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謎解き!伝説のミステリー 新説!信長から秀吉へ なぜ天下を獲れた?神社仏閣 7つの謎SP! - 2026年04月01日
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00:00:20織田信長亡きあと豊臣秀吉はなぜ天下を手にすることができたのか7つの謎をひもとくと新たな説が見えてくるまずは全ての始まり信長と秀吉の出会いあの有名なゾウリトリの真相に迫る
00:00:37今夜は戦国時代のヒーローを秀吉の謎に迫っていくよ 信長や家康は親が大名で生まれつき権力を持っていたけど秀吉は何のキャリアもこねもない農民の出身
00:00:42天下を取るなんて考えられない立場にいたんだ
00:00:43すごすぎます どうしてそんなに出世できたんですかそのきっかけは10代で故郷の村を飛び出し織田信長に仕えたことが大きいんだゾウリを懐で温めてアピールしたやつですよね果たしてそうかな
00:01:13実は近年の研究で秀吉がなぜ村を出たのか そしてなぜ信長に仕えることができたのか意外な真相が見えてきたみたい
00:01:23ということで最初の謎は天下取りの始まり
00:01:38ゾウリ取り真相の謎なぜ秀吉は信長に仕えることができたのかその謎が分かるミステリースポットは愛知県名古屋市にある城泉寺
00:01:45今から400年以上前秀吉が生まれ育った場所に建てられたと伝わっているんだ
00:01:56調査に向かったのは爆笑問題太田ひかりと時代劇で秀吉の妻ネネを演じたこともある星野真理
00:01:57どういうイメージありますか? 農民から天下人だから暗いで一番下から一番上まで行った
00:02:11ゾウリあっためたりなんかよくありますよねそうですねいろんなエピソードがあって
00:02:18ただねあれはね江戸時代になって作られた電気などで書かれたのなんで本当かどうか分かんない
00:02:19えっそうなんですか?
00:02:31まずは当時まだ藤吉郎と名乗っていた秀吉がなぜ村を出たのかその謎を解いていくよ
00:03:00井出吉さんは農民ではあったんですけどもこの貧困な農民層だったのか割と分かんない人主レベルの農民だったかは結構分からない今でも分からない分からない分からない本当に農民だったんですかあの恐らく農民だったと言われてるんですがただ若い頃は分からないことだらけなんですけどでも武士の階級ではない武士の階級ではないはい階級が下だから資料が残ってないっていうことでもあるそういうことですねなるほどね
00:03:16ちなみに当時の日本の人口はざっくり1200万人8割が農民だったとも言われているんだけど武士たちの争いに巻き込まれることも少なくなかったみたいだよ
00:03:39そんな乱世の時代に秀吉は村を出たんですね何か理由があったんですか実はその事情がうかがえる秀吉の生い立ちを記した古文書がここ名古屋の図書館に残されているんだえすごい秀吉がね8歳ぐらいの時にお父さんが亡くなってしまって
00:03:47その後がですねお母さんが再婚されたんですがどうもそのママ父との関係があまり良くなくて
00:03:48今っぽいですね
00:03:59さらにもう一つこれまであまり語られてこなかった真相を歴史学者の磯田先生が教えてくれたよ
00:04:23金質性を求めるね村共同体の中で排除されかねない 手が通常との人と同じ形態でないというハンディキャップを持ってた可能性がある2つの資料から言われる逆言うとそういう要素を持っていたからこそ諦めがついて小さな組織を殻を破って外へ出て
00:04:26勇気も出たかもしれないですね
00:04:50そう秀吉は困難な状況から出発したんだここは大事なポイントだからしっかり覚えておいてほしいこうして村を出た秀吉が18歳ごろに出会った人物こそ家徳を継いだばかりの終わりの大名織田信長だった
00:05:20どうか私を信長様の家来にしてくださいほうこうして秀吉は雑用係として織田家に就職信長もまだ信仰勢力で天下取りにはほど遠かったから
00:05:42人手が欲しかったのかもね運命ですねさらに秀吉が信長に認められたきっかけがあるみたい当時信長がハマっていたある趣味があるんだけど秀吉はそのサポートで気を引いたかもしれないんだってみんなは何だと思う?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え
00:05:49?え?
00:06:02信長の趣味お茶とかノーとかも考えられますよね今回は特別に当時の信長のお城清洲城で実演してもらったよ
00:06:15するとここで星の調査員があるものを発見
00:06:44あっあ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ
00:07:14野鳥やウサギなどを捕まえる鷹狩りは当時の大名たちがたしのむ娯楽の一つ特に信長はハマっていて領地の視察も兼ねてよく野山へ出かけていたらしいよ今回協力してくれたのは信長ともゆかりがあったという鷹城の流派の皆さんだよ野村がさんとお知り合いという話?
00:07:37初代の小林家継という鷹城の方は信長に仕えた方でやってみますかやってくださいということで星野調査員信長の気持ちを想像しながら鷹を持ってみよう
00:08:10肌身離さず持ち歩いていたらしいのだん
00:08:15果たしてそれはゾウリトリの真相が明らかに
00:08:45そういうことですかああこの猿目が必ずや成し遂げてみせます今夜は織田信長から豊臣秀吉へ天下を手にした戦国武将のミステリー数ある秀吉の伝説その真偽を日本を代表する歴史学者たちが徹底検証すると歴史が変わる驚きの詩!
00:08:46事実が明らかに
00:08:48信長様!
