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  • 4 か月前
ヘンリ・ナウエン語録ー孤独・葛藤・挫折を癒すー傷付いた癒し人ー25㎆320x180(2025_0903水_1827)元原版

カテゴリ

📚
教育
トランスクリプション
00:00宗教の時間です。
00:12毎月一回お届けするシリーズ、
00:15傷ついた癒し人となる、ヘンリー・ナウエンの歩みと言葉。
00:21ヘンリー・ナウエンは、オランダ出身のカトリック司祭。
00:251996年に亡くなるまで、自身が抱える弱さや不完全さを率直に語り、
00:34葛藤を抱える人たちの魂の導きとなる、さまざまな著作を残しました。
00:42第4回の今日は、孤独の中で葛藤と挫折と。
00:48アメリカの名だたる大学で教鞭を取りながら、ナウエンが抱えた葛藤と挫折。
00:55そして、自らの使命を求めてさまよった心の奇跡について、
01:01ジョージ大学準教授でカトリック司祭の坂井陽介さんにお話しいただきます。
01:07今日は、第4回、孤独の中で、葛藤と挫折とというテーマで、皆さんと分かち合っていきたいと思います。
01:21ナウエンが、アメリカの名だたる大学で、この教鞭を取っていく、
01:26心理学者として、そのような場所で教えるという、その機会は、またとないチャンスなわけですね。
01:35しかし、考えてみると、そのアメリカのアイビーリーグと言われる大学の中で、
01:43ナウエンは、ある意味、危機を迎えます。
01:45ナウエンは、イエール大学で教え始めますが、そこは、全米屈指の大学でありまして、
01:53整った環境、そして選ばれた学生たちが集まってくる、学会特有のですね、
01:58雰囲気、アカデミアの雰囲気が、こうあるわけですね。
02:02人と人との関わりを、何よりも大切にするナウエンが、
02:05このしのぎを削る、教授陣たちとの、いろんなプレッシャーであるとか、
02:11圧力であるとか、そういったものに疲れを感じたり、迷いを感じていきます。
02:16自分はここで何をしているんだろうか、何でここにいるんだろうか、
02:21それは、別の言葉で言うと、
02:24証明の危機とか、証明の迷いというような言い方をすることができるかと思うんですね。
02:31皆さんの中で、この証明という言葉を聞いて、
02:35どんなことを思い浮かべられるでしょうか。
02:38キリスト教の教会の中で、よく使われる言葉でして、
02:42漢字で書きますと、
02:43召される命と書いて、証明と呼びます。
02:47これは、もっと簡単に言うならば、
02:50使命というふうに、言い換えてもいいかもしれません。
02:55この証明と言いますのは、
02:57教会の中では、特にですね、
02:58聖職への献身というふうに、
03:01捉える方が多いんですが、
03:03私は証明というのは、
03:04神からの招きに、
03:07人間が応えていく、
03:09ユニークな招きに、
03:10ユニークに応えるダイナミズムだと思っています。
03:14ですから、
03:15実は、宗教を持っているとか、
03:17神を信じているか、
03:19信じていないか、
03:19ということに限らずですね、
03:21人はみんな、
03:22この証明というものを、
03:23もらっているんじゃないかな、
03:25証明というものを、
03:27生きているんじゃないかな、
03:28と思うんです。
03:30自分は何を、
03:31一番にしたいんだろうか。
03:34神は、
03:34私を、
03:36どこに、
03:36導こうとされているのか。
03:38ナウエンも、
03:41こんな問いかけを、
03:42自分の中で、
03:43ずっと、
03:44投げかけていたと思います。
03:48ナウエンと同じく、
03:49私も大学で働いています。
03:51ですから、
03:52彼の気持ちが、
03:53わからないわけではないんですよね。
03:55ある意味、
03:56しっかりとした、
03:57組織が、
03:58あればあるほど、
03:59組織が、
04:00大きければ、
04:01大きいほど、
04:03そこに属するというのは、
04:04ある意味の、
04:06この、
04:06所在のなさ、
