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教育トランスクリプション
00:02関東軍防衛機給水部いわゆる731部隊戦時中
00:10極秘に人体実験を行い細菌兵器を開発していた特
00:16殊部隊です
00:23戦後も歴史の闇とされてきたこの部隊
00:2970年近く埋もれていた幻の音声記録がロシアで見
00:35つかりました
00:54日本の敗戦から4年後
00:57細菌戦部隊の関係者を裁くために旧ソビエトで
01:02開かれたハバロフスク裁判
01:05その音声記録です
01:15細菌兵器開発のため
01:18生きた人間を使い人体実験を行っていたことが
01:23国名に証言されていました
01:28秘密中の秘密というのは最新戦をもって
01:32今以上やるという研究をやったということと
01:36それから人体実験を行ったという2つの点であります
01:43ビランガスを人体実験に使用して
01:49手とか足、顔がビランガスに向かって
01:53立たれて流通の中に入っているのを見ました
02:00生きたまま実験材料とされ
02:03亡くなった人は3000人に上るとも言われています
02:13人体実験はどのように拡大していったのか
02:20新たに発見された音声記録と資料で迫る
02:24その全貌です
02:39中国東北部の都市ハルディン
02:47ロシア人が建設したこの国際都市は
02:51日本軍の拠点となっていました
02:58ハルビンの郊外20キロ
03:01731部隊の本部跡が今も残っています
03:10破壊された建物の残骸
03:14敗戦間際
03:15部隊の存在を隠すために爆破されました
03:26当時の写真です
03:28部隊は周囲数キロに及ぶ広大な敷地で
03:33極秘に研究を進めていました
03:37四角い形の3階建てのビルには
03:41冷暖房を備えた最先端の研究室が並んでいたとい
03:45います
03:48その中央に周囲から見えない形で牢獄が設置され
03:54実験材料とされた人々が囚われていたといいます
04:01日本の関東軍は1931年
04:05中国東北部に進出
04:09その後
04:09傀儡国家満州国を建国しました
04:18731部隊が編成されたのは1936年
04:25国境を接し軍事的脅威となっていたソビエトに対
04:30抗するため
04:31細菌兵器を開発したのです
04:36部隊を率いていたのは
04:39軍医石井志郎です
04:43当時細菌兵器は国際条約で使用が禁止されていました
04:49しかし防御目的の研究はできるとして
04:53開発を進めました
04:58最大3000人の部隊員によって進められた細菌兵器の
05:04開発
05:07敗戦とともに部隊は証拠を隠滅したため
05:11実体は闇に包まれてきました
05:25今回私たちは
05:26およそ70年ぶりに
05:28731部隊の歴史を明らかにする
05:31新たな資料にたどり着きました
05:36モスクワにある国立音声記録アーカイブです
05:45ここに731部隊幹部らの肉声が記録された
05:50音声テープが残されていました
05:5622時間に及ぶ
05:58ハバロフスク裁判の音声記録です
06:06裁判は終戦から4年後の1949年
06:11ソビエト軍によって開かれました
06:20裁かれたのは
06:21逃げ遅れた731部隊の幹部や
06:25部隊を管轄する関東軍の幹部ら
06:2812人でした
06:34音声記録では
06:36部隊による人体実験の詳細が
06:40証言されていました
06:41音声記録は
07:11菌がどのように繁殖したか
07:14または減ったか等を検査しました
07:18そして完全に菌が増殖しているのを
07:24差し込めてから
07:27それを
07:30満州人と
07:33シナ人に約
07:345,6名の人間に対して
07:39食べさせました
07:50はい
07:52全員感染しました
08:00致死率の高い細菌を使って
08:02人体実験を繰り返したと
08:05語られました
08:09ペストの実験をする建物があります
08:13その建物の中に
08:17約
08:184,5名の
08:20囚人を
08:21入れまして
08:22家の中に
08:23ペストの実験を
08:24散布させて
08:28そしてその後
08:29その実験に使った囚人は
08:32全部
08:33ペストにかかったと
08:34言いました
08:40これは
08:41731部隊の隊員が持っていた
08:44中国人の写真です
08:47こうした人々が
08:48部隊に送られ
08:50実験材料にされたといいます
08:58当時日本軍は
08:59日本に抵抗する
09:01中国やソビエトの人たちなどを
09:03貴族と呼び
