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  • 2 日前

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00:00私はキキ、本業は女優です。
00:04大学で建築を学び、建築に関するエッセイも書いて
00:08きました。
00:17わー、遊戯の競技場が見えてきました。
00:28さて、問題の答え。
00:30まず、国立代々木競技場第一体育館。
00:35空から見ると、こんな貝殻のような形をしていました。
00:48そして、
00:55屋根のカーブがすごい綺麗だから、太陽の光を美しく反射して
01:02います。
01:07東京カテドラル聖マリア大聖堂。
01:11なんと十字架の形。
01:16この二つの建物を設計した建築家は、こんな言葉を残して
01:21います。
01:23人の肉体を心地よくさせ、目を見張らせ、そして精神
01:31を感動させる美しさ。
01:35建築空間は美しいものでなければならない。
01:40美しきもののみ機能的である。
01:48その建築家は、2005年3月、この世を去りました。
01:54東京カテドラルで行われた葬儀。
02:00その名は、タンゲケンゾー。
02:03世界的な建築家です。
02:10タンゲケンゾーは、戦後の焼け跡の時代に彗星
02:14のごとく現れました。
02:16次々と独創的な作品を発表し、日本中をあっと言わ
02:22せました。
02:35海外で認められた、初めての日本人建築家でもありました。
02:41手がけたプロジェクトは、世界31カ国に330以上も
02:46あります。
02:50でも、タンゲケンゾーは、日本の伝統をとても意識して
02:54いました。
02:59現代の民衆のエネルギーに十分応え得るものが作
03:03りたい。
03:07日本の伝統を否定しつつ、変革しつつ、しかも正しく伝
03:13統を受け継いでいきたい。
03:17伝統を否定し、変革し、受け継ぐ。
03:23タンゲケンゾーは伝統と格闘し続けました。
03:29その思いから、どんな作品がどのようにして生まれていったのでしょう。
03:35そして、そこにどんな夢を描いたのでしょう。
03:41建築家、タンゲケンゾーの世界を旅します。
04:09ここに一枚のスケッチがある。
04:13太平洋戦争の最中、タンゲケンゾーがまだ無名の
04:17大学院生だった昭和17年に描いたものだ。
04:22日本建築学会の大東亜建設記念映像計画というコンペ
04:27に応募。
04:28一等賞を取った。
04:30スケッチには、タンゲケンゾーがこの先ずっと追い求
04:34めていくテーマが描き込まれている。
04:41一見すると伊勢神宮のような形をした。
04:44しかし、コンクリートでできた神殿。
04:48それを取り巻くたくさんの柱が並んだ回廊。
04:53伝統と現代性、それをどう調和させるか、タンゲケン
04:58ゾーはそのことと向き合い続ける。
05:07そして、まっすぐに伸びる道。
05:13道の先を見ると、そこには富士山があった。
05:19何かに向けてまっすぐに貫く道に、タンゲケンゾ
05:22ーはこだわり続ける。
05:26道の先には、その時代時代のタンゲケンゾーの夢が
05:30あった。
05:35タンゲケンゾーのスケッチを立体化してみた。
05:39中央の道の先には、常に富士山がある。
05:45道と並行するようにして建つ施設。
05:53シンプルで、現代的にも見える回廊。
06:05階段を上がって、コンクリート造りの本殿へ。
06:20建築学会のコンペのテーマは、当時の大東亜共栄
06:24圏構想に沿うものだった。
06:27戦況の悪化とともに、この構想はもろくも崩れ去
06:30る。
06:31タンゲケンゾーは、新しい平和と民主主義の時代
06:40に、その夢を実現していく。
07:01タンゲケンゾーを育んだ、瀬戸内の穏やかな海。
07:14敗戦国日本は、朝鮮戦争による特殊を契機に、たく
07:18ましく復興していく。
07:25日本は建築ラッシュとなった。
07:28とりわけ、公共事業の増加に伴って、観光庁の建て
07:32替えも相次いだ。
07:39その中で、この瀬戸内海からくっきりと見える高層建築
07:43が、人々を驚かせた。
07:52香川県庁舎。設計・タンゲケンゾー。
08:05私は、東京で建築を学ぶ学生の皆さんと、香川県庁を
08:11探検してみることにしました。
08:18巨大な足跡だけは、いっぱい見るんですけど、影も形も想像
08:23つかない巨人というか。
08:26先生の先生の先生みたいな感じなので。
08:30いろんな人の力業を見極めて、それを一つにうまく結
08:36集していくというか、そういう建築なのか。
08:54すごいものとしての力強さというか、すごいパワーを感じますね。
