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  • 2 分前
日本から約3,000キロ離れたパラオには、なぜ今も日本語や日本文化の影響が残っているのでしょうか。現地を歩き、日本統治時代の建物が使われる最高裁判所、日本のODAで再建された日本・パラオ友好橋、旧日本海軍の通信施設跡を訪ねます。

約31年間の日本統治や太平洋戦争の記憶、戦後の両国の交流をたどりながら、「親日国」と呼ばれるイメージの背景を探る歴史紀行。スーパーで見つけた日本の食品や野球用品など、暮らしに残る意外なつながりにも注目し、友好の歴史だけでなく戦争の傷跡にも目を向けます。

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00:00どうも皆さんこんにちは原カンタです 現在は西太平洋に浮かぶ島国パ
00:05ラオに来ています
00:06皆さんはパラオと聞いてどんなイメージを持つでしょうか 綺麗
00:10な海やリゾートを思い浮かべる人も多いと思いますが実
00:14はパラオは世界一の
00:16新日国と呼ばれることもあるほど日本とのつながりが深
00:20い国です 今でもパラオ語には日本語を由来とする言葉が
00:24数多く残っているほか
00:25日本統治時代の建物など日本とのつながりを感じら
00:29れる場所がたくさんあります なぜパラオは日本とこれほど関係
00:34が深いのでしょうか
00:35今回はパラオがたどってきた歴史を紹介するとともに
00:39実際に現地を歩きながら 日本とのつながりを探
00:42していきますぜひ最後までご覧ください
00:53パラオは日本から南におよそ3000キロ離れた場所にある
00:57西太平洋のミクロネシア地域にある島国です 国土
01:00面積は約500平方キロメートル
01:03日本の屋久島とほぼ同じくらいの広さに約1万8
01:06000人が暮らしています 首都はマル局という場所にありますが現在
01:11も経済や観光の中心となっているのはコロールという町です
01:15なぜ日本から遠く離れたパラオが日本と関係の深い国
01:18になったのか その理由を知るためには100年以上前の歴史
01:22まで遡る必要があります
01:24もともとパラオには独自の言語や文化を持つ人
01:27々が暮らしていました しかしヨーロッパ諸国が世界各地で
01:31植民地を拡大していた時代パラオも外国の支配を
01:34受けるようになります
01:3519世紀にはスペインの統治下に置かれ 1899年には
01:39スペインがパラオを含むミクロネシアの島々
01:42をドイツに売却しました
01:44そのため20世紀初頭のパラオはドイツの統治下に
01:47ありました この状況が大きく変わったのが1914年に始ま
01:52った
01:52第一次世界大戦です 日本はドイツと敵対する連合国側と
01:57して参戦し当時ドイツが統治していた
01:59パラオやサイパンなど太平洋の島々を占領しました
02:03そして第一次世界大戦が終わると1920年に国際連盟
02:08はパラオやサイパンなど
02:09太平洋の島々を日本が統治することを認めました これは移
02:14民統治と呼ばれる仕組みで国際連盟から特定の地
02:17域の統治を任されるというものです
02:19こうしてパラオは1914年から第二次世界大戦が終わる19
02:2445年まで およそ31年間にわたって日本の統治下に置
02:29かれることになりました
02:301922年にはパラオのコロールに南洋町の本庁が設
02:35置されます 南洋町というのは日本が南洋軍島を統治するため
02:39に設置した行政機関で
02:41現在のパラオだけでなくサイパンやマーシャル諸島
02:44など広い地域を管轄していました つまり当時のコロールは
02:49日本が統治する南洋軍島全体の行政の中心地だった
02:53のです
02:53日本統治時代にはパラオで様々な産業開発が進め
02:58られました 道路や学校などが整備され漁業や農業
03:02工業なども発展していきます
03:04また日本から多くの人々が移住し現地で生活するようになりました
03:09どれくらい多くの日本人が暮らしていたかというと1938年
03:14の統計では
03:15パラオ市町の管内にいた日本人はおよそ1万7000
03:18人 一方地元の島民は約6500人でした
03:22当時のパラオでは現地の島民よりも日本人の方が
03:27遥かに多く暮らしていたのです 日本人が増えたことでパ
03:31ラオの街並みや人々の暮らしにも
03:33大きな変化が生まれました 現地の人々に対しては日本
03:37語による教育が行われ日本の文化や習慣も広ま
03:40っていきます
03:41ただしこれは単なる文化交流ではありません 日本による統治の一
03:46環として日本語教育だけでなく日本への忠誠心を育てよう
03:50とする
03:50公民化教育も行われていました しかしこうした日本による統
