- 20 時間前
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https://community.camp-fire.jp/projects/view/599505
※この動画は2025年5月に撮影したものです。最新の現地情勢を反映したものではありません。最新情報はニュースや外務省の発信をご確認ください。
イラクの首都バグダッド。かつて「大量破壊兵器を保有している」という事実に基づかない理由で、アメリカによる軍事侵攻と占領を受けました。
あれから20年以上。いまバグダッドの人々はどのような日常を送っているのか?そして、イラク戦争の当時、バグダッドでは何が起きていたのか。
イスラエルとイランの対立によって中東情勢が緊迫する今、今回の動画では、イラク戦争の最中にバグダッドで暮らしていた男性や、2003年からイラクで支援活動を続けてきた日本人・高遠菜穂子さんへのインタビューを通じて、イラクの「過去」と「今」の姿に目を向けます。
◆高遠菜穂子さんが代表を務める一般社団法人ピース・セル・プロジェクトのHPはこちら
https://www.peacecellproject.org/
◆仕事依頼・お問い合わせはこちら
https://www.kantahara.com/entry/profile-of-Kanta-Hara
◆原貫太のオンラインサロンSynergyはこちら
https://peraichi.com/landing_pages/view/kantahara-salon
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イラクの首都バグダッド。かつて「大量破壊兵器を保有している」という事実に基づかない理由で、アメリカによる軍事侵攻と占領を受けました。
あれから20年以上。いまバグダッドの人々はどのような日常を送っているのか?そして、イラク戦争の当時、バグダッドでは何が起きていたのか。
イスラエルとイランの対立によって中東情勢が緊迫する今、今回の動画では、イラク戦争の最中にバグダッドで暮らしていた男性や、2003年からイラクで支援活動を続けてきた日本人・高遠菜穂子さんへのインタビューを通じて、イラクの「過去」と「今」の姿に目を向けます。
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ニューストランスクリプション
00:00これはバーバーです。 髪を切る?
00:01はい。
00:04本当に感謝してくれてありがとう。
00:05ここに切ってくれてありがとう。
00:08ヤバン?
00:08ヤバン?
00:09こんにちは。
00:11ありがとう。
00:13その頃みんな、ほぼ全員が診断してたんだよね。
00:17デュアリングイラクウォードの何を記憶しているのか?
00:19何を記憶しているのか?
00:20セッカルタイアラ、オカソ、スワリング、スワリング、ス
00:24ワリング、スワリング、スワリング、スワリング、スワリング、ス
00:27ワリング、スワリング。
00:31イラクの首都、バグダット。
00:33かつて大量破壊兵器を保有しているという事実に基づ
00:37かない理由で、アメリカによる軍事侵攻と占領を
00:40受けました。
00:41あれから20年以上、今バグダットの人々はどのような日常
00:45を送っているのか?
00:46そして、イラク戦争の当時、バグダットでは何が起きていた
00:50のか?
00:51イスラエルとイランの対立によって中東情勢が
00:54緊迫する今。
00:55今回の動画では、イラク戦争の最中にバグダットで暮ら
00:58していた男性や、2003年からイラクで支援活動を続けて
01:02きた日本人へのインタビューを通じて、イラクの過去と
01:05今の姿に目を向けます。
01:10イラク戦争の当時、このあたりにストリートチュードレ
01:13ーンが多かったんですか?
