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  • 2 日前
Japanese folk tales
トランスクリプション
00:00昔、諏訪の東に尾波という十六七の娘がおった。
00:17この尾波には、先にきっと明人になろうと言い交わした若者がおった。
00:23二人は日の暮れるのを待っては、湖の岸に出て大背を重ねておった。
00:30尾波の家も若者の家も貧しかった。
00:33二人は時期が来たら夫とおっ母に話して、書体を持たせてもらおうと、
00:39小さな田んぼを耕したり、家の面倒を見たりして、その日の来るのを楽しみに待っておった。
00:55ある夜のこと。
00:57おなみ、もう、おめえとこうして会えなくなるだ。
01:06どうしてだ?
01:07おらの家は、やんごとねえことで、湖の西へ移らねばならなくなった。
01:16いやだ。
01:24いやだ、おら。
01:25兄さんと会えなくなるなんて、いやだ。
01:28そりゃあ、おらだって。
01:32いやだ、いやだ。
01:34おら、兄さんについてく。
01:36連れてってくれや。
01:37そうは言っても、おめえもおらも家の手伝いせねばやっていかれんじゃろうが。
01:44そりゃあそうじゃが、おら兄さんと離れるのは、
01:52つらい。
01:53いやじゃ。
01:57おなみ、おら、向こう岸へ移ったら、山に石を灯すだ。
02:15それでどうするだ?
02:19湖の水場一続きだ。
02:21おら、毎晩おめえのことを思って、火をたくれ。
02:25おめえはその火を見て、おらのことを思ってくれろ。
02:28目元になるまでのことだ。
02:30そうするべ。
02:32さみしいけど、仕方ねえな。
02:35毎晩、きっとな。
02:38きっとだ。
02:40きっとな。
02:41こうして、若者の一家は、少しばかりの田んぼも畑も手放して、
02:49東の村を離れて、湖の西へと移っていった。
03:01おなみはその日から夜になると岸辺に立って、
03:05西の山に火が灯されるのを待った。
03:11おなみはその日に火が灯されるのを待った。
03:21着いた。
03:22兄さんの火だ。
03:24兄さんの火だ。
03:27こうして、西の山には夜になると毎日、
03:32欠かさず火が灯された。
03:34おなみも東の岸からその火を眺めておった。
03:37兄さん、兄さんはあそこにおるんだな。
03:43あそこにいて、おらのこと、思っててくれるんだな。
03:49いつの間にか、おなみは、兄さんの火を目指して走っておった。
03:54湖の西まではたっぷりと2D以上はある。
03:57兄さんに一目でもいいから痛い。
03:59おなみは走って走って走り続けた。
04:02兄さん。
04:10おら、来たで。
04:12おなみ、ごめん。
04:14かけてきただ。
04:16無茶するな。
04:17なんでもね。
04:18おら、兄さんに会いたくて。
04:20おなみに。
04:21会いたかった。
04:26兄さん、これを。
04:29なんだ?
