- 8 か月前
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ニューストランスクリプション
00:00普天間基地の移設をめぐり国に訴えられた裁判の改定前
00:06沖縄県の尾長知事は必ずこの場所に現れた
00:11リーダーに自らの思いを託す人々が作る一体感や高揚感が包む光景
00:22実はこれをかつての沖縄にあった風景と人物に重ねる人も多い
00:30観光客が行き交う那覇市の国際通り
00:36ここでその人物は歌になっていた
00:42それは昔 昔 その昔
00:47民衆の先頭に立ち演説会を開けば毎回何万もの人を集めた男
01:14一番偉い人と思います 大好きですから
01:20言葉が好きでしたね 掃除機で
01:23もう会えた方いないですね
01:25亀さんとか亀次郎さんとか
01:29その人物とは 瀬永亀次郎
01:41抵抗の戦士みたいなね イメージでしたね
01:46命は伏せていますからね
01:49何も怖くないわけですよ
01:53追っかけするのが楽しかったよ
01:56神様みたいだねって
01:58そして半世紀以上も前の空気が
02:03今 沖縄でよみがえっていると感じている
02:07今の戦いと同じみたいだった
02:12亀次郎という人がいなかったら
02:15こういう盛り上がりがなかったと思うよ
02:17沖縄の人を統一させるっていう
02:20団結させるっていうことに
02:22もう信念を注いでいた人で
02:25団結して立ち向かったのは
02:28戦後沖縄を占領したアメリカ軍の圧勢
02:33祖国復帰へ向けて民衆をリードしたその人物は
02:38アメリカ軍が最も恐れた男だった
02:43戦後71年の慰霊の日
02:55おびただしい数の犠牲を生んだ悲劇の後も
03:00沖縄の苦難の時は止まることがない
03:03そのすべての始まりはこの沖縄戦である
03:09県民4人に1人が命を落とした地上戦は
03:16本土決戦を遅らせるために
03:18日本が沖縄を捨て石とした戦いだった
03:22去年発見された未完成の原稿に
03:26これまで知られていなかった
03:28瀬永亀次郎の沖縄戦体験が記されていた
03:33一家は激しい漢方射撃が島を襲う中を逃げ惑っていた
03:39その道中で亀次郎が目にした光景だ
03:43朝日が上がり道端に転がっている死人を照らし出した
03:49刺繍で息が詰まるようだ
03:53鉄棒を射抜かれて倒れている兵隊
03:56両足を吹っ飛ばされて頭と胴体だけで
04:01仰向けに天を睨んでいるおじいさん
04:03頭のない赤ん坊を背負って
04:07アザミの歯を握りしめてうつぶせている婦人の死体
04:10母は気を失って倒れてしまった
04:15そんな過酷な沖縄戦を生き延びた人々が
04:22次に直面したのは捨て石の酒に待っていた
04:27占領の時代を生き抜くことだった
04:30沖縄戦の残骸が今も自宅周辺で見つかる
04:36島袋善友さんの記憶に残るのは
04:39夜な夜な家にやってきたアメリカ兵の姿だ
04:43これからは民主主義です
04:47もう戦争はありませんってさ
04:49こういう名前は偉い人でしょ
04:52しかし夜になるとどんどん女を襲いに来るさね
04:58奥さん姉さんって来るさ
05:02だから私はお母さんと姉さんはそこに床下に
05:07女いませんって
05:10だから玄関には大きい靴は男の靴
05:14もう女はいないという
05:17収容所では極度の栄養失調で倒れる人が相次いだ
05:23配給する食料を増やすよう訴えた亀次郎たちに
05:28アメリカ兵は言い放った
05:31一体戦争に負けたのは誰なのだ
05:35生きておればそれでいいではないか
05:38群馬市の一部となった旧石川市は
05:46戦後沖縄の政治経済の中心地として発展した
05:50市内のこの民間にできたのが
05:54戦後初の行政組織
05:56沖縄市巡回
05:58その会議録にアメリカ軍幹部の発言が残っている
06:03軍政府は猫で沖縄はネズミである
06:10猫の許す範囲しかネズミは遊べない
06:14戦争直後こそ沖縄戦で住民を虐殺するなどした
06:21日本軍からの解放者と言われたアメリカ軍だったが
06:25次第に占領者の顔を見せていった
06:29植民地支配そのものの実態に亀次郎はこう言った
06:35戦争は終わったが地獄は続いていた
06:40この連中は県民の味方ではない
06:43戦後初めて発刊されたウルマ新報
