- 9 か月前
カテゴリ
🛠️
ライフスタイルトランスクリプション
00:00:00静岡にせっかく来たもんですから
00:00:17静岡の話をしてみたいと思います
00:00:24静岡というのは単独では歴史の上では成立していなくて
00:00:38やはり東海地方と山梨県と含めて東海地方という一つの中で考えてみたいと思うんであります
00:00:52人間の知恵というのはこういう静岡のようないいところではなかなか知恵というのは発達しないものであります
00:01:05静岡というのは日本国の成立というのは弥生意識のときに
00:01:12あれは国ではありませんけれども我々の日本社会というものが稲作が入ってきて初めてできたわけであって
00:01:20稲作以前のいわゆる縄文時代と言われているときの日本の社会というのはどんなもんか
00:01:28これはこれで考えてみると面白いんですけれども
00:01:33しかし一応日本の社会ができるのは稲作からできるわけで
00:01:37それは静岡は誠に敵地でありまして
00:01:41こういう敵地では容易に
00:01:46どう言いますか
00:01:48知恵を発達しないんだ
00:01:50山梨県が面白いところであります
00:01:57静岡人にとっては公衆の人というのはどこかいかがわしくて
00:02:05どこか油断にならなくて
00:02:08どこかこうバカにしているところがありますでしょう
00:02:13公衆から静岡の農家に働きに来るというのは江戸時代は普通でありまして
00:02:21あれは公衆の人間はちょっと俺たちよりも下なんだと思いがちでありますけれども
00:02:30そうじゃなくて非常に悪い土地でありますから
00:02:35ここで人間の知恵が発達したのが
00:02:43だいたい鎌倉の起こる頃に非常に発達してきているのであります
00:02:49どういう形で発達するかといいますと
00:02:52ご存知のように公衆というのは山国でありまして
00:02:55川が急流であります
00:02:58ことごとく急流でありまして
00:03:00ここで稲作を作るのは
00:03:03もみをまいて苗床作って稲ができるという具合じゃありませんで
00:03:09石垣を作らなきゃいけない
00:03:11そして水をせき止めたり
00:03:16あるいは水の流れを変えたり
00:03:20いろんな工夫をしなきゃいけないものですから
00:03:23公衆で日本の土木が発達したわけであります
00:03:27これは普通言われていませんけれども
00:03:29異常なぐらいの発達であります
00:03:32土木というものが我々の社会をずいぶん変えたんだという
00:03:40今日のイメージでなくて
00:03:43過去のイメージに頭を持っていっていただきたいんですけれども
00:03:47人間の知恵の中で一番大きな仕事は土木だったということにして
00:03:53考えていただきたいと思うんですけれども
00:03:56面白い例を挙げますと
00:04:00戦国の頃というのは
00:04:04武田信玄の時代というのは
00:04:08非常に
00:04:12公衆の華やかな時代ですけれども
00:04:14これはなぜ華やかだったのかというと
00:04:18武田信玄が出たからだけではなくて
00:04:22公衆人は土木の名人でありまして
00:04:26隅々まで公衆の田んぼというのは
00:04:31土木によって出来上がっておるわけで
00:04:34ですから公衆人というのは
00:04:37大体土木が出来たようである
00:04:40ですから
00:04:42江戸の初期に
00:04:46家康が佐渡の金山を開くときに
00:04:51佐渡の金山を受け持った人は
00:04:54一番上の役人の大久保長安という
00:04:57後でひどい目に遭う人ですけれども
00:05:01大久保長安から下っ端の役人まで
00:05:04公衆人であります
00:05:07ご存知のように
00:05:11このゴールドの金の話を少ししますが
00:05:14ゴールドの金というものは
00:05:17日本人を非常に変えたんだという
00:05:20話でありますけれども
00:05:22黄金というのは
00:05:26日本では奈良町の時でも
00:05:30ピンとこなかった金属であります
00:05:34世界の先進地帯
00:05:37これは中近東からヨーロッパにかけて
00:05:40あるいは中国
00:05:41黄金というものの価値はみな知っておった
00:05:46特に中近東から西のヨーロッパにかけては
00:05:49黄金は通貨であった
00:05:52ところが日本の場合は
00:05:55本当の意味の通貨は
00:05:58江戸大政が滅びるまで
00:06:02黄金というものは通貨じゃなくて
00:06:05お米が通貨であったというのは
00:06:07皆さんご存知の通りであります
00:06:08お侍は100国取りとか50国取りとか
00:06:12お大名は70万石とか
00:06:14全部お米であります
00:06:16ですからお米が実際の通貨であって
00:06:20黄金については
00:06:22小判なんかがありますけれども
00:06:25これは一生見なくて
00:06:29終わるという人の方が多くて
00:06:32そう流通した通貨ではなかった
00:06:35しかしながら江戸時代というのは
00:06:38びっしりと通貨の時代でございますから
00:06:42少し暮らしのいい人なら
00:06:45小判は触ったこともあるし
00:06:49蓄えておるということもあり得るわけで
00:06:51それ以前はどうかというと
00:06:54全く黄金の恩知の国でありまして
00:06:58大体日本語の
00:07:00私はわざわざ黄金と言っているのは
00:07:03黄金と言ってもいいんですけれども
00:07:05日本語で金とか金とかというのを
00:07:08金と書いて金って呼んで
00:07:10金属全部を指したりしますが
00:07:12わざわざ特別にゴールドというような言葉が
00:07:15せいぜい黄金という言葉ぐらいであって
00:07:19曖昧な言葉である
00:07:21これはピンとこなかった証拠であります
00:07:24その徳川家康が佐渡の金山を開くまでの間
00:07:30とにかくピンとこなかった
00:07:32つまり奈良町のちょっと前に
00:07:37飛鳥時代がありますが
00:07:39それをちょっと前に金明天の時に
00:07:43くだらから仏像がやってきたと
00:07:46仏教がやってきたと言って
00:07:48いいことになっております
00:07:51確かにそうであります
00:07:52その時の日本書紀の文書が非常に面白くて
00:07:59異国の仏教はキラキラしという言葉がありますが
00:08:09金メッキしてある
00:08:10それでびっくりして金じゃないかと
00:08:15メッキということは分かっていても
00:08:18とにかく芸術的ショックと言いますか
00:08:22どう言いますか
00:08:25だいたいそれまでの日本人ってのは
00:08:28日本は若い社会なんだというのは
00:08:29私の結論なんですけども
00:08:31非常に若い歴史の社会で
00:08:33これからどうなっていくのか
00:08:35世界史的にも面白い国だろうと思うんですが
00:08:39非常に若くて
00:08:41だいたい黄金を見て
00:08:43ショックを受けただけでなくて
00:08:46仏像は人間の形しておりますが
00:08:49こんなに彫刻できるものかと
00:08:52それまでは皆さんご存知の
00:08:56この埴輪のようなものしかなかったわけで
00:08:58これはもう地説というよりも
00:09:01まことに無事はきなものであります
00:09:04それが
00:09:05ミロのギリシャ彫刻ほどではありませんけれども
00:09:09とにかく
00:09:11仏様が人の形をしているというだけで
00:09:15もうこれだけでショックを受けて
00:09:16仏教に入ったわけであります
00:09:18ですからその仏様が金滅起してあると
00:09:23金ということは
00:09:25無論4世紀5世紀6世紀の日本人は知っておるわけで
00:09:30どうして知っているかというと
00:09:35白木には随分金が出ると
00:09:37朝鮮人はどういうわけだか知りませんけれども
00:09:41金が好きでありまして
00:09:44我々の朝鮮系と思われる古墳の出土品で
00:09:49よく金無垢のイヤリングだとかが出てきますけれども
00:09:56韓国の出土品では
00:09:59全く金だけの冠だとか
00:10:02もう金以外何も使っていない冠だとか
00:10:05今の感覚から言えば非常に悪の強い感じのするものがありますが
00:10:12これは話がちょっと飛んでいきますけれども
00:10:17韓国特有のものであります
00:10:20中国でもあまりはありません
00:10:22中国というところは
00:10:24最高の価値を金に置かずに
00:10:27玉に置いた国ですから
00:10:29これも変わってますですよね
00:10:31玉というのは簡単に言うと
00:10:33大理石の上等のやつであります
00:10:35玉に置いたわけで