00:08:56本能寺の変勃発なぜ秀吉は光秀を討つことができたのか
00:09:01去年見つかった秀吉の手紙から真相に迫る
00:09:12そして最大の謎信長亡き後秀吉はなぜ天下を取ることができたのか
00:09:17その鍵となった兄弟の秘密とは
00:09:25戦国時代の暮らしがわかる超貴重お宝からその謎を解け
00:09:38伝説のミステリー
00:09:59親切信長から秀吉へ天下を取れた7つの謎スペシャル秀吉はなぜ信長に仕えることができたのかその謎を解く手がかりが鷹狩りの時秀吉が肌身離さず持ち歩いていたものにあるという
00:10:23でそれがですねこちらなんですねこれ分かりますかねそうなんですねわら靴っていうふうにわらで作られているんですが栗吉が毎回信長が高借りするためにぴったりつき添って靴が汚れてしまったらこのスペアなんかをねこう用意してそういうことですかそうなんですねできる歌手だな
00:10:38野山を歩くから替えのわら靴が欲しいところ農民出身だったからこそ気が付けたのかもねわら寺あったみたいな話にちょっとつながるかもしれないですねそうですねそれは確かにあるかもしれないですね
00:10:59ということで秀吉が信長に仕えることができた理由それは村での居心地の悪さが大きなきっかけゾウリトリならぬ鷹狩りでのわら靴の用意が信長の気を引いたからかもしれない
00:11:20新説信長から秀吉へ天下を取った7つの謎続いては秀吉と妻ネネにまつわるミステリーだ今はまだ何も持たぬわしじゃが目音になってくだされお受けします
00:11:46農民出身の秀吉と武士の娘だったネネ性略結婚が当たり前の当時では珍しい恋愛結婚だったんだでも2人にはある問題が実は生涯にわたって2人には四次がいなかったんだ秀吉が出世して性質となったネネ
00:12:11最悪離縁されることもあった時代だよしかしネネは性質としてその地位が守られた一体なぜなのかネネが作ったという禁断の聖地に特別潜入へえ400年前の超貴重お宝も続々夫婦に隠された秘密とはへええ
00:12:28更に本能寺の変の真相にも迫るなぜ秀吉は中国大返しを成功させ光秀を打てたのか去年見つかったばかりの秀吉の手紙から真相を探る
00:12:43出てきましたすごいなぜ秀吉は信長の死後天下を取ることができたのか7つの謎をひも解くと意外な理由が見えてくる
00:13:11続いての謎は秀吉の妻ネネが作った寺の謎四次がいないのになぜ性質でいられたのかその秘密が分かるミステリースポットは京都にある広大寺1606年にネネが秀吉を弔うために建立
00:13:33秀吉が使ったとされるジンバ折や愛用した履物など貴重なものも展示されているこれかこれか何か勝手に履かせられたと思ったちょっと踊ってみて踊ってみて踊ってみてこれ踊れないでしょだってこれじゃあ嵐の嵐で言うとこれで言うとYou are my sound
00:14:03めちゃめちゃいいわけだよ
00:14:32じゃあその謎を解く場所が今日こちらということですかそうですね高大寺のある場所に行くと謎が解けるということですねやっぱお玉屋にそこに秘密の場所があります秘密の場所はいこれの重要文化財になってるんです全体を全体が重要文化財で普段はね見られないんですが今日はね特別に中へ入ってもらって見ていただこうと思っていますいいですかご案内いたしますすいませんありがとうございます
00:14:49謎を解くカギは秀吉を祭るお玉屋と呼ばれる特別なお堂にあるみたいでもその謎を解く前にテレビではあまり見ることができないふだんは立ち入り禁止の場所を通っていくよ
00:14:54実際ネネさんがね上がられた道をこれからご案内いたします。
00:15:00ネネが実際にお玉屋に行く際に使っていたとされる通路だよ
00:15:44禁断の聖地で今明かされるネネが聖室でいられた秘密とはさあどうぞこれからご案内いたします
00:15:56ここが秀吉公の母台を伴っているお玉屋です
00:16:14こちらが普段は見ることができないお玉屋の全貌だよ
00:16:42実は秀吉だけでなくネネも祭られているんだ2人がここにいることに謎を解くヒントがあるよ生前にネネさんがまだ生きておられる時にこの建物建てて秀吉もお祭りしてたらずっとでネネさん亡くなってからこのお金あなるほど
00:17:05ネネは生前秀吉の隣で眠ることを望み実際に亡くなったあと自分の像の地下2メートルほどに埋葬されたんだって土葬っていうのがまたこれもね永遠性を感じるんですね
00:17:20ご遺骨を治めるっていうことよりも土葬にするってことは文字どおりその場所に魂が残り続ける2人きりの神聖な場所を永遠に守りたいってこれネネさんの慈悲と知恵だったのかなって。
00:17:34〈そしてもう一つここ小玉屋にはネネの思いをひもとく重要な手がかりが隠されている〉
00:17:36〈中にいいんですか?〉 〈入れるんですか?〉〈入れるんですか
00:17:39?〉〈どうやって入るんですか
00:17:46?〉〈ガラスがいっぱい〉〈ガラスがいっぱい〉〈扉があるんですか
00:18:04?そこに〉〈ガラス〉
00:18:34この前もね私はねネネ様が使ってた御所車の扉を持ってきたなっていう感じはしてるんですこれも御所車の扉にちょうど大きさが合いますのでね御所車とは主に身分の高い人が使用する車のことで和尚さんによるとネネが愛用していた御所車の扉を一緒に使っていました。
00:19:02移設したかもしれないんだってそして天井の木材は秀吉の船の木材を再利用して作られたという説も秀吉の思い出とネネさんの思い出のものを寄せ集めてきて作ったのがこれが太田前の前景です。
00:19:30もう分かったかなお玉屋には秀吉とネネの夫婦の記憶が詰まっているんだああそっかあなるほどね本当にすてきな深い愛情でつながれてたんだなっていうのがよく分かりますねうん現在だとねお墓は別がいいなんて夫婦もいますもんねそれ考えるとやっぱお二人の愛情うわすごい!
00:19:40今はまだ何も持たぬわし者が目音になってくだされ!
00:19:46お受けします。
00:19:59二人は最後まで相思相愛だったのかもだからこそ四次がいなくても性質でいられたのかもしれないね。
00:20:15しかし時は戦国時代絆だけでは地位を守りきれない実はネネが性質でいられた理由それは家臣団の堅い結束に大きく関係しているという!
00:20:32農民だったと思うので全くその家臣なんていないわけですねほかの大名は代々の不代の家臣がいるんですけども一から全部家臣団を作らなくちゃいけないんでちょっと目端の利くような親戚の子供はネネさんに預けて育てさせるなんてことをやってられますね。
00:21:02私の大好きな城づくりの名人ばっかりですからそうネネの大きな役割は秀吉の家臣団の育成築城の名手として知られる加藤清政をはじめネネは優秀な家臣をたくさん育てたんだこの絆が家臣団の強さにつながったんですねみんなこれ全部大名になってますもんねすごいだ!
00:21:28一番ネネさんの強みは子供がいなかったことなんですあ逆に逆にネネさんはみんなどんどんこの同じような愛情を注がれて平等に預かれただからみんなに愛された実施がいなかったことが強みになってくるというのがとてもすごい話ですねネネさんはということでネネが性質でいられた理由それは?
