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ライフスタイルトランスクリプション
00:00こんばんは
00:18今夜の驚き桃の毛20世紀はこの方の物語です
00:21芸術は爆発だでおなじみの岡本太郎さんです
00:26今夜は今年の1月7日に亡くなった岡本太郎さんの爆発人生をご紹介してまいりたいと思います
00:33早速こちらからご覧ください
00:35座ることを拒否する椅子という名の椅子がある
00:41座ると尻が痛む思わず立ち上がり振り向くと
00:47そこに椅子が微笑んでいる
00:50作ったのは世紀の反逆寺と言われた男
00:56岡本太郎
00:58全ての常識に噛みついた芸術家
01:01彼ほど時代に嫌われ
01:04そして彼ほど時代に愛された芸術家はいなかった
01:08なんだこれは
01:10私の目的は激しくあること
01:14そして同時代のものに不快を与えることだ
01:18褒められれば怒り
01:20けなされれば噛みつく
01:22何をしても何をしなくとも結局は爆発する
01:27顔は瞬間瞬間の発見だ
01:31どんなものにも顔がある
01:33グラスの底に顔があったっていいじゃないか
01:37天才革命家プレイボーイ
01:48彼につけられた数々の形容詞
01:51どれが一体彼の本当の姿なのか
01:55平成8年
01:58彼はその真の姿を見せぬまま行った
02:02だが彼の残したものは語り続ける
02:09代表作太陽の塔には
02:12彼の一世一代の反逆の思いが隠されていた
02:16彼を育ったのは常識では計り知れない芸術家家族
02:22岡本太郎は父と母
02:25そして母の愛人とともに暮らしていた
02:29独身主義者と言われた太郎
02:34しかし彼には50年間連れ添った一人の女性がいた
02:39岡本敏子さん
02:50何だって言えないわ
02:51宇宙だって言えない
02:56彼女はたった一人
02:59太郎の本音を聞いた人
03:01岡本太郎
03:03その絢爛たるパフォーマンスの裏側にあった
03:06さまじき魂
03:07全ての常識に噛みついた岡本太郎さんの戦いぶりと
03:16そしてその爆発人生を支えていきました
03:19二人の女性の物語をお送りしたいと思います
03:21今夜のこの物語を一緒に見ていただくゲストの方々をご紹介します
03:25まずは井森美由紀さんです
03:27よろしくお願いします
03:28そして岡本太郎さんと同じように多方面で活躍なさっています
03:33漫画家の池田増夫さんです
03:35よろしくお願いします
03:36岡本太郎さんは現在の自分がここにあるのはかなり岡本太郎さんの影響が強いというふうに伺ったんですが
03:44非常に強いですね
03:46高校卒業して画家になろうとしたとき一番最初に影響を受けたのが岡本太郎ですね
03:50どういうのはどういう影響を受けたんでしょうか
03:52やはりこの画家っていうのはね
03:53日本の場合この道一筋っていうのが尊敬されるんですよ
03:56岡本太郎はやはり何でもかんでもね
03:59ものとして作り上げていくという
04:01例えば文章も書くしですね
04:03彫刻も作ればですね
04:04ピアノまで弾いちゃうというようなね
04:06なんかそういう本当に自由奔放な生き方っていうんでしょうか
04:10それに惹かれましたね
04:12なるほど
04:12そして井森はバラエティ番組一緒にやってたんだね
04:15そうなんですよ
04:16いや本当に今思うと貴重だなと思って
04:19どういう人普段はその番組に出てないその本番以外のときは
04:23だから最初はあの芸術者爆発だっていうコマーシャルでしか知らなくて
04:27だからきっと作ってる部分とかあるんじゃないかと思ったんでしょう
04:31でも普段からもうそのまま
04:34そしてだから井森と同じくらいの年代の人はね
04:37多分そのバラエティに出ている岡本太郎さんの印象しかないかもしれないんだよね
04:41だと思います
04:42いやそういう人たちにぜひ今日はですね
04:44この物語を見ていただきたいですね
04:47それでは早速ですね
04:49岡本太郎さんを一躍有名にした
04:51あの太陽の塔の知られる物語からご覧いただきたいと思います
04:561970年代の幕開け
05:05もう敗戦など遠い過去
05:07イケイケどんどん高度成長期の真っ只中
05:11日本中が底抜けに浮かれていたあの頃
05:15日本万国博覧会開催
