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関口宏の一番新しい近現代史 日ソ中立条約締結と独ソ戦勃発 - 2026年04月05日
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00:28前回の一番新しい金玄大使は日本軍が北部フランス領インド史にいわゆる金玄大使に移動しています。
00:53北部仏印に進駐したことをお伝えしました。そして今回は日ソ中立条約締結と独創戦勃発を中心にお届けします。昭和16年3月から4月にかけ外務大臣松岡陽介がヨーロッパを歴訪しヒトラーやスターリンと会談します。
01:06ヒトラーとの会談では松岡にある思惑がありました。一方スターリンとの会談で松岡は日ソ中立条約を締結します。
01:15この時スターリンが日本と手を組んだ狙いとは一体何だったのでしょうか。
01:35ドイツ軍がソ連と結んでいた不可侵条約を破りソ連に侵攻を開始します松岡陽介が両国を歴訪した直後の突然の独創戦勃発に日本は今回は昭和15年から16年にかけてひもときます
01:48それでは参りましょう関口博史の一番新しい金元大臣一番新しい金元大臣始めます。前回
02:00炎症ルートというのがありました。重慶に障害席がおります。ここへ炎症ルートを援助する物資が入り込んでいく。それを日本は止めたかったと。
02:17そして日本軍が北部、仏領、インド市内、進駐しておりました。そして日独位三国同盟が締結され、ドイツと手を組みアメリカに対抗しようという空気が強まってまいりました。
02:39今回でございます。昭和15年11月、日本が王朝明政権を正式に承認、日華基本条約が締結された。これもまたややこしい話なんですが、ここに一つ国ができた、これが日本の傀儡政権みたいなものなんですね。
03:07そして年が明けた昭和16年、連合艦隊司令長官山本イソロク、対米海戦の作戦を提出したと。アメリカに対する作戦を考え始めたということですね。その1941年1月、アメリカではローズベルト大統領4つの自由という演説をいたします。イギリス、フランスなどに武器支援を行うようになります。
03:32そして松岡陽介が欧州歴報の旅に出まして、日蘇中立条約というものを締結していきます。今度はアメリカがどうなったか、デンマーク領、グリーンランド、アメリカの保護課に入る。今トランプさんがグリーンランドのことを言いますが、この時もこういうことが起こっております。
03:52そして昭和16年の4月、野村吉三郎駐米大使と春国務長官の日米交渉が始まると。そしてドイツが突然それに侵攻するということになる回でございます。
04:11この頃の日中の状況からひもときます。昭和15年11月、日本は王朝明政権と日華基本条約を締結し、王朝明の南京国民政府が中国の政党政府であることを承認します。
04:17まずはその条約締結までのいきさつから見ていきましょう。
04:44露光峡事件というものが起こりまして、そこから約3年半、昭和石政権の交戦で収束が見えない日中戦争でございますが、日本は8ヶ月前に占領地域を新日政権として統合して、王朝明を主犯とする南京国民政府を樹立したと言われてもなかなか分かりにくいんですが、
05:11つまり、紹介席の下にいた王朝明という人を引き剥がして、ここを納めさせて、ここを日本は中国と認めるとこういうことを言い出したわけですね。日本は安倍信之前権大使を南京に派遣、王朝明政権と日華基本条約を締結し、日本は正式に南京国民政府を承認したということになります。
05:29日本の狙いは、南京国民政府が中国の正当な政権であることを国際的に認めさせ、この王朝明政権と交和をしたいと。しかし、アメリカ・イギリスは重慶、紹介席は重慶におります。