00:21:48秀吉との強い絆はもちろんネネが優秀な家臣を育てていたからとも考えられるさあそして今回も謎をひも解くごとにキーワードとなる文字が出てきます最後にわかるのがこちらなんです
00:21:55なぜ秀吉は農民から天下人になれた?その鍵となった兄弟のある秘密これがわかる番組のサイト
00:22:26みんなは秀吉の弟豊臣秀長を知っているかな実はこの秀長秀吉が天下を取れた理由に大きく関係しているらしいんだ結構戦国って信長も弟を殺してますけど兄弟で殺し合うのが一般的なんですけどやっぱり農民出身ということもあってかどうかわからないですけどすごく仲が良くて最後まで仲違いはなかったですね
00:22:52農民だった秀吉はなぜ天下を手にすることができたのか謎を解き明かすごとに現れるキーワードをつなげるとその理由が見えてくるよここまででわかったキーワードはこの二文字どこにはまるかというとここだ
00:23:16秀吉が天下を取れた理由につながる兄弟の秘密は十二文字がすべて出そろった時にわかるよみんなも推理してみてね続いての謎は秀吉が29歳の時出世のきっかけになった戦についてのミステリーだ
00:23:34当時信長は今の岐阜県を治めていた武将と長年争っていたんだやれる者はおらぬかこの猿目が必ずや成し遂げてみせます
00:23:44なんと秀吉は敵地にたった一晩で城を築き見事攻略へのきっかけを作ったって言われているよ
00:24:09角本の一夜城ってやつねああさっすが秀吉さん有名な角又一夜城でもね実はこれ更年の創作と言われてきたんだ創作だったんですねフフフフところが最新の研究でそうでもない可能性が出てきたよ
00:24:24あの今まではですねいわゆるスノマタ一夜そのものは想像の話だよ誰かが作った話だよと言われてきたんですがある資料が出てきたことによって私自身も実在したと思ってます
00:24:47果たして創作説を覆す驚きの資料とはスノマタ一夜城の知られざる伝説に迫るなぜ秀吉は信長の守護天下を取ることができたのか3つ目の謎は?
00:24:56実は創作じゃなかった一夜城の謎なぜ秀吉は出世のきっかけをつかめたのか?
00:25:07戦国時代史研究の第一人者で大河ドラマの監修を務めたこともある小和田哲夫先生が真相を明かしてくれるよ。
00:25:16これは昭和34年だったかな武功矢和というね資料が出てきまして。
00:25:261959年かつて秀吉に仕えていた家臣の一族の蔵からある古文書が見つかったんだ。
00:25:29よく出てくるよないろんなとこかな古文書。
00:25:33まだ出てくるんだよねどこにあったんだろう。
00:25:48それが現在原本は非公開ということだけど小和田先生は直接原本調査したことがあるみたい。
00:25:59それで分かってきたことがまあ一般的にはよく皆さんスノバタ城と言っちゃってるけれどもあれはスノバタ砦という方が正しいと思いますね。
00:26:10戦いの時にやっぱり砦をまあベースキャンプとしてまあ素人もコーツつけがたいくらい砦そのものは重要ですので。
00:26:33えっ今あるスノバタ城は砦だったんですかそうみたいこれはあくまで伝説をもとに光年築城されたものなんだ原本調査で分かったことはまだまだあるよ一番の収穫は秀吉を支えたある集団の存在が分かったことなんだって
00:26:58磯川波州というね磯川辺りのいわゆる土豪承認的な武士団という言い方して主人を特に持ってるわけじゃないんですよまあ今風な言い方すると傭兵雇い兵武功弥和によってその実在が明らかになってきたっていうそこは私は武功弥和の発見の意味は大きいと思ってますね。
00:27:18そんないわゆる信志集団の中心人物だったのが八塚正勝だよああ八塚頼むお主たちの力がいるんじゃならばそれ相応の見返りは頂こうかのう?
00:27:38この頃から秀吉を支え後に今の兵庫県で城持大名にまで出世した人物だよしかし彼らは一体どうやって一晩で砦を築いたのか原本調査で明らかになった驚きの方法とは
00:27:56そして今夜最大のミステリーは信長から秀吉へなぜ農民から天下人になれたのかその鍵となった兄弟のある秘密とは驚きの新説が明らかに
00:28:21秀吉のミステリー
00:28:35親切信長から秀吉へ天下を取れた7つの謎スペシャル秀吉はどうやって一晩で砦を築いたのか小和田先生の見解はこうだ
00:28:45基礎三線という言い方しますけどね基礎川、長良川、いび川これが民の党割の境を流れているわけですが
00:28:58当時は船の便で輸送、物流をやってますのでまさにそういう地を知り尽くしているというか物流の要を握っていたというふうに見ていいと思います
00:29:01この映像を見てほしい
00:29:13これは平成の映像だけどこの地域では昔から大量の資材をイカダで運んでいたと十分考えられるんだ
00:29:18確かに川並臭っぽい気がしてきました
00:29:35基礎川の上流で木を切らせてそれをあらかじめある程度細工しといてイカダにして流してそれで砂股近辺で売り上げしてそれですぐそこでパパパパッと作っちゃったっていうのがあの砂股城の話なんですね
00:29:45で斎藤方がちょっとびっくりしちゃってなんでこんな短期間でできるんだっていうんで結局攻めるの諦めたっていうのがありますんでね
00:29:48あれも本当は一夜じゃできてないんですよ
00:29:52一般的に砦の場合は全然1年以内です
00:29:59しかももっとちっちゃな砦の場合だと本当にそれこそ四五日でもできるぐらいな砦もあります
00:30:19ですから短期間で作ったということを一夜で作ったというふうに大げさにちょっと言ってる多分232手はかかってると思うんですけども重機がなかった時代だから23日でも速いよね一夜城って呼んでいいと思います田中の一夜城って言うのもありましたよ
00:30:49まずさ場所は言わないってやつダメなのなんか新説信長から秀吉へなぜ天下を取れた神社仏閣に隠された7つのミステリーに迫る普段は非公開秀吉の弟秀永の手紙を特別公開難攻不落の城を攻め落とした秀吉ならではの戦略とは?
00:31:16なぜ秀吉は明智光秀を打てたのか2025年歴史的大発見本王子の編の翌日に書かれた秀吉の手紙の内容とは6月3日だもんね翌日そして最大の謎なぜ秀吉は農民から天下人になれたのかその鍵となった兄弟のある秘密とは?
