- 4 か月前
紺枠ー斎藤隆夫・粛軍演説・我が言(ゲン)は万人の声42分138㎆854x480元原版clideo
カテゴリ
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教育トランスクリプション
00:00昭和11年226事件勃発
00:17一部将校が政府要人を襲撃し
00:21軍部主導の政権自立を目指したこの事件によって
00:24日本の政治は混乱状態に陥ります
00:30そのあくる年日中戦争が始まり
00:32戦火の拡大は国民の重い負担となっていきました
00:36しかし政府や政党は軍部の台頭に無力でした
00:43帝国議会にも日々軍部の圧力が高まります
00:48この時言論を武器に立ち上がった政治家がいました
00:55衆議院議員斉藤
00:57強や裏取引を繰り返します
01:01議会政治は崩壊しつつありました
01:04やがて議会は国家総動員法など
01:09戦時体制を強化する法律を次々に可決
01:12国民の多くが戦争のために動員されていきます
01:16このまま国民に何の説明のないまま戦争は続行されるのか
01:24国民の声が議会に届かぬまま
01:28言論は滅びるのか
01:30斉藤は自らの生命をとして国会の壇上に立ちます
01:35その時歴史が動いた
01:39今日は太平洋戦争前夜
01:41戦時体制へと突き進む日本で
01:44言論を武器に立ち上がった反骨の政治家斉藤隆を
01:49その渾身の演説の瞬間を描きます
01:53東京長田町の県政記念館に来ています
02:07その奥は衆議院の本会議場を申した部屋に
02:10私は今いるんですけれども
02:12この県政記念館は日本の議会政治に貢献した
02:17政治家の様々な資料が展示保管されているところであります
02:23今日はこれから日本のある時代
02:27つまり満州事件515226六王京日中戦争
02:32そしてあの太平洋戦争に至るまでのあの時代ですね
02:36軍部の力が大変強くなって
02:39日本の議会政治が境外化していったあの時代
02:43その時代に言論をそして議会政治を守ろうと
02:48立ち上がった一人の人物を軸に置いてですね
02:51番組を進めていきたいというふうに思っております
02:54その人物は斉藤貴雄その人であります
02:58資料によりますと彼は身の丈5尺そこそこという
03:02150センチメートル前後という小柄な人物でございまして
03:06大変真面目な人で地味で
03:09日常生活はどちらかというとその目立たない人物だったとこう言われますけれども
03:14しかしひとたびこう議場に入って
03:16あの演談に立ちますと彼は一変するんですね
03:19政治家斉藤貴雄の新骨頂はまさに彼のその弁絶力でございました
03:24今日のその時は昭和15年西暦1940年の2月2日といたしました
03:32時あたかも日中戦争の真っ只中
03:36舞台は第75回帝国議会であります
03:40彼はそこでですね
03:41当時このドルマン化していた日中戦争の処理の仕方をどうするのか
03:46それを政府は国民の前に明らかにする必要がある
03:50説明するし責任があるという
03:51このことを絶望鋭く追求したんですね
03:55その演説が実はこのレコードにきちんと残っているのでございます
04:03レコード版です録音版です
04:06当日のつまり昭和15年2月2日の議場の録音そのままですから
04:11その議場の怒号だとか矢字だとか拍手によって
04:15この斉藤隆夫の演説は聞き取りにくいところもありますけれども
04:18しかしそれはそれで当日の帝国議会の動揺を
04:22ありのままに知ることができる非常に貴重な資料でございます
04:26一般の国民はもちろんのことですけれども
04:30政治家でさえも自由に物が言えなかった時代に
04:32言論を守れ議会政治を守れと叫んだ斉藤隆夫
04:37彼のその演説を政府は政党は軍部はそして国民は
04:42どのようにして受け止めたのでございましょうか
04:44先ほどまずですねこの斉藤隆夫が政治と関わり合うことになる
04:49その経緯から話を起こしていくことにいたします
04:52昭和3年1928年日本初の普通選挙が実施されました
05:00有権者がそれまでの4倍の1200万人に膨れ上がったこの選挙は
05:06国民の声をより広く議会に反映するものでした
05:11この普通選挙実現に尽力したのが斉藤隆夫でした
05:17斉藤は明治45年41歳で弁護士から政治家に転身
05:24苦学しながらアメリカで政治理論を学んだ斉藤は
05:28日本に本格的議会政治を根付かせようと
05:31普通選挙法立案に関わったのです