06:50その社長に亀次郎が就任した
06:54それをきっかけに亀次郎は沖縄中を駆け回り
07:00軍事占領に疑問を持つ人々との関係を強めていった
07:04そしてついに立ち上がる
07:081947年7月
07:11沖縄人民党を設立
07:14日本が無条件降伏の際に受け入れた
07:18ポツダム宣言の趣旨に則った綱領を掲げた
07:22民主主義を確立
07:25基本的人権を尊重し
07:28自主沖縄の再建を期すというものだ
07:32亀次郎はポツダム宣言に出会った感動を記していた
07:37その時の感激は一生忘れないだろう
07:42それは沖縄人民党結成の動機の一つとなり
07:47アメリカ占領軍からの県民解放の理論的武器になった
07:52その一方で亀次郎には市民が敗戦の追い目から
07:58理不尽な占領軍への抵抗心を奪われているように見えていた
08:03そんな心の奥底にあるものを呼び覚まし
08:08一筋の光となったのが亀次郎の演説だった
08:13手で握って
08:16一握りの砂も一滴の水もって言うさ
08:20もう温むんだよ
08:22全部私たちのもんだよ
08:24地球の俺側から来たアメリカは
08:27盗るれびんどって盗る
08:30泥棒だよって
08:31みんなで団結して
08:33負けないようにしようという
08:36こういう話を言っている
08:38それにもう
08:40さらに有名なフレーズとなって
08:46今に語り継がれている演説がある
08:49このセナが一人が叫んだならば
08:5450メートル先まで聞こえます
08:56ここに集まった人々が声をそろえて叫んだならば
09:00全那覇市民にまで聞こえます
09:03沖縄70万人民が声をそろえて叫んだならば
09:08太平洋の荒波を越えて
09:10ワシントン政府を動かすことができます
09:13その演説会の司会をしていたのが
09:20その後亀次郎を支えた中松陽善さんだ
09:24指笛を鳴らしてて
09:27白紙活性が鳴り止まないといったようなですね
09:30司会者の私も
09:33その長い白紙をどう止めるか苦労した記憶があるんですよ
09:37その時誰も口に知り合えなかった
09:41基地撤去とかね
09:42米軍は土地代を支払うとかね
09:45そういう要求を高く掲げると
09:49演説でやったんですよ
09:50強い迫力でしたね
09:52当時高校生だった元知事の稲峰圭一さんも
09:58亀次郎の演説を追いかけていた一人だった
10:01早くからむしろ思ってね
10:05一番前に仲間集めてみんなでね
10:09聞いに行ってことがありますよ
10:11強烈にアメリカを叩くわけですよ
10:14やっつけてくれるっていう
10:15我々若い前年ですが子供にとってはね
10:21まあまあ憧れの人一人でしたね
10:23民衆や大衆の心をつかんでいたという
10:27みんな帰りはすっきりしてニコニコして
10:31帰ってきましたからねお話を聞いた後
10:34同じ頃世界情勢は急を告げていた
10:39朝鮮戦争が勃発し
10:42ソ連との冷戦構造がより深刻化したことで
10:45アメリカは反響の防波堤として
10:48沖縄を高級的な基地にすると宣言した
10:52翌1951年サンフランシスコ講和条約で決まったのは
10:58日本の独立と沖縄の占領支配
11:02本土が経済復興に向かおうとする中で
11:07沖縄は取り残されたのだ
11:10沖縄を切り離すための環境は
11:15徐々に整えられていた
11:17GHQのマッカーサ最高司令官は
11:20琉球は我々の自然の国境である
11:24沖縄人は日本人ではない以上
11:28アメリカの沖縄占領に対して
11:30反対しているようなことはないようだと明言
11:34この2ヶ月後昭和天皇の側近が
11:39GHQに届けたのがいわゆる天皇メッセージだ
11:43昭和天皇はアメリカによる沖縄の軍事占領が
11:48続くことを希望していて
11:50それがアメリカに役立ち
11:53日本に保護を与えるとしている
11:55その形式は日本に主権を残し
12:0025年ないし50年あるいはそれ以上の長期咀嚼と記されている
12:06そして日本の独立とともに結ばれたのが
12:11沖縄を基地にしたもとでの日米安保条約
12:15沖縄の軍事占領と日本の非武装化は表裏一体のものだった
12:22そんな中で事件は起きた
12:27世界遺産首里城
12:35その聖殿の場所には戦後
