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  • 17 hours ago
ワタシが日本に住む理由 輝けゴールデンシルク!激動の祖国カンボジアの宝で勝負 - 2026年03月21日

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00:01BSテレ東 25周年
00:11今日のゲストがやってきました
00:20一本の箸は折れるが一束の箸は折れない
00:32日本では三谷の教えの日本に住んで19年ファーイーストジャタウン
00:33なぜ日本に住むの?外国人だからこそ見えてくる美しき国
00:48日本の魅力を私たちは知ることになるんです
01:19絶景の商店街こちらは富士商店街で富士山はとてもきれいに見えます僕も結構絶景スポットとして写真撮る人が多いです
01:33見てください富士山とってもきれいですこの町並みの建物と富士山の違った雰囲気でいいんじゃないですかちょっと何かヨーロッパっぽい建物じゃないねそうですねそうですね
02:03富士山に続婚
02:0850歳以上の人口が極端に少ない国
02:09その原因は
02:1570年代の内戦で実行支配したポルポト政権
02:20クネールルージュと呼ばれ過激な共産主義を推進し
02:25都市の住民を農村部に移動させて集団労働を強要したり
02:32医師や教師の知識層を資本主義の手先として殺害するなど
02:33弾圧を繰り返しました
02:38大量虐殺の現場はキリングフィールドと呼ばれ
02:42ポルポト政権下の3年8ヶ月で
02:45飢餓や処刑により命を落とした国民は
02:49100万人とも200万人とも言われています
02:57そのため現在カンボジア国民の半分は20代以下となっているのです
03:04ちなみに当時日本はピンクレディー旋風が吹き荒れていた時代でした
03:10ポルポト政権崩壊から3年後の1982年
03:16自転車や日用品の販売をしていた両親のもとソウさんが誕生
03:22お父さんはクメールルージュから度重なる暴力を受け
03:27その後遺症が原因でソウさんが2歳の時に亡くなってしまいました
03:35内戦後何もない時代で食べたいものを食べられる時代ではなかった
03:43ソウさんが生まれた後もカンボジアでは1991年まで内戦が続きました
03:58混乱期の中日本語と出会い大学卒業後結婚を機に日本へ現在は静岡県富士市で暮らしています
04:05この煙突と富士山のクラブもすごく綺麗に見えるんです
04:06好きです
04:08好きです
04:15富士山はいろんなものとクラブをして本当に魅力がより発揮できますから
04:18来日して19年
04:22今も大好きな富士山を毎日撮り続けています
04:23そういう感じに見えます
04:25大好きなんですね
04:27ソウさんの仕事は
04:29ここ私のお店です
04:31ソウタカンボジアシルクです
04:37日本で唯一と言われるカンボジアシルクの専門店
04:40カンボジアシルクの特徴は
04:44光沢が美しい滑らかなデザワーリ
04:48ストールやカバンなど全て手織り
04:49シルク100%のオリジナル商品
05:18えっとですねこちらは先作えっとですね3カ月間半年時間かかりましたきれいですね色鮮やか33万円の買い物ですカバンはシルク100%使用しております持ち手もシルクあと中の裏地もシルク裏地までこれ38万5000円ですと特別ですね1点ものってこと?
05:213点限定
05:233点限定
05:243点限定
05:28ちょっと失礼なことにしますがお客さんってことですね
05:37そうですねお客様なかなかいらっしゃらないですね
05:38ないよね
05:39はい
05:41贅沢品っていう感じですもんね
05:42そうそうそう高級品ですからね
05:57それでもオープンから11年続く秘密とは日本の言われてみれば再発見ソーチャンターさんの私が日本に住む理由とは?
06:27初めましてソーチャンターですよろしくお願いしますよろしくお願い致しますソーチャンですよソーチャンだソーチャンですねソーチャン呼んだこともありますえでもソで呼んでいただければソーチャンでいいですかはいお願いいたしますカンボジア出身ということでございますソーチャンそれにしても大変な時代に生まれたんですねものがなくて貧乏だった小さいグラムでの人が出てくるとは?
