- 2 日前
宮沢賢治
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テレビトランスクリプション
00:00夜の空に白く川のように流れているのは天の川である
00:0917世紀に望遠鏡が発明されてから
00:13天の川は実は無数の星の集まりであり
00:17渦巻きの形をしていることが分かってきた
00:20このような星の集まりを銀河という
00:24この渦巻き銀河を横から見ると
00:28突レンズの形をしていることが分かってきた
00:29と分かったのは20世紀に入ってからのことである
00:33驚くべきことにその学説が日本に紹介されて間もなく
00:40レンズ状の銀河の中を行く列車のイメージを着想した日本人がいた
00:46岩手県花巻市生まれの詩人
00:50そして童話作家の宮沢賢治である
00:56記者は銀河系のレールをレンズ
00:59大きな水素のリンゴの中をかけている
01:05宮沢賢治の童話
01:11銀河鉄道の夜はこのイメージをもとにして作られた
01:15イタリア東部式町に住む少年ジョバンニと親友カンパネルラが
01:24天の川沿いに走る銀河鉄道に乗ってさまざまな人に出会う中で
01:30人間の本当の幸せとは何かを考えるという物語です
01:37賢治が銀河への旅に託したメッセージとは何だったのか
01:45それには賢治が生涯をかけて愛した一人の男性が深く関わっていたのである
01:53百姓を知ろう
01:56百姓は自然だ
01:59賢治は花巻川口町の中心地豊沢町にあった
02:22七夜古着省の長男として生まれた
02:26誕生日は明治29年8月27日
02:33明治42年
02:36賢治は森岡市の森岡中学校に進学した
02:40中学時代岩手山をはじめとする山々を歩き回った
02:47しばしば山中で野宿した
02:49一人山の中で星空を眺めながら
02:56賢治は自然と一体となり
02:59安らぎを感じる少年だった
03:01生涯の道しるべとなる明宝蓮華経に出会ったのは
03:10中学卒業後のことである
03:13明宝蓮華経とはインドの釈迦の言葉を集めた書である
03:19明宝とは真理を意味する
03:21例えば私たちの宇宙は広さも時間も無限なのだと釈迦は言う
03:29賢治は釈迦の言葉に惹かれていく
03:31大正4年4月
03:35賢治は森岡高等農林学校農学科に優秀な成績で合格した
03:41そして校内にある辞刑寮に入寮した
03:461年後
03:52賢治は部屋の室長となって
03:555人の新入生を迎えた
03:57寝そべっているのが
04:00大阪家内という山梨から来た生徒だった
04:07室長の賢治に初めて対面したとき
04:11彼は臆することなくこう述べたという
04:15私はロシアの文豪トルストイの小説を読み
04:23その生涯を知って
04:24トルストイのような生き方をしたいと思って森岡に来ました
04:29トルストイの成果は地主です
04:33彼は裁判年に土地を全部百姓に与えて
04:37自分は家を出
04:38旅先で死にました
04:40トルストイは百姓こそ
04:44人間のあるべき本当の姿だと言っています
04:47トルストイは僕も読んだが
04:55トルストイに触発されて
04:58農学校に来る人もいるんだね
05:01文学には意外な力があるんだ
05:06物語として読んでいては
05:08ダメなんだね
05:10家内は自己犠牲を理想としていた
05:16この若者はこの若者はさらに賢治を驚かせた
05:22時系寮では入寮懇親会で各部屋ごとに出し物をやることになっていた
05:31家内は賢治を含めた6人全員で
05:38芝居をやろうと提案した
05:40そして数日で一気に脚本を書き上げたという
05:46人間のおもだえと題された原稿が残されている
05:553人の神様が人間たちに向かって
05:59百姓となれと説く劇だった
06:07家内は自分を全能の神に
06:10そして賢治を全知の神に振り当てた
06:14賢治の全知の神の紛争を
06:18家内はこう書いている
06:20全知の神
06:26ダークネス
06:27地頭
06:29顔真黒
06:30体全部黒
06:32目の周り銀熊
06:34肌黒色