00:10:38金田玉楼と言いますけれども
00:10:40玉が一番上で
00:10:42その次に金とか銀とかがあったわけで
00:10:45ヨーロッパはだいたい金であります
00:10:48金を非常にありがたかった民族というのは
00:10:52ヨーロッパの中でも
00:10:56南ロシアに紀元前3世紀ぐらいに出てきた
00:11:04スキタイという民族が
00:11:06金が好きであります
00:11:07スキタイというのはご存知のように
00:11:09遊牧を発明した民族であります
00:11:11顔形は西洋人の形をしておりまして
00:11:15馬に乗って走り回る
00:11:17馬というものはそれまで乗るもんじゃないと思ってたのが
00:11:21ところが馬の背中に人間が乗って走り回るというのは
00:11:25これはもう大変な発明であります
00:11:27この発明に驚いたのは
00:11:30ずっと後のコロンブスが
00:11:32アメリカ大陸を発見したときに
00:11:34インディアンがびっくり仰天したのは
00:11:36スペイン人が馬の上に乗っていると
00:11:39これはお化けじゃないかと
00:11:41人と馬とか
00:11:43筆体になっているお化けじゃないかと思って
00:11:47インディアンがびっくりしてしまった
00:11:50わけでありますが
00:11:52それを紀元前3世紀頃に
00:11:55スキタイが発明しまして
00:11:57そして遊牧のシステムも発明した
00:12:00それまで人間は遊牧ということを知らなかったわけで
00:12:03遊牧というのは皆さん
00:12:05非常に古い産業だと思いですけれども
00:12:08人類の歴史から言ったら
00:12:10非常に新しいモダンな産業だったわけで
00:12:14それはそれとして
00:12:16このスキタイが非常に金が好きだった
00:12:19今でも南ロシアのスキタイの出土品は金が多い
00:12:22ベルトのバックルも金であり
00:12:27いろんな道具が金である
00:12:29この金が金の好きな民族が
00:12:34中アジアもしくは北アジアを通って
00:12:38ずっと来て朝鮮半島に影響しているんだろうと
00:12:41朝鮮半島のゴールド好きというのは
00:12:45古代朝鮮半島のゴールド好きというのは
00:12:47そういうわけだろうと思うんでありますが
00:12:49日本はそうではなかった
00:12:51金というのは
00:12:53だいたい川とか山とかに転がっているものであって
00:13:00鉱石を取って金にするまでは
00:13:02なかなか人中は至らなかったんですが
00:13:05朝鮮半島の
00:13:06古代朝鮮半島の金月というのも
00:13:09川なんかにあるこの粒状の金
00:13:13あるいは砂状の金を拾ってきて
00:13:17金は加工が簡単でございますから作ったもんで
00:13:20それが日本列島ではそういうものがあるんだと
00:13:25現物も見たことがあるという程度が
00:13:29紀元前後から6世紀ぐらいまでの日本人の感覚で
00:13:34金には鈍感だったわけだよ
00:13:37異国の仏はキラキラしであって
00:13:41びっくりしてそれから次は仏を作らなきゃいけない
00:13:44仏を作るには金が必要だと
00:13:47金メッキしなきゃいけないというので
00:13:49輸入しておったんですね
00:13:52ですけど大仏を作るときに
00:13:54大きな金を必要ですから
00:13:57大仏さんを作るときに
00:14:01随分つまり
00:14:03朝鮮からトライした人たちを使って
00:14:08金を探させております
00:14:10大仏さんができる頃
00:14:13七町の頃でありますが
00:14:15六つの国から金が出たというので
00:14:19日本書紀では確か金というのは異国のもんだと思ってたけれども
00:14:24我が国にも出たと言って
00:14:27正武天皇が大仏様に文章を書いて
00:14:32大仏さんのお祈りをする文章を書いている中に
00:14:35そういう文句があります
00:14:37ですから随分金について鈍感であって
00:14:40ずっと平安朝の頃でも
00:14:45正々金が登場するのは
00:14:48末期の平家の頃に
00:14:52お経を金の文字で書いたと
00:14:55ご存知のように
00:14:56今時金礼のお経は平家のお経というのがありますが
00:15:00それぐらいであって
00:15:02皆様が平安時代の王朝の文化を想像されるときに
00:15:08金金満々のイメージはないと思うんで
00:15:11あまり金も使ってなかった
00:15:13それが鎌倉に入りますと
00:15:19いよいよ金と関係がない
00:15:20黒っぽい感じの彫刻がたくさんあります
00:15:27ですから金というのは
00:15:32たとえ取ってきても持ってても
00:15:36珍しいもの持ってるねって言ってしまう
00:15:38ということでもないんでしょうけども
00:15:41通貨にはならなかったような感じであります
00:15:44それが通貨になり始めるのは
00:15:51西洋人に教えられたわけであります
00:15:54室町時代っていうのは大貿易時代でありまして
00:16:01ここから様子が変わるんであり
00:16:04室町時代から我々の生活文化が出発するようだし
00:16:10室町時代から日本の本当の庶民を入れた歴史が
00:16:15成立するわけでありますけども
00:16:17それはイスパニア人とかスペイン人とか
00:16:23あるいはその前にアラビア人とか
00:16:25公開を始めまして
00:16:27大公開時代を巻き起こすわけですが
00:16:31それが中国の
00:16:34南中国の港港に来て
00:16:39商売を始める
00:16:40ところがなかなかゴールドが手に入らない
00:16:46日本に行けばいいだろうと言うんで
00:16:50日本人を巻き込んでしまう
00:16:52この間朝鮮人というものは巻き込まれてないのは
00:16:55もう朝鮮にはゴールドがなかったわけで
00:16:58ですから日本にはもうその頃
00:17:01なんて言いますか
00:17:03少しはあった
00:17:06砂金とかさっき言った粒状の自然の金であります
00:17:10室間時代っていうのは
00:17:15とにかくこの世界一に日本が登場する重要な時代であって
00:17:21室間時代でもって日本は成立するんだと
00:17:25我々のこの非常に細々したことを言いますと
00:17:28床の間だとか
00:17:29これはどの家でも日本座敷があれば床の間があります
00:17:34これも室間時代
00:17:35それからスキヤ武神っていうのは
00:17:38今の日本建築のことであります
00:17:40スキヤ武神の建て方も
00:17:42室間市の大工が発明したのを未だに踏襲しておる
00:17:46それからお座敷にこの壁を塗る
00:17:51ジュラクと言ったりして非常に品のいいものでありますが
00:17:55これも室間市から始まる
00:17:57どうもこれは中国の影響のようであります
00:17:59それから家の外壁に白壁を塗るというのも
00:18:04室間時代である
00:18:05それから
00:18:07お農が始まるのも室間時代
00:18:11それから文章を書くというのは普通の
00:18:15おこげさんじゃなくて普通の人間が書き始めるのも室間時代
00:18:19もうあらゆるものが出てくる
00:18:24そして文章が破壊されるのも室間時代
00:18:29文章っていうのはもう
00:18:32宇治須城だけで人間が整理しておるっていうのは
00:18:35これは律令時代
00:18:38つまり奈良平安町の頃から平家の頃
00:18:41源氏の頃
00:18:42鎌倉を通してみんなそうでありますが
00:18:46室町からガタガタに崩れるっていうのは
00:18:49貨幣が登場するからであります
00:18:52貨幣は普通の通貨は
00:18:56これは銅でありますが
00:18:58ご存知のように一門船で
00:19:00永楽船と言われているのは
00:19:02民から移入しているの
00:19:04通貨幣を外国に持ったっていうのは
00:19:06非常にのんびりした国でありますけれども
00:19:08それは金を持って
00:19:11他の商品でも買いますけれども
00:19:13その銭を買いますけれども
00:19:15金を持って買うことが多かった
00:19:17だから日本のこの砂金は
00:19:20随分その頃に出て行って
00:19:22そしてそれにつられて
00:19:24イスパニア人、ポルトガル人がやってくる
00:19:26いよいよ日本は
00:19:28その大貿易時代に
00:19:30大航海時代に入るわけであります
00:19:32日本の生活文化が沸騰して
00:19:34貨幣というものが
00:19:36一つの日本人の
00:19:40価値の基準になっていく
00:19:42貨幣というのは
00:19:44向こうでは聖書の時代から
00:19:46通貨でありますけれども
00:19:48我々は本当の意味で
00:19:50貨幣時代を迎えるのは
00:19:51室町からで