04:07みたいなものを、
04:08感じるんです。
04:10自分の立ち位置は、
04:11どこか、
04:11ということを、
04:12確かめることは、
04:13とても重要なことな、
04:14気がするんですね。
04:17今の自分は、
04:18どこに向かっているのか。
04:20私は、
04:21本当に幸せなんだろうか。
04:24神の思いから、
04:25離れていないんだろうか。
04:27その問いかけ、
04:28ナウエンも、
04:29自分に、
04:30やっぱり、
04:31問いかけていたと思います。
04:32ナウエンは、
04:35そこから、
04:36人ともっと、
04:37直に出会える場所、
04:39そして、
04:39人の息遣いや、
04:41体温を感じられる場を、
04:43求めました。
04:45それが、
04:46ナウエンにとって、
04:47中南米という場所だったんです。
04:51知り合いの、
04:52神父たちを頼りに、
04:54ナウエンは、
04:55中南米、
04:56ラテンアメリカへと向かいます。
04:57そこは、
05:00北米の、
05:01生活環境とは、
05:03全く別の世界が、
05:05広がっていました。
05:08政治的にも、
05:09経済的にも、
05:10社会的にも、
05:12また、
05:12宗教的にも、
05:14北の世界と、
05:16全く、
05:17違う光景と、
05:18そして、
05:19そこには、
05:20北では、
05:21感じることができない、
05:23人間性、
05:24宗教性というものが、
05:25あったんです。
05:25当時、
05:29ラテンアメリカでは、
05:30厳しい、
05:31軍政が、
05:32惹かれ、
05:33そこに、
05:34圧勢の中に、
05:35苦しんでいた、
05:36人々がいました。
05:38その人たちに、
05:39寄り添う形で、
05:40カトリック教会や、
05:41教会が、
05:42解放の信学といって、
05:44本当に、
05:45神の愛によって、
05:47解放されるべきは、
05:49このように、
05:50苦しんだり、
05:51迫害されている、
05:52人たちなんだ。
05:52まさに、
05:54キリストの福音というのは、
05:56彼らを、
05:57真の自由へと、
05:59向かわせるものなんだ。
06:01そんなことを、
06:02この、
06:02訴える信学が、
06:04当時、
06:05とても、
06:06多くの人々に、
06:06受け入られていたんです。
06:08それは、
06:10ヨーロッパや、
06:11北米の中で、
06:12環境が整った中で、
06:14考えて、
06:15施策を深めて、
06:16教えていく信学とは、
06:18相当、
06:19異なっていたんです。
06:20今まで、
06:22見たこともない、
06:23聞いたこともないような、
06:25世界観、
06:26宗教観に、
06:27ある意味、
06:28ナウエンは、
06:29打ちのめされていきます。
06:31その解放の信学の中心となっているのは、
06:34コミュニティとか、
06:36連帯という、
06:37少し、
06:38社会主義を連想させるような、
06:40言葉になりますが、
06:42しかし、
06:42実際に人々は、
06:44本当に、
06:44力を合わせて、
06:46厳しい生活の中に、
06:48生きていたんです。
06:48ナウエンは、
06:51まさに、
06:51その、
06:52ただ中に入っていきました。
06:54そして、
06:55彼らの生活、
06:56彼らの信仰心に、
06:57触れていくんです。
06:59特に、
07:01信仰ゆえに、
07:02彼らが持つ、
07:03人間に豊かな、
07:05たくましさと、
07:06明るさ、
07:08そんなものに、
07:08触れていきます。
07:10ナウエンの言葉を、
07:11読んでみたいと思います。
07:12私はそこに、
07:17与えるつもりで行ったが、
07:19結局のところ、
07:21自分が受け手であることが、
07:22分かった。
07:24共に暮らした、
07:26貧しい人々は、
07:28裕福な世界にいた、
07:29自分には見えなかった、
