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  • 2 日前
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2003年のアメリカ軍による侵攻をきっかけに、約20年にわたり戦争やテロに苦しんできたイラク。

私が今回訪れたイラク西部の都市ラマディは、当時アメリカ軍への抵抗拠点となり、米軍と地元の武装勢力、さらにイスラム過激派との戦闘が繰り広げられた場所です。

今回は、イラク戦争やその後の米軍占領時代を写した貴重な写真を手がかりに、その時代を記録し続けてきた著名な写真家から、当時イラクで何が起きていたのかを伺います。

※この動画は2025年5月に撮影したものです。最新の現地情勢を反映したものではありません。最新情報はニュースや外務省の発信をご確認ください。

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1994年

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00:00はっきりしてる?
00:01はっきりしてる?
00:042003年のアメリカによる侵攻をきっかけに
00:07約20年にわたり、戦争やテロに苦しんできたイラク
00:10私が今回訪れたイラク西部の都市、ラマディは
00:14当時アメリカ軍への抵抗拠点となり
00:17米軍と地元の武装勢力、さらにイスラム影ひゃ
00:20との戦闘が繰り広げられた場所です
00:23今回はイラク戦争やその後の米軍占領時代を写した
00:27貴重な写真を手がかりにその時代を記録し続けて
00:30きた
00:31署名な写真家から当時のイラクで何が起きていた
00:34のかを伺います
00:37今はですねラマディの市内にある地元の写真屋さんに
00:40来ました
00:41この写真屋というか写真館ですね
00:43ここに写っているこの写真のアハマド・ハムザさんという写
00:47真家の方がですね
00:48これまでのイラクの歴史っていうものを長く撮影をされてきた
00:52みたいで
00:52その写真がですねこの写真館の中にたくさん飾ってあります
00:56一部はですねイラク戦争の歴史を撮った写真もあるということ
01:00なんで
01:01撮影の許可もらえましたので
01:02いくつかですねイラク戦争の歴史が分かるような写真
01:05を見ていこうと思います
01:06まずですね目につくのは写真じゃないんですけれども
01:10こちらですねこれはですねイラク戦争の時なのかな
01:14空爆とか戦闘とかそういうので弾丸とかもしくは破片とかで傷
01:19がついた
01:19実物のものがですね置かれています
01:22ここにある左のやつはね子供も通りますっていう道路交通標
01:26識ですけれども
01:27鉄でできたものですけれども本当に大きな穴が開いていたりとか
01:31それからこっち側のやつに関して黒く焦げている部分とかも
01:34あるので
01:35おそらくですけど鉄が溶けるぐらいの熱がここにかかったん
01:38じゃないかなという風に思います
01:40上の本ですねある写真はこれはイラク戦争の時に撮影を
01:45された写真みたいで
01:46マンションかな空爆で破壊されたマンションの写真が
01:49大きく飾ってありますね
01:51この辺の写真もそうですねイラク戦争の直後に撮影をさ
01:56れた写真みたいです
01:58街がねすごいもぬけの殻になっているっていうことがすごいよくわかります
02:02
02:02こっち側にある写真は軍の走行者が走っているのがわか
02:06るかなと思いますけれども
02:08イラク戦争の後なのかなアメリカ軍が占領で入
02:11ってきた時に撮影をした写真も飾ってあります
02:15この写真はラマギ市内なんだけれども空きちんじゃなくなって
02:18いるでしょ
02:19そうですね
02:19これね商店街だったんですよそれが全部なくなっちゃう
02:24それはその空爆で破壊されて戦争が終わった後はもうこんな風
02:30に人がもういなくなっちゃって
02:32みたいなみんな逃げてみた感じですね
02:33一回ぐちゃぐちゃになって再建するためにさらちに来たんだ
02:37と思いました
02:38今私たちがいるラマギは今だけ見てるとすごいね街も綺
02:42麗で夜はライトアップされて
02:44お店もいろいろありますけど本当に一度はこういう風にもう本当
02:47に破壊され尽くしたんです
02:48米軍の総統作戦がひどくて空爆がひどくてぐ
02:52ちゃぐちゃになって
02:53ある程度直したと思ったらまた爆弾があって空爆があって戦
02:57闘があって
02:57もう20年の間ずっと繰り返しあって
03:00一番最後がもうIS総統作戦の時それが一番もうとにか
03:04くひどくて
03:06石十字とかあの辺がドローン飛ばして街を撮影したらもう
03:09ラマディは8割方もう完全に破壊されてた状態
03:12だから今こんな新しいんですよ
03:14建物とかも新しい
03:16建物がほとんど粉々になってしまって
03:17昨日一昨日一緒にいたムハンマドなんかも避難してた
03:21んですけど
03:21家に帰れるってもう総統作戦終わったから帰れるって言って
