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00:28博多の人が喜ぶ明太絶対作っちゃるけんね明太作りを諦めない川原敏夫さんそこにはある強い思いがあったというまあやっぱりそれは祖父の人生人生経験ですねそれが大きく関係してるんじゃないかなと思います
00:57祖父はたくさんの人が犠牲になった沖縄戦で生き残った人でもあるのでそのことがやっぱり1945年沖縄戦終戦間際沖縄に配備された日本軍や多くの住民も犠牲になった悲惨な戦いその中で敏夫さんは
01:02食料などの物資を届ける役目を担っていた
01:03そうだよね
01:10ええ
01:12おいどうした大丈夫か
01:17おいしっかりしろ大丈夫か
01:25食べ物を食べ物を
01:27食べ物を
01:29補給船が向かってるそれまでの信号だ
01:34絶対生きて帰るぞおいおい
01:48しかしアメリカ軍により補給路は遮断され沖縄に物資は届かなかった
01:50おい
01:57兵士のみならず住民も飢えに苦しみ多くの命が失われた
02:12俺のせいだ
02:18何のために俺は生きてるんだ
02:27こちらは敏夫さんが沖縄で書き記した日記
02:35島の人の大体主食が完食さつまいもってやっぱり書いてありますね
02:39米は月2号の配給って書いてありますから
02:44月2号だとほぼお米食べられないっていうことなんでしょうね
02:48だからやっぱり主食もさつまいもばっかり食べてたっていうことなんでしょう
02:52あとやっぱりおなかが空いていろんなものを食べる人がいたんでしょうね
02:57これ食べちゃダメみたいなもののお知らせとかもあったみたいです
03:01食べられそうだけど食べると体を壊すと
03:04要するに食べられませんでこれ食べちゃダメだよみたいな
03:11とにかくやっぱり人が生きるのは食べ物だということもあって食料品店を始めたということだと思います
03:23食べ物の大切さを痛感しその経験から福屋を開業そして敏夫さんの生き方にも大きな変化が
03:29父が聞いた話で行くと言ってた言葉があるそうですっていうのが
03:35あのまあ一度死んだ身だから表に立つより陰からのお世話に徹したい
03:40まあ本当だったら沖縄戦で自分は死んでたかもしれないし
03:41もう何なら本当死んでたはずだから
03:45あのこれからっていうのは自分のことだけじゃなくって
03:48やっぱり人のために生きるようにしたいということを考えたんですよ
03:52なので祖父がこう人にしてあげられることは何だろうとか
03:54どうしたら喜んでもらえるのか
03:56祖父としてはその中の一つにこう
04:01おいしい明太を作ることっていうのはあったんだろうと
04:07おいしい食べ物を作ってそれを食べてもらえれば喜んでもらえるっていうのはすごくあったんですよね
04:13俺が一から明太を作る博多の人たちもきっとみんな喜んでくれる
04:24家事こうした俺行ってくれしばらく家に追ってもらおうと思って困った時はお互い様だよ
04:50人を喜ばせることこそ自分の使命だと信じ改良を続けた明太そして作り始めて10年ついにその時が!
05:20うまかこれよお父さんほんとね千鶴子ほんとにすげえ思う?ほんとよこんなおいしか明太食べたことなか!やったねお父さん!
05:40苦労の末ようやく理想の味にたどり着いた。
05:56それはやっぱりうれしかったろうと思いますよね初めは辛すぎるって言って返品されたような商品だったとこからスタートして10年たってみんながおいしいと言ってくれて何より自分が作ったもので人が笑顔になってくれるというのが一番うれしかったのかなとは思います。
06:18よく父が辞めなかったなというふれなかったのにようやくっていう気分じゃないですか自分の辞めなくてよかったっていうのと間違ってなかったと思ったんじゃないですか商品名はからし明太子ではなく味の明太子へえ味の明太子
06:36苦節10年試行錯誤の末に生み出したこだわりの味だからこそ味のと命名そして昭和32年味の明太子の販売を開始すると
06:54あのすみませんこれが明太子ですかそうです学校で評判になっとった件一つください先生ですかじゃあ一つと言わずもう生徒さんの分までいっぱい買っていってください
06:56はい 年代さんがPTA役員を務めていた学校の先生たちがお昼に買いに来るようにさらに不思議なことにすいませんはい東京から来たんですけども福屋の明太子というのはここで買えますかお客さん東京から来たとですかはいそれ珍しかね
07:28地元だけでなくなぜか東京や大阪などからも徐々にお客さんが増え始めた
07:52姉妹にはお客さんが殺到し100mの行列ができるほどに理想の味に到達したとはいえSNSもない時代になぜ一気にお客さんが殺到したのか?
