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教育
トランスクリプション
00:05医師が書いた診断書のつづりになっています
00:09発病時期や発病地といったことが書かれています
00:15佐賀の病院で新たに見つかった元日本兵のカルテ
00:21戦場で負った心の傷が国名に記録されていた
00:29敗戦から80年の月日が流れた戦後日本
00:34本当に国宝的な記録ですね
00:39今、長年封印されてきた資料が次々と発見され
00:45戦争当事者たちの知られざる素顔が明らかにな
00:49っている
00:52持ち主が生きていたらこれは門外不出だということで
00:56世に出なかったかもしれないものが
00:592代目、3代目になってくるとポンと出ることが多く
01:03なっていて
01:08そして静岡の古本屋で発見されたのは
01:12ある秘密部隊の写真だった
01:31200枚余りの写真の中に写っていたのは
01:35関東軍貿易給水部、通称731部隊
01:43戦時中、中国東北部の旧満州で
01:47細菌兵器やワクチンを開発するため
01:50人体実験を行った部隊だ
01:56若い隊員が顕微鏡を覗き込んだり
02:02現地の子どもたちを検診したりする様子
02:11それに加え、家族も参加する運動会や盆踊りなど
02:16日常生活の様子も映し出されていた
02:26敗戦とともに徹底的な証拠隠滅を行い
02:29隊員たちに公害を禁じた731部隊
02:39特に沈黙を続けた中堅、下級隊員たちの戦後は
02:45ほとんど明らかになっていない
02:50私たちは今回、写真の発見をきっかけに
02:54遺族たちの元を訪ね歩いた
03:00人体実験の犠牲になる収容者の姿を目にした
03:04元隊員たち
03:10自らの過去を抱えきれず
03:12追い詰められていく様が見えてきた
03:17ある時期からぐしゃっと潰れるようになっちゃったんですよ
03:22人間の心というものは案外脆いもんだし
03:26一度壊れたら直せない
03:3720世紀、二度の世界大戦を経験し
03:41おびただしい犠牲を出した人類
03:48しかし世界は今この瞬間も戦争を続けている
03:59戦後80年の時を経て新たに発掘される未公開資
04:04料
04:06戦争が人々の心にもたらす影を見つめていく
04:20最初に向かったのは静岡県浜松市
04:30同僚の隊員と親しげに記念写真に写るこの男性
04:35中尾武の遺族が見つかった
04:44ごめんくださーい
04:49この町で居酒屋を営んできた大村文子さん
04:58写真に父親が写っていることを伝えると
05:02父の過去を知りたいと取材に応じてくれた
05:24中尾は23歳からの3年間
05:27731部隊の軍族として働いていた
05:36戦後は結婚して農業を営み
05:392人の子供を育てた
05:44安心にいたということと
05:47とても寒かったということ
05:52それとお医者さんのお手伝いをしていたということと
05:58帰りはなんかすごい混んでる電車で帰ってきた
06:08文子さんが辛うじて覚えていたのは
06:12父が戦地から持ち帰ったという医療器具を
06:16器用に使いこなす姿だった
06:21私たちがちょっと怪我とかした時にね
06:25ちょっと手当てをしてくれた時にそれを出して
06:30だから意外とこういうことができるんだな
06:33分かるんだなって子供心に思いながら
06:39日本に戻ってきて結婚して父親になって
06:45忘れようとしてたのかしらね
06:51それしかないですよね
06:52でも忘れようと
07:03731部隊とはいかなる目的を持った部隊だったのか
07:11陸上自衛隊の資料館に残されていた
07:13陸軍軍医少佐の文書
07:20戦時中陸軍では
07:23軍事的脅威だったソビエトが
07:25細菌兵器を研究しているという情報が伝えられ
07:29その対抗策を講じることが急務とされていた
07:39ペスト
07:41コレラ
07:42チフス
07:44ソ連は今や明らかに細菌戦の用意あるを公言