09:02当時、タンゲさんが設計した香川県庁舎は、2つの建
09:07物からできています。
09:10こちらが低層塔、そして高層塔、そこにたくさんの仕掛けが
09:20隠されていました。
09:44道路を渡ると、すぐに建物。本はありません。
09:50スッと低層塔の下に入っていきます。
10:06これ、ピースセンターみたいに、コンクリートなんだけど、木の芽みたい
10:13な、木みたいに。
10:21広島と同じように、たくさんの柱。
10:27ここの柱だけ一本丸い。
10:36この柱に、学生の別紙くんが注目していました。
10:41柱の縦と横の長さを測っています。
10:47低層塔の柱は、今、こっちからあっちに見ると、全部この幅が
10:53750で、750ミリ。
10:55今、こっち側から見たときには、今、1100ミリ。
11:03横から見ると、太い柱。
11:11でも、道路の方から見ると、柱はとても細く見えます。
11:16軽やか。
11:19たんげさんが柱に仕組んだ仕掛け。
11:29柱の向こうには、明るい庭。
11:43玄関の前までやってきました。
11:49学生の岩本くんは、窓のサッシを調べていました。
11:54わざわと、普通だったら、ここを下に落とした方が簡単
11:58だし。
11:58なので、95ミリ高くなっています。
12:08やっぱり、地面とつながるところが、暗くならないというか、明る
12:13いので、
12:13それで、なんか、この大きなガース面全体が、わりと軽い表情
12:19も与えているのかなと思う。
12:26よく見ると、サッシの下にガラスがあります。
12:31光が足元からも差し込んでいく。
12:41玄関を入ってみます。
12:50なんか、やっぱり外から中に入ってきやすいですね。
12:53ここは、なんか、県庁に来てるっていう感じがしないです。
13:06居心地がいい。
13:09公共の場所って、なんか、ちょっと緊張感とかがいつもあるんですけど。
13:15こんなに、日が気持ちよく差し込んでて。
13:25ここは、県庁に用事のない人でも、自由に来て、くつろげる
13:30場所になっているそうです。
13:33さんさんと差し込む光。
13:37軽やかな柱。
13:39タンゲさんは、何を目指したのでしょう。
13:48タンゲが、この香川県庁舎の設計プランを提出した
13:52のは、昭和30年のことだった。
13:56その時、強い反対が沸き起こる。
14:04神谷浩二さんは、当時、タンゲの下で働いていた。
14:09その反対の声を、神谷さんは目の当たりにする。
14:15あの頃はね、こんな贅沢なね、
14:191階の平面部と、ここも展示室ですから、
14:24パブリックスペースみたいな、そういうものでしょう。
14:27神谷浩二さんは、
14:28議会の議員さんたちは、
14:33もうこぞってね、こんな贅沢なものをどうして作るんだと、
14:39大反対されたわけですけど、
14:42小さなものはぶっか我慢してね、
14:48説得して、このままを推し進めたと。
14:55戦前に作られた県庁舎は、どこも威厳を誇っていた。
15:00国が知事を任命していた時代、地方行政は大きな権力
15:05でもあった。
15:06県庁はどこも思うもしく、
15:09定観様式や西洋風の建物がほとんどを占めていた。
15:19たんげは違うと思った。
15:26今はそんな時代ではないと思った。
15:30香川県庁の他にも、数々の庁舎を手掛けたたん
15:34げは、
15:35後にこう述べている。
15:40特に考えてみたいと思った点は、
15:43視聴者の在り方という問題であった。
15:47役所に用があるとなると、
15:48誰でも多くの場合、憂鬱な気分に落ち込んでしまう。
15:53陰気な、いかめしい玄関。
15:56雑踏する廊下。
15:58借主上儀な職員との応対。
16:01思い返しただけでも、荷の足を踏んでしまうのである。
16:11戦後、公務員は国民の公募であるということが、
16:16民主主義の合言葉で繰り返されている。
16:20しかし、これが果たして建築的空間に反映されているだろう
16:25か。
16:26最も重視した点は、
16:29視聴者に用を足しにくる市民ばかりではなく、
16:33直接用のない市民をも、
16:36気安く導き入れるような空間を作るということであった。
16:49ここまでも、いろんな仕掛けがありました。
16:53威圧感のない入口の柱。
16:57サッシの足元の工夫。
17:01広い庭。
17:09その庭から自然に導かれていくロビー。
17:17私たちの世代は、もう民主主義に慣れきってしまったけれ
17:21ど、
17:21たんげさんがこれを設計した当時、
17:24民主主義という言葉は、とても新鮮に響いたのかもしれ
17:29ません。
17:30そしてたんげさんは、民主主義に夢を抱いたのだと思いました。