05:47この重慶の紹介席政府が中国の唯一の政府として、王朝明政権というものを否定すると。これは日本の独り芝居みたいな感じに見えますが。そうですよね。交和相手自体を自分たちで作っちゃうということですし、
06:14でもこの地図を見ると、北京も入っているし、南京も入っているし、上海も入っているし、だから当時の中国の中の有数の大都市圏は含んでいるわけですよね。だからそれなりに傀儡とはいえ強力な国家を作ったということだと思うんですけど、でもやっぱりそれで紹介席が、じゃあもうしょうがないなって言わないと、この策はうまくいかないんですよね、きっと。
06:43えー、紹介席がこの日のこと、日記にこう書いています。小野江総理、日本の総理ですね、は無知無能にも王朝明政権を承認したことで、駐日両国間に解くことのできない旧敵関係を作り出した。これは敵国日本のことです。のためにもまことに残念なことであるばかりでなく、
06:50党和のためにも危機感を深めるものだと言っておりました。
07:18東条英樹が軍人の行動規範を見核化します昭和16年1月陸軍大臣東条英樹が先人君を自達しますしかしこれが後の玉砕や自決が続く一因になったといわれます先人君というものを自達いたします自達ってまたから面倒くさい言葉使いますね。
07:20軍隊用語っぽいですよね。
07:24軍隊は達するって言い方をするんですよ、軍隊では。
07:25その自達した背景。
07:42日中戦争の長期化で日本軍兵士の士気が下がり上官への反抗や戦場離脱また中国の民衆への暴行略奪が多発して軍機の乱れを引き締める狙いがあったといいます。
07:46その先人君主な内容。
07:51体名に基づき後軍の真髄を発揮。
07:54ミーツまたここにも難しいことが出てきます。
07:57これは天皇の遺行という意味ですね。
08:02ミーツの尊厳を感銘せしむるところなりと。
08:17戦争が天皇の名による聖戦であることを強調して必勝の信念、執実、合憲、精錬、潔白などと兵士の行動規範を説きました。
08:23中でも有名なのがナオオシムの一節でございます。
08:36先人君って小さな手帳のようなものを渡したそうですがその先人君のここですねナオオシムこれレコードにもなっておりますんで聴きください。
08:40第8位、ナオオシム。
08:43恥を知る者は強し。
08:51常に強盗家紋の面目を思い、いよいよ訓練してその期待にことを埋めし。
09:01生きて女中の恥ずかしみを受けず、死して財家のお命を残すことをなかれ。
09:05東城秀樹の生声でございます。
09:20そしてこの先人君というものが大きな影響を与えたといわれるのがこの太平洋戦争で玉砕というものを美化するということにつながっていったんではないかといわれております。
09:37生きて女中の恥ずかしみを受けずという一説によって降伏するよりも玉砕をこの風潮が浸透したと言われておりまして、多くの軍人がが死、玉砕、自決に追いやられたと。
09:51この先人君ができる前の段階ですけど、例えばその撃墜されて帰ってきたパイロットとかに対して、生きて帰ってくるのは恥だと言って、せっかく生きて帰ってきたのに自殺を強要するとかですね。
10:08そういうカルチャーがもうできちゃってるんですよね、日本軍の中で。おそらくその延長戦上にこういう話になってしまってるっていうのもあるし、やっぱり自分たちが降伏する訓練を受けてない軍隊は降伏してきた捕虜をまともに取り扱うこともやっぱりできないので。
10:33軍人の心構えとして分かんなくはないなとは思いつつ、でもやっぱりなんかこの文言自体は非常に精神主義的だし。だんだんこれがまた民間人との境目がなくなっていくじゃないですか。沖縄戦の悲劇みたいなことにも繋がるわけで、そのあたりの出発点がここですかね。
10:50陸軍が長期的な戦略を示します。
11:07昭和16年1月陸軍参謀本部の田中真一作戦部長が主導し大東亜長期戦争指導要項が策定されますその内容はどのようなものだったのでしょうか?