03:56治は第二次世界大戦によって終わりを迎えます
03:591941年日本とアメリカの間で太平洋戦争が始ま
04:04りました 戦争が進むにつれてパラオも重要な戦場になっていきます
04:09特に1944年にはペリリュー島やアンガール島にア
04:14メリカ軍が上陸し 日本軍との間で激しい戦闘が行
04:18われました
04:18多くの兵士が命を落としたほか現地のパラオ人
04:22も疎開を余儀なくされ 空襲や食料不足などによ
04:25って大きな被害を受けました
04:28そして1945年日本の敗戦によって日本による統治は終了
04:33します パラオに暮らしていた日本人の多くは日本へ引き上
04:37げ
04:37変わってアメリカによる統治が始まりました 1947年にはパ
04:42ラオは国際連合の新宅統治領となり
04:45アメリカが統治を担当するようになります その後パラオ
04:49では独立に向けた動きが進み
04:501994年10月1日アメリカとの自由連合協定の下
04:56で独立を果たしました 自由連合協定とは簡単に説明する
05:00とパラオが独立国として政治を行う一方で
05:04アメリカが国防や安全保障について大きな責任を
05:08担い財政的な支援も行うという取り決めです
05:11現在のパラオは独立した主権国家ですが安全保障や経
05:15済の面では今もアメリカと 深い関係があります
05:18一方日本との関係も戦後に途絶えたわけではありません
05:23パラオが1994年に独立すると日本はすぐに国家と
05:27して承認し
05:28外交関係を結びました それ以降日本はパラオに対して道
05:33路や橋空港などのインフラ整備を始め
05:36様々な経済協力を行ってきました その象徴の一つが
05:402002年に完成した日本パラオ有効橋です
05:44まずは現地で撮影した日本パラオ有効の橋の映像から
05:49ご覧ください
05:51今私たちがいる場所はもしかしたらね 日本とパラオの
05:55繋がりを一番感じられるかもしれないです
05:58今私の後ろにあるのが日本パラオ有効の橋
06:03現地では警備ブリッジっていうふうに言われているみたいなんですけれ
06:06ども
06:07日本のODA政府開発援助によって作られた橋ですね
06:12向こう側がバベルダオブ島という島で パラオの中で
06:17最も大きい島
06:18メインアイランドですね こちらが左側向かって左側がコ
06:23ロール島
06:23現在の行政の首都がある丸極というのは バベルダオブ島
06:29の方にあるんですけれども
06:31今でもですね経済商業の中心地はコロール この左側の方
06:37がコロールなんですけれども
06:38このコロールとバベルダオブ島を結ぶ橋 これが日本パ
06:43ラオ有効の橋
06:44英語だとジャパンパラオフレンドシップブリッジかな と
06:47いう橋です
06:48ものすごく大きくて これ日本の政府開発援助によって 鹿島
06:53建設が建設をした橋なんですけれども
06:55全長だいたい長さ413メートルぐらいあります
06:58もともとこの場所にはですね 1977年に完成したコロールバベル
07:04ダオブ島というものがあって
07:05それはアメリカの援助によって作られた橋で 韓国の建
07:10設会社が担当したんですけれども
07:11それがですね完成後に橋の中央部分が大きくたわむ問題が
07:16発生して
07:17補強工事が行われたんですけれども 1996年9月26日に崩落
07:22して
07:22当時一人の方が亡くなるという事故もあったそうです
07:26その崩落によってこのコロールとバベルダオブ島を結
07:29ぶ橋 すごく主要な橋なので
07:31当時は送電線がなくなってしまって電気を送れなくなって
07:35しまったり
07:36それから水も送れなくなってしまったりと非常に大きな被害
07:39を受けて
07:39パラオ政府がですね 非常事態宣言を出して海外に支援を
07:43要請したんですね
07:44その後パラオ政府からの要請を受けて
07:47日本政府がODA 政府開発援助によって再建を支援して
07:52日本が約32億円を支援して 鹿島建設がこの橋の建設
07:56を担当したそうです
07:582002年1月11日頃ですね この新しい橋が完成して
08:02日本への感謝とこの両国の友好を象徴する橋として
08:06日本パラオ友好の橋という風に名付けられました
08:09今もですね なんとなく分かると思いますけれども
08:12車が必近なしにとっていて
08:14最も重要な交通インフラの一つとして位置付けられて
08:17いる
08:18ちなみにすぐそこには現地の方が海で気持ちよ
08:22さそうに泳いでもですね
08:22この辺はすごい海も綺麗でね 珊瑚礁とかも綺麗に見え
08:26ますね
08:26それにしても暑いです やっぱりパラオをね
08:29赤道直下の国なんで 僕見てもらうと分かると思うんです
08:31けど
