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It is important to recognize both joyful and challenging experiences as divine workings, .... 12-25
Wagakokology-Jp
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1 週間前
It is important to recognize both joyful and challenging experiences as divine workings, and to seek to understand the intention and heart embodied within them.
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動画のトランスクリプション全文を表示
00:00
ごしん君
00:10
一つ
00:11
信心する人の誠の信徳を知らぬこと
00:15
本当の魚好きは魚の頭を求めるという
00:23
身だけを求める人は本当の魚好きとは言えない
00:28
信心もおかげだけをありがたがっておる人は未熟の証拠である
00:34
普通の人ではいただきかねるような問題でも
00:38
それをご真意として受け止めていく
00:41
ご真意がわかり誠の信徳に触れていくこともできる
00:46
本当の魚好きは頭を求める
00:54
普通は身だけを求める
00:58
これはおいしいところだけを求めるということでしょうね
01:03
おいしいところ
01:05
自分にとって都合の良いところ
01:07
を求めようとする
01:10
頭にそれほど身が詰まっているわけではない
01:15
食べようとしてもなかなか食べにくいものでしょうね
01:20
そしてもしおいしい身が詰まっているとすればほんのわずかかもしれません
01:28
魚の
01:30
私などもやはり魚は
01:33
小さい頃
01:34
魚の骨を喉に
01:37
飲み込んだというのか間違って食べたというのか
01:42
飲み込んで
01:44
なかなかそれが取れなくて
01:47
お医者さんに行って取ってもらった記憶があります
01:51
それ以来魚を食べるのが怖くなったというのか
01:56
あまり好きではなくなってしまいました
02:00
ですから魚というと骨のない身だけのところを
02:08
なるべくいただこうとするわけですけれども
02:10
骨があるようなところは避けるというのか
02:14
ですから魚の食べ方が下手ですね
02:18
その身の骨のあんまりない
02:23
いわゆる食べやすいところだけを食べようとする
02:27
美味しそうな楽をして食べられるというのでしょうかね
02:33
そういうところだけを食べようとする
02:36
これは本当の魚好きではないということですね
02:41
自分に都合の良い
02:45
いただきやすい
02:46
食べやすいところだけを食べようとするわけですから
02:50
本当の魚好き
02:53
これは本当の新人好きとでも言うことだと思いますね
02:58
本当の新人好き
03:01
本当に新人が好きだ
03:04
新人にはまっている人
03:06
その人がいただけないようなところ
03:10
人がそんなとこは
03:12
その頭の中にある小さな骨まで
03:17
骨じゃない失礼
03:18
頭の中にある小さな身ですか
03:21
そんなところまで
03:22
虫って食べようとはしない
03:26
ということですね
03:28
その人が食べようとしないところを
03:32
食べようとする
03:33
それが本当の魚好きである
03:36
本当の新人好きだということになりましょうかね
03:41
それをもう少し
03:45
真理に当てはめるならば
03:49
これは
03:49
人が
03:51
神様のお働きだと
03:54
感じられないようなところ
03:56
感じきれないようなところにでも
03:59
神様のお働きを
04:01
お働きとして
04:02
実感として感じていくことができる
04:06
いわばどれほど目ごまかく
04:09
神様のお働きを実感して
04:11
行こうとしているか
04:13
して実際実感しているか
04:16
ということが
04:18
まあ新人の要ということになりましょうかね
04:24
神様のお働きを
04:28
神様のお働きとして感じる
04:31
実感として感じる
04:33
ということですね
04:35
よく
04:37
ありますね
04:40
病気なら病気をする
04:42
そして神様にお願いをする
04:45
まあ取り継ぎをいただき
04:48
守備欲というのでしょうか
04:50
病気が治る
