00:00Thank you very much.
00:42Thank you very much.
04:5715年たったとしてもずっとずっと変わらずに皆さんも傷を抱えてらっしゃるしそれに向き合う時間というのもやっぱり必要なんだなというふうに思います。
05:27震災直後にチャリティーショーも開催されました。あのときはどういった思いで僕は参加させていただいた身だったんですけれども、やはり、なんていうんですかね、こんなときに、僕自身も被災して、周りが本当にぐちゃぐちゃになっている中で、正直、僕がスケート、滑ってていいのかという後ろめたさもあったんですけれども、でも、僕がそこにいて、落ち込んだりとか、
05:44何も動けないよりは少しでも誰かの力になりたい、東北の力になりたい、宮城の力になりたいという思いで参加させていただきました。おっしゃったように、当時、多くのアスリートがスポーツやってていいんだろうかという自問自答に苦しめられたという話はよく聞きましたよね。
06:00はい。ただ、僕自身も楽天イーグルスさんやベガルタ仙台さんの本当に素晴らしい活躍に勇気をいただきましたし、僕もやっぱりスポーツをやっている身としては、こういうふうな存在になりたい、こういうふうな存在でありたいとも思いましたね。
06:17そこからオリンピックを目指され、オリンピックで2大会連続の金メダルというところだったわけですが、オリンピックに臨むにあたっても、またこう一つ背負うものが増えて、プレッシャーも大きくなったというふうに、我々からしたら感じるんですが、ご自身いかがでしたか。
06:46そうですね。なんか使命感みたいなものは正直あります。ただ、やはりオリンピックで金メダルを取りたくて、ずっとこのスポーツをやってきたので、やっぱりそこにやっとたどり着けたというのは、やっぱりうれしかったですし、また改めてその震災というものが、僕の方には背負わざるを得なくなってしまっているとは思うんですけれども、このメダルがあるからこそ、その被災地の方とか、また出会ってくれた方々が笑顔になってくれるというきっかけです。
07:15そういった意味では、やっぱり僕はこういう活動も、そして金メダルというものも誇りに思って、ずっと生きていきたいなと思っています。先ほど冒頭で簡単に希望を与えたとか、そういうことはなかなか言えないというお話がありましたけれども、我々マスコミをはじめ、ついやっぱり簡単に羽生さんの金メダルが被災地に感動を届けました、希望を届けましたってつい言いがちなんですが、その辺は羽生さんご自身は被災地の反応などを見て、どういうふうに感じられましたか。
07:30本当にとにかくとにかくうれしかったです。正直、僕がこうやって当時オリンピックで演技している映像とかもありますけれども、正直、もうそのときに震災のことを考えている余裕なんて正直ないんですよね。
08:18いろんな方々を被災地の方々に訪問してくださったり、いろんな方々の笑顔を届けてくれたおかげで、頑張ってやってきたことが、自分のためにやってきたことが、こんなにもみんなのためになっているんだっていう嬉しさにつながって、本当頑張ってきてよかったなって思えた瞬間でした。
08:22ソチオリンピックの後に無力感もあったっていうふうにおっしゃったのは、そういう意味でおっしゃったと。
08:41はい、そうですね。当時はまだその記者会見のときは、まだ結果が決まってすぐの段階だったので、皆さんの声とかがまだ自分には入っていなくて、正直なんか自分のためにやったよなっていう自分の中での葛藤があったんですけど、本当にほっとしました。
08:47そこから次の平昌に向かう心持ちとしては、またソチとは違うものがあったわけですね。
09:17ものすごくプレッシャーがありましたね。やはり19歳から24歳というと、自分にとっては、自分がやっている競技にとっては、やはり一番脂が乗ってくる時期でもありましたし、その先の、例えば27歳とかになると、今度、どっちかというと、だんだん下がっていくだろうと、常識的には思われている競技だったので、ここで取らなきゃ、もういつ取れるか分からないというか、もう2連目があったんです。
09:30もう2連覇はなくなってしまうっていうのを覚醒しているような気持ちだったので、どうしても自分のためにはもちろんなんですけど、こうやって期待してくださっている方々にも届けたい、結果で笑顔にしたいっていう気持ちは強くありました。
09:39そして2大会連続オリンピックで金メダルを獲得されて、それぞれのオリンピックの後に仙台での凱旋パレードもありました。すごい人でしたよね。
10:18弱いかもしれないけれども、これだけたくさんの思いが集まって、一つに向かっている時って、本当に大きな力になるんだなっていうのを実感しましたね。
10:31私も実は沿道で取材していたんですけども、羽生さんが本当に一人一人に目を合わせるようにしながら、ポーズを取ったり手を振ったりしている人なんだっていうのがすごく印象的で、羽生さんご自身も楽しそうでしたね。
10:54もう何か求められるがままにやらなきゃいけないっていう義務感ももちろんありましたけれども、今当時見ているとちょっと恥ずかしいなと思うんですけど、でもこれだけの方々がやっぱり喜んでくださるっていうのは、やっぱり先ほども言ったように自分のために頑張ってきた夢だったので、それがこれだけの方々と幸せを共有できるっていうのは本当に素晴らしいことだなと思っています。
10:58まさにおっしゃったような一体感ですね。
11:05さあ羽生さんにはですね、この後コマーシャルの後もまだまだお話を伺っていきます。
11:17この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りします。
