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00:00:00Is
00:00:13Phaizean kara ma mo nai 1945 N nokre
00:00:18Yake-no-hara to natta tokyo shibuya de
00:00:21ミュージカル映画 na satsui saれた
00:00:25ええのんきだねー
00:00:27おいもの配給をするといったら
00:00:37こんなにご婦人が集まりました
00:00:41全てを失った人々が
00:00:46暮らしを立て直していく奮闘ぶりを
00:00:49ユーモラスに描いた
00:00:51I'm so sorry, oh imo-no-hai-kyu.
00:00:53That's all I'm so sorry.
00:00:55Oh imo!
00:00:56That's all I'm so sorry, oh imo-no-hai-kyu.
00:00:59That's all I'm so sorry.
00:01:01Oh imo!
00:01:02That's all I'm so sorry, oh imo-no-hai-kyu.
00:01:05That's all I'm so sorry.
00:01:07Pei-chan called kujiketa kōkoro to karanga
00:01:10Tukko shoto moko sitte ahozora aho-mu!
00:01:14Sama-tui tokyo
00:01:17Sama-tui tokyo
00:01:19Tokyo
00:01:23Tokyo
00:01:31Tokyo has been over the past few years
00:01:35and has changed its shape.
00:01:38It is more complicated and more powerful.
00:01:42The past few years of the past few years,
00:01:46the story of the movie is also made in the screen.
00:01:50The last year,
00:01:54the children who were born and raised their children,
00:01:58the story of the movie is created.
00:02:02In the background of the movie,
00:02:12there is only one year in Tokyo.
00:02:21In 1945, Tokyo was once again a怪人.
00:02:28However, there was a shot in the movie.
00:02:42The movie was destroyed in Tokyo.
00:02:45There was a first kiss scene in Japan.
00:02:58東京を舞台にした映画を生涯作り続けた監督がいる。
00:03:09映画史に刻まれる巨匠、小津康二郎である。
00:03:19たまには変わったものを作ったらどうだい? という人もいるが、僕は豆腐屋だと言ってやるんです。
00:03:31豆腐屋にカレーだのとんかつ作れたって、うまいものができるはずがない。
00:03:40高度成長とバブルの熱狂を経た東京は、失われた数十年という長い低迷期に入る。
00:03:57渋谷の街で援助交際を繰り返す少女の孤独と欲望を描いた作品が生まれた。
00:04:04東京には100年前の住宅は残っていないという。
00:04:22世界の大都市の中でこれは珍しい。
00:04:28いわば東京とは、失われた街である。
00:04:35映画には、失われた東京の風景が鮮やかに捉えられている。
00:04:43今回は73分の拡大版で、映画に刻まれた東京100年の記憶をたどっていく。
00:05:00驚きの映画、懐かしい映画が続々登場します。
00:05:05世代によって受け止め方はきっと様々。
00:05:10ぜひご家族揃ってご覧ください。
00:05:14東京都江東区、深川。
00:05:27徳川家康の時代に開拓され、江戸の玄関口として栄えた下町である。
00:05:35これは、1920年公開の深川で撮影されたサイレント映画。
00:05:52現存する最も古い東京画舞台の劇映画の一つである。
00:05:58家族を養うために働く深川に住む少女、テイコの物語である。
00:06:05テイコは朝、学校へ行く前、納豆を肩に担いで、
00:06:08木造家屋の立ち並ぶ深川の町を売り歩く。
00:06:13木造家屋の立ち並ぶ深川の町を売り歩く。
00:06:20木造家屋の立ち並ぶ深川の町を売り歩く。
00:06:25映っている川は江戸時代に造られた墨田川に続く運河である。
00:06:32このシーンでは江戸の名物、せんべい屋の看板が映り込む。
00:06:48テイコは学校から帰ると、家族のために家事もこなした。
00:06:55映画のラストカットは新聞記事。
00:07:02最後になって、テイコは深川に住む実在の少女だったことが明かされる。
00:07:05映画のラストカットは新聞記事。
00:07:10最後になって、テイコは深川に住む実在の少女だったことが明かされる。
00:07:251923年3月、この深川の町に、三重県から19歳の若者が引っ越してきた。
00:07:36尾津康二郎。
00:07:39もともと深川生まれで、故郷に戻ってきたのだった。
00:07:43東京に戻った年の8月、尾津は小竹キネマ蒲田撮影所に撮影部助手として入社する。
00:07:58活動を見ることが病みつきになっていた。
00:08:04大学なんか出なくたって、立派にやることだけはやってみせる。
00:08:10という気概は持っていたつもりなのである。
00:08:14それでも、映画監督になろうという気持ちは、ガンとして動かなかった。
00:08:21オスが映画界入りした翌月、東京をマグニチュード7.9の大地震が襲った。
