- 9 分前
カテゴリ
📚
教育トランスクリプション
00:04やがていつの日か
00:07この国のすべてを
00:11僕らがこの手で
00:15変えてゆくんだったよね
00:18あの時掲げた
00:22僕らの肌だけが
00:27一人揺れている
00:31時の風の中で
00:47荒野にたたすむレンガ作りの建物
00:51舞台の本部ともいえる場所でした
00:54標本室は建物の2階長い廊下の突き当たりに
00:59ありました少年が舞台に召集されたのは1945年春14歳の
01:11少年は何の説明もないままその標本室に連れてゆか
01:16れました
01:22鼻をつくホルマリンの匂い
01:24少年の目に飛び込んできたのはおびただしい数のガラス
01:29製のホルマリン容器でした
01:32そしてその中には
01:36ガラス瓶に入った母親
01:39お腹の子供が見えるように解剖して
01:44首から上をノコギリで切った頭
01:48ホルマリンの匂いが強くて全部見るのは難しかった
01:55この舞台で一体何が行われているのか
01:59少年は標本室でその一端を垣間見ることになります
02:07たった一度だけ目にしたこの光景は少年の脳裏に焼き
02:11付きました
02:13そしてその後何度も悪夢としてよみがえったのです
02:33軍服を身にまとった男性
02:36京都大学医学部出身の軍医
02:39石井志郎中将
02:44石井が創設したのが関東軍貿易給水部
02:48通称731部隊です
02:541936年から終戦まで
02:57旧満州ハルビン郊外に本部を置き
03:01中国人やロシア人捕虜などに対する
03:04人体実験や細菌兵器の開発を行っていました
03:12およそ10年間で
03:142000人とも3000人ともいわれる人々が
03:18人体実験の犠牲になったといわれます
03:24石井のもとには
03:25帝国大学を中心に
03:27名だたる医師や研究者が集まりました
03:34一方でこの部隊に
03:3614歳の少年たちも集められ
03:39細菌兵器の製造などに従事していたことは
03:42あまり知られていません
03:491942年に創設された
03:51731部隊少年隊の集合写真
03:551期生から4期生
03:58木によっては100人以上の少年が
04:01召集されました
04:04終戦時の証拠隠滅で
04:06資料がほとんど残っていない中
04:09少年隊の存在を示す貴重な写真です
04:24私が731部隊の元少年隊員
04:27清水秀夫さんの存在を知ったのは
04:30去年春
04:31長野県で満州引上について
04:34取材をしていた時のことです
04:41満州から避難する日本人たち
04:46これを描いた大作ですよね
04:52さっきの大戦
04:53最大の悲劇の一つ
04:54満州引上
04:56軍民合わせて
04:5820万人以上が命を落としました
05:02国策に従って
05:03長野県からは多くの人々が
05:06満州に渡りました
05:08その中に
05:09731部隊に送られた少年たちも
05:13いたのです
05:22長野県宮田村は
05:23中央アルプスと南アルプスに
05:27抱かれた人口9000人足らずの
05:30自然豊かな村です
05:36こんにちは
05:37清水さんで
05:38列車いますか
05:41初めてお会いした時
05:42清水秀夫さんは
05:4493歳でした
05:47今も足腰はしっかりとしていて
05:50私たち取材クルーに
05:51コーヒーを振る舞ってくれました
05:56さらに驚かされたのは
05:58清水さんの記憶力です
06:01当時の様子を
06:02淀みなく説明してくれます
06:31清水さんの話で
06:33長野県南部から
06:34多くの少年たちが
06:36731部隊に送られたことが
06:38分かります
06:56清水さんが少年隊に入隊したのは
07:001945年3月
07:03終戦のわずか5ヶ月前でした
07:08731部隊の本部は
07:10旧満州
07:12ハルビン郊外
07:13平坊にありました
07:16これは
07:16元隊員たちの証言を
07:18元に作られた地図
07:206キロ四方の
07:21広大な敷地の中には
07:23様々な研究施設
07:25宿舎のほかに
07:26鉄道や飛行場までありました
07:34清水さんたちが
07:35寝泊りしていた
07:36少年隊車
07:38集合写真は
07:39この隊車の前で
