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  • 2 日前
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東南アジア、ミャンマー。軍事クーデターが起きたあの日、この国から自由は消え去りました。

軍による独裁体制は今も続き、市民は徹底的に弾圧されています。抵抗の声を上げた者を待っているのは、理不尽な逮捕と、想像を絶する「拷問」の日々です。

今回は、政治犯やその家族を支援する現地の団体を取材します。ミャンマーが歩んできた苦難の歴史、そして今も続く軍の残虐な支配。その実態に迫ります。

※現地の動画は2025年11月に撮影したものです。最新の現地情勢を反映したものではありません。最新情報はニュースや外務省の発信をご確認ください。

◆久保田徹さんのSNS/Docu Athan(ドキュ・アッタン)のHPはこちら
https://www.instagram.com/torukubota23/
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https://www.docuathan.com/

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【著書】
◆自費出版『世界を無視しない大人になるために』
紙版(BASE): https://kantahara.thebase.in/items/5867180
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ニュース
トランスクリプション
00:00東南アジア、ミャンマー、軍事クーデターが起きたあの日、
00:03この国から自由は消え去りました。
00:05軍による独裁体制は今も続き、市民は徹底的に
00:09弾圧されています。
00:10抵抗の声を上げた者を待っているのは、理不尽な逮捕と
00:14想像を絶する拷問の日々です。
00:16今回は、政治犯やその家族を支援する現地の団体を取材
00:21します。
00:21ミャンマーが歩んできた苦難の歴史、そして今も続く軍
00:25の残虐な支配、その実態に迫ります。
00:30お昼ご飯を食べ終わりましたので、これからですね、AAPP政治犯支援協
00:35会というね、場所があるみたいなんで、そこに向かおうと思います。
00:52はい、じゃあ我々AAPPのミュージアムに到着したということで、AAPPっていう
00:58のはどういう団体なんですか?
00:59政治犯支援協会といって、特にミャンマーがビルマ
01:02ーですね、拘束された政治犯たち、要は不当なりで逮捕さ
01:06れた人たちの記録を残すために作られた小さな訳物
01:09館ですね。
01:10この団体は2000年頃からずっとそういう倒木された人とか、殺害
01:14された人とかのデータをちょっと収集して集めているんですよね。
01:17データを集める前は、特にインターネットとかもなかった時
01:20代、ミャンマー国内、ビルマー国内で、当時のビル
01:23マーだったんですけど、
01:24ミャンマー国内でどれだけ人が拘束されてようが、拘
01:27束されてようが、なかなかそれがちゃんとしたニュースとして知
01:30られることがなかったし、
01:31またそういったものをちゃんと証拠として集めることが難しかった。
01:34それに問題意識を感じて88年、民主観動が起きたんですけど、
01:38それに参加していた当時の若者たち、彼らの中でも5年、
01:4210年と国中で過ごした人もいますと、
01:44当時の記憶とかを振り返って、ちゃんと記録を残していか
01:47ないといけないと思って作ったというふうに聞いています。
01:50なるほど。
01:51政治犯って日本ではなかなか耳にすることがないと思うんですけど、
01:55ミャンマーの軍事政権に対して反対の声を上げ
02:00るだけでも政治犯になってしまうっていう。
02:02そうですね。もちろんそれがデモをするとか、武器とかを持たずに
02:07平和的なデモをするだけでもそうですし、
02:09極端なレアとそういうメッセージをSNSで書き込んだ
02:12とか、あるいはそういう表現活動をしたとか、
02:15こういう絵を変えた、こういう曲を歌ったとか、そういうことでも捕まえる
02:18ことがあります。
02:19今の状況で言えば、もう本当に軍事政権に対してちょっとでも不
02:24利益になる。
02:25彼らが不利益だってみなしたら、それはイコール政治犯として
02:28扱われてしまう。
02:30なので今ABBのホームページをちゃんと見るとですね。
02:32はい。映していいですか?
02:35うん。カウントは出てますね。29,955。
02:39今日の時点だと、29,955がこれまで投稿されて。
02:44ABB創設以降記録されているだけでも約3万人。
02:48これはクーデター以降なんです。これは2021年以降だけで3万人。
02:522021年以降だけで。
02:53その人なら315っていうのは、steal, detained, including…何て書いてます?