05:34斉藤が政治家を志した頃に表した論文
05:42非核国会論です
05:45立憲政治の究極の目的は
05:50国民の共同意識をもって政治の原動力となすにあり
05:58力は
06:04現代における立憲政治の理想はいずれにありやというに
06:09要はこれを国会政治なりと断言せん
06:14普通選挙実施の翌年
06:20世界恐慌の中日本も深刻な不況に陥ります
06:23作物の値段の暴落から農村が疲弊し
06:27都市部でも倒産失業が相次ぎます
06:30しかしこの時代にも政治家は収賄事件を繰り返し
06:34国会でも乱闘騒ぎを起こすなど
06:37不況に十分な対処ができず
06:39政治への国民の不満が高まりました
06:41こうした政治の空転の中軍部が台頭します
06:47昭和6年満州事変が勃発
06:50中国東北部の権益拡大を目的に戦闘が始まりました
06:54あくる昭和7年には
06:58青年将校らが時の首相犬貝強氏を暗殺する
07:02515事件が起こります
07:04そして昭和11年2月26日
07:10一部青年将校が1400人余りの兵士を率いて決起
07:14軍部指導による国家改造を目指したクーデターを起こします
07:18226事件です
07:20この時部隊は首相官邸などを襲撃
07:24高橋小暦を大倉大臣らが暗殺されました
07:27武力による政権転覆を図った226事件は
07:38国民に衝撃を与えます
07:41所属政党を民政党本部へと向かう途中
07:48事件を目の当たりにした斉藤は
07:50日記にこう記しています
07:51帝都未曾有の大事件なり
07:5911時過ぎ外出す
08:05球場前に鉄錠網を張り
08:09銃剣の兵士警備す
08:11人身恐恐たり
08:143月5日
08:20外交官出身の広田幸喜に
08:22疎閣の命が下ります
08:24広田には226事件の責任を軍部に問い
08:28軍部の政治介入を抑えることが期待されていました
08:32ところが
08:33広田が外務大臣に推薦した吉田茂は
08:37自由主義的であるという理由で
08:39陸軍はその入閣に異を唱えます
08:41広田はこれを受け入れざるを得ませんでした
08:45さらに広田内閣は
08:53疎閣を円滑に進めるために
08:55軍部の要求する軍備の拡充を約束するなど
08:59妥協を余儀なくされました
09:01このように
09:09226事件の責任を軍部に問うはずの
09:12広田内閣は
09:13軍部の圧力の前に
09:16疎閣さえ自由にできない事態となり
09:19世論は失望します
09:20政党も沈黙する中
09:23ついに斎藤は
09:24政府議会の軍部への弱腰を
09:28国会で正すことを決意します
09:31昭和11年5月7日
09:37第69帝国議会
09:391ヶ月かけて演説原稿を書き上げた
09:43斎藤は議会に臨みました
09:45この時
09:51斎藤65歳
09:53後方の議席から
09:56演乱へと向かった斎藤は
09:58静かに質問演説を始めます
10:02もし
10:06軍人が政治活動に加わることを許す
10:11ということになりまするというと
10:13清掃の末
10:15ついには武力に訴えて
10:17事故の主張を貫徹するに至るのは
10:20自然の勢いでありまして
10:22ことここに至れば
10:25立憲政治の破滅は有に及ばず
10:28国家動乱
10:29武人宣誓の端を開くものでありますからして
10:33軍人の政治運動は
10:36断じて厳禁せねばならぬのであります
10:39軍部の政治介入を真っ向から批判する
10:46斎藤の言葉に議員たちは息を呑みました
10:49続いて斎藤は
10:52議会政治を危うくしているのは
10:55軍部だけの問題ではないと急断します
10:58いやしくも立憲政治家たる者は
11:05国民を背景として
11:07正々堂々と民衆の前に立って
11:11国家のために公明盛大なるところの
11:14政治上の争いをなすべきである
11:17軍部の一角と通貌して
11:20自己の野心を遂げんとするに至っては
11:24これは政治家の地獄であり
11:27堕落であり
11:28また実に卑怯千万の振る舞いであるのである
11:33斎藤が通り投略のために
11:39軍部と取引する政治家の堕落を指摘して
11:42演説を終えると
11:43異常に拍手が沸き起こりました
11:45陸軍大臣と首相の広田は
11:51斎藤の演説に顔を伏せていたと伝えられています
11:55斎藤の演説は
12:00226事件の行方を案じていた世論に
12:02大反響を巻き起こします
12:04翌日新聞各紙が一面に取り上げました