07:51細菌戦防御法の研鑽は
07:54攻撃法の研究によりよく達成せらるべき
08:06昭和11年に編成された部隊が拠点を置いたのは
08:10旧満州のハルビン郊外
08:18隊長は京都大学医学部出身の軍医
08:22石井志郎
08:27舞台では日本に反発して捕らえられた
08:31中国人やロシア人などを
08:33マルタと呼んで収容した
08:41収容者はペストやコレラなど
08:43致死率の高い細菌に強制的に感染させられたり
08:48開発中のワクチンの実験に利用されたりした
08:58死者は3000人に上るとも言われている
09:07部隊は敗戦間際に主要な研究施設を爆破し
09:12証拠隠滅を図った
09:19さらに石井隊長は
09:21隊員たちに観光令を強いた
09:28その具体的な内容を示す文書
09:32戦後元隊員の下に残っていたものだ
09:41当分の間
09:43部隊員相互間の連絡は禁止する
09:52傍聴上
09:53部隊名及び部隊長名の使用を厳禁
10:02就職の際の履歴書には
10:05絶対に部隊名及び担任業務を記入せず
10:16こうした中で隊員が
10:18密かに日本に持ち帰ったとみられる今回の写真
10:24静岡の古本屋から東京の古本屋
10:27個人収集課を経て私たちが入手した
10:44専門家はこうした写真が表に出てくることで
10:48歴史に新たな光が当たるのではないかと考えている
10:56この写真撮った持ち主が生きていたら
11:00もうこれは門外不出だってことで
11:02世に出なかったかもしれないものが
11:042代目3代目になってくると
11:06そういうことはもう言われたのも忘れてしまって
11:09何の気なしにポンと出ることが多くなっていて
11:14最近そういうふうにちょこちょこ
11:17こんなものまで出てるんだっていうのが
11:18出始めてますよね
11:19まさにこれってその一つじゃないかなって思います
11:28近年旧日本軍に関する
11:31様々な未公開文書も開示が進んでいる
11:36出兵されている方とご家族
11:41私たちはその一つを使って写真を検証した
11:46昭和20年に発行された731部隊の留守名簿
11:54ここには隊員の氏名や入隊の年月日
11:58内地に残る家族の情報などが記されている
12:10それによれば隊員の数はおよそ3500人
12:15北海道から沖縄まで
12:17すべての都道府県から集められていた
12:24この名簿などの資料と
12:26今回見つかった写真を照合した結果
12:30写真に写る計26人の隊員の在籍を確認
12:36住所の手がかりを得ることができた
12:44私たちは写真と名簿を手に
12:47遺族のもとを訪ね歩いた
12:53見えてきたのは隊員たちの知られざる戦後の姿だった
13:06長野県安住野市に住む田中信子さん
13:13ふーん間違いなく信一さんですね
13:22信子さんの父田中信一は留守名簿によれば
13:2722歳から3年間731部隊に所属していた
13:41夫妻によると田中は引き上げ後
13:44農業開拓団として
13:46安住野の荒れ地を切り開き
13:48つつましい暮らしをしてきたという
13:56舞台での体験については
13:58ほとんど聞いたことがなかった
14:02何年くらいかな
14:04とにかく寒いところに行って大変だったと
14:11ところが遺品の中には
14:13自らの体験や苦しみを書き残したメモや
14:17当時の写真が残っていた
14:26それによれば
14:27田中が所属したのはレントゲン班
14:34私どもレントゲン班
14:38実験隊のレントゲンを撮るのが仕事
14:47写真の一つに信子さんが反応した
14:53小さい時からちょっと見てました
14:55小さい時っていうか
14:57どうしてこんな写真があるんだろうと
15:00人が死んで血を流している写真とか
15:02こんな気持ち悪い写真
15:03どうして持っているんだろうとは思っています
15:09田中の班では
15:11丸太の肝臓にレントゲンを照射し