04:52
としたときに
04:54
それを
04:55
これは神様のおかげで
04:58
治してもらった
04:59
と素直に喜ぶ人もいれば
05:02
いや
05:03
これはもう
05:05
そういう治る時期に来ていたのだろう
05:08
だから別に
05:11
神様に治してもらったというわけでも
05:13
あるまい
05:15
まあ
05:16
そういう
05:17
自然に治るというのでしょうかね
05:21
そういう
05:22
治る時期に来ていたんだ
05:24
だから治ったんだ
05:26
別に神様が治してくださったわけではない
05:30
という方も
05:34
いらっしゃいますね
05:36
それでは
05:38
神人にはなりませんね
05:41
その
05:42
自然に治ったというのか
05:44
神様が治してくださったというのではない
05:47
と感じるわけですからね
05:49
偶然というのもありますね
05:54
例えば
05:55
どこかに
05:57
今日あの人に会いたいな
05:59
と思いながら
06:02
また
06:02
今日あの人に電話をしなくちゃいけないな
06:06
と思っていたら
06:07
向こうの方から電話がかかってきた
06:10
ああちょうどよかった
06:12
あなたに連絡することがあったんです
06:15
とか
06:16
まあ
06:17
街で会いたいな
06:18
と思っていた人に
06:20
偶然
06:20
であった
06:22
ああ
06:24
それこそ偶然ですね
06:26
偶然だと思うわけです
06:29
ああ
06:29
よかった
06:29
ああ
06:31
偶然ですね
06:32
となるわけですけれども
06:35
それが
06:36
偶然で
06:37
終わらせて
06:37
しまいますね
06:39
神人をさせていただいていると
06:42
それが
06:43
偶然ではなく
06:45
必然だということになるわけです
06:48
いや
06:48
なるというより
06:49
それが必然であったことに
06:51
気づかされる
06:52
どういう必然であったか
06:55
神様の送り合わせであった
06:57
ということに気づかされる
07:00
ここも
07:01
師匠は
07:02
二つのことを
07:04
挙げておられますね
07:06
一つは
07:07
私どもが
07:09
やっぱ
07:10
会いたい
07:12
と思ったところに
07:14
神様が
07:15
会えるような
07:17
働きをしてくださった
07:18
という
07:21
働きがあると
07:22
まあ
07:24
神様が
07:25
それこそ
07:25
お膳立てをしてくださって
07:27
というのでしょうかね
07:28
その
07:29
神様が
07:30
送り合わせをいただいて
07:31
私どもが
07:32
会いたいという
07:33
人を
07:34
そこに
07:35
連れてきてくださった
07:36
という
07:38
そういう
07:39
働きが
07:39
ある場合が
07:40
ありますね
07:41
と
07:42
もう一つは
07:44
私どもの
07:46
心が
07:46
そうなる
07:48
まあ
07:49
これは
07:49
私どもの
07:51
心を
07:52
ある程度
07:53
神様も
07:54
何と言いましょうかね
07:57
操作することが
07:59
できられるのでしょうかね
08:00
それは
08:01
よく分かりませんが
08:03
私どもの
08:04
心に
08:05
何かしら
08:06
働きかけて
08:06
そういう
08:08
思いに
08:09
なさせられた
08:11
というのでしょうか
08:12
その
08:15
いわば
08:16
今日は
08:17
あの人に
08:18
その
08:18
その人が
08:20
そこに来る
08:20
ということは
08:21
神様の
08:23
ご計画として
08:24
まあ
08:24
決まっている
08:26
わけですね
08:27
ところが
08:28
その人に
08:30
その時に
08:31
会いたいな
08:32
という
08:33
私どもの
08:34
心に
08:35
起こる
08:36
思い
08:38
というのでしょうか
08:39
それが
08:40
ちょうど
08:41
良い時に
08:42
そこに
08:42
会いたいな
08:43
という
08:44
思いが
08:44
私どもの
08:45
心の中に
08:47
沸き起こった
08:48
それが
08:49
神様の
08:50
お働きだ
08:51
という
08:53
わけですね
08:54
この
08:55
二つの
08:55
場合が
08:56
ありますね
08:57
この
08:58
後者の
08:59
場合を
09:00