12:39アメリカ軍が建設した琉球大学の校舎があった
12:43ここで行われたのが琉球政府創立式典
12:49現在の県議会議員にあたる立法院議員が
12:54アメリカ軍への忠誠を誓う宣誓が行われた
12:58全員が脱帽し直立不動の中
13:03ただ一人立ち上がらなかった人物がいた
13:07瀬永亀次郎だった
13:10背中さんが取り打ち帽子をかぶったまま座っているわけですよ
13:14おおというですね
13:16地鳴りのような声がね
13:18この会場全体から上がりよったんです
13:22驚きの声だったと思う
13:26それから感動
13:28アメリカに対する抵抗をね
13:30具体的な形で表したわけですからね
13:33この行動は占領された市民は
13:38占領軍に忠誠を誓うことを強制されないという
13:42ハーグ陸戦条約を根拠にしたものだった
13:45この出来事から32年後に
13:50当時を振り返る亀次郎の肉声が残されている
13:53俺々はね選挙されたんだから
13:56アメリカじゃなしに
14:00沖縄県民にね
14:03それはその
14:05誓いますと
14:06いうことは当然ですから
14:09米国民政法に忠誠をつけるために
14:11選挙されたんじゃないんだと
14:12アメリカの政治を置きの下で
14:14宣誓することって何事だと
14:16この事件がね
14:18アメリカにとってはね
14:21いわゆる背中の奴は
14:24この町からざる人物と
14:26いう風に極めてね
14:29印象付けたんじゃないかと
14:33そして民衆と一体化していく亀次郎と
14:37アメリカ軍の戦いが始まった
14:40アメリカは
14:42地主との賃貸契約が不調に終わっても
14:46土地を強制的に取り上げることを可能にし
14:49その土地代の一括払いの方針を決めた
14:53つまり基地として
14:56永久に使用することを目論んでいた
14:59侵略者の本性を剥き出しの進軍
15:03そう強く非難した亀次郎が先頭に立ち
15:08立法院は土地を守る4原則を打ち出した
15:12土地代の一括払い反対
15:15適正で完全な保障
15:17アメリカ軍による損害の賠償
15:21新たな土地接種反対の4原則
15:251954年4月のことだった
15:28それから半年がたった10月6日
15:34亀次郎が突然逮捕された
15:36有儀はアメリカ軍の退去命令に従わなかった男を
15:42かくまったとするものだった
15:44弁護士をつけることも妨害された亀次郎は
15:50裁判でこう述べた
15:51被告人セナガの口を封ずることはできるかもしれないが
15:57強いたけられた幾万大衆の口を封ずることはできない
16:02祖国復帰と土地防衛を通じて
16:05日本の独立と平和を勝ち取るために捧げた
16:08セナガの生命は大衆の中に生きている
16:12判決は懲役2年
16:15当時のニュースにはアメリカの意向を汲んだ
16:19メディアの姿勢も見える
16:21共産党政治家がいかに卑劣で
16:25欺瞞に見せているかが明らかにされたのであります
16:27そこには共産主義とレッテルを張り
16:32亀次郎を徹底的に排除しようとする
16:35占領軍の狙いが色濃く見えた
16:38土地強奪をするのに一番邪魔になる
16:43党を潰しておかんといかんと
16:45サナガさんというのはこの県民闘争の術で
16:50県民の要求の
16:52県民の戦いのシンボルですからね
16:55沖縄刑務所に就管された亀次郎は
17:00極明な日記を綴っていた
17:0611月2日
17:07極中日記を書き始める
17:10囚われの身になっても
17:16祖国復帰への思いが衰えることはなかった
17:20祖国復帰と土地防衛の戦いが
17:25より熾烈化する都市である
17:28しかし亀次郎のいない間に
17:34基地はさらに広がっていった
17:37普天間基地を抱える
17:42宜野湾市伊佐浜に広がっていた
17:45美しい田園風景
17:47田畑や家屋を
17:49アメリカ軍の銃剣とブルドーザーは
17:52一気に押しつぶしていった
17:54力づくで追い出すんですか
17:57もうそうですよ
17:58家を壊していくんだから
18:00貧弱な木材建ての家ですからね
18:03どんどん壊していく
18:04簡単に
18:06前原穂積さんは
18:08土地闘争の最前線に立っていた
18:11住民はやっぱり
18:14座り込みをするとか
18:18そういうことで戦うわけよ