15:14どこまでやると死に至るかを実験したという
15:18複数の証言が残っている
15:25性格的にも
15:28曲がったことの嫌いってはおかしいけど
15:32実直の人だと思いますけどね
15:37仕事しててもそう
15:39何にも仕事も真っ直ぐじゃなくてやり直し
15:44畑仕事で畑仕事で畑仕事で
15:46畑仕事で畑仕事で
15:46畑仕事で畑仕事で
15:48畑仕事で
15:50そのくらいだったから
15:52信勝さんの性格からしてみると
15:56本当に地獄でいたという
16:02体験だったじゃないかと思いますけどね
16:10田中は
16:12自らの罪が明るみに出ることへの
16:15恐怖も書き残していた
16:21私は解婚などしていても
16:23仕事など手につかず
16:26今日は自分が戦争犯罪で
16:29あげられるのではないか
16:32寝ても起きても
16:33先般のことばかりを思い
16:36生き地獄
16:39病気で医者に行くのも
16:41自分の名前が人に知られるのが
16:45恐ろしく思うようになった
16:57一方
16:58苦悩を書き残すことなく
17:00戦後を生きた元隊員もいた
17:07これなんですけど
17:1132歳からの3年間
17:13部隊に所属した医師
17:15矢吹玄二郎
17:24写真には
17:25矢吹が調査のため
17:27部隊の外に出て
17:29現地住民の検診を行う姿なども
17:32写されていた
17:40いやでもよく本当に残しといてくれたな
17:43なかなかこうやってきちっと
17:45名前を残してくれるってことは
17:50矢吹はなぜ部隊に入り
17:52どんな思いでいたのか
17:56今回その足跡を示す資料が見つかった
18:04今回このお話があった時に
18:07何か残ってるもないかっていうのを
18:09弟のうちに聞いたら
18:12何か大事にしてた風呂敷きづつりが
18:14一つあるよっていうことで
18:19矢吹が母校の同窓会史に寄せた
18:2225編の手記だ
18:29当時の農村における
18:31医師という職業の存在は
18:34最上級の憧れの的だった
18:41手記によると
18:42矢吹は明治43年
18:45福島の貧しい農家の
18:487人兄弟の長男として
18:50生を受けた
18:54学歴もなく
18:56経済的にも苦しかった矢吹を
18:58医学の道に導いたのは
19:02731部隊の石井隊長だった
19:10矢吹は当時
19:12末端の職員として働いていた
19:14陸軍軍医学校で
19:17石井に医者になりたいと直談判
19:2430歳にして満州の医科大学に編入し
19:28その後731部隊の隊員やその家族を見る
19:32診療部に所属することになる
19:41矢吹は石井について
19:44最大最愛の恩人と書き残していた
19:53その矢吹が所属した診療部については
19:56他の隊員がある証言を残している
20:06それは敗戦間際の昭和20年8月
20:10診療部の隊員らが
20:13扶養とされた収容者40人を
20:16毒殺したというもの
20:24ただ証言と一致するような記述は
20:27矢吹の手記には書かれていなかった
20:34マルタの毒殺とかいうことは
20:39本当だと思いますか
20:41直感的には思わない
20:47あまり親父とお話ししたことはないんですけども
20:52こういう書かれたことに関しては
20:57本当にどうだったのっていうことは
20:59ちょっと聞いてみたいですね
21:04終戦から10年後
21:06矢吹が手記に残したのは
21:08人間社会の正しい一員として
21:11生きていきたいという言葉
21:23矢吹は戦後
21:24産婦人科委員を開業した
21:30アメリカに留学するなど
21:32研鑽を続け
21:34多くの命の誕生に立ち会っている
21:44子供たちにとって
21:46惜しみない愛情を注いでくれた
21:49父親だった
21:53私は女の子だったからさ
21:57私ひとりでしょ
21:58だからわがままに
21:59というかね