06:44全能の神
07:01アグニ
07:02頭赤毛旋回数
07:05赤色ギリシャ服
07:07赤色シャツ
07:08口に墨にて大きくくまどる
07:11赤顔
07:12人間のおもだえは5月20日
07:23自敬寮懇親会で上演された
07:26よーく聞け
07:41ああ人間よ
07:44土に生まれ土に帰れ
07:47お前たちは土の化け物だ
07:50土の化け物は土だ
07:53自然だ
07:55光だ
07:56熱だ
07:57お前たちよ
07:59土に心を入れよ
08:02人間は皆百姓だ
08:05百姓は人間だ
08:08百姓をしろ
08:09百姓は自然だ
08:12賢治は後に
08:15このセリフ通りの道を歩もうとした
08:18それほどに
08:21この時の賢治の演劇体験は
08:23強烈なものだった
08:25大阪家内とは何者なのか
08:32私たち取材班は
08:35家内の聖火がある
08:37山梨県新崎市に向かった
08:39新崎市は
08:43南東に富士山
08:44正面に茅ヶ岳
08:46北西に八ヶ岳の
08:48田園風景の中にあった
08:50これが家内の聖火である
08:56家は代々大きな地主の庄屋だった
09:01家内は
09:05賢治と同年の明治29年
09:08保坂家の長男として生まれた
09:11家内の小学校時代
09:16この辺り一帯は
09:18度重なる水害に見舞われ
09:20田畑は荒廃し
09:22多くの死者が出た
09:25遺体は河原に埋められたが
09:31時が経つにつれ
09:32人骨が露出し
09:34火にさらされるようになった
09:41家内は子供心に
09:43人間は死んだらこんな風に自然に帰り
09:48土と化してしまうのだと思ったという
09:51私たちはアザリア記念会を訪れた
09:58ここには
10:01賢治と家内の関係を示す
10:03多くの資料が保管されている
10:05家内は
10:09甲府中学5年生の18歳の時に
10:13弁論部に入部した
10:14当時の弁論原稿が残っていた
10:19甲府中学校の時に弁論部で
10:29自分の考えをまとめたかを発表するんですけれども
10:33花園農村とは
10:38美しく豊かな理想の農村という意味である
10:43諸君
10:47諸君は百姓についてどう考えますか
10:52春霞たなびく山々の泡紫にけぶる光景
10:57気なる菜の花に蝶の止まる風情
11:00私はただ
11:02諸君
11:03百姓たれ
11:06と言ってこの壇を降ります
11:08そして
11:13検事との初対面の席で語った
11:16ロシアの文学者
11:18トルストイについての弁論原稿もあった
11:21諸君
11:25あらゆるリコの心を犠牲にして十字架にかかった
11:29主イエスクリストのごとく
11:32ふるさと
11:33ヤスナヤプラナを出たレオトルストイのごとく
11:36自己を生贄として捧げねばなりません
11:39諸君
11:42人民に受け
11:44百姓をせよ
11:45そして我々のハッピーキングダム
11:48幸せの王国を
11:50パラダイスを
11:51すなわち極楽浄土をつくれ
11:54ここに
11:57自らを犠牲にして
11:59農民のために尽くすという
12:02家内の考えが示されている
12:04百姓は人間だ
12:10この弁論があって
12:13百姓になれという
12:16あの人間のもだえがあったのである
12:19じゃあこれ家内のスケッチ帳ですけども
12:24家内が甲府中学時代に書いたスケッチブックである
12:30まず目についたのが
12:35一見何を書いたのかわからないこのスケッチである
12:38向山さんによると
12:41八ヶ岳山陸の風の神様を祀った石の祠の絵だという
12:47冬
12:50吹き降りる八ヶ岳おろしを
12:52山陸の人たちは風の三郎と呼んで石の祠に祀っていた
12:58今あるのは八ヶ岳権の祠で
13:03その横に同じような形の風の三郎舎があったという
13:08家内がここを訪れた時石の祠は壊れていた
13:15あえてそれを書いた
13:18風の神に強い関心を持っていたのだ
13:24スケッチは賢治の代表作
13:30風の又三郎を連想させる