08:32汗がもうタラッタラってきて 紫外線も非常に強い国
08:35なんですけれども
08:36このまま日本とパラオの繋がりが分かるような場所
08:39を取材していきたいと思います
08:49今橋の真下の海を見てるんですけれども
08:52ちょっとね 映像で伝わるか分かんないんですが
08:54水がすごい綺麗ですね 魚もちらほらいるのが分かるかなと思います
09:01深さね 結構あるんじゃないかな 5メーターぐらいはあると思うんです
09:05けれども
09:06でも川底はしっかり見えるぐらい すごい綺麗ですね
09:09はい 魚も青いやつが
09:12今どっか行っちゃったかな すごく綺麗です
09:14さすが 海が有名な国パラオですね
09:20全体を購入することないんで せっかり見えるか
09:20でもね ああいては
09:24担当する 魚が一番隔
09:34海が人々に着くわ
09:35海が囁いて 追って生かそうです
09:35海が大人たち 海のネスミラム
09:35海がたくさんいるから 海がっかり見えるか
09:35魚がたくさんいるもらうたくさんいるんで
09:35海がたくさんいるから 海がたくさんいるまで
09:38海が良しないと 海がたくさんいるから
09:46海が広くさんいるから
09:46海が食べているから
09:47海がたくさんいるから
10:08今はですね先ほどの日本有効の橋から車で10分ぐらい来た
10:13コロール中心部にいるんですけれども
10:14今私の後ろに見えているこの建物もですね日本とのつなが
10:18りが非常に深い建物でして
10:20これ実は日本がパラオを統治してた時に南陽町という行
10:26政機関を置いていたんですけれども
10:28その南陽町のパラオ市町当時の建物が今も残さ
10:33れています
10:34この建物自体は2023年ですね日本政府がこの建物の改修に
10:39約12万ドル
10:40日本円で1600万円ぐらいをですね出してすでに改修は行
10:44われているんですけれども
10:45建物の大元の部分は1930年代後半に建造されたという
10:51ふうに言われていて
10:52約90年間の歴史があります
10:54今はですね書いてある通りサプリームコートっていうふうに書いて
10:58あります
10:58これ英語で最高裁判所の意味ですね
11:01パラオの最高裁判所として日本が当時作った建物が
11:06今も使われていると
11:08そういう歴史があります
11:101922年に日本はコロールにですね南陽町の本町を設置
11:15して
11:15パラオだけではなくサイパンとかマーシャル諸島とか
11:19まあそういった広い地域を統治していたんですね
11:21つまり当時のコロールは日本による南陽群島統治の
11:26中心地でした
11:27その当時の建物が今も残っているという意味で
11:30非常に日本との長い歴史のつながりを感じる建造物
11:34です
11:35この最高裁判所のすぐ近くにですね
11:38守る中村ビルディングっていうのがあって
11:40これ初代最高裁長官の記念の建物みたいで
11:45この方は日本人の父親とパラオ人の母親を持つ日
11:49系パラオ人だったみたいで
11:51この方の弟さんがですね初代の中村国雄大統領みたいですね
11:57ペリリュー島の出身らしいです
11:59そのペリリュー島もね皆さん日本で名前聞いたことある方多
12:02いんじゃないかなと思いますけれども
12:03太平洋戦争の劇戦地だった場所ですけれども
12:05そのペリリュー島のね取材もこれからしたいという風に思
12:08っています
12:08まあこういうところにね日本人の名前
12:11日本人を想起させるような名前が使われた建物っていうの
12:15がやっぱちらほらあるのがパラオですね
12:17今ですねさっきの最高裁判所から車でもう1,2分の場
12:23所にあるまた別の橋に来ました
12:26ここは港橋という風に現地でも呼ばれている橋ですね
12:32港と橋っていうもう日本語由来の言葉が現地でもそのまま使
12:37われている橋ですね
12:39港は漁港とかのね港で橋はもうそのまま橋ですけれども
12:42その日本語由来の言葉が今も使われています
12:45今ね見ると建設作業しているところがわかるんじゃないかなという風
12:49に思いますが
12:50これ今まさに日本の政府開発援助
12:532024年ですね無償資金協力いわゆるODA政府開発援
12:58助によって
12:59この橋を架け替える工事が今行われているみたいで
13:03日本の飛島建設さんが担当しているみたいです
13:06この橋もともとは1927年に日本の南陽町によって建
13:14設された橋で
13:15当時の日本がこの手前側がねコロールっていう場所で
13:19奥の方がマラカル島っていう商業工とか発電所がある場
13:24所なんですけれども
13:25その人々の生活や経済活動を支える重要な橋として
13:291927年に南陽町が建設をしたそうです
13:33ただねこれも見てわかると思うんですけれども
