00:26オーストラリア
00:29オーストラリアでブドウ農家をなさってるってことですか?
00:33前はアパレル関係やってて、全然違う。
00:40全然違いますよね。反対のことをやるので、それは不安でしたよね。
00:52本当にこれ大丈夫なのかなっていう感じがちょっと私はしましたね。後々がね。どうになっていくんだろうっていうことだけですね。心配だったんですね。
00:53見てみましょうかね。はい。 それでは行きましょう。
00:56純子さん、オーストラリアです。
01:09日本からおよそ7700キロ。オーストラリアのブドウ農家、純子さんへ家族の思いを届けます。
01:13メルボルンから車で5時間。
01:18ビクトリア州のミルドゥラは人口3万人ほどの田舎町。
01:24中心部にわずかに商店がある程度で、土地の大半は農園。
01:36湾用のブドウの産地として知られていますが、現地では珍しい食用のブドウを育てる純子さんの農園を訪ねます。
01:41あ、入ってますわ。
01:48あのオレンジでのしとっちゃうかな。
01:50うわっ!
01:52広い!
01:54おはようございまーす!
02:12おはようございまーす!
02:15はじめまして。
02:18松崎純子と申します。よろしくお願いします。
02:22はじめまして。
02:23すごい! ここもあれですか?
02:26あの畑。
02:27畑になります!
02:30これ広さ的に。
02:34そこからずっと月あたりまでになっています。
02:36あ、今付けてくれはっとってます。
02:38はい、月あたりまでなってます。
02:41広さ的にここだと10ヘクタールです。
02:43はい。
02:48さっきね、向かう間に、こう、わーんわーんってこう。
02:49夫のエンリ家です。
02:50あの方が。
02:51はい。あれです。
02:54There's a lot of things that are here.
02:54I'm going to cut a little bit.
02:55I'm going to cut it out.
02:58That's what I'm using here.
03:01That's how a big thing is.
03:02That's why I'm using it so hard.
03:05That's how it works.
03:09This is a wood plant.
03:11This is a wood plant.
03:13It's very delicious.
03:13It's a cream plant.
03:18This is a little brown.
03:45近年オーストラリアも異常気象に見舞われ気温が50度近くになることもあるそうです。
03:56こっち側は植えたてのブドウにもブームみたいなものがあって今アリソンっていう新しい品種を植え替えました。
04:03ここの今オレンジのこのカバーがあるところここからスタートしたんです私たち。
04:04ここから?
04:09一番最初はここだけぐらいしかなくって今年で12年目です。
04:14土地は全部買ったんですけど、ただ運営資金が全部ないから。
04:29これだけの土地にこれだけ植えてしまうと人件費のコストもかかるし水もかかるし肥料もかかるしって考えると初めの年とかはもうここで精一杯でした。
04:39ここだけで食べていく資金と来年の運営資金だったんでこの木本当に切りたくなかったんですよ私。
04:4512年前夫婦2人だけで始めたブドウファームズ。
04:53そもそもどうしてブドウだったのでしょうか。
04:59園歴がもともと農学者で農業コンサルタントをしていて、
05:08ある日街を歩いていて、不動産屋さんに入って買ってしまったんですよ。
05:09ここ。
05:11ここ。
05:11衝動買い。
05:13衝動買いです。セレブ買いしまして。
05:15お腹に娘がいて。
05:21で、どこ行ってたのって言ったら、ちょっと町に行ってファーム買ったって。
05:22あんまり聞いたことないですね。
05:38キョトーンですよね。もうすぐ初めての出産というタイミングで、夫が荒れ果てたブドウ畑を衝動買いしたことで人生が一変。
06:03農業も育児もすべてが初めて。しかも、出産して2週間後には畑に出て働くしかないほど手が足りない状況でした。そんなある日、エンリケさんが不在の時。娘が風邪をひいてて、熱があって。で、それを移されて私も風邪をひいてたんですけど、
06:31その日に、夫が行った日にここが42度ぐらいだったんですね。もう水まかなきゃいけない。自分も病気。娘も熱がある。もう助けて。で、もう一人でバイク乗って、そんな時に限ってこのスプリンクラーが壊れてるわけですよ。あ、これスプリンクラーなんですね。そうです。スプリンクラーが壊れてて、自分も熱があるのに必死にこうやって治しながら、娘はそこで泣いてるわけですよ。
06:50もう助けてっていう、そんなことばっかりでした。もう投げ出して全てを日本に帰るという、よぎらなかったですか。何度もよぎりました。よぎったか。娘、そのまま連れて帰っちゃおうかな。
07:07初めまして。初めまして。エンリケです。よろしくお願いします。エンリケさん。エンリケです。よろしくお願いします。出身は南米のチリというエンリケさん。広い敷地の奥に見せたいものがあるそうで。
07:24あ、これ。これ。トラクター1台で始めた時のトラクター残ってるんですよ。エンリケさんはこのトラクターを持っていた。2ヶ月で1タイヤが壊れた。エンリケさんは600ドラル。
07:53置かれなかったから、その6万円がすごい痛いんですよ。うん。当時。ボロボロになるまで、たった1台のトラクターでやりくりしなければならないほど、ギリギリの生活。忙しい時期には、秩父で暮らす純子さんの両親まで収穫に借り出されました。そうなんです。いかれたんですね。エンリケがチケット買っちゃうんです。収穫の時で人手が欲しいから。
08:22うーん。お父さんを呼んで、私のお母さんがあずさの面倒を見れば、私が外で働けるから。ああ、また2人になるから。そうです、そうです。もうお父さん来て、カレンダーに分厚書き始めました。試験の日まで行ってます。もう帰りたい。両親が借り出されていた5年前まではトラクター1台でしたが、
08:36今ではなんと5台も所有するまでに。そうです。猛暑やストームなどの天災で全滅しないよう、あえて何種類もの品種を並行して育てています。ああ、そういうのだろうな。
08:44最近輸出が解禁になった巨峰以外は、どれも種なしブドウです。
08:56オーストラリアにも出してはるんですか?全く出してません。全部輸出です。どこにですか?