12:08事件根絶に一刀を両断
12:13軍当局の決断を望む
12:17斎藤隆雄氏の熱弁
12:19国民の総意を代表し
12:22今事件の心臓を突く
12:26言論自由ここに返り咲く
12:34斎藤は
12:35軍部の暴走と政府の弱腰を批判した
12:38勇気ある政治家として
12:40一躍国民の注目を集めることになります
12:44斎藤隆雄
12:46渾身の演説の
12:484年前のことでした
12:50ゲストのご紹介です
12:54評論家ノンフィネ作家の
12:56穂坂雅也さんでいらっしゃいます
12:57どうぞよろしくお願いいたします
12:58よろしくお願いいたします
12:58佐田さんは
12:59昭和史がご専門ということですが
13:02昭和のあの年代ですね
13:04一桁から十年代
13:06あの時にあれだけのことを
13:09斎藤隆雄は言った
13:10大変な勇気だったと思いますけれども
13:11彼を借りていたものは
13:13何だったのか
13:14ご覧でしょうかね
13:14ちょうど昭和十年代はですね
13:16226事件に象徴されるように
13:18軍部が政治の前面に出てくる時代になります
13:21この時にですね
13:22政党政治家はどのようなことを
13:24なすべきかっていうのは
13:26歴史的に重要な問われ方をしたんですけどもね
13:29大体はあの
13:31軍部の圧力に押される
13:34あるいはそれにこう
13:36屈服するという形をとります
13:38彼にとってみれば
13:40もし法体系がなしに
13:42軍事力が一人歩きしたら
13:44これは暴力であると
13:45これをコントロールするのがですね
13:48議会政治ではないか
13:49重要なことは
13:51斉藤貴雄が軍部批判だけの演説をしたという風に
13:55とかく受け取られがちなんですが
13:56実はそうじゃなくてですね
13:58私たちが議会に出てきているゆえんは何なのか
14:02国民の負託を受けているだろうと
14:05でこの負託を受けている
14:06その役割を果たすべきじゃないか
14:08その果たすべき役割を
14:10自分たちは今
14:11失っているんじゃないか
14:12でこのことはですね
14:14政治というものに対して政治家が
14:17真剣に取り組むとはどういうことかってことを
14:20彼は言いたかったんでしょうね
14:21軍部の政治介入
14:25議会政治の堕落
14:27これを絶歩鋭く追及した
14:30批判をした斉藤貴雄でございますけれども
14:33当時ですから当然そういう彼には
14:36軍部の強いマークがあったわけですね
14:40軍のそういったマークというのは
14:42斉藤個人にとどまらずですね
14:44政治家全体に及ぶわけです
14:47それによってまた議会政治が危機的な状況になってくる
14:50斉藤貴雄の苦悩は深まるばかりでございます
14:53演説の後
14:57斉藤の身辺には不穏な影が忍びおります
15:00当時高校生だった斉藤貴雄の三男
15:04斉藤義満さんは
15:06父に迫る圧力を肌で感じ取っていました
15:10ずっとたびたびですね
15:16警察の方とですね
15:18それから軍の方もね
15:20時々見えていました
15:21常にこの
15:22護衛というか
15:25何か起こりやしないかということで
15:28来てた便もあります
15:29ただしそればっかりじゃないんですよ
15:32ないというのはですね
15:33まさにこの
15:35そのものですね
15:36これは主婦演説があった
15:38ずっとです
15:39あとは何か
15:40こう起こしやしないかということでしょうかね
15:43同行調べにね
15:45同行調べてたということなんですね
15:47演説を境に
15:51斉藤は
15:53護衛の名目での
15:54警察軍部の監視にさらされます
15:56そして
15:57家には
15:59暗殺を匂わせる
16:01脅迫状も
16:01送られてきました
16:03昭和12年の7月
16:09日本は
16:10新たな紛争へと
16:12踏み出します
16:12日中戦争です
16:14この年
16:16計上された
16:17臨時軍事費は
16:1725億円
16:19それは
16:19当時の国家予算の
16:21ほぼ1年分に当たる額でした
16:23やがて政府は
16:31戦争遂行のために
16:33国力の結集が必要だとし
16:35国家総動員法を立案します
16:38この法律は
16:40戦時下において
16:41国民の徴用や
16:42物資を統制する権限を
16:45議会の承認なしに