05:21だがその時浮かれ踊る人々を見下ろしていたものがある
05:26何が進歩だ何が調和だ
05:34万博のシンボルであるこの塔こそ万博自体のテーマを否定していた
05:391965年パリの国際博覧会事務局で5年後の日本での万博開催決定
05:52その2年後初代万博事務総長新井真一は追い詰められていた
05:59万博の中心ともいえるテーマ展示を作る人が決定しないのだ
06:05これはと思う人誰に頼んでも受けてもらえない
06:11無理もなかった
06:13大規模な国家的行事
06:15人間関係
06:16マスコミの評価
06:18引き受ければボロボロになることは目に見えていた
06:22最後に新井が白羽の矢を立てた男こそ彼だった
06:30芸術家岡本太郎
06:35あの反逆児なら受けてくれるかもしれない
06:38随分とお願いしてやりましたね
06:43お母さん思い切ってやってくださいよと
06:47何とかして引っ張り出そうって言うんで
06:51誰も引き受け手がいないんです
06:54その言葉が機代の天の弱に火をつけた
06:59よしそれなら自爆するつもりでやってやろう
07:03太郎の制作意図はこうだった
07:07とにかくべらぼうなものを作ってやる
07:10ただそれだけ
07:12そしてその構想が少しずつ姿を現してくると
07:17案の定大騒ぎとなる
07:19当初太陽の塔を彼が考え出して
07:24模型を作ったんですね
07:2750分の1の模型を作る
07:29それを発表した時にはもう袋があったんですね
07:33何だあの牛乳瓶のお化けみたいなのは
07:36こんなものをこの白羽のシンボルゾーンの真ん中で作ったんじゃ
07:41日本の地獄であるってことまで
07:43あの言った人たちもいるわけですが
07:47あれはどんな意味があるんですか
07:50意味なんかない
07:51とにかく俺はべらぼうなものを作りたいんだ
07:54だが実は太郎はこの塔に
07:57反逆の思いを隠していた
07:59その一つ地下部分
08:02当初主催者側は
08:04そこに人類の進歩に寄与した偉人や
08:07英雄の写真を並べるつもりだった
08:09全体の人類の進歩と違和っていうね
08:14これをねやっぱり主催者側がね
08:17メッセージをねやろうと
08:19例えば
08:20まあちょっと誰が考えても
08:22例えばナポレオンとかさ
08:23シーザーとかね
08:27クレオパートとか
08:28なんかそんな言ったことが
08:30そうじゃねえんだと
08:33あのね世界を支えるね
08:35無名の人々っていうかな
08:37それがねえ
08:40あの
08:41大事なんだと
08:45太郎はそこに
08:47世界各国の最も平凡な人々の肖像と
08:50そして彼らの使っていた民具を並べた
08:54進歩ではなく地に足をつけ世界を見ること
09:01調和ではなくさまざまな民族の違いを知ること
09:05それこそが出発点なんだ
09:08こうして高さ65メートルのシンボルの下で
09:14巨大なお祭りは開幕した
09:16万博のテーマは人類の進歩と調和
09:24だがそのテーマを真っ向から否定していたのが
09:28誰あろうシンボル太陽の塔だった
09:32僕は進歩と調和という万博のテーマを信じない
09:38調和は妥協に過ぎないし
09:41進歩主義という観念自体も信じない
09:44GNTが世界第2位になったと浮かれ
09:50経済の成長だけに目の色を変える
09:53夢もなくただ与えられたものに満足する
09:58そんな時代だからこそ
10:00太郎はドカーンとただ無意味に突っ立つ
10:03何の役にも立たないものを作った
10:06偉大なる天の弱
10:15時代の頂点に立ちながら
10:18その時代を否定した男
10:20彼を作り育てた人も
10:26また常識からかけ離れた奇妙な人たちだった
10:29この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りします
10:35彼はどうしても呪縛から逃れることができなかった
10:57腹にくくりつけられたへこ帯
11:00自由はその長さだけ
11:03もう少しで手の届くその先に
11:07母がいた
11:09明るい障子
11:13庭に面した机に向かって
11:16バサリと髪を垂らした母の後ろ姿
11:18それは私の目に焼き付いた強烈な思い出だ
11:24半日もその背中しか見えない
11:27いくら私が泣いても畳の上でもだえても
11:31振り向いてくれなかった
11:33岡本太郎
11:411911年東京を青山生まれ
