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  • 4 か月前
師匠大坪総一郎師は、真の信心とは安心のおかげを頂くことでありますと天地金乃神様からお知らせを頂いておられます。神様は、神様の願いを忘れないようにと人間氏子に書附を渡しておられます。いわゆる天地書附です。和らぎ賀ぶ和賀心になってくれよと言う神様の願いです。それは安心のおかげを頂いてくれよと言うことでもあります。

ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
トランスクリプション
00:00ご理解第58節
00:12人が盗人じゃと言うても、戸敷じゃと言うても、腹を立ててはならぬ。
00:18盗人をしておらねばよし。戸敷じゃと言うても、もらいに行かねば戸敷ではなし。
00:24神がよく見ておる。しっかり信心の帯をせよ。
00:30一話の割り気がある。緩んでいる。数本加えたらしっかりとしまった。
00:36しっかり信心の帯をせよ。とはその内容を加えていくことである。
00:42人は気、すなわち心のこと。
00:49ここにありますね。腹を立ててはならぬ。
00:56教祖様のご理解。
00:57腹を立ててはならぬ。
01:03なぜ腹を立ててはならないのか。
01:07それは、神様の願いにかなわないからということになりましょうかね。
01:16腹を立てるというところには、腹がありますね。
01:22腹があるから、腹を立てる。
01:26自分の思い通りにことが運ばない。
01:29誰かに八つ当たりをする。
01:32腹立たしく思う。
01:34一切の事柄が自分の思い通りにことが運ぶときに、腹を立てるような人はほとんどいないと思いますね。
01:48思い通りにことが運ばない。
01:52そこにイライラしてくる。
01:54いわゆる腹が立つ。
01:57言った通りにしてくれないから腹が立つ。
02:00思い通りにならないから腹が立つ。
02:05ということでしょうからね。
02:08その我を取ってしまえば、腹が立たなくなるのかもしれませんね。
02:15新人の稽古とは、我情、我欲を外す稽古だと。
02:20なぜ私どもが腹を立てるのか。
02:23それはやはり我というものがあるからだと思いますね。
02:27ああしたい、こうしたい、あああったらいい、こうあったらいい、という我ですね。
02:36このお道の新人の要というものは、やはり天地駆けつけということですね。
02:46その天地駆けつけ、それは天地金の神様が教祖様に、
02:57掻き溜めておけと、そして宇治子に渡せと。
03:02いわば、これは掻きつけだと。
03:06買い物に行くでも、それこそ、物事、買うもの品ですか、
03:12を忘れないように掻きつけていくであろうと。
03:15遠くまで買い物に行って、帰ってきた、しまった、あれを買い忘れてた、
03:24ということがよくあるものですね。
03:29その買い忘れたりしないようにメモをしていく。
03:33そして、そのメモを見ながら買い物をする。
03:37そして、買ったか買わないかチェックしていく。
03:43収集をつける、というようなこともありましょうね。
03:47その、いわば、書きつけというわけです。
03:52いつでも、どこでも、忘れないように、心に欠けるものだと。
04:01さあ、どこが心に欠けるべきものなのか、ということですけれども、
04:07今朝、いただきますのは、
04:12もし、それが私どもの願い事であるならば、
04:19私どもがあれが欲しい、これが欲しい、
04:23というものであるならば、
04:25それは、駆けつけをする必要はないわけですね。
04:32なぜ忘れるのか、買い物に行って忘れる。
04:36それは、あれも買わなくちゃ、これも買わなくちゃ、
04:40と思っているけれども、
04:42実際には、それほど必要ではなかったり、
04:47何が何でも今必要だ、
04:50というものに関しては、
04:53買い忘れることは、ほとんどありませんね。
04:56あ、今日はあれを買いに行こう。
04:58今日は卵がないから、卵を買いに行こう。
05:02と、卵を買いに、その目的で行く。
05:06買いたいというものが、はっきりしているからですね。
05:10その時に、あ、しまった。
05:13卵を買い忘れた。
05:15ということは、ほとんどないでしょうね。
05:19ついでに、卵がもう切れそうだから、
05:22今度スーパーに行ったら、買っておこう。
05:26と、まあ、ついでに買っておこう、
05:30という程度のことならば、
05:33忘れるかもしれません。
05:34今日言いたいのは、
05:39自分が欲しいものならば、
05:41決して忘れることはなかろう、というわけです。
05:47ということは、
05:48天地書き付けということは、
05:51一体何なのだろうか。
05:53これは、いわば、
05:58子供が買い物に行く。
06:01親が、これとこれとこれを買ってきてくださいね、
06:04と、
06:05駆け付けをして渡す。
06:08そういうようなものでは、
06:10ないでしょうかね。
06:11子供は、