02:59sentenced。ちょっと待ってね。これどういうことだろう?
03:02いや、もっと言わ方だよな。
03:04あ、なんかおかしい。リロードしたらおかしくなって思いました。
03:07これが今も投稿されている人。
03:09だから、過剰された人を含めて29,955で、今も獄中の人が
03:1322,637人、殺害されている人が。
03:167,458人。
03:18解剰された人も7,318人。
03:21なるほど。
03:22これはだから市民だけでそうなので、その民主化兵士とかが亡くなった
03:26人とか含めたら持っている。
03:28うん。
03:28この29,955人のうちの1人は獄も含めている。
03:32そうですよね。はい。
03:32僕もこの獄中にいたことで。
03:34うん。
03:35建物の入り口は陰性刑務所の入り口を模しています。
03:41こういう風に実際にでっかい扉があって、その中に小さい
03:44扉があるんですよね。
03:46ちょっとこれよりももうちょっと大きかった気がするんですけど、これぐらいのサ
03:48イドのやつをふぐって入ることになります。
03:50なるほど。陰性刑務所っていうのが、久保田さんも111日間投稿
03:56された政治犯が主にいる。
03:58ヤングの最大都市にある刑務所で、政治犯以外も登録さ
04:02れていますけど、特にクレーター以降の政治犯の我々はどん
04:05どん多くなっていて、かなりの数が政治犯です。
04:08その当時の陰性刑務所の中で見た話とかもちょっと絡め
04:12ながら、この説の中でちょっとお話を聞いていければなというふ
04:14うに思います。
04:15じゃあここから入っていく感じですかね。
04:16はい。どうでしょう。
04:35写真がたくさん飾ってますね。
04:39これはプリズンコンディションって書いてあるので、刑務所の様
04:42子がついて書いてある。
04:43実際に隠し撮りされた写真。
04:45隠し撮り。
04:46まあそうですね。だからそういう刑務所とかで撮影とかしてるだけでも、相当リ
04:50スクのある行為。
04:51これは多分詳しくは明かされてないですけど、何かしたら内通者
04:54がいて、こっそり刑務官とか軍側の人間がこっそり
04:58隠し撮りしたとしか考えられない。
05:00なるほど。
05:01ですが、昔のものだとされていて、クレーター以降は多分難
05:04しいと。
05:05クレーターより前の時に撮影されたものじゃないかなと。
05:17今ここにミニチュアの模型がありますけれども、これは何の模型
05:21ですか?
05:22これが民善刑務所の敷地をミニチュア化したものにな
05:26ります。
05:27ここに久保田君も倒木されていた。
05:29そう。ここを真っ直ぐ入って、ここがさっき入ったもののところ。
05:34真っ直ぐ入っていくと、ここに事務所みたいのがあって、取り
05:38調べなどを受けてから真っ直ぐ歩いていくと、ここに監視
05:42灯があるんです。
05:43僕が言いたいのは、この区画は重要な政治犯や外国人を収
05:49容する場所で、その以外のこういったところはメインジェル
05:51と言われていて、一般のミャンマー人の普通の窃盗
05:54とか。
05:55それを含めて政治犯が一緒に収容されていますね。
05:58僕はちょうどここの、ここにいました。
06:03本当にちょうどこの辺に。
06:05ここはブロック1、2、3、4と呼ばれていると、これが5か。
06:09ブロック4のこの辺に収容されていて。
06:12コボスさんのインタビュー記事とかで、ここに連れて行か
06:15れる前に、お前が行く場所は地獄のような場所だっていう
06:18ふうに言われたっていう、ありましたけど、何が陰性刑務所が地獄?