13:34風の又三郎は東北地方に伝わる風の三郎さんの
13:46わらべ歌を取り入れて作られたと言われている
13:49しかし山梨にも風の三郎がいたのだ
13:53ある風の強い秋の朝
13:58種山ヶ原の谷合の川岸にある小学校の教室に
14:04見知らぬ子供が一人
14:06座っているのを村の子供たちが見つけます
14:09しんとした朝の教室の中に
14:13どこから来たのか
14:15まるで顔も知らない
14:17おかしな子供が一人
14:19一番前の机にちゃんと座っていたのです
14:23村の子供たちは風とともに現れた高田三郎を
14:30風の又三郎だと思うのです
14:33子供たちは三郎と野原や川で遊びます
14:38ところが10日ばかり経った風の強い日に
14:43突然三郎はいなくなります
14:46村の子供たちはやっぱりあいつは
14:50風の又三郎だという
14:52実は風の又三郎の要望を
14:57検事は繰り返しこう書いている
14:59おかしな赤い髪の子供
15:03顔ときたらまるで熟したリンゴのよう
15:07なぜ検事は風の又三郎を
15:11このように赤くしたのだろうか
15:13思い当たるのは
15:17人間のもだえの真っ赤な家内だ
15:21風の又三郎は八方毛下ろしの風の三郎に乗ってやってきた
15:28家内がモデルだったのではないか
15:31もう一枚のスケッチが私たちを驚かせた
15:38これは波齢彗星を家内がスケッチしたものである
15:431910年明治43年5月20日夜8時と記されている
15:50この年波齢彗星が地球に近づいた
15:56日本では天候に恵まれず
15:59山梨付近で奇跡的に観測できた
16:03家内はこの絵にこう記している
16:07銀館を行く彗星は夜行列車の様に似て
16:14遥か虚空に消えにけり
16:17銀館とは銀河のこと
16:21家内はスケッチ帳を森岡に持って行った
16:25賢治の銀河鉄道のイメージの始まりは
16:28この絵だったのかもしれない
16:31賢治と家内の話に戻る
16:36出会いから一年後の大正六年
16:40賢治と家内ら四人が中心となって
16:45文芸同人誌アザリアを創刊した
16:48二人の仲はさらに深まった
16:51その夏 賢治と家内は
16:56二人だけで岩手山に登ることにした
16:59山頂で日の出を迎えようと
17:03夜中に松明を手にふもとを出発した
17:06柳沢の放牧場のあたり
17:14柏原に差し掛かった時
17:16家内が夜空を振り仰いだ
17:19柳沢の初めに来れば真っ白の
17:31銀河が流れ星が輝く
17:37柳沢の初めに来れば真っ白の
17:42柳沢の初めに来れば真っ白の
17:46銀河が流れ星が輝く
17:50照らしゆく松明の日の明るさに
17:58巻き場の馬は驚きてくる
18:05柳沢まで来た時
18:08不意に松明が消えた
18:10消えた
18:11消えた松明の沖を家内と二人で
18:22変わる変わる変わる息を吹きかけた
18:37と検事は短歌にも残している
18:44柳沢原
18:49そこから炎を絶えたる松明を
18:52二人片身に吹きてありけり
19:08天の川がよく見える夜だった
19:22途中検事と家内は岩場に腰を下ろし
19:27銀河を眺めながら自分たちの将来について
19:30熱く語り合った
19:35トルストイや釈迦のように
19:38世の中の人を救う道を二人で歩もう
19:42よし
19:47この夜の銀河の下での誓いが
19:51賢治にとってどれほどの喜びであったか
19:55自らを犠牲にしてでも世の人のために尽くす
20:07家内と二人でどこまでもその道を進む
20:14岩手山の山頂で迎えた日の出
20:20賢治にとって人生の中で最も輝かしい夜明けであった
20:31同じ年の七月の夏休み
20:34賢治は旅先の種山ヶ原で見た電信柱を短歌に読んだ
20:41寄り添いて赤き腕着を連ねたる
20:50夏草山の電信柱
20:56賢治はなぜ電信柱などを短歌に読んだのだろうか
21:03これは家内が甲府中学時代に描いた電信柱である
21:15電信柱を絵の題材に選ぶというのは極めて珍しい
21:23家内のこの絵に刺激されて賢治は電信柱の絵を描いた
21:28そしてこの短歌に読んだと思える