11:31仙台ゆずみ子さん、羽生君もまだまだ心の傷に頑張って向き合っているのに、ずっとずっとみんなに寄り添って応援し続けてくれる姿に涙が出ました。
11:35あなたのスケートが希望の光です。
12:01また、
12:04ありがとうといったメッセージいただいております。
12:06ありがとうございます。
12:07お聞きになって。
12:07いや、もうとんでもないです。
12:26もう全然光なんかには全然慣れてないですけど、ただ、なんか僕が頑張っている姿であったりとか、またもちろん競技自体は結果であったりとか、そういったことに本当に皆さん一気に注入してくださってたのをすごく間近で感じていたので、これからもずっとずっといろんな活動を含めて頑張っていきたいなと思っています。
12:532大会連続で金メダルを獲得されて、その後2022年にプロ宣言されて、プロフィギュアスケーターに転向されたわけですけれども、この時に引退ではなくプロ転向という道を選ばれたのは、どういった思いや、思い描く道があったんでしょうか。なんか自分の中ではまだまだこれ以上上手くなれるんだろうなっていう実感がものすごく強くあって、当時から。
13:20で、先ほどそのメンテナンス期間の話の時もありましたけれども、正直課題しかないんですよね。自分のスケートにも自分の体にも。はい。なので、なんか既存のその引退というような概念だと、何かそのまま競技として力が落ちていくようなイメージがあったんですけど、なんか僕の中ではこれ以上上手くなりたいから転向するんだぞっていう気持ちがあったので、プロに転向しますっていう言葉にしました。
13:32先ほども20代後半からアスリートとしては落ちてくるという話がありましたけれども、プロ転向して表現の仕方も変わってくることによって、また見せるものも違ってくるというところもあるんでしょうか。
13:53いやー、それだけじゃなくてジャンプ上手くなってるんで。正直、もっともっと使える筋肉もたくさんありますし、使えるメカニズムみたいなものもたくさんあるので、言ってみればプロ野球選手の守備打者やホームラン王なんて考えてみたら30代が結構多いので、なので、ここからだなって正直思ってます。
13:58じゃあ、ここからどういったものを見せていきたいというふうに考えてらっしゃいますか。
14:16やっぱり僕は男子シングルフィギュアスケーターなのでプロになったとしても、だからこそやっぱり技術的な面も含めて、ジャンプももちろんですし、スピンもめちゃくちゃ上手くなりたいですし、どんどんどんどん上手くなっていく姿と同時に、そこに感情を上乗せできるスケーターでありたいなというのは常に思っていて、
14:36やはりその上乗せする感情は復興支援にももちろん役立つようにしたいですし、これからもどんどん宮城のことを考えながら、ずっとずっと活動していきたいなと思っています。やはり毎年、この時期になると1月くらいからザワザワしてくるというお話もありましたが、それやっぱり今後もそういう状況というのは変わらないんでしょうかね、気持ちの中で。
15:06まあ分からないです、正直。ここで先ほどコメントを拾わせていただいた方も、もしかしたらいつか時間が薬として役に立って、ちょっとずつ変わっていくのかもしれないですし、また新しい世代がどんどんどんどん生まれ変わっていって、どんどん増えていく中で、僕たちが伝えることってきっと苦しみだけではないと思うんですよね。だからこそ僕らが苦しみを乗り越える時が来るのかもしれないですし、逆に苦しみを持ち続けるのかもしれないですし、それは分からないですけど、
15:35それぞれの向き合い方で、震災と15年間向き合ってきた、そしてこれからも向き合い続けるんだろうなと思っています。これ防災、減災ということに関しても関心を持ちで、そしてそれをまたどんどん広げていこうという思いがあると思うんですが、その辺はもう日本のみならやっぱり世界中に影響を与えることなのかなというふうにも感じるんですが。そうですね。実際に僕は野党の地方やまた大船渡の火災の地方などにも行かせていただいたんですけど、
15:36やっぱり3.11があったから避難訓練があったよとか、マニュアルがいっぱいできたよという声をたくさんたくさんいただいているので、やっぱりこれがどんどんどんどん、僕の応援してくださる方は世界中にもたくさんいらっしゃるので、いろんな意識が広まっていって、世界が平和になっていったらいいなという思いは強くあります。
16:08そしてそれも、羽生さんはまた30代になっても演技でどんどん表現していくという。そうですね。やっぱり演技が良くなかったら絶対見に来てくれないので、もうめちゃくちゃ上手くなりたいなというふうに思っています。
16:19もう悪なき向上心というところでしょうか。もう、なんか自分が完璧じゃなさすぎて、気持ち悪いので、もう本当に一生追い求めるんだなというふうに思っています。
16:48では最後にですね、被災地を含めたファンの皆さん、視聴者の皆さんに、ぜひ今後の活動に向けて一言ですね、メッセージをお願いできますか。はい。いつも応援してくださりありがとうございます。僕もこれからもずっとずっと宮城県のことを応援し続けますし、また震災についてもちょっとでも支援ができるよう、今後のこともずっとずっと考えていきたいと思います。これからもずっと宮城県民でありつつ、そして宮城県を応援していきます。いつもありがとうございます。
16:55羽生さん、今日はお疲れのところ、本当にありがとうございました。ありがとうございました。ありがとうございました。ありがとうございました。
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