07:41入隊した
07:42その日に
07:43撮影されたといいます
07:48異境の地で
07:49どのような作業に
07:51従事するのか
07:52少年たちには
07:53何も知らされていませんでした
07:57先生が
07:58多分私は
08:02見習い技術員だということだったから
08:05工作の好きな
08:10生徒を
08:12推薦したのではないかと思います
08:15何の見習い技術員かどうかも
08:17全然
08:19やる仕事のことは
08:21一切
08:22何のコメント
08:25何やるかが分かるな
08:3010日間ほど
08:31軍隊式の教育を受けた後
08:34連れて行かれたのが
08:35公道の横にある建物の2階
08:39最近実習室でした
08:44そこで
08:46全部
08:47脱いで
08:48消毒
08:51するわけだから
08:53だから
08:53消毒したから
08:55で
08:55箱油を
08:57切ろうということ
08:57自分の
08:58こういうのを
08:59脱いで
09:01それで
09:02あれ
09:02これは
09:04こういう
09:05衛生関係の
09:06仕事を
09:07やるのかな
09:08って
09:08そこでやっと
09:10気が付いたくらいのもんです
09:14清水さんに割り当てられたのが
09:16ネズミに付着した細菌を採取し
09:19培養する作業です
09:22菌があるかどうかね
09:25プラチナの耳隠けのようなので
09:27お尻から
09:30液を取って
09:32シャーレルに
09:35寒天を溶かした
09:36培養があるから
09:39それを
09:40ちょっと入れて
09:41蓋をして
09:44培養器の中に入れる
09:47その後の始末は
09:48一切やったことはありません
09:50いつどこへ持っていったのか
09:52分かりません
10:01731部隊跡地
10:04多くの建造物は
10:06証拠隠滅のため破壊されましたが
10:09いくつかの建物は
10:10当時のまま保存されています
10:14レンガ作りの総務部
10:16毒ガス実験室
10:19巨大なボイラーの煙突など
10:25敷地内には陳列感もあり
10:27部隊が残していった
10:29さまざまな道具や器具が
10:31展示されています
10:35実験用のネズミの捕獲機
10:38ネズミはもともと
10:40日本から空輸されていましたが
10:42戦況が悪化すると
10:44現地調達するようになります
10:48人体実験の現場を
10:50再現した展示もあります
10:54731部隊は
10:55中国人やロシア人捕虜
10:58あるいはスパイを使って
11:00人体実験を行っていました
11:05関東軍憲兵隊が残した名簿に記された
11:08特位相の3文字
11:12特別位相のことで
11:14人体実験用の捕虜を
11:16731部隊に送ることを意味します
11:21名簿には捕虜とみられる写真が添えられています
11:27人体実験の対象となった人々は
11:30木材になぞらえて
11:32マルタと呼ばれました
11:37陳列館には
11:38大小様々な
11:40ガラス製のホルマリン容器が
11:42展示されています
11:4614歳だった清水さんは
11:48舞台の中で
11:49同じようなホルマリン容器を見ています
11:54ただ清水さんが目にしたのは
11:57空の容器ではありませんでした
12:07その部屋は総務部の2階
12:09標本室と呼ばれていました
12:12清水さんはそこに
12:14一度だけ行ったことがあります
12:19指導している上官が
12:21連れて帰ったんです
12:23何と言って連れて行ったんですか
12:25はい
12:26上官は何と言って
12:28いや
12:30そのことは全然今なんで現場に
12:32いきなり
12:34いきなり
12:37そこで
12:38清水さんが見たものは何ですか
12:41いや解剖した
12:43あれだよね
12:46標本にした
12:48ガラス製にいる
12:49あの
12:54女の人の
12:55お腹にいる子供とか
12:59頭を
13:00首から上を
13:01頭を
13:01残りできる
13:03残りできるなんていうね
13:06研究のことは
13:07あるはずがありません
13:10残り切りで切った頭
13:12展示してあった
13:14そう
13:14あ
13:15こう縦に
