00:05将達はこの地で密かに信仰を続けた潜伐キリシタンだったのです
00:13松河さんの先祖も潜伐キリシタンでした
00:37更に潜伏キリシタンが集まっていたと伝わる場所も
01:06ここに来てオラ書の練習をした場所となぜ潜伏キリシタンの移住が信仰を守ることにつながったのか近世史に詳しい岩崎義成さんは
01:27大村藩というのはですねキリスト教あるいはキリシタンの弾圧とかそういったものに関しては割と全国の諸藩の中でも突出した意味合いを持った藩一つというふうに見ることができるかと思います。
01:421657年大村城下の農村で起きた氷崩れ子供を含む400人以上の潜伏キリシタンが処刑されました。
02:14一方多くの百姓を受け入れた福江藩にも深刻な事情がありました。向かったのは後藤列島北部の頭ヶ島です。
02:35新神後藤長の永田真紀夫さんに当時の事情がわかる場所へと案内してもらいます。江戸時代、この地を開拓した人物の墓に手がかりとなる島の歴史が刻まれていました。
02:52放送の壁駅の地ということで東宗の療養地として使われた証しになります全国で多数の死者を出した天然痘が五島でも流行島民の数が減り深刻な人手不足が起きていたのです
03:17近世紀に入ってですね、かなり災害とかそれから疫病ですね。そういったことによって人口が伸びないという状況が記されています。人員を確保するためにどうしてもお役所は必要であったと。お互いのその利益がそこで一致したというふうに思われます。
03:46こうして海を渡った潜伏キリシタンたち最終的に3000人が五島へと移り住みました3000人そこではどんな暮らしが待っていたのか向かったのは移住先の一つ日坂島です潜伏キリシタンの末えいで
03:53島のガイドを務める平山和子さんに集落の跡地を案内してもらいました
04:09ああここに見えてる残ってるわ見つけたのは石垣の跡与えられたのは決して住みやすいとは言えない山の斜面でした
04:26自分たちで山を削り石垣を高く積み上げ田畑を耕し生活を築きました逆境を生き延びて大切なものを守り通したのです
04:43向こうにいる時よりも責められることもないのでですね安住の地だったんじゃないかと思うんですけど暮らし向きはあのあまり良くなくても心は満たされていたのかなっていうふうに思いますね
05:01うーんまあそのさまざまな工夫に加えてその藩の移住政策っていう事情をね信仰をつなぐという意味ではチャンスに変えて守っていったんだね
05:28本当に厳しい現実の中で生きるその心の支えだったのかもしれないですよね江戸時代を通じてつらい時代が続いたキリシタンなんですが時代が変わっても彼らの苦しみというのは続いたんです1868年江戸幕府が終わって時代は明治に入りますすると明治政府の下次々と大規模な弾圧事件が起きてしまいます
05:48長崎県で起きた浦上京都弾圧事件ではの3400人ものですね村人が検挙され全国の犯人 ルケイになっているんですよね3400人はいそのルケイ地の一つの島根のですねツアの藩では回収をね試みて優しくこう説得して回収させようとしてたんですが
06:12なかなかですねそれにキリシタンが応じなかったということでいきなりこうすごい拷問とかを行い始めてですね例えば三尺楼というのがあって1メートル四方に満たないような箱のようなところに信者を入れてそういう中で生活させるといういやーむちゃくちゃですね食事も排泄もそこで
06:26いやーむごいむごいですね今回調査した五島列島の日坂島というところでもやっぱり弾圧が起きていて42人のですね潜伏キリシタンが命を落としているんですね
06:44いやーねー自分たちでその暮らしをねその山の斜面を切り開いたりっていうので自分たちで暮らしを築いてそれでも信仰を守り続けた人たちも弾圧明治になってね弾圧されてしまったっていうねまあやるせないですよねそうですね
07:05そういった長く続いた苦しい時代に終止符が打たれます明治政府はついに明治6年1873年キリスト教の禁制を説きましたようやくねえでも禁教令が出されてから250年ぐらいでもどうしてこのタイミングで禁制を説かれたんですか