06:23いやでも正直に言うと、僕が置かれていた環境はかなりマ
06:27シなところで、実はそこに連れて行かれる前の警察署の
06:31留置所みたいなところが本当にひどいところで、彼、警察官はそ
06:35こを地獄みたいな場所だよって言ってたんですよ。
06:38正確には陰性刑務所じゃないんですけど、留置所はものすごい人、数の
06:43人がこう、ゆいゆいに押し込められていて、本当になんか鳥小
06:47屋みたいな場所に押し込められていて、そこはかなり状況
06:50が広くなっているんです。
06:51パソコンにいたのは5日弱で、その後陰性刑務所に移
06:55送されて、ここでは独房として、とても本当にあれを申したら、あれ
06:59がレプリカみたいになっていて、鉄格子とかもそっくりなって
07:03います。
07:04はい、ちょっとじゃあそっちも。
07:08締まってるでしょ。
07:13作りがそのままなんですよ。
07:15すごいよくできていますね。
07:16よくできている。
07:17こういう鉄格子とか鉄の錠がこうなっている。
07:22それで止める。
07:24ちょっとこっちから。
07:29開場されるときはこうやってやって。
07:37おお。
07:40すごい。
07:41そっくり。
07:43実際の天井はもっともっと高かった。
07:45うん。
07:46もっとこうガサガサしていたから。
07:48なるほど。
07:49だからここはもう外なんですよね。
07:51ちょっと日差しがあるけど、それを覗いたら外だから雨風とかが入って
07:55くる感じも。
07:56でも地面は本当にこんな感じなんですか?
07:58抜き出しみたいな。
07:59抜き出し。
08:00もっとゴツゴツしているけど。
08:02それになんか木製のスマホみたいなベッドがある。
08:05のみで。
08:06奥の方にちょっとなんかトイレがある。
08:08ちょっと壁がここにあって。
08:10これらの壁があって。
08:11その奥にちょっとトイレのスペースがある。
08:13それだけのところにこう一人でいる。
08:16なるほど。
08:17ここにいろいろ写真がありますけど、これっていうのは再現したものかな?
08:21そう。これは拷問の様子を再現したもの。
08:24一部実際の拷問の写真も使われているって聞いた。
08:27なるほど。
08:27なるほど。
08:30こういうきつい体勢を取ることで自白を強要したりとか。
08:37いやー。
08:39縛り上げたことなんですよ。
08:41なるほど。
08:42あとなんか溺死寸前まで水攻めしたりとか。
08:49こういう状況で殴る蹴るってことが行われていた。
08:52行われている。
08:53僕自身は外国人だったからそういった拷問を受けることは
08:57なかったんですけど。
08:59僕がもし地元のミャンマー人だとしたらかなり容赦
09:02なく拷問されていただろうし、
09:04それによって命を落とすって人も実際にたくさんいるわ
09:08けですよね。
09:08外国人だから手荒な拷問されなかったっていうのは、向こうとしても
09:13一応その日本という国との関係性みたいなものをちょっと意識していた
09:18みたいなところがあるんですかね。
09:19そうですね。やっぱり外国人の人、特に開放された後とかにもそう
09:24いうことを言われるとやっぱりちょっとまずいと思うんですよ。
09:28確かに。
09:29あくまでやっぱりそういう外国の一つのカードだったりする
09:32し、僕が開放された時には他に3人の著名な外国人
09:36という人だったんですけど、
09:38そういうふうにこう外圧を逃えるためにアピールするわけですね。
09:41外国人が一気に開放して。
09:43アンサン・スーチンの経済コマンだったオーストラ
09:45リア人とか元イギリスの大使だったビッキリボー
09:48マンって人とかと一緒に開放されたので、
09:50そういうふうにこう、外圧を逃すためにカードとして切られた
09:54みたいな。
09:55なるほど。
09:56ある意味その初外国からのその反軍事政権の声をちょっと和
10:00らげるための、
10:01ちょっと言い方もあれだけど、アピール材料として使われてしまった
10:05っていう。
10:06そうなんですね。
10:11ミャンマーでは軍事政権ができて以降、何度か大規
10:15模な抗議活動が起きています。