13:15こう
13:16これが
13:19いや
13:20とてもじゃないけど
13:21めちゃくれないくらい
13:24こんな大変なことをやってる
13:26この時
13:30上官からは
13:32捕虜を解剖したものだと
13:34告げられました
13:37少年たちは
13:38お互いの作業内容を
13:40話すことを
13:41固く禁じられていたため
13:43舞台で一体何が
13:44行われているのか
13:45全体像を知るすべは
13:47ありませんでした
13:52さらに
13:53舞台の闇を感じさせる
13:55出来事がありました
13:57清水さんが仲間と
13:583人でいる時
14:00上官から
14:01パンの差し入れがありました
14:06ふかしパンだね
14:08それを
14:093つ持ってこられて
14:11上官が持ってきたから
14:14食べたわけ
14:15熱が
14:1642度3度
14:18そのパンを食べたら
14:20熱が出たんですか
14:21そうそう
14:221週間
14:23寝てた
14:253人いたでしょ
14:26仲間
14:273人食べたけれども
14:29そのうちに
14:301つだけ
14:33あったの
14:3642度を超える
14:37高熱にも
14:38かかわらず
14:39手当てが
14:40施されたのは
14:411週間後でした
14:57他にも
14:58不自然な
14:59医療行為を受けた
15:00少年たちが
15:00いたといいます
15:02自分たちも
15:03実験台だったのではないか
15:08だから
15:09少年隊員は
15:111期生から
15:124期生まで
15:15多分
15:16手のいい
15:17まぶたに
15:19するつもりじゃ
15:20なかったかな
15:21と
15:22そういう
15:22私は感じ
15:30知ってます
15:32清水さんが
15:33731部隊について語るようになったのは
15:36実は数年前のことです
15:40少年隊員には
15:41帰国してからも
15:42一切口にしないよう
15:44厳しい観光令が敷かれていました
15:48隊員とは交流してはいけない
15:50部隊のやってたことは
15:52言ってはいけない
15:54もちろん家族にも
15:56言わなかった
16:00清水さんは指示に従い
16:02秘密を忠実に
16:04守り続けてきました
16:0680歳を過ぎてから
16:08自らの体験を語り始めたのは
16:11若い世代に
16:13事実を伝えなくていいのか
16:15そんな思いに駆られたからでした
16:19最近では
16:20講演の依頼があれば
16:22応じるようにしています
16:24過ちを繰り返してほしくない
16:27そんな思惑とは裏腹に
16:30清水さんの活動が
16:31メディアで報道されると
16:33ネット上には
16:35心ない書き込みが
16:36目立つようになりました
16:40このジジイ
16:41嘘ついてやがる
16:44小学校しか出てないガキが
16:46見習い技術員だ
16:48デタラメもいい加減にしろ
16:54731部隊による
16:56細菌研究や人体実験が
16:59そもそも嘘だ
17:00などとする書き込みも
17:02見受けられます
17:05これは
17:06731部隊の隊員の
17:08氏名や
17:09本席地などが
17:10記載された名簿です
17:12そこにははっきりと
17:14清水さんの名前が
17:16記されています
17:22全く
17:23何も嘘ついているわけじゃなくて
17:25私は経験してきたことと
17:29見てきたこと
17:30やったことだけしか
17:32言っておりませんので
17:34本当のことを言って
17:43731部隊の元少年隊員
17:45清水秀夫さんは今
17:47他の隊員とも
17:49交流を深めています
17:50軽井沢ですか
18:02訪れたのは長野県軽井沢町
18:06この時96歳の
18:07砂賢菊田さん
18:10清水さんより3年先輩
18:12砂賢さんも14歳の時に
18:15入隊しました
18:21砂賢さんが唯一
18:22ハルビンから持ち帰ることが
18:24できたのが
18:25このアルバムです
18:28これは同期の隊員たちと
18:30撮影した写真
18:33入隊したのは
18:34終戦の3年前
18:36終戦間際に入隊した
18:38清水さんとは
18:39少し事情が違いました