06:52田舎の方に行くと本当にチライが埋まってるみたいなお父様も2歳の頃に亡くなられてしまったわけですもんね母はとにかく私と姉をおなかいっぱい食べさせて頂いてやはりおなかを満たすことで心豊かさを保つことができているかとは思っていますね
07:07今はカンボジアシルクのお店をやってらっしゃると今日のお召し物もこれカンボジアシルクですか?はいそうです嬉しいですなんか変身しそうですけどね本当変身しそうなぐらいキラキラの輝いていますが
07:23日本ではあまり知られていないカンボジアシルクについて簡単にまとめましたのでご覧くださいカンボジアシルクの歴史は1500年前南部竹尾州から始まりました竹尾州
07:30?カイコの種類も日本とは異なりカンボジアの気候に適したカンボージュ種
07:57マユは金色に輝きゴールデンシルクとも呼ばれています繊維が太く強度があるのが特徴でしっかりとした生地に仕上がりますわあすごいゴールデンですよ本当にそうなんですよさらに通気性や保温性に優れていますなるほどわあきれい
08:26民族衣装にも使われフランス統治時代にはヨーロッパにも輸出していましたしかしその旗織りの技術はポルポト政権時代一度は途絶えかけますどうにか復活を遂げた今も昔のままの織り方で丁寧に作られるカンボジアシルクその品質は世界最高峰の絹織り物として評価されていますそれが高いよね
08:46そうですね今日はですねソウさんのお店のカンボジアシルク製品をいくつかスタジオにお持ちいただきましたこれちょっと触ってもよろしいでしょうかもちろんはいどうぞシルクっていうとね本当こうツルツルでそういうイメージを持ってたんですけど意外としっかり折られてるという
09:04カンボジアセルが生地もしっかりしていて織りが細かく繊細で織り物に関しては高い技術を持つ国ですはいでも一度その内戦の時にそういう職人さんとか織る技術なんかが途絶えそうになったんですって?
09:28その当時はやはり黒い服を着てあと農業させたわけですのでそのシルク折る技術もなくなってしまって内戦崩壊後またこのカンボジアシルクを復活させるためにみんな力合わせて頑張ってきましたそういうのなんだ
09:56シルクは100年持つ天然素材なんですそれを物の大切さをお客様に伝えたい気持ちもありますとはいえいいお値段ですからねお客さんもなかなか来ないですよねそれともかなりの太客がいらっしゃるのかちょっと気になりますがちょっとずつひも解いていきましょうかはいはい
10:251982年シェムリアップ州で誕生したソウさん1991年内戦が終結すると一家はお母さんの実家があるプノンペインへ引っ越しますプノンペインの中心地ですかプノンペインの中心地ですね本当に何もなく内戦の影響もあってということでしょうかそうですね国全体がそういう風になっちゃったっていう今のプノンペイン見てみましょうこちらです
10:482015年以降からはゴーストビルが検出ラッシュになっていて国はどんどん発展していって明るい未来が訪れるとカンボジア国民みんなそう思って一生懸命頑張っています
11:09日本の情報っていうのは何か入ってましたか本当へえそうですか日本の情報っていうのは何か入ってましたかそうですね日本の情報ですとあのテレビで放送したあの本当にドラえもんドラえもん?
11:28あっほんとあのほら文房具が結構日本から送られてたっていうのは覚えてるんですけどあっ文房具も日本からそれちゃんと使われてたんですかねえ支援いただいて使っておりましたよかった何かそうねちゃんと使われてたっていうことで?
11:46このハセはカンボジアでもすごく有名で内戦でハセを壊されたので自衛隊によって治していただきましたおかげさまで本当にカンボジア人にとっては日本の皆様に感謝しています
12:15日本に好印象を持つようになった宗さんは1998年高校生になるとこんなことを始めます日本語カンボジア語辞典これは何でしょうこれは本当に日本語を習い始めた時に日本語辞典なんです一章ですじゃあ結構日本がやっぱり復興支援したことで国交というかカンボジアの方々にとっては日本は非常にこうまあ
12:44新興国というかそういう認識だったんですかねそうですねはいなぜ日本語またちょっと踏み込んで勉強しようと思ったんですかいとこが日本語を習っていて塾で習っている日本語をちょっと何かすいていて見たら何か面白いなと思いましてその日本語を習い始め面白そうでしたええみんな難しいって言いますよ日本語ね