13:37もう海の海水とか潮風がねすごく当たるんで
13:41潮によってねダメージを受けてしまうみたいで
13:44第二次世界大戦中に一度破壊された後に
13:47アメリカがパラオを統治している間にですね
13:50一回作り直したらしいんですが
13:53その海のね海水とかでダメージを受けてしまったので
13:56また日本が支援サポートをして橋の掛け替え作業をやって
14:01いると
14:01なので1927年も100年前に日本が作った橋が
14:06今も日本語として現地でも呼ばれていて
14:09いろんな工事は行われてきたんですけれども
14:122026年現在もODAによってこの橋の支援が行われていて
14:182027年に完成予定らしいんですけれども
14:20そういう風にね日本とも長く繋がりのある橋が
14:25またさっきの有効な橋とは別にもあるっていうことが
14:27この港橋からもわかるんじゃないかなと思います
14:35今お昼ご飯を食べに近くのレストランに入ったんですけれ
14:38ども
14:39メニューにも日本語が当たり前のように載ってますね
14:41英語と日本語のメニュー
14:44結構ねいろんなレストランとかホテルとかでも
14:47日本語のやっぱり案内がたくさんあって
14:49やっぱり日本とね歴史的に繋がりのある国なんで
14:52日本人に対する配慮みたいなところを
14:54所々で感じますね
14:55結構こっちに来てからね
14:57日本人の観光客もチラホラ見るんですけれども
15:00パラオね公用語で英語が使われているので
15:04英語がね使える人であれば
15:06全く困らず旅行で行けると思うんですけど
15:08結構ね現地の人たちも
15:09日本語を片言でね話してくれたりする人とかもいるし
15:13空港でもね
15:14空港だからもあるかもしれないですけれども
15:16審査官の方がずっと日本語で話しかけてくれていて
15:19僕は英語で返すっていう
15:20ちょっとなんか異様な状況があったんですけれども
15:23結構いろんな場所で日本語が使えるので
15:25旅行で海外あんまり行ったことがないような方が
15:29最初に行く海外としても
15:31パラオはね比較的いい意味で
15:33ハードルが低い国なんじゃないかなと思いますね
15:35はい
15:36ここでお昼ご飯食べて
15:37午後の撮影も頑張りたいと思います
16:01お昼ご飯も食べ終わったので
16:03これからコロールを出て
16:04バベルダオブ島に向かいます
16:06バベルダオブ島にはかつて日本海軍の通信施設と
16:10して
16:10使われていた跡地があるそうですので
16:13実際にそこに行って
16:14どんな場所なのか見ていきたいと思います
16:21お昼ご飯を食べたジョブタオブ島に向かいます
16:24vad secreたジョブテemanは
16:38材料や活食慣報道には
16:38ステーマーマルで生 kız車がの緊張と PTSD
16:38被vetテーマーシューとリベー・他の恐れは
16:49今ですね私たちは日本パラオ有効の橋ですね
16:54渡っています
16:56先ほども紹介しましたけれども
16:57日本のODA政府開発援助によって作られた橋で
17:02経済商業の中心地であるコロールと空港
17:05それから首都の行政の首都の丸局がある
17:09バベルダオブドを結ぶ橋
17:12今渡っています
17:14車もすごいたくさん通っていますね
17:17橋もねすごく大きいですし
17:19本当に立派な建造物っていうような感じですね
17:23今日ちょっとね天気が悪いっていうのもあるんですけれども
17:26かなりこの白くもやがかかっているような印象を受けるん
17:30じゃないかなと思います
17:31本当はねパラオ非常に空も綺麗で海も綺麗で
17:35まさに南の島っていうような景色を楽しめるんですけれども
17:40今撮影に来ている10月の下旬なんですけれども
17:46撮影に来ているのが
17:46ちょうどねインドネシアの方で大規模な森林火災
17:50が起きている
17:52起きていたのかな
17:53それの関係で森林火災のその燃えた
17:59なんていうんですかね
18:00煙がこっちに変性風に乗ってどうやら来ているみたいで
18:04その関係でねちょっとこうもやがかかっているような
18:07空気がちょっと淀んでいるような感じですね
18:11実際にはね空がものすごく綺麗で
18:14南の島っていうようなまさにそういう景色も楽しめるのが
18:17パラオですね
18:19今目の前でもこうヤシの木があって
18:21まさに南の島っていうような印象ですね
18:24このままもう少し進んでいって
18:27かつて日本海軍の通信施設があった場所
18:30見に行きたいと思います
18:38バベルダオブ島にやってきました
18:41私の後ろにあるのが日本統治時代に作られた建物です
18:45現地では海軍省という風に呼ばれているんですけれども