11:45父は風刺漫画の先駆者岡本一平
11:49母は過人で小説家の岡本香子
11:53父は朝から新聞社に行き
11:56遅くまで帰ってこない
11:58母は自分の創作のためには
12:01何でも犠牲にする人だった
12:04母 彼女はその強烈な個性で
12:12常に周囲を驚かせていた
12:15カローが少年の頃
12:19家には父と母
12:21そしてもう一人の男が同居していた
12:25もう一人の男
12:28母 彼女の愛人である
12:30父はもちろんそのことを知っていた
12:37だが父は母を愛していた
12:44純粋に芸術を生み出そうとする
12:47彼女を愛していた
12:55太郎もまた幼い頃から
12:58波外れた個性を発揮した
12:59太郎は小学校の1年生だけで
13:034回も転校している
13:04引っ越したわけではない
13:06学校の方が太郎の個性に
13:09ついていけなかったのだ
13:106歳の時
13:13最初の学校での初めての授業
13:161から10までかける者はいるか
13:18この教師の言葉に手を挙げたのは
13:21太郎だけだった
13:231
13:322
13:343
13:35そして4
13:38その瞬間
13:40戦いは始まった
13:42違う
13:434は
13:45こう
13:45こう
13:46こう
13:46こう
13:47こう
13:47こう
13:48こう
13:48こう
13:49書き順が違う
13:53だが
13:54どうしてそんなに怒る
13:56形はあっているのに
13:58何より教師の頭ごなしのその起こり方が嫌だった
14:03そしてどの学校にもそんな教師はいた
14:07いつでも太郎は許せなかった
14:12で転校
14:14転校
14:16また転校
14:17困ったのは母である
14:20母はとにかく太郎に学校に行っていて欲しかった
14:24子供はただ執筆の邪魔だったから
14:29母になりきれない文学者とあまりに早熟な子供
14:36しかし太郎はそんな母がたまらなく好きだった
14:43母としてというよりも一つのことに無心に取り組む人の姿として
14:49彼の子に憧れていた
14:51太郎が病気の時のことである
14:57離れの2階の部屋で3、4日床についていた
15:02その間中母はほとんど顔を見せなかった
15:06治ってからあんまりだと思いなじると
15:10母はだって病気している太郎なんて汚くて嫌だからとあっさりと言った
15:16いかにも母らしい愛情の表現に苦笑すると同時にひどく嬉しかった
15:28全く世の常識からかけ離れた家族だった
15:32だがこの家族から素晴らしい作品がケンランと快化する
15:37日本に風刺漫画というジャンルを確立した父一平
15:45生成ルテンなど華麗な文体で女性を描いた母
15:54彼の子の小説
15:55そして太郎もまた芸術を目指した
16:021929年東京美術学校入学
16:15半年後パリ留学
16:19芸術の都パリで世界を相手にした太郎の芸術が爆発する
16:26なんかすごいでしょその家庭がもう
16:31でもこう理解しにくい家庭環境ですよね
16:35まあなかなかねだいたい子供を縛り付けておいて執筆作業の邪魔だから
16:40っていう発想も母としてとは思えないというか
16:43でも俺本当にすごいのはそういうお母さんを一つのことに打ち込んでいるところが素敵だと思っている子供
16:51その子供のところに理解しているということがやっぱりすごいですよね
16:55一番すごいですよね
16:57他の子とですね岡本太郎の関係ってのは本当に親子なんだけど
17:01やはりそれを超えたね非常に不思議な不思議な関係なんですよね
17:05いわゆる世間の常識的なものじゃなくて
17:09本当に自分自身の心っていうんですかね
17:11考えていることを相手にぶつけると
17:13それはあたかに見るとわがままに見えるかもしれないし
17:16勝手なことやっているかもしれない
17:18だけど太郎が絵描きにならなかったら不良になったでしょうねきっとね
17:22やっぱりね僕芸術の持っている強さって
17:26何か一つのものにね打ち込む姿ってのは僕今一番大事だと思うんですよ
17:31もちろん太郎いろんなことやってますけど
17:32しかし何か物を作り上げるその打ち込み方っていうのはもう子供の時からあるわけでしょう
17:37漢字のね書き取りにしても全然違うじゃないですか
17:411,2,3,4の書き順が違うとかやってたじゃないですか