21:36寄り添って立つ二本の電信柱は
21:39権利と家内である
21:48そんな二人の別れは突然やってきた
21:53大正7年2月に出したアザリア5号
22:02そこに乗った家内の短文が思わぬ事態を引き起こした
22:09家内は危険な虚無思想の持ち主で
22:13公室に異を唱えていると学校側に判断され
22:17二年生の三学期に退学処分となったのである
22:21家内は山梨に戻り
22:26家内は山梨に戻り
22:30以後3年4ヶ月の間
22:33二人は会うことがなかった
22:36家内とは手紙だけの付き合いとなった
22:39家内宛ての賢治の手紙が
22:47山梨県立文学館に保管されている
22:51大正5年から大正14年までの期間の手紙
22:58賢治が家内に送った手紙は73通に上る
23:05学芸員中野和子さんによると
23:1073通のうち56通が
23:14家内が退学してからの3年4ヶ月に集中している
23:19共にしっかりやりましょうと
23:26賢治が20回も同じ言葉を繰り返している手紙
23:32表と裏いっぱいに繰り返されている
23:37南明法蓮華経の文字
23:39共にこの道を歩いて行こうという
23:44賢治の熱い願いなのであろう
23:51特に目立つのは
23:54家内と二人で岩手山に登った
23:57あの夜のことを繰り返し書いた手紙である
24:02あの銀河がしらしらと南から北にかかり
24:06静かな裾野の薄明かりの中に
24:10消えた松明を吹いていたこと
24:13あの柏原の夜の中で松明が消えてしまい
24:19あなたと変わる変わる一生懸命その沖を吹いた
24:24沖は小さな赤子の手のひらか
24:27夜の赤い花のように光り
24:29かつて森岡で我々が命名の中に立てた
24:38あの大きな願いは
24:40あなたを去らないことを少しも疑いません
24:44そして
24:46そして
24:47賢治の振り絞るような悲痛な言葉が残されている
24:55私がとも穂坂家内
24:58私がとも穂坂家内
25:02我を捨てるな
25:06大正9年の手紙である
25:21家内が去って3年が過ぎた
25:24大正10年
25:26賢治は日連集計の宗教団体で奉仕活動をするために
25:31東京に下宿していた
25:32そこへ家内からはがきが届いた
25:37軍隊に志願して1年
25:42現役除隊となったが
25:44今度は見習い士官として王将して
25:487月1日から東京の兵舎に入園した
25:53という知らせであった
25:54おはがき
26:04拝見いたしました
26:06私もお目にかかりたいのですが
26:09お尋ねできますか
26:122人は7月18日
26:18上野帝国図書館で再会することになった
26:21再会の場所はその3階の閲覧室であった
26:29賢治は先に来て待っていた家内を
26:35ダルゲという名前にして
26:38再会の様子を詩やエッセイに書き残している
26:41そうだ
26:46この大きな部屋にダルゲがいて
26:49今度こそもう会えるのだ
26:54俺はなんだか
26:56胸のどこかが熱いか溶けるかしたようだ
27:00大きな扉が半分開く
27:05俺はスルッと入っていく
27:07部屋はガランと冷たくて
27:17猫背のダルゲが額に手をかざし
27:21大きな窓から西空をじっと眺めている
27:26この後賢治は家内の姿を描写するのだが
27:35それが何とも不可解なのである
27:44ダルゲは陰気な灰色で
27:47腰には厚いガラスのミノをまとっている
27:51ダルゲは少しも動かない
27:58ミノは藁でできた雨具であり
28:00当時は百姓たちが使っていた
28:04さらに不可解なのは
28:07コシミノがガラスでできていることである
28:10つまり見えないコシミノをつけて
28:14ダルゲはすなわち家内は立っていたのである
28:18ケンジは家内を見た瞬間に直感したのだ
28:25もう家内はあの近いから遠く離れたところに行ってしまった
28:31彼は百姓になりたいのだ
28:35一人その道を進むつもりなのだと
28:39二人が何を話し合ったのかは分かっていない
28:46その日の家内の日記である
28:52大きく車線が引かれている
