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  • 4 か月前
合楽理念の取扱説明書を作るにあたって、先ず明記するべきことは合楽理念は道具であると言うこと。そしてそれは釘を打つための道具や、木を切るための道具ではなく、真の助かりを得るための道具であると言うこと。道具であるから持っているだけでは役に立たず、正しく使って初めてお役に立つと言うこと。

ご覧頂き有り難うございます。
(御理解の保管庫へ): https://www.gorikai.wagakokoronet.org/
トランスクリプション
00:00ご心訓一つ
00:11我が心で我が身を救い助けよ
00:15真は力なり神を信ずる力量のことです
00:2250件持てる人100件持てる人200件平気で持てる人
00:28これは義とか技ではありません
00:32本当の力量です
00:35我が身を救うと言うても他人を救うと言うても
00:40神を信ずる力なしには救えません
00:43神を信ずる力なしには救えません
00:52この人を救う自らをも救うということですけれども
01:03どうしたらまずは自らが救われることができるのか
01:09そしてまたさらにどうしたら人をも救うことができるようになるのか
01:17昨日いただきますように
01:23愛楽理念
01:25師匠大坪総一郎氏が説かれた
01:30教えてくださる愛楽理念
01:32その取扱説明書のようなものを作ってはどうかということなのですが
01:41その愛楽理念の取扱説明書
01:47のまず第一は何だろうかと思います
01:54愛楽理念の取扱説明書
01:58それは愛楽理念とは何かということかもしれませんね
02:05まず第一にかかればならないことは
02:12愛楽理念とは道具であるということではないかと思いますね
02:18愛楽理念とは道具である
02:22何のための道具か
02:25それは人が真実助かることのため
02:29真実の助かりを真の助かりを得ることのための道具である
02:36あるいは真の幸せになるため
02:39真の幸福を得るため
02:41とも言えるかもしれませんね
02:44そしてそれは同じように
02:46真の助かりであり
02:48真の幸福であり
02:51またのそれを具体的な別の表現ですれば
02:56いわゆる教祖様が教えてくださる
02:59和らぎ喜ぶ我が心
03:01いついかなるどういう中にあっても
03:04和らいでおれ喜んでおれる心
03:07この我が心をいただく
03:10ことのための道具である
03:12ということが
03:15まず取扱説明書としての
03:18第一に明記しておかねばならないことではないかと思いますね
03:25と申しますな
03:29多くの方が愛楽理念を誤解しているところがあるように思うのですね
03:39私ども修行生もそうですけれども
03:46多くの修行生が
03:48師匠大坪総一郎氏の下で修行をさせていただき
03:53すだたすだつですね
03:55すだたせていただきましたが
03:57師匠の下で修行をするということの一つには
04:05いわゆる普通の
04:08何と言いましょうかね
04:11宗教家がする修行というようなものもあるのでしょうけれども
04:16その一つは愛楽理念をマスターするということがありますね
04:22ただここでマスターするということは
04:26師匠がよく愛楽理念のマスターと使われる言葉は
04:32愛楽理念を身につけるということの
04:36もう一つ手前の
04:37頭でマスターするということのマスター
04:41ということの方が
04:44使われ方としては多いように思いますね
04:49ですから師匠の下で
04:51多くの修行生が集まり
04:55三次の研修というものがあっておりました
04:58先生方がその日の朝の師匠のご理解を
05:05聞いてまとめたものを発表されるわけですね
05:10それは素晴らしい発表もあります
05:14また自分で感じたことを述べられる先生もおられます
05:20そういういわば研修会というものを通じて
05:27愛楽理念とはこういうものだ
05:29師匠の教えとはこういうものだ
05:32といういわば師匠が教えられたことを学ぶわけですね
05:36そうやってある意味
05:40愛楽理念を頭の中でマスターする
05:43というのでしょうかね
05:44その
05:48修行生の一つの
05:52修行内容というものが
05:56師匠が教えてくださる愛楽理念を
05:59やっぱりマスターするという表現でしょうかね
06:04理解するというのですか
06:07分かるということですね
06:11ですから
06:12ある意味において
06:15愛楽理念というものは
06:18師匠大坪総一郎氏の
06:21身教えの集合体だ
06:23愛楽理念は
06:25いわば師匠大坪総一郎氏の
06:28その教えの集合体
06:30
06:33理解しておられる
06:36方たちというのでしょうかね
06:39そういう修行生の方が
06:41多かったように思いますね
06:44まあそれはその
06:47研修の時に
06:49師匠の
06:51その日の朝のご理解を
06:52いただき直して
06:55研修するわけですから
06:56またいろいろな教令会であったりすると
07:02教令の
07:03まあ
07:03新人話というのでしょうか
07:05おかげをいただいた話
07:06教えに取り組んだ話
07:09などがあるわけですけれども
07:11それはどういう教えだと
07:14いわゆる師匠の教えが
07:16中心になりますね
07:18ですから
07:21ある意味
07:22教えを勉強する