17:45あれだって普通の子供だったらそこで納得してあそうかって直しますよね
17:48太郎さんはいつもね子供は天才だってこと言ってますよね
17:51全くそういう想像力って持ってるんだけど
17:54それを大人がいつも直していくんですね
17:55そしてだんだん想像力が減ってきて知識は増えていくけれども平凡な人間になっていく
18:01それを彼はやっぱり子供の頃から反抗して
18:04やっぱり一生貫き通した人でしょう
18:06すごいな
18:08続いてはですね岡本太郎さんと常識との戦いまだまだ続きますご覧ください
18:14田中さんでは3人のお嬢さんがみんな大学での実業家へ片付いて
18:25文子さんはホクホクなのよ
18:27でも私は羨まないつもり
18:30私はもっと他の幸福を味わう
18:34私は私の芸術を
18:37太郎の芸術や生活を
18:39よく魅了することの幸福を味わうという考えに落ち着いてきたの
18:44パリにいる芸術家の息子にあてた芸術家の母からの手紙
18:5218歳の岡本太郎がパリの地に立ったのは1929年のことである
19:05父一兵がイギリスで行われる軍宿会議のスケッチをするための外遊
19:12それに母彼の子と共に同行したのだ
19:16親子3人でパリにいたのはわずか5日間
19:25一兵と彼の子は太郎に1羽のカナリアを買い与え
19:30パリを後にした
19:31太郎は自分の芸術でパリに挑戦するつもりだった
19:39その頃でもフランスには誘惑中の日本人画家が300人以上いたという
19:46だが
19:47不思議だったのは彼らが全く日本人だけで固まり
19:53フランス語の不の字もしゃべらない
19:56生活者としてここに溶け込まないで
19:59それでいながら一生懸命パリらしい街角や
20:02セーヌ川の風景あるいは金髪の女を描いていることだった
20:07それを持って帰って日本で成功することのみを考えている
20:12パリ帰りというだけで箱をつけようとする画家
20:18そしてパリ帰りというだけで恐れ入ってしまう日本の美術界
20:23そのどちらもが太郎の敵だった
20:27パリ帰りなんて言ったってパリで通用しなければ意味がない
20:33だが1年経っても2年経っても太郎は描けなかった
20:37何を描いていいかわからなかった
20:39日本人の自分
20:41私だけにしか描けない芸術とは一体何なのだ
20:45苦悩はいつまでも鈴っかに見えた
20:49しかしある日何気なく入った画廊
20:54そこで太郎は救われる
20:59奥まった部屋の壁にかかっていたその絵
21:02これだ
21:08全身が叫んだ
21:10画面の色や線の魅力ばかりではない
21:13その奥からたくましい芸術家の精神が
21:17ビリビリとこちらの全身に伝わってくる
21:20絵の前で私は身動きができなかった
21:24その絵
21:33当時51歳のパブロ・ピカソが描いたものであった
21:37あれこそ突き止める道だ
21:41繰り返し繰り返し心に叫んだ
21:43バスの乗客たちに見られないように
21:46顔を車窓から街の方へ背けていたが
21:50止めどなく涙が湧いて出た
21:53既存の写実主義を否定した抽象芸術
22:00それこそ太郎が求めていたものだった
22:03そして期待の反逆時は高らかに宣言した
22:07私はピカソを超える
22:10とりあえず何かの作品に感動すると
22:13それに似たような仕事をしたり
22:15それに従ったようなことをやる
22:16そうじゃない
22:17もし感動したらそれを乗り越える
22:19それに感動してます
22:21なるほど
22:21なんてやっちゃ芸術じゃなくなっちゃう
22:24本当に感動したものにこそそれを乗り越えなきゃいけない
22:27そして太郎は若くしてパリ画団の注目を集める
22:38一流の画家の一人となる
22:40だがそれでもまだ太郎は満足しなかった
22:4925歳の時フランスの知性の象徴
22:53ソルボンヌ大学に入学
22:55芸術とは何だ
22:57それを知るために彼が選んだ学問は民族学であった
23:02彼はここで世界でも超一流の知性を貪欲に吸収している
23:09支持したのは民族学の世界的権威マルセルモース教授
23:15後にこの教授をしのぶ映画が作られた時
23:19彼は3人だけ選ばれた弟子の一人として出演している
23:25彼は多くの映画を守esaとしている
23:27大名だけで、とてもとっても、実現の事業がされ、全て全ての事業をなければならないですが、
23:37最初の事業とは、彼女の人類と違うことができます!