00:31:25今回見つかったキーワードはこちらの2文字
00:31:36買った借りたかけたかけたかけたいろいろありそうですけどね今この感じだとおにぎりの味おいしかったですか?
00:32:14きっかけがあるんだそれが信長と敵対していた浅井長政って人との戦だよ
00:32:28南高不落の城として超有名で信長は3年かかっても攻略できなかったんだなぜかというと守りを重視して山の上に城を築いていたから
00:32:34山の上にあるんだよねこれ厳しいね山の上だすごいなすごい
00:32:35打ったてるねこんなものは
00:32:42でもね秀吉の作戦で見事攻め落とすことができたんだ
00:32:43どんな作戦ですか?
00:33:10ズバリ秀吉が農民出身だったことが勝利の秘密さそれを裏付ける弟秀長の手紙も残っているんだ普段は非公開の超貴重なお宝から謎を解いていくよというわけで続いての謎は特別公開弟秀長が残した手紙の謎
00:33:15加瀬秀吉は南高不落の城を落とせたのか?
00:33:20というわけで来ました
00:33:24どこから瞬間移動してたの?
00:33:26一体どこなのかということ
00:33:30ここは日本の五大山城といわれている
00:33:31五大山城?
00:33:32山城信号です
00:33:35ちょめちょめみたいな
00:33:37違うんですか?
00:33:42滋賀県の長浜市というところにある小谷城というお城なんですね
00:33:43山の上にある山城
00:33:46すごい城なんですけど
00:33:52標高495メートルの山の上にある小谷城
00:34:00当時は山の上にこんな感じで城があったんだけど信長も大苦戦
00:34:03どうして難しいかみんなは分かるかな?
00:34:08行くまでだってよっぽどのことじゃないと
00:34:09そうなんですね
00:34:10みんなで行くわけだからねしかも
00:34:39尾根自体にいろいろですねお城の施設備があるんですが尾根自体なんで大体本当1列2列になって狭い尾根道をこう上がっていかなくちゃいけないんでそう城に続くのは尾根自体の一本道ここを通ると当然相手に狙い撃ちされてしまうよね確かにではどうしたか山を登ればその秘密が見えてくるよ
00:35:09気持ちいい。
00:35:39想像以上に険しかったちょっと後ろを振り返っていただきたいあちらに独立した山が見えますよねあれ虎御膳山山という山なんですけど小谷城を攻め込むちょっと前に秀吉がそこにいたんですね秀吉は小谷城の目と鼻の先の距離にある虎御膳山山の最前線に取り組みました。
00:36:07するとここで報酬の調査員から鋭い指摘がそうなんです秀吉の方からこの小谷城は丸見えだった逆もそうですよねお互い見えながら見合ってたってことですよねそうお互い相手に丸見えだった
00:36:20これがミステリーにつながるポイントだからみんなしっかり覚えておいてねそんな状態で秀吉はどう攻めたのか川井先生によると
00:36:30実際どう攻めたかって答えを言ってしまうとこの崖を攻め上って住み上がってた体力あるなぁ
00:36:32それで大丈夫なんですか?奇襲をかけたんですそこから来たんです3000人ぐらい
00:36:54何いつの間に!
00:37:11この秀吉の作戦によって信長のライバル浅井家は滅亡したんだでもどうして秀吉はこの3,000人も集めることがどうやってできたんですか?
00:37:14やっぱり3,000人あそこに集まっていればすぐに分かってしまう動き丸見えなはずなのにどうやって3
00:37:30,000もの兵を集めることができたのかここが最大のミステリーだ
00:37:31何いつの間に!小谷城から山を下って4キロほどの場所に行けばその秘密が分かってくるぞ秀吉の小谷城攻めのポイントになったのがこの場所なんですねこの場所
00:37:52?はいこの場所ですさっきの山は?さっきの山はあっちですねあっちの小谷城なんですよ
00:38:10はいであちらが虎御前山ですねでこの道っていうのは虎御前山にこうずっとね続いていってるんですねちょっと波になっているんですけどこれ軍用道いろいろなその武士とか兵をここから運んでいたんですね
00:38:39じゃあその時代からずっとじゃあこうあった道なんですねはいへぇー秀吉はもともと拠点があった横山城から兵士や物資などを運ぶために軍用道を作ったらしいよその距離はなんとおよそ10キロすごいねでもねでもこんな広い道でいろいろ運んだらこう丸見えで割れませんかそうですねあそこからもう本当に小谷城から丸見えですよね
00:38:56じゃあどうやって丸見えにならないように工夫していたと思いますえぇーなんか布で隠したか布で隠したちょっとね正解がわかるんで正解はねこちらなんですよえぇ何ですか私ってこれこれすごいですねどういうことどういうことこれ3
00:39:06.78メートルあるこのねあの竿の長さなんですけどこれですねこの高さの平をずっとですね5
00:39:08.5キロにあったって
00:39:30はいそうなんですよぬるがとちょっと破れたりしますしね言っちゃったもちろん敵から見て巨大な兵は怪しかったと思うけど人が集まる様子だけはしっかり隠すそれが秀吉の知恵夜中の奇襲作戦につながったんだね
00:40:06超貴重な品を保管しているのが長浜城歴史博物館
00:40:13普段は非公開なんだけど今回は特別に見せてくれたよ
00:40:42うわぁ負けですね
00:40:48帰っておいでと何かその兵士たちが乱暴したら取り締まってあげますよという約束をして
00:40:53農民たちを安心させるというそういうまあ文書なんですね
00:41:00つまりこれは戦で住む場所を追われた農民たちをケアするために出した手紙
00:41:27丁寧ですねそういうのをきちんとお手紙で伝えてあげるんですねそうですねさっき軍用土見ましたけどああいうものも農民たちに力を借りて多分作らせていたんではないかなと思うんですね自分たちは農民から出たからできたというか農民を味方につけてこれができたというかはい農民だったからこそっていうのあるかもしれないですねはい
00:41:44武士出身だったらそんなことは考えないけれども農民出身だから自分が持てるアイデアを全部出し尽くしてやったんじゃないかな。じゃないと天下取れなかったっていう裏返しでもあると思うけど。
00:42:08ということで秀吉が難攻不落の城を落とせた理由それは奇襲を成功させるための周到な準備と農民たちの協力があったからかもしれない新説信長から秀吉へ天下を取った7つの謎
00:42:27続いては本能寺の変の謎から小谷城での活躍でついに城を持つことができた秀吉身分で言うとエリート武将の明智光秀や柴田勝家と肩を並べその後もどんどん出世していくんだけど
00:42:55歴史に残る大事件本能寺の変が勃発 家臣明智光秀の裏切りによって信長は本能寺で撃たれてしまうでこの後の秀吉がすごかった彼は現在の岡山県あたりで毛利軍と戦っていたんだけどなんと本能寺の変の翌日にその知らせをキャッチしたんだ
00:43:19えっ翌日の信長様がこうして秀吉はおよそ2万の軍勢を引き連れ京都までの230キロの距離を1週間ほどで戻り光秀軍に勝利したんだ
00:43:45これが世に言う中国大返しでも電話もない時代に信長さんの死をすぐに知れたなんて博士おかしくないですかそうだよね何で一日で確かにどうやって実は近年の調査でその秘密が解き明かされつつあるヒントはここだ
00:43:49どういうこと?