07:31キリスト教霊性の、
07:32真髄を見せてくれた。
07:33わずかに、
07:36あるいは全く、
07:37何も持っていなくとも、
07:39彼らは私に、
07:41感謝の心を教えてくれた。
07:44失業や、
07:45栄養失調、
07:46様々な病気で苦しみながらも、
07:49彼らは喜びを教えてくれた。
07:53迫害され、
07:54搾取されても、
07:56彼らは、
07:57共同体とは何かを、
07:59教えてくれた。
08:00ムナウエンにとって、
08:04この中南米の経験というのは、
08:07ヨーロッパや、
08:09北米では、
08:10経験し得ない、
08:11信仰の奥行き、
08:14深み、
08:15それも、
08:16人間的な温かさ、
08:18表情を持っている信仰、
08:20ということを、
08:20教えてくれたんだと思います。
08:23そういうものを、
08:24見てしまった以上、
08:26ナウエンは、
08:27自分が何をしたいのか、
08:29どこに招かれているのか、
08:31ということを、
08:32本当に、
08:33真剣に考え始めたし、
08:35もっとリアルな、
08:37問いかけとして、
08:38迫ってきたんだと思います。
08:42君は、
08:43どこに、
08:44向かっているんだ、
08:46何をすべきなのか、
08:48ナウエンの中で、
08:49そういった、
08:49問いかけがなされたと思います。
08:51自分の生きる場所、
08:55自分の働く場所を求めて、
08:58ラテンアメリカに来たものの、
09:00そんなに簡単に、
09:01一人の欧米人が、
09:04そこで、
09:04宣教をしていく、
09:05ということは、
09:06簡単じゃないですよね。
09:07言葉の問題もあるし、
09:10生まれてきた、
09:11育ってきた、
09:11環境も違います。
09:12だから、
09:15ナウエンは、
09:15そこに残ることは、
09:17自分の、
09:18証明ではない、
09:19というふうに、
09:21感じ始めるんですよね。
09:23その代わりに、
09:25自分は、
09:26この南米で体験した、
09:28見聞きした、
09:29宗教性、
09:31神学、
09:32人々の暮らしというものを、
09:35北米にいる、
09:36人々に伝えたい、
09:38伝えるのが、
09:39自分の生き方だと、
09:41こう感じて、
09:42北米に戻ります。
09:46ナウエンは、
09:48ハーバード大学で、
09:49その後、
09:50教えました。
09:52熱い心を持って、
09:54自分の信仰の真髄に触れたような、
09:56そんな気持ちになって、
09:58将来の、
09:59牧師を養成する、
10:00その学校によって、
10:03知的にもですね、
10:04環境的にも、
10:05とても優れている場所です。
10:07働く場としては、
10:08きっと、
10:08もし分のないような、
10:10理想的な環境なんですね。
10:11そこで、
10:13ナウエンは、
10:14自分が見聞きし、
10:16体験し、
10:17分かち合ってもらった、
10:18信じる心、
10:20それを伝えようとするんです。
10:22しかし、
10:23なかなか、
10:24その、
10:25エリートの学生たちに、
10:27また、
10:28いわゆる、
10:28アイビリーグと言われる、
10:29大学の中で、
10:31彼の分かち合いというものが、
10:32通じないんですね。
10:35もしかしたら、
10:36伝えきれなかったのかもしれません。
10:39ですから、
10:41ハーバード大学で、
10:43この、
10:43彼と、
10:44学生たち、
10:46彼と、
10:46大学の間で、
10:47そこが生じてくるんです。
10:51学生たちは、
10:53かの有名な、
10:53ナウエン先生から、
10:55もっと、
10:56最新の神学とか、
10:58最新の宗教真理とか、
11:01本当に、
11:01この冷静の、
11:02フロントラインみたいなことに、
11:04いる人だと思っていたので、
11:06彼に、
11:06そういうことを期待していたんです。