師匠は
09:01
ある
09:02
ミノレンさん
09:04
その
09:05
スカイライン
09:05
ですか
09:06
山に
09:07
ある方
09:08
新人の
09:10
ご信者さんに
09:12
車に
09:13
乗せて
09:14
その
09:15
見せましょう
09:16
というのでしょうか
09:17
ご案内しましょう
09:18
と言って
09:19
ご案内された
09:20
わけですね
09:21
そしてその
09:23
まだ
09:24
道が
09:24
完成は
09:25
していない
09:25
けれども
09:26
山の
09:27
上の方まで
09:28
行けるわけです
09:29
ところが
09:30
上の方に
09:31
行った
09:32
ところで
09:33
一行
09:34
師匠が
09:35
大変
09:36
喉が
09:36
渇かれた
09:37
それで
09:40
何か
09:41
飲みたい
09:41
飲みたい
09:42
けれども
09:43
山の
09:44
上の
09:44
方ですから
09:45
何も
09:46
ないわけです
09:47
道は
09:49
新しく
09:49
できた
09:49
ばっかり
09:50
で
09:50
何も
09:51
ない
09:51
ところが
09:54
そういう
09:55
中に
09:56
何と
09:57
言いましょうか
09:58
ね
09:59
金庫の
10:00
ような
10:00
もの
10:01
という
10:01
のでしょうか
10:02
何かしら
10:03
入れ物
10:03
冷蔵庫
10:04
のような
10:05
ものでしょうか
10:06
ね
10:06
何かしらが
10:07
そこに
10:08
置いてあった
10:08
と
10:09
そして
10:10
それを
10:11
開けてみたら
10:13
中に
10:14
ジャムネが
10:14
入っていた
10:15
と
10:16
昔
10:18
そこで
10:18
誰かが
10:19
夏だけでも
10:20
商売をして
10:21
そのまま
10:23
置いて
10:24
また
10:24
空港と
10:25
置いておられた
10:25
のかもしれませんね
10:26
よく
10:27
分かりません
10:28
とにかくそこに
10:30
冷蔵庫のようなものが
10:31
あって
10:31
開けたら
10:32
まだ
10:33
新しい
10:34
ラムネが
10:34
入っていた
10:35
と
10:35
ですから
10:36
これは
10:37
送り合わせを
10:38
いただいた
10:39
と
10:39
その
10:40
ラムネを
10:41
いただいた
10:42
ということでした
10:43
そして
10:45
そこに
10:47
何がしかな
10:47
お金を
10:48
確か
10:49
置いてきた
10:49
というような
10:50
ことを
10:51
お話しして
10:51
おられましたが
10:52
これ
10:54
これなどは
10:55
ですね
10:56
その
10:57
湿症が
10:58
喉が
10:59
渇かれた
11:00
だから
11:01
そこに
11:01
誰かが
11:02
ラムネを
11:03
持ってきた
11:04
いわば
11:05
冷蔵庫に
11:07
ラムネを
11:08
入れて
11:08
持ってきた
11:09
ということでは
11:11
ありませんね
11:12
その
11:14
いわゆる
11:15
冷蔵庫という
11:16
のでしょうか
11:17
まあ
11:18
氷で冷やす
11:19
ものでしょうけれどもね
11:20
電気などは来ておりませんから
11:22
そこに
11:23
冷蔵庫がある
11:25
そこに
11:25
ラムネがある
11:26
というのは
11:27
もうずっと
11:28
前から
11:28
まあ
11:29
何週間か
11:30
前でしょうか
11:31
何日か前でしょうか
11:33
から
11:33
あったのだと
11:34
そこに
11:36
通り合わせた
11:39
師匠一行が
11:40
喉が
11:41
渇かれた
11:41
まあ
11:44
これが
11:45
その時に
11:47
喉が
11:47
渇くという
11:48
神様の
11:50
お働きだと
11:51
を
11:53
いただいたのだ
11:55
ということなのですね
11:57
別に
12:00
喉が
12:01
渇いたから
12:01
それこそ
12:03
空を飛んで
12:04
そこに
12:05
冷蔵庫が
12:06
飛んできた
12:07
中に
12:08
ラムネが
12:08
入っていた
12:09
というわけでは
12:11
ないのですね
12:12
そこに
12:14
すでに
12:15
あったのです
12:16