10:17代表的なものは、例えば1988年に起きた88運動と呼ばれる
10:22大規模な抗議活動。
10:23その時にはですね、軍隊がデモを断圧して数千人の方が亡
10:26くなるっていうことが起きたんですけれども、
10:28それに加えて2007年にサフラン革命と呼ばれる非常に
10:32大きな抗議活動が起きています。
10:33このサフランが何かっていうと、このあたりの写真とか見ても
10:37らえると分かると思うんですが、
10:38お坊さんが着ているこの毛差の色、サフラン色ですね。
10:42このサフラン色の毛差を着たお坊さんたちもこの抗
10:45議活動に参加をしたっていうことが非常に象徴的な出来事で、
10:49お坊さんたちっていうのはそういう政治には関わらないっていうようなスタ
10:52ンスだと思われていたのが、
10:54当時、軍事政権がガソリンの価格を一気に引き
10:57上げて500%ぐらい値上がりしたみたいなんですよね。
11:00それに大規模に市民が反発をして、そこにお坊さんた
11:04ちもさすがに黙ってられないということで参加をして、
11:06大規模な攻撃活動があったんですけれども、これもこのあたり
11:09写真がありますよね。
11:10軍隊によって非常にこう、ひどく弾圧をされたという事件が
11:14あります。
11:15こちらの方にね、日本人のジャーナリストの永井健二さんという方、
11:20この2007年のサフラン革命の時に現地で取材活
11:25動をしていた永井健二さんが、
11:27軍隊の銃弾によって命を落とすということがありましたけれども、
11:31その永井さんが倒れている瞬間のまさにこの写真もこのミ
11:36ュージアムには飾ってあります。
11:45ここから先はですね、ミャンマーの軍事政権ができて以降
11:50の抗議デモとか弾圧の歴史についての展示がありますので、
11:54ちょっとね、久保田くんに、久保田くんってね、言っちゃうね。
11:59今回はね、取材をいろいろ高齢度してくれてるんですけど、
12:02普通に同世代の友人なんでちょっとね、久保田くんって言
12:04っちゃいましたけど、
12:05久保田さんにちょっとね、ここからのミャンマーの歴史につ
12:08いて解説をしてもらおうと思います。
12:10はい、こちらから1962年の方からお願いします。
12:14ミャンマーって今言ってるけど、本当はビルマ連邦という名前
12:18で、
12:181948年にイギリスから独立しました。
12:21その以前には日本が占領していた時期もあったんだけども、もとも
12:24とはイギリス領土で、日本の一時占領兵で、イギリ
12:27ス領に戻り、イギリスから独立してビルマ連邦ができ
12:30たんですね。
12:30で、ビルマ連邦ができてからは、それから1948年。
12:33一応民主主義が整った体制であって、選挙も行われて
12:38いて、少数民族にも一定の自由が与えられていたんですね。
12:41しかし、1962年にネウィンという人が軍事不出帯を起
12:44こしました。
12:45それ以降、ずっと軍事独裁の時代が続いていて、その後一時
12:49的にアンサン・スチーさんが政権を実質的に握
12:51っていたカリソナの民主主義の時代があって、その後2021
12:54年に例の軍事不出帯が起きて、その後全国的な内
12:59戦状況に陥ったという、そういった大きな流れがあるんですね。
13:03で、このAAPPでは1962年からずっと何度も繰り返されてきた
13:07抵抗運動、抗議運動とそれを弾圧してきたという歴史が飾
13:11られています。
13:12これ時系列になっているんですけど、あまりデータとして扱われてこ
13:16なかった人たちの声を残していこうというのがAAPPの狙い
13:19のようです。
13:21で、これが1962年ですね。この時は本当に白黒の写真しかなく
13:23て、この時どれだけの人が亡くなったとか、正確な人たという
13:27のはないとされていますが、この時も中心となったのは学生たち
13:31でした。
13:32スチューデントムーブメントと書いてますね。学生運動と日本
13:36語にすると。
13:37その後、こっちは75年と書いてありますけど、ウータンという国連の
13:41大使を務めていたビルマ人の人がいたんですけど、彼を支持する
13:44運動。
13:45彼は軍事政権に対して規範的だったので、ウータンを