11:27昭和16年中この年ですねアメリカが参戦することはないと考えるソ連がヨーロッパと極東両面戦争の体制を整えるまでにはまだ数年はかかるだろうと思われん。
11:53そして南進の場合つまり日本として南へ南へ軍隊を送り込んだ場合日本が南方作戦つまり英領マラヤやオランダ領東インドなど想定をおおむね5ヶ月で終了しその兵力をその後大祖先に仕向けるということですか。
12:05つまりこの辺へ南進していってこれを5ヶ月ぐらいで納めてその後ソ連に向かうということを言ってるわけですね。
12:21日中戦争は今年の夏秋に決着を図るがやむを得なければ長期時給体制に移行する。これはそんな簡単にはいかないということを呼んでのことなんでしょうね。
12:33でもかといってこの東南アジアの占領自体は実際極めて短期間で行くわけですけど、でもほぼ自動的にそれがその英米の参戦になるわけですよね。
12:42だからこの兵力をすっと引いてまた北のソ連側に戻すなんて器用なことは結局最後までできなかったわけですよね。
13:00でこの南進ちょっと見ておきましょうかイギリス領オランダ領フランス領いろいろあるんですがまあイギリスの植民地っていうのがインドですねそれからビルマもそうだしシンガポールこれマラヤと呼んでおりましたがここもそうです。
13:21フランスはここですね。 まあ今でいうベトナムラオスカンボジアあたりを植民地にしている。またオランダもここに植民地を持っております。現在のインドネシア。またアメリカはフィリピンを管轄下に置いております。
13:33一方海軍の連合艦隊司令長官山本五十六はこのころ対米海戦準備へある作戦を計画します。
13:49アメリカとの戦争に反対の立場だった山本長官だったんですが日本ドイツイタリア三国同盟の締結を受けて事態がこうなった以上全力を尽くすとアメリカ対米戦争の準備に入ります。
14:13山本長官1月初旬、及川小四郎海軍大臣という人に海戦当初にアメリカ艦隊、米艦隊を航空兵力をもって強襲し撃破する作戦というものを提出したそうで、まだ1月ですが12月にはもう真珠湾が起こりますね。
14:29前のプランではアメリカは入ってこないっていう前提で作戦を立てていてここではアメリカとやるんだっていうことで海軍はこう始めててなんかこうねバラバラですよね。完全に分裂状態ですよね。
14:48そして山本一緒の句はこの江文丸総理から日米戦争の見込みを問われてぜひやれと言われれば初め半年や1年の間はずいぶん暴れてご覧に入れる。
15:10しかしながら2年3年となれば全く確信は持てぬ。三国条約これは三国同盟のことを意味しておりますがこれができたのはいたしかたないが核なりし上は日米戦争を回避するよう極力ご努力願いたいと。
15:31まあ山本一緒やっぱり海軍きってのはアメリカ2ですからね。よく分かってましたねアメリカのことを。アメリカの国力がすごいってことも分かってるしだからやっぱりこう半年や1年はという言い方になるんだと思うんです。で社会に外交努力でなんとかならんかということはどっかで言ってるわけで。そうですね。
16:01この三国同盟にずっと反対してた一人なんですよね山本はね。だけどもそのだからドイツとの同盟に入ってしまうとやっぱりアメリカはこう敵方と見るんだけどもそれでもそこを何とかしてくれって言ってるっていうまあ本当に苦しい状況ですよね。ただまあでもそれでも連合艦隊司令長官なんで国家がもう台北戦争だって決めたら彼が指揮しなきゃいけなくなるわけですよね。
16:26中国戦力で一発逆転でなんかものすごいショックを海戦当初に与えればアメリカが有利な条件でこうやっていってくれないかなっていう期待なんですよね。これ山本のプランとして。一方この頃アメリカは。第二次世界大戦海戦当初から快進撃を続けるドイツ軍。
16:39そんな中、孤立主義を守っていたアメリカのローズベルト大統領が1941年1月、ファシズムから守るべき4つの自由を謳った演説を行います。
16:44ついアメリカも対戦介入へと動き出すのです。
17:011940年11月、大統領選挙でローズベルト大統領、史上初めて大統領に参戦され、12月にはロヘン談話、ロバタでもって柔らかく話すという談話のことでしょうか。
17:12でイギリス、フランス支援を強化するため、アメリカが民主主義の兵器向上となる決意を国民に表明します。
17:39そして、1月にローズベルト、一般教書演説の中で、言論及び表現の自由、信教の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由という、ファシズムから守るべき4つの自由を謳って、民主主義陣営としての戦争目的を示したということになりました。
17:57そして3月、武器、対応法が成立します。内容は、アメリカの防衛と重大な関わりがあると認められた国に、兵器や軍事物資を無償で貸し出す、対応することができる法律を作る。
18:12イギリス、中国のうちにはフランス、ソ連も含め、38カ国に武器を提供することになり、アメリカはまだこの段階で兵士は出していないけれど、事実上、参戦したことになりますか?