07:24という教えの勉強会
07:26のようなものでも
07:27あったわけですね
07:29ですから
07:30黙って納めるとか
07:33泥の心とか
07:36天の心とか
07:37地の心とか
07:39天の心とは一体
07:41どういう心であるか
07:42与えて与えて
07:44山の潤しの心だと
07:45地の心とは
07:47どういう心か
07:48受けて受け抜く
07:50受け抜く心だと
07:51しかもそのことを
07:53自らの心の
07:54根小屋市として
07:55それこそ
07:56より良いものを育てる
07:58きれいな花を咲かせたり
08:00おいしい果実を
08:01実らせたり
08:02そういう
08:03そのことのための泥
08:05いわば心の泥というのでしょうか
08:09それを
08:10肥やしていく
08:12根小屋市
08:13いわゆる私どもの
08:15身の上に起きてくる
08:16様々な事柄を
08:17根小屋市として
08:18自らの心の土壌を
08:20肥やしていく
08:21のが
08:23泥の心だと
08:24しかもそれを
08:25日月のごとく
08:28天地の運行
08:29運行ですか
08:30お天とおさまや
08:31お月さまの
08:32運行のごとく
08:33正確無比に
08:35休むことなく
08:36実に
08:37丁寧な心を
08:39持って
08:39貫く
08:41
08:41日月の心
08:43ですね
08:44天の心を
08:46一つ忘れましたが
08:47これは
08:48やはり
08:49人の助かりを
08:50祈る心も
08:51天の心でしょうね
08:53与えて与えて
08:55
08:55何のために
08:56与えるか
08:57これは
08:58一見すると
09:00泥の心で
09:01与えるということも
09:03ありますからね
09:03いわば
09:05くれと言うから
09:06やる
09:06それは
09:07くれと言われた
09:08ものをやる
09:09いわゆる
09:09泥の心で
09:10与えるということですね
09:12そうではない
09:14泥の心から
09:15ではない
09:15純粋に
09:17天の心から
09:17与える
09:18向こうが
09:19くれと言われないのに
09:21こちらから
09:21やろうという
09:22それこそ
09:23向こうの人の
09:24助かりを願って
09:25与えるという
09:26わけですからね
09:27いわゆる
09:28天の心
09:29本当の意味において
09:30の天の心
09:31泥の心から
09:33来るところの
09:34天の心に
09:36似たような
09:37心ではない
09:38天の心としての
09:40天の心
09:41師匠は
09:44それこそ
09:45八号目までは
09:46泥の心で
09:48上り
09:48後の二号は
09:50天の心で
09:51頂上に
09:52たどり着く
09:53心の頂上
09:55というのでしょうかね
09:56私どもが
09:57治めるべき心
09:58天の心
09:59地の心
10:00日月の心
10:01
10:03山登りに
10:05例えられますね
10:06いわば
10:09そういう
10:10何と言いましょうか
10:12愛楽理念
10:12
10:13説かれるところの
10:15心の味を
10:16こうあれば
10:17助かる
10:18あああれば
10:19おかげが
10:20頂ける
10:21といったような
10:23いわゆる
10:24身教え
10:25
10:25としての
10:27愛楽理念
10:28という
10:29頂き方の方が
10:31多いというのか
10:33多くの人が
10:35そう頂いておられるように
10:36思います
10:37ですから
10:38ある意味
10:40愛楽理念を
10:40マスターする
10:41愛楽理念を
10:43覚える
10:44思い出る
10:44思い出る
10:45思い出る
10:49そしてそれを
10:50もって
10:51不況に出る
10:53まあ
10:54そうすれば
10:55人が助かる
10:57というふうに
11:00思い
11:01思っていた
11:03人たちが
11:04多いのでは
11:05なかろうか
11:06と思いますね
11:07愛楽理念は
11:09もう
11:09十分に
11:10頂いた
11:11聞いたと
11:12読んだと
11:13勉強したと
11:15もう
11:15そして
11:16いわゆる
11:17身につけたと
11:19まあ
11:20習い覚えた
11:21というわけですね
11:22これで
11:23もう
11:24人が助かるぞ
11:25しかし
11:27現実には
11:28どうかというと
11:30あまり
11:30人が助かっている
11:32ふうでは
11:32ありませんね
11:34もちろん
11:35これは
11:35私も
11:36ご多分にもらえず
11:37私も
11:38その通り
11:38あまり
11:39人が助かっている
11:40とは
11:41思いませんね
11:42なぜか
11:44それは
11:45愛楽理念
11:48
11:49道具である
11:50ということを
11:52見落として
11:53いたから
11:54ではないか
11:55と思うのですね
11:56ですから
11:57まず
11:58第一に
11:59愛楽理念とは
12:01何か
12:01愛楽理念とは
12:03教えの
12:05集合体ではない
12:06愛楽理念とは
12:08道具である
12:09ということなのです