09:05スパイや思想犯として捉えていました
09:09その囚人たちを
09:11実験材料としていたと
09:13証言されたのです
09:20731部隊の本部につけられた
09:23東証実験室の後です
09:30日本軍の東証対策のためとして
09:33人体実験を行ったという
09:35証言もありました
09:42第一部の内村
09:45から来ましたところによりますと
09:50極寒気において
09:58約0か20度ぐらいのところに
10:02監獄におります人間を外に出しまして
10:05そこに大きな
10:10扇風機をかけまして
10:12風を送って
10:14その囚人の手を凍らして
10:19東証を人工的に作って
10:22研究しておくことを言いました
10:25そうして東証が人工的に
10:30できた場合は
10:32小さな棒でその指を叩くと
10:36板のように固くなると
10:39吉村は言っておりました
10:43その人体実験を
10:45自分で見たのは
10:481940年の
10:50しかし12月頃だったと思います
10:53まずその研究室に入りますと
10:56長い椅子に
10:585名の
10:59中国人の
11:01囚人が腰をかけております
11:04それで
11:06その中国人の
11:08手を見ますと
11:123人は
11:15手の指がもう
11:16全部黒くなって落ちておりました
11:19残りの2人は
11:23指がやはり黒くなって
11:25ただ骨だけ残っておりました
11:35ソビートが明らかにした
11:37人体実験の実態
11:40しかしこれまで
11:41国際社会では
11:43大きな注目を集めることは
11:45ありませんでした
11:49冷戦時代
11:51大国アメリカとソビエトは
11:54鋭く対立していたからです
12:03ソビエトが各国で出版した
12:06ハバロフスク裁判の
12:08後半記録です
12:16アメリカなど西側諸国は
12:20裁判での発言は
12:21ソビエトが強制したものであるなどとして
12:25信ぴょう性が薄いとしてきたのです
12:35今回新たに音声記録が発見された
12:39ハバロフスク裁判
12:42私たちはその内幕を取材しました
12:50ここにソビエトが
12:52裁判のために集めた
12:54膨大な証拠書類が
12:56保存されていました
13:16ソビエトは
13:18日本軍の機密文書や
13:19日記などを押収
13:23これをもとに
13:254年にわたって取り調べを重ね
13:28裁判に臨んでいました
13:37元KGB商工で
13:39ハバロフスク裁判を
13:4140年以上研究している
13:43ラブレンツォフ氏
13:47ソビエト側は
13:49被告と人体実験の関わりを
13:51複数の資料と証言で
13:53裏付けていたと言います
13:57まあ、すいません
13:58ну вот, например
14:00это
14:01перевод дневника
14:02командующего
14:03Квантунской армии
14:04Ямада Отодзор
14:06почему этот дневник
14:07приобщен к делу
14:09дело в том
14:10что
14:11нужно было доказать
14:12о том
14:13что командующий
14:13Квантунской армии
14:15был
14:16в курсе
14:17событий
14:18проведения
14:19опыта
14:19и все прочее
14:20что такого-то числа
14:22он допустим
14:22встречался с
14:23генералом
14:24Иси Исина
14:35そびえとが膨大な証拠をもとに裁判で特に責
14:40任を追及したのが
14:42山田乙蔵総司令官です
14:46731部隊が所属していた関東軍の最高責任者でした
14:55後半記録に記された山田の供述です
15:03あなたは細菌兵器の研究及び大量生産関係の業
15:08務に通じていたわけか
15:12はい私は承知していました
15:17何の反論もせず罪を認めたとされる山田
15:23こうした記述が証言は強制されたものだという疑惑を生んで
15:28きました
15:31しかし音声記録を確認すると
15:35山田が追及に対して何度も抵抗していたことが分かって
15:41きました
15:44отряд731、 отряд100、フィリアウル этих отрядов
15:49были расположены поблизости от границ Советского Союза
15:52не такですか?