18:49ここにはかつて日本海軍のですね通信施設がありました
18:54そして私のすぐ横にはね戦車の残骸なんかも置いてあります
18:58これ建物見てもらうとわかると思うんですけれども
19:01非常にもうボロボロで
19:03銃婚の跡とかあとは当時の戦争の空襲で破壊された
19:09ような跡が
19:10見てわかるんじゃないかなというふうに思いますね
19:12個人的には2025年にイラクのモスルというかつてイス
19:16ラム国が支配していた
19:17場所の空爆で破壊された建物を取材したことがありますけれ
19:21ども
19:21本当にまさにそれを思い出すような雰囲気の建物ですね
19:26日本は1914年から1945年まで31年間にわたってパラオ
19:32を統治していました
19:33その日本統治時代に日本が道路とか学校それからさっき見て
19:38きたような港橋
19:39そういった橋のような重要なインフラを整備してきたことが
19:44現地の人たちパラオの人たちが日本を信頼してく
19:48れて
19:48日本ありがとうと日本に感謝をしている一つの要因にはなったんですけれども
19:54一方で当時の日本軍にとってパラオは非常に重要な軍
19:58事拠点だったんですね
19:59そして1941年になって日本はアメリカとの間で太平洋戦
20:04争が始まります
20:05特に1944年になるとこのバベルダオブ島も含めて
20:09パラオ各地はアメリカ軍による空襲の被害を
20:13大きく受けました
20:14その時にこの海軍の通信施設だった場所も空襲によ
20:18って被害を受けて
20:19その当時のこの傷跡っていうのが今にも伝わるんじゃないかなという
20:24ふうに思います
20:25ご覧いただくとね今でも屋根の一部が大きく崩れていて
20:30黒く燃え焦げているような跡であったりとか
20:34おそらくここでは陸上戦は行われていないので
20:37銃弾というよりもおそらく破片とかがぶつかってできた
20:40ような傷がたくさんできているのがわかります
20:42ちなみに今私の後ろにはねかつて日本軍が使っていた
20:46この戦車があります
20:47これはもともとここにあったものというよりは
20:49同じ島の中にあったものが今ここに集められてですね
20:52ここがまさに歴史遺産として次の世代に残していこう
20:56ということで
20:56こういった保全活動というものが行われているみたいで
21:00つい最近になってですね日本のJICA国際協力機構がサポート
21:04をして
21:05こうした歴史的建造物重要なこの戦争の証言をしてくれる
21:10ような歴史的な建造物であるとか
21:12こういった戦車とかこういったものを保全する活動というものが
21:15つい最近JICAがサポートをして始まったみたいです
21:18パラオね特にYouTubeの動画とかだと世界一の新日国という
21:23風に呼ばれたりとか
21:24新日国という側面が非常にフィーチャーされがちだと思います
21:28確かにそれは本当にまさにその通りで
21:30パラオの人たち日本人に対して親しみを感じている人
21:32たちがすごくたくさんいて
21:33その背景に当時の日本統治時代の日本がいろいろやって
21:37くれたことがあるのはもちろんなんですけれども
21:39それと一方で日本が統治した時にこの施設からもわかるように
21:44当時パラオというのは日本にとって非常に重要な軍事拠点で
21:47このパラオもですねその戦争の時代には非常に空襲とかの被
21:51害を
21:52パラオの人たちも受けたという歴史があるんですね
21:54実際に日本語であるとか日本文化の影響今でも残っていて
21:58パラオ日本との繋がりを感じる場面というのはたくさんある
22:01んですけれども
22:02だからこそ新日国という言葉だけでパラオを理解するのでは
22:06なくて
22:06日本とパラオの間にどのような歴史があったのか
22:09良い面も負の面も合わせて理解していくことが大事なん
22:12じゃないかなという風に感じます
22:27ここからですね許可ももらっていますので
22:30少しこの意向の中に入っていこうかなという風に思います
22:34ちなみに今回はパラオ政府観光局からですね呼んでいただいて
22:39このパラオが持つ日本との繋がりであるとか
22:42過去の戦争の歴史についてぜひ日本の人たちに紹介
22:44してほしいということで
22:45まさにここはねそういったパラオと日本の過去のある意味
22:49負の歴史について
22:50知ることができる場所ですので中の方も実際にですね見ていき
22:53たいという風に思います
22:57早速ですけれどもここに大きな対空砲が置いてありますね
23:02これが当時からここに備え付けてあったのか
23:06それとも他から島の中の他の場所から持ってきたものか
23:10ちょっとね私には分からないんですけれども
23:12おそらく当時このバベルダオブ島もですね
23:15アメリカ軍による空襲の被害を受けていて
