00:00昔あった恐ろしゅうて悲しい話ぞな
00:15埼玉という川があってな
00:19その川のほとりに小さな村があった
00:23この村が毎年秋雨の季節になると埼玉の氾濫で
00:29大層困っておりましたそうな
00:32毎年毎年多くの人が死に家や畑が流された
00:38ところでこの村に八兵という父親と千代という
00:48ほんのまだ小さい娘が住んでおりましたそうな
00:51おーいお千代
00:55お父だおかえり
00:58おー千代いい子して遊んどったかや
01:01うん
01:02そうかそうかよしよし
01:05千代の母親はやはり先の洪水で死んでしもた
01:12二人の暮らしはとても貧しかったが
01:19それでも親子はなんとか毎日を幸せに暮らしておりましたそうな
01:25そしてまたその年も雨の季節がやってきた
01:33千代はその頃重い病にかかりましたそうな
01:38八兵は貧乏じゃったで医者を呼んでやることもできんかった
01:43娘の病は重くなるばかりもう一つの命とも知れんかった
01:48ほんと
01:53ほら手まりが尽きてまた元気になれるかな
02:02もちろんじゃと思うもちろんじゃと思う
02:06さあ泡のかゆでも食うて元気出すだ
02:10うーん
02:12ほらかゆはいらねえ
02:16うーん
02:17あずきまんまが食いてえな
02:21あずきまんま
02:25それは千代がこの世で知っているたった一つのおいしい食べ物じゃった
02:31まだおっ母が生きていた頃
02:33たった一度あずきまんまを食べたことがあるのを
02:37千代は決して忘れてはおらんかった
02:39じゃが今の八兵にはあずきはおろか
02:43千代に食べさせてやる一粒の米すらなかった
02:46地主様の蔵にはあるだ
03:09八兵はこうしてたった一度だけ盗みを働いた
03:23地主様の蔵から一すくいの米と一握りのあずきと
03:28そして八兵はその晩千代にあずきまんまを炊いて食べさせてやった
03:34すたちよあずきまんまじゃ
03:38さあさあ食べ
03:43あたべ
03:44あずきまんまおいしいな
03:51あそうかそうかよかったな
03:54あくる日地主様の家では米とあずきが盗まれたことにすぐ気がついた
04:06まあ大した盗みではなかったが万刀丼に言いつけて
04:10一応万象に届け出ましたそうな
04:13ところで
04:15こうして食べさせたあずきまんまのせいじゃったろうか
04:20千代の病はそれから日ごとに良くなり
04:23何日かの地には起きて座れるようにもなった
04:26ええか千代まだすっかり治ったわけじゃないだって静かに寝とるんじゃぞ
04:31はーい
04:32じゃが
04:37元気になった千代はもう外へ出たくて仕方がなかった
04:43トントントン
04:55おらえじゃおいしいまんま食べた
04:59あずきの入ったあずきまんま
05:04トントントン
05:08ところが
05:11一旦止んでいた雨がその晩からまたまた激しく降り出した
05:16西川の水はどんどん水かさを増し
05:21今にも氾濫しそうな勢いじゃった
05:24今年もやっぱりやられるだかな
05:30村人たちは村長の家へ集まり
05:36あれこれと話し終わった
05:38今すぐなんとかせんとの
05:42やっぱり人柱を建てるしかねえだ
05:46人柱
05:48それは災害などで苦しんだ人々が
05:52生きた人間をそのまま土の中に埋めて
05:55神様にお願いするという恐ろしい習慣じゃった
05:59もっとも土の中に埋められるのは
06:03だいがい何か悪いことをしたトガニンじゃったか
06:07ところでのこの村にもトガニンはおらんことはねえで
06:10な、なにトガニンがおると?
06:14実はあの…
06:24これ、野兵、野兵はおるか?
06:27ど、どなた?
06:31野兵、お主は先日地主様の蔵から
06:33米と小豆を盗んだであろう
06:36娘が歌っとった手まり歌がその証拠じゃ
06:39お千代、お前はこの間小豆まんまの歌を歌っていたな
06:45野兵、観念しろ
06:48おっと?
06:50千代、おっとは時期戻ってくるでな
06:55心配するでね
06:56おとなしを埋まっとるだぞ
07:00おっと?
07:05おっと?
07:07千代
07:09おっと…
07:15おっと…
07:20おっとはそのまんま帰らんかった
07:23西川の反乱を防ぐため人柱として土手に埋められてしもうた
07:29葉っぱ一すくいの米と一すくいの小豆を盗んだだけで人柱とは
07:34同情する村の衆も多かったが、どうにもならなかったそうな
07:40そして川はその年判断することもなく、やがて雨もすっかり止んだそうな
07:48娘は村人から自分が歌った手まり歌がもとで、おっとが人柱にされたということを聞いた
08:03おっと…
08:06娘の鳴き声は村人の胸を突き刺し、何日も何日も村中に響き渡った
08:14そして…
08:16ある日のこと
08:18うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…
08:24娘は、ぷっつりと泣くのをやめてしもうた
08:36それから娘は、一言も物を言わなくなった
08:42誰かに声をかけられても、一言も口を聞かんかった
08:46それから、何年もの年月が流れた
08:58娘はだんだん大きうなったが、やはり一言も口を聞かんかった
09:04貝のように押し黙ったまま
09:07それからまた、何年もの月が流れた
09:12そして…
09:14この頃はもう娘の姿を見かける者はほとんどいなかった
09:19そんな、ある年のことじゃった
09:22漁師が一人、生地を討ちに山へ出かけておりましたそうな
09:42はっ…
09:44お前は…
09:45お千代…
09:48はぁ…
09:54貴司よ、お前も泣かなければ打たれないで済んだもの
09:59お千代…お前…うちが危機だだか…
10:04貴司よ、自分が手まり歌を歌ったばっかりに父が捕らえられ
10:11人柱になってしまったことを思い出して、そう呟いた
10:16貴司よ、お前も泣かずば打たれまい
10:23そして、それから娘の姿を見た者はもう誰もおりませなんだそうな
10:30ただ、娘の残した最後の一言が、いつまでも、いつまでも、人々の間に悲しゅう…
10:39語り伝えられましたそうな…
10:42ご視聴ありがとうございました
10:43ご視聴ありがとうございました