08:22祖父の人のために生きる精神みたいなものがあったからこそ売れたんじゃないかなとは思いますPTAだったりとかボランティアをしたりとか自分のことっていうのはあんまり構わないでどちらかというと人が喜ぶことをやってた人でしたからそういう祖父の姿を見てた人たちがこう会う人会う人に一生懸命明太子を売り込んでくれたというかいつもボランティアとかばっかりしようしねえみたいなことは自分たちが訴えらんといかんじゃないかなと思った人もいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろいろい
08:51人のために生きた俊夫さんその恩は人から人へと受け継がれ明太子は全国へと広がっていったただ一つ気になるのが福屋さん一社の明太子じゃないですかでも今って墓田中に明太子屋さんあるじゃないですかこれって何でなんですか?
09:21他の人にはなかなかできない自分でももちろんできないんですけど祖父のすごさで普通はそんなふうに考えないだろうという決断をしたというかそれが大きかったと思います逆にこの決断というのがなければ明太子でいえば博多にはなってないんじゃないかなと思います明太子が博多名物に上り詰めたのには敏夫さんのぶっ飛んだ性格があった
09:49それは福屋に明太子ブームが落ちていたある日すいません中津市場で生涯ばしておるもんなんですが何か言うねん明太子ば買いに来た人がよく間違えてうちの店に入るよりとよあそりゃ悪かったね
10:03いやお客さんにお悪かばってん福屋さんがよければ明太子ばうちにお貸してほしかとよああこのとおりああ卸売ねえ
10:22卸売をすると集会業者が間に入るため値段が高くなるさらに商品管理が行き届かなくなり品質が保てなくなる可能性が安くておいしいものを食べてもらいたいと
10:28敏夫さんは直販にこだわっていたそこで
10:33明太子を生み出した敏夫さんが
10:37下した決断は
10:41顔も上げんねえ
10:45そうやったら作り方教えちゃるけえ
10:47あんたのことで作ってみらんねえ
11:03こっち来てはい
11:3110年もの月日をかけ生み出した明太子その製法を独り占めすることなく誰に対しても惜しみなく伝えた自分で10年間かけて研究してやっとできたものを作り方を人に教えるって言い出すんですが周りも多分普通止めますよね普通やっとれるようになったのにみたいな
11:54結局儲けるためだけだったら自分で独占してやればよかったんでしょうけどそれもある意味人のためというかだったのかもしれないですね時から取らんと明太子っては素材なんだから別に誰でも作っていいし元祖と書いたらうまくなるのかとか時を取ったらうまくなるのかみたいなことは散々なんか周りの人と言われたみたいですね
12:15何よりこうやっぱり自分がこう作った作り方の明太子がどんどん世の中に広まってきたら多分本人もすごくうれしかったんですよし自分一人でいろんな場所に売りに行けるわけでもないしそういう感覚だったんでしょうねただあえて一つだけ教えなかったことがあるそうで
12:37何だろう服屋の味付けというとも教えたわけではなくて味自体はそれぞれのお店が自分で考えて作ろうよと今で言うとラーメンスタジアムみたいな一箇所に行くといろんな味のものが試せてその中で自分の好みに合うものがやっぱり合うっていうのがすごく大事なことだったんだろうと思います
12:51だから服屋の味付けだけでずっと明太子を作って独占していってそれがじゃあ今みたいに日本中に広がったかというと多分そうではないですねやっぱりいろんな味があったからこそ広まっていったんだろうと思います
13:16多くの人に味見をしてもらう中で知った好みは人それぞれだからこそ味付けまでは教えなかったその結果今や200社を超える明太子店が生まれ市場規模は1200億円まで拡大
13:18ほんと博多の恩人です 博多の食の食の文化の恩人です感謝人からなんと言いますか悪口言ったらバチかぶるね一人の男が博多の食文化を変えた博多の名物といえばもう一つ今日もこれ食べに行きました
13:48とんこつラーメンとんこつラーメン
14:16白くとろりと濁った濃厚スープにコシのあるごく細ストレート麺が絡みつく博多を代表する一杯街には数多くの店や屋台がひしめき合い昼も夜も長蛇の列
14:45その人気は今や海を越え海外の街角にも博多豚骨と掲げられ豚骨と共に博多の名前も世界に広がったとはいえなぜ豚骨ラーメンはここまで広まったのか?