その
12:17
冷蔵庫に
12:18
入った
12:18
ラムネという
12:19
ものが
12:19
そして
12:21
そこを
12:22
ちょうど
12:22
通りかかった
12:23
師匠一行が
12:25
喉が
12:26
渇かれた
12:27
という
12:29
そういう
12:30
働きである
12:31
まあ
12:31
そこに
12:32
うまく
12:33
生き合わせる
12:34
というのでしょうか
12:35
そういうところに
12:37
生き合わせて
12:38
そして
12:39
そういう
12:40
タイミングで
12:41
喉が
12:42
渇く
12:43
という
12:44
そういう
12:45
まあ
12:45
お働きですね
12:47
師匠の側にとっての
12:50
お働き
12:51
というものを
12:52
神様が
12:52
してくださったのだ
12:53
だから
12:54
これが
12:55
もし
12:56
喉が
12:57
渇くのが
12:58
あと
12:59
10分
13:00
早く
13:01
喉が
13:01
渇いたら
13:02
もう
13:03
そこには
13:03
何もなかったであろう
13:05
また
13:06
また
13:06
あと10分
13:07
遅く
13:08
喉が
13:09
渇いても
13:09
そこには
13:10
もう
13:11
何もなかっただろう
13:12
だから
13:13
ちょうどいい時に
13:15
神様が
13:16
喉を
13:16
渇かせてくださったのだ
13:18
という
13:20
お働きだ
13:21
という
13:22
わけですね
13:23
送り合わせを
13:27
いただくとか
13:27
そのタイミングが
13:29
合うとか
13:29
言いますけれども
13:30
外側からの
13:32
タイミングを
13:33
合わせてくださる
13:34
働きも
13:35
あれば
13:35
私どもの中の
13:37
タイミングを
13:38
合わせてくださる
13:39
働きも
13:40
ある
13:40
というわけです
13:42
その
13:43
いずれもが
13:44
神様の
13:45
お働きである
13:45
わけですね
13:46
まあ
13:48
大抵は
13:49
自分の方は
13:51
あまり意識しませんから
13:53
自分の方の
13:54
送り合わせ
13:55
自分の方の
13:57
ちょうどいい時に
13:58
喉を
13:59
渇かせてくださる
14:01
ちょうどいい時に
14:02
喉が渇いたと思う
14:04
ちょうどいい時に
14:05
あれが欲しいと思う
14:07
これが欲しいと思う
14:09
そしたらそこに来る
14:10
まあそこにある
14:11
ということの方は
14:13
あまり気づきませんね
14:15
どちらかというと
14:16
あの像が渇いたら
14:17
誰かが持ってきてくれた
14:19
ちょうどそこに
14:20
通りかかり合おうと思ったら
14:22
誰かがちょうど通りかかった
14:24
ああこれはあの人を
14:26
神様が連れてきてくださったんだ
14:28
という思い方の方が
14:31
多いように思いますね
14:33
いずれにしろ
14:34
私がそう思わせられたにしろ
14:39
ある方がそこにちょうど
14:41
気合わせた
14:43
居合わせたにしろ
14:44
神様のお働きだ
14:47
と実感として感じる
14:49
その心が大切だということなのですね
14:55
ですから神様のお働きを
14:58
神様のお働きとして実感する
15:01
ことが大切ですね
15:05
師匠の一つの独断上と言いましょうか
15:10
これはやはり一切信愛
15:12
一切が信愛だ
15:15
一切が神様の愛の現れだ
15:18
というその一切が信愛
15:21
これが八字師匠の独断上であろうと思いますね
15:26
そう活発された
15:28
そして今朝いただきますのは
15:32
そのなるほど一切が信愛だ
15:35
というその信愛だということの前に
15:39
その前に師匠は
15:42
一切が修行と分かり
15:45
行事で初めて
15:46
一切が信愛と分かる
15:49
という見教えがありますね
15:51
ですから一切が信愛だと
15:54
まあ悟れるというのでしょうか
15:57
そう実感できる
15:58
その前には
16:00
私どもの身の上に起きてくる
16:03
一切合切が
16:04
私の心を育てようとする
16:07
その修行
16:08
だというその一切が修行
16:12
といういただき方ができて初めて
16:15
一切信愛
16:16
ということが分かるということですね
16:19
悟るということでしょうかね
16:23
さらに
16:24
さらに今朝いただきますのは