23:17そういったアメリカ軍の飛行機とかを撃ち落とすため
23:20に
23:21使われていたと思われる対空砲が置いてあります
23:26見ての通りものすごく錆びついていますね
23:28でもこれだけ錆びついているっていうことからも
23:3280年前ですけれどもこれだけ錆びついているってところから
23:35すごくこう歴史の流れというものを感じますね
23:37おそらくこの対空砲で使っていたと思われる砲弾も置いて
23:43ありますね
23:43これ触ってもいいということなんで
23:45ちょっと持ち上げてみたいと思います
23:47当時日本の若い兵隊さんたちがこれをここに入れて
23:51撃っていたものですけれども
23:54実際に持ってみたいと思います
23:58かなり重たいですね
23:59何キロぐらい
24:0215キロぐらいあるんじゃないかな
24:04すごい重たいです
24:06でもこれもものすごく錆びついていて
24:08時間の流れを感じますね
24:11それからですね
24:12さっき銃弾の跡じゃないんじゃないかなと
24:16言ってしまったんですけれども
24:17このバベルダオブ島では確かに
24:20地上戦は行われていなかったんですが
24:22おそらくアメリカの戦闘機によってできた
24:26機銃装置によってできたと思われる
24:30傷跡がたくさん残っていますね
24:32こういう小さい穴のような傷があって
24:35こっち側はすごいですね
24:37こちら側がもう分かりやすいですね
24:39しっかりこう穴ができていて
24:42大きい穴もあるので
24:44機銃装置によってできた穴か
24:47もしくは瓦礫とか破片とかがぶつかってできたような穴が
24:52ありますね
24:53これはねもう80年の歴史が経っていますけれども
24:56さっきも触れましたけれども
24:582025年に取材したイラクでもまさに同じようなものを
25:02見ていたので
25:04場所は違いますし時代も違いますけれども
25:06戦争が残した爪痕というものもものすごく感じますね
25:09少し中の方も見ていこうと思うので
25:12ぜひ皆さんも一緒に当時の歴史に思いを馳せなが
25:15ら
25:16見ていただけたらなと思います
25:24これもおそらく当時使われていたと思われる対空砲ですね
25:28これはもしかしたら他の場所から持ってきたんじゃないかなというような印
25:32象ですけれども
25:33実際に当時日本軍が使っていたと思われる対空砲が置いて
25:37あります
25:38ちょっと中の方も見ていきたいというふうに思います
25:41ちなみに向こう側を見ると
25:44まさにパラオのジャングルといった雰囲気がありますね
25:48昨年公開されたペリリューラクエノゲルニカという
25:51日本でもすごく大きな話題になったとね
25:53映画の中でもジャングルの中を兵士たちが歩くような
25:56シーンがありましたけれども
25:57まさにその映画を彷彿させるようなジャングルも広が
26:00っています
26:01もう少し中の方を見ていきたいと思います
26:11ちょうどさっきねスコールが降ったところなんで
26:13ちょっとね雨が雨の雨水が吹かれていますけれども
26:19中はね結構しっかりしてるんですよね
26:22おそらくこの柱の中とかに鉄筋が使われているんじゃないかな
26:27非常にしっかりと作られていて
26:29崩落するんじゃないかってちょっとね不安もあったんですけれども
26:34実際中に入ってみるとしっかり建物が作られている
26:37ということが分かります
26:38でももう80年の時間が経っていますので
26:42もうかなりいろいろな場所が汚れて
26:46時の流れを感じさせますね
27:16ご視聴ありがとうございました
27:26このスーパーもね日本との繋がりが分かるものが売ら
27:30れているみたいなので
27:31ちょっとどういうものが売られているのか
27:35スーパー自体はねもう普通の
27:38見た感じは分かると思うんですけれども
27:39海外のスーパーっていう感じで
27:42今こっち側は洗濯機とか売ってますけれども
27:45まあ海外のアメリカのスーパーマーケットみたいな感じです
27:48けれども
27:49でもその中でもねやっぱり日本との繋がりが分かるような
27:52日本系のものとかも結構売られているみたいですね
27:55ちょっと見ていこうと思います
27:57この辺りも日本のものがたくさん売られてますね
28:00SBのわさびであるとか
28:03あとキューちゃんのキムチとか
28:05婦人漬けそれからたくあんとかも売ってますね
28:09下の方に来ると
28:12豆腐とか
28:13味噌とか
28:14もう日本で売られているのと
28:16もう同じじゃないかな
28:17パッケージとかも
28:20でしょ
28:23パッケージも完全に日本語で書いてるんで
28:26パラオ用に作っているっていうよりかは