01:13そうですね。個人から大人もね、個人の施設の職員とかもみんなこう戦
01:18争に逃げ出しちゃって、誰もいなくなったところから逃げ出して
01:21きたっていうか、飛び出してきた子供たちが心当たりにすごく
01:26たむろしてたんですね。
01:27なんでかって言ったら、外国人がいっぱいここに、このパレス
01:30ナホテルもメディアだし、シェラトンにも、シェ
01:33ラトンホテルがこの裏にありますけど、そこにもメディア関
01:35係とか、炎上関係とかいて、その外国人にこう、お金を。
01:40物乞いしたりとか。
01:41はい、物乞いしたりとか、そういう感じでここにすごくストリートチュ
01:45ードレーンがたまってたんですね。
01:46最初は私も緊急支援してたから、そういう子たちいるなー
01:49って思ってたんですけど、日本人のボランティアさんたちと、さっ
01:53きのサンドイッチあるじゃないですか。
01:54はいはいはい。
01:55サムーンのサンドイッチ、10個とか20個とか買って、で、差し
01:57入れし始めたんです。
01:59一緒に食べようって言って、一緒にサンドイッチを食べるみたい
02:02な感じでやって、友達になってくみたいなことをやってって、そこの角の建
02:07物の1階のところが、みんなの寝床見たくなってて、ルー
02:10シーってみんなが言ってたけど、野良犬ルーシーと一緒
02:13にみんなが重なり合って、冬の寒いです。
02:16その時とか寝てたり、チグリス川の下半のところで遊び
02:18に行って、シャワーとか浴びれないから、チグリス川で水浴
02:21びして、シャワー代わりにみたいな。
02:23で、その日本人のボランティアさんとかが結構その、一緒にこう、
02:28仕事終わりとかにみんなここに来て、一緒にご飯食べた
02:31りとかしたんだけど、一回試しに生の米持って行ってみようって
02:35言って、あとトマトとキュウリを持って行ってみようって言
02:38って、試しにそれを渡したんですよ。
02:40そしたら、その頃みんなほぼ全員が、シンラー捨てたんだ
02:43よね。
02:44はいはいはい。
02:44うん。で、シンラー捨てて、でもその、やめろって言ってもやめ
02:48ないの分かってたから、でも食べ物持って行くと、とりあえず
02:50置くじゃん。置いて食べるじゃん。
02:52で、それを、そのサンドイッチじゃなくて生米とその野菜持って
02:55行ったら、シンラーの袋を投げて、なんか急になんか、
02:59どこどこに行って、なんとか持ってこいとか言ったり、そのなんか、ゴ
03:03ミの合ってるところから、こう、引っかしがあった鍋とか、そういうの拾
03:06ってきたり、それからブロックに、なんかこう、削って、ドライバーみたいなの
03:09を削って、ワイヤー入れて、で、その建物から電気取って、電熱
03:13調理器をお手製で作ったんだよね。
03:16すごいです。すごいびっくりして、すごいことやるなと思って、ナオコに一個
03:20だけお願いがあるって言われて、何言ったら、食用油だけ買ってくれ、
03:23お店の人が売ってくれないんだとか言って、それで油を買ってきたら、
03:27拾ってきた、その、調理器具とか、作った電池で、あの、調理器で、ご
03:32飯作り出して、ご飯炊いて、トマトのなんかこう、煮込んだの作
03:36ったりとかして、で、ご飯作ったの。いや、すごいねって言って。で、そこから
03:40私は、あ、この子たちちゃんと、なんとかすれば、社会復帰できん
03:44じゃないかなと思って、
03:45それで、あの、イラク人のボランティアと日本人のボランティ
03:48アで、一軒家をちょっと数ヶ月借りて、そこで、シャワー
03:52を浴びて、洗濯をするっていうプログラムやったんですよ。
03:56で、洗濯をして、身綺麗にして、干して、で、それ着替えて、で、シャ
04:01ワーも浴びていいよって言って。
04:02怪我人が出た時には、日本人の男性ボランティアに一
04:05緒に泊まってもらったりして、保護したり、そういうのを始めて
04:08たんですよ。
04:08で、そしたら、近所のおばちゃんとか、おじちゃん、イラク人のお
04:11じちゃんとかも、手伝いに来てくれたり。
04:13で、あまりにも、なんか、ボロボロのストリートチルドレンを
04:16保護して、次の日にすごい元気になって、綺麗になって帰ってくから、
04:20なんか、私、医者だと思われて。
04:23ドクトラーとか言って、で、うちの娘も見てくださいみたいな。
04:26私、一緒じゃないよー、なんつって。
04:28そういう感じで、だんだん、近所の人たちが助けてくれるようにな
04:31って。
04:31あ、なんか、これでストリートチルドレンの、そういうのできるなーって。
04:34で、そのうちに、就職したら、私、いつも靴下履いたんだけど、靴下
04:38歩きすぎって。
04:39いつも全部の靴下が、かかと穴へしたのね。