16:47政府に与えるというものでした
16:48国家総動員法は
16:51議会政治の根幹を揺るがす
16:53法律でした
16:54昭和13年2月24日
17:02第73帝国議会
17:05斉藤は
17:07国家総動員法について
17:09質問演説に立ちました
17:11政府の独断選考によって
17:17決死体からして
17:18白紙の委任状に
17:20反応してもらいたい
17:22これより他に
17:24この法案全文を通じて
17:26何らの意味はないのである
17:28斉藤は
17:30戦争遂行のために
17:32議会の真理や決意なしに
17:34国民を統制しようとする
17:35国家総動員法の危険性を指摘しました
17:38斉藤は
17:43斉藤は演説の後
17:44友人にこう語ったといいます
17:46この案は
17:49あまりに政党をなめている
17:51僕は
17:53自由主義最後の防衛のために
17:55一戦するつもりだ
17:57斉藤の質問に
18:01政府は戦時下であり
18:03やむを得ないとする答弁に終始します
18:06さらに
18:08二大政党の声優会と民政党が
18:10国家総動員法の運用を討議する委員会に
18:14議員を参加させることを条件に
18:16法案賛成にもあります
18:18斉藤の法案反対の声は
18:22かき消されていきました
18:23結局
18:25国家総動員法は
18:27賛成多数で可決されました
18:29この後
18:35斉藤は過労から倒れ
18:37一時政治活動を中断せざるを得なくなりました
18:41斉藤が病床に伏している間にも
18:54日中間の緊張状態は
18:57さらに高まっていきました
19:11あくる昭和14年にかけて
19:14政府は日中戦争拡大による
19:17財政悪化に対処すべく
19:19国家総動員法をはじめとする
19:22法律直令によって
19:23国民生活の統制に乗り出します
19:26まず
19:27電力、米など
19:30物資の供給制限や
19:32賃金の凍結が始まりました
19:34加えて
19:36奉仕活動や軍事産業への
19:38動員が始まります
19:39さらに言論統制も
19:46厳しく実施されていきました
19:47論文で政府を批判した
19:51大学教授の考説や
19:52反戦を掲げた知識人の検挙
19:56さらに
19:57新聞記事の差し止めや
19:59雑誌の発見などによって
20:01国民の言論は
20:03軍国主義に染められていきました
20:06言論の区である国会でも
20:14軍当局の監視が始まります
20:16戦争や軍部に批判的な演説を
20:20行った議員や
20:21それに対して拍手を送った議員を
20:24軍部の内政犯が
20:26密かにリストアップするようになったのです
20:33この頃
20:33日中戦争の犠牲者は
20:356万人を超えていました
20:38健康を回復しつつあった斉藤の下に
20:41国民からの問い合わせが
20:42日増しに増えていました
20:45それは
20:46斉藤は日中戦争が泥沼化している今
20:50なぜ沈黙するのかというものでした
20:54国民の声を議会に届けなければならない
20:58年明けの通常国会を
21:00状況高いの最後の機会と捉えた斉藤は
21:03自宅の書斎に籠り
21:05筆を取ります
21:09昭和14年11月18日
21:12斉藤隆雄の日記
21:15議会質問言説
21:18現行起訴に着手す
21:29そんな斉藤を陰で支えたのは
21:32妻乙女でした
21:34斉藤が演説の練習になると
21:37喉をからすことから
21:38バターと砂糖を焼いて作った
21:41キャラメルを作り手渡しました
21:42斉藤は
21:45妻手作りのキャラメルを持参し
21:47鎌倉の海で
21:49演説の練習に打ち込みました
21:51海に向かって演説の文言を何度も繰り返し
21:56一時一句を練り上げる斉藤
21:59国民の真実の声を議会に届けなければならない
22:03ただこの1年が斉藤を突き動かしていました
22:08昭和15年2月2日
22:14第75帝国議会2日目
22:18前日の首相の姿勢方針演説では
22:24日中戦争処理について
22:27新たな打開策は示されませんでした
22:29斉藤孝を渾身の演説まで
22:33あと2時間
22:35坂さんこの頃ですね
22:39この日本の政治が
22:41議会政治が
22:43機能しなくなった
22:45それはなぜかと
22:46ここ解説をしていただきたい
22:48一つに背景としては
22:50日中戦争があって
22:52この戦争は
22:55はっきり言えば
22:56あまり目的も曖昧な戦争であった