00:19:52これが門抜を否定する
00:19:54中世のいろんな雰囲気を否定する
00:19:58最大の要素になるわけであります
00:20:02これはやがて小田信長の
00:20:04自由商業である
00:20:07落一落座に行くわけでありますけれども
00:20:10何にしても
00:20:12室町時代が
00:20:15門抜を
00:20:17という
00:20:18中世の伝統をガタガタにしたわけで
00:20:21こういうガタガタにしたんでなければ
00:20:24100年のうちに
00:20:26古事記の
00:20:27このような
00:20:28秀吉が出てきて
00:20:30天下人になるということを
00:20:32容認されるはずがないんで
00:20:34宇治す常態はないんだと
00:20:36人間は
00:20:38例えば秀吉の場合には
00:20:42才能であると
00:20:45才能であるというのは
00:20:47これは貨幣経済が生むもんであって
00:20:49中世的な
00:20:51いわゆる封建体制といいますか
00:20:54貨幣と関係のない政治体制の中では
00:20:57才能なんかは関係ないわけで
00:21:00門抜であります
00:21:03それが室町で壊れてしまったもんですから
00:21:06信長とか秀吉が出てくるわけであって
00:21:10この
00:21:12貨幣の
00:21:14時代の
00:21:16重要な要素をなす
00:21:18黄金というものは
00:21:20それでも
00:21:22なお
00:21:24自然菌の状態で
00:21:26我々は採集してたんですけれども
00:21:28この戦国時代になりますと
00:21:30秀吉信長よりも以前の
00:21:34大勢が崩れて戦国の
00:21:36活況時代になりますと
00:21:37この辺には
00:21:38今川芳本がいて
00:21:40ここで初めて
00:21:42慶長小判よりも前に
00:21:44大判ができたという説がありますが
00:21:47それが大判といったんですかね
00:21:50とにかく
00:21:52はっきりと
00:21:54ゴールドの貨幣が登場
00:21:56日本歴史で初めて登場するのが
00:21:58静岡県であります
00:22:00あるいは
00:22:02その時代であります
00:22:04その時代というのはどういうことかといいますと
00:22:06戦国時代も
00:22:08戦国時代も鉄砲が入るまでは
00:22:10大名は
00:22:12メッシを囲んでれば損でいいんだと
00:22:14いうお米経済であります
00:22:16ところが鉄砲というものが入ってきて
00:22:20圧倒的な普及でもって
00:22:25全国に広がるわけですけれども
00:22:29この鉄砲はお米で買うわけにいかないわけである
00:22:33初めてつまりお米10国で1兆なんていう
00:22:38環状じゃなくて
00:22:40初めて金何両で買わなきゃいけない
00:22:43商品を初めて金で買わなきゃいけない
00:22:45商品が出てくるのは
00:22:47非常に独断かもしれませんけど
00:22:49鉄砲の登場からであります
00:22:51それは鉄砲というのは
00:22:54値段の高いものでありますが
00:22:56これを生産しておったのは
00:22:58堺であります
00:23:00及び販売しておったのも堺であります
00:23:02堺の商人から
00:23:06今川なり武田なりが
00:23:09鉄砲を100兆よこせといったら
00:23:11じゃあ黄金3000両でありますということであって
00:23:16堺の商人がお米をもらってもしょうがないわけであります
00:23:20それはそれまでの商人はお米をもらってもよかったんですけど
00:23:23堺の商人というのは貿易商ですから
00:23:25ポルトガル人や中国人やイスパニア人と商売するわけですから
00:23:31それがゴールドで決済するわけですから
00:23:35ですから国内からゴールドを集めなきゃいけない
00:23:39集めなきゃいけないもんですから
00:23:41鉄砲という値段の高いものは
00:23:45もうはるばるとお米なんか送ってくれんだと
00:23:48現金でくれと
00:23:49現金でなきゃ売りませんということになったわけである
00:23:53そうするとそう現金のある国はないわけで
00:23:57現金というのはゴールドのある国はないんで
00:23:59そこで登場するのが武田信玄であります
00:24:04その武田信玄が金鉱の開発をやるわけであります
00:24:12この砂金の状態だけでなくて
00:24:15鉱石を掻き取ってあるいは掘り取って
00:24:18それを精錬して
00:24:20それで持ってこの金を取り出すという
00:24:23それには大変なこの土木が必要
00:24:27化学も夜勤学も必要でありますが
00:24:30その夜勤学の前に鉱石を掘り出すっていうのは
00:24:33これ大変ですからね
00:24:35その山をくり抜きましてですね
00:24:38くり抜くと水が出てくるのは
00:24:40まず水を排水しなきゃいけない
00:24:42排水するためにはトンネルを掘らなきゃいけない
00:24:44それからその金鉱を掘るためのトンネル
00:24:49これも一つ一つこの木の枠を作って
00:24:55柱を作って天井を作って落盤しないように作っていかなきゃいけない
00:25:02地下でこの一つの建造物を作るようなものでありますから
00:25:06大変な土木建築の能力が必要で
00:25:10この土木の能力っていうものは非常に
00:25:15こう人間この公衆のような悪い土地っていうのは
00:25:20ここで幸いするわけで
00:25:22人間ってうまくできたもんであります
00:25:24公衆の悪い土地から土地の連中は全部土木ができる
00:25:29そうすると武田信玄はそれの中に賢い土木家を雇って
00:25:34それらをもっと賢い地へのつまりトンネルの掘り方を教えれば
00:25:39どんどん掘っていくわけであって
00:25:41その公衆人はもう全員と言っていいほどに
00:25:46土木関係者だったわけであります
00:25:49そして全員と言っていいほどに金鉱を掘る能力を持っておったわけであります
00:25:56信玄はそういうことを一生懸命やらして
00:25:59ずいぶん金を手に入れて
00:26:02そしてその金は堺に持っていかれて鉄砲の形になる
00:26:07堺の商人はその金をポルトガル人やイスパニア人に払うと
00:26:12いろんな形の商品になって戻ってくるわけですけれども
00:26:16イスパニア人なんかはそれを喜んで今国を送ると
00:26:20日本の金というのはもう戦国のこの鉄砲伝来以後は
00:26:25もうものすごい勢いで外に出て行ってしまったわけです
00:26:31その日本の金山とか金銀山とかっていうのは
00:26:36だいたいこの戦国の中期以後に開かれたわけで
00:26:42発見されたわけでそれは初代名が争って開発したわけです
00:26:49駿河にも武田信玄川の半島に入ってたところに金山ってとこありますが
00:26:56それも大きな金山だと
00:26:59そういうものが駅その金を掘り出しておって
00:27:06やがて秀吉の天下統一なんですけれども
00:27:09秀吉の天下統一のしたときに
00:27:14こういう文章がありますが
00:27:18太田玄一という人の
00:27:21秀吉の勇室のようなことをしてた偉い人でありますが
00:27:26その人の文章の中に
00:27:29秀吉公というのは大変運のいい人で
00:27:32天下をおとりになると
00:27:34日本国中の山川さんやから
00:27:39金が湧くように出たと
00:27:41確かにそうでありますが
00:27:43そんなにうまいことはないわけであって
00:27:45日本の各ブロックごとの戦国の
00:27:49諸勢力が一生懸命金を掘り出しては
00:27:54拙い技術で精錬しておって
00:27:59精錬したやっとうまくいけた頃に秀吉が天下だったと思うんですから
00:28:04それで秀吉がこれ全部俺のもんだと
00:28:07この金山も銀山も俺のもんだということで
00:28:10抑えちゃったと思うんですから
00:28:11秀吉はもう徹底的に金山と銀山を抑えたものでありますから
00:28:16それを湧くように出るのは
00:28:17皆さんその努力したのは秀吉が横取りしただけであります
00:28:23信長秀吉っていうのは後になって出てきて
00:28:26結局横取りしたわけでありますけれども
00:28:30この人たちは土木の感覚はやや少なかった
00:28:34まして金山銀山を開くという感覚は少なくて
00:28:40他の人の方がかえって努力しておって
00:28:43その結果を取っていったわけですけれども
00:28:46しかしその普通の政権ならば
00:28:50金や銀には鈍感であります
00:28:53以前の政権なら足利政権が金や銀にさほどの関心がなかった
00:28:59まああることはありました金閣寺というのできてますから
00:29:03あの頃からそろそろあったんですけれども
00:29:07かといって金山を開いたり銀山を開いたりするところまでいかなかった