23:441939年ソルボンヌ大学卒業
24:01しかしこの年太郎を打ちのめす知らせが日本から届く
24:14彼の子既得
24:171939年2月パリの岡本太郎に届いた電報
24:27彼の子病気回復の見込みあり一平
24:312通目はその2日後だった
24:36彼の子既得希望を捨てず一平
24:40その2日後3通目
24:46彼の子安らかに眠る
24:51気を落とすな一平
24:53父の思いやりであった
24:58息子の愛していた母の死を
25:01いきなりではショックが大きかろうと
25:043通に分けて伝えたのだ
25:06太郎は憧れの母の死と
25:11そして父の優しさに泣いた
25:14息子の変身
25:19母は我が家に生きつつあれば悲しからず
25:25父は僕にわずらはされず仕事に生きよう
25:30遥か異国で迎えた最愛の母の死
25:42それでも太郎は帰国しなかった
25:45パリに芸術家としての運命をかけるつもりだった
25:49だが
25:50アクル1940年
25:55ドイツ軍がパリに進行
25:57やむを得ず太郎が引き上げ船に乗り込んだ直後
26:03パリ陥落
26:06太郎の最も暗い時代がやってこようとしていた
26:17太郎は帰国するとすぐに徴兵される
26:25がんじがらめの日々
26:281945年
26:35敗戦
26:37今までの価値観は崩れ去った
26:41太郎のまた新たな戦いが始まる
26:45彼は日本の美術界に新しい波を起こそうと奮い立つ
26:49だがその矢先であった
26:521948年
26:58疎開先の岐阜で
26:59父一平
27:00死去
27:01棺の中の父の顔を夢中でスケッチする息子
27:07これで一人ぼっちだった
27:19母彼の子に続いて父の死
27:22もう私のことを本当に理解してくれる人は誰もいない
27:28しかしその同じ年
27:33まるで入れ替わるように太郎の新しい理解者が現れる
27:37当時彼女はまだ女子大生
27:41なんか古い体制が崩れたっていう感じをみんなが持ってらして
27:47その象徴が岡本太郎さんでしたからね
27:50すごい人のようなイメージを持ってますでしょ
27:54先入観を
27:55そしたら意外にやっぱりフランス育ちだからでしょうかね
28:00女の子には優しくてね
28:02なんか当たりが柔らかいなね
28:05こんな人なのかと思ってちょっと違和感ありましたね
28:09ブーガーリだけど純粋
28:12やがて彼女は太郎の芸術に対する思いに
28:16共感を覚えるようになった
28:17そして大学卒業の後太郎の秘書となる
28:22太郎と敏子
28:25二人三脚の人生はこの時から始まる
28:29敏子さんがいなければ
28:32私はでも岡本太郎はあれだけの仕事はできてなかったと思います
28:37それは非常にやっぱり
28:43いわゆる夫婦をベターハーフって言いますけどね
28:47そういうんじゃなくてね
28:48本当に精神的な意味のね
28:51完全なベターハーフでしたね
28:53だから全部わかってて
28:57母親のようでもあれば
29:00恋人のようでもあれば
29:02同胞ですか
29:03同志
29:04そういう感じですね
29:06岡本太郎の爆発人生
29:10火をつけたのは敏子であった
29:14川崎市多摩川のほとり
29:20そこは母カノコの里近く
29:241963年
29:28岡本太郎は母の日に渾身の思いを込めた
29:32母について太郎はこう語っている
29:36誤解を受けるには純粋と勇気がいる
29:42そしてそのたくましさは生まれながらのものだろう
29:47私はカノコの思い出にそういう人間的強烈なイメージを持つ
29:54誤解を受けるには純粋と勇気がいる
30:00それは太郎自身の人生を表した言葉でもあった
30:05太郎の芸術の三原則というものがある
30:10芸術は心地よくあってはならない
30:15芸術は綺麗であってはならない
30:18芸術はうまくあってはならない
30:20それは綺麗な絵を尊ぶ日本の芸術界への
30:29あからさまな挑戦状だった
30:30日本の油絵ってみんなくすんでてね
30:35なんかわびさびしぶみじゃないんでしょうけども
30:39鈍い色でね
30:41でもそれはね岡本太郎さんはね
30:43ヨーロッパから帰ってきてね
30:45日本の展覧会を見に行ってね
30:47びっくりしたっていうのね
30:49全部同じ人間の絵かと思ったって
30:51全然個性がなくて
30:53同じような描き方で
30:55同じような色調で
30:57そこにボーンとああいう絵でしょ
31:00だからそれはもうびっくり仰天されたし
31:03悪口も言われましたしね
31:05色音痴だとかね
31:07なんだかもう漫画みたいだとかね
31:10絵の描き方を全然知らないんだとかね
31:14非難こそ望むところだった