22:00してくだめだね
22:04優しかった
22:23戦後
22:24口を閉ざした元隊員たち
22:28731部隊での日々は
22:30どのようなものだったのか
22:38今回見つかった写真から
22:39探ることにした
22:42写真の検証を依頼したのは
22:45旧満州の建築や歴史
22:47建築物のCG再現などに
22:50精通した専門家たち
22:54暴漢でもないですね
22:57暖かいですよね
22:59こっち側の多分
23:01皆さん
23:02日常を捉えている
23:03そうですね
23:04統合美術院って書いてある
23:06はい
23:08裏書きを残してくれて
23:09嬉しいんですよね
23:11自身者昭和18年
23:16当時の航空写真や
23:18隊員たちが残した資料なども
23:21組み合わせ
23:21再現した部隊の本拠地だ
23:28およそ2キロ四方の
23:30広大な敷地
23:35隊員たちとその家族が
23:37暮らすエリア一帯は
23:38統合村と呼ばれ
23:41人々は
23:41互いの住まいを行き来しながら
23:44交流していたという
23:50中心にある大高堂では
23:52美術展や
23:54映画の上映が行われていた
24:01隊員たちが
24:02隊員たちが参拝した神社
24:07その脇には
24:09運動会や盆踊りに
24:11供じる運動場もあった
24:17実験や研究が行われていたのは
24:20鉄条網で囲われた
24:22いわゆる本部エリアだ
24:28医学者たちの研究室は
24:30高さ10メートルを超える
24:323階建ての堅牢なビル
24:34通称ロゴー島に入っていた
24:42そしてロゴー島に隠されるように
24:44配置されていたのが
24:46七島と八島
24:49収容者の人体実験が行われた
24:52通称特設監獄だ
25:00この特設監獄の建設に携わった
25:03元隊員の手記が残っていた
25:11それによると
25:12監獄だけは
25:14中国人の労働者を使わず建てられ
25:17出入りの旅に
25:19厳重な身体検査があったという
25:27収容者の独房は
25:29一つの階に20
25:32ここで勤務していた
25:34衛生兵の証言が残っていた
25:42今月の作業は
25:44これまでに引き続いて
25:46発信チフスワクチンの注射である
25:53塔の中にある実験室で私は
25:56一人一人に詫びたいような
25:59複雑な気持ちで注射を終えた
26:05この人たちに残されたただ一つの道は
26:09各種実験にたらいまわしに使用され
26:13やがてあの世に送られる
26:16ただそれだけなのである
26:23一連の分析から見えてきたのは
26:26人体実験の施設と
26:28隊員の生活空間を
26:30厳格に切り離す構造
26:34専門家たちは
26:35感染症の蔓延を防ぐ以外にも
26:38目的があったと見ている
26:40こっちの書道の一つ
26:43かずさわる人たちの
26:46心の安定を図る必要も
26:48当然あるわけですよね
26:50隠さんなことが行われている場所と
26:54生活の空間を文字通り
26:56セパレートしていたり
26:59建築や都市定格として
27:00まさに人間の心を統制するのに
27:04役に立っていたと言えると思います
27:13実際にこの環境で生活していた
27:16存命の元隊員が見つかった
27:22よろしくお願いいたします
27:25この度はありがとうございます
27:30おぼれやがら頭に浮かんできますよね
27:33こういうロボットなんかのこともね
27:40砂賀菊田さん98歳
27:45舞台には14歳で入隊する少年隊という班があり
27:513年間そこに所属した
27:58砂賀菊田さんは1年間
28:00細菌学などの講義を受けた後
28:03細菌を散布する爆弾を作る班で
28:06働くことになった
28:13しかし徹底した分業体制が敷かれていたため
28:18人体実験を目撃したり
28:20収容者と接したりすることは
28:22一度もなかったという