00:29:13秀吉はそれを全部押さえたっていうのは
00:29:17これは面白い政権でありまして貿易の政権だったわけであります
00:29:24貿易というのは何て言いますか
00:29:28日本の政権っていうのはですねこれ話は変わりますけれども
00:29:31歴史的にこう見ますと
00:29:33お米を基盤としておる政権と
00:29:37お金を基盤としている政権と2つあって
00:29:40お金は貿易のことであります
00:29:43尖閣者としては平野清盛の政権がお金を基盤としておる政権で
00:29:50これはまだゴールドの認識がまだ日本にない頃に
00:29:55貿易家として彼は貿易でもって政権を委員しようと
00:30:01相当の間に貿易を開こうと思ったもんですから
00:30:07ちょっと先走って失敗したわけです
00:30:12ですからこの人は平家物語の最後の頃に出てきますように
00:30:17福原銭湯をやるわけで
00:30:19それまで京都の都も全部廃止して
00:30:23福原に奥義も全部連れて行くと
00:30:26福原っていうのはご存知のように神戸であります
00:30:29今の神戸のことであります
00:30:31神戸港をもって貿易港にして
00:30:34同時にその貿易で飯を行こうと思ったけれども
00:30:38時代がそこまで行ってなくて
00:30:40彼はその意味では尖閣者でありますけれども
00:30:43それで倒れてしまった
00:30:45平家も滅んでしまった
00:30:46現時は出てきましたらお米の政権であって
00:30:50鎌倉幕府っていうのはもう金銀と関係ない
00:30:53さっき申し上げましたように
00:30:55鎌倉時代の彫刻というのも黒っぽくて金銀と関係ない
00:31:01鎌倉政権そのものも貿易をやろうとは思わない
00:31:05お米だけで百姓の上に成立した
00:31:09非常にこの内向的な外向きではない政権であります
00:31:16この政権が倒れて室町幕府が政権を取りますと
00:31:22足利家は貿易の政権でありますけれども
00:31:25さっき言ったように大公開時代が始まっておりますから
00:31:29貿易の政権でありますけど不徹底であった
00:31:33不徹底で
00:31:34秀吉が戦国を治めて政権を取ったときに
00:31:38徹底的な貿易政権になったわけだよ
00:31:43貿易政権っていうのは具体的に言いますと
00:31:46秀吉の直轄領っていうのは220万石ぐらいしかなかったわけだよ
00:31:51加賀の前田さんを2倍合わせただけであります
00:31:55220万石というと秀吉の筆頭大名の徳川家康が
00:32:03この東海地方から移されて関東に移ったときに
00:32:08関東の国高が220万石ぐらいであります
00:32:11ほぼ同じであります
00:32:13ほぼ同じであんだけの贅沢がよくできたもんだと
00:32:16あんだけのつまり映画がよくできたもんだと
00:32:22いうのは決して無理をしてできたわけでなくて
00:32:25外貨を獲得してできたわけであります
00:32:28家康の場合は後で続いた家康の場合はお米の政権で
00:32:33つまりお金の政権とお米の政権がずっと交代しておるような歴史であります
00:32:40秀吉の豊臣政権という貿易政権のヒントを与えたのは
00:32:49小田信長であります
00:32:52この東海地方というのはですね
00:32:56どういうものか
00:32:57この三河は大田舎でありますが
00:33:00三河はどうしても遅れた地帯でありますけど
00:33:03終わりというのは
00:33:05今は名古屋市がある程度でありますが
00:33:09存在する程度でありますが
00:33:11戦国期の終わりというのは非常にきらびやかな条件があって
00:33:16交通は東国と上方との間の
00:33:21ちょうどそこを通らなきゃいけない場所であったし
00:33:25それに終わり平野つまり
00:33:29農備平野というのが
00:33:31海に向かってどんどん広がっていった時代であって
00:33:35どういう勢力がやってたのか
00:33:37観宅事業ばかりやってる
00:33:39これは信長が生まれる前に
00:33:42すでに土地の勢力が
00:33:47どんどん山の土を運んできては
00:33:50海にボチャンと投げ入れて
00:33:53やがて陸地にして田んぼにしてしまうということをやっておった
00:33:57つまりここですでに
00:34:01あまり普通にこれには注目されませんけれども
00:34:05非常に重要なことなんでありますけれども
00:34:08それだけの大人数を抱えて
00:34:12観宅地を作る
00:34:14このお大名でも侍でもない
00:34:19農民の
00:34:23金主といいますか
00:34:25ブルジュアジーといいますか
00:34:27が成立しておったわけで
00:34:29それが文書に残ってないものですから
00:34:32何のタロベーと何のタロベーってことなくて
00:34:35それがもう実にこの勢力的に
00:34:40かんたこやってはお米を作っておった
00:34:43これは商人の感覚であります
00:34:47かんたく事業というのはお百姓の感覚のように思いますけど
00:34:50お百姓というのは自分の田んぼを耕しているものでありますが
00:34:54田んぼを増やそうというときに必ず大きな商人が出てきて
00:34:59そこで暇な百姓を冬場に全部
00:35:041000人とか1500人とか集めまして
00:35:08そして労働させると
00:35:09その間の労働は保障する
00:35:13勢力がなかったらだめですから
00:35:15そういうつまり
00:35:17お米とは関係があるけれども
00:35:19商人の世界が
00:35:21それも相当大規模な商人の世界が
00:35:25どうも終わり平野にはもう存在してたらしいと
00:35:29そういうものの商人の影響が
00:35:33信長の思考法であり
00:35:35秀吉の思考法であります
00:35:39信長や秀吉というのは
00:35:41まず取引をして
00:35:43こっち方についたら
00:35:44いかにお前さん得かと
00:35:47つかなければやっつけるぞと
00:35:49そうすると大抵くっついちゃうもんですから
00:35:52そういう取引で
00:35:54天下を平定した人たちですから
00:35:58その信長が
00:36:00これからの
00:36:02つまり使徒というのは
00:36:04これからの使徒というのは
00:36:06海に面してなきゃだめだと
00:36:08つまり昔々の平野清盛が
00:36:10福原に先とした感覚が
00:36:12初めて生きたのは信長であって
00:36:14信長が大阪湾の奥に
00:36:16石山本願寺という勢力があって
00:36:18これを立ち退きを命じても
00:36:20立ち退かないんで
00:36:22石山合戦が長い
00:36:24宗教戦争が起こるわけですけれども
00:36:26これはもとは
00:36:28大阪に都を置きたいから
00:36:30非常に大阪に
00:36:32本願寺を立ち退かせようとしたわけで
00:36:36そのヒントは
00:36:38秀吉に受け継がれて
00:36:40秀吉が山崎合戦で
00:36:42明智光秀を打ったときに
00:36:44すでに大阪城を着工しておるわけで
00:36:46天下を取ったときに
00:36:48大阪城が出来上がっておるわけで
00:36:50この大阪城の出来上がりも
00:36:52公安の抑えるためであります
00:36:54防衛戦が出来上がっておるわけで
00:36:56この大阪城の出来上がりも
00:36:58公安の抑えるためであります
00:37:00貿易を可能にするためであります
00:37:04あれだけの大きな城を
00:37:06そうすると
00:37:08どんだけの
00:37:10労働力が必要だとか
00:37:12どんだけの人間が搾取されたか
00:37:14いうことになりますけど
00:37:16ちっとも搾取してないんであります
00:37:18全部労働は
00:37:20支払っておるわけであります
00:37:22対価を
00:37:24それまでの日本の
00:37:26小さな
00:37:28土地の勢力というのは
00:37:32お城をちょっとしたお城を作るのでも
00:37:34随分百姓を
00:37:36ただ働きさせて
00:37:38泣かせたもんだろうと思うんでありますけど
00:37:40秀吉の大阪城っていうのは
00:37:42あの辺の百姓に
00:37:44確か日刀はお米が
00:37:46一生だったか
00:37:48ちょっと日刀を忘れましたけど
00:37:50これはあの
00:37:52専教師関係の手紙なんかに出ておるんですけれども
00:37:54日刀をきちっと払っておって
00:37:56一生なら百姓が
00:37:58今日は大根の種まきをするのを
00:38:02自分の袋にまかしておいて
00:38:04自分がその労働に出れば
00:38:06それだけ得ですから
00:38:08ですから
00:38:10喜んで
00:38:12たくさんの人間が集まってきて