11:09しかし、
11:10ナウエンが、
11:11彼らに伝えたのは、
11:12南米の人々の、
11:15素朴な暮らしの中にある、
11:17たくましい信仰。
11:19それは、
11:20学生や大学が期待するものと、
11:23ずいぶん違っていたんですね。
11:26ここでまた、
11:27ナウエンは、
11:29苦しむわけです。
11:29壁にぶつかるわけです。
11:32せっかくそれを伝えに帰ってきたのに、
11:35伝わらない。
11:37すごくまた苦しかったと思うし、
11:39彼の中で、
11:40孤独感が、
11:41一層深まった時期だったと、
11:43言えるかと思います。
11:45ここで、
11:47彼が、
11:48貧した危機というものを、
11:51証明という、
11:52先ほど少し、
11:53お話ししたことの中で、
11:55考えてみたいなと思うんですね。
11:58証明というのは、
11:59信仰の問題でありまして、
12:01それは、
12:02危機であるとか、
12:03不穏を経験する中で、
12:06揺らぎとか、
12:07疑いが生じて、
12:09そして、
12:09自分がやってきたことは、
12:11何だったんだろうかと、
12:12途方に暮れてしまうような、
12:14経験をする中で、
12:16徐々に、
12:17明らかになっていくものである、
12:19という側面があります。
12:20そうやって、
12:22一歩一歩、
12:23前に進んでいく。
12:26その証明というものを、
12:28見ていく時に、
12:29まさに、
12:30ナウエンが、
12:31ここか、
12:31あそこか、
12:32とか、
12:33この道か、
12:34あの道か、
12:35と悩んだとありますが、
12:37それを、
12:38キリスト教の言葉を使うならば、
12:41識別という言葉で、
12:43言い表すことができると思うんです。
12:44あまり、
12:46皆さんには、
12:47馴染みのない言葉かもしれません。
12:49漢字で言えば、
12:51知識の識、
12:52知るということですね。
12:54そして、
12:54別は、
12:55別れるという意味で、
12:56識別と言います。
12:58まあ、
12:59ごくごく簡単に言えば、
13:01それは、
13:02神の望みを知り、
13:03選ぶことということです。
13:05ユダヤ・キリスト教の伝統の中では、
13:10神の方が呼びかける、
13:12人間に、
13:13そして、
13:13その人間は、
13:15答える、
13:16とか、
13:16抗う、
13:17とか、
13:17何らかの応答、
13:19反応というものがあります。
13:23そうしたものを巧みに、
13:25見極めながら、
13:26神がどこに人を導いているのか、
13:28私は一番何がしたいのか、
13:30ということを、
13:31判明する仕方を、
13:33体系的にしたのが、
13:36イエズ会の創立者である、
13:37イグナチオ・デ・ロヨラという人なんです。
13:40彼の、
13:41面白い、
13:42この、
13:43ある意味、
13:43天才的とも言える、
13:44発見は、
13:46そうしたものは、
13:48別に何か、
13:49聖書に書いてあるとか、
13:51何か、
13:51神学を極めて分かるというのではなくて、
13:54いやいや、
13:55自分の心を、
13:57しっかりと見つめてごらん、
13:59というんですよね。
14:01ですから、
14:02その識別の指標として、
14:05心の動きがあるんだよと。
14:08そして、
14:09彼は、
14:10心の動きを、
14:11二つに対別します。
14:14一つは、
14:15慰めと言って、
14:18神と近い、
14:19この関わりの中で生まれてくる、
14:21特別な感覚、
14:22平和の思いであるとか、
14:24自分の中にある、
14:25勇気であるとか、
14:26そういったものを感じる思い。
14:28かたや、
14:30別の曲には、
14:31すさみと言って、
14:33落ち着きのない、
14:34暗い気持ち、
14:35ガサガサとするもの、
14:37自分が、
14:38バラバラになってしまうような感覚、