18:44その頃全部
18:45日本中が軍国一色ですね
18:49いずれにしろ
18:51年になれば兵隊に
18:53引っ張られると
18:54そうすれば
18:55同じ行くんだら
18:571日でも早く行って
18:59少し偉くなった方が
19:00いいなって
19:01気持ちはありましたね
19:05砂賢さんは
19:06配属先が
19:07疫病対策や
19:09飲料水を確保する
19:10防疫給水部だと
19:12事前に知っていましたが
19:14まさか
19:15細菌兵器を扱うとは
19:17夢にも思いませんでした
19:20関東軍防疫給水部
19:22っていうのは
19:23分かったんですよね
19:24それは防疫給水部ってことは
19:26字の通りですからね
19:28それは全然
19:29細菌の差の字もなかったから
19:33砂賢さんが所属したのは
19:35焼き物を扱う小生犯
19:39ペスト菌などに感染させた
19:42飲みを入れる
19:42細菌爆弾の容器を作るのが
19:45仕事でした
19:47爆発の際の高熱で
19:49飲みを殺さないよう
19:50細菌爆弾は
19:52陶器でできていました
19:57800度ぐらいの派で
20:01素焼きするんですよね
20:03それから瀬戸は
20:05それから上薬に塗って
20:07また1200度ぐらいにして
20:10形はこういう
20:12普通の爆弾の
20:13図形みたいなものですけど
20:15これが細菌爆弾だなと
20:17初めてその時に
20:19分かりました
20:24731部隊は
20:25ハルビンから西へ
20:27およそ150キロにある
20:29安達の街に
20:30広大な実験場を持っていました
20:34ここで繰り返し
20:35細菌爆弾の爆破実験が
20:37行われていたのです
20:39今は実験場の跡地だったことを示す
20:42看板が立っています
20:46砂賀さんも
20:47安達の実験場を訪れたことが
20:49あると言います
20:54いくつかの証言によると
20:57捕虜たちは
20:57十字架に縛り付けられた上
21:00円の形に配置されます
21:03爆弾の破片で
21:04傷つくことを防ぐため
21:06捕虜には
21:07防具のようなものが
21:09付けられています
21:11中央部で
21:12ペスト菌などの爆弾を
21:14炸裂させ
21:15感染するかどうか
21:16実験したというのです
21:19アーティの演習場では
21:21その股を
21:25何メートル大きくか知らないかと
21:28あちこちに散らわして
21:30例えば落として
21:31何時間後には発病したとか
21:35何時間後には熱が出たとか
21:37何時間後には死亡したとか
21:39そういう研究をしたのではなくて
21:44731部隊が開発した細菌兵器は
21:47実際に中国で使用されました
21:52石膏省
21:54この町でも多くの住民が
21:57細菌船に巻き込まれ
21:59亡くなっています
22:01母や妹を亡くしたという
22:0396歳の男性に
22:05話を聞くことができました
22:21男性によると
22:22上空からペスト菌が巻かれ
22:25住民が次々と感染したといいます
22:462002年8月
22:49731部隊による細菌兵器で
22:51被害を受けたとして
22:53中国人遺族らが
22:55日本政府に賠償と謝罪を求めた裁判
23:01最高裁まで争われ
23:03賠償請求は棄却されましたが
23:06細菌兵器によって
23:07多くの中国人が死亡した事実が
23:10初めて手法の場で認められました
23:17ところが翌年
23:19当時の小泉政権は
23:23外務省防衛庁等の文書において
23:26関東軍貿易給水部等が
23:29細菌戦を行ったことを示す資料は
23:32現時点まで確認されていない
23:38裁判で原告団の代表だった大瀬さん
23:42自身もおじを細菌兵器によって亡くしています
23:49留学生として来日して以降
23:51長く日本に滞在した後
23:53支援を得て細菌戦に関する展示館を建設
23:59細菌戦が実際に行われたことを
24:02次の世代に伝えていく活動を行っています
24:25日本での裁判の結果については
24:30反省しなきゃいけないんですよね
24:32日本にとってはマイナスの遺産ですよね
24:36中国の人にとってはどうですか
24:39歴史を正確に記録する目的は