23:00ということでこれがだんだんと泥沼に入っていく感じになりましてですね
23:05法律的にもですね
23:06軍が軍事作戦を進める上で
23:10あらゆることが可能なような立法措置が必要であったということですね
23:15それが国家総動員法という法案の提案になるんですけども
23:21彼が本当に思っていたのは
23:23どうしてこんな風になってしまったのかと
23:26少なくとも
23:27日本の議会政治は明治23年から続いていて
23:30いろいろ曲折はあったにせよ
23:32議会政治という形は守られてきた
23:35しかしこの国家総動員法というのは
23:38その議会政治を
23:39根本から機能を失ってしまう
23:42どうしてみんなこれに気づかないのか
23:45自分はこの事態は何としても許せないという怒りですね
23:50だからその議会がこれからはあって泣きが如しのもの
23:54かげろのような存在になるという怒りですね
23:58これは彼に深かったんだなというのを
24:01改めて私たちは感じなきゃいけないと思いますね
24:04日中戦争が泥沼化するにつれてですね
24:09国民はより犠牲を強いられるようになる
24:12国民が何か物を言おうと思ってもですね
24:14言論統制によって声を上げることができない
24:17議会もさっぱり機能しない
24:20そういう状況の中で
24:22斉藤貴雄が立ち上がるわけですね
24:24そしてこの録音版の登場になるわけであります
24:29この番組の冒頭部分の
24:31建成記念館でお話を申し上げた
24:33録音版ですが
24:35その録音にはこの時の斉藤の演説が
24:38そっくり残っておりました
24:39皆さんいよいよ今日のその時でございます
24:42昭和15年1940年2月2日午後3時
24:51民政党代表として斉藤貴雄の名が呼ばれます
24:56国家総動員法への反対言説から2年ぶりに
25:02小柄な斉藤が議会の演壇へと向かいます
25:08時に斉藤69歳
25:10傍聖席は久しぶりの斉藤の演説とあって長万員
25:17斉藤が演壇に立つと
25:20城内は静まり返りました
25:22海戦以来2年半
25:26泥沼化する日中戦争の現状を前に
25:30新たな打開策を示さないでいる政府
25:32いよいよ斉藤の演説が始まりました
25:38一体被災犯はどうなるものであるか
25:44いつまでこれは続くものであるか
25:47政府は被災犯を処理すると説明いたのか
25:52いかにこれを処理せんとするとであるか
25:55国民は機関としていくことができる
26:00この議会を通じて
26:03聞くことができるであろうと
26:05お伝えしたいのにもないだろうと
26:07全国民が政府の日中戦争に対する明確な説明を期待している
26:16それまで静寂を保っていた城内に拍手が沸き起こりました
26:21さらに斉藤は日中戦争の処理について質問を続けます
26:28まず第一に我々は
26:34日中戦争の処理を願望に与えました
26:38それにも忘れてはならぬものがあるので
26:41過去2年夕飯の値段にわたって
26:47我々は国民が生えてあるところの
26:50絶大なる犠牲にあらされます
26:53すばらしい東北は
26:57今後もかえて
26:58彼氏に転戦するところの
27:00100万200万の消費者数を始めとして
27:04うちにあっては
27:07これを応援するところの国民が生えたら
27:10生命、自由、大戦
27:14その他一切の疑心には
27:16いかなる人の法律を守ってするの
27:20その万分の一をも尽くすことはいけないのです
27:24戦争によって
27:28国民がいかに大きな犠牲を強いられているかという点に
27:32言及した斉藤の演説に
27:33再び大きな拍手が沸き起こりました
27:36この後
27:40日中戦争について
27:42政府が断るごとに
27:44これは世界の平和を確立するための戦いと
27:47説明してきたことに触れ
27:49斉藤は
27:50世界の過去の正義を掲げた戦争で
27:54実際に平和が得られた試しは一度もないと
27:58持論を展開しました
28:00その時
28:06昭和15年2月2日
28:09演説開始から1時間
28:11時計の針は間もなく午後4時を指そうとしていました
28:15斉藤の質問は
28:17軍部追随の政府
28:20議会の責任を問うべく
28:22ついに問題の確信に迫ります
28:24この現実を終わるして
28:30大きな国に
28:32先生のような
28:33事前に
28:34ここにもだけ
28:36議事を
28:36議事を
28:38議事を