14:49調べてみると
15:30豚骨ラーメンが何でこんな博多で有名なのかっていうところを調査してて 博多で有名?
15:33うん おげん野郎ね何か俺昔聞いた事あったら
15:43久留米から流れてその豚骨ラーメン来たっていうような話を聞くけど久留米が最初って事なんですか?最初に伝わって来た時に
15:46トゲやって聞いた事あるけど
15:52詳しい事は調べた事ないから分かんないと
15:57偶然こんな方々に遭遇
15:58あっ 市長市長たちです福岡のね彼は別府の大分の別府市長彼は間越島のひよき市長市長市長そういう間会議があった福岡でそうなんですか屋台で交流を深めていた姿勢を担うトップ達みんなに愛される市長誰が出てる番組?
16:01Chit's story.
16:10It's right.
16:13It's like the best.
16:14I love you.
16:16I love you too.
16:17I'm excited.
16:21I love you too.
16:23I love you too.
16:253,2,1,キュー!
16:27キャリーパミューパミュー
16:28難しいです
16:31おじさんのフリです
16:33細麺っていうのは
16:35福岡の長浜市場で
16:37働く人がサッと食べられるために
16:39細麺にしたのよ
16:41要するに市場で働く人が
16:43働きに行く前にサッと深夜に行って
16:45パッと一瞬で湯がかれて
16:47ラーメンをパッと食べて
16:49市場に行くために細麺になった
16:51っていうのが
16:51この今の博多のラーメンの
16:54始まりなので
16:57さすがは市長
17:00豚骨ラーメンにも精通していて
17:01そうなんだ
17:03ちなみに久留米ラーメンは
17:05博多みたいな極細じゃないから
17:07そもそも替え玉がないのよ
17:11豚骨ラーメンってのは久留米のものなのよ久留米発祥なの
17:12博多じゃないの 屋台の移入地があるから
17:17なんとなく福岡というのが ラーメンっていう風になっている
17:23やはり豚骨ラーメンの発祥は久留米のよう
17:25へえそうなんだ
17:30ということで博多から南へおよそ40キロ
17:34福岡第三の都市と呼ばれる久留米市へ
17:39伺ったのは久留米の老舗
17:41大宝ラーメン
17:43大宝ラーメン
17:47ここなら詳しいことを知っているのでは
17:49食べたい
17:50食べたい
17:53そもそも発祥が久留米と聞いて
17:54そうですねはい
17:56やっぱそうなんですか
17:58はい豚骨ラーメンは久留米発祥です
18:00久留米のうちじゃないんですけど
18:02南京千両さんというお店があって
18:05そこが昭和12年ですかね
18:09に初めて豚骨ラーメンを出されたお店なんですけど
18:13豚骨ラーメンはおよそ90年前
18:17戦前に久留米で産声を上げたそうで
18:18当時のですね
18:20南京千両の宮本時代さんかな
18:24宮本さんが確か長崎出身なんですよ
18:26長崎のチャンポンと
18:28当時横浜とかの中華街で流行ってた
18:30当時はシナソバと呼ばれてたラーメン
18:31今でいうラーメンですね
18:32をヒントに作られたのが
18:35当時の初めての豚100%の豚骨ラーメン
18:41もともとうどん屋台を営んでいた宮本さん
18:48当時安価で入手しやすかった豚骨に着目し
18:52独自のスープを作り屋台で販売
18:56これが豚骨ラーメンの始まり
19:23ただその一杯は今とは見た目が違うそうで3代目が営む南京千両で元祖豚骨ラーメンを頼んでみるとちょっと違うね色がスープが白く濁ってない絶対うまい色だねでもこれいやこれ食べたいなー
19:40当時は白濁しなかった白濁してなかったみたいです昭和22年かなにえっとサンキューさんっていうサンキューってラーメン屋さんがあのアクシデント的に白濁させてしまったのが今の白濁した豚骨ラーメンの始まりと言われてます
19:41どういうこと?どういうこと?