14:41これを、
14:41すさみと言うんですね。
14:42ナーウェンが、
14:45ハーバード大学で、
14:47経験したのは、
14:48まさに、
14:49このすさみだったんです。
14:52彼の挫折から生まれた思いは、
14:55何か違うな、
14:57何かここじゃない、
14:59自分はここだと思ったのに、
15:02思うようにいかない、
15:04なぜなんだろうか。
15:07しかし、
15:08それは決して、
15:09ネガティブなことだけじゃないんですよね。
15:13何か、
15:14新たな、
15:15始まりの、
15:16言い口になっていく。
15:19ちょうどナーウェンが、
15:20書いている文章を、
15:21一つ読んでみたいと思います。
15:25ハーバード大学に対する私の気持ちは、
15:28怒りよりむしろ感謝の方が大きい。
15:32虚構な面があるのにもかかわらず、
15:35ハーバード大学は、
15:37最も思いやり深い、
15:39数名の友人を私に与えてくれた。
15:42また、
15:43イエスを純粋に愛したいという願いを強めてくれたし、
15:47知的範囲を負った人々と共に生きるという、
15:50私の使命に気づかせてもくれた。
15:53ハーバード大学がなければ、
15:56おそらく私にとって、
15:58ラルシュはなかっただろう。
16:02ナーウェンにとって、
16:04新たな招きが始まっていくんです。
16:07ナーウェンは、
16:09ラルシュに行き着きます。
16:12彼が行き着いたラルシュは、
16:14カナダのトロントの郊外にあり、
16:16ラルシュ・デイブレイクコミュニティと呼ばれていました。
16:19そこは、
16:20障害のある人々のコミュニティで、
16:23彼らをサポートする仲間たち、
16:25アシスタントと一緒に生活する共同体です。
16:29ナーウェンは、
16:30そこにチャプレンとして招かれました。
16:32しかし、
16:32チャプレン、
16:33すなわち、
16:34ミサを立てたり、
16:35キリスト教的な儀式を、
16:37詩式したりということ、
16:39それだけにとどまらず、
16:41障害のある仲間たちの、
16:43日常のお世話もしていました。
16:46その新たな招きというのは、
16:49まさに彼の中での、
16:51深い慰めの体験でした。
16:54それはどこから生まれてくるのか。
16:56それは、
16:57あの中南米で体験した感覚、
17:02中南米で出会った人々の顔。
17:04そこの中で、
17:07彼が得た、
17:09意思の確信みたいなものなんです。
17:12彼はこんなことを書いています。
17:15しかし、
17:16それまでのキャリアとは、
17:17全く異なるように思えたものの、
17:20私は徐々に、
17:21神の招きは、
17:23神のものである、
17:24貧しい人々の間で、
17:26家を見つけたいという、
17:28自分の心の奥底にある願いに対する、
17:31神からの答えであることに気づきました。
17:34ナウエンは、
17:38そこで、
17:39内的な、
17:40深い、
17:41平和な気持ち、
17:42慰めを体験し、
17:45そこで生きていきたいと。
17:48それこそ、
17:49彼の深い望みであって、
17:52この慰めは、
17:54神の望みがある場所なんです。
17:55とはいえ、
18:01環境が変わったりとか、
18:03また、
18:04自分の生き方が、
18:05はっきりと見えた、
18:07ということで、
18:08自分の抱えている問題が、
18:10全て解決するということではない。
18:12それは、
18:13今までのナウエンのことを見ると、
18:14よくわかりますよね。
18:16ナウエンは、
18:16やっぱり、
18:17いろいろな苦しみを、
18:18抱えたまま行くんですよね。
18:23でも、
18:23面白いことに、
18:24場所を変えたり、
18:26新たな出会いがあるごとに、
18:28彼は、
18:29新しい気づきを得ていきます。
18:32新しく、
18:33深い洞察を得ていきます。
18:37自分自身について、
18:39人間そのものについて、
18:41そして、