28:40議事を
28:42議事を
28:43議事を
28:44議事を
28:47議事を
28:48議事を
28:51議事を
28:52議事を
28:52議事を
28:54ヤジと怒号で書き消された発言は次のようなものでした
29:21国家100年の体系を誤るようなことがありましたならば
29:27これは現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことはできない
29:33斉藤は政府のみならず議会そして政治家の堕落を厳しく断罪したのです
29:41それは政治家はいかなる時も国民を裏切ってはならないと訴えた
29:47斉藤渾身の叫びでした
29:50やがて斉藤は演説を次のように締めくくります
30:16自治以来我が国民は実に従順であります
30:22原文の圧迫に応せ国民的意思国民的感情をも兵器することができない
30:30政府の構成に復旧するのは何よりだけである
30:34政府が適当に事犯を解決してくれるであろう
30:39これを期待しておるがダメだ
30:41しかしもし一応この期待が裏切られることがあったようなことで
30:48国民は実に失望のどん底に経済されるのではない
30:52総理大臣はただ私の質問に言葉が分かれてはない
30:59この議会を通して全国民の議会をお願いいたします
31:04私の質問はこれまでで終わりといたします
31:11演説時間1時間30分
31:18斎藤の演説は終わりました
31:21ところが斎藤の発言に議会が騒然となった時
31:28異変が起きていました
31:30議長が何かをメモに書き留め書記官に渡したのです
31:36これがその直筆のメモです
31:41そこには
31:42聖戦の美名云々と記されていました
31:47演説後議長は自らの権限で
31:56議事録から斎藤の演説全体の3分の2
31:59文字にしておよそ1万字を削除しました
32:03さらに軍部や対立政党の声優会などは
32:19斎藤が聖戦を冒涜したとして
32:22懲罰委員会にかけることを要求します
32:25明けて2月3日
32:30事態を重く見た民政党は
32:32斎藤を離党させます
32:34しかしそれでも騒ぎは収まらず
32:38除名処分にせよとの声が上がり
32:41斎藤の進退は議会決議にかけられることになりました
32:45演説からおよそ1ヶ月後の3月7日
32:54帝国議会において
32:57斎藤の処分が決定します
32:58除名賛成296
33:03危険144
33:06そして全447議席中
33:11反対はわずかに7票
33:14圧倒的多数で斎藤は議員除名となりました
33:19除名は議員の処分としては最も重いものでした
33:23当日の斎藤の日記です
33:27いよいよ最後の日来たれ
33:31終日在宅
33:34衆議院本会議において
33:37世の除名決定図
33:40斎藤除名の後
33:46日本はさらに戦時色を強めていきます
33:48政党は相次いで解散し
33:55昭和15年10月には
33:57戦時下の政治の一元化を目的とした
34:00大政抑産会の参加に入ります
34:03ここに議会政治は崩壊しました
34:07あくる昭和16年12月には
34:12太平洋戦争へと突入
34:14日本はアメリカをはじめとする
34:18連合国との戦いへと
34:20戦火を拡大していったのです
34:24佐川さん
34:28今日のその時をどうお捉えになりますか
34:30この演説を聞いておりましてね
34:33議会政治はこの演説をもって
34:36自戒していくんですね
34:38どんどん機能しなくなる
34:41大政抑産会という
34:44一つの国家の意思を一つにするという
34:48運動の中に修練していって
34:51政党は解体するんですけども
34:53その最後の叫びですね
34:56私はあえて悲鳴と言っていいと思うんですが
34:59斉藤のこの1時間半の演説は
35:02議会政治を守護しようとした政治家の
35:05最後の悲鳴じゃないかと思いますね
35:07で斉藤がこの悲鳴を上げているということに
35:11矢字も飛びあるいは共鳴の拍手も多かったんですが
35:15その2つの矢字と共鳴の拍手ですね
35:20ここに当時の議員たちが
35:22自分たちも斉藤と同じような気持ちはあるんだけども
35:27それはなかなか口にできないという
35:29斉藤に固くする心理が反映しているんじゃないでしょうか
35:33その意味で言うと斉藤のこの演説は悲鳴であると同時にですね
35:37勇気のある議会政治家として
35:41本当に勇気のある演説だったということが言えると思いますね
35:44さあ今日のその時は歴史をどう動かしたのでしょうか