04:42そしたら、なんか、ストリートチルドレンたちが、仕事を覚えて、
04:46給料もらったら、靴下買ってやるとかって、言ってくれてたんです
04:49よ。
04:49で、床屋のご主人とか、家具屋の、家具職人のご主人
04:53とか、そういった人たちが、何人かずつ、子供たちを受け
04:56入れて、就職訓練、職業訓練を、やってくれたんですよ。
04:59その矢先に、ちょっと私、一回、あの、資金を取りに、日本に帰るね
05:04って。その時、送金とかもないから。
05:05で、一回帰って、で、なんか、すごいなんか、やる気になったから、みんな、子供た
05:10ち、わんわん泣いて。
05:11大丈夫だよ、すぐ帰ってくれよ、一ヶ月で、とかって言ってたんだ
05:13けど、
05:14あの、必ず帰ってきてくれよ、みたいな感じで、涙の別れをして、
05:18一ヶ月後に、事件にあった。
05:20そのタイミングがあったんですよね。
05:21そのタイミングがあったんですよ。
05:22それで、その一ヶ月後に、私が事件にあって、テレビに出て、
05:25そしたら、NGOの人とか、ジャーナリストの人が、
05:27ここにいた日本人の直子が、こう、こういうことになってるよって言ったら、
05:30ストリートチルドルの子達が、テレビで、テレビカメ
05:33ラの前で、
05:33俺たちの、母さんなんだって、俺が代わりに人質になるから、母
05:37さんを解放してくれ、みたいなこと。
05:39わーって言ったみたいで、それが結構、イラク人の間で言わ
05:42れてて、
05:43まあ、だいぶ後になってから、友人に、あの、教えてもらったんだけど、
05:46そういったこともあったりして、思い出の場所です。
05:49うーん、その人質事件の時に、高藤さんが支援していたストリ
05:53ートチルドルの子達が、
05:54その、解放してくれって、こう、テレビカメラに、こう、訴えていた、まあ、
05:58話とか、
05:58まあ、非常に、こう、考えさせられるものがあるんですけど、
06:01やっぱ、そういう、人質事件の、こう、裏側って、なかなか、当時、日本で
06:04ね、報道されていたものなど、
06:06全く多分、伝わっていないと思うので、
06:08また、あの、今度、ファルージャという、まあ、高藤さんが、2004年頃に、
06:12この、
06:12武装勢力に拘束されたっていう、まあ、その地域に行った時に、
06:14実際に、こう、当時、どういうことがあったのか、さらに詳しく、あの、お
06:17聞きできればなと思います。
06:19はい。OKです。了解しました。
06:41今回、バグダッドで、ドライバーやってくれている、アフマドさん
06:44とは、どういう関係なんですか。
06:45はい。アフマドのお父さんが、2003年当時、一緒によく
06:50働いて、通訳として、一緒に動いてもらったことがあり、
06:54彼は当時、14歳ぐらいだったんですけど、毎日、お父さんが来て
06:58いる時に、時々、一緒に来てて、
07:00だから、2003年当時、子供の時に会ってくんです。
07:03じゃあ、もう、20年来の、付き合いがある家族の、まあ、息子さんみたい
07:08な感じで。
07:09はい。はい。僕は、お仕事をしようとして、お仕事は何ですか。
07:15ちょうど、はいえ、ジムネット。
07:20はい。日本のNGOですよね。
07:22はい。
07:22じゃあ、普段はそこでスタッフ。
07:24OK。
07:25はい。
07:26あと、もう、もう、質問。
07:272003年当時、イラク戦争の何を記憶しているのか。
07:31そうは、何の記憶があるのか。
07:36それは何を考えています
07:38飛行機を覆ちています
07:41飛行機を作ったときに
07:43船飛行機を覆します
07:45だから
07:46怖い
07:47すっかえば
07:49その時の ситу性が悪いと
07:51これはabeられの時点です
07:54それに死を切っている
07:55危惧をまとめました
07:56後で、弾力が起こった
07:59多くの部分が起こった
08:02闘が過ぎる
08:06バグダド
08:07私はどのように変更しています
08:13私は非常に変更に変更を示すISSION
08:17私は今は大変な変更を変更したいのです
08:29私は私に逃がられました
08:32私は不自信であります
08:33私は暑くなってくる可能性にあります
08:34私は私たちが自分でいい事です
08:34私たちがエクリスターソフトを見つけど
08:35私たちはイシスターソフトを見つけます
08:36私たちがいます
08:36この死期や殺しは普通に起こるんだよね
08:40実は私は20年間のものを知っている。
08:43今回のバグダッドに来ました。
08:45今我が見るとこれは
08:47家の家が平安だな。
08:49人々は友人としています。
08:52現在は絶えとても困ります。
08:55あなたは今の過ごとなのですか?