18:34とまでは言いにくいですけれども、踏み込んだわけですよね。踏み込んだ。踏み込んで、この後、戦争終わるまでに、当時の金額で501億ドル分出したらしいので、ものすごい巨額の武器を作っては送り、作っては送り、というふうにやっていったわけですよね。
18:58ですから、ロシアの軍事博物館に行くと、意外とアメリカの兵器がいっぱいあるんですよ。やっぱりソ連も相当、アメリカの武器には助けられるし、もちろんイギリスなんかは有に及ばずだし、と考えると、参戦じゃないんだけど、この時、アメリカから巨大な軍事物資の流れができたというのは、大きかったのは間違いないですよね。
19:19昭和16年3月から4月にかけ、外務大臣松岡洋介がヨーロッパを歴訪します。その目的は一体何だったのでしょうか。大スターリコーランが日本へ来ます。
19:39昭和16年2月、満州でスターになっていたリコーランが来日し、日本劇場で公演を行います。戦時下でどのような公演になったのでしょうか。
20:02満州帝国でスターになっていたリコーラン、紀元2600年記念行事のため、満映の指示で、満映というのは満州映画ですね、そこの指示で来日して、日劇で1日3回7日間、紀元節にちなんだ公式記念書を歌うリコーランというものが開催されます。
20:23ここに新聞広告も出てくれます。このリコーランという方、3年前、満州でのプロパガンダ映画を制作する満州映画から、中国人女優リコーランと名乗りデビューします。本名は日本人山口芳子さんでございます。
20:44そして、シナの夜など多くの映画に出演、歌でも、法輪巡在来などのヒットを飛ばして、日本でも満州でも、中国人スターと信じられていたということは、中国人もそれを見抜けなかったということは、中国語は相当上手だった。
20:46ほぼネイティブなんでしょうね。
21:12そして、紀元節の2月11日、公演初日、それまで国内では戦時下で娯楽が規制されていたこともあって、会場の日劇周辺には、10万人とも言われる群衆が押し寄せ、切符を求めて大混乱が起こり、劇場の外では警察、消防が出動する騒ぎになりました。
21:31日劇って、せいぜい2000円ちょっとぐらいだと思うんですね、お客さんが入るのを、10万人も来ちゃった、これ、写真が残っております、こんなになっちゃったことに、新聞は冷たく、投げ交わしや、この人収なんてことを言ってます。
21:56署長、街頭訓示って言ってるから、きっと警察の署長前に出てきて、お前たち、もう帰れみたいなことを言ったんでしょうね、きっと。そうか、知れない。石原幹事が陸軍を去ります。昭和16年3月、石原幹事が東条秀樹と対立し、予備役に編入され、陸軍を去ることになります。
22:0310年前、満州事変を主導した石原幹事。
22:174年前に、東京の参謀本部の作戦部長に、英天を一貫して、大蘇選を重視し、日中戦争を不拡大、日中戦争を広げるな、ってなことを主張しておりました。
22:31そして、日中戦争拡大派、逆ですね、もっとやるべきだ、っていう、日中戦争拡大派が主流の陸軍では、孤立していたようで、この時、作戦部長を失脚。
22:49翌年には、関東軍参謀副長として、再び渡った満州で、上司の東条秀樹と対立することになりました。東条秀樹、この時、関東軍参謀長として、満州におりました。
23:15そして、その後、石原幹事は、病気療養を公実に日本へ帰国し、京都の第16師団の師団長として赴任、これは実は、左遷という意味合いなんだそうでございまして、昭和16年の3月には、石原、予備役に編入陸軍を去ったと。この予備役に編入は、どういう意味ですか。
23:39まあ、要するに、もう現役社員ではなくなったってことですよね。そうですよね。何かあったら声かけます、みたいな感じで、低欲放出されたってことですよね。この人事には、陸軍大臣、東条秀樹の意向があったと言われております。そして石原幹事、その後、持論の戦争感を記した、戦争史大冠など出版、
23:57日独異三国同盟に批判的で、称賛もないくせにドイツに頼って、アメリカ、イギリス相手に戦うというなら、こんな危険なことはないと公言しておりまして、その石原に特攻警察の監視がついたそうです。