28:56この後、二人は会うことはなかった
29:01この時期に作られたと思われる
29:07ケンジの詩の断片がある
29:10題名は付けられていない
29:13ひたすらに思いたむれど
29:17この恋しさをいかにせん
29:20あるべきことにあらざれば
29:23夜のみぞれをゆきて泣く
29:30ひたすらに思いをかけているのだけれど
29:34この恋しさをどうしたらいいのだろう
29:38あってはならないことなので
29:41みぞれの夜をただ泣いて歩くしかできない
29:48ケンジは自分の心に湧き上がっている感情を
29:53あってはならないこと
29:55すなわち道に外れたことと思っていた
29:58大正十年十二月
30:04ケンジは花巻の冷え抜き農学校の教師に職を得た
30:10科学や農業実習の担当だった
30:17大正十一年四月
30:19ケンジは花巻から汽車で森岡に出
30:22そこから夜通し歩いて外山高原に着いた
30:28ケンジは詩人として新しい人生を始めようとしていた
30:33初めての詩の題名は
30:41春と修羅だった
30:43その詩作の現場に選んだのが外山高原だった
30:49なぜ外山高原だったのか
30:51ケンジは上野帝国図書館で家内と別れたすぐ後で
30:59巡国と僧麗という二人の若者の対話劇を書き
31:05家内と思われる若者に
31:07外山高原へ行って開拓をするというセリフを言わせている
31:13どこで百姓をやろうと言うんだ
31:21山梨県か
31:26いや
31:28岩手県だ
31:30外山という高原だ
31:33北上山地のうちら
31:35俺はただ一人で
31:38そこに畑を開こうと思う
31:40もちろん実際に家内は外山高原に来ることはなかった
31:53あの劇はケンジの描いた幻なのだ
31:58幻の家内に会うためにケンジはここ外山高原に来たのである
32:04外山高原に岩手山が見えるところがあった
32:11岩手山はまだ雪をかぶっている
32:15春と修羅の現場はここのようだ
32:19死、春と修羅はこう始まっている
32:29神章の灰色鋼から
32:35明け火の鶴は雲にからまり
32:39野原のやぶや不織の湿地
32:42一面の、一面の天国模様
32:49天国模様とはどういう意味か
32:54ケンジが熟読していた明宝蓮華経には
33:04天国に横島、すなわち邪道を意味するルビが降ってある
33:11こんな晴れやかな春の風景が
33:19ケンジには
33:21信じられないような
33:23異様な横島な世界に見えていたのである
33:26怒りの苦さ、また青さ
33:36四月の寄贈の光の底を
33:39椿し、はぎしり行き来する
33:45俺は、一人の修羅なのだ
33:56ケンジはどんな風に修羅をイメージしていたのか
34:02日蓮のある本に
34:05むさぼるはガキ、おろかなるは畜生と並んで
34:10横島なるは修羅とある
34:14ケンジは、自らを道をはずれた
34:18横島な人間だと言っているのである
34:26まことの言葉は失われ、雲はちぎれて空を飛ぶ
34:39ああ、輝きの四月の底を
34:45はぎしり、燃えて行き来する
34:48俺は一人の修羅なのだ
34:51日輪、青く陰ろえば
34:57シュラは樹林に公共し
35:01落ち入りくらむ天の湾から
35:07黒い木の群落が伸び
35:10その枝は悲しく茂り
35:13すべて二重の風景を
35:23草心の森の梢から
35:25ひらめいて飛び立つカラス
35:28きそをいよいよ澄み渡り
35:33日の木も真と天に立つ頃
35:37草地の小金を過ぎてくるもの
35:43ことなく、人の形のもの
35:46けらをまとい、俺を見るその農夫
36:00本当に、俺が見えるのか
36:17本当に、俺が見えるのか
36:20まばゆい危険の海の底に
36:36悲しみは青々深く
36:40まことの言葉はここに泣く
36:44シュラの涙は土に降る
36:50何を見えるのか
36:54何を見えるのか
36:57何を見えるのか
36:59何を見えるのか
37:01新しく、空に行き着けば
37:05ほのじろく、肺は縮まり
37:11この体、空のみじんに散らばれ
37:17空のみじんに散らばれ