13:11ひらがなもカタガナも漢字もロマン字も日本語一つ日本語一つだけ4つもあるんて面白いと思いますいやそれが面白いんですよすごいややこしいですもんねよ考えたらややこしいですよ私はとっても面白く好きでやっぱりあの何て言うんですかね泥浜になってしまったんですよなんか泥浜
13:37ドハマリしちゃうけどね泥沼って沼ったんですね滑ったんですホントに面白いんですホントに面白い今でも面白いですあっそうですかえっスカー日本語の面白さに目覚めた相さんはある時日本のあるものに心を奪われます何だろうそれは参考書として買った日本のガイドブックの表紙にあったこの写真でしたうん
14:06確かにきれいですけどねはいもうあのやはり富士山はとってもきれいだともう噂で聞いたことがあります実際そのガイドブックを見てきれいな山だなと思います
14:36カンボジアでは山が少ないので美しい形の富士山がやはり掘れますねえっカンボジア山なかったでしたっけありますよね山があるのですがその日本みたいにこう山が一つみたいなそう一つみたいな山がそういう美しさがあるんですね言われてみればですね確かにねうんそうかどんってさすがに
15:03日本が誇る富士山ですねそうですね富士山いつかあのこのこの富士山を自分の目で見てみたいなと思いましたとそうですか日本語どれぐらい勉強されましたか日本語は3年間ほど高校の時に学びましたそれじゃこんなうまくなるか本当ですよねすごいですよねその後2003年に
15:16相さんはプノンペンの大学に進学します一口に大学に進学されたといってもやっぱり内戦で学校が壊されたり先生とか知識人とか先人と言われるね
15:40方々が虐殺されてるわけですよね当時大学捜査が行かれる頃にはまた元のように通えるようにはなってたんですかそうではなかったんですねやはり大学も限られていてプノンペニアのカンボジアの首都ですから限られてる大学に
16:10履いて英語教育専攻に専攻しました大学では英語教師を目指しますが趣味で通った日本語教室では講師になるほど上達しましたすごいですね3年間で教えられるほどになるって高校時代にだからもうそれだって自分で勉強してって大学の時にはそのビジョンがあるっていう大学進学の時に仕事としては英語の先生だな自分の
16:39日本語だなっていうのが分けられてちゃんとそれを実践に持っていけてるっていう19歳ぐらいでしょそこがすごいですよねやっぱり生きるっていうことに非常にこう意識が高かったんですかねそうですねやはり生きる力がカンボジアの人非常に強いかと思いますね描く目標描く夢夢に向かってこうしたいという
16:59情熱が強い国民強い国の強い年来だと思いますねそこは大事なとこですねそうですねそしてカンボジアで日本人の奥様と出会いますそれで日本に来ることになったんですね
17:092006年24歳の時1週間ほどの予定で初来日その時のお写真がこちらです でかっこいいじゃんねかっこいいなんかちょっと俳優さんみたいな
17:40すっごく雰囲気のある素敵なお写真これはどこですかこれ富士駅です富士駅ということは奥様の実家が富士市そうですなるほどそこでじゃあ富士山とも出会っちゃったんですかそうですねはいあ
17:42I'm so happy that you had a great experience.
17:47I'm so happy that I have a great experience.
17:51Did you feel like you were living in Japan?
17:54Yes, I was.
17:56What did you say to your mother?
18:00What did you say to your mother?
18:27母はやはり半分カンボチアから離れて日本で住むから心配していたと思うんですねしかし母は子供の幸せを大切にして本当に笑顔で送り出してもらいましたすごいお母様がすてきな方なんだろうなっていうのがすごく伝わってきますよね
18:47お母様の人生もねちょっと感じますねえそして壮さんは大好きな富士山の麓の町へ移住19年間ずっと富士市に暮らす壮さんそこにはアレへの一途な愛がありました何だろう?