00:43:59ということで続いての謎は本能寺の変勃発中国大返しに隠された謎
00:44:07なぜ秀吉は信長の死をすぐに知ることができたのか その謎がわかるミステリースポットは
00:44:22京都府大山崎町天王山の麓に位置する宝釈寺は光秀との最終決戦山崎の戦いで秀吉が本陣を置いたと言われているんだ
00:44:45今回調査してくれるのはそう大河ドラマで信長を演じたこともある高橋秀樹だ
00:45:15ちょうど授業でやった範囲なので少しは分かりますなぜ急に戻ることができたのか気になります気になりますよねえなぜネットのない時代に本能寺の変を知りすぐに戻ることができたのか実はその謎を解く限りの話を聞いていますね。
00:45:25秀吉のある能力にあるんだけどヒントはこのお寺にある建物にみんなは分かるかな?
00:45:55うんそれではどうぞこちらの方へお進みくださいませ三重の塔だおおすごい見事だなこりゃ実はですねここに秀吉のすごさと秘密が隠されているということですね豊臣秀吉一夜の塔と書いてありますまただこちらの塔山の三重の塔になるんですけれども一夜の塔とも呼ばれている塔でございますこれがですね伝承によりますと山崎の戦いが行われ
00:46:17その戦勝を記念して豊臣秀吉が一夜のうちにして作られたと伝わっておる塔で一夜の塔と呼ばれるような塔になりましたなるほどなるほどこれをつまり人より早く作るということなんですねそう秀吉の優れた能力の一つこそ土木建築能力の高さ
00:46:39スノマタ一夜城もそうだったけど秀吉は短期間でこうした建築物を作るのが大得意改めてこのポイントを抑えつつなぜ秀吉は本能寺の変の知らせをすぐにキャッチできたのか特設の本陣で推理してみよう
00:46:53山崎の戦いで秀吉が本陣を置いた古宝釈寺で中国を大返しの謎に迫ろうと思う キャッチを手伝うてくれるかははっ
00:47:03天正10年6月2日に本能寺の変が起きます信長の死を喜んだ人もいっぱいいるわけですよ
00:47:17その代表格がここの人ですね奇襲のサイカシルですね この人たちは反信長派ですから急ぎこのことを毛利に知らせようと
00:47:46その裏で秀吉に向かう手紙も存在情報合戦が始まっていたんだ秀吉の家来で京都の商人でもあった長谷川総人という人ですこの人は本能寺のすぐ近くに住んでたんですけどそういうこともあってすぐさま秀吉のところに知らせに行ったとさあこれはどっちが早いかというなるほどはい
00:48:09もし先に知られてしまったら毛利軍は勢いづいて京都に戻れませんよねそうなんだでもね秀吉方の方はですねここをあの2日の未明の話がもう3日には続いてるんですが早いねえ?
00:48:33そう本能寺の変の知らせを知ったのは秀吉の方が早くなんと6月3日の夜そのおかげで4日には和睦つまり争いをやめて休戦し中国大返しが可能となったんだ一方毛利サイドは6月5日に信長の死を知ったんだ
00:48:42この時間差がですねこれがその名案を分けたということになるわけです
00:49:12なぜ秀吉はいち早く手紙を手にすることができたのか?
00:49:21当時の移動手段といえば馬か徒歩他にも死者は船で渡ったんではないかという説もあるんだけど
00:49:25近年わかった説がこれ
00:49:37実は秀吉は京都から備中高松城までの間に事前にあるものを建築していたという一体何を作っていたのか
00:49:52ヒントはこれになります分かりますかはいショッピングモールショッピングモールなんですけども場所はどこですかこれ兵庫今の神戸市ですね神戸市?
00:50:05実はこのショッピングモール建設前に行われた発掘調査によってある重要なものの存在が判明したんだそれが
00:50:06御座所 御座所とは信長のような位の高い人物が宿泊する施設で戦での移動中にも使用することがあるビップ向けの宿のこと
00:50:27そうした宿はお城の中に用意されることもあったみたい
00:50:53実は秀吉のもとに信長が来ることが決まっていたので、御座所の準備をしていたことが分かってきたんだ。
00:51:04それがつながった。でもそれがなぜ本能寺の知らせが早く届くことに役立つのかバケツリレーみたいな感じでどんどんどんどん行ったのかな。
00:51:19点々とですね、そういうお城というのか、御座所が整備されていて、途中の交通の道も整備していて、すぐに連絡がつくようにというですね、情報伝達についても整備が進んでいた。
00:51:35今で言ったら超高速のですね、通信施設網が整っていたっていう、特別な仕組みが、この場合秀吉は持っていたんだっていう様子っていうのが読み取ることができるんです。この説には磯田先生も。
00:51:52まず秀吉さんに知らせよ知らせよって言って馬に乗って出発するわけでそこを立ったか立ったか立ったか立ったか立ったか立ったか立ったか立ったか立ったかまた行くわけですよ。
00:51:57情報ハイウェイを秀吉だけが持ってた可能性っていうのが大事なんです。
00:52:24すごいね秀吉さんはもう一夜城とか一夜の塔を作るのが得意な人だからそういうふうにも言えるかもしれないですね馬を交換交換交換してたからスピードが落ちなかったってことなんですかそういうことなんでしょうねなるほど逆に鋼返しの時に兵隊を休ませる施設でもあったというそうかそうかだから早く帰れたなるほどねえなるほどねえなるほどねえ。
00:52:54そしてもう一つの謎実は阿川さんも気になっていた和睦をどうして結べるのでも本能寺の変を知った翌日になぜすんなり和睦を結べたのか歴史的大発見その謎が去年見つかったばかりの秀吉の手紙から見えてくる去年さらにこの後秀吉の体の一部を徹底調査
00:53:01死の疾走に迫るそして農民出身だった秀吉がなぜ天下を取れたのか
00:53:24今夜最大のミステリー兄弟に隠された秘密その謎を解け本能寺の変の後秀吉はなぜ毛利軍とすぐに和睦を結べたのか実は去年見つかったばかりの秀吉の手紙から見えてくるよ
00:53:51秀吉は水攻めをする裏でですね別の工作もやってたんですね何ですか昨年発見されたですね秀吉の古文書が出てきました出てきましたすごいすごいすごいなそれが2025年新発見の古文書これは秀吉が敵方
00:54:19注目すべきポイントはその日付だ日付を見てください本能寺の翌日なんです翌日でまあ秀吉は当然この日にはまだ知らない知らないですね恐らくねここに書いてあるんですけれども信長に忠誠を尽くしたからビンゴの国一式を与えます
00:54:45ゴール型の有力武将を寝返らせる工作をしていたということですね秀吉は敵型の武将の調略を進めていたから本能寺の変を知ってすぐに和睦ができて京都まで大返しができたんだ秀吉の手紙って去年見つかったんですけど一体どこにあったんですか?