28:29中の生活はそんなに暗いものじゃなかったですよ
28:34ただ研究室によって
28:38生体実験とかそんなことをしている連中は
28:41非人道的なことをやらされているから大変だったでしょうから
28:47もう全て分業使うあれですから
28:51それからその分業
28:52与えられた分業を全くするように
28:55努力しようということですよね
28:59例えばね焼け場見たことがあったんですよね
29:03焼け場から煙が出てて
29:08今日もマルツアがやられているのかなって
29:12思ったりはしたことがありますよね
29:16だけどもそういう時のあれは
29:19悲惨なあれっていうのはあんまり記憶にないですね
29:29一方取材を進めると
29:32今回入手した200枚とは別の写真が新たに見つかり
29:37731部隊の過去にとらわれ続けた
29:41元隊員の姿も見えてきた
29:47野崎幸男
29:4932歳で軍医として部隊に入り
29:52最近の生産に携わったと見られている
30:02写真を保管していたのは長男の忠男さん
30:07昭和15年に満州で生まれた
30:13これが父で母で姉で
30:17忠男さんが3歳の時
30:19ハルビンで撮影された家族写真
30:25忠男さんにはこの時期の父の鮮烈な記憶がある
30:34ある日庭の花壇を中国人が話し飼いにしていた豚が荒
30:40らした
30:41すると父がその中国人を同活したという
30:50父がその男に銃口をずっとピシッと当てて
30:55今度やったらお前を撃ち殺すぞって
30:58父が731の隊員だったということよりも
31:03むしろそうやって平気で人を殺せる立場にいた人間で
31:10人間になったということ
31:13自分はそういう人の子供だったんだと
31:20父幸男は戦後
31:22妻の地元の長野県で診療所を開業した
31:32夜になると村の有力者たちを集めて酒盛りをし
31:38そこで舞台での体験を得意げに吹い調していたという
31:46飲みをまた何トンという単位で作って
31:52その飲みにペスト菌を感染させて
31:57その飲みをまたどっか行って撒いてくるとか
31:59そういう話を酒を飲みながら大声で話をしていたんですよね
32:06やっぱり俺はこんなすごいことやってきたんだぞという
32:16しかし戦後の日本で父の言動は周囲から理解されず
32:22次第に孤立を深めていった
32:28忠夫さんが高校生の頃には
32:31酒や薬の中毒になっていたという
32:38みんなが飯を食っているときに
32:42口の中に入って半分噛んだものを
32:45みんなに出しちゃうとかね
32:50ちょっと酒飲み
32:52どんなに酒飲んでもそういう風にはならないんですよ
32:58その姿を目の当たりにし続けた忠夫さん自身もまた
33:04長年精神的な病に悩まされてきた
33:10一番父親が必要な時期に
33:14そういう父親をずっと何年も見てたんですよ
33:18それがもうずっと後になっては
33:22自分で気がついたんだけど
33:24あれが僕自身の精神にとって
33:28一番大きなダメージだったんですよね
33:34晩年 父は自ら命を絶った
33:43父にとって戦争ってのは
33:45731以外なかったと言ってもいいぐらい
33:50大きなことでしたし
33:51父の心の中で何かがずっと
33:54うずいていたんだと思うんですよね
33:57それが例えば海がどんどんどんどん生んできて
34:03ついに破れて海が出てきちゃったみたいな感じで
34:09心が壊れちゃったんじゃないか
34:19軍の上級幹部として
34:22731部隊に関わることへの葛藤を書き残していた者
34:27がいた
34:32中国に派遣され
34:336万以上の陸軍将兵を率いた司令官
34:38沢田茂田
34:44今回初めて取材に応じた遺族
34:47沢田は戦後 家族でも近寄りがたい雰囲気を漂わせて
34:52いたという
34:58戦後の私が2,3歳の頃のおじいちゃんの無職で
35:02もう怖くてね
35:03一言も喋らない