18:20それに対してそれを排除するために
18:23重品を突きつけると
18:25威嚇するわけよ
18:26戦いはあっという間に終わりを告げていた
18:31住民たちが一旦引き上げた
18:34翌朝のこと
18:35朝起きたら
18:40全部
18:40晴海三浦さんって言っていたね
18:43こっちが寝空間で逃げられました
18:45一夜にして
18:47伊佐浜の風景は一変した
18:49ブルドーザーを運転していたのは
18:53アメリカ軍に雇われた
18:54沖縄の人々だった
18:56何をやるかは
18:59ギリギリまで知らされず
19:01逆らうことはできなかった
19:03生命の糧は
19:20その面影すらなくなり
19:23基地へと姿を変えた
19:25この場所にあった
19:30沖縄戦から立ち直ろうとする住民たちの暮らしは
19:34また軍隊によって奪われていた
19:38伊佐浜部落の土地の集脱は
19:43身を切られる思いがする
19:44伊佐部落民の地獄の苦しみを思い
19:49ほとんど一睡もしなかった
19:50残虐な事件も後を絶たなかった
19:58同じ年の9月
20:00わずか6歳の女の子が
20:03アメリカ兵に誘拐
20:04乱暴され
20:06残殺された
20:07事件は中松さんの脳裏を離れない
20:126歳になる女の子がね
20:16ああいう形で
20:18ハート軍曹に
20:19傍観されて殺されて
20:24唇を噛んで
20:28草を握りしめて死んでいる
20:31幼い女の子がね
20:34思うと今でもね
20:36怒りの涙がこぼれそうな感じがするんですよ
20:42このハート軍曹は
20:46死刑判決を受けて
20:47米国に返されたけれども
20:49米国でどうなったのかはね
20:51全然情報がない
20:52今までは誰も知らない
20:54それがアメリカ兵犯罪の実態だった
21:03腹の底からの怒りである
21:05鬼畜に劣る米兵の行動
21:09団結を固めよう
21:14三度叫ぶ
21:16一切の利己心を捨てよう
21:18その呼びかけは
21:21現代でいうオール沖縄の結集だった
21:25この獄中日記には
21:30家族からの手紙が閉じられていた
21:32お父さんは体が悪いそうですね
21:39次女千尋さんが
21:42父の体調を気遣う手紙だった
21:44私もやがて5年生です
21:49千尋さんにとっての一番の思い出の場所
21:55それはかつての自宅があった場所だ
21:59パークサイドビルって書いてありますけど
22:02あれのちょっと前で
22:04当時はもっと1メートルぐらいしか離れてませんでした
22:08すぐ隣にあるのが刑務所の壁で
22:12監視塔が目の前にあった
22:14囚人を監視するためだったら中に作るはずだけど
22:18なんで外に作ってあるかなって不思議だったんですけど
22:21今考えたらこの亀次郎の自宅や
22:25隣にあった人民と本部を監視するために
22:28作ったのかなっていう気さえしますね
22:30だからこの独房からお家の屋根が見えるって
22:35それで屋根が見えてとても心強い
22:37この独房は大好きだって書いてあるんですよ
22:40しかしそばにいながら触れることさえできない
22:45千尋さんにとって父亀次郎は近くて遠い存在だった
22:51小さな心を痛めていた様子が
22:55亀次郎の日記からも伺える
22:5811月18日
23:013時ごろ
23:03文と千尾がやってきた
23:05千尾は相変わらず黙っている
23:09親父の変わり果てた姿を見て
23:12小さい瞳に
23:15梅雨の玉が宿っていた
23:16やっぱり刑務所に入っているっていうことは
23:24とても私にとってはショックだったと思うんですよ
23:29でも周りが
23:31あなたの父さんはみんなのことをするって言ってね
23:34こんなに逮捕されてるんだから
23:36とっても偉い人なんだよって言って
23:38言う人たちがたくさんいたんですよ
23:40その声の現れか
23:43逮捕から1年半後にやってきた出獄の時
23:48亀次郎の前には
23:50その帰りを待つ人々が
23:52通りを埋め尽くしていた
23:54後から写真とかを全部見るとね
23:59監視の人
24:00刑務官の人とか
24:02署長さんらしき人とかね
24:04みんな笑顔で送り出してるんですよ
24:05現在の裁判所の土地にあったのが