06:13自分のお菓子を買いに行こうとする。
06:16それこそ、
06:18先日のグリコではありませんが、
06:20子供は、
06:21おまけ付きのグリコを買いに行こうとしている。
06:24そこに、
06:26母親が、
06:28スーパーに行くなら、
06:29ついでにこれも買ってきてちょうだい、
06:31と、
06:32メモ紙を渡す。
06:35まさに、
06:36買い忘れのないように、
06:39忘れてしまわないように、
06:41駆け付けに、
06:43なんと言いましょうかね、
06:45紙切れにでも、
06:46書いて渡す、
06:47ということになりましょうね。
06:52人間が、
06:53自分で願うことに、
06:57それを忘れるようなことは、
07:00あまりなかろうと思います。
07:02しかし、
07:03親から言いつけられた、
07:05これを買ってきてちょうだい、
07:08忘れないようにね、
07:09というものに関しては、
07:12忘れる可能性が大きいですね。
07:17ということは、
07:18何のために駆け付けを渡すのか、
07:21それは、
07:23親の願い、
07:23を忘れないように、
07:26それを忘れないように、
07:28ということではありませんかね。
07:33してみると、
07:34その天地駆け付け、
07:36というものは、
07:38子供が、
07:39願う願い事ではなく、
07:42親が、
07:43子供に対して、
07:44願う願い事、
07:46という色合いのほうが、
07:49強いと思いますね。
07:53いわば、
07:54天地金の神様が、
07:56人間うじ子に、
07:58願っておられる、
07:59このことを、
08:00忘れないでくれよ、
08:03いつどういう中にあっても、
08:05いつでも、
08:06忘れないでいてくれよ、
08:08というものが、
08:09天地駆け付けだと。
08:11ですから、
08:13おかげは、
08:14我が心にあり、
08:15という、
08:16その我が心を、
08:17忘れないでくれよ、
08:19いつでも、
08:20我が心になってくれよ、
08:22という、
08:23神様の、
08:24願い、
08:26を、
08:26駆け付けとして、
08:28渡されている、
08:30と、
08:31いただくのが、
08:32まあ、
08:33順当なところでは、
08:34ないでしょうかね。
08:36ですから、
08:38イカミコン公大臣、
08:39天地金の神、
08:41一心に、
08:43願う、
08:45神様が、
08:46一心に、
08:46願っておられる、
08:49それこそ、
08:49おじ子が、
08:50人間おじ子が、
08:52和らぎ喜ぶ、
08:53我が心になることを、
08:55一心に、
08:56願っている、
08:59ということでは、
09:00ないでしょうかね。
09:02今月、
09:03今日で頼め、
09:05と、
09:05それは、
09:06おじ子の方も、
09:08自分が、
09:09我が心になることを、
09:11自らも、
09:13頼んでくれよと、
09:15まあ、
09:15自分でも、
09:16願えよ、
09:16ということでしょうね。
09:18神様が、
09:19人間おじ子が、
09:21和らぎ、
09:22喜ぶ、
09:22我が心になることを、
09:24願っている、
09:26と、
09:26そのことを、
09:27忘れないでくれ、
09:30そして、
09:30あなたも、
09:31願ってくれ、
09:33というのが、
09:34天地覚醒の、
09:37まあ、
09:37いろいろな意味合いが、
09:38あるでしょうけれども、
09:39一つの、
09:40大きな意味合いだと、
09:42思いますね。
09:45師匠、
09:46大坪総一同士の、
09:47またの見教えに、
09:49あるとき、
09:50神様から、
09:51誠の信心とは、
09:53安心のおかげを、
09:55いただくことです、
09:57と、
09:58いただいておられます。
10:01神神、
10:01というけれども、
10:02おかげ神神であったり、
10:04お願い神神、
10:05お礼神神、
10:06まあ、
10:06いろいろな神神の、
10:07形があるのでしょうけれども、
10:10その中でも、
10:11いわゆる、
10:12誠の神神、
10:13と、
10:14言われるもの、
10:15その誠の神神をすると、
10:17安心のおかげが、
10:19いただける、
10:20というわけですね。
10:23誠の神神を、
10:25していないから、
10:26安心が、
10:27いただけない、
10:29とも、
10:29裏を返せば、
10:30言えるのでしょうね。
10:32この天地書き付けに、
10:34あります、
10:35我が心、
10:36和らぎ喜ぶ、
10:37我が心、
10:39これは、
10:40どういう心か、
10:43もし、
10:43そこに、
10:46腹が立っておったら、
10:47これは、
10:48我が心ではありませんね。