04:29こりゃあ、酒だ。
04:33おなみ、おめえ、こんなものまで持って。
04:36飲んでくれや。
04:40あ、うめえ。
04:44こりゃあ、うめえ。
04:46兄さん、そしたらまた明日火を焚いてくれな。
04:52おなみ。
04:52また来る。
04:57おなみ。
05:03次の晩も山に火が灯ると、
05:06おなみは酒の入った竹筒を懐に抱いて、
05:09湖の岸を走って若者に会いに行った。
05:12うめえ、ほんとにうめえ酒だ。
05:17けど、おめえ、この酒はどこから持ってくるな。
05:20いいだ、そんなこと。
05:22おら、兄さんがうまいと言ってくれたら、
05:25それでいいだ。
05:26それからというもの、
05:30おなみは毎晩毎晩湖のほとりを半回りして、
05:34若者に会いに行った。
05:35湖が雨で煙る晩も、霧が深く立ち込める晩も、
05:39おなみには西の山の火が見えないということはなかった。
05:47若者はおなみが持ってくる竹が、
05:49いつでも缶をつけたようにあったかく、
05:52それも日ごとに暑さを増していくので、
05:54不思議に思って訳を聞いた。
05:58おら、うちを出るとき竹筒を胸に抱いて出るだ。
06:02ここに来るまで兄さんが恋しい、
06:05兄さんが恋しいと思って走り続けてくる。
06:08そうすりゃここに着いたときには、
06:10こんなに暑くなってるだ。
06:13若者は一途なおなみの気持ちが涙の出るほど嬉しかった。
06:18おなみもまた若者に思いが通じて嬉しかった。
06:23おなみの若者を思う気持ちは詰めるばかりだった。
06:30夜中過ぎの道を戻ってくると、
06:33もう次の晩が待ち遠しくてたまらん。
06:36おら、飲めるもんなら湖の水を全部飲んでしまいたい。
06:42そうすりゃ遠回りしねえで兄さんのところにまっすぐに行ける。
06:47ある晩、おなみは西の山に火が灯ると、
06:54着物を脱いで頭に乗せると、
06:57湖の中に入っていった。
06:59品の庭は冬が近づいて風も水も身を刺すように冷たかったが、
07:04おなみの胸は兄さん小石屋、早く空いた屋と熱い思いが燃えて湖の水をも温めた。
07:14西の山には兄さんの火が灯っている。
07:17おなみは兄さんの火を目指してまっすぐに泳いだ。
07:20まっすぐに泳いで西の地区に着いたときには、
07:25両手に一匹ずつの魚を掴んでおった。
07:30おなみ、今夜はこんなに早くどうして来られたな。
07:34それに、そんなに髪を濡らして、
07:37いったいどうしただ。
07:40さ、魚、
07:42いったいおめえ、どこから。
07:44兄さんは黙って、
07:47おらの来るのを待っててくれればいいだ。
07:50何にも心配することはね。
07:53しかし、さすがの若者も、
07:55だんだんおなみのやることが尋常なものには思えなくなった。
08:02ある晩、若者は火を灯すと、
08:06まさかと思いながらも湖を眺めておった。
08:14おなみ、
08:18まさかおめえ、
08:20この凍るような湖を泳いで。
08:23若者は、
08:25あまりのことにしばらく湖面を泳いでくるおなみの姿を見ていたが、
08:30突然、
08:31全身に寒いものがつぼりと走った。
08:33ひょっとして、
08:34おなみは魔性のものに取り付かれているのではねえのか。
08:39おなみのがつぼりと走った。
08:44その晩、
08:46若者はおなみの差し出す駆けつつの酒を飲まなかった。
08:54どうしただ、兄さん。
08:56どこが気分でも悪いのか?
08:59おなみ、
09:00もうおめえはここへ来ちゃならねえだ。
09:03え?どうしてだ?
09:04おら、兄さんに会いたくて来るだ。
09:07会えれば嬉しいから来るだ。
09:10おなみ、
09:10おめえのやっていることは普通じゃねえ。
09:14いやだ。
09:16おら会いに来る。
09:17兄さん、おらが来るのが嫌になっただか?
09:20そうじゃねえ。
09:22そうじゃねえが。
09:25いやだ、いやだ。
09:27おら、兄さんのところへ来る。
09:29どんなことをしてでも兄さんに会いに来る。
09:33兄さん、
09:34火を必ず灯してくれな。
09:37必ず灯してくれな。
09:39灯してくれな。
09:41ああ。
09:43ああ。
09:45次の場。
09:46湖には雲が垂れ込めてみぞれがすっておった。
09:51おなみは西の山に火が灯るのを待っておったが、
09:55いつもの時間になっても火が灯らなんだ。
09:58とうとう待ちきれずにおなみは湖の中に入っていった。
10:03馬鹿者はきっと火を灯してくれる。
10:06湖の真ん中からでもその火を目指して泳いでいけばいい。
10:10そう思った。
10:10その晩、西の山にはとうとう火は灯らなかった。
10:17その晩からおなみの姿はぷっつりと消えてしまった。
10:21その後、まもなく若者は熱病にかかって死んだらしいという噂が
10:26東の村に流れてきた。
10:31今はただ、若者が火を灯した山を
10:34辺りの人々は人星山と呼んでいるだけだ。
10:40ご視聴ありがとうございました。

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