24:26そして翌年、郷里の山形で陰性することになりました。ちなみに、その石原、戦後の極東裁判で、東条との対立を問われて、こう言ったそうです。私と東条に意見の対立などない。私には意見があるが、東条には意見がないのだからと、こう言った、もう完全に、言葉は悪いかもしれないけど、バカにしてますね。
24:54この石原さんの書いた、戦争史大冠を読んでいると、かたや、本当に職業的な軍人としてヨーロッパの軍事史を研究して、ヒトラーは偉いと言いながらも、果たしてイギリスに攻め込もうとしてうまくいくのかな、みたいな冷めた目線なんかも持っているんですよね。という非常に冷静な軍事観察者である石原と、でも、お釈迦様が生まれて何年だから、そろそろ世界最終戦争だみたいな、
25:14めちゃくちゃ宗教が勝った、飛躍したこととか、この本の中には交互に出てくるんですよね。もっともっとその先には、日米の世界最終決戦が起こって、その後には世界が完全に一つになって平和になるんだっていう、とてつもなく古代妄想的なすごいビジョンなんですよね。
25:35だから、そういう石原から見ると、東条秀樹なんていかにもお役人タイプで、こんなやつ、俺と意見が対立するほどの意見があるわけないだろう、みたいな、多分そういう感じだったんでしょうしね。そうですか。松岡陽介がヨーロッパを歴訪します。
25:51昭和16年3月から4月にかけ、松岡陽介外務大臣がヨーロッパを歴訪し、ヒトラーだと会談を行います。果たして松岡の歴訪の目的とは何だったのでしょうか。
26:21日本、ドイツ、イタリア、三国同盟締結後、アメリカ、イギリスとの対立が深まる中、第2次近江内閣の外務大臣に就いた松岡陽介、ヒトラーからの招待を受けてドイツを訪問、さらにイタリア、ソ連を歴訪いたします。この時の松岡の思惑、アメリカ、イギリスに対抗するため、日本、ソ連関係、日ソ関係を改善し、
26:50あわよくば、日本、ドイツ、イタリア、三国同盟にソ連を加えた四国協商へ拡大したい。この時点でソ連は独訴不可侵条約でドイツと連携しておりましたから、そういうこともできるだろうと松岡は読んでいたわけですね。そうなると、日独異同盟ってユーラシアのこっちとこっちで意味ないじゃんってなるわけですけど、間にソ連が入ると一気に繋がるわけですよね。
27:00っていうところも、あわよくばときっと思ったんでしょうけど、やっぱり当時の独訴関係、ちょっと難しいですよね。そうですか。
27:083月12日、松岡陽介は東京を出発し、シベリア鉄道経由でヨーロッパへ向かいます。
27:14まずドイツでは、どのような会談が行われたのでしょうか。
27:28リベントロップ外相、松岡外務大臣が、ソ連とも同盟を結ぼうとしていることに、実は独訴関係が悪化している。
27:37ソ連とはイデオロギーが全く違うから、協力は不可能だと松岡に告げたんだそうです。
27:50だから、日ソ、日本とソ連、提携を目指すことを歓迎しないと忠告した。で、結局、ドイツは四国協商には賛同しないと。
28:11そして、その2ヶ月後には、ドイツはソ連に攻め込むということになってしまいます。この時点で、ドイツ国防軍には、ソ連進行作戦準備の命令が来ているはず。なので、やっぱり、そこでいきなり日本が来て、ソ連も入れるんですよと言っても、何言ってんだ、こいつみたいな感じなんじゃないですかね。
28:38そもそもヒトラーは、ソ連に行くっていうのは、当初からアーディア人種の生存権を作るっていう、さっきの石原漢字じゃないですけど、大抗争があるので、これはもう彼の中では譲れない部分なので、その辺りの分析が全くできてなかったっていうことですよね。日本の外務大臣レベルは少なくともね。
28:55また一方でドイツ側は日本にどうしていたかイギリスを決定的に打倒するため日本がアジアでシンガポールこれがイギリスの拠点になっておりましてここを攻撃するように要求したそうです。
28:58でも松岡はこれには回答しなかった。
29:06またドイツとの会談の期間中、松岡はローマに渡りムッソリーニとも会談。
29:21三国同盟の団結を誇示し松岡が熱弁を奮いました。松岡陽介がスターリンと手を結びます。
29:37昭和16年4月ドイツからの帰とモスクワを訪れた松岡陽介はソ連側と会談を行い日ソ中立条約を締結しますそのいきさつとはどのようなものだったのでしょうか?