24:43やはり被害者の命の尊厳を守るの一つですよね
24:58310万人もの犠牲者を出して
25:01日本は敗れました
25:05当時から細菌兵器の使用は
25:08ジュネーブ議定書で禁止されており
25:11731部隊の幹部たちもそのことは認識していました
25:16少年たちも駆り出され
25:17徹底的な証拠隠滅が図られました
25:23清水さんは終戦の3日前
25:26焼却炉で焼かれた丸太
25:28捕虜の骨を拾うよう命じられました
25:3312日の朝
25:36骨拾いに行けということだったんですよ
25:39骨
25:40はい
25:44で骨を拾ってしまって
25:47あの朝袋を揺れて
25:50それを拾い終わったら爆弾を運べた
25:544人でロップかけて担いで
25:59各部屋へ配ったんです
26:01それが終わったら退避しろってことで
26:15731部隊の最後を目撃した貴重な証言です
26:238月14日夕刻
26:24清水さんたちは列車に乗り撤退を始めます
26:29その直前上官に呼び出されました
26:3314日の朝
26:35大社にいましたら呼び出されて
26:38拳銃と生産官を渡されて
26:42上官に
26:42結局私は14歳だから全く子供だね
26:50捕まれば標本室を見たために
26:55それをばらされると
26:58捕まったら自決しろって
27:02こういうこと
27:06清水さんは標本室で
27:09731部隊の正体を垣間見たがゆえに
27:12最後は厄介な存在とみなされたのです
27:17清水さんが終戦を知ったのは撤退の途中
27:22渡された拳銃と生産化合物は
27:25帰国を確信した
27:26津島海峡で海に投げ捨てました
27:31とにかく今で言ったら中学3年生だもんね
27:39今の若い人たちが
27:41こういった戦争の残酷さをきちんと
27:46習得してもらって
27:48やってもらわないと
27:50これからの日本はどうなのかなと思って
27:53おりますね
27:54戦争はダメですか
27:56ダメです
27:58やったらダメです
28:06敗戦が濃厚になると
28:08大人たちは守るべき子供たちをも
28:12武器に仕立てようとします
28:16戦況がすでに悪化していた
28:191944年に制作された記録映画
28:23戦う小国人
28:27国民副姿の校長が
28:29国民学校
28:30今の小学生たちに向かって
28:33激を飛ばします
28:35諸君は
28:37戦争に
28:38勝った方がいいか
28:40負けた方がいいか
28:42勝った方がいいと思うのは
28:43強み
28:50飛行訓練や手旗信号など
28:52戦争遂行のために鍛錬する
28:55子供たちの日常が描かれています
29:10教室では教師がアメリカの軍用機の飛行音を流
29:14し
29:15それを言い当てさせる授業もありました
29:29子供の純粋さ
29:31ひたむきさを
29:32とことん利用しようとしたのです
29:45満州の地で清水秀夫さんが
29:48最近の培養に従事していた頃
29:51沖縄では
29:52同じ年代の少年たちが
29:54激しい地上戦を戦っていました
30:00少年たちだけの戦闘部隊も
30:02結成されました
30:04ふるさとを守るという意味で
30:06名付けられた
30:085兄弟
30:15兵員不足を補うため
30:17招集年齢が引き下げられ
30:2014歳以上の少年たちが集められました
30:24その数およそ1000人
30:27任務は敵に気づかれず
30:30奇襲攻撃を繰り返すゲリラ戦
30:33本土決戦を遅らせることが
30:36最大の目的でした
30:42沖縄県中部の山中
30:45ここに5兄弟が活動していた
30:48痕跡が残っています
30:51こちらがタコツボ号
30:53兵が身を隠していた場所ですね
30:57少年たちが身を潜め戦ったとみられる
31:01タコツボ号
31:03この周辺では40箇所ほど確認されています
31:09できるだけ敵を1人でも殺して
31:12アメリカ軍を1日でも長くここに引き付ける
31:15まさに時間稼ぎのために
31:17不正しいと言ってもいいのかもしれないですね
31:19もしかしたらそういう意味では
31:24ゲリラ戦で命を落とした少年は160人
31:29中には怪我をして戦えないことから
31:32上官に殺された少年もいたといいます
31:4316歳で入隊し亡くなった
31:45弟の義一さんが