08:58今int in 20歳 год?
09:00よく触れましたが、その時の状況をお伝えしているでしょう、
09:04人生はそれを通っているという意味にも、
09:07やはり得意を持ってくれるかもという意味です。
09:09ほとんどとに高くなりますね、
09:14生活は強化なのですが、
09:19隣と隣が起こったことができるようになります。
09:24あなたはどんなことができるようになりませんでしたか、
09:26それはそれらの問題です。
09:26お気に召し上げるかもしれませんかと言うことです。
09:31野良学の生活を高くすることができるでしょう。
09:41私たちはとても、歴史の歴史の歴史でした。
09:46歴史の歴史の歴史。
09:47歴史の歴史の歴史と歴史の歴史。
09:49日本の歴史の歴史は、ご協力の歴史の歴史です。
09:55レジナルよ。
09:56ご協力のご協力もよろしくお願いします。
09:59よろしくお願いします。
10:02こんにちは。
10:04どうなったの?
10:07これはバーバー。
10:08お尾をクリアしてくれました。
10:11私たちは日本です。
10:15私たちはじゃあこっちに。
10:15ありがとう。
10:17ありがとう!
10:23おかしい!
10:24おかしい!
10:25ありがとう!
10:25ありがとう!
10:26お水をもらいましたね
10:31ホスピタリティがすごい
10:33これがイラクの
10:36バーバーショップです
10:38ここに切ったの?
10:40わかりました
10:42素晴らしい!
10:42素晴らしい!
10:45ジャパン
10:47ジャパン
10:48ジャパニーズ
10:49ジャパニーズ
10:52こんにちは
10:55こんにちは
10:56こんにちは
10:58こんにちは
11:00ありがとう
11:02ありがとう
11:03ありがとう
11:04ありがとう
11:06ありがとう
11:06ありがとう
11:07ありがとう
11:12ありがとう
11:12こんにちは
11:14ありがとう
11:14ありがとう
11:14ありがとう
11:43ご視聴ありがとうございました
11:55はいということで今ですねバグダット市内の撮影を置いて1回ホテ
11:59ルの休憩をしに戻ってきました
12:01まだねバグダットに来てから1日しか経ってないですしまだ今日
12:051日しかバグダット見れていないんですけれども
12:08でもね例えばですけど街中でチャイ飲んでいくかって言ってお茶を
12:12出してくれて危惧からお金払わなかったんですよね
12:15お金払おうとしたらお金いらないよって言われておも
12:18てなしをしてくれるおじさんがいたりとか
12:20床屋で働いているお兄ちゃんたちがねすごい笑顔を迎えてく
12:24れてぜひ見ていってって言ってくれる
12:26中にある水を差し出してくれたりとか
12:28他にもねカメラ回したかったんですけど買い物してたらちっちゃ
12:31い男の子がかろうって言ってきて
12:33I love youって言ってくれたりとかして
12:35本当にこうイラクの人たちすごいなんだろうな
12:38僕ら外国人だからっていうのはきっとあると思うんですけど
12:41すごいおもてなしをしてくれるし
12:43なんかすごいこう笑顔で接してくれて
12:45本当にこうイラク来てよかったなーってもう
12:48今日の時点で感じてるんですけど
12:50逆に一方でねもう20年前のこととはいえ
12:53こういう本当にこう親切におもてなしをしてくれる
12:56すごい優しく接してくれている人たちを
12:59私たちは間接的に傷つけていた
13:01アメリカがイラクにこう侵攻していって
13:04やっぱり日本も当時ね小泉首相が
13:06当時の小泉首相がイラク攻撃を国として支持しますという
13:10声明を発表してあるとか
13:12まあいろいろ議論あると思うんですけども
13:13少なくとも日本も国として自衛隊を派遣するとか
