00:07家の仏壇には一回り小さい胃肺が一つある高さが他の半分もないその胃肺には金目という一文字が刻まれていた
00:11子供の頃の俺にとってそれは鬱陶しい受圧の象徴だった
00:16生まれる前に亡くなったという兄の分まで頑張れと親父もお袋も断るごとに口にした
00:22テストの点が悪ければ金目ちゃんの分もと言われ風邪をひけば金目ちゃんの分まで強くと言われる
00:34顔も知らない死者に人生を監視されているような息苦しい日々だった お袋は毎朝仏壇の扉を開けて線香を上げると必ず最後には汽車利と扉を閉めたなんで閉めるのと聞くと風邪をひくからとだけ答えた
00:43死んだ人間が風邪をひくはずがないそれでもそれが我が家の触れてはいけない不可侵の儀式であることだけは理解していた
00:47高校に入ると俺はその受圧から逃げるようにやれた
00:57駅裏のゲームセンターにたむろし油の匂いが染み付いた実家の鉄鋼賞を飛んだ 家の中にいてもあの小さなエハイが背中を睨んでいるような気がしてならなかったからだある雨の日だった
01:05先輩への借金を返すため俺は台所の引き出しからお袋の財布を盗もうとしたこれで3度目だった
01:10そこにお袋が現れた返しなさいうるせえ返しなさいって言ってるの
01:13あんたそんなことして金目ちゃんに顔向けできるの
01:20その言葉が俺の導火線に火をつけた だったら金目が生きてりゃよかっただろう俺じゃなくて金目の方を埋めばよかったんだ
01:31怒鳴り散らした瞬間部屋が静まり返ったお袋の顔から血の毛が薄せていく そうだねあんたの方がいなくなればよかったお袋が絞り出すように言ったその直後だった
01:39そんなこと言ったらめえ舌の回らない幼い子供の声が頭の奥で響いた
01:42俺とお袋は同時に声のした仏間を振り返った
01:53そこには毎朝お袋が固く閉ざしていたはずの仏壇の扉が左右に大きく開け放たれていた 風など吹いていない窓も閉まっているお袋はその場に崩れ落ち獣のような声で泣き始めた
02:06許してくれたずっと許してくれてたんだその晩俺は初めて兄の真実を知らされた 金目は流産したのではなかった俺と金目は胸のところでつながって生まれてきた結合創生児だったのだ
02:15金目の体は俺よりもずっと小さく腕も足も未発達だった 医者は残酷な二択を突きつけた切り離せば金目ちゃんは助からない
02:23切り離さなければ2人とも長くは持たない親父とお袋は俺を生かすことを選んだ
02:31どう一緒に名前を書くのに親父は3時間かかったというあれが人生で一番長い3時間だったと後に親父は語った
02:35手術の後切り離された金目は保育器の中で2日間だけ生きた
02:41お袋は一度だけ彼を抱かせてもらった 軽かったよあんたの重さと比べたら羽毛みたいに軽かった
02:54でもねあの子は2日間ちゃんと自分の力で息をしてたんだよお袋がめーっと言う叱り方をしていたのは俺が3歳になる頃までだったという金目はその言葉を知るはずがない
03:022日しか生きていないのだからそれでも金目はずっと見ていたのだ 仏壇の暗い扉の向こうから荒れる弟と悲しみに暮れる母を
03:18俺は自分の身勝手さに初めて涙が止まらなくなった 俺が生きているこの体は金目が譲ってくれたものだった17年間俺が鬱陶しいと切り捨てようとしていた祈りは兄が命をとして繋いでくれたバトンだったのだ翌日から俺は変わった
03:28真面目になったというより兄貴に怒られた手前格好がつかなくなったのだ 鉄工所の事務室で親父の旋盤の音を聞きながら必死に受験勉強をした
03:38夜食を持ってくる親父は何も言わずに湯呑みを二つ置いた 一つは俺のもう一つは殻の湯呑み俺は黙ってその殻の湯呑みにも温かい茶を注ぐようになった
03:45そうするとなぜか力が湧いてくるような気がしたからだ合格発表の日 掲示板に自分の番棒を見つけた瞬間 耳元でやったーという高い声が聞こえた気がした雪の残る地面に手をついて俺は一目もはばからず泣いた
03:55あれから長い年月が経った
04:03お袋は今でも毎朝鈴を二度鳴らす チーンと間を置いてもう一度チーン一つは俺のためもう一つはあいつのため
04:17朝の光が差し込む仏壇の中で小さな居廃が家族の営みを静かに見守っているもう扉を閉める必要はない あいつはもう風邪をひくほど弱い存在ではないのだから俺の中にそしてこの家族の真ん中に
04:19カナメは今も確かに生きている
04:25ご視聴ありがとうございましたご視聴ありがとうございました
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