18:41信じるという心について。
18:42その中、
18:48ナウエンは、
18:49ラルシュで働き始めますが、
18:51やはり同じように、
18:53孤独感を感じるんです。
18:56自分にとって、
18:57新しい家を見つけた。
18:59ここで住むことで、
19:00私の人生が、
19:01これから始まるんだ、
19:02という、
19:03大きな期待と、
19:04希望を感じていたんですが、
19:07その中で、
19:08思うようにいかないな。
19:10また、
19:11新たな是折を感じます。
19:13それが、
19:13彼にとっての、
19:15前回も話したように、
19:16人との関わりの中で、
19:18生じてくる、
19:19依存や、
19:20愛着の問題でした。
19:24ナウエンが、
19:25こんなことを書いています。
19:28どこか、
19:29私の心の中、
19:32相手に完全な愛情、
19:34無条件の愛、
19:35最高の満足を要求する気持ちが、
19:38あるに違いないのです。
19:40私はいつも、
19:41完全に人から、
19:42受け入れられることを期待していて、
19:45その期待を、
19:46ほんの、
19:47些細な事柄にも、
19:48求めてしまうのです。
19:51どんな、
19:52取るに足らないことにでも、
19:54完全に、
19:55受け入れられることを、
19:56期待しているので、
19:58何でもない拒絶も、
20:00衝撃的な絶望感と、
20:02決定的な、
20:03自信喪失を、
20:04絶えやすく招くのです。
20:07私を、
20:08完全に満たし、
20:09受け入れる相手は、
20:11実際にはいないので、
20:13そんな要求が、
20:15私が、
20:16どんなに、
20:16傷つきやすくなってしまっているかを、
20:19ジョン・ユードは、
20:20はっきり指摘してくれました。
20:21これは、
20:23かつて、
20:23彼が、
20:24書いていた、
20:25ジェネシーダイアリーの、
20:27一文なんですが、
20:28もう、
20:29昔から、
20:29これをずっと、
20:30抱えていたんですよね。
20:31同じようなことを、
20:33やはり、
20:34新しい絵、
20:35ラルシュでも、
20:36彼が、
20:36対峙していかなければいけませんでした。
20:40彼が、
20:41人間関係の中に、
20:42感じていた、
20:43依存というのは、
20:45ナウエの場合は、
20:47特に、
20:47人との関わりが、
20:49彼の心を、
20:51この魂に、
20:52痛みを与える、
20:53きっかけになっていたんです。
20:57それは、
20:58時間をかけても、
20:59どこか、
21:00身分化な思いとして、
21:01ずっと、
21:02彼が持ち越していくんです。
21:05自分の新しい生きる場所、
21:07家と思った、
21:08ラルシュ・デイブレイクにも、
21:11彼が本当に信頼する人がいました。
21:15ラルシュ・デイブレイクコミュニティで、
21:18ナウエンは、
21:19姉さんに出会いました。
21:22姉さんは、
21:23非常に、
21:23理想的な、
21:25共同者であったと思います。
21:27共に、
21:28障害ある人々のために、
21:29働く、
21:30誠実な人柄、
21:31そして、
21:31非常に有能な人。
21:33一緒に働いていくうちに、
21:35彼らは、
21:35息統合し、
21:36いろいろな分かち合い、
21:38いろいろな、
21:38この、
21:39つながりというものを、
21:40強めていったと思います。
21:42しかし、
21:42ナウエンは、
21:44元来、
21:44人への愛着が、
21:45とても強い人でしたし、
21:47彼の弱さというか、
21:50ナウエンは、
21:50非常に寂しがり屋です。
21:52その寂しがり屋という度合いが、
21:54もしかしたら、
21:55私たちがあまり想像がつかない度合いかもしれないんですよね。
21:58なんで、
21:59そこまで、
22:00ナウエンが、
22:01人を求めたのか、
22:03というのは、
22:03彼自身の、