13:16そういうことをしていて
13:17やっぱり間接的にイラク戦争っていうものを支持してしまった
13:20直接的ではないけれども間接的に
13:23当時の日本は当時の私たちは
13:25すごいこうね優しく接してくれている
13:29イラクの人たちをすごく優しい普通の人たちを
13:33私たちは傷つけてしまっていたかもしれない
13:35そういうことを考えるとね
13:37やっぱりこうテレビのニュースだけは見てると
13:40なかなかこう一人一人の顔って見えてこないけど
13:42やっぱりこう世界中にその時の人たちのことをちゃんと知って
13:46思いを馳せるとやっぱりこう戦争とか
13:48そういうものって本当に絶対にあってはならないなと思うし
13:52間接的にイラクな人たちを傷つけてしまっていたかもし
13:54れないってことを考えると
13:55非常にこう考えさせられるものがありますね
13:58当時僕はまだ小学生だったので
14:01正直戦争のこともよく分かってなかったし
14:03税金を納めているという立場でもなかったけれども
14:06日本人としてイラク戦争っていうものと
14:08本当にあの戦争は何だったんだっていうことが
14:10やっぱりこう改めて真剣に向き合うっていうことが
14:14戦争で亡くなった人たち上の責めてものを償いになる
14:17し
14:17同時にこれからの平和な世界を築いていく上で
14:20本当に大事なことなんじゃないかなっていう風に
14:22改めてこうやって現地に来て
14:24イラクの人たちとコミュニケーションする中で今
14:27感じていますね
14:31あのさっき自分でもね撮影しながら話したんですけれども
14:34今回初めてイラクに来て
14:36現地の人たちとコミュニケーションを取っていて
14:38いろんな国に行ってきたんですけれども
14:40イラクの人たちすごいなんかこう
14:42人当たりがいいというか
14:43なんかちょっとこっちが申し訳なるから
14:46本当にYouTuberYouTuber出て
14:48すごいみんななんか興味を持ってくれて
14:50チャンネル登録者も何人か増えましたし
14:53しかも本当にこうその場で会っただけなのに
14:55お水あげるからおいでって言ってくれたりとか
14:58インタビューも協力的だったりとか
15:00本当にこう現地の人たちがすごい
15:02おもてなしっていうんですかね
15:03そういうのをすごいしてくれて
15:04本当にこうなんだかな
15:06優しい方たちが多いなっていうのが
15:08本当に今第一印象なんですね
15:10そういう意味では本当に来てよかったなって思う
15:12一方でやっぱり現地の人たちの顔っていうものが
15:16こうやって現地に来て
15:17しっかりこう分かったからこそ
15:19彼らの人となりっていうものが
15:20少しこう見えてきたからこそ
15:22やっぱりこう20年前にあったこのイラク戦争で
15:24例えばじゃあ今日会ったおじさんとか
15:27それこそ若者たちっていうのは
15:29イラク戦争も経験しているわけで
15:31現地に来て現地の人たちと直接コミュニケーショ
15:33ン取ったからこそ
15:34日本も国として支持をしていた
15:36アメリカのイラク侵攻であるとか
15:38私たち国民も決定権はなかったとはいえ
15:41間接的にイラク戦争を支えてしまっていたわけですから
15:44やっぱりその責任みたいなものも同時に感じていて
15:47本当に非常に考えさせられる
15:491日目になったなって思っています
15:52素晴らしいコメントいただいて
15:53なんか私もなんかとっても色々考え深いんですよ
15:58なんか原さんがこう楽しんでる様子とか
16:01すごいイラク料理を美味しいって言って
16:03本当に子供のように
16:06おしゃれで食べてるのとか
16:07そうですねすごい嬉しいんですけど