10:50腹立たしい心、
10:51イライラした心、
10:52または、
10:56心配な心、
10:57さあ、
10:58どうなるだろうか、
10:59といったような、
11:01心配する心、
11:04そういう心配があったり、
11:06腹を立てておったり、
11:07イライラ、
11:07もやもやしておる心、
11:09そこに、
11:10安心はありませんね。
11:13安心しておれる心、
11:15それはもちろん、
11:17安心しておれるということは、
11:19心配もなければ、
11:20不安もない、
11:22不安、
11:22心配、
11:23イライラ、
11:23もやもや、
11:24肌立ち、
11:25そういうものの中に、
11:27とても、
11:28安心の心は、
11:30生まれませんね。
11:32ですから、
11:34そういう、
11:36私どもの、
11:38諸々の、
11:39いわゆる、
11:40安心とは、
11:41ほど遠いような心、
11:44和らぎ喜ぶ心とは、
11:46ほど遠いような心、
11:48を見つけ出し、
11:50一つ一つ、
11:51まあ、
11:52取り除いていかねばならない。
11:54どうしたら、
11:55腹を立てずに済むだろうか。
11:57どうしたら、
11:58イライラしなくて済むだろうか。
12:00どうしたら、
12:01このもやもやがなくなるだろうか。
12:04どうしたら、
12:05それこそ、
12:06不安や、
12:07心配な心が、
12:08なくなるだろうか。
12:10ということに、
12:11目を向けて、
12:12それを取り除く、
12:14努力がいるというわけですね。
12:16まあ、
12:18わがままであったり、
12:20やはり、
12:21画像、
12:22画像、
12:22画像、
12:22画像が、
12:23元になっていることに、
12:25違いありませんね。
12:28ああ、
12:28あってほしいとか、
12:29こうあってほしいとか、
12:31ああ、
12:31したい、
12:31こうしたい、
12:32といったような、
12:33画像や、
12:34画像を、
12:36外さなければ、
12:38それらがあるから、
12:40喧嘩にもなる、
12:42腹も立つ、
12:43不安、
12:44心配がある、
12:45さあ、
12:46それこそ、
12:47明日支払いができるだろうか、
12:49明日の食べ物があるだろうか、
12:52それは、
12:52明日食べたい、
12:55といったような、
12:56自分で何とかしよう、
12:57という心が、
12:59やはりあるからでしょうね。
13:01神様任せで、
13:02大安心、
13:03とも教えてくださいます。
13:05神様任せに、
13:06慣れていないから、
13:08ということもありましょう。
13:09では、
13:11その安心のおかげをいただく、
13:14神様任せで、
13:15大安心の心をいただくには、
13:18どうしたら、
13:19いただけるのか。
13:20ただ、
13:24話を聞いて、
13:27教えをいただいて、
13:28ああ、
13:29神様とは、
13:30そういう方か。
13:31なるほど、
13:32神様は、
13:33人間、
13:33無事故の幸せを、
13:34願っておられる神様なんだ、
13:37と、
13:38頭で分かっただけでは、
13:40何か物事が起こってきたら、
13:43すぐ、
13:44心は動揺します。
13:47不安になります。
13:48心配が起こってきます。
13:53その不安、
13:54心配、
13:55そういうものが起こらないようになるには、
13:58どうあったらよいのか。
13:59これはやはり、
14:01信心の稽古以外にありませんね。
14:04稽古です。
14:051にも稽古、
14:062にも稽古、
14:083にも稽古。
14:09それは、
14:10神様のお働きを感じる、
14:13神様のお心を感じる、
14:15稽古をする以外にありませんね。
14:19師匠が、
14:19よく、
14:20その、
14:20もう、
14:21しておられましたことの中に、
14:23身にご理解にもありますが、
14:25その、
14:26お医者さんが、
14:27まあ、
14:27外科のお医者さんでしょうね。
14:29自分の子供を手術する。
14:33それが、
14:34できるようになったら、
14:361人前だと。
14:37それは、
14:38手術をする腕に、
14:39自信ができたからだと。
14:43もし、
14:44それこそ、
14:44手術をして、
14:46失敗するだろうか、
14:47うまくいくだろうか、
14:49と、
14:50その、
14:50自分の腕に、
14:51自信のない時には、
14:53とても、
14:55できませんね。
14:56自動車の運転でも、
14:58そうですね。
14:59はじめのうちは、
15:01心配です、
15:02不安です、
15:03ぶつかりはしないだろうか、
15:04誰かがぶつかってこないだろうか、
15:07と、