12:12そして
12:14その道具の
12:15内容の
12:16母体となるもの
12:17それは
12:18何を
12:19大切にする
12:20
12:21ということが
12:22その愛楽理念の
12:24母体だ
12:24と教えて
12:26くださいますね
12:27そういう
12:29いわゆる
12:30ああすればよいのだ
12:32こうすればよいのだ
12:33というような
12:35いわゆる
12:36内容の
12:37取り扱い
12:38ということになって
12:39くるのでしょうけれども
12:40その前に
12:42まずは
12:43愛楽理念は
12:44道具だ
12:45ということを
12:48しっかり
12:48明記しなければ
12:50ならない
12:51抑えておかねば
12:52ならない
12:52ところだと
12:53思うのですね
12:55ですから
12:57道具ですから
12:58愛楽理念を
13:00持っていった
13:01というだけでは
13:02愛楽理念を
13:03身につけた
13:04というだけでは
13:05正直
13:06役に立ちません
13:08道具を
13:09持っていっても
13:10例えば
13:12金槌なら
13:13金槌を
13:14持っていく
13:15のこなら
13:17のこを
13:17持っていく
13:18ドライバーなら
13:20ドライバーを
13:20持っていく
13:21持っていっただけでは
13:23役に立ちませんね
13:25使わなければ
13:27役に立たない
13:28道具は
13:30使って初めて
13:31役に立つものです
13:33
13:35使わせて
13:36いただいている
13:37カメラも
13:38さあ
13:39カメラを
13:40買ってきた
13:41そして
13:42購入させて
13:43いただいた
13:44いいカメラを
13:45購入させて
13:46いただいたな
13:47
13:48そしてそれを
13:49机の上に
13:50置いておくだけでは
13:51まあ
13:53重しぐらいには
13:54なりましょうけれども
13:55カメラ本来としての
13:57役には
13:57立ちませんね
13:58やはり
14:00その取扱説明書を
14:02よく読んで
14:03三脚
14:05七三脚
14:06立てて
14:07スイッチを入れて
14:08シャッターを押して
14:09初めて
14:11カメラとしての
14:12役が立つことになります
14:14愛楽年もやはり
14:16同じですね
14:17愛楽年は
14:19道具なのですから
14:20使わなければ
14:23道具として
14:23使わなければ
14:25値打ちがない
14:25愛楽年は
14:28役に立ちません
14:29とおっしゃった方が
14:31おられるそうですけれども
14:33それは
14:33愛楽年を
14:35道具として
14:36使っていない
14:37ただ
14:37愛楽年を
14:38持って
14:40出た
14:40というだけの
14:42ことでは
14:43ないかと
14:44思うのですね
14:45使わなければ
14:49値打ちは
14:49出ません
14:50では
14:52どうやって
14:53使うのか
14:54というのが
14:55これからの
14:57愛楽年の
14:58取扱説明書
14:59ということになるのでしょうね
15:02その前に
15:05愛楽年は
15:06道具の道具である
15:07それを使わなければ
15:11値打ちは
15:11値打ちはないのだ
15:12ということを
15:14まず
15:15明記しなければ
15:17ならない
15:17私どもが
15:18何と言いましょうかね
15:21腹切れをしなければ
15:23ならない
15:23そしてその
15:25愛楽年を
15:25どうやって
15:27使うのか
15:28ということが
15:30しかも
15:31しかも
15:31それは
15:31何のために
15:32使うのか
15:33何のための
15:35道具であるのか
15:36カメラは
15:38写真を
15:38撮るため
15:39金槌は
15:41釘を打つため
15:41愛楽年は
15:43人が
15:44真実
15:45助かるため
15:46真実
15:47幸福になる
15:49和らぎ喜ぶ
15:50我が心を
15:51いかなるところ
15:52いかなる
15:53状況の中に
15:54おいてでも
15:55和らいで
15:56喜んでおれる
15:57心を
15:58いただくため
15:58
16:00道具である
16:01ですから
16:04その道具として
16:05使おうと
16:07まず
16:08はまり返りますね
16:10ためには
16:12勉強しなければ
16:15ならない
16:15ということになりますけれども
16:17そして
16:17勉強した後に
16:19それを
16:20道具として
16:21使う
16:22術を
16:23覚えなければならない
16:24実際
16:25使わなければならない
16:27ということなのですね
16:29どうぞ
16:32よろしく
16:32お願いいたします
16:34ありがとうございます
16:49ご視聴ありがとうございました
16:51ご視聴ありがとうございました
16:52ご視聴ありがとうございました
16:54ご視聴ありがとうございました
16:56ご視聴ありがとうございました
16:58ご視聴ありがとうございました
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