00:22三輪明弘さんは10歳で見た長崎原爆直後の光景を淡谷紀子さんは特攻隊員たちとの忘れへんの別れを28年間ガム島に潜伏し続けた横井翔一さんの胸の内とは他にも戦争を体験した方々がその記憶を語ってくださいました
00:45終戦から81年それぞれの私が語る戦争に身を傾け平和について考えますこの方は長崎のご出身あの日も原爆のその爆心地から3
00:46.7キロのところにいらっしゃった方でいらっしゃいます
01:03三輪明弘さん今日のお客様ですどうもあなたは原爆手帳を持っていらっしゃるっていうのは私つい最近まで知らなかったのねそうちょうどねお昼前の11時頃だったかしら宿題の絵を描こうと思って帰って夏休みだからね
01:21それでガラス戸がずっとあのありましてね目の前一面ガラス戸でそこにちょうど廊下に机を置いて書いてそれであのその出来具合を確かめようとして一歩こう後ろへね椅子を降りて下がったんですよ下がった途端にピュッとなった
01:42ハッと思ったらそれまで世の中の音ってあるじゃありませんか雑音っていうのそれがしてたのピュッの途端にねシーンと何の音もしなくなるのね一瞬ハッと思ってこのいい天気に原爆って思うか思わないかのうちにガラーって来ちゃったわけ音がしたの
02:12もう音なんてもんじゃないんですよものすごいでそしてね今考えると不思議なんだけど目の前のガラスがねピッと一瞬になくなるの後で気がついたらね後ろのね固い柱やいろんなところ直角にこんな細いガラスがいっぱい刺さってるその机の上にもものすごくこう縦に全部廊下にもう廊下も全部そこへみんなでガラスっていうのは全部あのように突き刺さるんですって突き刺さるんですよ直角にね
02:39ものすごいですよそれがね後ろにいたお手伝いさんも私もで兄が下にいたんですが兄のね下にいた上はね全部ガラス窓のあの天窓になってたんですよそれがないんですよで3人とも傷一つないだからあのお手伝いさん後ろでなんかお布団の手入れしてたそうそうそうそれでなんか一瞬にかぶったかなんかしたんだろうかないえいえいえそんなことしてないの
02:48今ないですよドカーンと来てもう行きたくそれはなかったですねでもまあもちろん子供だし何が起こったか分からないわけでしょ
03:00とにかくだから逃げよって言ってみんな逃げたんです3人でもう外へ一歩とにかく逃げる途中出たらねもう馬がドタッと死んでるんですよね
03:09でその馬車引きのおじさんがね裸でねあの赤向きになっちゃってるんでベローンと
03:18それで穴ってこう軽錬ほら電気でこうやるとビューってなるじゃありませんか感電したみたいな
03:24ぴょんぴょんぴょん飛びよかったそれで縦原村へ逃げてそこは大丈夫だったんですか
03:48でそしてそれからあの曲音放送聞きましたでしょ15日にで曲音放送放送聞いて15日の午後にすぐみんなで家に帰ったんですよねそれで帰ってみたらねあの表がうち屋向きカフェだったでしょだからこうガラスの戸だった一面全部壁もそれが全部なくなっちゃってスポンポン
04:17ショーインドのとこに畳が引いてあったのそう畳が引いてある人間って畳が恋しくなるのねあのああいう死ぬ人たちっていうのはねそういういろんなもうぐちゃぐちゃになっちゃって人たちがね畳を見るとね寄ってくるのでそこへね転がろうとするわけででそれでね私表へ行ってえいざくださえいざくださえっていうのえいざくださえ唇がほら焼けたたれてこんなだから合わさらないわけで
04:45で水をくださいって言ってるらしいの土瓶みたいなのがあるしであれに水入れてでこうやって飲ませたそうするとね物の5分か早い人は5分か10分ぐらいね死んじゃうのねあれ松子の水なのかしらねでそれで一人あれするとまた次から次から来るわけそれでもうお水くださいってうん水くださいってそうやって死ぬと警報団の人が連れてくっちゃうわけ
05:05もう地獄ですよね大変でしたよもし私の年代だとすると私の子供が今子供をもちろん産むときに体は中は大丈夫かって何代にも渡って心配みんなしているわけでしょだからそういうこと考えたら本当におっしゃるようにねこういうものは絶対作っちゃいけないのよね
05:16そうその作曲して歌ってメッセージをやりだしたのも反戦感がほとんどなのそうなのねやっぱり世界全体のことを考えなきゃいけないっていうのをね歌えても
05:33招集の時はもう本当に大スターの時でそんなのにやっぱり招集ってあったんですね大変だったそうで
05:5130何歳で招集とおかしいって言ったって来ちゃったんだからしょうがないって言ったわけですよでもその時はもう長谷川和夫さんにはなりでいらっしゃいましたねこの隊員入隊するってことが前の日か何かに出たんでしょうね駅にいっぱい人がいるんですよ
06:17何だって長谷川和夫さんは今日兵隊で入るんで来てるって言うんですよね本当に憲兵隊が出てきて車屋さんを呼んできて置いてあるから車に乗って軍隊まで行ったって言うんで表へとりあえず出すなっていうことなんですよね軍隊から表へ出すなと出すなですよねでもそういう時あれですかビンタとかそういうのはどうなのみんな一緒ですからまあってことはないですけどやっぱり
06:44スターであろうが大臣の子であろうがお構いなしですよ一千五輪のハガキで全部来るんですかもちろんそれはそうですけどもね表に出したら顔が知られてるから騒動になるから出すなってこの中だけにいろって言ったぐらいの方でもやっぱりビンビンと来るわけそれは憲兵だけなんですよね勘の悪い人があってなかなか物を覚えないとか用心的な人なんでしょ