00:38:14あっという間に出来上がったわけであります
00:38:16これは商人の感覚であり
00:38:18農備平野を勘託した
00:38:20農村のブルジュアジーの感覚でもあるわけであります
00:38:24これは終わり陣以外には
00:38:28当時思いつかなかったことだろうと思うんであります
00:38:34そういう具合にして
00:38:36秀吉のわずか220万石の直轄量の上に
00:38:42あれだけの大政権が出来上がったと
00:38:46貿易であります
00:38:48そのために金が必要だと
00:38:50金銀が必要だと
00:38:52貿易の決済は金銀であると
00:38:54いうので全国の金銀の鉱山を抑えてしまったわけで
00:38:58それを
00:39:00集めて
00:39:02そして大阪城に
00:39:04入れておって
00:39:06この落城した時に
00:39:08もう考えられないほどの金が
00:39:10なおあったと言うんであります
00:39:12秀吉が滅んでしまった時に
00:39:14家康がそれを摂取したんですけれども
00:39:16とにかく
00:39:22純粋の金が
00:39:24私は数字をはっきり覚えてませんけど
00:39:2675万両とか
00:39:28そのほか
00:39:30まだ両というのは
00:39:32一つの重み
00:39:34目方ですから
00:39:36目方にまだなってない
00:39:38インゴットのままの金がたくさんあったと
00:39:44これが家康が摂取して
00:39:46徳川幕府の初期はこれで支えたわけで
00:39:50この金で支えて
00:39:53この金がなくなり
00:39:55かつ佐渡の金山の力がなくなった頃に
00:39:58徳川幕府は衰えたと言われてますけれども
00:40:01何にしても
00:40:03これをまず抑えて
00:40:05家康はその金銀を抑えてしまう一方
00:40:10つまり冬の陣をやる前に
00:40:12家康がすでに秀吉が死んだ
00:40:16よくよく年に関原をやって天下を取りますが
00:40:20早速佐渡金山を開くわけで
00:40:23佐渡に金山があるそうだと
00:40:25あれは殺菌だけでなくて金鉱も出るそうだと
00:40:29その金鉱というものを取って金にしようと
00:40:33相川という土地の山を
00:40:36主として公衆陣を送って
00:40:39公衆陣の親方の大久保長官というのを
00:40:42爆心にして
00:40:44これは武田信玄の農薬者の子供だったと
00:40:48言われてますけれども
00:40:51筋を定かでない人物を
00:40:55大久保岩見の神というような大変なお代名待遇にして
00:41:00佐渡から金を取り刺させたと
00:41:03それはもうものすごい勢いで金が出てきたわけであります
00:41:10ですから佐渡金山というものが
00:41:14徳川初期における佐渡金山の賑わいというものは
00:41:18世界の一二だったろうと
00:41:20世界の金山の
00:41:22その佐渡金山がどんどん金を出す時に
00:41:25日本の金山学が世界一二だったろうと
00:41:29三番目とは下らなかったろうと
00:41:31言われるのは
00:41:33尾端淳という
00:41:35鉱山のことばかり研究されなかった人の説でありますけれども
00:41:40おそらくそうだったろうと思うんであります
00:41:43しかし金というのはすぐなくなりますから
00:41:45金山というのはやがって痩せていきますから
00:41:48徳川幕府の中期頃にはほとんど佐渡の金山はもう
00:41:52あまり働かなくなったわけでありますが
00:41:55何にしてもそういうことで
00:42:01どうも歴史というものは大筋出来上がっているものらしいと
00:42:07いうことを考えると
00:42:10自分の国とか他の国とかっていうことの姿が
00:42:17大筋として見えてくるような感じがしますですね
00:42:24その次にお話をですね
00:42:30貨幣が登場する室町時代
00:42:33そしてそれが圧倒的な形で貨幣経済が
00:42:37貨幣経済というのは商品経済と言ってもいいんですが
00:42:40営まれる江戸時代いっぱいというものがなければ
00:42:44日本の今日というものはないわけであります
00:42:48日本人というのは
00:42:50中国、朝鮮、ベトナム、その他他のアジアと比べて
00:42:55違ったところを一つ挙げようと
00:42:57もし言われるならば
00:42:59中世の末期に合理主義が成立してた国だと
00:43:04いうことが言えると思うんであります
00:43:06合理主義って言って今簡単に言いますけど
00:43:11人間は合理主義がなくて非常理に暮らしておったのが歴史が長くございます
00:43:17ヨーロッパの中世もそうでありまして
00:43:21神様というものがあり
00:43:23王様の権利というものがあり
00:43:26いろいろで非常に非合理なもの
00:43:29非合理に暮らしておったのよ
00:43:31中国も儒教という
00:43:35どうもよく分からない儒教という生活の
00:43:39生活宗教のようなものでありますが
00:43:41儒教しそうで出来上がっておった
00:43:44日本がそういう大きな思想が入ってこなかった
00:43:49仏教も含めて
00:43:50仏教も切れっぱしが入っているだけで
00:43:53システムとしては入ってこなかった国であります
00:43:56そこで合理主義が成立したというのは
00:44:01そういうことも
00:44:03開教とかキリスト教とか儒教とか
00:44:06その
00:44:07天としては入っているけど
00:44:09面としては入ってこなかったところで
00:44:11あるという説明もできますが
00:44:14他にいろいろの説明法があると思いますけれども
00:44:18事実として合理主義というものが成立しておったと
00:44:22中世末期の諸間時代にはもう既に成立しつつあった
00:44:27というところが特徴的だと思うんであります
00:44:31合理主義というのは何だということになりますけれども
00:44:34これの定義は難しいんですけれども
00:44:38織田信長が無心論者であったということは
00:44:44これは世界的にもちょっと織田信長は物を書いたりするし
00:44:48そうかじゃありませんが
00:44:50行動者に過ぎないのでありますけれども
00:44:53それでも彼が無心論者であったということは
00:44:56はっきりしておるわけで
00:44:58宣教師なんかも書いておるし
00:45:00信長の原稿を見てもそうでありますが
00:45:03面積な無心論者であったということというものは
00:45:09合理主義の成立した社会というものを除いて
00:45:15考えられないわけで
00:45:17無心論者である彼を社会が容認しておったわけで
00:45:21そうでなければきちがいであります
00:45:25そしてこれだけでも分かりますが
00:45:29合理主義というのは要するにそこに
00:45:33例えば物を見る目が
00:45:39厳密なリアリズムが整理しておる
00:45:43厳密な物を三角は三角である
00:45:47円は円であると見る目が合理主義でありますが
00:45:52その合理主義というものは
00:45:55商品経済が作り上げるものであります
00:45:57商品経済のないところでは
00:45:59合理主義は出来上がらないのであります
00:46:01商品経済というのは
00:46:03この値段をこの商品は同じ商品なのに
00:46:06こっち側の方が100円高い
00:46:09これは認識リアリズムであります
00:46:13大小でいうとこっち側の目方の方が5グラム重いと
00:46:19これおかしいじゃないかと
00:46:21こういうふうに見る目であります
00:46:23それから品質がこっち側の商品は
00:46:271年使っても壊れないのに
00:46:29こっち側は三月で壊れると
00:46:31これはおかしいじゃないかと
00:46:33つまりこの精神というものは
00:46:36合理主義の精神で後で学問になったり
00:46:39社会の体制を突き崩したりしていくものでありますけれども
00:46:45この精神というものが出来上がらせるのは
00:46:49非常に簡単なことで
00:46:51商品経済が生むものである
00:46:53これはもう陽の東西問わずに
00:46:55議論の余地のないものであります
00:46:59例えば教会だけで支配されている
00:47:02古代以来の生産形態を保ってきた
00:47:05自給自足の農村で
00:47:07ヨーロッパのある村がそうだとして
00:47:09他と交渉はなくて
00:47:11教会だけの支配で
00:47:13教会ご飯を作ったり
00:47:16羊を飼ったりしてきた村で
00:47:18合理主義は成立しないんである
00:47:21商品経済が生むわけで
00:47:23その個人の
00:47:29自由というほどのもんじゃありませんが
00:47:33個人というものが
00:47:37少なくとも
00:47:39商品経済は一般論で言えば
