00:014歳上の兄、小1は生まれつき右足が不自由だった。
00:05小2麻痺という病のせいで、俺が6歳になるまで兄は山
00:09の上にある養護施設で暮らしていた。
00:11兄が家に戻り、地元の小学校に通い始めた年の
00:15運動会。
00:16幼稚園の年長だった俺は、母の隣に座って兄の出番
00:19を待っていた。
00:20しかし、兄は椅子に座ったまま、遠くで砂ぼこりをあ
00:24げる同級生たちを見つめているだけだった。
00:26どうして兄ちゃんは走らないの?その質問に、母はただ笑っているだけ
00:30で答えてはくれなかった。
00:32その翌年、俺は兄と同じ小学校に入学した。
00:36再び訪れた運動会の季節。プログラムが進み、5年
00:40生になった兄の出番がやってきた。
00:42見学席に兄の姿はない。俺は校庭の隅々まで視線を
00:46走らせた。
00:47すると、100m走のスタートラインに、担任の先生の肩を借
00:51りて立つ兄の姿があった。
00:52その時期、兄は足の矯正のために重いギブスをはめて
00:56いた。
00:56立っているだけでもバランスを崩しそうな、危うい足取り
01:00だった。
01:00位置について、用意、合法が鳴り響く。
01:03他の生徒たちが一斉に弾け飛ぶ中、兄だけが取り
01:07残された。
01:07兄は、一歩を踏み出した。
01:09それは走るというにはあまりにも遅く、歩くというにはあまりにも必
01:13死な動きだった。
01:14右足を引きずり、ギブスが砂をこする音が聞こえて
01:17きそうだった。
01:18体を大きく左右に揺らしながら、前に、前へと進もう
01:22とする。
01:22俺は、そんな兄の姿を見てられなかった。
01:25恥ずかしい、やめてくれ、と正直思った。
01:28だがその時、異変が起きた。
01:30静まり返っていたグラウンドから、パラパラと音が聞こえ
01:34始めた。
01:34それはやがて大きな波となり、
01:36前後生徒、そして保護者たちからの割ればかりの拍手
01:40へと変わっていったのだ。
01:41兄の走る姿に、みんなが声援を送っている。
01:44俺は顔を上げた。
01:45兄は汗まみれになり、歯を食いしばって地面を睨んで
01:48いた。
01:49その瞳には、一歩でも先へという強い意志だけが宿っていた。
01:53兄は、自分の足で、自分の人生を全力で走っていた。
01:57気づけば、俺も夢中で手を叩いていた。
02:00ゴールテープはとっくに片付けられていたけれど、
02:02兄が最後に白線を越えた瞬間、
02:05俺は溢れ出す涙を止めることができなかった。
02:08後で聞いたのだが、母がなぜ走らなかったのと、
02:11弟が聞いていた、と兄に話したらしい。
02:13兄は、俺のために走ったのだ。
02:16足が痛むのも、無様な姿を見せるのも厭わず、
02:19ただ兄貴が走る姿を俺に見せるために、
02:22あのスタートラインに立ったのだ。
02:23大人になった今でも、俺は兄にそのことを聞いたことはない。
02:27照れくさくて、口に出せば大切な何かが壊れてしま
02:30いそうで、
02:31今も俺の胸の奥にそっとしまってある。
02:33運動会の季節になり、乾いた砂の匂いが風に乗ってく
02:37ると、
02:37俺は今でも思い出す。
02:39いびつな足音を立てながら、
02:41それでも誰よりも誇り高く駆け抜けた、
02:43あの背中を、
02:44兄貴、ごめんな、あんな変なこと聞いて。
02:48そして、ありがとう。
02:48あと、あんたは俺の自慢の兄貴だよ。
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