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  • 13 年前
生徒も先生もみんな帰ってしまい、誰もいない学校の教室では何が起こっているのだろうか。
そんなことを考えたことがある人は、おそらく私だけではないだろう。
夜になると「理科室の人体模型が動き出す」「誰もいない音楽室から悲しげなピアノの演奏が聞こえてくる」「使われなくなったトイレの個室で女の人がすすり泣く声が聞こえる」など、学校や地方によって様々な学校の七不思議や怪談話があったはずだ。

大人になっても、学校という場所は“大人の世界”よりも、不思議なことが起こりそうな予感がする。

そこで、幽霊や怪談とはまた違う“夜の学校”という場所のイメージを構築しようと試みた。
夏休みの誰もいない小学校が、夜になると教室の黒板や壁の中を魚が泳ぎ回る。悠々と黒板の中を泳いでいくエイやサメの様子は一見突拍子もない光景に見えるが、学校の教室で繰り広げられていると本当にそんなことがあるんじゃないかという想像を掻き立てられる。

私はクリエイティブとは、我々が共通で持っているイメージの破壊と新たなイメージの創造であると考える。
ただ全く新しい物を作り上げることがクリエイティブなのではなく、多くの人が持つ心の隙間にうまく入り込む物を作ることがクリエイティブなのではないだろうか。

そして、世界に向けて日本のクリエイティブを発信することの意味は、やはり、日本人の持つ感性、感覚、価値観、共通認識などを世界の人々に理解してもらうことなのではないだろうか。日本に生まれ、日本に住む人なら、科学者でも、技術者でも、芸能人でも、アーティストでも、すべての人には“学校での思い出”は共通の体験としてある。しかし、それらは世界の人々からは全く違って見えるだろう。そして、日本人にとっては当たり前のことでもそれがとても新鮮に見える人も世界にはいるはずだ。同級生と木と鉄の香りのする机を並べ、みんな黒板と先生を見つめながら毎日を過ごしていたあの感覚は日本人にしか持ち合わせていないもの。世界で受け入れられる物を作る時こそ日本人なら日本人であることを忘れてはいけないし、その感性を大切にしなければならない。

「日本人にとっては懐かしく、世界の人々にとっては新しい」
それが、今回の作品のコンセプトである。
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