00:47:43一般論で言えば合理主義と
00:47:45個人の確立というものを作るんですけど
00:47:48日本はなかなか明治になっても議論をして
00:47:51なかなか個人の確立はできませんでした
00:47:54ですけども
00:47:55しかしこれはヨーロッパに比べての話であって
00:47:58アジアの他地域と比べますと
00:48:00その個人は室町時代ぐらいから
00:48:03日本的な意味で確立されて
00:48:06始めているような感じがするわけであります
00:48:09今から思っても
00:48:11平安時代の人々っていうのは
00:48:13なんだか顔に目鼻がないような感じで
00:48:16誰が誰がだか区別がない
00:48:19なんだか貴族だけでなくて農民のことを思っても
00:48:23農民はもう数の子の絵にびちっと
00:48:26この同じ形のが固まってる感じだし
00:48:29貴族も個性がないみたいな
00:48:33特別な人は別ですけれども
00:48:35ですけどこの室町から
00:48:37囲碁の人を今振り返ってみても
00:48:40目鼻立ちがはっきりしてて
00:48:42非常に個性的であります
00:48:46例えば家康野とはどんな人かと
00:48:50あるいは秀吉信長はどんな人かっていうのは
00:48:53皆さんもうはっきりとそこにいるように
00:48:56区別できるわけであって
00:48:59どうも顔形がはっきりしてくるのは
00:49:01室町以後じゃないかと思うんであります
00:49:04それは商品経済が出来上がることによって
00:49:08人間が個別的になっていく
00:49:12そして人間が個別的になって
00:49:14非常に個人が確立したという
00:49:17ヨーロッパ風にまではいかないですけど
00:49:19ややアジアの地域から見れば
00:49:21個人がいる感じがする
00:49:23それが日本歴史の一つの特徴であります
00:49:30その江戸初期
00:49:33江戸の初期が少し終わりましてですね
00:49:37江戸の中期ぐらいに差し掛かる頃に
00:49:39不思議な思想が出てくるわけであります
00:49:44それは物をそのままで見ようという思想であって
00:49:51それはオギウソライというような
00:49:57漢学者が実証的に物を考える
00:50:01実証的に物を論ずる
00:50:03あるいは荒い白石なんてのは
00:50:05実に今の人文科学者の方がまだ
00:50:09つまり不明石じゃないかと思われるぐらい明石であります
00:50:13これは中国、朝鮮の学者は非常に観念的であって
00:50:20種子学が当時思うもでありますけれども
00:50:25観念的であって
00:50:27物をそのままの姿で見なくてこうあるべきだと
00:50:32いう議論から始めるわけで
00:50:34いやあれは三角ですが
00:50:35いやそうじゃないんだ
00:50:36まるであるべきなんだと
00:50:38いう不思議な議論が成立
00:50:42そのまま居座っているのが
00:50:44なお中国朝鮮であります
00:50:46これは種子学であります
00:50:48日本も種子学を
00:50:50どういうつもりか知りませんけれども
00:50:52徳川家が採用しておるんですけれども
00:50:54しかしその中にあって
00:50:56オギウソライのような人が出てきて
00:50:58そうじゃないんだと
00:51:00物をそのままで認識すべきだと
00:51:02これは商品経済が室町から続いているおかげであって
00:51:07こういう学者は本場の中国でも半世紀は遅れて出てくるんです
00:51:1250年ほど遅れて
00:51:14新朝のいわゆる実証学というのが出てきますから
00:51:17これは実証学というのはなかなか
00:51:20今の人文科学につながるようなもんでありますけれども
00:51:25今の人文科学につながるようなもの
00:51:27つまりいわゆるこの明治以前の学問は
00:51:30朝鮮でも日本でも中国でもモラルのもんであって
00:51:34学問と言えなかったわけ
00:51:36今のいう意味での学問じゃありませんが
00:51:38それをやり始めたのがオギウソライからである
00:51:41そうするとオギウソライって人だけが天才なのかといったら
00:51:45同時代にたくさんいるわけでありますね
00:51:48九州の大分の国崎半島という
00:51:52今でももうカソ村もいいようなとこで
00:51:56三浦梅園という世界的な科学思想家が現れるのもこの時期ですし
00:52:02それから東北の八ノ江の町医者だったらしいという謎の人物で
00:52:09安藤翔駅という
00:52:11要するにマルクスよりも以前にマルクスのような人が現れるのもこの時期でありますし
00:52:17それから元織野稲賀もやはりその実証主義の精神の中の一人であります
00:52:28元織野稲賀もそれを国学に適用しただけであって
00:52:32そうであります
00:52:34それからもう一つ不思議なのは非常に日本的だと思いますのはですね
00:52:43山脇東洋という京都の医者の場合である
00:52:47同時代人でほぼ同時代50年ぐらいの幅を持った同時代人でありますが
00:52:53山脇東洋というのはこれはいわゆるオランダ学、オランダ医学が入ってない頃ですよ
00:52:59オランダ医学が入ってなくて
00:53:02山脇東洋というものはですね
00:53:04漢学者として京都にいて
00:53:07京都の御所、御所といっても貧乏なもんでありますが
00:53:11御所の関係のお医者であった
00:53:14この山脇東洋という人がただの漢方だけの医学の人なんでありますけれども
00:53:23しかしこれが人体の解剖をした最初の人であります
00:53:30アジアにおいて最初に人体の解剖をした人だろうと思うんですけれども
00:53:35これはこの時代の合理主義が
00:53:38室町から続いてきた合理主義が学問の世界に入り込んだ
00:53:42一つの現れだと思うんですけれども
00:53:44当時解剖の図というのは
00:53:49漢方医みんな持ってたんです
00:53:51漢方医みんな持ってまして変な図なんな
00:53:53私も見ましたんですけど
00:53:55五蔵六歩を漫画のように描いてありましてですね
00:53:59これで体なんだと
00:54:02五蔵六歩というのは我々は漢方の言葉でありますですね
00:54:05お酒なんか冬の寒い時に
00:54:08きゅっとこの厚缶を飲んだ時に
00:54:11五蔵六歩に染み渡るなんて言いますが
00:54:14そんな五蔵六歩ってどれとどれだと言って
00:54:16そんなもん漢方にははっきりしないんです
00:54:18漢方はその体を開いて
00:54:21体というものはこうだということを認識せずに
00:54:24経験的に出来上がった
00:54:26医術でありますから
00:54:28ですから
00:54:29体を開く必要はなかったと言えば
00:54:32開く必要はなかったんですけれども
00:54:35それにしてもですね
00:54:37漢方医でもその曖昧な解剖図は持ってた
00:54:41その曖昧な解剖図は
00:54:43中国から捉えしたやつを写して写して
00:54:46コピーを持っておった
00:54:47中国はいつの時代にそれ出来上がったのかと
00:54:51言いますと非常に古代に出来上がった
00:54:55ただ民の時代にですね
00:54:58民の時代っていうのはそんなに古い時代じゃありませんが
00:55:01民の時代にその
00:55:05一人中国人の医者が
00:55:08漢方医が
00:55:10解剖をしてみたいと思いましてですね
00:55:13皇帝に願い出て
00:55:15囚人の解剖をしたのは
00:55:17これ山垣東洋よりもずっと以前のことであります
00:55:21山垣東洋は解剖の最初の使徒だと
00:55:23アジアにおける最初の使徒だと言いましたが
00:55:26その本当は先例が一つあるんで
00:55:28民の時代に解剖をしておる
00:55:32ところがその解剖医はですね
00:55:35解剖をしてふわけをして眺めておって
00:55:39ずいぶん
00:55:42こう
00:55:43漢方医の
00:55:45大事なものとして伝わっておるこの五蔵六部の図と
00:55:48ずいぶん違うわけであります
00:55:51解剖された人は
00:55:54罪人でありますから
00:55:56死罪人でありますから
00:55:57悪いことした人でありますから
00:55:59その医者は困りまして
00:56:01こいつは悪いことしたやつだからこれなんだろうと
00:56:05正しいのは先祖代々伝わってきた
00:56:09この尊い解剖図が五蔵六部の図が正しいんだと
00:56:13それで結局五蔵六部の図を修正されなかったわけです
00:56:18つまり中世以前の人間の精神というのはそういうものであって
00:56:26中世以前の人間というのはリアリズムは敵であります
00:56:30関連がヨーロッパのカトリックでもそうでありますが
00:56:34関連が最も大事な心理であり大事なものであります
00:56:39でありますから