00:08:34これは映画館で上映された、震災後の本庄深川を記録した映像である。
00:08:42木造の町並みは、地震後発生した火災で焼き尽くされた。
00:08:52当時13歳だった黒沢明は、兄に連れられ、隅田川沿いを歩いていた。
00:09:02川に漂っている死体。
00:09:05橋の上に折り重なっている死体。
00:09:09ありとあらゆる人間の死に様を、私は見た。
00:09:15特に、赤く染まった隅田川の岸に立ち、
00:09:20打ち寄せる死骸の群れを眺めたときは、
00:09:24膝の力が抜けて、ヘナヘナと倒れそうになった。
00:09:39震災から間もない東京を舞台に、サイレント映画が撮影された。
00:09:46震災で両親を失った少女、お経は、悪党に引き取られたが、やがて逃げ出し、みなしごの少年、千吉と出会う。
00:10:01私のお父さんもお母さんも、大地震のとき、死んでしまったの。
00:10:10それから、悪者と知らずに、あの男に引き取られたの。
00:10:16震災をしていた千吉は、東京駅丸の内の広場で、新聞売りを始める。
00:10:26お経を見習って、まっとうな暮らしを始めようと決意した。
00:10:33千吉が、納豆売りの仕事を思いつくシーンは、神楽坂の神社で撮影された。
00:10:46千吉が、納豆売りの仕事を思いつくシーンは、神楽坂の神社で撮影された。
00:10:56千吉が歩く住宅地には、家々が並び、町は息を吹き返していた。
00:11:11東京の復興と人間の再生。
00:11:16二つの歩みが重なり合う物語だった。
00:11:21俺ら、今日から、お嬢さんのような、いい人になるつもりだ。
00:11:32人の罪でも自分で背負うような、偉い人間になるつもりだ。
00:11:38これは、震災からわずか二か月後の神田。
00:11:53焼け跡に、早速ビアホールが姿を現している。
00:11:59メニューには、カレーライスの文字がある。
00:12:05震災で店を焼かれた飲食店の経営者たちは、焼け跡にバラックを建て、新たな店を始めた。
00:12:16その時、新メニューとして取り入れられ、東京中に広まったのが、カレーだった。
00:12:22松竹で監督助手を務めていた小津康二郎は、このカレーがきっかけで、監督を任されるようになったと語っている。
00:12:40食堂では順番に並ぶが、早く座った方が早いとこありつくという順番であるから、私は急いで食卓に着いた。
00:12:55カレーのいい匂いが腹にしみる。
00:13:00次は自分の番だと思っていたら、その皿が監督さんの前に置かれたのである。
00:13:08私は、ふんぜんとして、順番だぞと叫んだ。
00:13:13と、助手は後回しだと誰かが言った。
00:13:18立ち上がって殴ろうとしたら誰かが止めた。
00:13:21早く飯を持ってこい!順番だ!と怒鳴り続けていた。
00:13:30このひと悶着が当時の所長の耳に入り、
00:13:34威勢のいい助手に一本取らせてみたらどうか、という話になった。
00:13:43評判になったのが、1931年公開の東京のコーラスというサイレント映画である。
00:13:58世界恐慌の真っ只中、東京には失業者があふれていた。
00:14:04会社をクビになった主人公岡島も、仕事が見つからない。
00:14:17岡島はある日、偶然昔の知り合いと再会する。
00:14:23その人は、カレーが自慢の養殖店を始めていた。
00:14:28その店を、岡島は手伝うことに決めた。
00:14:34その店を、岡島は手伝うことに決めた。
00:14:41岡島は手伝うことに決めた。
00:14:48シデンの社内から、岡島の妻と子供が、父の姿を目撃する。
00:14:54シデンの社内から、岡島の妻と子供が、父の姿を目撃する。
00:15:13パパだ。
00:15:15パパじゃありませんよ。あんなパパがあるもんですか。
00:15:34大学でのエリートだったはずの夫の思わぬ姿に、妻は動揺する。
00:15:40だが最後には、妻も共に養殖店を手伝い。
00:16:02岡島は新しい仕事を見つけ、家族は再び歩み出す。
00:16:08オズが描いたのは、失われたものを取り戻そうとする人々の営み。
00:16:19それこそが、東京の力だった。
00:16:28これは、1926年公開の映画のキスシーン。
00:16:33唇が直接触れることを避けた演出だが、これでも歪説だとみなされ、上映した作品からカットされた。
00:16:461925年、治安維持法が制定された年から、日本で上映される映画はすべて、内務省の検閲を受けるようになっていた。
00:17:01映画は、トーキーの時代に入る。
00:17:13これは、地方の学校の教師と生徒が、東京へやってくる物語である。
00:17:18男?あんまり首を出すと帽子を飛ばすぞ。
00:17:21大丈夫だよ。
00:17:22らららららららららららららららららららら、
00:17:25あ、あ!
00:17:27あ、ちっちゃった。
00:17:29そうやりよ。だから言わんこっちゃないじゃないから。
00:17:32うん?
00:17:33それは、それは。
00:17:34Oh! Oh!
00:17:38This movie is a scene where there is a scene in渋谷.
00:17:53The Hatchko is a man.
00:17:56Oh, this is Hatchko.
00:17:59This is Hachikou.
00:18:04This is a dog.
00:18:09This dog has been sent to the station every day to the station.
00:18:14It was so sad that he died.
00:18:18If he didn't see his face, he was always waiting for him.
00:18:22This is a dog.
00:18:26In the end, the movie was a surprise to see the story of the Hachikou.
00:18:31The Hachikou appeared in the original Hachikou.