09:00今ほとんどが日本です。90
09:13%が日本で、あとはタイ、シンガポール、香港、日本への解禁が決まって。オーストラリア産ブドウが解禁になって、これはチャンスだと。
09:25エンデケが売ってこいって言って、しかも私何にもやったことないのに、とりあえず電話かけた。日本にとりあえず、もう端からですよ。
09:52500件、600件ぐらいはかけたかもしれないです。日本へはコンテナ船で3週間。11年前、全財産をかけて作ったブドウが初めて日本に着くとき、心配すぎて日本の港まで確認に行きました。オーストラリア産の強みは日本産とは真逆で、春先に店頭に並ぶこと。
10:17販売先を日本に絞ったことで収益が安定。12年前は雨風をしのぐのがやっとだった建物を倉庫としてリフォーム。以前は近くの農家に借りていた巨大冷蔵庫も作ることができました。立派なとこだ。この空き箱でコンテナ2つ分。
10:26これからこの30倍ものブドウを収穫するという怒涛の季節がやってきます。
10:44あ、こんにちは。娘のあずさです。あずささん。あずささん。日本語上手。ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいです。何言ってるんだよ。何歳ですか
10:46?11歳です。11歳
10:47?はい。すごい。かわいい。
11:08農園と共に成長を遂げたあずささん。お母さんとは日本語。お父さんとはスペイン語。普段は英語を話すそうです。すごいね。3カ国語。これ、鳥たちがいます。クジャクですか
11:15?クジャクとあと鶏います。ペット。ペット。かっこいいでしょ。かっこいい。
11:44ははははは。敷地にはエンリケさんが拾ってきたクジャクがゴアと、鶏やウサギがいます。どうぞ。お探しもー。はい。農園を買ったときについてきた中古の3LDK。ちなみに田舎すぎて郵便物が届かないので、毎週郵便局に取りに行くそうです。さらに大変なのが、
12:05じゃあ頑張って。自宅が敷地の一番奥にあるので、踏み出しがかなりの重労働。そうか。道路まで往復すること、実に30分。特に炎天下の夏場は耐え難い供養だそうです。
12:08こっちまではもちろん来てくれないのか。
12:24うわー。お疲れだ。お疲れだ。生活用水は川の水を濾過して使っています。
12:25Tama ni jika say pumpが止まる soですがそれも当たり前の日常として受け入れているさあです
12:38Ono日訪ねてきた jil さんは20年来の友人
12:43Junko さんが農家になる前美容の仕事をしていたときのお客さん
12:53たまたまぶどうを包むシートを作っていたそうで今では仕事仲間です
13:38昔からたくましかったわけではありませんお母さんはてっきり純子は音大に行くものと思っていましたが大手アパレル会社に就職
13:39キラキラ女子でした
14:07しかし本当にやりたいことはこれじゃないと25歳でオーストラリアに生きるため農園でアルバイトを始めます一番初め来たときは本当につらくてつらくて25歳のときオーストラリアに渡ったじゅんこさん生きるために農園でアルバイトを始めました
14:24一番初め来たときは本当につらくてつらくて本当につらかったです今までそんなことしたことないし英語はしゃべれないしそのとき唯一助けてくれたのがエンリケさんでした
14:48エンリケが次の休みというかホリデーで日本行かないって言ったんですよ行こう行こうみたいな感じでエンリケを実家に連れて行ったんですよ本当に軽いノリそう今考えると本当考えられないですよねいきなり連れてきたのが外国人で奴隷と部屋です
14:57当時そんなつもりは全くありませんでしたが数年後には夫婦となりました
15:22料理は母がすごく得意で大好きで小さいときから見てたんであとおばあちゃんもいたんで
15:45おばあちゃんもいたから一緒にうどんを売ったりとかすごい味見コンパクあのえっとね6枚くらいラザニア6枚ちょっとちょっと聞いてます
15:46?聞いてます
16:12ラザニア6枚
16:18現在使うそうです2時間かけて作っても5分で食べちゃう
16:24エンリケさんはこの暮らしをどう感じているのでしょう
16:28でしてい
16:37ある日突然農家になり我が子とともにイチから成長してきた純子さん