03:25ちょっと喜んで帰ったんだけどその日送ってきた映像はもうぐっちゃぐちゃ
03:30もう本当にもうこれが住宅街かっていうような状況で
03:35でもその中にもご遺体があったりするじゃないですか
03:38ご遺体があるししかもそこにブービートラップが仕掛け
03:42られてる可能性もある
03:43ご遺体の中にね
03:44すごくやっぱり解体するって言っても片付けるって言ってもすごい
03:48時間がかかるし
03:48まずはご遺体を引き上げたいけどそれもすごい金属探知機
03:52とかで爆弾がないか調べないと
03:54だからそれをやってご遺体を回収する間にも死者が出たり
03:57する
03:58で実際なんかこれはラマディじゃなくてモスルだけど支援して
04:01たんですよね
04:02大学の中とか片付けをしてたボランティアさんとかが
04:05ゴミ箱で一回なんかゴミ箱の中に爆弾あったみたいで
04:08それほとんど生中継で私見てて
04:10ダーンって言って一人怪我して毛布をストレッチャー代わ
04:13りにして病院に運ぶみたいなこともあったり
04:16それからラマディ総合病院だったかな
04:18掃除してる時に電気のスイッチが起爆装置になって
04:22いて
04:22それを触っちゃったらドーンってなってなくなっちゃったっていう
04:26片付けをする際にもやっぱりそういう危険が伴うので
04:29ものすごく時間がかかる
04:31今こういう風に新しくなったけれども
04:33その前にはもうとてつもない破壊があったっていう
04:36これだけ徹底的に破壊しつくされてもまだなお
04:39戦争が終わった後も戦争が続くみたいな
04:42暴力が続くみたいな
04:44本当になんかそういうもちろんこれを撮影された時は
04:47本当に大変な時だと思うんですけど
04:48その歴史がわかるというのは非常に貴重な
04:52本当に歴史を伝えてくれてますね
04:54こっち側の写真を見てもらうとすごいわかると思うんですけれども
04:591999年のラマディですね
05:01左下に当時のステイン大統領の大きい肖像画
05:05みたいなものがありますので
05:071999年まだイラク戦争の前のラマディの市内
05:11そしてこの右側にあるのが2007年
05:15同じ場所で撮影をされたものなんですけれども
05:17もう街の景色が全くといったこと変わっていますね
05:21右側にある4階の大きい建物はもう完全に
05:24おそらく空爆だと思いますけれど崩れ去っていて
05:27それからステイン大統領の肖像画があった場所も完全
05:31に倒れてしまって
05:33たった8年ですけれども2007年でイラク戦争が終わって
05:36から
05:36数年が経ってはいますけれども2007年の時点でもこれだけ
05:40街が破壊され尽くしているという戦争によって
05:43ラマディという街が本当に1回は壊滅したということが分かります
05:48
05:48今ですねこの上の方に見えているすごい大きい写真があるんですけれ
05:53ども
05:53これはですね先ほど僕らがですね
05:56ちょっとこうラマディの街中を歩いてみようということで歩いていて
06:01一番大きい通りですねおしゃれなお店が両側にたく
06:05さんあって人もたくさん出ていて
06:07一番大きい通りがイラク戦争の後にはですね
06:11ありとあらゆるものが破壊され尽くしたという
06:13まさにここが約20年前の写真なんですけれども
06:17ここが先ほど歩いたみたいにこの20年間で復興したというそうです
06:22こちらにある写真がですねアメリカ軍がこのラマディを占
06:26領した時にですね
06:27アメリカ軍がこの地域一帯の特に男性たちをですね
06:31テロ相当作戦という名目でとにかく片っ端から連行
06:35していたんですね
06:37その時に連行される男性たちの様子を撮影した写真
06:41がこちらにあります
06:42この上にある写真がですね非常に印象的なんですけれども
06:46女性が血の身具を抱えて銃を持っています
06:49これが撮影されたのが2002年なんですけれども
06:52このぐらいの時からですねアメリカやイギリスがイラク
06:55を攻撃するかもしれないというような動きをし始めて
06:59当時の大統領のサダム・スセインがですね
07:01国民に銃を持って自衛を呼びかけるようなキャンペーン
07:05をしていたので
07:06こういった子供を育っている女性も銃を携帯していたと
07:10まさにその出来事を象徴するような1枚です
07:162002年だった monitor いうことかわからないのに
07:182002年の3rd stageだった教育に στο3rd stage
07:20そしてこの masaAと米国予定した召喚を選択するし
07:271980年 백重と正当さらゆる武器だと
07:30国民力 countriesも対して共 Bockもあるから
07:33大闘まで制練を持っていて
07:34大学のような場所に内の武器を取り組みました
07:34来るところでやろう戦う前に
07:40��いう Campsもあるかわからない技術者を
07:41itional話を知っているので
07:41お客さんのとかお土の水作り盛結立を込みました
07:42どう感じたのか?