19:46失敗のように白濁しちゃったと。え?
19:54豚骨ラーメンの命白濁スープはとある失敗によって生まれたどういうこと?
20:19ランナーにとっては政治的な誰かがいつ走り始めたんだろう東京でのランニングが広がったきっかけ私の父が失敗のように白濁しちゃったとえ?
20:26豚骨ラーメンの命白濁スープはとある失敗によって生まれたものだった?
20:38というのもあのサンキューさんが何で空発的にスープを白濁させてしまったっていう経緯がですねあの仕込み中に確か出かけられたかなんかなんですよ
20:58ところがその日陰を間違えてあの外出されたかなんかで帰ってきたら白濁しちゃってたわ失敗失敗ばいこれみたいなふうになったんですけどでも捨てるのもったいないけん食ってみようって食べたらおいしいやんってなってそのままそれが白濁の豚骨ラーメンの始まりになったっていうふうに私は聞いてますね
21:16豚骨ラーメンの生みの親宮本さんは豚骨をぐつぐつ煮立たせず白濁させない手法でスープを作っておりその味を真似して多くのお店も豚骨ラーメンを提供
21:40ところが10年後サンキュー初代杉野さんがスープの火加減を母に任せて外出するとうっかり煮立たせてしまったことでスープが真っ白に濁ってしまった開店までやり直す時間もないので仕方なく味付けしてみると
22:01スープに旨味とコクが生まれこれまでにない深い味わいへと変わったこのうっかりが白濁スープという新たなスタイルを生み出し豚骨ラーメンの歴史を塗り替え多くのお店も白濁スープを提供するようになったという
22:23そして麺は細麺になり出来上がった博多スタイルの豚骨ラーメンはその後一風堂一覧など博多発のチェーンが東京そして世界へと進出したことで世界中で愛される一杯に
22:40続いてのご当地の気になる謎はこちら多い日には1日1万人ほどが走っている皇居に関して
22:43めっちゃ青いですからいらっしゃった
22:45シャレンジは?
22:48アリバル新潟から
23:03やっぱりランナーにとってはこう政治的な場所になっているんじゃないですよねみんな大好き公共ランとはいえなぜここがランナーの政治になったのか
23:06知らないです
23:33確かに誰かがいつ走り始めたんだろうっていつも思ってたんで公共って1周5km取れるじゃないですかなんかランナーにとってはその信号がなくって連続で走れる場所って本当にありがたくてランニングといえば公共だし何の疑問も抱かずに走ってましたほとんどのランナーが知らないこの疑問そこには驚きの理由があった
23:53こちらはそのきっかけを知る方私の父がホステスさんのために開いたマラソン大会だって聞いておりますホステスさん
24:13何それとはいえなぜここがランナーの聖地になったのかホステスさんのために開いたマラソン大会だって聞いております何それホステスさん?
24:24当時の皇居は今のように一般開放されておらず閉ざされた場所というイメージであったそんな場所でホステスさんがマラソン大会?
