28:05周りの友達もみんな大好きで
28:07サバゲーにハマってますと
28:09で、私は卒業したら
28:11自衛隊に入ろうと思ってます
28:12っていうふうに言ったんですね
28:13なるほどと
28:14で、私は
28:16すぐにそこを答えないで
28:18実は私
28:19北海道の千歳出身で
28:20ちっちゃい時から
28:22大砲の音を
28:23本当に身近に聞いて育ってて
28:25振動が
28:26家に来るぐらいの
28:28ドーン
28:28ドーンとか
28:29ダダダダダダダダ
28:30とか
28:31それから犬の散歩に行くと
28:33横を
28:33戦車が何台も
28:34横を間近に通って行って
28:36私よく自衛隊さんに手を振ってたんですよ
28:38コンビニの前とか
28:39それから交差点
28:40信号のある交差点とかに
28:42キャタピラ戦車がガーって
28:43車列で通って行った
28:44これ日常の風景なんですよ
28:46軽自動車
28:47戦車、戦車、戦車、戦車
28:48みたいな
28:49普通の光景なんですよ
28:50だからその子供の頃から
28:51自衛隊さんが戦車に乗ってて
28:53上半身出してて
28:56フェイスペイントしてて
28:58ここにカムフラージュの葉っぱとかついてる
29:01その人たちに手を振ったりとか
29:02バイバーイとか言ったりとか
29:04その自衛隊さんって大抵
29:06学校の友達のお父さんなんですよ
29:08私の時代は
29:09私昭和45年生まれですけど
29:11私の時代は本当に子供も多いから
29:1343人ぐらい人学級いて
29:1641人は自衛隊の子供さんみたいな感じ
29:18本当にもう9割型が自衛隊さんの子供たち
29:22小学校も演習場の並びだったし
29:25自衛隊艦車がバーッと並んでて
29:27体育の授業とか
29:28北海道はスキーとかやるじゃない
29:29それも自衛隊の演習場でやってたんですよ
29:32私は授業も
29:33こっちの山では私たち小学生がスキー授業で
29:37隣の山では自衛隊さんが
29:38雪山演習とかやってる
29:40そういう中ですごくふるさとの原風景の中に
29:44自衛隊さんがいる
29:46週末になると近所の友達のお父さんたちは
29:49週末になるとジャージーになって
29:51子供会のおじさんだったり
29:52すごく身近だったんですよ
29:54自衛隊さんがね
29:56そういうふるさとの原風景の中
29:58私の中に組み込まれた人たちの
30:02撤退を要求する武装勢力の人質になったって
30:05本当に運命を呪うってよく言うじゃない
30:07本当に運命を呪ったんですよね
30:09日本の中ではまるで私が
30:11反自衛隊の活動家みたいに言われていて
30:14全くその意味が分からないというか
30:19そのなんかワイドショーとか
30:20週刊誌とかに書かれていることとか
30:23家族も言ってましたけど
30:24本当にこう全くなんか
30:26フィクションのような感じ
30:29現実と全然乖離しているような状況っていうのがあって
30:33それを本当になんかこう
30:35自分の地元にもすごく居づらい状況っていうか
30:38それはすごくありましたね
30:40それ若干引きずってますけど
30:42うちはもう駐屯地もあるし基地もあるし
30:45航空自衛隊もあるし
30:46私の実家そのものがもう演習場の横なんで
30:49戦車は通るしみたいな
30:51そういうところじゃないですか
30:51ヘリコプター通るし
30:53やっぱりあまりにもその
30:54米軍バグダットでね
30:56米軍のアパチーヘリが低空飛行で
30:58ホワリングしたりとか
30:59銃向けてくるのとか
31:01結構そういうのがあったりとかしたから
31:02子供の頃から聞いてたその音が
31:06バグダットの現場では人が死んでるっていう
31:08その戦場と演習場の違い
31:11頭で分かってたはずなんだけど
31:13全然違うっていうことが
31:14初めて恥ずかしい話
31:16バグダットに行って
31:17ちゃんとこう分かるわけですよ
31:19目の当たりにして
31:21本当にそういう中でいたので
31:24私はサバゲー好きな人でも
31:26PTSGになりますかって言われたときに
31:28私のその経験を言ったんですよ
31:30私はもう自衛隊の街で座って
31:31初めて頭の中では
31:33演習場と戦場って違うと思ってたけど
31:35実際に戦場に行ってみて初めてその違いを分かったんだって
31:39戦場に行ってみないと分からないよっていう風に言いたくない
31:41そうするとあなたが戦場に行かなきゃいけないからね
31:45だからサバゲーではないことを
31:47まずは知らなきゃいけない
31:48そのためには戦場を知っている
31:51戦場を経験した人たちの話を
31:53より聞くべきだと思う
31:55その上で自分が自衛隊に入るか
31:58入隊するかしないかは自分で決めることで
32:01それは私が決めることではないし
32:03ただやっぱりそのPTSになるかっていうと
32:06やはりそのイラクに派遣された自衛隊の方
32:08それから自衛隊の
32:10その機関自衛官のご家族の方とか
32:13そういった方にも
32:14あのやはり影響が出ているっていうのは
32:16現実としてあるよと
32:17だからそういったことも
32:19もし今心配で放課後にね
32:21これだけ残って話を聞いて
32:23質問をいっぱいしてくるっていうことは
32:25やっぱり気になってるってことだから
32:27気になったことを放置しないで
32:28ちゃんと自分なりに調べて
32:31で、決めた方がいいんじゃないかな
32:33っていう風に言ったりした
32:34だからその伝えるっていうのは難しい
32:38騒げ演習場と戦場
32:40その違い
32:41武器室三原則の緩和っていうのがあったじゃないですか
32:44で、ちょうど2016年には
32:45IS相当作戦っていうのが