07:44私たちが若い人たちが、私たちが自分として、
07:51私たちが自分と国の国として、
07:53私たちが怖くなったのか?
07:57私たちが日本の米国の攻撃を攻撃することができるか?
08:02私たちが怖くなったのか?
08:04私たちが怖くなったのか、私たちが怖くなったのか、
08:08私たちが怖くなったのか、私たちが怖くなったのか、
08:12私たちが私たちを攻撃することができる。
08:15私たちが自分と国を保護することができる。
08:18後々、私たちが戦争が、
08:23戦争は、戦争は、
08:26私たちの国を破壊することができる。
08:29他にも、たくさんの写真があって、
08:32一つ一つご紹介したいんですけど、
08:34ちょっと時間の関係もあるので、
08:35最後に一枚だけ、僕が個人的に印象のこと、
08:38写真をちょっと紹介したいんですけれども、
08:40こちらですね。
08:42アメリカがビデオカメラを持っていて、
08:44その周りに子どもたちが、
08:45ビデオカメラをちょっと笑顔で見ていたりとか、
08:48驚いて見ているような、
08:50そんな表情が印象的なんですけれども、
08:51アメリカ軍の従軍記録なんか、
08:53そこは分からないですけれども、
08:55子どもたちが、当時珍しかったこのビデオカメラ、
08:59デジタルカメラというものを見て、
09:00みんな驚いて覗いているみたいな、
09:02そういったところが印象的ですけれども、
09:04僕もね、今こうやってエラ君に来て、
09:06撮影をしていると、
09:08時々ちょっと子どもたちが寄ってきてくれたりとか、
09:11珍しい外見なんで、
09:12子どもたちが現地の人たちが寄ってくるっていう、
09:15ある意味構図的には近いものがあるんですけれども、
09:18でも全く20年間でやっていることが違うっていう、
09:21別に彼らが悪で私が善とか、
09:22そういう単純なことを言ったわけじゃないんですけれども、
09:25構図は同じだけれども、
09:27時代が違うだけで、
09:28やっていることがこんなにも変わるんだっていう、
09:30自分が今この仕事をやっているからこそ、
09:32ちょっとこの写真には目を惹かれましたね。
09:46私は今住んでいるといっためです。
09:53彼女の家、他にも他の家で、彼女の家はディタル
09:57を揺るということで、
10:01彼女のスラーズのマリタルを揺ることによって、
10:05私は彼女の身を揺ることによっていたら、
10:11彼女の家は私達に受けられました。
10:12彼女の家は、約 70%の家はディタルを揺ることに
10:17よって、
10:17彼は、インボックな部屋がたくさんの人間との私たち
10:24を投稿するような想像です。
10:26彼は、彼は彼が言ったことで、それにより、彼の保護され
10:29は多くての場所で、
10:32制作りの活動を作り出すことができるようになります。
10:34大きな世紀に効果をしていくのは、これでも、私たちの経済
10:39は満足です。
10:39米国は価格を使っていることを、
10:42日本の生活が私たちに伝わりたいところから
10:42そうすると、20あまり、
10:45経済の経済区の経済は、
10:47私たちの経済を通ったことで、
10:55その経済の世界に効果を持っていくことができます。
10:59思い出しているため、
11:02これらを行っていることを知っていることができるのは、
11:03人のことも。
11:05そして、後で、
11:06その受け取り組み、
11:09その受け取り組み、
11:122つのフレームに倒すことがあります。
11:15この状況に、
11:171つの違いが、
11:18この状況に、
11:19これらの状況に、
11:23人の人たちを作ることを、
11:25この状況に、
11:26この受け取り組み、
11:28実は、どこかに戦争を誘っているのに、
11:34役割された人々にかいて、
11:39沢山です。
11:43塩を受け取ったように、
11:48カメラです。
11:49この人々は、
11:53役割は、
11:53このような場合、
11:54そのため、伊勢の大統領に対応するのは 伊勢の国です。
12:25アンバーアンスのプログラムで、
12:27アンバーアンスのコーポーションで、
12:30イシスの国の戦争を破壊し、
12:32そして、アンバーアンスの戦争を再び戻します。
12:36しかし、80%の都市は、
12:42そのため、アンバーアンスの人々が待っていることがある。
12:50例えば、アンバーアンスの戦争が、
12:51アンバーアンスの戦争の戦争は、