24:09かつての沖縄刑務所
24:11亀次郎が人々の大歓迎を受けたのは
24:15国と県が法廷闘争を行っている場所だった
24:19ここ自宅に向かって歩いてるらしいです
24:24当時ですね
24:24みんなが20名以上だったかな
24:27更新するのには
24:29届出が必要な
24:31あの
24:31触れがあったんですよ
24:33ですからみんなが
24:34上次郎の後続いて歩いたら
24:36更新になるから
24:37動かないでください
24:38僕が動きます
24:40っていうことを言ったって
24:42なんか別のメモに書いてあるんですよ
24:44今も残されている
24:47出獄の際に着ていた白いスーツ
24:50その時の決意をこう語った
24:54これ以上祖国復帰を叫ぶならば
24:59再び監獄に入れられるかもしれないが
25:02監獄も厭わない気持ちである
25:04その夜
25:07歓迎大会に集まった
25:091万を超える人々
25:11そこにあったのは
25:13亀次郎を前に
25:15祖国復帰への思いを
25:16さらに大きくした
25:18民衆の姿だった
25:19しかし
25:22アメリカ軍との
25:23新たな攻防が始まろうとしていた
25:26沖縄県公文書館には
25:34アメリカ軍が徹底的に
25:37亀次郎の行動を分析した
25:39機密文書が保管されている
25:41その名も
25:44セナガ亀次郎ファイル
25:46琉球諸島の
25:50共産主義のリーダーと警戒し
25:53調べ上げた家族構成
25:55アメリカ軍がマークするきっかけとなった
26:02あの先制拒否について
26:04亀次郎自身が述べた
26:06演説のメモ
26:07さらには
26:10上京した亀次郎を
26:12徹底的に備行した記録も
26:14残されている
26:15その行動に
26:17訴追できる材料はないか
26:19監視の目は
26:20常に亀次郎を追っていた
26:22その頃
26:27軍用地問題に関するある報告書が
26:30沖縄に大きな波紋を広げていた
26:33調査団長の名前から
26:35プライス韓国と呼ばれた報告書は
26:38アメリカ軍の土地代の一括払いや
26:41軍用地接種の正当性を唱えている
26:44亀次郎らが打ち出した
26:47四原則を
26:48真っ向から否定するもので
26:50それに対する怒りは
26:52ついに
26:53しまぐるみ闘争へ
26:55発展していった
26:56そんな中で
26:59亀次郎は
27:00那覇市長選挙に立候補
27:02市長選を
27:05プライス韓国を押し付ける
27:07勢力との対決と位置づけた
27:10それでも
27:12投票日直前に
27:14新たな土地の接種が明らかになった
27:17接種されたのは
27:18普天間基地の移設をめぐって揺れる
27:21名護市辺野古
27:23その原点は
27:2760年前にあったのだ
27:29亀次郎も日記に記していた
27:33そして
27:37その4日後の
27:39市長選を制したのは
27:40亀次郎だった
27:42市民はクリスマスプレゼントだと言って
27:45脇に湧いたが
27:47選挙中
27:48亀次郎を中傷するビラを
27:50上空から撒いていたアメリカは
27:53衝撃を受けていた
27:54那覇市長としての立場は
28:00背中に過激な反米プロパガンダや
28:03琉球におけるアメリカの地位を揺さぶる
28:07新たな武器を与えることになるだろう
28:09さらに
28:12亀次郎の勝因後
28:13軍用地収容計画に対する強い反対姿勢や
28:18綱領として掲げた日本復帰が指示されたと分析した
28:24沖縄の近現代史を研究する
28:29日谷教授は市長当選の意味をこう考える
28:33抵抗する背中の姿
28:39あるいは逮捕統獄された背中の姿というものに
28:47沖縄の魂の殉教者というのかな
28:51そういうものをね
28:53市民は発見した
28:56民主主義を勝ち取るという背中の言葉ですね
29:07民主主義という言葉は
29:09やっぱりキラキラと光ってたわけですね
29:12民主主義国家であるはずのアメリカは
29:16民主主義で選ばれた亀次郎の追放工作を強めていく
29:22那覇市への補助金を凍結し
29:25アメリカ軍が大株主である銀行の預金も封鎖した
29:30その措置は銀行単独で発表され
29:34アメリカの介入には一切言及されなかった