28:29もう日本で長野市で作られたものが
28:32普通に現地で売られてますね
28:36値段がね結構高いです
28:38この味噌のやつ多分日本で買ったら
28:41200円300円ぐらいだと思うんですけど
28:446.26ドルなんで
28:46日本円にすると
28:47こっちではね米ドルが使われているので
28:50だいたいもう1000円ぐらいのものですね
28:53この辺は生の魚が売られてますね
28:56お刺身かな
28:57サーモンかな
28:58サーモンフィレ
28:59ただね日本円で換算するとちょっと恐ろしいです
29:037ドルなんで
29:05今だいたい160だとして
29:061200円ぐらいか
29:081100円1200円ぐらい
29:10こっちもね
29:11見た目すごく美味しそうなお刺身売ってるんですけど
29:15この小さいパッケージに入ったやつでも
29:194.36ドルなんで
29:21日本円に換算したら700円ぐらいか
29:23はい
29:24結構値段がやっぱり高いです
29:27この辺はお肉類が結構売られていますね
29:30魚も食べられているには食べられているらしいんですけど
29:33最近は魚よりも肉の方が
29:35現地の人に聞いたところだと食べられているらしくて
29:39なんかねこのお肉の匂いとかも
29:41がっつりアメリカの牛肉っていう感じの匂いがするみたいですね
29:45ファローは第二次世界大戦で日本が
29:47アメリカに敗戦した以降はね
29:49アメリカがずっと支配をしてきたような
29:51支配で盗聴してきたような国ですので
29:54アメリカのね生活とか文化とかの影響がすごく入っている
29:58んです
29:58このスーパーを見た感じもね
30:00なんかちょっとアメリカっぽい感じを印象を受けますよね
30:03この辺りはカップラーメンですね
30:05見た感じ日本のUFOとかもありますけれども
30:09韓国系のねカップラーメンも結構入ってきてますね
30:12日本でもおなじみの辛ラーメンもたくさん売ってますし
30:16こっちの方に来ると日清のカップヌードルとかも売って
30:20ます
30:20値段はカップヌードル一つで1.39ドルなんで
30:25日本に換算すると大体200円ぐらいか
30:27日本に比べるとね2倍ぐらいの値段がしますけど
30:31あとこれ札幌一番も売ってますね
30:36この辺は日本でもおなじみの札幌一番が売られてますね
30:40聞いた話によると札幌一番っていう言葉自体がパラオ
30:45だと通じるみたいで
30:46それが最近ちょっと変わってきてるかもしれないんですけれども
30:50札幌一番っていう言葉自体がカップ麺と紐付けられて
30:54現地では捉えられているって話も聞いたことありますね
30:58この辺はドレッシング類が売ってます
31:00日本のゴマドレッシングも売ってますけど
31:02値段がすごい3.29ドル500円ぐらいか
31:06日本円に換算するとだんだん怖くなってきましたね
31:08玉ねぎドレッシングは3.29ドル500円ぐらい
31:12でもねやっぱりパラオも島国なんで野菜がねあんまり
31:15食べられないらしいですね
31:17野菜をそもそも育てる国土面積がね限られている
31:20んでパラオは
31:21野菜とかを作るスペースもあんまりないみたいなんで
31:23ドレッシングはたくさん売ってるんですけど
31:25野菜自体そんなに食べる機会があまりないという話も聞きます
31:31この辺は醤油とか麺つゆが売ってますね
31:34そうめんつゆストレートとかも売ってます
31:37あとはキッコーマンの醤油とか
31:40個人的にねすごいなと思ったのは
31:42この麺つゆかつお一番だしの麺つゆが普通に買
31:48えるっていうところが
31:49個人的に驚きましないというのも
31:50僕がずっと普段足を運んでるアフリカとかだと
31:54醤油はね結構手に入るんですけど
31:56つゆがねやっぱなかなか手に入んないんですよね
31:58このつゆこの大きさで日本で作られてるやつかな
32:02現地で作られてるやつかな
32:03あプロダクトオブジャパンって書いてあるんで
32:05多分日本で作られたやつが現地に輸入されてる感じですね
32:09値段が13.59ドル
32:14もう2000円ぐらいだな
32:15まあ買えないお金出せば買えないことはないっていうのはすごいですね
32:28品揃え自体はねすごくいいですね
32:31もう何でもある
32:33食べ物とかそういうこう調味料品系とか
32:37ここにはインスタントの非常食か
32:42非常食みたいなこのご飯とかもね売られているんで
32:45基本的には何でも手に入るんですけど
32:49やっぱりね全体的に値段がめちゃめちゃ高いです
32:54日本のもの以外もありとあらゆるものの値段が高くて
32:59パラオ国内で生産しているものってほとんどないみたいなんですよね
33:02輸入先でやっぱり多いのがアメリカ
33:05近くにグアムとかねハワイとかもあるっていうのも多分関