12:55アンバーアンスの戦争を得て、
12:57アンバーアンスの戦争は、
12:59約2万円で、
13:01それにも値段の戦争がない。
13:04日本人は、アンスの戦争を見つけたイラク、
13:07とにも、アイスとアラク戦争が止まった。
13:10現在、アラク、ラムアディは、
13:13変わる未来の明星です。
13:15私は、日本人が発言すると、
13:20おわり
13:21今話しているのに
13:22お話をして mostいって
13:25お話ししております
13:31一緒にお話ししております
13:39お姉さんと浴び色くなっています
13:41お姉さん
13:42お姉さん
13:44先程
13:44彼女さん
13:44お姉さん
13:46状態
13:47お姉さん
13:49他にも相当なり方向けられていたので
14:00日本国の人々に
14:02支援られているから
14:05日本国のテストが大変な災害を支払い
14:19イラキ人のための国は、戦争で、 日本人のために戦争が
14:25戦争を始めることができる。
14:33イラキ人のために日本人のための戦争があります。
14:41戦争は戦争がありますし、戦争があります。
14:45peace, what is all. so I would like to ask this question.
14:49many of Japanese people including myself want to keep peace want to keep world peace or
14:54want to make world more peaceful. so what do you think is the most important thing to
15:01平和平を持ってください。
15:03何をしてもう一緒に行こう?
15:05私たちからは、 いや、私達に向かっているか分かるものを続
15:09けた。
15:09私達にとっては、 知っています。
15:15私達の愛を作ることによって、 私達には、
15:17私達には、 私達に向かっているでしょう。
15:17私達に向かっている 結局のことを教えて、
15:18私達に、すると、 私達があった人のため、
15:18私達に家が開けadosks、 建設するのを保護することによ
15:21って、
15:21私達に 世に近いを逃げて 生き出すくるのです。
15:25私達にとっていることの、 私達に教えてください。
15:25このような理由で、日本の人々は、
15:30イラク人と共同して、国民と国民の国と国の国と
15:36国民の人々を離れてくれることができる。
15:39OK。
15:40Thank you very much!
15:41シュクラム!
15:43シュクラム!
15:43シュクラム!
15:45シュクラム!
15:46ここに来ていただいて、お嬉しいです。
15:48Thank you so much!
15:49シュクラム!
15:51お!
15:51お!
15:52on top!
15:57現在のイラクは戦争から復興し
16:00街は整備され人々は日常を取り戻しています
16:03しかし今の姿だけを見ていては
16:06この国が歩んできた苦難の歴史を実感するのは難しいものです
16:11だからこそ当時を映し出した写真や
16:14アフマドハムザさんの言葉を手がかりに
16:16イラクが辿ってきた戦争の歴史や
16:19平和を願う思いに触れられたことは
16:21私にとって非常に大切な時間になりました
16:24ぜひ皆さんの感想もコメント欄で聞かせてください
16:28海外で活躍する日本人や
16:30大手のメディアでは知れない世界の実情を
16:33もっと知りたいという方
16:34ハラカンタのYouTube活動を応援していただけないでしょうか
16:37ハラカンタの海外取材は
16:39ハラカンタを応援するサポーターズクラブの
16:41皆様のご支援によって成り立っています
16:43もしハラカンタの活動を支えてくださる方がいらっしゃ
16:46いましたら
16:47ご無理のない範囲で構いません
16:49マンスリーサポーターになっていただけないでしょうか
16:51一口1000円からご購入いただけます
16:53少しでも興味のある方
16:55概要欄のリンクから
16:56サポーターズクラブのホームページをご覧ください
16:59ということで今回も最後までご視聴くださり
17:01ありがとうございました
17:03また次回の動画でお会いしましょう
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