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  • 2 日前
日本の近代を切り拓いた、福沢諭吉。32歳で未亡人となり、五人の子を育てた母、貧しさの中でも、失わなかったもの。それは、人への優しさでした。
たおやかインターネット放送HP:http://taoyaka.at-ninja.jp/
Yukichi Fukuzawa, who paved the way for modern Japan. A mother who was widowed at the age of 32 and raised five children; even in the midst of poverty, there was one thing she never lost: her kindness towards others.
Taoyaka Internet Broadcasting Website: http: //taoyaka.at-ninja.jp/

カテゴリ

📚
教育
トランスクリプション
00:24日本の近代を切り開いた福沢諭吉
00:28学問の勧めを書き、天は人の上に人を作らず届
00:33いた人。しかしその思想の原点は一人の母の後姿にあり
00:39ました。名はおじゅん。夫を早くに亡くし、5人の子を
00:45育てた母。貧しさの中でも失わなかったもの。それは人への優
00:52しさでした。
01:0332歳で未亡人となったおじゅん。暮らしは苦しく家
01:08計は日の車。幼い諭吉も母の内職を手伝いました。
01:14それでも母は暮らしに心まで貧しくしてはならないと子供た
01:19ちに背中で教えていました。
01:27そんな家によく訪れる少女がいました。
01:30ちえという身売りのない子でした。
01:33着物はボロボロ。髪には白身。
01:37誰も近寄りたがらないちえをおじゅんだけは優しく
01:41迎えました。
01:43ちえが来ると母は庭先に座らせ、髪をすいて白身
01:48を取ってやるのです。
01:49取った白身を石の上に置き、小石で潰すのは幼い諭
01:54吉の役目でした。
01:56しかし諭吉は嫌でたまりません。
02:00なぜこんなことをするのだろう。
02:03そう思っていたある日。
02:05母上、気分が悪くなりました。
02:08そう言って横を向いた諭吉に母は静かに語ります。
02:14優しくゆっくり。
02:16そうね。気持ちよいことではありません。
02:20しかし、ちえは自分ではできないでしょう。
02:24できる人ができない人のためにしてあげる。
02:28それは当たり前のことだと思うのだけれど。
02:33諭吉は、はっとします。
02:36母から小石を受け取り、また白身をつぶし始めました。
02:41後年、諭吉は、この出来事を忘れませんでした。
02:45人を助けることは、善行ではなく、当然のこと。
02:50この母の教えが、後の、諭吉の思想を支えることになるの
02:55です。
03:04学問を志した諭吉は、母に言います。
03:09大阪で学びたい。
03:11貧しい家には大きな決断でした。
03:14しかし、母は即座に答えました。
03:18おお、いいとも。
03:20どこへでも行きなさい。
03:22引き止めるのではなく、送り出す。
03:25不愛により、息子の志を信じる。
03:29それがおじゅんの愛でした。
03:31この、花向けが、諭吉の人生を押し出したのです。
03:43諭吉は学び続け、
03:44時代の先を照らす思想家となります。
03:48自由。
03:49平等。
03:51独立自尊。
03:52しかしその根には、庭先で見た母の姿がありました。
03:57身分で人を分けないこと。
04:00できる人が、できない人を助けること。
04:04それは、天は、人の上に、人を作らずへと繋がっていくのです。
04:17偉人を育てるのは、特別な教育ではないのかもしれません。
04:22日々の背中。
04:24さりげない言葉。
04:26人としての在り方。
04:28おじゅんはそれを、生きてみせました。
04:33福沢諭吉を育てた母、おじゅん。
04:36名は表に残らなくとも、その愛は、今も日本に生きています。
04:44おじゅんは、おじゅん。
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