29:48ドイツとそれはうまくいってないんだからやめとけみたいなこと言われたけどやっぱり捨てられなかったんですね松岡とすれば。
30:14ドイツからの帰国途中4月7日モスクワへ入りモロトフ外相と日ソ国交調整の交渉を開始日ソ不可侵条約を締結さらに日独一層四国協商も結ぶよう提案するがこれはソ連側同意しませんでした。
30:31ところが帰国間際にスターリンから直接連絡があって松岡スターリン会談というものが実現し急転日ソ中立条約が調印された。これも不思議な話ですね。
30:40とにかく本当にもうしょうがないからじゃあ帰るかっていう時にいきなりスターリンが電話が来たらしいのでスターリンってなんかいきなり自分で電話かけてくるらしいんですよ。
30:50じゃあその日ソ中立条約の中身主な内容は相互の領土保全および不可侵の尊重。
31:08定約国の一方が第三国から攻撃を受けた場合他方の中立維持を約束する。もしも日本がアメリカと戦争した場合ソ連は中立を守りソ連がドイツと戦争した場合日本は中立を守ると。
31:33そして満州これはまあ日本の傀儡政権ですねそことモンゴルこれはバックにソ連がついておりますからそのそれぞれの領土保全についても同意して新聞はこれを実質的には不可侵条約を結んだんだと。政治的意義極めて重大。
31:41ではこの時日ソ中立条約を結んだスターリンの狙いとは何だったのでしょうか。
32:04スターリンはドイツが独訴不可侵の約束を破ってヨーロッパで独訴改選した場合背後の日本軍を抑えておきたい。つまり何ですか独訴で始めた時そこへ日本も出てこられたら困るという考えがスターリンの中にあったのではないか。
32:11で会談後スターリンは上機嫌で松岡を見送りに現れこう告げたと言います。
32:23これで日本は南へ行けるよつまり南進政策がスムーズに行くよってこういうことを言ったそうです。
32:32一方は3ヶ月後昭和16年の7月南部仏印南部仏印ってのはここのこと言いますねフランス領。
32:36インドシナですねそこへ進駐することになります。
32:39これは知ってるよって言ってるんですよね。
32:56つまりこの時点でおそらく松岡がこれから仏印に攻め込んでとは言ってないはずなので、そこにうちと中立条約結べたから日本は南に行けるよなって言いに来るわけですから、知ってるぞって牽制ですよね。
33:00牽制か、そうか。
33:07この時スターリンなんか自分でそのお別れパーティーを開いてあげてすっごい機嫌が良かったらしいんですけど、本当に。
33:13その時にもやっぱ政治家っていうのはただ楽しく飲み会するだけでないわけですね、やっぱりね。
33:24ちなみにソ連終戦間際になりまして昭和20年のことですが、この中立条約を破棄して満州に進行してくるということになります。
33:46グリーンランドがアメリカの保護領になります1941年4月デンマークの植民地だったグリーンランドがアメリカの保護下に置かれますまずはこのグリーンランドそもそもどういったところだったのか詳しく見ていきましょう。
33:5610世紀1000年以上前ですねアイスランドのバイキングがグリーンランドを発見移住。
34:02同じ頃カナダからもイヌイットが移住したそうです。
34:08この北極圏に住む先住民族カナダではエスキモーと呼んでおりました。
34:16このエスキモーという言葉生肉を食べる人の意味でこういう呼び名はあまり良くないだろうということでそのイヌイット
34:23人間という意味の言葉を呼び名として公式に使うようになりました。
34:31また島の南西岸に定住を進めたバイキングとかイヌイットですか。
34:44これが極寒の環境が厳しくて16世紀までにイヌイット系の住民が唯一居住者となったということはバイキングは撤退したということになるのかな。
35:00で18世紀キリスト教布教などを目的にヨーロッパ人による再上陸が行われ1917年大正6年以降はデンマークの支配が全島に及んでいたと。
35:04なんか行っては撤退しまた行ってはみたいなそんな感じで。
35:19みんなが何かありそうだと言って行くけどすぐにはちょっと厳しすぎるっていうではなぜこの時グリーンランドはアメリカの保護領になったのでしょうか?