00:18:34This time, Hachikou was a 10-year-old.
00:18:41Hey, you can't read it.
00:18:44You can't read it.
00:18:45You can't read it.
00:18:47You can't read it.
00:18:48You can't read it.
00:18:50You can't read it.
00:18:51You can't read it.
00:18:53You can't read it.
00:18:55You can't read it.
00:18:57You can read it.
00:18:59In 1937, the war was started.
00:19:05Many of the famous people were able to read it.
00:19:08The Hachikou was a man who saw the face of the Hachikou.
00:19:11The Hachikou is a man of the Hachikou.
00:19:14You can't read it.
00:19:17I was an artist from the Hachikou.
00:19:19I was followed by the Hachikou's son,
00:19:21byиров Brewery Hachikou� and Ozu-Yasjiro.
00:19:23Well, the Hachikou was a fan of the Hachikou.
00:19:24The Hachikou was a man of the Hachikou.
00:19:25And the Hachikou was a man named at the Luka-Namkut.
00:19:26The Hachikou was at the Luka-Namkut in 1937.
00:19:29I was after the Maka-Namkut,
00:19:31on the Paya-Namkut in 1937.
00:19:32He was also a man named in China and on the Hachikou.
00:19:34He was on the death of China from China.
00:19:37The film's life has been a long time ago.
00:19:52In the 1940s, the film was released in the film.
00:19:59エースが出生し最下位に沈む職業野球チームを野球好きの女学生秀子が応援する
00:20:13撮影は後楽園球場で行われた
00:20:20父を戦地に送り出した少年の家 戦争の影響は家庭にも及び始めていた
00:20:475番までポンプで溝を吹かかる 6番は私習ったので済む係よ
00:20:537番は絞る係 さあ始め
00:20:57マサちゃんのお父さんのために
00:21:12マサちゃんのお父さんのために マサイ
00:21:16マサイ
00:21:18マサイ
00:21:201943年2月
00:21:28日本軍はガダルカナル島で大敗を喫し戦局は急激に悪化していた
00:21:42同じ月 日本ではミュージカル映画が公開された
00:21:47私は健やかな健やかな娘
00:21:54主人公は東京で新婚生活を始めた花子
00:21:596時だよ
00:22:01じゃあ行ってらっしゃい
00:22:02夫が待ちに待ったボーナス 昇与をもらう日
00:22:07仕事帰りに夕食の約束をした花子から電話がかかってくる
00:22:12ああ 花子か
00:22:15ねえ 私着物にしようかしら
00:22:18それとも洋服の方がいいかしら
00:22:21あなたどちらの方がいい?
00:22:22着物がいいね
00:22:24あの紺のお飯さ あ あれ
00:22:27あれがいいよ
00:22:29うん? あそうだよ
00:22:32ああ 僕あれ一番好きだよ
00:22:36え? あよろしい
00:22:38受話器越しに交わされる甘いやりとり
00:22:41ん?
00:22:42戦時下とは思えないシーンである
00:22:45はい さよなら
00:22:48あ
00:22:50おい そんなこと会社に電話するな
00:22:55バカ
00:22:56なだいなだい
00:23:04しょうや
00:23:06しょうや
00:23:07あ
00:23:08あ
00:23:09あ
00:23:10あ
00:23:11あ
00:23:12あ
00:23:13あ
00:23:14どちらまでです?
00:23:15どちらまでです?
00:23:16どちらまでです?
00:23:17あ
00:23:18あ あのー 庄与までです
00:23:21あ
00:23:22あ
00:23:23あ
00:23:24あ
00:23:25実は庄与を国債でくれたんだよ
00:23:27国債なの?
00:23:28うん
00:23:30庄与もお国へのご奉公なんだってさ
00:23:32そうね やっぱり無駄遣いしないようにね
00:23:35うん
00:23:36当時実際に
00:23:37しょうやが戦時国債で支払われることがあった
00:23:41あ
00:23:43敗戦後 紙くず同然となる
00:23:48映画には
00:23:49東京上空に鉄器が迫る場面がある
00:23:53東京はまだ本格的な空襲を経験しておらず
00:23:57その恐ろしさは誰も知らなかった
00:24:07防空演習のシーンでは
00:24:09当時広く歌われていた戦時歌謡
00:24:12南蛇空襲が使われた
00:24:15開けて被せて砂で消す
00:24:19いよいよいよわざの子どもが
00:24:22あ
00:24:23あ
00:24:24あ
00:24:26あ
00:24:27あ
00:24:29あ
00:24:30あ
00:24:33あ
00:24:34法律によって国民は
00:24:36空襲時の非難が禁じられ