16:09なんかやっぱりそうなんですよ
16:10すごい今日会った人たちほとんどがみんな
16:13やっぱり戦争体験をしてるんですよね
16:15戦争体験も今日のアーマードもそうだし
16:17みんなみんな戦争体験を持ってて
16:19なんかでもそれでもこう
16:21私がいつもイラクの人たちすごいなと思うのは
16:23その忍耐強さ
16:25それとレジリエンス
16:26乗り越える力みたいな
16:28それは本当に強いな
16:30とにかく忍耐強さ
16:32忍耐力は本当に私はもう
16:33何度も何度も本当に驚きを持って
16:36私たちはここまでの忍耐力持てるだろうか
16:39これだけの地獄のような状態にあってって
16:42何度も想像したんだよね
16:44本当にそこを私いろいろ
16:46イラクの人たちから
16:47すごく教わったし習ったし
16:49すごく学んだし
16:51だからこそ自分がその
16:53学んだこととかそういったことを伝えたい
16:55ずっとこの二重なんで思ってた
16:57でもなんかやっぱり一つ問題はさ
17:00日本ってすごく遠い
17:02国にあって遠くにあって
17:05二十何年も経ってしまうとね
17:06やっぱり過去の話だし
17:08みんながみんなここに来れるわけじゃないし
17:11でもやっぱりそこでこう
17:12あ、そうですか
17:14遠い国でそういうことがありましたねっていう
17:16教科書の中の1ページっていう話じゃなくて
17:19どうやったらその
17:20今、オンゴーイングの紛争
17:22いくつもあるじゃないですか
17:23コングもそうだし
17:24ミャンマーもそうだし
17:25イスラエル、パレスナもそうだし
17:27ウクライナ、ロシアもそうだし
17:28その紛争とかをもう一度その
17:30ちゃんと向き合う時に
17:32イラクでの経験をやっぱり
17:34ちゃんと活かしたいなって思うんですよ
17:36今からでもやっぱり遅くなくて
17:38若い人にも
17:39イラク戦争って何だったのかって
17:41例えばロシア、ウクライナが
17:42停戦した時
17:43イスラエル、パレスナが
17:44いつか分からないけど
17:46対話をできるようになった時とか
17:48その時に私たちは何ができるのか
17:50紛争当事者になってしまうと
17:52どうしても冷静では得られないから
17:54停戦に関してもやっぱりすごく
17:56ケンケンガクガクになってしまうし
17:57なかなかうまくいかない
17:59そういう時に遠い場所にいる
18:01その紛争地の外にいる私たちが
18:04やるべきことって
18:05平時になった時に何ができるかって
18:07今から具体的に考えておくって
18:09すごく大事で
18:10その一つの例がやっぱり
18:11イラク戦争だと思うよね
18:12近代の戦争で一番長引いて
18:14で、一番今こういう状況にあって
18:17イラクにとって
18:18イラク戦争以降
18:19今私最も大事な時期だと思ってるんですよ
18:22カッコつきだけど平時で
18:23平時じゃないと平和構築もちゃんとできないし
18:26紛争解決とか
18:28紛争予防とかって難しいし
18:30だから今が一番大事だと思うし
18:33それから紛争地ではない
18:35といえば日本の人たちにとっても
18:37一番やっぱり大事
18:38今すごく深刻な紛争を
18:40世界は抱えている
18:42分断がどんどんどんどん広がっていくような
18:44流れになっている中で
18:45どうやって次の紛争を起こさないようにするかとか
18:48それを考えられるのは
18:49紛争地以外のところにいる私たちの
18:52責任でもあるのかなと
18:54そういう意味でも
18:55イラクのことは
18:56今からでも遅くないので
18:57何があったのかを知ってもらえると
18:59紛争を予防するための解決法