31:17彼は画壇の理解を超える色形を
31:20次々と世に送り出した
31:22芸術は拒否反応をこっちに起こすぐらいのものでなければ芸術じゃないですよ
31:27荒い言わねえなんていうのは芸術じゃないよ
31:29大抵って言うとね
31:30人の目を気にして
31:32綺麗ってやっちゃいけない
31:34綺麗なものは美しくないんですよ
31:36綺麗ってのは肩にはねたものが綺麗なんだと
31:39時代にあったものがね
31:40日本語でも目指すき言い言葉なんですよね
31:42集約美ってことなんですよ
31:43集約なもので美しい
31:44集約なものは綺麗であるはずはないんで
31:46だから綺麗ってことと美しいってことが混同しているのが一般の上司だから
31:51それ以上僕はいつもそれを否定しているわけです
31:53太郎は自分自身とも常に戦い続けていた
32:00日本人にしかできない芸術とは何なのか
32:03京都もならもダメだ
32:05あれは格好だけだ
32:07太郎の日本は思いがけないところにあった
32:13ある日ふと入った博物館
32:16その隅の方に置かれたもの
32:18こんな日本があったのか
32:25いやこれこそ日本なんだ
32:27体中の血が熱く湧き立ち燃え上がってくる
32:32異様なぶつかり合い
32:33これだ
32:34縄文土器
32:37太郎はそれまで美術的には振り向かれもしなかった
32:44縄文土器の素晴らしさを日本の芸術界にし始めた
32:48本当の日本の素晴らしさを知りそれを自分の作品に生かす
32:55パリニューヨーク
33:09太郎の作品は海外の注目を集め
33:13そしていつしか画廊の中から街に飛び出すようになる
33:17あの壁画だとかねモニュメントだとかをねとても喜んでやりますでしょ
33:23あれはね一千もお金払わなくていいんだぞって
33:27自分のもののような顔してね
33:29ひわって顔を見てね悪口言ってもいいし見なくてもいいんだって
33:34ああいうのがいいって
33:35ああって抱き込んじゃってね
33:37でしまい込んで
33:39これは何億円だとかって
33:41そういうのは良くないって
33:42何が芸術と関係があるんだ
33:44戦い誤解される男
33:47とし子はそんな太郎を積極的に世に送り出した
33:52顔は瞬間瞬間の発見だ
33:57どんなものにも顔がある
33:59グラスの底に顔があったっていいじゃないか
34:02岡本太郎
34:04ウイスキーにつけるコップを作ったっていうのがね
34:10大変なスキャンダルなんですね
34:13ただでつけようおまけにつけるもんでしょ
34:15そういうものはね
34:17ご自分の価値をずっと下げちゃうんだね
34:20なんでそんなことをやるんですかとかってね
34:22画像みたいな人からね
34:24たくさん怒られましたよ
34:26でも何が悪いんだってね
34:29こうやって見て自分で飲んで
34:30ああいいねって喜んで飲むのが
34:33いいじゃんただだったら
34:34なおいいじゃないかって言ってるんですね
34:36なんだこれは
34:43太郎のテレビ出演
34:49それはトシコのすすめだった
34:52そして太郎の名は
35:00それまで芸術とは無縁だった人たちにまで
35:03知られることになる
35:06狭い美術界だけでもてはやされてどうなる
35:10そんな思いだった
35:12ああいう風に全くなんでもない人たちと触れ合いたかったし
35:17実際に触れ合って
35:19太郎はネクタイを作り
35:24飛行船に絵を描き
35:26恋のぼりを作り
35:28野球チームのマークをデザインした
35:31太郎の毎日
35:35太郎の活動こそが芸術だった
35:37そしてその傍らにいつもいたトシコ
35:41二人は一緒に暮らしてはいるものの
35:43結婚という形は取らなかった
35:46そのいわゆる結婚式とか
35:48登録すること以前に
35:49家庭を作る以前に
35:50もうとことことになる
35:52ときゃんってことがまず前提で
35:54あと結婚なんかどうでもいいんじゃないか
35:56っていうぐらいの結婚をしたろうか
35:57太郎はトシコの前で戦い続けた
36:05世界の岡本と言われようが
36:07巨匠と呼ばれようが
36:09彼は常に挑戦者だった
36:11一番の敵は自分自身だって
36:14思ってたんじゃないでしょうかね
36:16だってほら絵だって
36:19いい絵だなってできる時があるわけですよ
36:22それで終わりにしちゃえば
36:24とてもいい絵なんですけどね
36:26それをまたぶっ壊そうとするのね
36:28いい絵なんて芸術じゃない
36:31だから芸術家はやらないようなことを
36:40どんどんやってる感じがしますけどもね
36:42井上さんはバラエンジ番組に
36:44どうして出たと思います?