37:25シュラの賢治は、みじんとなって
37:29空に消えた
37:35釈迦は言う
37:36無限に広がるこの三千大世界
37:41すなわち宇宙は、みじんによって
37:44作られているのだと
37:46この宇宙のあらゆるものは
37:51みじんからなり、みじんにかえる
37:54その意味で、この世に存在するすべてのものは
37:58たとえそれが、同性をこうるようなものであっても
38:04それは、宇宙の一部なのであり、自然の一部なのだ
38:11すなわち、すべては、わたしの子なのだ
38:16その1か月後、賢治は、森岡から西へ12キロの小祝い駅に降り立って
38:30小祝い農場へ向かった
38:33大正11年5月21日
38:37この時書かれた詩が、小祝い農場である
38:40小祝い駅から、小祝い農場へと描写は続くが
38:48賢治が目指したのは、20キロ先の倉掛山のふもとである
38:54賢治は、その場所で、ある言葉をとろしようと決意していた
39:01それは、恋愛とは何かという問いへの自分なりの答えであった
39:07難解な原文を噛み砕いて言えば、こうである
39:13すべての人の幸いを願って結ばれる恋愛は、宗教的上層で最良の恋愛だ
39:23他の人のことは考えず、ただ2人だけの道を行くのが、普通の恋愛だ
39:29最低の恋愛は、性欲だけで結ばれる関係だ
39:36ただし、人間というのは、性欲から始まって、宗教的上層の高みへも行けるのだ
39:45賢治は、新たな人生を始めようとしていた
39:52大正11年11月、日本女子大学を出て、花巻女学校の教師をしていた妹、俊子が、24歳の若さで病死した
40:07妹のために何もしてやれなかった賢治は、俊子の魂と交信したいという思いに駆られ、カラフトへの旅に出た
40:20この時に作られたのが、青森万華という詩である
40:25こんな闇夜の野原の中を行くときは、客車の窓は、みんな、水族館の窓になる
40:44記者は、銀河系のレイローレンズ
40:51大きな水素のリンゴの中をかけている
40:55リンゴの中を走っている
40:58銀河を走る夜行列車のイメージが書かれていた
41:04賢治は、そのイメージをもとに
41:08少年ジョバンニが、親友カンパネルラと旅をする物語を着想した
41:19それは、ケンタウル祭という星祭りの日の夕方でした
41:25少年ジョバンニが、街の近くの丘に登っていると
41:35どこからともなく、銀河ステーションという声が聞こえ
41:40気がつくと、銀河鉄道に乗っていました
41:44目の前の席には、親友のカンパネルラが乗っていました
41:49客車には、地球からさまざまな乗客が乗っていた
41:57サザンクロス駅に着いた時、ほとんどの乗客が降りていった
42:11ジョバンニが、カンパネルラに
42:16僕たちどこまでも一緒に行こうね、と言って振り返ってみると
42:22カンパネルラの姿は消えていました
42:26ジョバンニは、泣き叫びました
42:30これが、銀河鉄道の夜のあらすじだった
42:36大正14年が明けて早々の1月5日
42:52ケンジは、突然旅に出る
42:55いくつかの約束をキャンセルしての急な旅立ちだった
42:58ケンジは、花巻駅から東北本線で北上し、岩手県から青森県に入り、現在の八戸駅で八戸線に乗り換えた
43:12終点は、種市駅だった
43:20夕方、種市駅で降りたケンジは、30キロ先の九時の街に向かって、冬の浜街道を歩き始めた
43:29冷たい風と雪道を、半月の明かりを頼りに、夜通し歩き続けた
43:40夜明けを迎えた時、ケンジは、太平洋に面する侍浜の海岸に立って、死を作っている
43:48行空への嫉妬
43:55バラ奇跡や、雪のエッセンスを集めて、光気高く輝きながら、その精霊なサファイア風の惑星を、溶かそうとする、明け方の空
44:18サファイア風の惑星とは、土星のことである
44:25ケンジは、土星を溶かしてしまう、明け方の空に嫉妬している
44:30ケンジは、この土星について、こう書いている
44:35僕が、あいつを恋するために
44:39ケンジは、土星に恋しているというのだ
44:44その後、ケンジは、死らしい死を作らず、1月9日に花巻に戻った
44:54一体、ケンジの陸中海岸への旅の理由は何だったのだろう