13:48支持する運動がまた軍に断らされるということが起きていた。
13:51一番有名というか、大きな展開だったのは88年に行われて
13:56いた88運動。88運動というと60年代までの人とかが多かったと思
14:01うんですけど、今抵抗している人たちのちょうど親世代になった
14:04のかな。
14:04なるほど。この時も大規模な講義運動が行われていたんですが、まだ
14:09あんまりちゃんとしたジャーナリストとかデジタルメディアも
14:12なかったので、記録はこれでもあと限られていたと言われていますね。
14:16この写真を見るだけでも、ものすごい数の人が道に出て講義
14:22活動をしているというのがわかりますね。
14:25そうなんです。ちょうどこの時期にアウサン・スーチーさんとかが
14:28いっぱい加わるようになって、
14:30民主会の強い思いというのが体現していた。
14:33アウサン・スーチーさんがNLD、ミャンマーの2021年
14:37のクリルダが起きるまで政権を持っていた民主派の
14:42正当化。
14:43ラディヒトナム1990年。
14:45またこの時も総選挙が行われたんですよ。
14:48軍の主導の下で行われた総選挙で、アウサン・ス
14:51ーチーさんが率いるNLD、国民民主連盟が大勝したんですね。
14:56当然これだけのカリスマ的な人が出てきて、またその独立、
14:59ビルマンを独立に導いたアウサン将軍の娘なので、と
15:03ても強い求心力があった。
15:06大勝したんですけど、その選挙の結果をまたこの時も軍は無視して
15:10覆したんです。
15:11そのアウサン・スーチーさんは長い間自宅軟禁をさ
15:13れてしまいます。
15:14その話は日本でも相当報道されていたので、アウサン・スーチ
15:19ーさんが自宅軟禁のイメージを持つ人も多いんじゃない
15:22かなと思います。
15:22そうなんです。だからこれに対してはやっぱりみんなで申したし、88の時
15:27に捕まった人たちもいて、その時にですね、90年代から2000年代
15:31にかけて、5年、10年、あるいは20年近くの国中にいたっていう
15:34人も多くいますね。
15:36AAPPを作ったのも実はそういう人たち。
15:39今、社会の中で比較的50代とかある程度地位のある人た
15:43ちが、やっぱり88運動を経験した人たち。
15:47その時代に政治派になって逃げてきた人たちが多い。
15:5250、60代かな。大体60代半ばぐらいの人が多くて、今の
15:56民主カウントの中でも結構強い力を持っているとか、その下
16:00の世代とうまくやり取りをしながらやっているっていう。
16:05ちょっと先回りになっちゃうんですけど、2021年の軍事クレター以降の
16:09若い人たち、Z世代の人たちが中心になって、SNSの
16:12活動しながらこういう活動をしたって言うんですけど、それをバ
16:14ックで支えているのがその88世代の人たち。
16:17そうですね、だからこのMESOTにも88世代の人はやっぱり多くいる
16:21し、そうすると地元のタイの人たちとの繋がりもあ
16:23ったりして、
16:24古くから民主化活動をしている人たちっていうのは国際的な
16:27繋がりも持っている人もいるし、世代間でいろいろな
16:30ギャップがあるみたいだけど、それとも経験を生かしながら
16:33一緒に、
16:33民主化活動を応援しているっていうような印象ですね。
16:37この90年代も引き続き抗議活動とかが行われていて、200
16:427年では先ほど僕が説明したサフラン革命ですね。
16:45それもひどく弾圧をされて、お坊さんに対しても弾圧を
16:50するっていうのが、なんか衝撃で言うか、ミャンマーとかタイみたい
16:55な、
16:55この辺りで仏教がすごい力を持っている国々であっても、軍
16:59政は容赦なく弾圧をする。
17:02そうですね。やっぱりお坊さんに対しては、そこまでやっぱり軍事の
17:07中でも躊躇する人はいたみたいですけど、
17:10それでもやっぱり上からの命令だとそれを鎮圧する、逮捕する
17:13っていうことは当然のように行われていた。
17:15で、長い権利さんが亡くなって、自殺されたということもありました。
17:19この辺になると写真もかなり綺麗になって、2015年の学生っていう
17:25んですか?