15:08まあ、
15:08いわゆる不安心配がある。
15:10しかし、
15:11それを、
15:12体験を積み重ねることによって、
15:15何気なく、
15:17それこそ、
15:18不安も、
15:19心配もなく、
15:20運転ができるようになる。
15:21そのためには、
15:25車を運転するという、
15:27体験を積み重ねなければならない。
15:31ですから、
15:32私どもが、
15:33ただ神様は、
15:34こういう神様ですよ、
15:36と、
15:36聞いただけでは、
15:38不安心配は、
15:40なくならない。
15:41日々の生活の中に、
15:44なるほど、
15:44神様が助けてくださるな、
15:47なるほど、
15:47神様が、
15:49お守りくださっているな、
15:50あ、
15:52こういう神様の心なのか、
15:55という、
15:55そういう、
15:56新人体験、
15:58神体験、
15:59というものを、
16:00積み重ねていく中に、
16:02初めて、
16:05安心の心がいただけれる。
16:08何が起こってきても、
16:09あ、
16:09これも神様のお働きの中だ。
16:12神様が、
16:13私の幸せを願っての、
16:15神様のお働きの中だ、
16:18という実感が、
16:19いただけられるようになる。
16:21そのためには、
16:23やはり、
16:24一つ一つ、
16:25おかげをいただいていくという、
16:27実体験も、
16:29いりますね。
16:31その、
16:32実体験、
16:33神様のお働きを、
16:35体験していく、
16:37一番の、
16:38近道、
16:39早道、
16:40それが、
16:41それが、
16:42今、
16:43起こってきている、
16:44成り行きを、
16:45大切にさせていただく、
16:47尊、
16:47ということでも、
16:50あるわけですね。
16:52その、
16:52成り行きを、
16:53大切にする、
16:55尊ぶところに、
16:57あ、
16:57これは、
16:58神様のお働きだ、
17:00と、
17:00感じさせずには、
17:02おれない、
17:02神様の、
17:03お働きが、
17:05あるのです。
17:05ですから、
17:09なるほど、
17:10成り行きを、
17:11大切にしてよかった、
17:12ああ、
17:13神様が、
17:13お守り、
17:14お守りくださったな、
17:16ああ、
17:17こういう、
17:18神様の、
17:19お心であろうか、
17:21というものを、
17:22成り行きを、
17:23大切にしていくことの中に、
17:26感じ続けることができる。
17:30その、
17:30神様を感じる、
17:32体験の積み重ねによって、
17:34初めて、
17:35安心の心が、
17:37いただけられる。
17:38その、
17:39安心の心が、
17:40いただけられるところに、
17:42和らぎ、
17:42喜ぶ、
17:43我が心も、
17:44いただけてくる、
17:45ようになる。
17:48ということになりますね。
17:51ですから、
17:53愛楽理念の母体は、
17:54成り行きを、
17:55大切に、
17:55尊ぶことだ。
17:57と、
17:57その成り行きを、
17:58大切に、
17:59尊ぶことによって、
18:00神体験の積み重ねができ、
18:03その、
18:03神体験の積み重ねによって、
18:05安心の心が、
18:07も、
18:07生まれてくる。
18:09そこから、
18:10初めて、
18:10和らぎ喜ぶ、
18:11我が心ということにも、
18:13なってくるわけですね。
18:16しかし、
18:16これは、
18:17その気になっていなければ、
18:19できません。
18:23その気になり続けることのために、
18:26書き付けがいるのです。
18:28ついつい、
18:30私どもは、
18:31忘れてしまいます。
18:32忘れてしまって、
18:34画像を出します。
18:35画欲を出します。
18:36イライラ、
18:38もやもや、
18:39腹立ち、
18:40不安、
18:41心配が、
18:43起きます。
18:45そういうときに、
18:46書き付けを思い出し、
18:48いやいや、
18:48これではいかん。
18:49我が心になろう。
18:51どうしたら、
18:52我が心になれるだろうか。
18:53という、
18:54精進努力が、
18:56いるわけですね。
18:58そのための、
19:00書き付けである。
19:01それは、
19:02神様の願いを、
19:03忘れないでくれよ、
19:05という、
19:06書き付けである。
19:08とも、
19:09言えますね。
19:11どうぞ、
19:12よろしく、
19:12お願いいたします。
19:15ありがとうございます。
19:23ご視聴ありがとうございました。
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