24:43その当時銀座であの父はクラブを何軒か持っておりましたねこちらが皇居ランのきっかけを作った三好三郎さんそして当時の様子を語ってくれるのは娘の豪蘭三好玲子さん
25:08記録写真をそう残しておりましてねホステスさんたちの写真その当時のこれなんかはだからまあこのテントなんかは要するに救護所っていうのを今なんていうのそのテントがあってそこにドクターとナース看護師さんがいて本格的で何か万が一だったらチェックするとかであとはここにもありますビタミン注射を売ったりするホステスさんたち
25:13そういうところはもう本当に万全の体制を整えてやってますね。
25:30今から61年前の1964年11月1日に皇居でマラソン大会は行われたそうでおよそ40人のホステスさんが参加なんとスタート時間は?
25:321時、夜中1時40分。
25:45これは何だかというとやっぱりお店が終わって、でみんな着替えて、そして歩いて20分ほどで皇居に来るんです。
25:53手作り絶見だけれども、そして店の名前とその当時のホステスさんの源氏名っていうのかな。
26:06そして深夜3時、全員完走し、マラソン大会は無事終了。
26:15はいあのシャトレーのあけみさんタイムがね23分30秒。
26:37このタイム皇居ランナーに伝えると参加したホステスさんをたたえるためお店に戻り表彰式も行われ。
27:00またメダルをみんな授与してすごい最後賞金そんなも出たんかももちろん一等賞がその時の5万円とか一等賞が3万円とかあとはまあその時ホステスさんが好きなフランスの香水だとかイタリア製の靴だとかブラウスだとかそういうものをいっぱいこう賞品した。
27:27サブローさんはなぜ皇居でマラソン大会を開催したのか父から聞いたところの中ではですねやっぱりホステスさんの仕事っていうのはハードであるとそしてまして夜のお仕事でお酒も飲まなきゃいけないお客様との会話の中でも気を使うこともいっぱいあるわけですし体力そして精神力でも含めてマラソンはどうかなっていうのがありましたね。
27:37体力や精神力を鍛えるため何かみんなでできることはないかマラソンに決めたきっかけが。
28:06同じ年の10月東京オリンピックが開催されており男子マラソンでつぶらやこうきちが世界の強豪相手に奮闘見事銅メダルを獲得その快挙は日本中にマラソン旋風を巻き起こしたなるほどね。
28:11そして開催地として選んだのが皇居。
28:17シンプルに皇居を選んだのはやっぱり近いっていうのが一番と思いますね。
28:38当時の皇居は一般公開もされておらず恐れ多い存在として受け止められていたという。
28:45そんな場所でマラソン大会を思いついた三郎さん。
28:54皇居周辺の道路を管轄する警察署から許可を取り、前代未聞のマラソン大会を実現。
28:57すると。
29:09お客様の中でやっぱり雑誌やの編集所とかもよくいらしてましたし、そこの中からやっぱり話題になって、それは面白いんじゃないかみたいな感じで載せていただいたというのがある。
29:14大会の様子が新聞に掲載。
29:19週刊誌などにも取り上げられた。
29:31これが出たことによって、例えば近所の商社の方たちとか、周りにいらっしゃるワーカーの人たちが、走ってみてもいいのかなみたいな。
29:57やっぱりそういう今まではやっぱりすごい多分その後にクローズな感じだったと思いますからあっこんなことできるんだみたいなのがあったんじゃないかな一般には閉ざされた場所というイメージが一変皇居周辺で働く人の中で昼休みや退勤後に走ることがブームにそしていつからかランニングの聖地となった
30:15父はすごくアイデアマンだったのでやっぱりこう人を驚かすというのも一つあったと思いますし働いてるホステスさんたちに要するに楽しんでもらいっていうのも一つあったと思いますね。
30:24ホステスさんを思う優しさが現在の皇居ランのきっかけになっていた。
30:43そして今日4月1日はエイプリルフールいつも真面目なニュースを報じているイギリスのBBCがエイプリルフールに提供した嘘ニュースが話題にその映像がこちら
31:01こちらは新たに発見されたペンギンの群れです。実は彼ら他のペンギンとは全く違います。
31:13寒さをしのぐために身を寄せ合う必要がないんです。なぜなら彼らには特別な能力があるから。
31:14何だろう?特別な能力?あっ
31:19!あっ
31:20!あっ
31:23!飛ばないよレベルに。見てください
31:24!飛んでる!なるほど!すごい飛んでる
31:31!センスがいいななんか。
31:49なんと何千マイルも飛んで南米の熱帯雨林へ移動し冬の間は暖かい太陽の下で過ごすんです。
32:17俺普通に信じるかもわからない。それだけ見るとね。ペンギンってあんな飛ぶんやって思う人いてるよね。鳥っぽいですしね。すごいね。CG映像のクオリティの高さから大きな話題になったということですね。こんなユーモアあふれる嘘ニュースがある一方。
32:45愛知県の信用金庫で嘘にまつわる不可解な騒動が。これは人口2万人にも満たない街にある信用金庫の支店で夜遅くに撮られた映像。そこには警察官。
33:10窓口には大勢の客が営業時間終了後も客足は落ちるどころか本店や他の支店にも広がりその数はおよそ5000人目的はお金の引き出し。
33:14全額下ろさせてください。
33:17定期預金を解約したいんだよ。
33:24なぜ急に全額を引き出しを?