36:45岡本太郎さん
36:46やっぱり出ること好きだったんじゃないですか
36:48結構
36:49っていうのは僕はね
36:50岡本太郎以上にテレビに出てますよ
36:53コマーシャルも出てるしね
36:55だから岡本太郎の後
36:57ついでまたグラスのデザインしてるしね
36:59僕はテレビに出るたんびにね
37:01よく言われるんですよ
37:02池田さん絵の値段が下がっていきます
37:04やっぱりそういうのですか
37:05つまりね芸術家はね
37:06こういうテレビに出ちゃいけないんですね
37:08常に神秘的な存在じゃなきゃいけないんですよ
37:11その方が絵の値段は高くなってくるんですね
37:13岡本太郎さんの場合
37:14出ても出ても神秘的でしたけどもね
37:16そういうものに対してやっぱり
37:22太郎自身やっぱり挑戦したんでしょうね
37:24つまり芸術っていうのはね
37:26七面倒くさくて難しいものじゃないんです
37:28本当に心を打って
37:30面白いなって面白いものでいいんですよ
37:32そういういろんな芸術っていうのは
37:34特別に見ようとするね
37:36美術界とか社会に対してね
37:38そうじゃないんだと
37:38あれは岡本さん自身が
37:40最高の芸術かもしれないですよね
37:41彼自身の
37:42行きざわ自体だね
37:43そうそう
37:43これは自分自身が芸術なんだっていうね
37:45ことが僕あったと思うんですね
37:47その敏子さんという存在が非常に大きかったようですけれども
37:52女の力はすごいですね
37:54ベタハンスがいるようにね
37:56やはり岡本太郎を一番理解しているのが敏子さんですよ
37:59これ大事なんですよ
38:01僕らね一番理解してないのが女房かもしれないもんね
38:03夫の芸術を理解しないのが女房なんですよ
38:06そうなんですか
38:07そうですよ
38:08でもあれだけ個性のある男性と
38:11本当に半世紀にわたって
38:12共に歩んでくる女性として
38:14必要なものって何なんでしょうね
38:16やはり尊敬でしょうね
38:19尊敬
38:20僕はねやっぱり愛の中に
38:21やっぱり尊敬がなきゃいけないと考えるんですよ
38:23尊敬がなくなったら愛はもうね
38:25成り立たない考えですよね
38:27だから芸術家として人間岡本太郎としてね
38:30やっぱり敏子さんずっと尊敬し続けたんですね
38:33だからあのね
38:34岡本太郎さんのことを説明するときの
38:36敏子さんの顔っていうのは
38:37なんかすごい生き生きしてるんですよね
38:40そうですよね
38:41敏子さんのその顔がまたこの後出てきますね
38:44はいそうなんです
38:44苡本太郎さんの最後の映像とともに
38:47その晩年の物語をご覧いただきたいと思います
38:50東京南青山
38:54戦い続けた芸術家の家
39:06人生そのものが芸術
39:10そう言っていた男
39:12彼はこの時84歳
39:15敏子とともにあった50年
39:18彼はその最後の時を迎えようとしていた
39:22じゃああそこに入ります
39:24はい今
39:25はい
39:26すぐ終わりますので
39:27はい
39:27その前の晩だっておいしいローストビーフ食べてね
39:32特別おいしい赤ワインも開けてね
39:35おいしいおいしいって言ってね
39:38続く喜んで食べてたんです
39:40飲んでたんですから
39:41そして芸術家は静かに眠るようにこの世を去った
39:52彼が最後の最後まで制作を続けていたという作品がある
40:07春
40:07水ぬるむおいらせ
40:10ここに岡本太郎最後の作品がある
40:14建設中のホテル
40:18としこもその作品とは初めての出会いであった
40:23家臣
40:30イメージはおいらせ川
40:33大きな祈りの上に潰された
40:36巨大な彫刻
40:38太郎はとしことともにこの作品の仕上がりを見に来るつもりであった
40:47本当に釣られたところを見たかったでしょうにね
40:52うんいいぞっておっしゃるわきっと
40:57最後のサインですね
41:07最後まで堂々とさっき描かれてますよね
41:16ねえ