00:56:41引用五行説によって出来上がった多分に創造的な
00:56:46五蔵六部の解剖図というものを照らし合わして
00:56:50現実の増幅を見てみて
00:56:52違うんだというのは
00:56:54違う相手を否定する
00:56:57現実の恐ろしさというものに目をつぶるのが
00:57:00目をつぶるのがリアリズムでない時代であります
00:57:03解剖図の方を採用してしまった
00:57:06この事態は一つあるんであります
00:57:08一つあるんですけれども
00:57:09要するに日本の当時
00:57:12江戸の中期までの
00:57:15とにかく解剖は
00:57:18そういう漢方の中国から伝わってきた五蔵六部の図であります
00:57:24山脇東洋はどうもこれ違うんじゃないかと
00:57:27若い時から思っておりまして
00:57:29どうも違うんだと
00:57:31ところがこの人の話では
00:57:34カワウソというものは
00:57:37人体に似てるそうだと
00:57:39いうので
00:57:40山脇東洋は
00:57:42若い時から
00:57:43五十五歳ぐらいになるまで
00:57:46カワウソの解剖ばかりをしておった
00:57:49ですけども
00:57:51カワウソと人間とはやっぱり違うだろうと
00:57:54山脇東洋の頃にカワウソがそんなにたくさんあったっていうのは
00:57:58非常にこれも不思議ですね
00:58:00たくさんあったらしいですな
00:58:01今は高知県にしかいないそうですな
00:58:04天然記念物で
00:58:06そのカワウソをやってみたんですけども
00:58:09五十何歳の時に頼んでですね
00:58:14京都の幕府の書士大に頼んで
00:58:17内密に死刑人の解剖を
00:58:21死体解剖をさせてもらった
00:58:24阿波田口の形状でさせてもらったわけなんです
00:58:27その時に全く中国の伝来したものと違うので
00:58:33山脇東洋は小踊りして喜んで
00:58:36俺は前からおかしいおかしいと思ってたことは本当だったと
00:58:40実際のこの現実の死体とは全く違うんだと
00:58:44この現実の死体が本当の正しい人体であると
00:58:48言って彼は詳しい報告書を書くんでありますけれども
00:58:54そしてまたその解剖させてもらった死罪人は自分のご大事に葬りまして
00:59:01丁寧に石頭を立てて自分の一族と同じ待遇にして
00:59:06今でも残っておりますけれども
00:59:08供養するわけだってありますけれども
00:59:12何にしてもこういう精神が出てきたっていうものは
00:59:17アジアの他の地域とは違うところであります
00:59:21これで私どもは中国を見る目も狂うわけで
00:59:25中国人が日本人を見る目も狂うのは
00:59:28この日本人が持ったこのリアリズムというもののためであります
00:59:34もっともリアリズムというものはですね
00:59:36非常にものは三角は三角だっていうのは
00:59:41山垣東洋のような勇敢な偉大なる人にして初めてできるんで
00:59:46我々のような気の弱い人間にはなかなか勇気のいることであります
00:59:53でありますから結局リアリズムの精神が社会を突き崩してしまう
00:59:59かつての素朴なリアリズムが起こったのは室町大だと
01:00:04商品経済つまり貨幣経済が起こり始めて室町の
01:00:08紋罰体制が崩されてしまったという第一期がありますが
01:00:14第二期がつまり江戸初期中期のこの学問の世界に出てきた
01:00:20元折りのりながそれからおぎゅうそらい
01:00:23新井白石山垣東洋三浦梅園
01:00:26あるいは安藤松駅といったような人たちの時代であると
01:00:33法暦年間が一番この精神が火を吹いたような時代であって
01:00:38要するに法暦年間っていうのはこういうものが花が咲いたんですけれども
01:00:42ところがだんだん衰弱していくような格好でも
01:00:47やっぱり地下水のように入っていくんでしょうか
01:00:50その幕末になりますとですねミトイデオロギーっていうのがもっと出てきまして
01:00:56これは関連論であります
01:00:59これは大変な関連論で出てきまして
01:01:01その本当のリアリズムっていうのは
01:01:03このオランダ学者なんかの方に行ってしまいまして
01:01:08本当のリアリズムっていうのはこれものは三角は三角じゃないかと言うと
01:01:14世の中が壊れてしまう
01:01:17だから恐ろしいわけであります
01:01:19例えば安藤松駅の話をしますとですね
01:01:23この人はもう要するに将軍も大名も侍も全部泥棒だといった人であります
01:01:30これは八戸の町医者でありますけれども
01:01:34この随分喋ってるんですね
01:01:39喋りかけたらやっぱり喋らなきゃいけませんから
01:01:44喋ってしまいますとですね
01:01:46リアリズムがいかに怖いかと言いますとですね
01:01:49ちょっと安藤松駅っていうのは名前をご存知の方があると思いますが
01:01:54名前を覚えなくてもいいですから
01:01:56こういうことで出来上がった思想家だっていうだけは覚えてください
01:02:00その東北地方っていうのは
01:02:02日本海岸は古代から開けておったんですけど
01:02:06太平洋岸は遅れておったんです
01:02:09その日本海岸はこれ不思議だと思いですが
01:02:12船の交通は日本海の方が古くから流行ったとしておって
01:02:17太平洋岸はなかなかこの日本の
01:02:22戦国時代江戸時代程度のこの船ではいけなかった
01:02:27日本のこの船っていうのはタライのようなものでありましてですね
01:02:31竜骨が入ってませんですから
01:02:33それは後で西洋船が入ってきて竜骨ができるんですけども
01:02:36このタライのようなもので
01:02:39しかも竜骨のような芯が入ってませんですから
01:02:43このトイタを張り合わせたようなものが
01:02:48五百国船千石船であります
01:02:50それではですね
01:02:52太平洋の荒波がうまくいけないんで
01:02:56なかなか開けなかったんです
01:02:58その南部という今の岩手県の土地に
01:03:02船が行き出したのは
01:03:05元禄時代からな
01:03:07非常に新しいんです
01:03:09元禄時代から江戸から太平洋航路が開かれたんです
01:03:12江戸から太平洋航路が開かれて
01:03:15いきなり南部の南部藩の今の岩手県の八戸
01:03:19八戸は今は青森県になってますけれども
01:03:22当時は南部家の港であります
01:03:25南部家における横浜、神戸であります
01:03:28八戸に行く
01:03:30元禄時代から行き始めると
01:03:34それまでは弥生式時代とあまり変わらない生産形態が
01:03:38南部藩の五百所の生産形態で
01:03:41のどかに暮らしておったわけです
01:03:43ところが商品経済というものが
01:03:46さっき室間時代から起こったといいますが
01:03:49南部藩のとこはなかったわけです
01:03:51江戸の元禄時代に大量にやってきたわけです
01:03:55これは郊外であります
01:03:57社会の変化というものは徐々にあって初めて無害でありますけれども
01:04:02室間時代に商品経済が起こったというのは
01:04:05きらびやかな話として私はしましたが
01:04:07それは徐々に来たから
01:04:10それに対する被害は受けずに
01:04:13駅だけを極端に言えば受けるという条件が
01:04:16徐々ならいいんですけれども
01:04:18日本の高度成長のように
01:04:20一時期のように一変に来ると大公害は起こりまして
01:04:24あれが徐々だとそうでなかったと思うんですけれども
01:04:27その南部藩は
01:04:30室間時代から蓄積した商品経済の
01:04:33日本の商品経済の能力が
01:04:36一変にここに太平洋航路を伝わってきた商人たちによって
01:04:40やられたわけです
01:04:42商人は全民と言っていいんですが
01:04:45古着を持って行ったわけです
01:04:47古着というものは
01:04:49今は麺製品とか重製品は簡単ですけれども
01:04:53古着というのは値段の高いものだった
01:04:56大きな藩のご家老の奥さんも古着を買うのが普通だった
01:05:02江戸とか大阪、京都での古着を
01:05:05江戸の商品が商人が集めましてですね
01:05:08これは大体大海商人と言われているような
01:05:12大海の人が多いましてですね
01:05:14大海の人が太平洋航路に乗って
01:05:16古着を持って行って売りつけて
01:05:18そこでたちまち産を成して
01:05:20八戸及び今の森岡で産を成しまして
01:05:24産を成したら今度は百姓に金を貸し付ける
01:05:28貸し付けると百姓はつい借りてしまう
01:05:31レンジを肩に借りてしまって返せないものですから
01:05:34結局取られてしまう
01:05:36そうするとたちまち小売菓子