15:54間違いありません
15:55ただし私は731部隊を初度巡視した時に
16:01報告を受けたに違いないのでありますが
16:04その事実を忘れておりまして
16:08今回調査を受けるに至って初めて
16:11調査官から証拠処理
16:15すなわち関東軍命令を示されまして
16:19それによって思い出したのであります
16:25ご協力の研究および製造に従事しておったということは
16:51承知しておりました
16:52詳細には承知しておりません
16:59後半記録とは異なり
17:02詳細には承知していないと証言していた山田
17:07事実をめぐって被告たちは反論していたのです
17:16ソビエト側は山田の命令で
17:19731部隊を視察した人物を出庭させ
17:23追及しました
17:30調査官
17:45編集団
17:49見ましたが
17:51その
17:52見たところにおきましては
17:54四五十人の囚人が
17:57おりました
17:59私は
18:01この人体実験に
18:03使われたところの
18:05使われ
18:06重い症状を呈しているところの
18:09二三の人間を
18:11見ました
18:14скажите
18:15вернувшись
18:16из расположения
18:18отряда
18:18штаб
18:20Квантунской
18:20армии
18:21кому
18:22вы
18:22доложили
18:23о
18:23результатах
18:24проведенного
18:25вами
18:25инспектирования
18:26отряда
18:27на
18:27светосредставили
18:44こうして
18:45山田も
18:46人体実験や
18:47細菌兵器開発の
18:49実施について
18:50認めていったのです
18:56но
18:56вы
18:57подтверждаете
18:58свои показания
18:59от 5 ноября
19:0049
19:01года
19:02я
19:02убедился
19:03в том
19:03что его
19:04производственная
19:05мощность
19:06была
19:06достаточной
19:07для
19:07применения
19:08бактериологического
19:09оружия
19:09в широких
19:10масштабах
19:12как
19:12вы
19:12видите
19:13вас
19:13да
19:13подтверждаю
19:15так
19:16Ямада
19:18который
19:19занимал
19:20в императорской
19:21Японии
19:21такие
19:22высокие
19:23государственные
19:24посты
19:26что
19:26применение
19:27бактериологического
19:28оружия
19:30запрещается
19:31международными
19:32конвенциями
19:35承知して
19:35いました
19:36да
19:37знал
19:37института
19:56それは、それを私が知っておったと、知っておらなかったとにかか
20:02わらず、全ての責任を負うべきものであるということをよく
20:07自覚しております。
20:1540年以上、731部隊を研究してきた神奈川大学名誉教
20:20授の常石圭一さんです。
20:27音声記録が見つかったことで、ハバロフスク裁判の歴
20:32史的な価値を見直すべきだといいます。
20:40後半記録にはそういう細かなところが全部落ちちゃっているわけです
20:43よね。
20:43だから後半記録、この文字だけ見ると、何ていうのかな、筋書き
20:48どおりにスイスイスイスイと進んでいるように見えるんだ
20:50けど、
20:51実際に音声聞いてみると、決して筋書きどおりではなく
20:55て、記録としてこれは非常に信憑性があるんだと。
20:59その意味ではこの音声ってすごく大事だなと思っています。
21:07731部隊の闇に新たな光を当てる音声記録。
21:14今回の発見によって、731部隊が人体実験を拡大さ
21:20せていった詳細な過程が明らかになってきました。
21:28731部隊を創設した部隊長、石井志郎。
21:35石井はなぜ人体実験を行う部隊を生み出したの
21:40か。
21:49石井が部隊設立へと動き出したのは、1931年、満州事
21:55変の頃とみられています。
22:00満州国の建国をめぐって、日本と各国との軍事的な
22:05緊張が高まっていました。
22:19音声記録では、石井が各国の軍事情勢を視察し、
22:25部隊の設立を訴えていたことが証言されていました。
22:31石井の上司だった、関東部、梶塚軍医部長です。
22:38石井は、ヨーロッパの旅行から帰ってまいりまして、