41:16この太郎も独特ですからね
41:23岡本太郎
41:28彼は死ぬその前日まで作品を作り続けていた
41:33作品よりも芸術家自体のあり方が問題なのだ
41:39太郎の84年の人生
41:42彼の人生そのものが芸術だった
41:49芸術家というものはね
41:52もう
41:53キロに立った時ね
41:54普通の人だったらこっち行った方が楽って言ったらこっちを選ぶけど
41:59あえてねあえて困難で苦しい方を選ぶべきだってことをね
42:04教えてくれましたね
42:05私はそれをねもう厳守して守ってきてるんですよ
42:09あの背中を追っかけてもう一生懸命一生懸命走って
42:12いつの間にかこうなっちゃったんで
42:16でもね
42:17そうやってもう一生懸命追っかけましょうと思ってると
42:19どんなとこでも怖くないんです
42:21でとても私がついて来られないなと思うと
42:24ちゃんと途中で待っててください
42:25あれが本当に
42:28一平とカノコ
42:33そしてタロウとトシコ
42:36その凄まじいまでの芸術に欠けた情熱
42:411975年
42:45太陽の塔が永久保存されると決まった時
42:48タロウはこんな言葉を残している
42:55あれは孤独に太陽に向かい
42:58大地に挑み続けるだろう
43:01私自身これからも我が運命を
43:04私の挑みの実験台にしてやる
43:07危険な道だ
43:09常に死の予感に戦慄する
43:12だが死に対面した時にこそ
43:16生の換気が続々と湧き上がるのだ
43:19地を流しながら
43:23にっこり笑おう
43:25芸術は爆発は
43:34ですからもう生き様自体がもうやっぱり芸術ということなんでしょうかね
43:41いや今ほらあの川崎市にね岡本太郎の作品を寄贈したでしょう
43:47500なんてほとんどの作品を寄贈してね
43:49美術館が建つことになってたんですよ
43:51それが一部の反対でですね
43:53なかなか建てらんないですね美術館がね
43:56それに対してやはり反対する人に対して怒りを感じるね
43:59岡本太郎のね
44:01川崎の誇りなんですよ
44:03川崎の誇りじゃなくてこれ日本の誇りだしね
44:05なぜ反対するんだ
44:07っていうことは岡本太郎の本当の芸術を知らないんですね
44:10そういう意味でねもっともっとやっぱりし岡本太郎を知ってもらいたいし
44:15美術館ができるわねもっとたくさんの人が見てね
44:18そうですね
44:19岡本太郎ってねこんな素晴らしいこんなすごいね
44:22絵を描いたのか彫刻を作ったのかってことが分かるわけでしょ
44:25私もっともっと知っておけばよかったなと思いましたよ
44:28最後の言葉もよかったでしょ
44:30自分の運命を踏み台にして挑んでいく
44:35ちょっと死の恐怖にぶち当たる
44:37だからこそ生きてるってことを感じたときに
44:41ゾクゾクっとした喜びがあるという
44:43たまんないですねなんかね
44:44我々もこれから血を流しながらにっこり笑って
44:49生きてるということですね
44:51ご迷惑をお祈りしたいと思います
44:52今日はどうもありがとうございました
44:53ありがとうございました
44:54さて来週の驚きももろき20世紀ですけれども
44:58横山靖さんとそして西川清さんの
45:02靖岩漫才の物語を2時間スペシャルでお送りします
45:05漫才コンビという夫婦でも友達でもない
45:08まか不思議な関係
45:10次回は30年間のお二人の歴史をたどりながら
45:13知られざる物語をご紹介したいと思います
45:15じゃあ今日はまた一緒に
45:18泣いたのは誰は早い風に乗り
45:24どこまってどうかずっとずっとずっと
45:30どうかずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとず
46:00あーごめんさん 相変わらずや
46:02西川は良い言うて今医者がやってんのよ
46:04俺は遂行してるわね
46:08ほら!ほら!
46:10殺すぞ!
46:20この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りしました
46:30ご視聴ありがとうございました