35:05目が半分見えない状態が
35:08行くともうずっとトランプ
35:10一人トランプをずっとしてて
35:12行っても全然話をしない
35:14怖いおじいちゃん
35:19沢田は現地で何を見たのか
35:23遺品の中から見つかったのは
35:26沢田が中国戦線での日々をつづっていた
35:29人中記録
35:34昭和17年
35:35沢田は自身が指揮する中国での侵攻作戦の一部で
35:41731部隊の細菌兵器を使用するよう命を受けた
35:49その作戦に疑問を感じ
35:52明確に反対したことを記していた
36:00大本営は東方向に石井部隊の使用を考えあるが
36:05如し
36:07反対なる旨
36:08海賃死を蹴り
36:12日誌関係に100年の傷跡を残す
36:17かつまた利害なく
36:18我が方貿易の手続きだけ厄介なり
36:25山中
36:26田舎の百姓を犠牲にして
36:29何の益あらん
36:36石井隊長からも直接説明を受けた沢田
36:42大本営の決定は覆らず
36:45作戦は決行されることになる
36:51石井少将
36:52連絡のため来着す
36:55その報告を聞いても
36:57あまり効果を期待しえざるが如し
37:04効果なく
37:06弊害を起き本作戦を何故強行戦とするや
37:10了解に苦しむ
37:18参謀の記録によると
37:20中国の少なくとも7地域で
37:23ペスト菌がのみを使ってまかれ
37:28これらの病原体などが
37:30井戸や貯水池に投入された
37:38一方
37:40細菌兵器との因果関係は分かっていないものの
37:44沢田の指揮下で戦った部隊の回想や記録には
37:49戦場で日本兵がペスト菌に苦しめられたという
37:53記述が残っている
37:59作戦当時
38:01またペスト焼結を極め
38:04我が将兵は
38:06敵ならぬこの恐るべき病菌とも
38:09戦わねばならなかった
38:16沢田は
38:17自らが指揮したこの作戦で
38:20亡くなった兵士たちの名簿を持ち帰っていた
38:27戦後
38:28目が不自由だったにもかかわらず
38:31名簿から巻物へ
38:34一人一人の名前を書き写していた
38:42軍司令官の方がこういう戦時死亡者アレン名簿を
38:45持ち帰るっていうのは
38:46あまりちょっと私聞いておくことがないですね
38:48小倉屋のためにね
38:50やはり相当な思いがあったんだと思うんですね
38:54だから今になって思ったらやっぱり
38:57あの当時のおじいちゃんのすごいものを背負って
39:00そうですね
39:01いらしたんだろうなっていうことがね
39:03今の年になると分かりますね
39:11敗戦間際の混乱も
39:13下級隊員たちにトラウマを与えていた
39:27長野県宮田村の元少年隊員
39:30清水秀夫さん
39:31当時15歳
39:34731部隊の証拠隠滅作業に携わっていたという
39:44昭和20年8月9日
39:46ソビエトが日ソ中立条約を破り
39:49満州に侵攻
39:55この時部隊の上層部は
39:57研究施設を破壊し
40:00収容者を殺害するよう指示
40:03清水さんは
40:05焼却した遺体の骨を集めるよう命じられた
40:1420人から30人くらいの骨じゃなかったかと思います
40:20そんなに焼けなくて
40:23いくらかでもね
40:24生のようなこともあったけれども
40:31その後
40:31日本に引き上げる道中で
40:34敵に捕まった場合は
40:36機密を漏らさないよう
40:38自決することを命じられたという
40:43拳銃と生産昆布
40:48捕まったら
40:51即座に
40:52自殺しろということ
40:59故郷へ帰ると
41:00清水さんを731部隊に送り出した
41:04学校の先生が迎えに来ていた
41:09林先生も散々心配したので
41:13帰ってきて
41:14達郎の駅まで
41:18迎えに出てくれて
41:22これは偉いところに
41:24やってまったと
41:32そう言って
41:34言われたもんでね
41:35私たちもそんな