00:24:38消火が義務付けられていた
00:24:40みなさん この映画の気分で
00:24:46迷路を健全 歌って張り切りましょう
00:24:51というのが
00:24:53この映画 花子さんの宣伝コピーだったそうだ
00:24:57戦争の遂行を全面的に指示しましょう
00:25:02ということだ
00:25:04この映画を見て元気づけられ
00:25:07張り切った人は多かったのではないか
00:25:09結果として
00:25:11かなりの毒として作用したのではないか
00:25:171944年10月
00:25:21渋谷駅前の八甲の銅像が
00:25:24金属不足により政府に供出された
00:25:30新聞は八甲を誉れの出陣と見出しを掲げ
00:25:34人々の指揮を鼓舞しようとした
00:25:38映画人たちも
00:25:48戦争に正面から異を唱える者はいなかった
00:25:51これは監督 木下圭介が陸軍省の公園で制作した映画
00:26:02陸軍
00:26:04東京に出た父親が病気だと聞き
00:26:09九州から息子が駆けつける場面がある
00:26:12どうぞ
00:26:18どうじゃ
00:26:22田舎から出てくると東京は目の回るようにあろうが
00:26:26はい
00:26:27お父っつぁんもそうじゃったけんの
00:26:33おう
00:26:38宮城へお参りしてきたか
00:26:40いえ ステーションから急いできました
00:26:43馬鹿だよ
00:26:45お膝元に出てきて
00:26:47一番に宮城へ参らんとどげんするか
00:26:50すぐに参って来い
00:26:52はい
00:26:53息子は急ぎ
00:26:57宮城と呼ばれていた皇居に足を運ぶ
00:27:05天皇を深刻化する上映寺の空気が
00:27:09色濃く描かれている
00:27:19しかし
00:27:20監督 木下圭介は
00:27:24繊維紅葉だけを目的とする映画に疑問を抱いていた
00:27:30ラストシーンでは
00:27:32出生する息子を笑顔で送り出すべき母親が
00:27:36涙を流しながら後を追う場面を描いた
00:27:39あるいは
00:27:49睨まれることになるかもしれないと
00:27:52思わぬではなかったが
00:27:54一度は死んだつもりの
00:27:57怖いものなしの私である
00:27:58人間の自然の情を描けば
00:28:04どうしてもこうなるしかないと思った
00:28:08案の定というのか
00:28:11やはりこれが
00:28:13めめしい母親像であると言って
00:28:16手ひどく叩かれたのだ
00:28:18このシーンは検閲でカットされることはなかったが
00:28:28上映後
00:28:30木下は当局から問題視され
00:28:33しばらく映画制作から遠ざかることになった
00:28:361945年になると
00:28:58東京中が現実の空襲に見舞われた
00:29:01今歌い返してみると
00:29:17よくもまあ
00:29:20こんなでたらめな歌でケーキをつけてくれたものだと
00:29:24腹立たしい思いがするが
00:29:27軍部は
00:29:28空襲の本当の恐ろしさを
00:29:32国民に知らせないようにしていたとしか思えない
00:29:37空襲は
00:29:39決して茶化せるようなものではなかった
00:29:42事実これらの歌は
00:29:45空襲が頻繁になると
00:29:48歌われなくなってしまった
00:29:50東京大空襲の3日後
00:29:55渋谷で一人の女の子が生まれた
00:30:00吉永さゆり
00:30:05戦後の混乱と貧しさの中で
00:30:09豊かな感受性を育んでいった
00:30:11変化の目覚ましい東京の中でも
00:30:22ひときわ劇的な変貌を遂げてきた
00:30:25渋谷
00:30:26それゆえ渋谷は
00:30:34たびたび映画の舞台となってきた
00:30:37これは
00:30:4380年前の渋谷である
00:30:451945年の暮れに
00:30:49ここで一本の映画が撮影された
00:30:57軍需工場に徴用されていた男が
00:31:01自宅にたどり着く
00:31:03家族はもう死んだものと諦めていた
00:31:06ああ、どうか
00:31:08ああ、よかったよかった
00:31:10おい、誰か死んだのかな?
00:31:19出た!
00:31:24何があるんですか?
00:31:25都会から子供が帰ってくるんですよ
00:31:27あ、そうですか
00:31:28うん
00:31:29映画は
00:31:32当時の東京の風景をそのまま取り込んでいる
00:31:38駅は
00:31:40疎開先から帰る子供と迎える親でごった返していた
00:31:44お父さん
00:32:00再会した親子は
00:32:02東京の焼け跡で風呂に入る
00:32:04風呂に入る
00:32:10お殿様でも家来でも
00:32:14お風呂に入るときゃみんな裸
00:32:18髪しも脱いで刀も捨てて
00:32:24歌の一つも浮かれてる
00:32:28私はこの映画を
00:32:30確か椅子のない映画館で
00:32:33立ってみたように記憶する
00:32:36椅子の鉄の部分を
00:32:39戦争末期に供出させられていたからである
00:32:44軍国主義を徹底的に叩き込まれていた私には
00:32:49実感としてはまだ
00:32:51民主主義がいいものだという気分はなかった
00:32:55それがこの場面で
00:32:57不意に
00:32:59負けてむしろよかったのかもしれない
00:33:03という気分に襲われたのだ
00:33:05戦争に負けたって
00:33:08平和の方がいいという思いが込み上げ
00:33:12記憶されるべき一瞬であった
00:33:14戦争下の東京の映画は劇的に変わった
00:33:30戦意紅葉の記憶を一掃するかのように
00:33:32甘いメロドラマが主流となった
00:33:35あら?何かついてて?
00:33:37ううん
00:33:39いいからじゃないか、それ気分
00:33:41あら?何かついてて?