01:05:38古着屋さんが小売菓子になって
01:05:40小売菓子が大地主になってしまうと
01:05:43そうすると藩はその大地主から
01:05:45税金を取ればいいだけですから
01:05:47非常に楽になるんですけど
01:05:48下の百姓たちっていうのは
01:05:51全部奴隷になってしまったわけ
01:05:53ほとんどが奴隷になって
01:05:55戸作人というよりも奴隷になってしまうわけであって
01:05:59それがもう他の日本の地域には
01:06:02例えば静岡県なんかはそんな話聞いても
01:06:05それどこの国の話だっていうぐらいののんびりした時期の時に
01:06:09南部藩は一時に商品経済が行ったために地獄になった
01:06:14それを蜂の家にいた安藤商壁という町が
01:06:19その時期にいたわけである
01:06:21その時期にいて10年なら10年蜂の家に住むことによって
01:06:26よくわかったわけです
01:06:28ちょうど土地の断層がいろいろあって
01:06:31この断層の図がありますが
01:06:33ああいう図のように世の中の式麦がわかったわけで
01:06:37世の中ってものは徐々にくればいいんですけれども
01:06:41いっぺんにくると非常にこの図式がわかってしまって
01:06:45なぜ人間が奴隷になっていくかと
01:06:47なぜそれまで太古以来自分の田んぼを耕してきた人が
01:06:51なぜ奴隷になったかということをよく見て
01:06:55そして将軍大名商人全部泥棒であると
01:06:59これらは全部追っ払わなきゃいけないと
01:07:01農民だけが正しい人間だという
01:07:05特別な理論が出来上がるのが安藤商壁の理論でありますが
01:07:10これは安藤商壁が嘘を言ってるわけじゃなくて
01:07:12本当に南部の地ではそれがまざまざと見えたわけである
01:07:17これはリアリズムであります
01:07:19このリアリズムは残念なことに同時期の静岡県では
01:07:23駿河では通用しないんですけど
01:07:25俺のとこはそんなんじゃないなって言うだけですけれども
01:07:28南部の地ではリアリズムである
01:07:32これを言うことが出来なくてですね
01:07:34彼は言えば晒し首になりますから
01:07:37ついに彼は名前もはっきりせずに
01:07:40どこで死んだのかもはっきりせずに死んでしまって
01:07:44明治年間にそれもまっきに彼の書いたものが発見されて
01:07:50しかも戦後にアメリカ人が研究して
01:07:53安藤商壁というのが我々の
01:07:56それまでに日本人の研究者がいますけれども
01:07:59我々の名前に我々の耳に馴染むようになって
01:08:03したわけでありますけれども
01:08:05何にしてもそれはこの時代の人であります
01:08:08そしてリアリズムというものは恐ろしいもので
01:08:10安藤商壁がついに黙って死んでしまった
01:08:14拡大変えて
01:08:15そのとこが中期に出来上がったリアリズムもですね
01:08:20なかなかつまり政治の表に出てこなくて
01:08:25政治の表を風靡し始めたのは幕末の尊王攘夷であります
01:08:30これは幕末で出来上がったのではなくても
01:08:33江戸期いっぱい四肢学がありますから
01:08:36四肢学は尊王攘夷なんです
01:08:39それがシュプレヒコールのように
01:08:41やかましくやり出し始めたのは
01:08:43幕末の四肢たちからであって
01:08:46要するにペリー来航以来であって
01:08:48これは恐ろしく観念的なものであります
01:08:52水戸学が作り上げたもので
01:08:54水戸学はご存じのように
01:08:56朱春水という民間から流れてきた
01:08:59朱子学者が作ったもので
01:09:01朱子学というのは関連論でない面もありますけれども
01:09:06少なくとも重要な部分が関連論になっておりまして
01:09:11朱子学の政治論というのは2つありまして
01:09:16その王朝は正当であるか正当でないかという
01:09:18非常に愚劣な議論が大事だというのと
01:09:21それからもう1つは外国人は全て敵だというのが
01:09:26そういう思想であります
01:09:28というのはご存じのように
01:09:30紫学というものがですね
01:09:32中国の宋という帝国が
01:09:36北方の異民族
01:09:38異民族というのはさっきスキタイのことでいった
01:09:41遊牧民族がまだその頃は活躍しておりまして
01:09:44圧迫して北中国は全部遊牧民族の国になって
01:09:48エビスの国になって
01:09:51官民族の正当の王朝は
01:09:53ヨスコイナンに逃げていって
01:09:55その逃げていった王朝で出来上がったのが朱子学であります
01:09:59でありますから
01:10:00はっきりとエビスから追われたものですから
01:10:02尊能上位であります
01:10:03尊能は自分の官民族の王であり
01:10:06上位はエビスは遊牧民族であります
01:10:10それとエビスの国々は中国の風の名前を付けた王国を作っておるけど
01:10:16あれはインチキであると
01:10:18なぜインチキであるかという議論のために
01:10:20南北朝清純論といったような
01:10:23その王朝は正しいか正しくないかという
01:10:25コリクスばっかりいうところが
01:10:27朱子学の政治論にあるわけであります
01:10:30ですからそれがそのまま直輸入されて
01:10:33日本の水戸学になって
01:10:35それが主導イデオロギーになって成立したものですから
01:10:39我々の目からなかなかリアリズムが表へ出ずに
01:10:44せっかくこの民衆の中にまで染み込んだリアリズムが
01:10:51政治の世界にまで通用せずに
01:10:54そのまま明治の国家になって
01:10:57我々は私は1923年生まれでありますから
01:11:03戦前の教育を受けたわけでありますが
01:11:06戦前の国定教科書は全部水戸学による歴史であります
01:11:12後代後天皇はどうだとか
01:11:14楠木真杉はどうだとかいうことばっかり言ってる
01:11:17つまらない歴史でありまして
01:11:20関連論であります
01:11:22そのそういう
01:11:25リアリズムというものが
01:11:27いかに大事なものでいかに恐ろしい
01:11:30しかも関連論を振りかざしてる支配勢力にしたら
01:11:34恐ろしいもんであったかということ
01:11:37それからリアリズムだけでは
01:11:39人間は幸福になれませんけれども
01:11:41ここから向こうは皆様に考えていただけなきゃいけないのでありますけれども
01:11:45我々は日本人は
01:11:47ひょっとすると21世紀になると
01:11:50世界の誰も助けてくれないような
01:11:53重要な役割をするかもしれない
01:11:56民族になると思うもんですから
01:11:59我々はその時に変な関連に取り憑かれなくて
01:12:04非常にずっしりとしたリアリズムを
01:12:07せっかく14世紀ぐらいから
01:12:09持ち続けてきたリアリズムというものを
01:12:12非常に精度のいいものに
01:12:15しなきゃいけないんじゃないかと
01:12:17私はその
01:12:19三角の形を丸だと言ってる人たちというのは
01:12:23非常に嫌いなわけであります
01:12:25戦時中から嫌いで
01:12:27戦後も似たような人がたくさんいて
01:12:29それがもうこれは
01:12:31我々の社会を
01:12:33めちゃくちゃにする人たちだと思う
01:12:36思う心が割合強くてですね
01:12:39日本人
01:12:40日本人
01:12:41リアリズムっていうのは
01:12:42大体西洋人の論議になってきて
01:12:44西洋人の哲学者の名前とか
01:12:46芸術家の名前が
01:12:47随分出る論議なんですけれども
01:12:49私は今日は
01:12:51日本におけるリアリズムっていうのは
01:12:53どういう伝統があり
01:12:55我々はどの部分で自信を持っていいかということを
01:13:00もっと喋りたいんですけれども
01:13:02もっとリアリズムのいい例があるんですけれども
01:13:07そしてそれをさらに文学とか
01:13:12あるいは他の分野で
01:13:14リアリズムの成立というのを
01:13:16お話したいんですけれども
01:13:18それは皆さんの方が
01:13:19ひょっとすると
01:13:20よく知っていらっしゃるかもしれない
01:13:21というずるい工場を述べましてですね
01:13:24私が最近考えておったことを
01:13:29聞いていただいたわけであります
01:13:31あと何だか質問ということが
01:13:34あるそうでありますから
01:13:35私は一旦
01:13:36ここから退場するんだということが
01:13:39言い聞かされておりますので
01:13:41これで終わります
01:13:43どうも
コメント