22:04この生まれと育ちと、
22:06関係しているかと思いますが、
22:08彼が生まれ育った、
22:10非常に固くて、
22:13しっかりとした、
22:14古き、
22:14良き、
22:15ヨーロッパの社会というものを、
22:18身に受けて育っているので、
22:20もしかしたら、
22:22本心とか、
22:23自分の中にある望みとか、
22:25寂しさとか、
22:26不安ということを、
22:28口にすることが、
22:29はばかられた。
22:31また、
22:31そういったことを、
22:32言っちゃいけないよ、
22:33とか、
22:33言われたのかもしれないですね。
22:35そういう、
22:35この、
22:36重く、
22:37古く、
22:38自由にならない、
22:39窮屈な環境から出て、
22:41アメリカに来たわけですが、
22:44やはりそこでも、
22:44彼は外国人でした。
22:46彼の中に、
22:47ずっと残っている、
22:49寝なし草のような、
22:51寂しさ、
22:52取り去られることがない、
22:54根源的な、
22:55この寂しさみたいな、
22:56ものを抱えているんです。
22:58ナウエンは、
22:59常に、
23:00一人ぼっちの体験の中で、
23:02苦しんでいたんです。
23:03彼が欲していたのは、
23:04根源的な、
23:05深いところで、
23:07交わることができる、
23:08自分を受け止めてくれることができる、
23:10この、
23:11一人ぼっちという、
23:12切なさを、
23:13癒してくれる、
23:14相手だったんだろうと思います。
23:16そこに現れたのが、
23:18ネイさんだったんですが、
23:20残念なことに、
23:21ネイさんは、
23:22彼と同じような、
23:23必要性を、
23:24持っていなかったんですよね。
23:25やっぱり、
23:26その、
23:27疎後というか、
23:28思いの掛け違いというものが、
23:31ナウエンにとって、
23:32耐えることができない、
23:33痛みとなって、
23:34しばらくの間、
23:36働くこともできないぐらいに、
23:37落ち込んだと、
23:38そう、
23:39本人が言っています。
23:40これは、
23:42ナウエンの十字架とも言える、
23:45痛み、
23:46弱さだったんだと思います。
23:49ナウエンは、
23:50こんなことを書いています。
23:51ネイさんへの依存は、
23:58コミュニティを、
23:59生活の中心にすることを、
24:00妨げていた。
24:03無意識に、
24:03私は、
24:04こう思っていたのだ。
24:06私には、
24:07すでに家がある。
24:09本当のところは、
24:11他の家などいらない。
24:14しかし、
24:14コミュニティの生活に、
24:16深く入っていくに従い、
24:18次第に気づいた。
24:19イエスに従う呼びかけに、
24:22応えるためには、
24:24特定の親密な友情の中に、
24:26ではなく、
24:27ハンリーを持った、
24:29仲間との共同生活の中に、
24:31導きを、
24:32見つけねばならないと。
24:37人間誰しも、
24:39孤独、
24:40一人であるわけです。
24:42私の痛み、
24:44私の感覚、
24:46感性、
24:47味わい、
24:47全部全く、
24:49同じ経験をする人はいません。
24:52ですが、
24:53いつの間にか、
24:54同じものを、
24:56思ってくれている。
24:57同じ度合いで、
24:58同じことを、
24:59感じてくれていると、
25:00思ってしまうところがある。
25:02一人ぼっちの思いで、
25:04いっぱいで、
25:04苦しんでいたナウエンは、
25:06たくさんの人に、
25:07囲まれていても、
25:09どんなに近さを感じ、
25:11強い絆を感じていたとしても、
25:12思うように、
25:15完全な相手ではないことを、
25:17痛感していきます。
25:19その中で、
25:21そんなことを繰り返している間に、
25:24徐々に、
25:25唯一変わることのない、
25:27相手である神という、