35:28この1年前ドイツ軍の侵攻を受けデンマークはわずか2時間ほどで降伏しドイツ軍の占領下に入ったんですか。
35:42そして翌年の4月9日アメリカは中米デンマーク大使カウフマンと協定を結んでドイツの手に渡らないようグリーンランドをアメリカの保護領とすると。
35:50そしてアメリカ軍が島に上陸して各地に軍事基地を設営しました。
35:56ということでしばらくはアメリカがここを支配していたんですね。
36:01それをまたトランプは前もあったんだからいいじゃないかということなんでしょうかね。
36:11あのこの地図見るとわかるんですけどアメリカは物資をヨーロッパに送り込むためにはこのグリーンランドの沖合を通っていくしかないんですよね。
36:11この辺を。 その辺を通って北欧とかロシアまで軍事物資を届けたのでここがすごい重要拠点になったんですよね。ここにまさにドイツの潜水艦を送り込んできてその連合軍の予想戦を沈めようとするし。なのでそこがドイツの手に渡った場合にははなはだまずいことになるわけですよね。
36:48だったらアメリカが抑えておいたほうがいいし。
37:04なのでまたデンマークのものになったんだけど。戦後だからデンマークに試験がまた変換された。そうなんですよね。なんですけどまたそこでここの戦略的重要性が高まってくるとじゃあやっぱりアメリカのものにしちゃおうかっていう。
37:26それ最近の話。それ最近。だからこうなんか誰のものになるかっていうのがものすごい変遷してますよね。この島は。ええ、そして戦後。冷戦期には北米からソ連本土への最も近い位置、北極経由にあるためアメリカ軍のチューレ空軍基地。
37:55こういうアメリカ軍基地があるんですね。現在のピツフィク宇宙軍基地と言われているこれが建設された。これ何なんですかこれ。これはレーダー基地なんですね。つまりこれちょうど北極界挟んで向かいがもうソ連ですから。そうですね。向こうからそのミサイルと爆撃機が飛んでくるときに捉えるのに一番ここが便利なんです。なるほど。大事なところではあるわけですね。大事なところではあるんですよね。
38:19そして1979年以降はデンマークの自治領として現在に至るわけですが、現在の人口約5万7000人。主要都市ヌークここです。に人口が集中約9割先住民のイヌイット系。そして面積は日本の約6倍あるんですが、
38:20島の85%が氷に覆われて、だから白く表現されて、この下は地面あるわけですね。氷の下は。
38:39で、今地球温暖化とともに豊富な地下資源が注目されていて、レアアース、これが埋蔵量世界8位と推定される。
38:51他にも亜鉛金などの鉱物資源も豊富だというので、こういうことでもトランプさんは何か自由にしたいという感じがあるでしょうか。
39:12まあ安全保障用の理由だったら別に普通に条約結んでそこに米軍を置いていけばいいだけの話ですし、冷戦時代もそうしたわけですから。なんかすごく資源、特にレアアースに反応しますよね、トランプさんはね。とにかくあるものは全部、とりあえず。教えとこう。そういうことですね。
39:381941年6月、ドイツ軍がソ連と結んでいた不可侵条約を破り、ソ連に侵攻を開始します。松岡陽介が独訴両国を歴訪した直後の、まさかの独訴戦勃発に日本は。対立打開へ、日本とアメリカの交渉が始まります。
40:00日中戦争開戦以降、日本へのアメリカの経済制裁が厳しくなる中、小野江文丸総理は日米関係の修復を目指します。ここからおよそ半年にわたって、野村吉三郎駐米大使と春国務長官による日米交渉が始まるのです。
40:12この野村吉三郎という人は明治の生まれです。海軍兵学校を卒業後、第一次世界大戦中、米国大使館付き武官でございました。
40:21後に軍事参議官学習委員長をやり、外務大臣などを歴任します。
40:42コーデル・ハルという人は、野村さんより6年上、69歳この頃、弁護士などを経て連邦下院議員を歴任し、1933年、昭和8年にはローズベルト政権の国務長官に就任しておりました。