22:44今日は、昨年、洋学校の教館に任じられました。
22:53その頃から、世界各国の情勢は、
22:59主なる国が、みな最新選の選挙をやっているように思われ、
23:03でもしも、日本が、この方面の研究を全くやらなかったならば、
23:10将来戦において、極めて困難な立場になるであろう。
23:17石井は、部隊の設立について、
23:21表向きは、細菌兵器から日本軍を守るためとしていました。
23:27しかし、実は、当初から、細菌兵器による攻撃を目指して
23:32いたといいます。
23:38彼は、我々の医学者方面の同僚には、
23:45この防御の研究が必要でないかというふうに、彼は言いました。
23:54彼は、他の方面、
23:57絶縁省参謀本部の有力なる人々に対しては、
24:04防御ということのみならず、
24:06もしも攻撃がこれをもってできるならば、
24:11極めて有力になる作戦であるということを、
24:17こういった、ということを言いでおります。
24:20たびたび言いでおります。
24:27当時、石井の直属の部下だった軍医の士気が残さ
24:31れていました。
24:36石井が特に動向を注視していたのが、
24:39ソビエトだったと記されています。
24:44最近、参謀本部に入った情報によると、
24:48ソ連では細菌戦の研究が盛んになり、
24:52満州を基地として試験を行っているとのことでした。
24:57ソ連の細菌暴力の一端が判明し、
25:01石井軍医は日本軍でもぜひ、
25:04この細菌戦研究所を設立する必要があると、
25:09陸軍省や参謀本部の当事者を説得しました。
25:15石井が脅威だと訴えていたソビエト。
25:26これはソビエトの科学研究所の映像です。
25:31動物実験を繰り返す様子が記録されていました。
25:41ソビエトの細菌兵器の専門家、
25:44ヒョードロフ博士です。
25:481920年代、
25:50世界各国が密かに細菌兵器を研究する中で、
25:55ソビエトも力を注いでいたといいます。
26:03細菌兵器による戦争に備え、
26:06ソビエトは真剣に準備をしていました。
26:10あらゆる研究や実験を行い、
26:13各国との開発競争で、
26:16ソビエトは優位に立っていたのです。
26:24ソビエトの脅威を訴えていた石井は、
26:27早くから人体実験に踏み込んでいました。
26:32すでに、
26:33部隊設立の4、5年前から、
26:36秘密裏に人体実験を始めていたと証言されています。
26:42ご視聴ありがとうございました。
26:59ご視聴ありがとうございました。
27:23イシーの軍医だけで研究をしたとみられています。
27:29当時、
27:30石井らの極秘研究を支援した関東軍参謀、
27:34遠藤三郎の日記です。
27:38人体実験に立ち会った時の様子が、
27:41国名に記されていました。
27:47石井軍医生来たりて、
27:50最近戦準備の必要を説明す。
27:53速やかに実験せしむべく処置す。
27:5911月、
28:01毒ガス毒液の試験、
28:04各2名ずつ、
28:05貴族につき実験す。
28:09肺炎を起こし、
28:10渋滞なるも、
28:12昨日よりなお生存しあり、
28:172万ボルト電流による電撃は、
28:20数回実施せるも死に至らず、
28:24最後に注射により殺し、
28:282人目は連続数分間の電流通過により、
28:32消死せしむ。
28:35床に尽きしも安眠しえず。
28:41こうした人体実験は、
28:43部隊発足に向けた、
28:45石井の周到な準備だったと、
28:47見られています。
28:51人体実験って、
28:53本当に役に立つのかどうなのか、
28:56人体実験、役に立ったかどうかって、
28:58やってみないとわからない。
29:00組織者としての石井志郎の、
29:02非常に緻密であり、
29:05用意周到で、
29:07用心深いところで、
29:10いきなり大きいものを作るのではなくて、
29:11いつでもなかったことにできるような状況で、
29:15大体のことをやってみて、
29:17これはもっと大きくしても大丈夫なんだと、
29:19いうことを確認してね、
29:21次の段階に進んでいった。
29:261936年、
29:29関東軍は、
29:30正式に731部隊を発足させました。
29:35石井は、
29:37ハルビン郊外の広大な敷地に、
29:39研究所を設置、
29:41実験の規模を、
29:43拡大していきます。
29:47石井は、
29:49細菌兵器で、
29:50大量に感染させるためには、
29:53人体実験が必要だと、
29:55上司に訴えていました。
30:15電線病の流行を起こすということが、
30:24考えたよりも、
30:25非常に難しいものであるということが分かった。
30:32それで、
30:36これは、
30:36なぜ電線病にかかるか。
30:38ただ、病原菌があったというだけでは、
30:42すぐに大げな流行を起こすということが、
30:46難しいので、
30:48体の方の条件、
30:51感染される人間の方の体の条件という方面を、
30:57研究しなやならんと思う。