17:42ロビーにいると、私を照らす光とともに、
17:46新しい時代へのたんげさんの思いが差し込んでくる
17:49気がします。
17:58クレーンの登場。
18:01小室さんが、もっと近づいてみたいものがあると言い出しました。
18:07東京に帰りたいです。
18:22小室さんが見たかったのは、針でした。
18:27たくさんの針や小針が並んでいる。
18:33コンクリートにしては、とても細い。
18:44細かい部分までコンクリートで作っていて、
18:47最近の建築だったら、金属とかになっているのも、
18:50そういうディテールまでコンクリートで、
18:52コンクリートなのにコンクリートじゃないみたいで、
18:59今まで見たことない感じのオーラがある気がします。
19:09そういえば、この針、古い神社やお寺でもよく見かけます。
19:27たんげは、時代の変化に対応する、
19:31使い勝手の良い機能的な建築を目指し、実現して
19:35きた。
19:38その機能の一つが、部屋の間仕切りを自由に変更でき
19:42るようにすること。
19:45そのような機能を、日本の伝統と結びつけたかった。
19:49しかも、コンクリートで作り出す。
19:52その思いが膨らんだ。
19:58たんげは、日本の自社仏閣の写真を何枚も見た。
20:08日本の伝統的な建築から、何かヒントを得ようとした。
20:16その当時、例えば、清水寺の舞台ですね。
20:25木造の柱張りの構成を写した写真を見せてですね。
20:36こういう構成の美しさを、コンクリートでも再現してみたいという
20:42話はされてましたから。
20:45我々、スタッフがね、ああでもない、こうでもない案をいろいろ
20:53作ってたけど、全然、魅力的な良い案がなかった。
21:05たんげは自宅へこもった。
21:08研究室には出てこなくなった。
21:11そして3日後、自分で描いたデザインを持って現れた。
21:17それが、この針だった。
21:24すべてのフロアから、何本も突き出した針。
21:33厚さはとても薄い。
21:39たんげのスタッフがびっくりした。
21:43これもね、もうコンクリートが打てるギリギリの薄さ
21:46なんですよ。
21:48幅が110ミリっていうね、非常に薄いコンクリートで。
21:54最初はね、やはり、この小針がね、少し賑やかすぎる
22:00かなって。
22:01これ僕の個人的な、ちょっと見たとき、おみこしじゃないかなって。ちょっとね、
22:08過剰な感じがしましたけども。
22:11やはり、こう、リズム感がね、美しさを生み出してますから。
22:29日の光を浴びると、針は三角形のように見える。
22:44実はこの針は、室内にまで伸びていた。
22:52部屋の天井には、針に沿って何本もの小針が走っている。
22:58その小針に合わせて、自由に壁を作ることができるのだ。
23:18追い求めてきた美しさと木の音が、ここで重なった。
23:40もう、あらゆるところに意味があるっていう気がします。
23:44意味のない部分がないっていうか、ディテールを見ていても、
23:50どこにも、これはこれを伝えたかったんだっていうのがあって。
23:54大胆にいろいろ進める割には、多分、すごい細かいところまで
23:59聞く割が出た。
24:01なんか、繊細、その大胆さと繊細さみたいな、両方持ってたから、
24:07こういうことができたのかなって感じ。
24:13たくさんの柱に支えられた、庁舎のもう一つの建物、低
24:18層塔。
24:23ここには、ホールがあるんだそうです。
24:33県庁ホール。
24:51市民が集まる場所は、どこも色彩豊か。
25:00すごいモダンなんですけど。
25:05この、あ、この色が渋い色で綺麗だなって思ったけど、
25:14これってなんか、雨戸みたいな役目になってるんですね。
25:30これって全部、この青いの開けたら、白いところが隠れるんですね。
25:37そしたら、見え方も全然変わってきそう。
25:47青と白。これを見て、私はある建築を思い出しました。
25:54カツラリキュウ。江戸時代に作られた、後続のリキ
25:59ュウ。
26:04カツラリキュウに行った時に驚いたのが、青と白の
26:08格子模様でした。
26:11古い装衣の中に、突然、爽やかな風が吹いてきたような模
26:16様。
26:32こちらは、青と白と窓の景色。
26:37タンゲさんは、カツラリキュウのさらに先を行こう
26:40としたのかしら。
26:50この上も、もし動かせたら格子みたいに光が入ってくるよう
26:55な。
26:57そんな風にもできるし。
27:05職員の方にお願いして、開けてもらうことにしました。
27:12こちらの皆さんも、一度も開けたことがないのだそうです。
27:16ここで。
27:17ここで。
27:18ここで。
27:20多分反対だと思います。
27:25おおー!