31:52兄の本当の死亡理由を知ったのは
31:54終戦から70年経った時のことです
32:00中止さんの証言によってでした
32:04いや銃殺されるのを見たと
32:09義一さんに兄の死の真相を伝えた
32:13元少年兵の中泊英吉さん
32:17負傷して動けなくなった兄義英さんが
32:21軍医によって射殺された
32:23その現場にいました
32:28拳銃でやられた病院の端の方
32:33毛布かぶしてね
32:36一発やってから当たらないわけ
32:40その後もう一発やってね
32:43何も言わなかったですよ
32:45軍医は
32:49満州で捕虜になるなと拳銃を渡された
32:53清水秀夫さん
32:55沖縄で捕虜になるからと射殺された
32:59高江杉恵さん
33:02日本軍にとって子供の命は軽いものでした
33:091945年6月
33:12沖縄では組織的な戦闘が終わり
33:15大人たちは武器を置きました
33:19しかし少年たちはその後も
33:21ゲリラ戦を続けたのです
33:26その過酷な体験は戦後も
33:28少年たちを精神的に苦しめ続けました
33:3716歳で入隊した
33:38漬山義満さん
33:4095歳
33:43白雪のためで
33:44ほっともだれんです
33:45手回しも頭も見ながら
33:48これが変化から
33:49これが生きた人間が
33:51僕たちは見ている
33:54凄惨な光景を目の当たりにするうちに
33:58人の心をなくしたという
33:59漬山さん
34:02戦争が終わってからも
34:03村を荒らし回るなど
34:06普通の精神状態ではいられなかったといいます
34:12国土を行こうとは
34:14あそこの海外のところにも
34:16滝をやって歩いたり
34:17海に飛び込んでいる
34:20戦争状態になっている
34:22心を自分が一人だけの
34:25自分が一人だけの
34:26戦争状態になっている
34:29一人だけの戦争
34:31その後
34:32入院治療を続けましたが
34:35心の傷は
34:36癒えることはありません
34:46今年6月
34:48沖縄の戦没者を追悼する
34:50慰霊の日
34:535筐体の慰霊碑がある小さな公園では
34:57地域の子どもたちが集まり
34:59清掃活動を行っていました
35:04訪れる人が年々減る中
35:07慰霊碑に手を合わせる
35:09漬山さんの姿がありました
35:17こんな14、15歳の子どもたちをですね
35:19戦車に戦車に飛び込もっている
35:22ということですね
35:23ものと同じく考えていた
35:25人間を物資と同じく考えていた
35:30人の命をですね
35:31戦車にするようなことは
35:34あってはいけないと
35:35そういうふうに思います
35:45清水秀夫さんが79年間
35:48思い続けてきたこと
35:51それは人体実験や細菌兵器の犠牲者に対する
35:55慰霊と謝罪のために
35:57再び731部隊の跡地を訪れることでした
36:06日中戦争当時
36:08中国で細菌兵器を製造していた
36:11旧日本軍731部隊の一員だった男性が
36:1479年ぶりに現地を訪問しました
36:20支援者たちがネットで募金を呼びかけたところ
36:24想像以上の速さで資金が集まりました
36:28中国行きを家族は反対しましたが
36:30清水さんの思いが勝りました
36:33731部隊の一員でした
36:38731部隊や土地
36:41中国メディアの関心も高く
36:43どこでももみくちゃの状態でした
36:49慰霊塔に向かい
36:50手を合わせる清水さん
36:53胸にしまい続けてきた思いを
36:55ようやく伝えることができました
37:01清水さんは私たちの主催にこう答えています
37:0779年ぶりに731の後を訪れて
37:13どんな印象を持ちましたか
37:15いやーずいぶん変わってしまって
37:18犠牲者の冥福を祈るために
37:22私は主にそれを目的にしてまいりました
37:473泊4日の短い異例の旅でしたが
37:50清水さんにとっては
37:52大きな節目となる旅でした
37:57残暑厳しい9月初め
38:00異例の旅について話を聞くため
38:03私たちは再び宮田村を訪れました
38:08わざわざ出迎えていただいてありがとうございます
38:14いえいえいえいえ
38:15暑いですねまだね
38:17どうぞ
38:17はい
38:1994歳になった清水さん