16:42そんな激動の人生に3年前更なる試練が。
16:49七部のお母さんに病が見つかったのです。
17:12私がここにいてできることっていうのが本当に全くなかったんである日突然農家となり激動の人生を歩んできた神子さん3年前さらなる試練が秩父のお母さんに病が見つかったのです
17:27悪性リンパ症 私がここにいてできることっていうのが本当に全くなかったんで何をしてあげていいかもわからないどんな言葉をかけてもいいかわからない
17:38そんな感じでしたよね朝 そこに出て毎日お祈りしました
18:05母が願えば叶うかって教えてくれたんで朝日に困った時はお願いしてねっていつも毎朝元気になりますようにって願ってました
18:06朝 でも何もできないんですけどねそのくらいしか
18:27そのくらいしかそうですかお母さん今ご病気ということでどうですか今の症状はどんな感じですか
18:44今少し落ち着いてますそうなんですか今見ていただきましたけどもやっと落ち着いたかなってそれまではね子供が小さい時おんぶして苗毛を植えてたりもんぺ履いて頑張ってたんですよね
19:14これからこれでずっと続いていけばね一番いいことだから続けられるだけ続けていただくっていうかあんまり心配かけないようにねこっちに心配かけないと確かにねお父さんお母さんいかれてたんですね最初の段階でねどうでしたお父さん初めての経験でしたお父さんは
19:32うまいですねうまいですねしょうがないよってか気温が45度を上回るときなど畑仕事ができないときは家族で遠方へ
20:01あーすにゃんわねおちくさ車を走らせること2時間やってきたのは契約農家のぶどう畑夫婦だけでは数に限界があるため数年前から賛同してくれる農家を集めることで輸出量を増やしてきたのです
20:29えーそうなんだまあエンリケがこうやって指導をしながらこうやったらもっと色変わるよとかちょっと房が多すぎるよとかそういうふうにで教えて作ってもらって私たちの決める基準みたいなものに満たしたら出荷できるかなっていう感じです妥協して出荷しちゃったとするじゃないですか日本に着いたときにボロボロになってたら腐ってたらもう終わりなんで
20:40厳しく管理してしかも生物なのでちょっとなあなあでできないっていうかまあこのくらいでいいかなっていうふうにはやっぱり出せません
21:05ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って
21:22自由気ままでちょっぴい暴走気味なぶどう一筋の夫に全力で人生を預け農業の未来を開拓し続ける純子さん
21:27日本の両親から届け物です
21:39届け物かはい届け物かはい
21:43はいはいはい
22:10このオルゴールはおばあちゃんが大切にしていたものです
22:25実は私が50年前に送ったものでおばあちゃんが亡くなってからはずっと私が持っていました今度はおばあちゃんを大切にしてくれた純子が持っていてください
22:54たまには自分の時間を取りゆっくりとオルゴールを聞いて日本のことを思い出してみてください母よりそうですね私がオーストラリアに来て1週間後におばあちゃん亡くなっちゃって私最後の日におばあちゃんの家に行ってまた1年戻ってくるからねって
23:23まさかその時亡くなるなんて思ってもみなかったんでなんかやっとうんオーストラリアでなんか胸を掘ってうん頑張りましたって報告ができるかなと思ったんですけどやっぱりこのオルゴールを見たらこれからも走って続けたいといけないなと
23:36思いましたあの両親にはもう大丈夫よってもうちゃんと生きていけるよって伝えたいですね
23:49というメッセージですねはいなんかあのオルゴールの曲聴く間の時間だけでも小休めれればね
23:58うん子育てが一生懸命やってきたんではいちょっと思い出を作ったうん過ごしてくれたらいいかなそうですね
24:06次回のお届け先はタイチェンマイここに旅行会社を立ち上げた日本人がいます
24:14安定した大手企業を辞め海を渡った彼少数民族の生活を体験する独自のツアーで
24:28理想の人生を追う息子に両親から届け物それぞれの夢があるだから目の前の道を行く
24:29ご視聴ありがとうございました
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