29:38自らは関与していないかのように振る舞う兵狼責めだった
29:44すると市役所に市民の長蛇の列ができるようになっていた
29:51その列に驚いたのが当時の那覇市職員
29:57宮里正明さんだ
29:59亀次郎を助けようと納税に訪れた市民の列だった
30:02アメリカが背中市長をいじめるから
30:07税金を納めに来たさ
30:09目を輝かして怒ってね
30:12行列してる人に何しに来たかってそういう答弁です
30:16いじめるとねやっぱり市民が
30:19亀次郎を助けようと納税に訪れた市民の列だった
30:28納税率は飛躍的に上がり97%に達したとも言われる
30:35その自主財源により止まっていた公共工事も再開
30:42しかし今度は別の悩みも生まれていた
30:45アメリカ軍の指令により銀行が集まった税金を預からないのだ
30:52新しく金庫を買って
30:55現金をね金庫に納めて置いてるお金をバンするんです
31:03寝泊まりしてね中にはシェパートも連れてきてね
31:09シェパート人噛みつかんかって言うのは
31:12いや人民党なんか見つかない
31:13亀次郎は市民の激励に支えられていた
31:19その手紙の多くは弾圧を恐れて
31:23匿名の差出人が目立っていた
31:26アメリカが次に手を伸ばしたのは市議会だった
31:32分断を図るバージャー民政官と連絡を密にする市議がいた
31:38中山玄海は盛んにバージャー民政官と連絡を取って
31:44中山前知事の父であった
31:48一時開会と同時に中山議員緊急動議とともに不信任案を上提
31:55拡作していたのは不信任案可決による追放だった
32:02駆けつけた多くの市民で議場があふれる中
32:05攻防が繰り返されたが
32:08結局少数与党である亀次郎派は不信任成立を許す
32:14議事録に議場騒然という言葉が12回も出てくる混乱の中での可決だった
32:22亀次郎はアメリカと沖縄在海人たちの圧力に負けた
32:29この屈辱の議会に解散を命じると議会を解散
32:34市議選に突入したがそれでも市民は亀次郎派を躍進させた
32:42その祝賀会の挨拶で亀次郎は当選した市議を沖縄に生息するガジュマルに例えた
32:52敗れた敵陣営の候補をその木陰で休ませ
32:57同じガジュマルになれと説得し
33:00民主主義を嵐から守り抜く体制を取ろうと呼びかけた
33:05目の前にいる人たちが敵じゃないということが分かっているわけですよ
33:10こんな風に刺しているアメリカが悪いんだということが分かっているので
33:14なんで同じ沖縄の人同士争うか
33:19アメリカに残されたのは最後の究極の手段だった
33:26連中はもう一つしかない手を考え出した
33:33すなわち不信任成立と同時に不礼を出し
33:38セナガが立候補できないようにする
33:41その通りにアメリカ軍は不礼を改定する
33:47不信任議決の要件を議員の3分の2の出席から過半数に緩和した上に
33:56復活阻止のため盗獄された過去を理由に
34:00亀次郎の非選挙権も奪った
34:03このいわゆるセナガ不礼によって
34:07アメリカはついに亀次郎の追放に成功したのである
34:13亀次郎はこう言い残して市役所を去った
34:20この追放指令によって
34:23セナガ市長を追放することは可能である
34:27だが可能でないの一つある
34:30祖国復帰をしなければならないという
34:33見えざる力が50日後に迫った選挙によって
34:38やがて現れ第2のセナガがはっきりと登場することを
34:44ここに宣言しておく
34:48市長追放の祝杯はやがて苦汁に変わるだろう
34:54今セナガががっかりしようものなら市民はどうなる
34:59さあ戦いは新しい段階に踏み込んだ
35:02頑張れだ
35:05むしろ投資をかきたてられる亀次郎の姿があった
35:12私は勝ちました
35:14アメリカは負けました
35:17第2のセナガを出すのだ
35:19それが不礼に対するこよなきプレゼントになるのだ
35:24中松さんは亀次郎が勝ったという意味をこう理解している
35:33アメリカはね正々堂々と私と対決することができないでね
35:40権力でね弾圧でね私を追放した
35:44これは私が正義であるんだと
35:46民主主義者であるということの証明だという意味じゃないでしょうか
35:50自らの後継を選ぶ選挙でも戦闘に立った
36:00立会演説会に詰めかけた10万の大衆を前に
36:05祖国復帰を訴え続ける