07:09中隊長とか班長とか名前を覚えてくれないんですよその同期生とか同時生入った人が同じくらいの年の方班長さんの名前もなかなか覚えられないそうなんですよどうしたって部隊長の名前と中隊長と班長と三人の名前を覚えなきゃならないでしょ夜の天候が済んでこれから寝よっていうのに天候の時にそれみんな言わされるわけですよね
07:31それにその子になると必ず言えないんですよねあんまりその人のためにやっぱり一緒にポンポンポンポンと来るわけでしょそれを何とか早くつけなくしてやろうと思うから一緒にご飯をもらいに行く時にどうしても覚えてくれないなんで覚えられないのここまで出てて言えないって言うんですよね
08:00僕らがセリフを覚える時にはなんかどうしても覚えられないとかメロディーの頭をつけるとかそれと一緒のようにその人に歌のメロディーでねその方に召し上げに行きながらね薬を教えするっていうよりも情けは人のためならないって言うけども自分たちも一緒に殴られるんですからねただその方が後でみんなで持って一人何十メートルですか縄をなってこいっていう50メートル縄を持ってこいっていう
08:29それは孫へ行けばあるんだと思って言ったら何もないのみんな藁をもらってきて自分でこうやって石でコンポンたたいて水で売って編んでいくんですよね水はいるけどそんなことやったことないでしょ都会人ではさあ配ったと誰かうまいのは教えてもらえないかと思って血まなどで探す一人鮮やかなのがいるんじゃないうまいなって思ったら藁を抱えて
08:55おいそのあるいは教えてくれって言ったら自動と僕の顔を見てねその何とも言えないこのうれしそうな顔をしてねいくら長谷川でもこれはできんだろうって顔するんですよ何笑ってんだだと思ったからこれを長谷川のやっとるんだわと
09:12言われた時にねポロポロとそれがその班長さんの名前を覚えられないからその人なんですよだからね人間って何自分だけができると思って偉そうに名前を教えたりこう歩くんだよとこんなことして
09:25一緒にいる仲間だからその人の分までやってたことが足にもできないことはあるってことは彼は知っていたからそれを編んでくれたというねしかも何にも言わないでこれは長谷川のだわとこう言うんですよね
09:53だからもうその人間としての感激っていうんですかね今でも涙がありますねどうしてらっしゃるとしたのその人は本当に山の中で牛と畑以外には世間のことはほとんど関係ないでしょう
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10:51お電話は0120-70-7000番
10:58中井さんいつも元気ですね
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12:21-100-445100-445までところで戦争中の漫才ですけれどああいうのにまで全部検閲があったんですって?
12:46戦争中はうるさかったですよ何を言っても引っかかるんですからね笑わせるってことはすでにいけない
12:54?いけないんだよ戦時中に何がおかしいって言うんだよ何がおかしいって笑ってもらわなくて困るわけです漫才なんです
13:24検閲の方はいつもそこにいらっしゃるわけ?
13:51やり方変えるよりだってねやっぱりネタだから面白いとこが面白になってるわけなるべく面白くないようにやろうとお客様は笑おうとして来たらしちゃうわけでしょお客さんだってね笑いかけてはそっちの方を見るわけ
14:05笑いかけてるんだけどそこはやっぱ抑えないからねそこで笑いかけてるからこちらが安心してよしあの頃笑うんだからもう一つと思ってあったら中止
14:07!やめ!って
14:33あらーそれ機嫌よ僕は笑うてんの乗ったりかんわ先生は古賀公爵のお嬢様としてお生まれなりまして女子学習院でお育ちになったんですがうち何もなかったのよっておっしゃったけどやっぱり当時公爵って言えばね大変ですもんね普通そうですね
15:01でもそうだったんですけど戦争がだんだん激しくなって本当に食べるものがないっていうのも当たり前なんですけども特別な配給があるわけでもなんでもなくて全部同じだったんですってねもちろんそうですよそんなとんでもない風船爆弾というものを作ってらしたんですが風船爆弾っていうのはもういよいよ日本が困ってアメリカ本土を爆撃する最後の秘密兵器と言われたものを作業としてやらせられたそうですけど
15:23それはどんな風に日本史なんですよね和紙和紙1メートル50ぐらいあるかしら幅がそれをカーキ色っていうんですか渋茶色っていうかしらそれの染料へ通してその次は油油の層へ通すわけですね
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15:51監視してるわけ監視しててそれである一定の巻き取れたらこっち側のところで作業してるのはこんにゃくの糊でもってなんか橋と橋なら橋と橋終わりに
16:17幅広くくっつけてるんですね私たちもいるのねそっちの方で上級生同級生です全部でももちろんあなた方はやらせられてるときはそれは風船ばっかりだってご存知ないでしょ何しろ大きな大きななんていうのかしら私なんかにあれするとまるでお座敷に敷く油紙みたいなものを作ってるような感じだったんですお座敷一面に敷くような油紙をなんだか作ってるみたいな感じうんなんだか作ってるみたいな感じ
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