19:02っていうか
19:02何か一つのヒントみたいなもの
19:04そういったものが
19:04イラク戦争から分かるんじゃないかなと
19:06今まるのこのテレビのニュースとかを通じて
19:09イラクを見てきた人たちにとっては
19:11きっとどっか遠くの世界の出来事であったりとか
19:14またやっぱりイラクの人たちの顔っていうものが
19:16なかなか分かりにくいと思うんですよね
19:18やっぱりそういうニュースを通じて見ると
19:20だからこそこのハラカンタのチャンネルで
19:22ありのままのイラクの人たちを知ってもらうことで
19:25私たちと同じ人間が
19:27間違いなくあの戦争を経験したんだっていうところを
19:30少し想像力を持って考えられるようになると
19:33嬉しいなっていう風に今回の動画を
19:35撮影していたと思いましたし
19:37なんだろうなやっぱりこう
19:38ありのままの普通の生活を見ることによって
19:42そこに暮らしている人たちの顔が想像できるようになって
19:45それで引いては今世界中で生きている人たち
19:49特に紛争下で生きている人たちのことも
19:51想像力を持って思いを馳せられるようになるっていうところが
19:55今このイラクを取材する目的というか
19:58この動画を見てくださった皆さんに
20:01ぜひ考えてほしいことかなという風に思いますね
20:05なんかそこに一つやっぱり
20:07私たちが日本に生まれた意味みたいなものとか
20:09そういったもの私は常々感じたりとかしている
20:13何かあるかできることが
20:16日本に生まれた意味がある気がする
20:19その紛争の当事者になると
20:21どうしても冷静に考えられなくなってしまうからこそ
20:23逆にある意味
20:25少なくとも戦争はないという意味で
20:27平和な社会に暮らしている私たち
20:29日本人だからこそできることもある
20:31そういったところが伝わるといいなと思いますね
20:34引き続きイラクの今のこのありのままの生活を
20:38切り取って取材をしていきたいという風に思いますので
20:40明日からもよろしくお願いします
20:44テレビのニュースを見ているだけでは伝わらない
20:46イラクで暮らす人々の表情や日常
20:49この動画が現地のありのままの生活に触れるきっかけにな
20:53り
20:54中東を始め今もなお
20:56戦争の影響下で生きる人々に
20:58思いを寄せるきっかけになれば嬉しいです
21:00ぜひ動画の感想をコメント欄で聞かせてください
21:04まだまだ続くイラク取材
21:06次回は圧倒的なボリュームのイラク料理を
21:10たっぷりとご紹介します
21:11次回以降の動画も見逃さないように
21:14チャンネル登録がまだの方は
21:16ぜひこの機会にチャンネル登録よろしくお願いします
21:19海外で活躍する日本人や
21:21大手のメディアでは知れない世界の実情を
21:24もっと知りたいという方
21:25ハラカンタのYouTube活動を応援していただけないでしょうか
21:29ハラカンタの海外取材は
21:30ハラカンタを応援するサポーターズクラブの
21:32皆様のご支援によって成り立っています
21:34もしハラカンタの活動を
21:36支えてくださる方がいらっしゃいましたら
21:38ご無理のない範囲で構いません
21:40マンスリーサポーターになっていただけないでしょうか
21:42一口1000円からご加入いただけます
21:45少しでも興味のある方
21:46概要欄のリンクから
21:47サポーターズクラブのホームページをご覧ください
21:50ということで
21:51今回も最後までご視聴くださり
21:53ありがとうございました
21:54また次回の動画でお会いしましょう
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