19:02こんにちはよろしくお願いいたします
19:06こちらが富士山が綺麗に見えます
19:22最初に日本に来た時は山が多いなという感じで思いましてもちろん日本語を習った時に日本の国道面積は山の方が多いっていうのも学びました
19:35土地山とっても綺麗ですちょうど冬で雪が積もっていて雪の流れは川のように見えるのも非常に魅力的ですね
19:44365日ずっと眺めてもどんな季節眺めても好きです
19:55日本で生活を始めたものの自信があった日本語が通じずショックを受けた壮さんは日本語学校で基礎から学び直します
20:13ちなみに富士市有名なもの何が分かりますか富士市は富士山の湧き水で水がきれいですから紙が発展した街なんですね
20:27例えばこういうトイレットペーパーを生産したりあとティッシュも生産しておりますから私もトイレットペーパーを製造した会社に勤務しましたので
20:46富士市は全国有数の家庭紙の産地明治期以降豊富な水資源や物流条件の良さから製紙産業が発展しトイレットペーパーの全国シェアはおよそ4割といわれています
21:13そうなの工場がいろいろ見えてくまいったけどここが製紙工場がそうですねはい仕事としては楽しかったですね面白いし私の手で機械を操作しながら完成度のいい製品できるのは本当にやりがいがありました
21:34大きなトイレットペーパーが1個あるんじゃないですか例えば紙で質が良くなかったとすると穴がポツンポツンポツンといろんな箇所が穴が開いてるんですよなかなかその製品としては出すことができないそうです
21:56日本のトイレットペーパーの方が質がいいですし柔らかくきれいですあと断面もきれいですね日本の高品質には勝ってないと思っております
22:15そして来日から5年後の2012年ソウさんはある決意をします日本人としてこの日本国に住む覚悟をして帰化申請を行いました
22:34本名はソウジャンタと申しますで帰化した時にスマが望月でソウとジャンタ後ろの音を残しつつそれで望月ソウタになったんです
23:0330歳を迎え新たな目標も私自身の年齢的なものもあるのと収入をもっと増やしていきたいから企業を考えましたそうかそれでカンボジアシルクのお店を始めることになったんですねええうんどうですかでも起業するっていうことは他の国ですしなかなかの勇気が必要だったんじゃないですか父
23:28母は商売してきたので本当に親の背中を母の背中を見て私自身も商売の才能あると信じて日本で私が愛してやまないカンボジアシルクを広めることに決意しました
23:353年はかかりますわねそうですね
23:44曹さんがお店を開くまでには絶え間ぬ努力とある地元の方との奇跡的な出会いがありました
23:49お正月休みの時に多かったです1日で4000人来てってました
23:561日で4000人富士山に登っていくような階段の位置になるのがあの先頭ぐらいのところですね
24:03えーここ取りたいわ企業に向け奮闘していた頃を知る方がいます
24:08いっぱい取材してあげて頑張ってきたかった
24:21軽トラン位置から出てくれたので軽トラックでいろんな野菜とかいろんなものを持ってきて販売するイベントがあるんです
24:41それに曹田さんが出ていられましていいバッグねなんていう話で手始めに高級シルクではなくカンボジアのお土産品を仕入れテスト販売を行いましたこれメイン絹ではなくてメイン100
25:11テスト販売では1日に6万円売れる日もあり可能性を感じたソウさんは満を持してカンボジア伝統の高級シルクの販売に乗り出すことに
25:40現地の工房を何軒も巡り契約を結びますそして2015年経営方針をある方に相談これが運命の出会いでした小出さんどうもこんにちはどうも久しぶりですお元気そうでおかげさまで小出宗明さんは静岡銀行を退職後
25:53富士市からの依頼で産業支援センターのセンター長に就任中小企業支援課として多くの企業や経営立て直しに手腕を発揮しました
26:12カンボジアシルクのお店を作りたいんですっていう企業創業の相談に来られたんですねカンボジアシルクっていわゆる高級品を素材として商品化をすると同時にお店を開くんですよだから企業のレベル感というと結構ハードル高いんですよね
26:39比較的高額品になるじゃないですかシルクですしかも希少性が高いというと余計そういうところにこだわらなくちゃいけないんですよねファスナーはこういうものじゃなくてこういう風にこういうものにしてください縫製はここじゃ甘いからもっとこうしましょうそこのところの製品を高めてくるとすごい大変なわけですよ現地の職人と習性を重ね細部にまでこだわったものづくり日本のクオリティを体験した総産に妥協はありませんでした
27:07それだけ何度もリテイクを繰り返してカンボジアにも何度も行くとなるとかなりコストも経費はかかりましたね経費は結構かかりましたけれども自分の目で見たいのと生地質感も触りたいですし職人と話し合ってより高品質保つためにどうすればいいかでもその準備資金みたいなものは用意してたんですか