27:25お客様です
27:34奥、奥にあるやつ、右側
27:39セットでスライドする
27:41面白い
27:45でも、本当に2枚一緒に動くっていうことは
27:481枚だと
27:50綺麗な格子にならない
27:53たんげさんはやっぱり
27:56それは多分許せなかったんでしょうね
27:59あれ?
28:06綺麗
28:16綺麗
28:41もう何か違うものになった
28:44綺麗
28:50この空間にいるうちに
28:53旅で見たいくつもの建物が浮かんできました
29:06たくさんの縦の線で作られた日本の伝統建築
29:17ホールはたくさんの色が使われている
29:25それなのに、不思議と日本の古い建物の中にいるように
29:30心が落ち着いていく
29:33そんな自分を感じていました
29:46香川県庁の設計で、たんげさんはとても有名になった
29:50そうです
29:57私たちよりも半世紀以上前に生まれて
30:01もっともっと懐かしい時代に育った人
30:05そのたんげさんに染み付いた伝統的な日本
30:10そして、たんげさんが希望を抱いた
30:12民主主義の新しい開かれた日本
30:17その2つが、たんげさんの心の中で交わった瞬間に
30:21香川県庁は生まれた
30:24そんな気がしました
30:36日本は高度制度
30:40避難しやすくするには、出口を目立たせなければならない
30:46ある形が閃いた
30:48それは、円を2つに割ってずらす、ともえ形だった
31:00これならば、出口を大きく取ることができる
31:08こういう風にこう、ずらしたらね
31:11人の流れがスムースになるし
31:14この全体の空間の中でね、どこに立ってるのかっていうことが
31:18
31:19非常に明快に分かるんですよ
31:22完全に閉じたスタンドだとね、分かんないですよね
31:27悪い空間ってのは、よくほら、東西、南北ってマークがついて
31:33ますよね
31:34で、これは2か所破れてるから
31:37そういうことを何も言わなくても、自分の相対質が非常に分
31:40かりやすいよね
31:46形が練り上げられていった
31:54えっと、高校生の受験の時に、体育館スケッチしに
32:00来ましたね、写生しに来ました
32:04描いて勉強になる建物って少ないみたいで
32:08他には神社とかお寺とか、そういうものがあったんですけど
32:12私の中ではやっぱり、ここがかっこよくて好きで
32:17それで2回、3回くらい描きに練習しに来たんですけれど
32:25今気づいたのだけど、入り口がとても大きい
32:29そう、2つの半円をずらしたから、こんな大きな入り口ができ
32:34たんですね
32:43この形が、人を避難させることから発想されたなんて意外
32:48でした
33:16ご視聴ありがとうございました
33:20綺麗
33:26すごい
33:33中に入るのは初めて
33:38ちょっと驚きました
33:40すごい
33:45中入ってすぐにこんなに見渡せると思わなかった
33:58なんだろうなんか建物に包み込まれるみたいな
34:01そんな感じがします
34:04えー
34:14なんか何も競技が行われてなくても
34:19なんかすごいドラマチックな印象を受けるんですけど
34:29驚いたのは何もかもが曲線でできていること
34:36屋根も客席も
34:40天井の2本のケーブルですら
34:43並行していなくて膨らんでいる
34:56美しいもののみ機能的である
35:00タンゲさんの言葉がよみがえってきました
35:08そして出口はとても見えやすいところにありました
35:25体育館の建設は始まった
35:28しかし実はまだ屋根のデザインが固まっていなかった
35:39タンゲが屋根のカーブの描き方にこだわったからで
35:42ある
35:43それには技術的な問題があった
35:49体育館はまず2本の柱にメインケーブルを渡す
35:55そこから何本ものサブケーブルを垂らす
36:01さらにサブケーブルとは直角に
36:03押さえケーブルを何本も張って屋根の形を作り出
36:07
36:11この方向とかこういう方向とか
36:13いろんな方向の力のバランスで形が決まるわけ
36:17でありますから
36:19やはり釣っているところをこちらの方向で抑えるという風な
36:25抑える力が強すぎるとペッチャンコに見えてきますし
36:28抑える力が弱すぎると膨らんだ形になって
36:31格好がぼってりしてくると
36:33ですからやはりその選択にもデザインが必要でござい
36:39まして
36:40形のきれいなポイントを選び出して
36:44それに合わせまして全ての形
36:48局面の形を非常に精密に事前に測定するというのは