17:25そろそろスマホを普及したんじゃないかなっていうことで。
17:272015年は、この時もその学生運動だったんですけど、その軍の中心
17:32のその教育システム、
17:34中でもそういう仏教的なナショナリズムとか、ビルマ族中
17:37心の歴史を教えたりすることに対してだったりとか、
17:40まだその学生連盟とか学生組合とかのその活動を制限する
17:45ようなそういう法律ができたことに対して、
17:47こういう運動をしていったと。
17:49で、その時にまたたくさんの学生が捕まって亡くなった人
17:52もいたんですけど、
17:53その直後に総選挙があって、アンサン・スーチーさんの
17:56政権になったことで解放されたっていうのが、2015年の運動ですね。
18:01この2015年以降は、2016年から20年にかけてのその5年間っていう
18:06のは、
18:06NLDの第一期政権、アンサン・スーチーさん達の第一期
18:10の政権があって、
18:12その頃っていうのはミャンマーは比較的落ち着いていたんですけど、
18:16僕のイメージでも、僕の友人とかでもミャンマーで起業
18:19している人がいたりとかして、
18:21そのイメージが僕は強いんですよね。
18:23学生の頃、そういうミャンマーに何かするっていう人もいたんで。
18:27そうなんですよね。だから2011年とかの民政委員会から始まって、
18:312015年に選挙が起きて、スーチー政権になってからは、
18:34少なくともそういう、その中でもデモとかはかなり制限はされて
18:38いたにせよ、
18:39表現の自由も比較的担保されていたし、
18:42そういう投資もどんどん呼び寄せていって、
18:45マジア最後のフロンティアって呼ばれていったりとかしてですね、
18:47結構自由があったという一方で、
18:49アンサー・スーチーさんも実は政権を握っていたと言
18:52いつつも、
18:53重要なその、軍の国防省とか入管に関する権限とか、
18:56内務省みたいな、かなり重要な省庁に関しては、
18:59制限、その文民政権の力が及ばない状況だったんです。
19:03なのでその、あくまで軍人が全て管理をする、
19:07だからシビリアンコントロールが効いていない状況だったん
19:10ですね。
19:10しかも議席の4分の1はあらかじめ軍の人から占
19:13めている。
19:13それは憲法で、2008年作られた憲法で、
19:16確か25%はその軍人が占めるって決まっているから、
19:21しかもその憲法を変えたくても、
19:2275%以上の賛成が必要なんですよね。
19:24だから実質的にもう、結局やっぱ1962年の軍事クールという、
19:29こう長い年月をかけて作られた、
19:31その軍政の基盤みたいなものがあるから、
19:34アンサン・スイチーさんも全部をコントロールしきれ
19:36なかったっていうところが。
19:37そうですね。
19:38で、その一方で少数民族は、
19:39一部は停戦が実現していたけれども、
19:42一部では未だにその、
19:43少数民族への弾圧が続いていたし、
19:45ロヒンギャっていうあの、
19:46ムスリムを中心とした民族に対しては、
19:49大規模な虐殺が2017年に行われていたりとかですね。
19:52スイチーさんの時代でもやはり平和かというと、
19:55ミャンマー全土は平和とは言えない状況ではありました。
19:58この2015年の終わって、
20:01で、こちら側が最近のその2021年2月1日以降の話ですかね。
20:09かなりちょっとYouTubeに出すことができない、
20:12真っ黒焦げになった遺体の写真とか、
20:16もう元の形を留めてない遺体の写真とかもあるんで、
20:20ちょっと全部をお見せすることはできないんですが、
20:24こっち側は、
20:25お中心にちょっと、
20:26久保田君にぜひちょっと解説をしてもらえたらと思いますか。
20:29これまでもこうやって、
20:30こういう活動が行われていましたけれども、
20:32この時のオリエンドが最も大規模だと言われていて、
20:35なぜ起きたかというと、2020年の冬にですね、
20:39もう1回その2回目の総選挙が行われたんですよ。
20:41で、その選挙の結果、またアンサン・スーチさんが率いたそのN
20:46LDが大賞したんですね。
20:48その選挙結果を軍が不正があったと主張して、
20:53選ばれた議員たちを次々と拘束し、議会を選挙した。
20:57緊急事態を発令したということですね。
21:00それは彼らが2008年に制定した憲法で、
21:03緊急事態を発令したらそういうことができるって言っていたんですけど、
21:07それに対して当然人々は抗議をして、
21:10当然ですよね、選挙をして選ばれた人がいたので、
21:14それを全部無効化されてしまって、
21:16で、また以前の闇の時代に戻ってしまうと。
21:19それまで割と自分たちの未来っていうのを
21:22自分で良くしていくことができたと。
21:25信じていたのに、特に若者たちはそうやって思って、
21:28デモを走っていっていったと。
21:29この三本指を上げるっていうのも一時期ね、
21:33すごいSNSで見てましたね。
21:36三本指を天候とグデタに反対すると一緒に表した。
21:41これはあれですね、鍋を鳴らすっていうのは、
21:43元々のミャンマーの報酬?