27:24なんとか間に合いながらで足りない分は足りなくなってんじゃん間に合ってはなかったみたいですね母から本当に運転資金としてこれを使っていただいたものもあります
27:48そこまでどうしてこだわることができましたか私が日本の会社に勤めた時の経験品質管理を徹底的に行っていてクオリティの高いものを作り上げたいという気持ちが強いです日本でトイレットペーパー製紙工場に勤めてクオリティの高さというものを学んだという
28:04実際完成したかばんお財布もしくはストール折り方もきれいになってきたのもやはり職人も喜びましたね
28:27自分たちの腕も上がったなってそれが私の仕事ですからリーダーとしてやはり引っ張っていかなければならないですねやっぱり良くするために時間かかさらに時間かけてしなければならないからですなるほどねとなるとやっぱり高級品にどんどんなっていきますということですよね本来のその高級品のあり方ですよね
28:43こうしてソウさんは2016年にソウタカンボジアシルクを開店しかし産業支援センター小入さんの戦略はただお店を開店させることではなかったんです
29:10ここ私のお店ですソウタカンボジアシルクですお店は取り扱っているのはシルクのストールシルクのバッグあとシルクの洋服です全部カバンもシルクなんですかそうですねカバンもシルク100
29:11%使用しております
29:37こちらは新作去年から織り上げたひし形の地模様になっておりまして3ヶ月間半度制ぐ時間がかかりましたこれだ織るだけで柄が出ているってことですねきれいでしょきれいですそうなんですよ30万パス税で33万円ものですなるほど
30:00これはえっとですねカンボジアのカスリクメールカスリこのカスリはえっと日本のシマス麦の着物によく似ていて日本の方は結構カスリ好きな方もたくさんいらっしゃいます値段は9万9千円ですね
30:03はいカバンはシルク100
30:24%使用しておりますこれはカスリですね私はもうドクトンもシルクにこだわってそう持ち手もシルクあと中の裏地もシルクで何も限定3個これ38万5千円ですね3個じゃないですね本当に特別ですね
30:28どれも製作に数ヶ月かかる高級シルク100
30:46%の商品ちょっと失礼なことを聞きますがここにお店構えていてお客さんって来るんですかそうですねお客様なかなかいらっしゃらないですね
31:13カンボジアシルクは伝統工芸品ファストブランドと戦うのは非常に難しい真逆の考えですからねそれは想定内のこと支援センターの小出さんにはある戦略がありましたまずイメージがあったのはシルクは高級品だってあるけれどもカンボジアってシルクなんだってことで一生懸命自殺しましたよ伝統産業として
31:32かつて栄えてたっていうことも分かって一方で国内では極めて希少だってことも分かるんですだからこれいけるかもと思ったんですよ最初からこれは自分のお店というよりもむしろ百貨店の富裕層向けに展開した方がより大きな可能性があるんだろうと考えてたんですね
31:54そしてお店のオープンから9ヶ月後ソウさんは静岡の百貨店に出店高品質なカンボジアシルクは戦略通り注目を集め異例の売り上げを記録しました実店舗は百貨店の外商やお得意様からの注文を受ける拠点となったのです
32:22月に2回ほどは全国の百貨店を回っているソウさん
32:48この日は町田の小田急百貨店にいました1500年歴史を持つ織物の文化なんですよもともと王様のために作られた光沢が美しいのはカンボジアの特徴でこれすごいんですよ作品としては素晴らしいちょっと待ってくださいね目立ちしても素晴らしいそうですね
33:15今一生懸命カンボジア伝統工芸品を日本に広めながら文化保存と発展させたいんですよ後継者がね後継者が今やっぱり若手を一生懸命育っていかなければならないんですよ応援団場が増えないといくらいいものを一生懸命救っても生き残れないんですよ
33:38嬉しいです感謝します聞いただけでお目玉を増えましたどうぞ旅行させてくださいありがとうございます嬉しいです感謝しますから彼の情熱がすごいなってシルクに買ってこの方から買ったら私も幸せになるなって
33:59ただそれだけうれしいですお疲れ様でしたうーん上品ですね宗さんの活動はカンボジアでも認められ3年前には交代後に越見ストールを献上しました
34:20この創業支援の仕事25年やってるんですよもう最も印象に残るお手伝いの一つですよね面白そう創業支援シルクと同じくらい愛してやまない富士山宗さん行きつけの店にもゆかりのランチが
34:46はいお待たせしましたありがとうございますはいこれがそうこれはビジネスランジなんですよ本当だ富士山ご飯がかわいい富士山ごめんね富士山ごめんね崩したくないのですがここがおいしいんですよこのてっぺんがてっぺんがおいしいですかごめんね富士山
35:14ごめんね富士山あんまり聞かないワードですねおいしいですいつもの味ですマスターが地元の富士山好きを紹介してくれました私はよろしくお願いします初めまして富士山好きともして富士山の魅力を伝えるたびに写真を撮てます富士山出身の木村さんは