33:31千金の理事長がなくなって経営が危ないって話を聞いたんですよ。
33:45だがこの時の経営状態に問題はなし。そう、完全なるデマだった。
34:01一つのデマから始まった大騒動一体誰が何のためにことの始まりは年の瀬が近づく12月13日。
34:16全額下ろさせてください。定期預金を解約したいんだよ。
34:30ねえ、ちょっと早く下ろさせて。早くしてよ。ちょっと早く下ろさせて。ねえ、早くしてよ。早く。一体、どうなってるんだ。
34:55あ、市店長ですか。田中です。お休みのところ申し訳ありませんが、すぐに来ていただけますか。どうも、様子がおかしいんです。何がおかしいんだ。いつもと違って、定期の解約が多いんです。何
34:57?解約?すぐに行く。
35:28はい。あんたが大丈夫って言っても、私を下ろしたいの。早くお金を出してちょうだい。店長、太田君、これは一体どうなってるんだ。どうなってるのか、さっぱり分かりません。とにかく定期の解約が多いんです。解約か。ありがとうございました。
35:41すいません。1つ伺いたいんですが、なぜ急に全額を引き出しよう。先金の理事長がなくなって、経営が危ないって話を聞いたんですよ。
35:59他の客も、心金が危ないらしい。潰れると聞き、お金を引き出しに来たそうだが、この時の経営状態に問題はなし。
36:02そう、完全なるデマ。
36:09いったい誰がこんなデマを。
36:15当時、現場を取材した記者に話を伺った。
36:45よろしくお願いします。
36:52状況報告を受けた監督官庁の財務局元職員の方にも話を伺った。
37:022、1杯人が寄って、金を下ろしとるで、こんなに放っとくとあれだよ、危ないですぐ手を打った方がいいよって。
37:26でも財務局も動いたし、日銀も動かにはいかんぐらいになっちゃって。私たちは皆さんに言ったんですよ。全新連で全国信用金庫の全国の組織があって、そこがちゃんと、あと何とかするで、潰れへんで、その下ろし行っちゃダメって言ってもね。それでも、あんたそんなこと言うけど、あんたが何億も保証できるわけない。
37:40だから、とりあえずあなたを信用するわけじゃないけども、安全面で下ろしておくと、自分だけは損したくないという気持ちが強いものですから、下ろしちゃったということなんですけどね。
38:07そしてこの騒動に警察も出動今回根も葉もないデマがきっかけでこんなに大きな騒ぎになっているもしかしたら悪意ある者の仕業かもしれん何が何でも発信源を突き止めてもらいたい誰が何のためにこんなデマを流してるんだ?