32:47長期にわたって始まるんだけど
32:48その直前ぐらいに日本でね
32:51その武器室三原則緩和っていうのがあって
32:53防衛装備移転っていうような名前に変わって
32:56防衛装備ってつまり武器
32:58言葉が変わったからね
32:59武器がなくなって防衛装備
33:01でも刺すものは同じだよね
33:02戦車だったり大砲だったり
33:04いろんなものですよ
33:05で、その名前を変えて
33:07防衛装備移転原則っていう話になったんだけど
33:09そのニュースを
33:11日本語のニュースを読んでるのと
33:14それから英語で同じように
33:16日本の武器室三原則の扱った記事を見ると
33:19ものすごく違うんですよ
33:20そこがすごく違う
33:22例えばその日本の場合だと
33:24割と経済ニュース的なニュース扱い
33:27これまでは日本の防衛産業は
33:29日本の国内マーケットしかなかったけれど
33:31これからは海外に
33:33マーケットを広げることができる
33:34みたいな感じに書かれるわけですよね
33:36ところが例えばその
33:37海外のワールドメディアでは
33:39どういう風に報じられているかというと
33:40意外と大きく
33:42トップニュースだった当時
33:43日本が防衛産業に参入してくると
33:46それは要するに
33:47戦場がものすごく近い書き方をされるんですよね
33:50それから集団的自衛権の時
33:52これもすごいトップニュースで
33:53これはもう海外メディアもこぞって
33:56第二次世界大戦に初めて日本が
33:58海外で戦闘できる法律っていう風に
34:00タイトルが出てるんですよね
34:01まあとにかくその
34:02日本の中でこう伝わっているもの
34:05日本語で武器っていうのが
34:06防衛装備になってたりとか
34:08そういったその言葉の
34:10言葉遊びのような感じになっちゃってる
34:12それでますますその戦争のイメージが伝わらないとか
34:15でもそのミサイルとかそういったそのものが
34:19そういったものがその防衛装備
34:21いわゆる武器とかに
34:22武器としていっぱいありますよね
34:23それを打ち込まれる側は何を見てるかっていうと
34:27その落としてきた戦闘機はどこから来た戦闘機か
34:31戦闘機が落としたミサイル
34:33メイドインどこの国なのか
34:35製造国を見てたり探そうとしたり
34:39それからその爆弾のね
34:40その鞘みたいなところに悪口が書かれてたりとか
34:44そういうのするんですよ
34:45まあ今イスラエルとかでもよくやってるけど
34:47そのすごい悪口が書かれてたり
34:49誹謗中傷書かれたりするわけですよ
34:51そういうのとかを打たれた側は見たりするわけですよ
34:55だから日本の中で経済ニュースのように
34:57扱われているような武器の話とかも
34:59実際には英語やアラビア語で書かれている時には
35:01日本が紛争地に関わる産業に進出してきたとか
35:05日本もこれからは紛争地で戦闘するようになる
35:09そういう法案が通ったとか
35:10そういう風に書かれていたりするんですね
35:12そのギャップ
35:14まさにそのギャップを点と点も埋めなきゃいけない
35:16けど
35:16そのギャップも埋めていかなきゃいけないから
35:18本当に戦争を伝えるって難しいなって実感してる
35:21スマートフォンとかで戦争ゲームとかめちゃくちゃみんなや
35:25ったり
35:26中学生高校生とかみんなやったりとかするけど
35:28別にゲームはゲームとして楽しいものなのかもしれないけれども
35:32それと現実世界の戦争を混同して
35:35現実の世界では人間が死んでるっていうところを想像する力とか
35:39共感する力みたいなものが失われていないかなって
35:42時々僕も心配になることはありますね
35:46SNSとかでも転送じゃなくても貧困とか
35:48いろんな問題とか私も扱ってますけど
35:51それがただの一コンテンツとして
35:54指先一つで興味なかったらパッと飛ばせる時代だ
35:57けど
35:57でもそのカメラの向こう側には本当の人間がいるっていうところを
36:01ちょっとでもこの動画を見てくださる
36:03私の動画を見てくださる方には何かこう考えて欲しいなと思
36:06うとかありますね
36:08イラクでの人質事件
36:10そして帰国後の激しいバッシング
36:12壮絶な経験を経てもなお
36:1422年間イラクの人々を支え続けてきた高藤さん
36:18なぜ彼女は今もイラクに関わり続けているのか
36:21その原動力はどこから来ているのか
36:23次回ついにロングインタビュー完結編です
36:26高藤さんが語るイラクに関わり続ける理由と
36:29今を生きる日本人へのメッセージをお届けします
36:32チャンネル登録がまだお済めれない方
36:34ぜひこれを機会にチャンネル登録をして
36:36次回の動画をお待ちください
36:38海外で活躍する日本人や大手のメディアでは
36:41知れない世界の実情をもっと知りたいという方
36:44原カンタのyoutube活動を応援していただけないでしょうか
36:47原カンタの海外取材は原カンタを応援する
36:50サポーターズクラブの皆様のご支援によって成り
36:53立っています
36:53もし原カンタの活動を支えてくださる方がいらっしゃいました
36:57
36:57ご無理のない範囲で構いません
36:59マンスリーサポーターになっていただけないでしょうか
37:01一口1000円からご加入いただけます
37:03少しでも興味のある方
37:05概要欄のリンクからサポーターズクラブのホームペ
37:08ージをご覧ください
37:09ということで
37:09今回も最後までご視聴くださりありがとうございました
37:13また次回の動画でお会いしましょう
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