00:55:15ネットオークションでじゃあ誰かが東京大学の資料編参所の教授の方が見つけたというですね先生が一番大切なものつまりスピードそれから情報に対するスピードものを作るスピードなんかそういうものをしっかりとわきまえていたからこそいつの世の中でも出世する人だろうなというふうには思いますね
00:55:35というわけで秀吉が信長の死をすぐに知ることができた理由それは卓越した土木建築能力を生かして御座所や交通網を整備独自の情報網を築いていたからかもしれない
00:55:51さあそして今回見つかったキーワードはこちらでした 木札は3枚まずはこちらですおっこれから続いてととそしてえええ
00:56:03というわけで新たに3文字が判明秀吉が天下人になれた理由とは?
00:56:59いきなりだけどみんなは秀吉がどうして亡くなったか知っているかな?確か胃がんとかかっけとかいろいろ噂はありますよねそうなんだうーんかっけしてないんだでもね実は秀吉の体の一部が今も残されているんだけどそれを現代医学の力で調査したら晩年の秀吉はある病気に悩まされていたことがわかってきたんだ
00:57:18ということで続いての謎は体の一部を徹底調査死の真相の謎秀吉が患っていた病気とはその秘密がわかるミステリースポットは京都豊国神社
00:57:37その境内にあるのが宝物館秀吉が使っていたとされる枕や宴会で使った器など秀吉にまつわるお宝がたくさん展示されているんだまさに秀吉万博ですね
00:57:51この宝物館に秀吉の体の一部が残されているんだけどそれを見ることで秀吉がどんな死を迎えたのか知ることができるよ何だろうね
00:58:03しかし体の一部ってどれよ体の一部体の一部ヒラリちゃんどこですかまだ出てこない
00:58:15歯って書いてありますよ
00:58:18歯よく残ってたね
00:58:48そう秀吉の体の一部とは歯のことだったんだ実はこの歯にはちょっと不思議な特徴があってそこから秀吉の食生活が見えてくるんだよ一般的な奥歯と比べてみるとこんな感じなんだけど
00:59:15みんなはどこが違うか分かるかな歯をよく見ると何か気づくことないですかえっ私の球姿はもうちょっとデコボコしてるかもしれないうんとんがってるとこがないギザギザがないそう秀吉の奥歯はこの表面の部分が平らになっているんだ一体これは何を意味するのか?
00:59:38京都府歯科医師会岸本先生が外説してくれるよ今いい点に気づいていただいたと思うんですね秀吉の時代多くの庶民の方っていうのはいわゆる硬いんですねそういったものを食べてました硬いものっていうのはしっかりかまないと消化吸収できないのでよくかんでおられた
01:00:02本当に普段から食べてかんで平らになった歯なんですねこれはそうこの歯から秀吉は硬いものを食べていたことが推測できるよ例えば当時小粒で味が劣るものの総熟な赤米というお米があったんだけどそれを生煮えで芯のある状態で食べていた可能性があるみたい
01:00:21そしてもう一つこの歯には大きな特徴がでもなぜ大きいのか調査の結果こんなことが分かっているみたい
01:00:44なんで大きく見えるかっていうとまあ今で言うところの歯石歯石が残ってるんですかこれ歯石がびっちりコーティングされている状態があの歯ですへえなので一回り大きくなってるんですねへえすげえ食文化が変わったからですそこまで変わるんですね食べるもので食べるもので食文化で変わります
01:01:09出世した秀吉の食事は柔らかいお米にランクアップさらに歯石がつくほど好物だったとされるものが南蛮人がやってきまして貿易品として砂糖というのが入ってくるんですねお茶会とか和菓子がそうかそういう生活をしてるとどうなるかっていうと口の中がベタベタになりますね
01:01:15そして汚れも取れないですねそれがずっと蓄積していくとだんだん硬くなっていって石みたいになっちゃうんですね
01:01:39つまりこの歯には農民時代と天下人時代全く違う人生が刻まれているんだそしていよいよ死因につながった病気の謎に迫るこの歯から見る秀吉公の死因っていうのはどう分かりますか?
01:01:40ずばり歯周病だと思います
01:01:51果たして奥歯から見えてきた豊臣秀吉の死の真相とは?
01:01:56この歯から見る秀吉公の死因っていうのはどう分かりますか?
01:01:58ずばり歯周病だと思います
01:01:59歯周病?
01:02:02歯周病?
01:02:02歯周病?
01:02:05もう歯周病のだいぶ真っきり心臓脳炉というふうに思います
01:02:07それが死因なの?