38:26警察が出間騒ぎで大規模捜査を行うのは前代未聞のケース捜査は親近を訪れ多額の預金を引き出した客への聞き込みから始まった。
38:50すいませんその噂どこで聞きました噂あっクリーニング屋クリーニング屋そうクリーニング屋のご主人心菌が危ないって話どこで聞きました?確かクリーニング屋の奥さんよ。
39:11多くの人が商店街にあるクリーニング店の夫婦から話を聞いたと証言すぐに警察はクリーニング店へ。
39:18すいません。いらっしゃいませ。
39:43信用金庫の件でお話をお伺いに来ましたああ何か大騒ぎになっちゃってますねいや預金を引き出した人たちから話を聞いたところあなたから話を聞いたという方が多くてええ主人と手分けして何人かには話しましたよ何でそんな話を人に?だって。
40:06不思議なものや謎現象など皆さんが気になる謎を大募集番組が徹底調査いたしますめっちゃ広いとこ出た採用された方には賞金1万円を贈呈番組ホームページまた公式ラインから動画も送れますお待ちしてます
40:28誰が何のためにこんな電話をご主人はどこからこの話をと友人から聞いたんです潰れるなんて言ってませんよ警察は噂を広めたというクリーニング店へ
40:33すいませんいらっしゃいませ警察です
41:03信用金庫の件でお話をお伺いに来ましたああなんか大騒ぎになっちゃってますねいや預金を引き出した人たちから話を聞いたところあなたから話を聞いたという方が多くてええ主人と手分けして何人かには話しましたよ何でそんな話を人にだってあの信用金庫って危ないんですよねうちもよいらっしゃいませ。
41:28引き出しましたよ誰からそんな話を主人が言ってたもんですからねえ俺も慌てちゃっててだって結構な金額預けてたからもうそれ早く下ろさないとってご主人はどこからこの話をえっとあっあの行きつけの美容師さん
41:46デマの発信源はこの夫婦ではない 美容師なのかその美容師に聞くとクリーニング店の店主に話をしたのは確かだが美容師は客の主婦から聞いたという
42:08その主婦に話したのは親戚の女性信用金庫が危ないって話誰から聞きましたその話をしていたのはうちの姪っ子ですよ高校生の高校生?
42:24たどり着いたのは信用金庫から内定をもらっている高校3年の女子高校生あなたが信用金庫が危ないっておばさんに話したの?
42:29はい話しました何でまた?
42:32友人から聞いたんです
42:41女子高校生の証言によるとある日の登校時
42:53あっAちゃんって信用金庫から内定もらったんでしょうんそうだよでもさ信用金庫なんて危なくない?そんなことないよ
43:19友人から信用金庫なんて危なくない?と言われたというそしてその言葉を発した友人に話を聞くと君が信用金庫が危ないと言ってたという子がいてねはい言いましたけどな
43:25なんで危ないなんて信用金庫が潰れるようなこと言ったの?
43:27えっへっへっへ 潰れるなんて言ってませんよ危ないってそういう意味で言ったわけじゃなくて
43:43まさかの真実が君が信用金庫が危ないと言ってたという子がいてね
43:44はい言いましたけど なんで危ないなんて信用金庫が潰れるようなこと言ったの?
43:56えっへっへっへっへっへっ潰れるなんて言ってませんよ危ないってそういう意味で言ったわけじゃなくて
43:57じゃあどういう意味?