36:55大変な難しい仕事でありまして
36:58この模型について言うとどういうことかと言いますと
37:01釣り材でできるこういう曲線と
37:05それを抑える抑えずなの曲線があるんですが
37:09この辺ですね
37:12スパンの中央あたりでは実は
37:14釣りケーブルを抑えケーブルが抑えきれない
37:19逆に言うと浮き上がっちゃうんですね
37:21それをぐっと押し下げて
37:24一つの局面にしようとすると
37:26この抑えケーブルをちょっと現実離れをしたぐらいの
37:32巨大な張力で引っ張らないと
37:35そういう形にならないということが分かったんです
37:40タンゲは屋根の上部に行くに従い
37:43より深く曲がったカーブを求めた
37:47そのためには特に屋根の上部中央付近を
37:50強い力で抑えなければならない
37:53しかし抑えケーブルは力が足りず
37:56屋根の膨らみを抑えきれなかった
38:05設計は行き詰まっていた
38:16光明はある日突然刺してきた
38:24ある朝パッと目が覚めたときに
38:27理由は全く分からない
38:29これは鉄骨で釣ればいけるということが
38:34ひらめいた
38:41それは思い切った発想の転換だった
38:46屋根を支えるケーブルをなくし
38:48代わりにメインケーブルから
38:50鉄骨を吊るそうというのだ
38:55鉄骨なら自由に曲線を描き出すことができる
39:02屋根の工事が始まった
39:10工事中のね
39:15空から光がプロッと入ってくる
39:18これこのカーブがですね
39:22非常にシャープにね空へ向かって
39:25スーッと盛り上がっていってるでしょ
39:28これと比べるとね全然違うんですね
39:40タンゲは現場に立った
39:48建設会社にいて工事を担当した大木さんは
39:51あの時のことを鮮明に覚えている
39:56鉄骨というのは全て原寸場がありまして
40:00これだけの屋根を原寸が掛ける場所を作ったんですね
40:04広い場所に板を張りまして
40:07その原寸場でこの曲線を作ったのを
40:13タンゲ先生が一本一本全部
40:15それは確認されたんです
40:17それでこのタンゲ先生が真上から見たり
40:20横から見たり
40:21いろいろされて
40:23もうこれもう少しこうやりたいなと
40:25このカーブがやはり
40:28先生は相当こう絞りたかった
40:31これをもっと絞りたいと
40:33こういうふうにおっしゃれば
40:34それを直して
40:36もうそれは原寸ですから
40:38その場で直して
40:39そこで先生がよろしいと
40:41大件が出るまではやりましたね
40:45大変難しい
40:48しかし非常に意義のある
40:52勉強をさせていただきまして
40:53確かこれが設計が終わった時には
40:56私は完全にエグゾーストしてしまいまして
41:00半年ほど寝込んでしまいまして
41:12こうして体育館は完成した
41:16屋根はタンゲが思い描いた
41:19美しいフォルムになった
41:29出発します
41:30はいお願いします
41:46こわ
41:57特別に屋根に登らせていただけることになりました
42:07はい
42:11怖い
42:12怖い
42:14怖い
42:15怖い
42:16怖い
42:17怖い
42:18怖い
42:19怖い
42:20怖い
42:21怖い
42:21怖い
42:22怖い
42:23怖い
42:23怖い
42:23怖い
42:25怖い
42:26怖い
42:27怖い
42:35怖い
42:41大丈夫かな
42:52ここを降りるとは思わなかったです
42:56すごい
43:02また乗るとこの直線が綺麗ですね
43:05そうですね
43:10鉄骨が目の前で綺麗なカーブを描いていた
43:17なんかずっと眺めていても気に入ってもらえますね
43:19そうですねいろんな変化がありますからね
43:50昭和39年10月に
44:01完成した体育館で世界の若者たちの水しぶきが上が
44:05った
44:12当時のブランデージIOC会長は
44:15代々木の体育館についてこう述べた
44:19多くの世界記録がこの競技場から生まれたことでも分かる
44:23ように
44:24この作品が選手たちの力をかきたてたと言えるのでは
44:28ないだろうと
44:45体育館は今コンサート会場としても使われ若者た
44:50ちが集まっています
44:53もうできてから40年以上も経ったけど今も新しい
44:59柔らかい曲線がオリンピックを知らない私たち
45:04若い世代も優しく包み込んでくれています

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