41:38恨まわけでもないから
41:42大丈夫だっつって
41:44先生に言ったけれどもね
41:56清水さんは戦後
41:58小屋孫を抱くたびに
42:00よみがえるある光景に
42:03苦しみ続けてきたという
42:08かわいい番組に会えば
42:10ある赤子のホルマリン漬けを
42:13覚え出してなりません
42:15あの子たちが
42:17こういう風に
42:19抱かれるようなことも
42:21だったら幸せだったろうなと
42:25そういう考えがあります
42:28いや本当に
42:31何も分からない子供たちがね
42:34標本になってしまうなって
42:412年前初めて舞台の跡地を訪ね
42:46犠牲者に祈りを捧げた
42:58部下たちに証拠隠滅を命じた後
43:01日本に帰国した石井隊長
43:08戦後アメリカに人体実験のデータを提供していた
43:21私を細菌兵器の専門家として
43:24アメリカで雇っていただきたい
43:29将来ロシアとの戦争に備えるにあたり
43:33私の20年に及ぶ研究の成果を提供することができます
43:43戦争犯罪の訴追を免れた石井は
43:47昭和33年初めて開かれた少年隊員たちの集まりに
43:53顔を出している
43:58諸君は731部隊員であったために
44:03抽選を引き上げてきて
44:05いろいろと迷惑されたことと思う
44:09それについては誠に申し訳なく思っている
44:15しかし現在はむしろ反対に
44:17国家を救う研究機関731部隊に勤務していたことを
44:23誇りに持っていただきたい
44:29石井部隊は戦犯ではないのだから
44:46731部隊の存在が隠され
44:49忘れ去られていくことに抗った元隊員がいた
44:57山口県下関市の渡田雅子さんは
45:01今回初めて舞台にいた父の足跡を
45:05詳しく知ることになった
45:12連絡がなかったら全く開けてみることもなかったものですね
45:21当時19歳の衛生兵だった父和田十郎
45:27昭和20年8月ソビエト軍との戦闘に投入され
45:32多くの戦友を失い
45:34自らはシベリアに抑留された
45:44帰国後和田の心にくすぶり続けたのが
45:48幹部たちが生き延び
45:50戦後も責任を問われなかったことへの疑問
45:59自ら立ち上げた小さな造船会社を
46:02息子に引き継いだ後
46:04家族に何も知らせずに取り掛かったのが
46:08舞台の全容解明だった
46:18731舞台は
46:20私の人生の中で
46:2220年、30年にも感じられる何かがあった
46:29あの日、あの時
46:30一体何があったのか
46:34どうしてそうなったのか
46:37できるだけ書き残すことが必要ではないか
46:44731がやってみたことは当然忘れろ
46:47だけど君たちの存在も忘れろ
46:50だから自分の存在って何だったんだろう
46:55戦友の存在も何だったんだろう
46:59それをもう一度問いかけたかったんですよね
47:07和田は舞台の戦友たちに
47:10証言の協力や資料の提供を求めて
47:13手紙を送り続けた
47:19しかし
47:25当時を思い出すのが嫌ですから
47:28遠慮させていただきます
47:33現在
47:34委員を開業中のみなので
47:37731に対する詮索だけは
47:40ご遠慮くださいますよう
47:42くれぐれもお願い申し上げます
47:50晩年は病室にも資料を持ち込み
47:54調査を続けた和田
47:57しかし
47:58舞台の確信に迫ることはできないまま
48:03志半ばで亡くなった
48:16今
48:17新たに発掘されつつある
48:19戦争当事者たちの写真や資料
48:26戦争があらゆる人々の心に
48:29決して拭い去ることができない
48:32記憶を残すという現実が
48:35浮かび上がった
48:41戦火の絶えない時代に生きる私たちは
48:45ここから何を学ぶことができるだろうか

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