00:33:45ううん
00:33:47いいからじゃないか、それ気分
00:33:50ケイさんはそんなこと言うのはおかしいわ
00:33:53和服姿、しばらく振りで見るんだけど
00:33:55なかなか似合うじゃないか
00:33:57嘘ばっかり、ダメよあたし
00:33:59似合わない
00:34:00いやーない
00:34:03うーん、いや
00:34:09うーん
00:34:17これも、日本長編映画史上初めてのキスシーンの一つ
00:34:30これまで見ることのできなかったキスシーンを一目見ようと
00:34:41観客が映画館に殺到した
00:34:46これまで見ることのできなかったキスシーンを一目見ようと
00:34:52観客が映画館に殺到した
00:34:57キスシーンのある映画は、内務省に代わって映画の検閲にあたったGHQの意向で制作された
00:35:12日本映画に男女がキスする場面がないのは不自然だという、映画検閲の責任者の判断だった
00:35:21かつて、国家の象徴として崇められた球場広場は、皇居前広場と呼ばれるようになり、恋愛の舞台に変わった
00:35:35来てくれましたね
00:35:39球場広場だなんて、変なところを否定するのね
00:35:43いや、ほか、ここが好きなんですよ
00:35:47広くて、清潔で
00:35:54今夜は夜明かしかない
00:35:59今夜明かしかない
00:36:10君
00:36:11そこじゃちょっと困るね
00:36:13昼間だと、軽犯罪法に引っかかるよ
00:36:21あら、ごめんなさい
00:36:23あ
00:36:26ははは
00:36:28ははは
00:36:301946年2月
00:36:33シンガポールの抑留所から、ある映画人が東京に帰ってきた
00:36:4242歳になった、小津康二郎である
00:36:45中国の激戦地をめぐった小津田が、戦争について、多くを語らなかった
00:36:55戦争の体験は、得難い経験として、しっかり自分の体の中にしまっておくつもりだ
00:37:06将来、あるいは僕が、戦争映画といったものを作るかもしれないがね
00:37:16今は、作る気持ちになれないし、作ったところで、いいものはできないよ
00:37:24経験が、生々しすぎるんだ
00:37:27小津が、戦後第一作の舞台に選んだのは、東京の下町にひっそりと佇む長屋だった
00:37:41男が、同じ長屋に住む小田根の下に、親とはぐれた子供を連れてくるところから、物語が始まる
00:38:00ねえ、小田根さん、子供いかんかな、子供
00:38:09これ、拾ってきてしもて、戻ってもらえんから
00:38:13どうしたのさ?
00:38:15普段の鳥居のとこから、わしについてきてしもて、予想い浮かんのじゃよ
00:38:19今晩一晩、止めてやってもらえんから
00:38:22そんなの、あんたんとこ止めりゃいいじゃないか
00:38:24うーん、それが、小田根さん、いかんってんじゃ
00:38:27そんなの、私んとこだって嫌だよ
00:38:28まあ、そう言わんで、田根さんもあんたに頼めと言うとるんじゃ
00:38:32止めてやってや、な、頼むけん
00:38:34やだよ
00:38:35なあ、こげん、頭さけるけん
00:38:37やだよ、私は子供嫌いなんだよ
00:38:39すげん言わんで、な、頼むけんな
00:38:41おい、田代さん、お前さん、冗談じゃないよ
00:38:43な、頼むけん?
00:38:44おい、田代さん
00:38:49周りしてるよ
00:38:58しぶしぶ、子供を受け入れたお種だったが
00:39:11そのけなげさに、次第に情が移っていく
00:39:15ある日、子供が突然姿を消すと
00:39:29お種は心配になり、近所を探し回った
00:39:32お話し回った
00:39:49お上がり
00:39:52いただきます
00:39:53ご飯なくて、ごめんよ
00:40:00ご飯のご飯食べちゃったんだ
00:40:03今晩、ご飯炊かなかったんだ
00:40:13坊や、おばちゃん好きかい?
00:40:16え?
00:40:17うん
00:40:18そうかい?
00:40:19坊や、もう家にいてもいいよ
00:40:21最終的に父親が見つかり、子供は親のもとへ戻ることになる
00:40:31うん
00:40:33じゃあ、ごめんください
00:40:34さよなら
00:40:38さよなら
00:40:39子供が去った途端
00:40:54喪失官が、お種の胸を締め付けた
00:40:57映画は、お種が上の公園に別の子供を見つけに行くことを暗示するシーンで、幕を閉じる
00:41:12映っているのは、実際の千歳孤児
00:41:18オズは、下町のぬくもりを描きながら、東京の負った深い傷を提示した
00:41:261952年4月28日
00:41:42サンフランシスコ平和条約が発行し、日本は独立を回復する
00:41:47焼け跡から立ち上がった東京は、経済的自立を目指す日本を牽引していく
00:42:071953年、東京の復興のシンボルだった、ある煙突を取り上げた映画が公開された
00:42:15みなさん、東京のおばけ煙突というのをご存知ですか?