07:31はいその2年前なんですが明治政府は西洋諸国から浦上キリシタンへの非人道的行為こういうもうひどいですね拷問などこれをですねしてはいけないっていう風にすごい豪豪たる非難が起こっていやそうだはい特に岩倉施設団でこう西洋に行くじゃないですかで各国行くたびにそれぞれやっぱりこう強く非難されたんですねで信仰の自由を認めさせるようにしなさいっていう風に言われて
07:57仕方なくっていう形で信仰を黙認するという形になったんですねまあその外圧によってということだけれどもやっぱり先人たちのねその犠牲の上にようやく自由が築かれたということなんで本当に今ある状況っていうのはもう決して当たり前のことではないっていうのを改めて感じますよね
08:20改めて所長今回の調査いかがでしたか我々のこの国にももう理不尽としか言いようがないことがあるけれどもやっぱりその信じられるものとかあるいはガラシャがその先に希望を持つことでそれでまあ厳しい現実を生きられたりねあるいはまた新たな道を開くこともできるっていうね
08:37それを実際に行動で指名してくれた先人たちにね非常に勇気をもらった気がしますでは最後こちらをご覧いただきたいと思います五島列島で起きた弾圧を生き延びた人々が築いた信仰の自由の証です
08:58海沿いにひっそり佇む旧五輪教会堂近郷霊が解除されて8年後に建てられました教会を作るにあたり島の多くの人が参加
09:23キリスト教を信仰する人のほか島の仏教とも協力しました教会としての役目を終えた今も
09:29途絶えることのなかった信仰の記憶を語り継いでいます
09:57次回はついに登場西郷隆盛知っている西郷さんとはちょっと違いますね
10:16謎に包まれたその素顔とはすいませんスマホ忘れて私取ってきます陸斗え
10:20?いたんだいるよ
10:40あ、もしかして放送聞いてた?はあねえ、二人が言ってた元相方って陸斗のことだよねえ
10:43?違う?
11:06男をもんてほらこの真ん中ほらえー、鎌田だから違うって言ってるじゃんいや、陸斗でしょありましたすいません陸斗お、陸斗どこにおったか
11:08?すいません
11:16ちょっと時間もらってもいいですか?あ、いいですよゆっくり、ゆっくりしてくださいすいませんうん、大丈夫ちょっと待っててごめんごめんすいません
11:44まさか陸斗の相方やったとは
11:46え?え
11:50?そういうことなんけ
11:50?え?いまさら気づいたんですか
12:10?複雑やな、陸斗くんいやー、会えてよかったわおらんのかと思ったいや、普通におるよこっちからしたらなんで来てんねんって感じやわあ、びっくりした急にこんくなって連絡もつかんくなって
12:23ずっと心配しとってんであ、そうそりゃ悪かったなおいおい
12:35おらん勝手におらんくなっててなんやねんそれこっちがどんな気持ちだったか分かってんのかあ、まった喧嘩しに来たわけやないやろそやけど
12:50ほんまに心配やってんからな陸斗ラジオ聞いてたかえ
13:00?あー、忙しくて聞けんかったわここは飯もうまいし、空気もきれいやし
13:28朝は防災無線がちょっとうるさいけどそれもまあ、風情やって思えばななんかこう生きてるって感じがするよお前らもよかったやんテレビ出れるようになっていやいやほんまにたまたまやね飲み屋でたまたまプロデューサーと仲良くなってそこからトントンってなんやそれズルしてるやん
13:58だからほんまはお前ともう一回やりたいな俺がここスーパー銭湯に変えたろう思ってんねん大阪にもいっぱいあるやろ露天風呂とテレビとあ、ビールも飲めてああいうのこそ今この街に必要やと思うんやもうすぐ風呂も開くし
14:11よかったらひとっぷり浴びてってうん
14:34よしほな自慢のお風呂いただこうかなおい強火だけで頼むで釜飯屋だけアホか
15:00アホもやっぱり寝水うんああそうよいもおしいよいもわいもえっとほかそのにん
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