01:02:29でもなんで歯周病が死因につながるんですかいい質問だ歯周病は歯ぐきの炎症なんだけどその影響が血管に及ぶことがあるんだ最新の研究だとこの炎症が全身に影響して脳や心臓の病気のリスクを高めることが分かっているよ
01:02:53教科書に出てくる秀吉の肖像が頬がこけた感じのイメージです恐らく歯周病が重度に進行していて糖尿病になってたんじゃないのに思われてえぇー 晩年は重度の歯周病を患っていたらしい秀吉もしかしたらその死因は岸本先生の読みどおり糖尿病という可能性もあるかもしれない
01:03:03ちょっと待ってくださいでもどうしてそもそも歯が残ってるんですか普通歯は残るものなんですか
01:03:20いいところに気が付いたねなぞみくん実はそこにこそ秀吉ならではの天下取りの秘密が隠されているんだ秀吉の歯が送られた時に一緒に送られた手紙が残っているんです
01:03:49歯を1本その方に預けおくなりって書いてあるんですよそう秀吉が歯を送ったのは信頼する家臣加藤義明何で残ってるかっていうと秀吉は歯も自分の生地力つけるのに使うと普通ないで歯が抜けたらすぐそこにいる人にお前これやるよって特別な関係だと僕の歯あげるよって言って歯を。
01:04:15そう肉体の一部を渡すという行為は究極の信頼の証つまりこれこそ秀吉流の人身掌握術だったんだ自分の歯さえも政治の道具にしちゃう秀吉だからこそ天下が取れたのかもしれないですね今回見つかったキーワードは2文字だ
01:04:31さあ秀吉が天下を取れた秘密弟の何を変えたのかいよいよ最後のミステリーだどんな3文字が出てくるのかいきましょう伝説の謎解け!
01:04:52いよいよ最後は信長葬儀の謎から光秀を倒したあとの主導権争いの中で秀吉はあることをして信長の後継者は自分だって大々的にアピールしたんだなんだと思う?
01:04:53記者会見を開いたとか?正解は信長のお葬式だよしかも家族や他の武将を差し置いて秀吉しきりのお葬式だ
01:05:15でも一つ大きな問題が実は本能寺の辺で信長の遺体は見つからなかったんだ
01:05:37どうして遺体がないのに葬儀ができたのか?秀吉は遺体の代わりに信長のあるものを仮装したんだけど実はそれと同じものが京都のお寺に残されているんだ超貴重なお宝から謎を解いてみてほしいというわけで続いての謎は?
01:05:49親切信長の葬儀に仕掛けられた謎本能寺の辺の後秀吉はなぜ後継者になれたのか
01:06:07?今回のミステリースポットは京都大徳寺秀樹さんたち調査員がいるのは大徳寺の中の創建員信長の一周期に秀吉が建てたお寺だよ
01:06:10ちっ!うっ
01:06:13!うっ
01:06:14!うっ
01:06:16!上様
01:06:16!うっ
01:06:17!うっ
01:06:21!もはやこれまで火を放せ
01:06:33!うっ!
01:06:35But, he was the surprise of how to fight,
01:06:39and he was a king of信長.
01:06:43He was the secret.
01:06:47He was the secret.
01:06:49He was a secret that I had a hidden from the family.
01:06:54He had a special gift.
01:06:57It's a secret.
01:07:25実はですねこの木造は2体作られて1体はここにありますけれどももう1体がその信長の遺骸の代わりとして燃やされたと。
01:07:46貴重だそう秀吉は遺体の代わりに信長に似せた木造で葬儀を行ったんだそんなやり方があるんですねしかもこの像は信長の死後すぐに作られたので本人にそっくりとも言われているよ
01:07:55なんとなくイメージに近いですかねやっぱりちょっと細表で鼻がしっかりしててっていう感じはしますね。
01:08:08そして秀吉がすごいのはさらにここからただ単に木造を仮装したのではなく像自体にある驚きの仕掛けを施していたんだ。
01:08:17それによって京都の人々に自らが行う信長の葬儀をより印象付ける工具があったんだけど。
01:08:23果たして秀吉は何を仕掛けたのかその謎を解け。
01:08:49信長の葬儀に隠された謎果たして秀吉は木造に何を仕掛けたのか?
01:09:08あっ後継者は秀吉だって書いた言語みたいなじゃあそれはどういう仕掛けだったのかと人間の五感に関係ある見るとか聞くとかある一つをですね刺激するものであるということなんですけど分かりますか?
01:09:25何か香りを何か立てたんですかねさすがキラリ調査員だでも仕掛けが香りってどういうことですか?
01:09:39焼かれた木造はただの木ではなかったということそれは金で作るよりもお金がかかるものだったみたいそれがこれだ。
01:09:54ああこのようにですねあの信長の木造が鉱木で作られていたということです。
01:10:01鉱木とはたまった樹脂に熱を加えると香りを放つ貴重な木。
01:10:08細かく切って香りを楽しむものなんだけどとっても珍しいから。
01:10:31いい鉱木を持つことは当時権力の象徴でもあったんだ信長の木造は中でも貴重な人工という木で作られたと言われているよなんかやっぱり上品だね。
01:10:36伝わる話では得意区とした香りが。
01:10:40京都の街中にそこまで匂っていったっていう。
01:10:41ああ京都中に。
01:10:42こんなに広がんの?