33:08係してると思うんですけど
33:09アメリカとか
33:11あと前に行ったツバルとかはねオーストラリアのものとか
33:14結構多かったんですけれども
33:15基本的にやっぱアメリカのものが多いみたいで
33:17やっぱり輸入に頼っているので
33:19その輸入にかかるそのコストがやっぱり上乗せされる関
33:23係で
33:24もう売っているもの全てが値段が高いですね
33:27逆にこれぐらい値段が高い中で現地の人たちがどう
33:31やって収入を得ながら
33:33こういうものを買っているのかっていうところも調べてみたくなりました
33:37この辺は果物類が売ってますね
33:39でも全部どうやら輸入品みたいですね
33:43リンゴ1つ2.35ドルなんで400円近いんじゃないかな
33:49あとはマンゴーキウイオレンジ
33:55これはなんだろうプラムとかってやつかな
33:57プラムだと思うんですけど違ったらコメントで教えてください
34:00まあいろんな果物売ってますね
34:02でもこれらも全部輸入品なんで
34:06例えばこれはなんだこれは洋梨かな
34:09これも2.49ドル日本円にすると400円ぐらいか
34:13やっぱり値段が高いですね
34:22この辺りは日本のお菓子がたくさん売ってますね
34:24おなじみのブラックサンダーとかアーモンドチョコレート
34:28それからダースとか箱でも売られているし
34:33こっち側に来るとキットカットとかブラックサンダーとか
34:37袋でも売ってますね
34:39ブラックサンダー1つで1袋で3.49ドルなんで
34:44500円ぐらいかな500円ちょっとっていう感じ
34:48キットカットも3.89ドルなんで
34:50500円から550円ぐらいか600円近いんじゃないかなと思います
34:55配注とか
34:57やっぱり本当に日本で見るようなお菓子が当たり前の
34:59ように売られていますね
35:01日本語のまんま売られているんで
35:04やっぱりこれ現地で作られているとかじゃなくて
35:06日本で作られたやつがそのまんま現地に輸入されている
35:10ような感じですね
35:10お金さえ出せばね本当にいろんなものがいろんな日本の
35:14ものが食べられるっていうのが
35:15バラオの特徴かなと思います
35:26日本のユニクロも現地で販売していますね
35:29スウェットみたいなタイプのプルトラストレッチアク
35:32ティブジョガーパンツ
35:34日本だったら日本だったらいくらぐらいかな
35:36多分1990円とかそれぐらいで買えるんじゃないかなと思うんですけど
35:40これは29.95ドルなんで
35:42だいたい5000円弱か
35:45ユニクロもこっちになると値段が上がりますね
35:48なのでねパラオの人たちも出張とかで日本に行くと
35:51みんなGUとかユニクロに行ってたくさん洋服を買い込
35:55むそうです
35:56このあたりは日本の野球グッズがめちゃくちゃ売ってます
36:00ね
36:00グローブがずらーっと並んでいたりあとは下の方にボール
36:04も置いてあります
36:06あと向こうの方にはバットとかも置いてありますね
36:09野球ってね世界的に見たら多分マイナーなスポーツ
36:12だと思うんですよね
36:14アフリカとかだと野球全然効かなくて圧倒的にサ
36:17ッカーなんで
36:18でもパラオはね日本が統治していた時代に野球が広ま
36:22ったおかげもあって
36:23今でも結構現地の人たち野球をして楽しむ人たちは
36:27多いみたいですね
36:28これは世界中いろんな国もあってきましたけど
36:30こんだけ野球グッズがずらーっと並んでいる光景はな
36:33かなか珍しいですね
36:36今回から数回にわたってパラオでの取材動画をお届け
36:40していきます
36:40次回以降は太平洋戦争の激戦地となったペリリ
36:44ュー島の戦績や
36:45日本語が紅葉語の一つに定められているアンガウル
36:49島などを紹介する予定です
36:50次回以降の動画も見逃さないように
36:53ぜひこれを機会にチャンネル登録をよろしくお願いします
36:56私が運営するオンラインサロンシナジーでは
36:59youtubeでは話しきれなかった今回の取材の裏側も共有
37:03する予定です
37:03私の活動の応援にもつながりますので
37:06興味のある方はぜひ概要欄のリンクからホームページ
37:09をご覧ください
37:10またこのチャンネルには活動応援メンバーというメンバーシップもあります
37:14今後の取材や発信活動を応援してくださる方は
37:17ぜひご参加いただけると嬉しいです
37:19ということで今回も最後までご視聴くださりありがとうございました
37:23また次回の動画でお会いしましょう
37:25ご視聴ありがとうございました

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