00:42:20これです
00:42:22なぜそんな名前がついたかといえば、この煙突は見る場所と角度によって、4本が3本になる
00:42:30さらに、2本になる、1本になることさえあるからです
00:42:36私どもの住んでいるところからは、煙突が3本に見えます
00:42:40映画は、おばけ煙突の愛称で親しまれた
00:42:45千住の火力発電所の解説で始まる
00:42:49煙突が何本に見えるか、場所によって見え方が変わる
00:42:55舞台は、3本に見える煙突を望む、荒川土手沿いの一帯である
00:43:01この辺は、住宅地として高級とは申しかねます
00:43:06雨が少し多く降ると、この辺はたちまち洪水で、住んでいる人たちはみんな戦々恐々です
00:43:12今日のプログラムは、全部終了いたしました
00:43:16どちら様も、火の元、とじまりなど、もう一度お確かめくださいまして
00:43:21お、奥さん
00:43:24ああ、そんな所まで買い物に行くんですか?
00:43:28えー、買い店で安いもんですから、小紛れ100名80円よ
00:43:30まだお帰りじゃないの?
00:43:33立ち上る煙は、汚染ではなく繁栄の印
00:43:39火力発電所は、東京の経済成長の象徴として描かれている
00:43:46あれ?
00:43:48あの煙突、日本ですよ
00:43:523本だとばかり思ってた
00:43:53あら、ほんと、変ね
00:44:00じゃあ、行きます
00:44:03監督、御所平之助は、戦後を生き抜く人々の心情を、4本の煙突で表現しようとした
00:44:15人間の求めるものは何だ?
00:44:18平和でありたい
00:44:22自由でありたい
00:44:24平等でありたい
00:44:26愛を持ちたい
00:44:28この4つの柱があるんじゃないかと
00:44:32それならちょうどいい
00:44:344本の煙突は、それを象徴する
00:44:37小津谷筋郎の代表作、東京物語でも、東京のシーンは、お化け煙突で始まる
00:44:49手前には、別の煙突も映っている
00:44:55東武線堀切駅
00:45:03今回も、舞台は東京の下町である
00:45:08町医者を営む息子のもとに、尾道から両親が訪ねてくる
00:45:16尾道からやってきた、平山家の父親、秀吉を演じたのは、劉知秀である
00:45:33お母さん疲れたでしょう?
00:45:39キャンナーが寝られましたか?
00:45:42ええ、ええ、安倍に
00:45:44光景多いで
00:45:46ライトサイドにふんわりウェーブでアクセントつけて
00:45:53じゃあ、今度一度そうやって見ようかして
00:45:55ええ、その方がずっと個性的ですわ
00:45:57両親のもう一人の娘も、東京で美容院を経営している
00:46:05仕事に追われ、田舎から出てきた両親に構っている余裕がない
00:46:11あ、おかえりなさいま
00:46:18さあ、ただいま
00:46:20あら、もう帰ってらしたの?
00:46:24ああ
00:46:26戦後の東京には、地方から人々が集まり、新しい家族の形、核家族が生まれていた
00:46:34どうも
00:46:36その変化の中で、かつての家族の絆はほどけていく
00:46:41小津は、その崩れゆく家族の姿を淡々と映し出した
00:46:53どなた?
00:46:55うん、ちょっと知り合いのもの、田舎に出てきまして
00:46:57そう
00:46:58観光バスに乗り込み、東京の街を巡る両親
00:47:06有名なシーンである
00:47:10千代田城と呼ばれておりました皇居は
00:47:13今から約500年ほど前に、大田道館が築場いたしましたもので
00:47:18美しい松の緑を彫りに映した風雅と静寂な姿は
00:47:23大東京の雑踏の中にありながら、誠にゆかしい感じでございます
00:47:28子供たちの代わりに両親を連れ出したのは
00:47:33戦死した次男の妻、原節子演じるノリコだった
00:47:47向かったのは、銀座の松屋
00:47:51小津は、GHQの接種が解かれるまで
00:47:56日本人が立ち入ることのできなかった松屋を
00:47:59ロケ地に選んだ
00:48:00アンタン・トーカー
00:48:10I'm here.
00:48:12This is the place.
00:48:14This place is here.
00:48:22This place is going to be?
00:48:24Yes.
00:48:26It's very dirty place.
00:48:28If you're interested, please come back.
00:48:30Yes.
00:48:40The last piece of the baby.
00:48:48The baby's son.
00:48:50The baby's son.
00:48:52The baby's son.
00:48:54The baby's son.
00:48:56She's a baby.
00:48:58To be honest.
00:49:02She's a baby.
00:49:04She's a baby.
00:49:06She's a baby.
00:49:08I'll take it.
00:49:10The movie is the end of the movie.
00:49:40Ono道で行われた葬儀に織子が駆けつけた
00:50:10Your mother will be happy.
00:50:13Let's go.
00:50:16Sorry.
00:50:22Father, I'm really hoping that you will be happy.
00:50:31It's true.
