00:1515年前の冬新宿の街は今よりもずっと冷たくそして残酷なほどに輝いて見えた 当時僕が心を寄せていた彼女には決まった恋人がいた相手は若くて将来有望ないしかたや僕は明日の生活さえも心もとない安月級のサラリーマンだ
00:19スペックを並べれば勝負になるはずもなかった
00:36それでも彼女の横顔を見るたびに言葉にはできない運命のようなものが胸の奥でうずいて 離れなかったその夜僕たちは新宿の片隅にあるジャズバーで深夜までグラスを傾けたアルコールの力かあるいは冬の寒さのせいか彼女の瞳はいつもより少しだけ潤んでいる
00:47ように見えたもう行かなきゃ終電に遅れるそう言って立ち上がった彼女を僕は引き止める権利など持っていなかった 新宿駅の雑踏の中彼女を家へ帰すためにホームへと向かう
00:59彼女が進むべき日常と僕が願う日 日常の境界線ホームに上がるとそこには23時55分発の各駅停車長野駅が滑り込んできた
01:10青い塗装にクリーム色の帯をまとった不骨な115系電車 うなるようなモーター音とどこか懐かしい油の匂いが立ち込めていたその瞬間僕の理屈ははじけ飛んだ
01:16彼女の手を強く握りあろうことかその車内へと引き入れたのだ
01:17え? 驚きでメオンに開く彼女を置き去りにしたまま ドアは重々しい音を立ててしまったもう後戻りはできない
01:28新宿のネオンが遠ざかり 列車は漆黒の闇へと加速していく暖房の危機が悪い車内で
01:36彼女は小さく身を震わせていた僕は自分のコートを脱ぎ 彼女の膝の上にそっとかけた狭いボックスシートで肩を並べ
01:40僕たちは何も離さなかった高尾を過ぎ 八王子を超える 一駅と丸ごとに
01:44彼女が帰れる可能性は消えていった
01:46大月 遠山 そして幸福駅の名が告げられるたびに
01:52僕の心は恐怖と それを上回る覚悟で固まっていった私 どうなっちゃうのかなポツリと呟いた彼女の声は
01:58震えていたけれど 拒絶の色はなかった僕はただ
02:02彼女の冷えた手を 強く握りしめることしかできなかった夜が明ける頃
02:10列車は松本駅に到着した凍てつくような北アルプスの風に吹かれながら
02:11僕たちは駅前で暖かい蕎麦をすすった
02:14出汁の湯気が 徹夜明けの体に染み渡るその足で
02:23開店直後のデパートへ向かった今の僕に買える精一杯のもの宝石店と呼ぶにはいささか心もとないコーナーで
02:27一番安いシルバーの指輪を選んだどこにつけるの
02:31彼女は戸惑うように尋ねた僕は迷わず答えたもちろん 左の薬指に 彼女の瞳から
02:37大粒の涙がこぼれ落ちたそれは意思という安定を捨て
02:39僕という不安定な未来を選んだ瞬間だった
02:42あれから15年 僕は必死だった医者から奪い取った彼女に
02:51惨めな思いだけはさせたくなかった睡眠時間を削ってスキルアップに励み2度の定食を経て
02:55ようやく人並み以上の生活を手に入れた今の僕たちには
02:58当時よりずっと高価な宝石を買う余裕があるけれど
03:042人の子供の母親となった彼女の薬指には今もあの松本のデパートで買った
03:08安物の指輪が光っている傷だらけで少し歪んでしまった銀馬
03:10これが一番私らしいから 彼女は笑ってそう言う今でも仕事に行き詰まったり
03:22人生の選択に迷ったりした時僕はふらりと新宿駅の一番線ホームに立つ入線してくるのはステンレス製の
03:30新しい車両に変わり発車メロディーもあの頃とは違うけれど目を閉じれば聞こえてくるのだ105系の重厚なモーター音と
03:34凍えるような冬の焼きそして僕の手を握り返してくれた
03:35彼女の体温が
03:36人生諦めちゃいけない それを教えてくれたのがここ新宿駅一番線ホームなのだ
03:40ここ新宿駅一番線ホームなのだ
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