35:48この演説があるからこそ私たちは
35:51議会政治というものに対する信頼感が持てるわけですね
35:54斉藤貴雄はあの時に議場でですね
35:59単に議員書士に言ったのか
36:02あるいは国民その時代に生きている国民だけに言ったのか
36:05僕はそうじゃないんじゃないかと思いますね
36:08実はこの時代は確かに自分たちの責任でですね
36:12こういう議会政治の形になってしまったけども
36:16次の世代あるいは今の制度がですね
36:19永久に続くわけじゃない
36:20議会政治が潰れていく様子が永久に続くわけじゃない
36:23いつかまた議会政治の時代が来る
36:26その時のためにですねメッセージを託したんだと思いますね
36:30国民の声がやはりなかなかこう政治の場に伝わってこない
36:35斉藤はそれをきちっと肌で受け止めてたと思うんですけどね
36:39その自分の演説を通して
36:41それで次の世代にこの演説を託したいという中にですね
36:45その当時の国民の声というのも当然入っていると思うんですね
36:50それを伝えることが自分の歴史的使命であると
36:53そう思えばそこの斉藤孝雄の演説から汲み取ることは
36:58あまりにも多いんじゃないかという感じがいたしますね
37:00どうもありがとうございました
37:02どうもありがとうございました
37:03この演説の後ですね
37:10国民の反響は一体どういうものであったのか
37:13そしてこの演説が元で
37:16彼は今もご覧いただいたように議員を除名されるわけですけれども
37:20その時の彼の心境はどうだったのか
37:23なんとですね
37:24その後の斉藤孝雄にまつわるエピソードをご紹介しながら
37:28今日はお分かりにしたいと思います
37:30今夜もご覧いただきありがとうございました
37:31昭和17年4月
37:37太平洋戦争下選挙が実施されました
37:40政党はすでに解体し
37:43大政翼三会が全議席分の推薦候補者を擁立しました
37:48そうした中
37:54斉藤は非水戦で
37:57故郷の兵庫県伊豆市町から再び立候補
38:00復活戦に挑みます
38:01この時斉藤を支援したのは故郷の人々でした
38:06当時大人たちに混じって
38:08斉藤の演説会に参加した方々です
38:11特攻警察が3人ほど来ておりまして
38:17それが要するに政府の方針に反するような
38:22そういう発言がありますと
38:23メシチョイという格好で演説をさせなかったわけなんです
38:27でもその都をみんなが真としておったわけじゃないんです
38:32演説をやれ演説どこだどこだという格好で
38:36従って先生はそういう大衆の応援に元気づけられまして
38:43そして引き続き演説を続けられました
38:45選挙の結果
38:48斉藤は6人の候補者中トップで議員に帰り咲きました
38:53議員除名から2年半
38:56太平洋戦争の最中
38:58国民は再び斉藤を議会へと送り出したのです
39:06その3年後の昭和20年
39:10日本は終戦を迎えました
39:13翌年の昭和21年に誕生した第一次吉田茂内閣に
39:22斉藤は国務大臣として入閣
39:24この時75歳
39:2730年以上の議員人生で初めての大臣就任でした
39:32その3年後
39:39斉藤は心臓病棟6膜炎を併発して亡くなります
39:43去年79
39:45斉藤はその人生の最後の時まで
39:50現役の政治家であり続けました
39:57政府に日中戦争処理を正した演説の後
40:00斉藤の下に全国から700通を超える励ましの手紙が送られました
40:06大日本国民の代表と書いてあるのですけれども
40:14我が国民の言わんとすることを言い
40:20知らんとするところを正す
40:23立憲政治家
40:25言論の自由を弾圧する
40:29政府は国民の敵なり
40:31大多数の国民は
40:34諸手を挙げて
40:37斉藤氏を証す
40:38斉藤は議員除名の後
40:45一変の監視を記しています
40:47我が言はすなわちこれ
40:52万人の声
40:54方変紀夫は
40:57斉藤に任す
40:59こう百年の生死の上に見ること
41:02聖者極直
41:05自ら文明
41:08監視の上に見ること
41:38そのように感じられたのならそれはごめんなさいね
41:51Xの投稿を通してみんなと共に勉強して一緒に向上できたら良いなとの思いで書きました
41:59ご理解願えれば嬉しいです
42:01小山ひな子
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