45:03土星を見るための旅だったのだろうか
45:05大正14年1月6日の、夜明け前の陸中海岸の空の様子を、調べてみることにした
45:23午前2時過ぎに、東南東の水平線上に姿を現した土星は、
45:29南の方へ移動しながら、上空へと上っていく
45:32夜明け前の4時過ぎには、土星はこの位置まで来た
45:39その時、南の水平線上に、正座ケンタウルスが、その上半身を見せていることに気がついた
45:48夜明け前、ケンタウルス座が見えていた
45:53土星と向かい合っているようだ
45:56これは驚くべき発見だった
45:58なぜなら、銀河鉄道の夜は、ケンタウル祭という、星祭りの日の出来事だからだ
46:07ケンタウルスの語源は、ギリシャ神話に登場する、このケンタウルスである
46:13上半身が人間、下半身が馬、半人半馬の怪物なのだ
46:18日本では、夏の夕方に見える星座とされてきた
46:24ケンジは、銀河鉄道の夜の中で、ケンタウル祭とは何かについて、一切説明していない
46:34しかし、ケンジが使っていた、星座早見版でも、ケンタウルスが、冬の夜明けに見えることが確認できる
46:47ケンジは、冬でも、夜明けにケンタウルスが見えることを知っていたのだ
46:57あの旅の目的は、ケンタウルスと土星が出会うのを確かめるためだったのではないか
47:07私たちは、改めて、ケンジとケンタウルスの関係を、最初から洗い直してみることにした
47:14ケンタウル祭を、どのようなものと考えていたかを示す手がかりが、銀河鉄道の夜の下書き口にあった
47:30最初に書いたケンタウル祭の文字を、一旦消して、西洋祭としようとしたことがわかる
47:38西洋祭とは星祭り、すなわち七夕のことである
47:42七夕とは、七月七日、彦星と織姫が天の川を渡って出会う夜である
47:52ケンジは、ケンタウル祭に七夕のイメージを重ねていたのだ
47:58ちなみに、一月六日の半年前は、七月七日、七夕である
48:03ケンジが一月六日にこだわって旅をしたのは、その日が冬の七夕だったからなのかと気づかされる
48:13そして、一月六日の明け方の様子を読んだケンジの文語誌が、ケンタウル祭とは何かを解き明かす決め手となった
48:25敗れ少年の歌える、である
48:30きみにたぐえる、かの星の、いま溶けゆくぞ、かなしけれ
48:41きみだと思って見ていたあの惑星が、いま夜明けの光に溶けていくのが悲しい
48:47さながらきみのことばもて
48:53われをこととい、もえけるを
48:57まるで、きみがわたしにこえをかけようとおとずれてきて、ほのうのようにかがやいていたのに
49:04土星が家内であるならば、ケンタウルスはケンジである
49:12その土星が消えた、つまり家内が消えた
49:19やぶれ少年というのは、明らかに、恋にやぶれ少年である
49:26これは、失恋の歌なのだ
49:29ケンタウル祭とは何かという謎が解けてきたようである
49:36ケンタウル祭、それは、ケンタウルスと土星が出会う夜なのだ
49:44ケンジは、横島な修羅である自分を、半人半馬の怪物、ケンタウルスに重ね合わせていた
49:55そして、家内を、サファイア色に光り輝く土星にたとえていたのである
50:05童話銀河鉄道の夜は、穂坂家内に捧げられた物語である、という視点から、あらためて物語を見直してみよう
50:19ケンタウル祭の日、ジョバンニとカンパネルラは、銀河鉄道の旅をしました
50:30やがて、3人の乗客が乗り込んできました
50:36家庭教師の青年と、姉と弟の3人は、イギリスから大きな客船に乗ったのでした
50:48その船が氷山にぶつかって、いっぺんに傾き、もう沈みかけました
50:57ボートには、とてもみんなは乗り切らないのです
51:03ボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちがいて、とても押しのける勇気がなかったのです
51:14みんなの命を救うために、船とともに沈んでいく人々
51:23みんなの幸せとは何か、本当の幸せとは何か、賢治は問うている
51:31やがて、銀河鉄道はサザンクロス駅に近づきます
51:41そこは、天国の入り口でした
51:44青年と、姉と弟は、他の乗客と一緒に、汽車を降りて行きます