38:22旅の疲れを少しも感じさせません
38:25実は中国では批判にさらされることも
38:29覚悟していたそうです
38:32どうでした中国側の対応は
38:35いやー優しかったね
38:38対応は優しく
38:41一遍も731が解剖とか
38:47そういったことしたということが
38:51一遍もあります
38:51そのことは一遍も出なかった
38:56写真を見ながら旅の思い出を語ります
39:00731部隊跡に隣接する陳列館も訪れました
39:07そこにはあのホルマリン容器がありました
39:11背丈ほどもある容器
39:1479年前
39:15あの標本室で見た光景がよみがえります
39:20いやーちょっと胸が締められるような感じだったね
39:26やっぱり中に入ってないけれども
39:30入ってた時のあれを思い出しちゃうからね
39:35お腹の中に入っている子供までやってるからね
39:41母親の中にいた子供たちまで
39:46そのまま入って
39:49あとは上を子供が見えるように解剖して
39:55空のホルマリン容器を目にしただけで
39:58胸が締め付けられる
40:0179年前に受けた衝撃は
40:03あまりにも大きいものでした
40:09異例の旅を振り返る中で
40:11清水さんが問わず語りに始めたのが
40:14悪夢の話でした
40:19夢で731のね
40:23解剖された人たちのあれを見ましたけどね
40:28そういうことは一滴でからはちょっと
40:31今のところ出てないです
40:33原子力が
40:35一滴でからはそういう夢は見なかった
40:40それどっちかっていうと
40:41悪夢みたいな夢をずっと見てきた
40:45そう
40:46それが今回
40:48中国から帰ってきてから
40:50あまりそういった嫌な夢を見ないように
40:53今のところその
40:54あれはないです
40:59異例の旅によって
41:0179年間背負い続けた重荷が
41:04少しだけ軽くなったのかもしれません
41:17731部隊
41:19捕虜を使った人体実験
41:22細菌兵器の開発・研究
41:27戦後石井志郎をはじめ
41:29部隊を支えた医師や研究者は
41:32罪に問われることは
41:34ほとんどありませんでした
41:38人体実験で得られた医療データと引き換えに
41:42アメリカとの間に取引があったとも言われます
41:48そして彼らの多くは戦後
41:50日本の医学界で養殖に就くことになります
41:57一方少年隊員たちは
41:59口を閉ざしたまま
42:01手を差し伸べられることもなく
42:04戦後を生き抜いてきました
42:08731部隊にいた大人
42:10あるいは日本の政府
42:13行政
42:1514歳の清水さん
42:18何の手助けというか
42:20手を差し伸べることもなかった
42:22ありません
42:23全然ありません
42:25通知もきません
42:27班長も手紙もよこしません
42:31使い捨てじゃないですか
42:32使い捨て
42:34うまく少年隊員を利用しただけだと思います
42:40最後に
42:41私が投げかけた質問に対する
42:44清水さんの答えは
42:45意外なものでした
42:48731部隊のことを
42:51やっぱり清水さんは
42:53語り継がなきゃダメだと思いますか
42:57いや私は
43:01中国行ってきてから
43:03これはどうしようかなという
43:06今状態です
43:08どうしようかなというのは
43:10どういうことでしょうか
43:11やめようかな
43:13やめようかな
43:14やろうかな
43:15今迷っている
43:17それは
43:19それは
43:21私が初めて聞く
43:22清水さんの弱気な言葉でした
43:26負の歴史を語ることが
43:28まるで悪であるかのように
43:31ネット上にあふれる
43:32誹謗中傷
43:36戦後79年
43:38加害の歴史を語り継ぐことは
43:40ますます難しくなっています
43:44取材後
43:45清水さんはいつものように
43:47家の外に出て
43:49見送ってくれました
43:52いつまでも
43:52その場を立ち去ろうとしません
43:57私たちの車が見えなくなるまで
44:05ご視聴ありがとうございました
44:06ご視聴ありがとうございました
44:26ご視聴ありがとうございました
44:32ご視聴ありがとうございました
44:35ご視聴ありがとうございました