21:45悪魔を追い払うみたいな。
21:47悪霊を払うみたいな。
21:49軍のことは悪霊みたいに追い払うとしたんですね。
21:53で、初めやっぱり平和的に完全に非武装にデモしてた
21:56んですけど、
21:57軍はそれを実断で押収してですね、
22:00こういうふうにデモの最前線にいた人たちの一部は、
22:02結果的にその非武装の運動に限界を感じて、
22:05武器を取って、
22:06少数民族の下で訓練を受けて、
22:09今その民主派のその抵抗勢力を形成して、
22:12国軍と戦っているという状況です。
22:14そのミャンマー内戦状態っていうふうに言われていますけど、
22:19大都市ヤンゴンとか、大都市マンダレイとか、
22:22そういった地域で戦闘が起きているというよりかは、
22:26いろんな地域に散らばで、特にやっぱりいわゆる地方
22:29のジャングルとか、
22:30そういう場所で戦闘が起きているっていうイメージですか?
22:32そうなんですが、国境をやはり中心にして最も激しい戦闘が
22:37起きているんですが、
22:38一方でそういった勢力が徐々にそういう都市部に迫って
22:41いた時期もあって、
22:42マンダレイなどもかなり都市部に近いところまで抵抗勢力
22:45が攻めていったという意識もあったりしました。
22:47都市部は確かに今でもその軍が完全に支配しているので、
22:51そういう大きな都市に関しては飛行機で飛んでいくと、
22:54一見平和に見えるかもしれないですが、
22:56実はそこと数十キロとか離れたら、
22:58もうそこはいろんな勢力が支配して、
23:00実は戦闘が起きていたりとかっていうことがあるわけですね。
23:07ここの展示は、フォールンヒーローズって書いてますね。
23:10命を落としたヒーローたち。
23:13亡くなった日付と、それから場所が書いてありますね。
23:17例えばこちらの男性だと、
23:20ヤンウィングさんのかな?
23:222021年の7月20日、ヤンゴン総合病院で亡くなった
23:27っていうふうに書いてますけれども、
23:28中にはすごいちっちゃい子、女の子もいますね。
23:31ジュリーさんちゃん。
23:332021年の10月に。
23:34亡くなった場所はね、書いていないですけど。
23:37インテロゲーションって書いてあるので、
23:39こちらの方は2022年の7月に拷問によって、
23:42命を落としている、そういったことが記録されていますね。
23:56ポリティカルプリズナーのスプリングレボリュ
23:58ーションって書いてあるので、
24:002021年の2月以降のクーターで捉えられている政治犯の
24:05人たちの写真ですね。
24:06見るとすごい若い女性とかもいます。
24:11おそらくですけれども、その抗議活動に参加をしたりとか、
24:15SNSで国軍を批判するようなことを発信しているという理由
24:19で捉えられてしまって、
24:21いまだに解放されていない人たちのごくごく一部だ
24:24と思うんですけれども、
24:25その写真がたくさん飾ってあります。
24:28そしてこちらにはね、おそらく視聴者の皆さんも知っていると思いますけれども、
24:32アンサン・スージーさんの写真であるとか、こちらはウィニ
24:35ー大統領の写真であるとか、
24:39ミニスターズ・インプリズンなので、おそらくですけれども、
24:42NLD政権の時の大臣たちが今捕まっていると、政治犯
24:47として捕まっていると、
24:49そういった人たちの見事もありますね。
25:02SHS コンスターズ・インプリズン
25:07足に…
25:09足枷…
25:10足枷…
25:10足枷…
25:10これをつけて、ある重ねる…
25:12そう、これをつけて、裁判所に連れて行かれる…
25:16結構重たいの…確かに…
25:18ここに足を入れるとか…
25:19そう、これね、足枷は…
25:21なんか実際にはこれなんかね、こういう金具になってて、
25:24これをこうつけて、ここに行差して、カンカンカンってやる、
25:29その専門の人がいて…
25:30へぇー…
25:31これも腕にこうかけて、こういう姿勢で。
25:34腕をこう持つ感じ。
25:36これを持たないと歩けないじゃん。