36:08そして第2のセナが当選へ導いたのである
36:13これが亀次郎を追放したアメリカ軍に
36:16市民が出した答えだった
36:20残されている32年前のインタビューで
36:24亀次郎はこう語っている
36:27この歴史はね正しい者が必ず勝つんだと
36:32正しくない者は負けるぞと
36:35必ず報復されるという歴史の流れね
36:40その鉄則は間違いなくね
36:43鉄則通り進んでいくというふうに考えております
36:48そしてこの民意の前に
36:52アメリカは自らの占領政策を見直す検討に入っていった
36:58検討されたのは将来にわたって確保する基地以外の
37:03市政権を返還する飛び地返還
37:07あれほどこだわった土地代の一括払いも取り下げ
37:12引き上げに応じた
37:15亀次郎の抵抗は民衆の意識を変え
37:19社会の力となって
37:21アメリカ軍の姿勢を変えさせることに結びついていた
37:27一定の成果を見せた島ぐるみ闘争は
37:31その後日本復帰運動につながっていく
37:35本土の世論も動かすに至り
37:38政権の最大の課題となった沖縄返還は
37:42ついに日米両政府が合意
37:461969年11月のことである
37:50しかしその実像は沖縄が望んだものではなかった
37:56基地はそのまま残った
38:00翌年亀次郎の姿は国会にあった
38:06再度不礼が改められたことで
38:09非選挙権を取り戻し
38:12初めて沖縄から選ばれた国会議員の一人になっていた
38:18その舞台で佐藤総理に迫った
38:24変換が目的ではなくて基地の維持が目的である
38:28この協定は決して沖縄県民が
38:3226年間地の叫びで求め要求した
38:38変換協定ではない
38:40この沖縄の大地は
38:42再び戦場となることを拒否する
38:46基地となることを拒否する
38:48基地のない沖縄と
38:52かように言われましても
38:54それはすぐにはできないことであります
38:56しかし私どもはただいま言われる
39:00そういう意味の平和な豊かな沖縄県づくり
39:04沖縄県づくりこれに一つ
39:06邁進しなければならない
39:08このやりとりの5ヶ月後
39:12沖縄は日本に復帰した
39:16しかしその後見えた政治の姿は
39:19佐藤の言葉からはあまりに程遠いものである
39:24その後も基地あるがゆえの事件は後を絶たず
39:29民衆の決起は続く
39:32しかしこの場に亀次郎の姿はなかった
39:38病床でこの模様を見ていたのだという
39:42その様子を妻の文さんが歌にしていた
39:47デモ隊をテレビに見る目輝きて
39:53胸中萌えしか病床の妻
39:582001年10月5日
40:01亀次郎は94歳で生涯の幕を閉じた
40:07マジムンを退治できなかったことが
40:10心残りという言葉を残して
40:14その人生は
40:16むしろの綾のようにまっすぐ生きなさいという
40:20母の教えを守り続けたものだった
40:23世永亀次郎と民衆資料
40:29亀次郎の大きな写真が訪れる人々を迎え
40:35多くの資料がその足跡を伝えている
40:40館長を務めるのは次女千尋さんだ
40:45資料館の名は福津館
40:49亀次郎が好んで記した福津から取ったものだ
40:54なぜ自分が福津って書くか
40:58沖縄の県民の戦いがとても福津だったということで
41:03自分はこの言葉を色紙に好んで書いてるって言うんですね
41:09そしたらでも県民は
41:11亀次郎のことを福津の人って言うんですよ
41:14だから福津なんだろうって思ってるけど
41:17亀次郎は県民の戦いが福津なので
41:19自分はこの言葉が好きだって言ってるんですね
41:23亀次郎の精神は辺野古で生きていた
41:36辺野古の海で抗議行動をするのは金井はじめさん
41:41新基地建設反対の民意を実現させるために何ができるのか
41:47勤務する大学が全国からの募金で購入した小型船舶に
41:52金井さんは亀次郎の筆跡そのままに福津と命名した
41:59団結してそして一人一人のそういう決意と覚悟っていうのはですね
42:05ここに込められている
42:07牧師として活動する教会の説教でも辺野古での活動に触れることがある
42:17当初は金井さんらの行動を心よく思っていなかった仲間の船長のことだ
42:26あんな反対運動してる人たちは大嫌いだった
42:30ところがこの海が埋め立てられてしまう