44:03信用金庫なんて強盗が入るかもしれないし危ないんじゃないってことです
44:12そうデマの発信源はまさかまさかの女子高校生
44:18警察は悪意を持ってデマを流した者はいなかったと断定
44:26事件発生からわずか4日で捜査を打ち切った
44:33女子高校生は潰れるとは一言も言っておらず
44:57危ないんじゃないと言っただけそれがなぜこんな大騒動に発展したのかきっかけの一つとして考えられたのはクリーニング店の夫婦の行動それは美容師から話を聞いた3日後
45:09すいません申し訳ないんだけど電話貸していただけますかあっはいどうぞ
45:27おう俺だ急ぎで信用金庫から120万円引き出してくれ
45:55あの信用金庫ほんとに危ないんだどうもありがとうはいねえあなた私たちも早く予給引き出さなきゃそうだないと男性は噂話のことなど一切知らず
46:01自分の会社で必要な資金の引き出しを指示しただけ
46:15にもかかわらずクリーニング店の夫婦は信用金庫が危ないという噂を真実であると思い込んでしまった
46:24実はこれ現代の日常生活でも起こりうることだという
46:54この事件を研究した専門家によると社会心理学でオーバーヒアリングといいますけどあの偶然聴く話というのは人々は信じやすい面と向かって説得されると人々は警戒するんですけどもだけどもそのそのお二人が話しているのを横で聴いた話というのは信用によると言われますねえ
46:55しやすいんですね だから自分のが本当に必要であるからすぐに下ろしてくれというふうに電話したんですよねだけどその額が非常に大きかったので
47:13噂は本当かというその特にそれがオーバーヒアリングだったものですからやっぱりというふうにそこで結びついちゃったんですね
47:15sns などでも同じようなことが起きる可能性もあるので情報の正確性はよく調べて確認するようご注意をここからはもう一度見たいなんだこれ映像
47:44インドのとある学校で
48:00両手で文字を書く子どもたち
48:12両手で文字を書く子どもたち
48:14両手で文字を書く子どもたち
48:44両手で文字を書く練習をしているところです実際に見せていただくと同じ文字を書いているのではなく左右で違う文字をさらに左は英語を右にはヒンディー語を書くことも好きですよ。
48:56可能だというしかも聞けばこれインドのどの学校でもやっているわけではなくこの学校独自のものだという
49:00校長先生に話を伺うと。
49:27インドの初代大統領は両利きだったそうで両手を使うと右脳と左脳がバランスよく発達すると聞きました将来子どもたちが多方面で活躍できるようにこの取り組みを始めました今後もこの授業は続けていきたいと思っています大人になってからでも練習したらできるもんなんですかね?
49:37おっちゃんで初めて無理やろ本当にですよもう固まってるもん固まってるもんなあの自転車は皆さんどういうことよ何を意味してんのかね?
50:01その映像がこちら使われなくなった橋の支柱に自転車しかも隣にももう一台
50:24撮影した方は理由が気になり調査したそうでこの付近で自転車がある日突然柱に貼り付けられていたそうで同じ人の仕業ではと言われているの
50:41正体不明のストリートアーティストその作風からバンクシーになぞらえバイケシーと呼ばれているそうで地元では船からはしごをかけて自転車を設置したのでは?とささやかれているそう
51:08サクラちゃんどうですかちょっとエア散歩は衝撃的ですねこれそれがこちらいきましょうワンちゃんたちが歩きやすいように歩幅を合わせてあげてくださいそういい感じ!
51:35犬がいないのにリードを持って歩き回る人たちなんだこれ皆さんを先導していた方にお話を聞くことができた皆さん何をしてらっしゃるんですか?
51:48これはホビードギングといって犬を初めて飼う人がいろいろなトラブルに対処できるよう事前にイメージトレーニングしているんです
52:04ドイツはペットの楽園と呼ばれ多くの人々はワンちゃんが大好き法律に基づいたさまざまなルールがあり散歩は1日2回合計1時間以上
52:31室内でリードをつなぐ時は3メートル以上など細かなルールがあるんだそう初めて3カ月というこちらの女性は最初はこの人たち何してるんだろうって少し思いましたけどおかげでワンちゃんを迎えることができてとても感謝しています
52:38ワンちゃんに優しいのはすごく素敵なことだと思うんですけど3ヶ月はやっぱ長いですね
52:49これ僕は昔警察犬の映画やったことあってドッグポリスっていうのをやったことあって警察犬の隊員の一人の役だったそれを研修でやりましたよ
53:04はじめは警察犬いなくてバディになる犬はいなくてエアーで本当に掛け声と登るときはこうです掛け声こうですとか教えてもらってそれがあれと出てきたらその一緒に撮影するシェパードがやってきて
53:20シェパードが訓練するって撮影入る場合それは警察犬やからね警察犬だからですよねあんまこんな言い方してもあるんですよ僕も長年犬飼ってますけど練習したところで本物来たらそうはいかないからねバンバン先行ったりとかずーっと匂ってたりとか
53:21バンバン先おね inglésバンバン先行ったりとか真esz賛成親おねバンバン先行ったりとかどうしてもいい事どうしてもいいねマチか因為このビート不屋がゆったとかいみんな感動使いこのビートが正午にiamồngず
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