40:51この人は厳しい方で、日米交渉の基礎として4原則を要求します。さあ、その4原則。
41:161番目、全ての国家の領土保全と主権を尊重する、また他国に対する内政不干渉、通商を含めた機械均等、また平和手段によらぬ限り太平洋の現状維持、つまり武力による現状打破を不祥に認めない。
41:32いずれも日本がのめそうもない条項を出してきた。この段階での日米交渉は何かお感じになることはありますか。外交的な落とし所がこれだけ見ればないわけではないんですよね。
41:50機械均等っていうのはずっとアメリカが言ってきたことで、要するに独り占めするなっていうことなので、別に日本完全に出ていけと言ってるわけではないし、だから独り占めするなっていうのとこれ以上もう暴走するなと、ちょっと引きなさいっていうそういうメッセージだと思うんですけども、
42:08日本側もやっぱり妥協するラインっていうのがないと、交渉になり得ないんですけど、たとえ野村がここで、たとえばここまで日本軍を引きますと合意したとして、それを陸軍に説得できる政治家がいないじゃないですか。
42:28もう一個言ったら、陸軍大臣とか参謀総長を説得できたとしても、多分勝手に現場の部隊が戦争をやめずに拡大を続けそうな気もするんですよね。当時の日本で言ったら、その辺のこの政軍の関係と軍内のちゃんとした上下の統制っていう、
42:55この番組にはもう30年代に入ってからずっとそれで日本が悩まされてると見てるわけじゃないですか。そこの問題を解決できないと、この政治交渉自体の難しさと別のレベルで難しさがもう一個あったろうなと思います。そして野村春会談というのはこれ以降、半年50回にわたって行われることになりますが、残念なことに真珠湾攻撃は始まってしまった。
43:16ドイツ軍がソ連に侵攻します1941年6月ドイツ軍が不可侵条約を締結していたソ連に突然侵攻し独訴戦が勃発します果たしてヒトラーの狙いとは何だったのでしょうか?
43:29日本としてはソ連と手を結んで4カ国でやろうよと言ってた矢先にこんなことになります。
43:39戦争戦争傀儡のビシー政権樹立後、フランスにドイツが攻め込んでここに傀儡政権を作った。
43:53そして戦いを有利に進めているドイツ。ヒトラーの当初の方針、生存権というものを統合に拡大していくということと共産主義を殲滅する。
44:10これを実行に移すため、独訴不可侵条約を一方的に破棄して攻め込んだ。ドイツ軍300万、突然3方面からソ連に侵攻する不意をつかれたソ連軍、次々と配送した。
44:35いや、突然って言いますけど、300万の軍隊を結集させようと思ったら、それは見えないはずはないので、この時スターリンにはそれなりに情報は上がってたんですよね。上がってて、でもなぜかスターリンはあんまり信用しなかったらしいんですよね。ドイツ攻めてくるわけないと、なぜかスターリンが言ってた。なぜか思ってたみたいなんです。これ謎の一つなんですよね。
45:00そして、先ほど日本とソ連の中立条約調印からわずか2ヶ月後に起こっておりまして、まさかです、独訴戦。日本政府は大混乱に陥ります。松岡外部大臣、四国協商の構想、この段階で水の泡となりました。また、アメリカ、イギリスはソ連の全面的支援に回ります。
45:21第一次大戦、新たな局面に入ったということになります。次回でございますが、第二次世界大戦、独訴戦が開始されて、レニングラードをドイツ軍包囲いたします。レニングラードというのは、ソ連のここです。
45:35また、日本軍は南部、仏領、インド、シナに進駐開始。さらにこれは激しくなっていくということですね。ありがとうございました。
45:45ご視聴ありがとうございました。
45:47You
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