25:38ああ、そういうことか。
25:39ここに走って、そこがこれを軽快にしました。
25:43走ったりもできないもんね。
25:49AAPP、政治批判支援協会としては、
25:52こういった展示を通じて世の中の人たちに何を伝
25:56えたいと思っているんですかね。
25:57あくまで僕もそういう盗獄を経験したうちの一人として
26:02言うと、
26:02日本とかで生まれ育つと、そういう不当な理由で捕まって、
26:07自由な表現ができないという社会っていうのをなかなか想像できない
26:10と思うんですけど、
26:11彼らが標榜している通り、政治犯がいる限りミャンマー
26:14は自由ではない。
26:15ビルマーは自由ではない。
26:17本当にその通りだと思っていて、自由な発言ができない。
26:21政治的な自由もないっていう状況だと、やっぱり人はまともに
26:26いい未来を見ることができないし、デモをしているのも本当の
26:29ところ、
26:29やっぱり直接の引っ掛けてガソリンの値上げだったり
26:32とか、
26:32あるいは紙幣を無効化されるとか、そういうめちゃくちゃな理
26:35由だったりするわけです。
26:36そういうことに対して何も言えなかったら、本当に軍の奴隷のように
26:40生きるしかないじゃないかっていうことなわけですよね。
26:44ある程度自由が担保されている日本のような国においては、それ
26:47をどうやったらちゃんと守っていけるかっていうことを考えないとい
26:51けないと思うし、
26:52自由と道主義っていうのは表現の自由っていうのが根幹にあるので、そう
26:55いったものが奪われてはいけないだろうと。
26:57それをやっぱり一番伝えたいんじゃないかなと思います。
27:01僕もそのたった111日、4ヶ月弱ですけど、獄中を経験した
27:07ので多少分かるとすると、
27:09中では全くその写真とかの記録が残らないんですよね。
27:12だから中にいると本当に忘れられたような、他の世界から完全に断
27:16絶されたような気持ちになるし、
27:18それが1年、2年じゃなくて5年、10年で耐え忍んでいる人
27:22たちのことを思うと、
27:24それを経験した人からするとですね、やっぱりそういう人たちの記
27:27録を残してあげたい。
27:28彼らが今もそういう牧場にいるってことを多くの人に知
27:31ってほしい。
27:31そうすることで彼らに敬意を示したいし、
27:34彼らのその自由のために活動したってことが無駄ではないんだ、
27:38意味があるんだってことを、また次の世代にも伝えたいんじゃない
27:41かなと思います。
27:43クーデター当時の生々しい写真や、拷問の実態を伝える
27:47展示の数々。
27:49軍による支配の現実、そしてそれに抵抗し続ける人々の
27:53苦難の歴史。
27:54動画を通して現地のリアルが少しでも伝わったでしょうか。
27:58ぜひ皆さんの率直な感想をコメント欄で聞かせてください。
28:02ミャンマーは歴史的、経済的、そして政治的にも日本と非常
28:06に深い関わりがある国です。
28:08だからこそ最も大切なのは、関心を持ち続けることだと私
28:13は思います。
28:13もし今回の動画を通じて、もっと深く学びたい、自分に何が
28:18できるかを考えたいと思った方は、私が運営するオンライン
28:21サロンシナジーを検討してみてください。
28:24今回の取材を案内してくれた、久保田徹さんを招いた勉強
28:28会も過去に開催しており、今後一連の動画公開に合わ
28:31せて再び企画したいと考えています。
28:34サロンへの参加は、私の取材活動への直接的な応
28:38援にもつながります。
28:39少しでも気になった方は、概要欄のリンクからホームページ
28:42をチェックしてみてください。
28:43ミャンマー取材の動画はまだまだ続きます。
28:46次の動画も見逃さないよう、チャンネル登録もよろしくお願いします。
28:50ということで、今回も最後までご視聴くださりありがとうございました。
28:54また次回の動画でお会いしましょう。
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