31:04細菌兵器の開発が容易ではないと気づいていた石井。
31:15当時細菌学は新しい研究分野でした。
31:23国内では動物実験が行われていましたが、
31:28人間が細菌に感染する詳細なメカニズムは、
31:32まだ解明されていませんでした。
31:41石井は、
31:42人体実験に必要な人材を、
31:45次々と引き込んでいました。
31:48失礼します。
31:49あっこんにちは
31:50あっ鶴瓶さん
31:51今日よろしくお願いします
31:54当時を知る元部隊員の一人
31:57須永菊田さんです
32:02貴重な資料を保管していました
32:05731部隊の戦友会が戦後まとめた名簿です
32:24731部隊に所属していた医学者たちの出身大学と
32:29名前です
32:32石井は高度な医学知識を持つ東大や京大出身
32:37などの専門家を大量に集めていたのです
32:45こうした医学者は技師と呼ばれ、
32:48商工クラスと並ぶ地位を与えられていました
32:53医学者たちは人体実験を主導していきます
33:02戦友会が作成した部隊の組織図です
33:09部署は細菌ごとに分けられ、全国から集められた専
33:14門家が配置されていました
33:20その一人、チフス菌研究の責任者、田部井かなう
33:30京都大学出身の医学者で、チフス菌を使った細菌
33:35兵器の開発を任されていました
33:43生きた人間を、さまざまな条件において、死ぬまで観察
33:48していたと、田部井の部下が証言していました
33:53昭和18年の不正だと記憶しています
34:03ワクチンの効力検定をやるために
34:09中国人、それから漫人を約50名余り、人体実験に使用しました
34:26予防接種も、1回やったもの、2回やったもの
34:32または寮において、いろいろな葉をつけて
34:41里の水を作って、里の水の中に
34:46地物菌を入れて、そしてそれを強制的に飲ませて
34:57細菌に感染をさせて、そして
35:03その全体実験によって、亡くなった人は12、3名だと記
35:08憶しています
35:17実験データを得るために、大規模な人体実験を行
35:21っていた田部井
35:25部隊から巨額の金を受け取っていました
35:34京都大学にその証拠が残っていました
35:42文部省と京都大学の間の往復文書を年ごとに
35:48閉じていると、そういった資料ですね
35:52これは、731部隊から京都大学に送られた文書です
36:00最近研究の報酬として、現在の金額で500万円近い金額
36:07が田部井に支払われていました
36:16731部隊は、巨額の国家予算で第一線の専門家を
36:22集めていたと見られています
36:27確実な数字は、ただいま記憶しておりませんが
36:31大体の数字を申しますと
36:34昭和15年度におきましては
36:37大体1000万円に近い予算が使われていたように記憶してお
36:43ります
36:49そして、731部隊は、大量感染を引き起こす細菌爆弾
36:55の開発に乗り出します
37:03爆弾の容器は、細菌が熱で死滅しないよう、わずかな火
37:09薬で割れる陶器で作られていました
37:22細菌爆弾を試すため、野外の実験場で大規模な人
37:27体実験が繰り返されていたと証言されています
37:40昭和20年の1月、自分は会長の命令によって
37:46安田の野外実験場に参りました
37:51そこにおきまして
37:55第二部長の碇中佐と、二木基地の被災で
38:03ガスガングレーンに関する実験を行っているのを自分は
38:08見ました
38:10使用しました囚人は10名ありました
38:17その10名は半円を描いて、約5メートルないし10メートル
38:24の間隔で
38:26木に後ろ向きになって座られておりました
38:33そして、その半円の中心のところに爆弾を置きまして
38:41約100メートルくらい離れたところで電気によって爆発しました
38:48あとで、碇中佐と二木基地にこの結果を聞きましたところによ
38:57りますと
38:59全部、重症なガスガングレーンにかかって死んだということを自分
39:03は聞きました
39:11731部隊の隊員が持っていた中国人の写真
39:18こうした人々が部隊に送られ、実験材料にされたとい
39:23います
39:27関東軍は人体実験の材料として人々を集める制
39:33度まで作っていました
39:42関東軍が憲兵隊に出した命令文書にその内容が記
39:47されていました
39:50特異扱いと呼ばれる制度です
39:58憲兵隊が捉えた囚人の中で
40:01逆スパイとして利用価値がないと軍が判断した人
40:07罪状が軽くても釈放しないと軍が判断した人など
40:13裁判を経ないで731部隊へ送れるようになっていたのです
40:23この制度で集められ、実験の材料とされた人たちの
40:27中には
40:29女性や子供も含まれていたと証言されました
40:33ご視聴ありがとうございました
40:40おりました。
40:41были。
40:44おそらくロシア人だと思います。
40:47одна из этих женщин была с грудным ребенком?