16:26
その一切が信愛と分かる
16:29
悟れるためには
16:31
その前にまず
16:33
一切が神様のお働きだ
16:36
ということが
16:38
本然と分からなければならないと
16:41
悟るというのでしょうかね
16:43
気づくというのでしょうかね
16:46
一切が神様のお働きだ
16:49
と感じることができずに
16:52
一切が信愛だと実感できることは
16:56
これは難しいでしょうね
17:00
もうもしそれが思えない
17:04
それはただ頭のだけで分かっているだけ
17:07
ということになりましょうね
17:09
一切が信愛だなと
17:11
そう師匠から教えてくださるから
17:14
一切が信愛なんだと
17:17
まあそう頭の中で分かっている
17:20
というところでしょうかね
17:22
実際に肌身に
17:26
一切が信愛を感じるということは
17:29
まだまだできていない状態だと思いますね
17:33
その分かるという段階ではですね
17:36
それが一切合切
17:41
私どもの身の上に起きている
17:44
様々な出来事
17:45
ことから
17:46
それら一切が
17:48
神様のお働きだ
17:50
と
17:52
たとえ私どもに
17:54
まあ嫌なことを言う人がいる
17:57
悪口を言う人がいる
18:00
いじめというのでしょうかね
18:03
いたずらをしたり
18:04
いじめをしたりする人がいる
18:05
もちろん親切をしてくださる人も
18:09
ありましょう
18:10
そういう一切が
18:13
なるほど
18:13
おかげ
18:14
いわゆる
18:16
好都合のおかげ
18:17
これももちろん神様のお働きだ
18:20
病気が治った
18:22
これも神様のお働きだ
18:24
そしてまた
18:26
病気になったのは
18:28
では神様のお働きではないのか
18:31
というと
18:32
その病気になるのも
18:34
やはり神様のお働きの中でのことなのだ
18:37
ということが
18:41
分かるだけではなく
18:42
実感として感じる
18:44
ですから
18:46
一切合切
18:48
身の上に起きていることから
18:51
これは神様のお働きだ
18:54
お働きに違いない
18:56
と
18:57
いただけれる
18:58
そういう
19:00
実感することの
19:03
その先に
19:04
初めて
19:05
一切が信用
19:06
と
19:07
活発できるような
19:09
信心の
19:10
あり方というのでしょうか
19:13
悟りが開けるというのでしょうかね
19:15
そういうことがあるということですね
19:20
ですから
19:21
まずは
19:22
私どもの身の上に起きていることから
19:27
もちろん
19:28
私どもが心に思うこともそうですけれども
19:31
身の周りに起こってくることからも
19:35
そうだということですね
19:36
神様のお働きだということを
19:42
実感として感じる
19:43
神様のお働きを
19:46
神様のお働きとして
19:48
実感として感じていく
19:52
そこに始めて
19:53
一切が信用ということにも
19:56
なってくるわけですね
20:00
ですから
20:01
どうでも
20:02
神様のお働きを
20:05
神様のお働きとして
20:07
それこそ
20:08
一切が神様のお働きと
20:11
実感できる
20:14
ところまで
20:16
信心の
20:18
稽古というものでしょうかね
20:20
を
20:20
積み上げていかねば
20:23
なりませんね
20:24
それこそ
20:25
魚のおいしいところだけが
20:27
神様のお働きではない
20:29
食べにくいところもあろう
20:32
嫌なところもあろう
20:33
それとても
20:34
神様のお働きだ
20:35
と
20:36
さらに
20:37
そのことが
20:38
どういう
20:40
神様の
20:41
お働きであろうか
20:42
どういう
20:43
神様が
20:44
思いを込めて
20:46
その
20:47
お働きを
20:48
くださったのだろうか
20:49
と
20:50
その
20:50
神様の
20:51
思い
20:52
を
20:54
分からせて
20:55
いただこうという
20:56
信心姿勢
20:58
が
20:59
同時に
21:01
いるということですね
21:02
どうぞ
21:04
よろしく
21:05
お願いいたします
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ありがとうございます
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