42:33自分の生活の場が破壊されていくということを実感したときに
42:39あの反対運動してた人たちが頑張ってきたから
42:43今まで基地は作られなかったんだ
42:45そこに思いが至ったということで
42:48彼は加わってきて今一緒に船長しています
42:55仲間に加わった頃中曽根和成さんはこう振り返る
43:02国と喧嘩して何かメリットあるのかなっていうのが正直な気持ちでした
43:08これそのままもう見逃してたら多分僕らもいいですけど
43:13これから生まれてくる子とか
43:16次の大人になる世代が絶対難儀するだろうなと
43:20そこからですねその思いが入っていって
43:22直接俺が行動しないと自分が行動しないと変わらない
43:27不屈という命名には最初は驚いたという
43:34なんとかもあるですよ普通
43:37一緒に戦っていくと気持ちは本当に分かります
43:43金井さんが作った方の思いっていうのも分かるし
43:46瀬永さんがとか
43:49まだ沖縄の先人の皆さんが戦ってた思いも本当に分かります
43:54一緒にやってるんだと
43:56今いない天国に行ってる先輩たちもこの思いでやってたんだなと思うと
44:03やっぱり諦められないですよね
44:05本当に不屈ですよね
44:07瀬永さんの人形が飾られてるから一緒に戦ってます
44:15そんな中曽根さんとの出会いを
44:18金井さんは亀次郎が残した言葉に重ねている
44:23弾圧は抵抗を呼ぶ抵抗は友を呼ぶ
44:27こういうことでもなければおよそ出会うことがない
44:30あるいは同じ席に着くはずもないような人たちが
44:35友になるっていうすごい出来事が起こってきましたし
44:39今もそれは起こっていて
44:42瀬永さんが言われた言葉って本当にそれは体験から言われたんでしょうし
44:46そしてそれは時を超えて私たちもとても日頃実感していることです
44:51裁判の和解で海は静けさを取り戻していたが
44:58再び国が権を訴えた
45:02この海はまた戦いの場となるのだろうか
45:08我々は不屈の精神は60年の時を超えて沖縄県民の心に根差していた
45:21現代のリーダーもあの時代にその原点を見いだしている
45:27瀬永亀次郎先生の生き様は私も心から尊敬しておりました
45:34過重な基地負担に立ち向かうことができるのは
45:38先人たちが土地を守るためのしれすな島組闘争で
45:43ウチナアンチの誇りを貫いたからであります
45:47その先頭にいたのが瀬永亀次郎その人であった
45:54私たちはどんなに厳しいことがあってもですね
45:58粘り強く力強くそして未来を見据えてですね頑張っていく
46:04そして何十年かからこの子や孫が歴史を振り返って
46:09あの頃の私たちが頑張ったから今の私たちがあるんだねと言われるような
46:14そういう私たちは思いを持って頑張っていかなければならないと
46:19千尋さんは父の出獄に集まった民衆たちを思い出していた
46:29出獄してくるシーンがねこんな熱気だったと思うんですよ
46:34みんながまた自分たちのところに戻ってきたっていうね
46:38ことをちょうどこのあたりでみんなが何度かの人が
46:44待ち受けて歓迎をしたっていう雰囲気が
46:48あの写真とダブって多分そうだっただろうなと思って
46:52場所はまさに今のここなので
46:56民衆の力っていうのは同じだと思いますね
46:59亀次郎の戦いが今に伝えるもの
47:04今も未来を探し続ける民衆の戦いに
47:09その答えはある
47:11沖縄は過酷な現実を常に目の前にしていますから
47:22その結幕やその潮流は途絶えることがない
47:28民主主義というものを武器にして戦うということを
47:34あのアメリカの米軍の重圧下で沖縄の人が学んだということですね
47:42だから戦いというか沖縄の運動は途絶えないわけですね
47:50それは国が愛くないでいる
47:58自然を壊す人がいる
48:04約束は守らず
48:12亀次郎の日記にはこんなことが記されていた
48:40民衆の憎しみに包囲された軍事基地の価値はゼロに等しい
48:51戦後の沖縄でアメリカ軍が最も恐れた男
48:57あなたは亀次郎を知っていますか?
49:03お待ちしております
49:14ご視聴ありがとうございました
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