00:50:40東京物語を初めて見たときは4回連続で見ました。
00:51:10未了はありえない楽園だと感じたんです。
00:51:15見返す旅にその美しさ、人間への敬意、精神性に魅了される。
00:51:321960年代、高度成長に湧く東京。
00:51:35その街を背景に描かれた映画、いつでも夢を。
00:51:44ヒロインは17歳になった吉永さゆりである。
00:51:49この映画には、東京物語を想起させるバスの車内から始まるシーンがある。
00:52:035月の鯉のぼりみてに、威勢はええども、そそっかしいって困るだよ。
00:52:09田舎から出てきた女性を、赤の他人である娘が、バスで東京湾内に連れ出す。
00:52:16道路には車があふれ、事故が頻発し、交通戦争という言葉が生まれていた。
00:52:30東京物語と同じく、一行はデパートに向かう。
00:52:591958年に完成した東京タワー。
00:53:16その展望台から、東京を見渡す場面が描かれる。
00:53:22東京物語では銀座松屋だったが、この映画は東京タワーからの眺望を選んだ。
00:53:31さすが東京の街さ、のう。こうして見るとでっけえな。
00:53:35ほら、おらたちの街さ、あそこに見えるだ。
00:53:38ほんとだ。
00:53:39かっちゃん、ねえ、かっちゃん。
00:53:51世の中には辛いことや悲しいことがいっぱいあるわ。
00:53:54でも、悲しいからって、いじけてばかりって何もしなかったら、自分が惨めになるだけよ。
00:53:59そういうことのない世の中がきっと来る。そういう夢を持つのよ。
00:54:03星よりひそかに、雨より優しく、あの子はいつも歌ってる。
00:54:19豊かさを求めて歩む東京の若者の背中を押すように、主題歌が流れる。
00:54:30橋幸男と吉永瀬織の歌声は、時代の希望を象徴するものとなった。
00:54:36東京物語の成功の後、小津谷筋郎は、巨匠の地位を確立した。
00:55:061962年の夏、小津は54作目の撮影に入った。
00:55:17舞台は、やはり東京だった。
00:55:22まあ、ちょいとおいでよ。
00:55:24小津が58歳の時に撮影したこの作品、サンマの味が、異作となった。
00:55:31主人公の名は、東京物語と同じ平山。
00:55:38妻を亡くし、年頃の娘と暮らしている。
00:55:42でも、私が行ったら困れやしな。
00:55:47これは、戦時中に駆逐艦の艦長をしていた平山が、乗組員とばったり出くわし、飲み交わすシーン。
00:55:55ケト艦長、これでもし日本が駆ってたらどうなってますかね。
00:56:04さあ、いい。
00:56:07おい、これ、トリース。
00:56:09はい。
00:56:09ビンゴット持っており、ビンゴット。
00:56:12駆ってたら、艦長。
00:56:14今頃、あなたも私もニューヨークだよ。
00:56:16ニューヨーク。
00:56:18パチンコ屋じゃありませんよ。
00:56:19本当のニューヨーク、アメリカの。
00:56:22そうかね。
00:56:23そうですよ。
00:56:24はい。
00:56:25負けたからこそね、今のわけえ奴ら、向こうのマネジアンって、レコードかけて、ケツふって踊ってやすけどね。
00:56:32これは、勝っててごなさい。勝ってて。
00:56:35目玉の青い奴が、丸まげかなんかいっちゃって。
00:56:39チューインガム、カミガミ、シャミセ引いてあすよ。
00:56:42ざまえんじゃろってんだ。
00:56:44けど、負けてよかったじゃないか。
00:56:46そうですかね。
00:56:49うーん、そうかもしれないな。
00:56:57戦争について多くを語らなかった小津田が、軍艦マーチを何度も登場させ、戦争を生きた世代の心情を滲ませている。
00:57:09本日天気聖霊なれども涙かし。
00:57:12映画には、2年後のオリンピックに向け開発の進む東京の実景が挿入される。
00:57:27戦後の東京には、俺の気に入った風景はもうなくなったよ。
00:57:41例えば、自分たちの軒の前に、朝顔の花でも咲かせてというような、きれいな考えも持っていたのだけれども、
00:57:53近頃は、ゴミを散らかしっぱなしでいたり、どうも生活の程度が低くなったというか、
00:58:02とにかく、愛すべき一面が、昔ほど目に止まらなくなったのです。
00:58:19映画の最後、平山の娘は結婚し、家を出て行く。
00:58:24お父さん。
00:58:38ああ、わかってるわかってる。
00:58:41まあ、しっかり親に。
00:58:44オズの残した生涯最後の映像。
00:58:47ああ、一人ぼっちか。
00:58:50この映画が公開された翌年の60歳の誕生日に、
00:59:16尾瀬康二郎はこの世を去った。
00:59:31成長の季節が終わっても、東京はなおも膨らみ続けた。
00:59:41上がってバブルの時代に入ると、さらに加速度を増し、開発の波が街を塗り替えていく。
00:59:52今は、オズを契約するドイツ人映画監督、ビム・ベンダース。
01:00:11This is a documentary film from OZU, which is a documentary film from OZU, which is a documentary film from OZU.
01:00:24OZU is a documentary film from OZU, and has a big interest in Tokyo.
01:00:41However, the Tokyo is a different city of OZU, and it was a different city of OZU.