51:56みんな、他人の命を助けて、自らの命を失った人たちなのでしょう
52:02実は、カンパネルラも、この人たちのような死者なのだが、なぜかカンパネルラは降りない
52:12カンパネルラが死者であることを知らないジョバンニは、カンパネルラに話しかける
52:19カンパネルラ、また僕たち二人きりになったね、どこまでも、どこまでも一緒に行こう
52:29やがて、きれいな野原が見えてきました
52:35すると、カンパネルラが突然叫ぶのです
52:39ああ、あそこの野原は、なんてきれいだろう
52:47あそこが、本当の天井なんだ
52:52ぼんやりそっちを見ていましたら、二本の伝心柱が、ちょうど両方から腕を組んだように、赤い腕着を連ねて、立っていました
53:03カンパネルラ、僕たち一緒に行こうね
53:12ジョバンニが、こう言いながら振り返ってみましたら、カンパネルラの形は見えず、ジョバンニは、鉄砲玉のように立ち上がりました
53:25そして、窓の外へ、体を乗り出して、力いっぱい、泣き出しました
53:40もう、そこらが、いっぺんに真っ暗になったように、思いました
53:46ふと気がつくとジョバンニは元の丘に戻っていました
53:58町へ行ってみるとカンパネルラが川で溺れた同級生を助けて
54:07水死したことを知らされたのでした
54:16カンパネルラは、サザンクロス駅で降りなかった
54:20赤い腕着の二本の伝心柱が立っている、きれいな野原で
54:25あれが本当の天井だと言って降りた
54:29カンパネルラは家内だ
54:31賢治は、あの野原を二人だけの天国にしたかったのである
54:37みんなの幸せとは何かという、大きなテーマとともに
54:44賢治は、好きな人と一緒に暮らしたいという
54:48自分の幸せについても、ひそかに、恥ずかしそうに語っていたのである
54:54大正14年6月25日、賢治は家内に手紙を出した
55:08来診は、私も教師を辞めて、本当の百姓になって働きます
55:18これが、家内への最後の手紙となった
55:31家内は、大正14年に結婚し、翌年、青年訓練所の養殖に就き
55:37以来、一貫して若者の農業指導に携わり
55:43昭和12年2月、41歳でがんのために亡くなった
55:49二男一女の父だった
55:56亡くなった時、賢治からのすべての手紙のファイルを
56:01枕元に置いていたという
56:06賢治は、北上川の河岸で一人暮らしをしながら
56:11畑を耕して、本気で百姓になろうとした
56:14しかし、その頃から、結核性の病気で体調を崩し
56:21昭和8年9月、37歳の生涯を閉じた
56:27手帳に残された雨にも負けずには
56:34病のために、家内と誓い合った
56:37あの大きな志を果たせなかった
56:41無念の思いが込められているように思われる
56:47雨にも負けず、風にも負けず
56:51雪にも、夏の暑さにも負けぬ
56:55丈夫な体を持ち
56:57欲はなく、決して怒らず
57:00いつも、静かに笑っている
57:05一日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ
57:12あらゆることを、自分を感情に入れずに
57:16よく見聞きし、分かり、そして忘れず
57:19野原の松の、林の影の小さなかやぶきの小屋にいて
57:27東に病気の子供あれば、行って看病してやり
57:32西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を追い
57:38南に死にそうな人あれば、行って怖がらなくてもいいといい
57:43北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろといい
57:50日出りの時は、涙を流し
57:54寒さの夏は、ほろほろ歩き
57:58みんなに、デクノボウと呼ばれ
58:03褒められもせず、苦にもされず
58:08そういうものに
58:10私は、なりたい
58:40知事中
58:59詞・作曲・編曲・編曲・編曲・綺正道
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