25:29そんな存在というものを、
25:31意識し始めます。
25:32もちろん、
25:35頭で分かっていても、
25:37そんな話を、
25:38彼も、
25:39きっと、
25:39説教題や教室で、
25:41してきたと思うんです。
25:45しかし、
25:45その度ごとに、
25:47不安でままならない自分を、
25:50変える必要がなく、
25:53ありったけの愛を、
25:54分かち合ってくれる、
25:55神の、
25:57住まう場所を、
25:59彼は、
26:00探していきます。
26:02別の言い方をすれば、
26:06孤独を知っているからこそ、
26:08神との結びつきを必要とし、
26:11その存在を信じることが、
26:13できたんだと思います。
26:17彼は、
26:18こんなことを書いています。
26:21孤独の辛さは、
26:23心の最も深いところにある、
26:25使命に根差していることがある。
26:28自分の孤独感が、
26:30ひたすら神に使えようという、
26:31自分の呼び声とつながっていることがあるのだ。
26:35そこで、
26:36自分の孤独感は、
26:38自分のユニークな才能の一つの表れだと思えるようになることがあるのだ。
26:42心の奥の奥で、
26:45この真理に触れたとなれば、
26:48孤独感は、
26:49耐えられるどころか、
26:51実り豊かなものにさえなるかもしれない。
26:54そうなれば、
26:56はじめはやりきれない気がしたものが、
26:58辛くはあっても、
26:59神の愛を一段と深く知る道を開いてくれる気持ちに、
27:04転化するかもしれない。
27:05ナウエンは、
27:09ずっとこの苦しみを、
27:11まあ、
27:11感じていきます。
27:13何度も倒れ、
27:15何度も立ち上がる。
27:18ナウエンとイエスの関わりの中で少し話しましたが、
27:22イエスも十字架の上で、
27:23一人きりでした。
27:27愛をいっぱい分かち合った弟子たちも、
27:29彼のもとを去り、
27:30最愛の母マリアさえ、
27:34その痛みと孤独を変わってあげられなかったのです。
27:39ナウエンは、
27:41この誰にも取り去り、
27:43変わってもらえることがない孤独感に苦しみながらも、
27:47それを引き受け、
27:49その痛みというものを、
27:52彼は、
27:54人との関わりの中で、
27:56癒し人になっていく力へと変えていきました。
28:00愛着の問題や、
28:03孤独への恐れに絶えずさらされながらも、
28:07自分のユニークな、
28:08証明を見つけたからだと思います。
28:13傷ついた癒し人への憧れ、
28:17その風に生きることができるならと、
28:20そこにナウエンは、
28:22慰めを感じたと思います。
28:23ナウエンは、
28:26そうやって、
28:28孤独、
28:28ロンリネスの中にいる人々の、
28:30友となっていったんだと思います。
28:34その時に、
28:36彼は、
28:37神と共にある、
28:38ソリチュード、
28:40神と共に生きている、
28:43ということを、
28:44一歩一歩、
28:45一つ一つ確かめながら、
28:46関わっていったと思います。
28:50彼が憧れた、
28:51イエスも、
28:52そう生きたのだと思います。
28:56第五回は、
28:58心の奥で、
28:59交わされる言葉、
29:01としまして、
29:02ナウエンが、
29:03ラルシ・デイブレイク共同体で出会った、
29:06アダムという青年との、
29:07出会いについて、
29:08お話ししたいと思います。
29:10傷ついた癒し人となる、
29:16ヘンリー・ナウエンの歩みと言葉、
29:19第四回、
29:21孤独の中で、
29:22葛藤と挫折と、
29:25この番組は、
29:26ラジルラジルの聞き逃し配信でも、
29:28お聞きいただけます。
29:33お話は、
29:35ジョージ大学準教授で、
29:36カトリック司祭の、
29:38坂井陽介さんでした。
29:40宗教の時間を終わります。
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