01:01:11just outside the city gates but the sobering thought of seeing an exact copy of the park in
01:01:17california made me reconsider and i made a u-turn moreover it was pouring with rain
01:01:23i didn't regret my decision though because in one of the city's parks i ran into some people
01:01:29who refused to let a little rain stop them from being in america
01:01:41in a world out of order
01:02:11a view which could still render the world transparent
01:02:20perhaps such a view is no longer possible today not even for ozu were he still alive
01:02:28perhaps the frantically growing inflation of images has already destroyed too much
01:02:35perhaps images at one with the world
01:02:37the
01:02:40bubble崩壊後
01:02:42日本は失われた数十年と呼ばれる長い低迷期に入った
01:02:49停滞する東京で未来への希望は薄れていく
01:02:54街の明かりは増えても人々の心には空虚が広がっていた
01:03:00ポケベルや携帯の普及をきっかけに家族も知らない人間関係を誰もが持つようになった
01:03:101998年渋谷の街をさまよう女子高校生が主役の映画が生まれた
01:03:19庵野秀明監督の初実写商業映画である
01:03:28指輪星さんに援助交際を繰り返す女子高校生その一日が描かれた
01:03:37行くかねっじゃあ行きましょっか知ってるのかな知ってます近くにいいとこあるんでね
01:03:47行くかねっじゃあ行きましょうか知ってるのかな知ってます近くにいいとこあるんでね
01:03:55そう Heart Cも嫌なことは早く済ませたいんだろうねうん
01:04:14But it was a time ago. It was a good song, right? It was a good time, right? It was a good time. But now it was a time when I feel like I'm going to die.
01:04:30赤が若かったのはなにもくわくなかったならあなたの優しさが怖かったならあなたの優しさがこわからないなら決まっていってしまう。
01:05:00男sçeは見知らぬ誰かと繋がりながら 東京の欲望に踏み込んでいく
01:05:08命懸けてと
01:05:11Aがは渋谷川で撮影された この長いカットで終わる
01:05:18��countyょと なった川が わずか地上に現れる 場所
01:05:24高度成長期の期に生まれた庵野秀明は
01:05:27自らの原風景と東京の無秩序を重ね合わせた。
01:05:36渋谷の中でベストの場所はあそこでしたね。
01:05:40工事原場とかドブのような渋谷川。
01:05:45元 Thai県かな。
01:05:47うちの田舎にはコンビナートが あるんです。
01:05:52The city of the city is more than the other than the other side of the city.
01:05:57The city is more than the asphalt.
01:06:01The city of the city of 2020.
01:06:16But Tokyo is also changing.
01:06:19It's a pandemic pandemic.
01:06:25The movie director, Vim Vendors,
01:06:28was again visiting Tokyo.
01:06:34It's been a long time and a long time,
01:06:37and people are seeing the meaning of daily life.
01:06:44And one movie in the movie.
01:06:51The movie director, Vim Vendors,
01:07:09仕事場は渋谷の公衆トイレである。
01:07:39パンデミック後の東京に、かつて小津が描いた人々のささやかな営みの残像を見出した。
01:07:54ロックダウンを終えたヨーロッパは、明日さえも想像できないような状態だった。
01:08:03街は荒れ果て、公園も荒れ果てていた。
01:08:08人々は良識の感覚、公共の行動を失っていた。
01:08:15ところが東京は逆だった。
01:08:19人々は公共の場所、例えばこういうトイレを敬意をもって大事にしている。
01:08:27私がここですべき、何か大きなものがあると考えた。
01:08:36変わらないために、変わり続けてきた街、東京。
01:08:42映画はその一瞬を焼き付け、記憶の層を積み重ねてきた。
01:08:54そしてこれからも、その記憶は折り重なり、未来へと続いていくだろう。
01:09:04日活に入社した頃は、日本映画界の全盛期でした。
01:09:23成せばなる、成さねばならぬ何事も。
01:09:29活動屋に不可能はなし。
01:09:32こんなすごい活動屋語録のもとに、映画作りは進んでいたのです。
01:09:39私も、夢を作る工場の一員として、映画作りをするようになったのです。
01:09:48川のにおい、草のにおい、工場と煙突のにおい。
01:09:54それからほら、土手下のうちのにおい。
01:09:57おばさんたちが干している洗濯物のにおい。
01:10:00みんなごっちゃになってるけどさ、私大好きだわ。
01:10:04だって私たちの街のにおいだもん。
01:10:07さいっこ!
01:10:10日本人がなかなか終わるっていう感覚を持てないのは、
01:10:22あれだけ焼け野原になった東京が、今これだけ復興しているものね。
01:10:28たった50年で。
01:10:32これだけの力があるっていうのを見せつけられると、
01:10:36あれ、まだいけるかもしれないって思いますよ。
01:10:41僕は豆腐屋だから、豆腐しか作らないといつも言っているんです。
01:11:02人には同じように見えても、
01:11:05僕自身は一つ一つに新しいものを表現し、
01:11:11新しい興味で作品に取り掛かっているのです。
01:11:16何枚も同じバラを描き続けている画家と一緒ですよ。
01:11:23ナオイ、広いもんじゃな、東京は。
01:11:40そうですな。
01:11:42うっかりこんなとこで、はぐれでもしたら、
01:11:45一生涯探しても、私安心よ。
01:11:48うん。
01:11:53うん。
01:11:56うん。
01:11:57うん。
01:12:00うん。
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