01:10:49あんなね高価な鉱木をね都で焚いたらね匂いがうわーって出るじゃないですか。
01:11:00信長の遺体に犠せられた煙を都の3列のもの珍しく集まった群衆が浴びるわけですよ。
01:11:05これあの信長に見立てたあの鉱木の匂いをここあれ匂ってみ?匂ってみ?とかいうようなことを絶対やったはずなんですよ。あの都の人は。
01:11:38匂った匂ったって匂いの記憶で恐らく信長がこの世から消滅したことを自覚させたわけですよ政治っていうのは人間の無意識に言葉で言わなくても訴えかける仕掛け作りなんですよこれができるっていうのが天才なんですよやっぱり秀吉公がその信長公の体を通じてですねこの京都中の方にその香りのご利益をお接待したそういうことだっていうこれ大変
01:11:57なんかこの香りが信長さんの香りなのかなって改めて思うとやっぱり当時の京都人がそれを感じてあっ秀吉が次の天下人なんだって思わせるそういう思いにさせてくれましたね。
01:12:23頭で感じるな。ということで秀吉が信長の後継者になれた理由それは遺体なき葬儀を木造で演出自らが後継者であることを香りを利用して世に知らしめたからと考えられるここで最後のキーワード
01:12:46なぜ秀吉は天下人になれたのか残り3つが一気に明かされるよそれがこれだこれを組み合わせると名前だ弟の名前を変えたという文章になりました今日のミセリーの答えはこれです
01:12:57なぜ秀吉は農民から天下人になることができたのか答えは弟の名前を変えたから
01:13:06一体どういうことなのか日本を代表する歴史学者磯田先生の驚きの説に迫る
01:13:31弟秀長の名前に隠された謎
01:13:39なぜ秀吉は天下を取ることができたのか戦国時代
01:13:56主君から名前の一字をもらって解明することは名誉なことでその時主君の字を上に自分の字を下にすることで主従関係も示すこれは武家社会の常識だったんだそのことを覚えておいてね
01:14:07そして実は秀吉の弟秀長の長という字は信長の長の字をもらったのではないかと
01:14:09あれ?でも主君からもらった長の字が秀の字より下じゃないですかそれこそ秀吉の大胆不敵な作戦だったんだ弟はもともと名前をもらった時はながひでと名乗っていたんだでもね本能寺の変が起こり信長が亡くなると
01:14:45我が弟の名を秀長とする信長が死んだそういうことか信長が死んだそうすると信長が死んだ信長が亡くなると我が弟の名を秀長とする信長が死んだ信長が死んだ
01:14:59信長より上の地位に秀吉は上り始めたわけです弟を呼んで今日からはひっくり返して秀だって俺の方が信長より上だって怖いああなるほど
01:15:08信長が死んだ信長の中が下に死に敷かれて秀吉になったらこれからは秀吉兄者の時代じゃって
01:15:16そう秀吉は弟の名前を使ってお抱きより上に立ったことを全国に宣伝したんだ
01:15:30事実この解明の翌年秀吉は関白に就任あっという間に九州関東を平定し一戦か統一を成し遂げたんだ
01:15:50人の名前っていうのはとても大事な政治ツールでありメッセージなんですよ信長よりも高い地位だと弟がやってくれたとやっぱり秀吉のあらゆるものを自分の政治力につなげる広告をやるという
01:16:19よく思いつくなと思いますけどねアイデアがすごいというわけで秀吉が農民から天下人になれた理由は弟の名前をひっくり返すことにより織田家を上回ったことを世間に知らしめたからかもしれない最後まで戦の時は農民の気持ちを測る農民でだっていうことを忘れなかったっていうことと
01:16:39やっぱりネネさんを生涯愛し続けたっていうことは何か通じるものがあるのかなっていう気がするんですよ忘れなかった人なのかなっていう友達になれたかどうか分かんないね最後に秀吉の弟秀長のすごさにも迫るぞ
01:16:50特別企画歴史に残る奇策水攻め真相の謎秀吉はどうやって莫大な豊臣マネーを手に入れた
01:17:10みんなは日中高松城水攻めって知ってるかな西の最大勢力毛利軍との戦なんだけど難攻不落と言われた敵の城をなんと水に沈めるという前代未聞の奇策だよ
01:17:21しかもすごいのはその費用大規模な土木工事にかかったお金は現在の価値でなんと600億円以上
01:17:40例えるなら東京スカイツリーのレベルだそんなお金どこから湧いてきたんですかそこが今回のミステリーなぜこんな巨額資金を調達できたのか近年の研究である重要人物の存在が見えてきたんだ誰だ?
01:17:46謎を解くために向かったのは水攻めが行われた場所
01:17:48岡山県岡山市 備中高松城を再現したCGがこれだすごいね水に囲まれた
01:18:10ポイントはもともと沼地だったこと地形そのものを防御の要にしていたんだそんな城を秀吉はどう攻略したかというと
01:18:32城の周りに堤防を築いて堤防を使って水を引き込み城ごと水の中に沈めたんだ戦国時代にどうやってそんなものを作ったんですか
01:18:58それはね土のうっていうわらの袋に土を詰めたこれをなんと8メートルもの高さに積んだらしいよこれは果てしない作業だそしてその土のうの堤防をおよそ3キロメートルにも渡って築きしかもたったの12日で完成させたんだって
01:19:12でもなぜそんな短期間にできたと思うこの土の袋っていうのは袋に詰めて持ってくるわけですね
01:19:19お風呂持ってきた人に百紋とお米1章渡したという。
01:19:29その価値現在に換算するとおよそ1万円私ならどのう100票積みまくり
01:19:42当時これに参加したのは数万人と推測されていて戦国時代でも最大級のプロジェクトになったんだでもここで気になるのが秀吉の懐事情
01:19:48当時の秀吉の年収はついて数十億と言われているよ
01:20:06それなのに600億円規模の工事どう考えても足りませんお金の出どころにはある戦が関わっているんだよそれが天空の城と呼ばれる武田城での戦い
01:20:241577年に秀吉が落とした城なんだけど実はこの戦にはある狙いがあったと言われているよそれが武田城からほど近い場所にあったあれ何ですかこれは?
01:20:28掘っていた銀銀ですね
01:20:43実はここその後の徳川幕府明治政府の財政を支えるほど銀が取れた日本屈指の銀山
01:21:11秀吉は武田城を落とすことで近くにあるこの幾野銀山を支柱に収めたんだこちら配福銀って書いてありますけどね今でいうキャッシュとして使われていたのでこれは原銀なのでね面白い原銀そして近年の研究でわかってきたことなんだけど実はこれを元でにさらに軍資金を増やしたとされる人物がいるんだ
01:21:27それが弟の秀永だよ秀永は商人にお金を貸して利息をつけて返してもらいながら軍資金を増やしていたみたい
01:21:49当時の日本ってハイテク産業がある場所は決まってるんですよ奈良とか京都とか堺とかそこの商人にはい我々の金銀ですよこれ貸してあげますから今からこれで商売手広く大きくやってくださいニコニコ秀永ローン意思つけてちゃんと返していただきます
01:22:16いやすごい経済センスですね儲け方の達人弟秀永のこうした経済センスがあったからこそ莫大な豊臣マネーを武器に水攻めを成功させたのかもしれないね秀吉さんはすごいアイデアマンでいろんなこと考えるんだけどそれを補うのが秀永さん弟でそれにどれくらい金がかかるかっていう計算をしたみたいですね
01:22:32なんか武士っていうより商人のセンスがそうですね経済ってすごい兄弟2人の力が揃ったからこそ難しい相手にも立ち向かえたんだね絆を感じますね
01:22:33あ!ああ
01:22:34!まあえええかぁぁぁかんあんそれまあもしかしこう
01:22:35You
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