35:424年前からインスタで富士市から見る富士山の絶景をPRかっこいい曹さんのために地元の人だからこそ知る場所へ案内してくれるそうですそうなんですよ私が泣いてます一年中楽しいです特に富士山の季節は富士山の水が張った状態で逆させて見えちゃうね本当にねすごいです
36:10わー綺麗ですねまた電線とか住宅とかお墓とか見えるけど全然ねこれが富士山風景なんで富士山普通に見てる風景でここが本当に一番いいと思います待ってこれは見たいですねここは本当に来た方がいいよ
36:30次のスポットへ移動中車内では富士山談義なかなか条件を整わないといい景色のいい富士山になかなかなんなくて条件揃ってないところがいいんじゃないですか見えないとしょうがないさすがにその時しかない雲の表情ってありますよね
36:45私の見方になってくださいますねもう一度ですよいやいや分かってんよそんなこと富士山がこれ順番順番待ち待ちですね順番待ちしてるはいお正月休みの時に会う方です1日で4
36:47,000人来てましたえー1日で4
36:49,000人
36:57ツーッとここで列で下お正月休みの時に会う方です1日で4
36:58,000人来てましたえー1日で4,000人ツーッとここで列で下お正月休みの時に会う方です今並んでる先頭ぐらいでちょうど位置的に富士山に登っていくような階段の位置になるのが先頭ぐらいの所です
37:42へーうわーえーここ撮りたいわーすごいねー佇んでるおっ富士山です富士山あれ富士山ないちょっと今雲隠れてるのですがはいそれでも富士山の
38:11えーと雰囲気があってはい雰囲気ありますか好きですここがあってもいいいいいいここで行ってくださいこれでもいい壮さんの好きな風景ここ私が好きな風景です見えないけど富士山一望を見ることができることとあと富士山が綺麗に見えます
38:32校長であの勤め始めた時の景色も見えますので好きです来戦後何もない時代で本当に食べ物も食べたいものを食べられる時代ではなかったのと比較すれば何も苦労だと思っております
38:36こういう19年間です
38:50この業界はそういうのがいいものを規定なかったのもについて伝わったのも間違いなくなったも私は元々の中に負荷台があるけど私は元々のを
39:06Arefam中武器に抱えれますお疲れ様でした私は元々の大帝を持っていることができて絶対したものがあるかそういうのも何しようかその間違いなくなったも何しようか感染色は
40:23愛はいろんな意味を込められていて私は父親がいませんが母と親戚に愛されて育っててくれました。
40:42愛情は人にとって欠かせない存在です多くの方に私の純粋な愛を提供できたらいいなと思っていますさあではソウさんから見てですね初めて来た頃の日本と今の日本と比べてみて何か思うことはありますか?
41:00今の日本はやはり若者が選挙に興味を感心して投票でかけるようになったと思いますやっぱりそういう中で育っていらっしゃるからね政治に対してちゃんと興味を持ってないと関心を持ってないとっていう
41:10自分たちが自分という意識ですかねそうですねはいさあでは改めてお聞きしますソウさんが日本に住む理由とは何でしょうか?
41:38家族を守ることと愛する富士山と愛するカンボジアシルクを日本の方に紹介することです今日はどうもありがとうございましたありがとうございました続いては外国人一家のおいしい笑顔の食卓をのぞき見日本飯百景ですソウさん大好きな富士山をめでながらのひとりめしです
42:08いただきますこの窓から富士山とっても綺麗に見えますねお食事も楽しみながら本当に綺麗ですね富士山
42:31綺麗な顔を見せてくれましたありがとうございます富士山富士山は登る山ではなくて富士山は眺める山ですからもちろん富士山は一度登ってみたいなと思いながらでも眺めた方が
42:38富士山は登る山を向かっていますねお父さんは夢を見ましちゃうからねどんなが岡田よって
43:08いや違います富士山おっかだと言われたら悲しくなりませんかあっ別にえっえっさあ悲しいなあなんでおっかなんていうすごいなすごいね今日よく晴れてくれたね富士山ありがとうございます日本の皆さん富士市から見る富士山とってもきれいですからぜひ
43:29初回ゾーンです庄内海で見るときにはちゃんとが山の形が見えるできるからでも秋田川で見るときにはどこからで旅行を歩いてから
43:45長いと思うよ切っちゃってください庄野家の岡のすごくのゲームはこういうミトコンモンドゲームでは秋田川人気になるミトコンモンドストーリー若干誤解してるんですけどこの人税金厚い人だよ
43:46oki 頑張った
43:48conoscosグレーシア24ミトコンモンドゲームコンモンドゲーム4222224881

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