40:51持っておりました。
40:54после того, когда человек подвергался заражению
40:57соответствующими бактериями,
40:59его лечили в тюрьме отряда или нет?
41:03治療します。
41:04после того, когда он выздоровлевал, что с ним происходило?
41:09相当長い機会を置きました後に
41:12また他の実験に供されるのが常であります。
41:17и так делать до смерти человека?
41:24そういうことになります。
41:25да так делать
41:30大勢の命を人体実験の材料として使っていた医学者
41:36たち。
41:39彼らにとって満州は国内ではできない研究ができる場所
41:43だったと証言していました。
42:12次回予告
42:25戦争が泥沼化していった1940年代
42:31731部隊はついに最近兵器の実践仕様に踏み切
42:36ります。
42:41中国中部の複数の都市で少なくとも3回細菌を散
42:47布。
42:49細菌兵器による攻撃は国際条約で禁止されていました
42:54が、
42:55日本は批准しないまま密かに使用しました。
43:01私がおりました間のことに申しますと、
43:06昭和16年に第1回、それから昭和7年に1回、
43:16九州において第731部隊の派遣隊は、中国の軍隊に
43:22対して細菌武器を使用しました。
43:29これは参謀本部の命令によるのであって、主な目的は地
43:37上において、地上工作によって細菌を散布して、それでこれをも
43:44って敵を感染させるという方法を行うということでございます。
43:52さらに、軍だけでなく、民間人にまで感染を広げる目的
43:58で、中国の集落に細菌をまいたと証言されています。
44:08731部隊の第4部で持って、最良生産をされた菌を、
44:16日本軍の使っている金の水筒に、それを全部移し替えました。
44:26そして、現地で持って、水筒の水筒は、そのまま直接、井戸、沼、沼、
44:35河奥等に散歩しました。
44:501945年8月9日、ソビエトが満州に侵攻します。
44:59部隊は、研究施設を破壊し、全ての囚人を殺害。証
45:07拠を徹底的に隠滅しました。
45:15日本軍に、証拠している大きな技術、この下野党の相当と
45:21は坂東軍総司令官、山田乙奥面άλoraは、ソビエト
45:28に抑留され、ハバロフスク裁判で、かけられたのです。
45:42731部隊の幹部のほとんどが
45:46いち早く日本へ逃げ帰っていました
45:50戦後、罪に問われることなく
45:54医学界の重鎮として帰り咲いていきました
46:01チフスキン研究の責任者だった
46:04田部井かなう
46:06京都大学の教授となり
46:09細菌学の権威となりました
46:16部隊長の石井志郎
46:21ソビエトは石井を裁判にかけるよう主張しましたが
46:25裁かれることはありませんでした
46:32石井たちの罪をなかったものにしたのはアメリカでした
46:42アメリカの国立公文書館
46:49石井らがアメリカと取引をしていた証拠が残っていました
46:55長年機密とされてきたGHQの報告書
47:03石井は部隊員の罪を問わないことを条件に
47:08人体実験のデータをアメリカに提供していたのです
47:21チフスキン研究の責任者
47:23田部井の供述書もありました
47:31田部井はチフスキンを繰り返し中国人に飲ませ観
47:35察した
47:36人体実験の詳細なデータを差し出していました
48:03人体実験のデータは
48:05極めて残虐で非人道的な方法で集められていました
48:11731部隊の証拠は存在し
48:14人体実験は行われました
48:19歴史的資料は全て我々のもとにあったのです
48:28ハバロフスク裁判から7年後
48:31被告たちは御社によって帰国しました
48:39ソビエトから追及を受けた
48:42元関東軍総司令官山田乙造
48:47自宅に戻った時の映像です
48:57731部隊の行為から目を背け続けてきた日本
49:13ハバロフスク裁判の音声記録は
49:17歴史の闇を正面から見つめる大切さを
49:21今、私たちに問いかけています
49:53ハバロフスク裁判の音声記録は
49:54ハバロフスク裁判の音声記録は