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  • 2 日前
日本人は何を考えてきたのか 第二回その1 東北から始まった自由民権 2012.1.15
植木枝盛 千葉卓三郎 樋口陽一 菅原文太 色川大吉
鈴木安蔵 五日市憲法 憲法研究会 自由民権運動

カテゴリ

📚
教育
トランスクリプション
00:02自由や 自由や
00:06俺 汝と 死せん
00:53今から140年前の明治維新
00:57日本は欧米の文明を受け入れ近代化を目指しました
01:04明治の日本人は今につながる様々な問題に向き合
01:08っていきます
01:12まだ憲法も国会もない時代に地方自治の実現を求め
01:18た人々がいました
01:21東北で燃え上がった自由民権運動です
01:28未曾有の津波 原発事故に見舞われた東北地方
01:33今 復興に向けて動き始めています
01:38宮城出身の俳優 菅原文太さんが訪ねました
01:43静かな海を見ていると想像できないよ
01:51130年前 東北の人々は
01:54戊辰戦争の敗北の中から立ち上がり
01:57新たな時代を夢見ていました
02:01国会の開設を求め
02:03自ら憲法草案を生み出していきます
02:10徹底的に国民の権利を保障した憲法草案
02:15戦後になって発見されました
02:18面白いね これね
02:20この時代からこんなことが議論された
02:26原発事故で被害を受けた福島
02:29かつて自由を求めて戦った民権運動家がいました
02:39新しい国の在り方を厚く考え議論した東北の人々
02:45彼らはどんな未来を思い描いていたのでしょうか
02:54草の根で活動した自由民権の思想家たちを見つめ
02:59ます
03:08日本人は何を考えてきたのか
03:10第2回は自由民権運動です
03:14福島をはじめとして東北地方は
03:16民権運動の非常に盛んなところでした
03:19東日本大震災からの復興が目標となる今
03:23130年前
03:24民主主義を目指した草の根の人々に光を当てます
03:29旅人は菅原文太さんです
03:32菅原さん 自由民権運動のどういうところに
03:36惹かれておられるんでしょうか
03:39さて
03:43何度も何度も人間は平等だ公平だと言われな
03:47がら
03:48ちっともそれはなっていないでしょう
03:53いまだに
03:54そのことが
03:58彼らが自由民権の本当に
04:02自分の身を犠牲にして死んでいった人たちが
04:07絶えず問いかけていることじゃないんだろうかと思って
04:11今旅をしてきました
04:15はい
04:17それでは早速自由民権運動の世界見ていこうと思います
04:27菅原さんは幕末から自由民権の時代を描いた大河ドラ
04:32マで
04:32藍津藩氏の役を演じました
04:37東北で民権運動が盛んになったきっかけは
04:40母親戦争にまで遡ります
04:48明治元年
04:49薩摩長州を中心とする新政府軍と
04:52藍津藩を中心とする東北の諸藩が激突しました
05:03菅原さん演じる主人公は
05:05藍津若松城に立てこもって戦い敗れます
05:22明治維新の後東北では
05:24薩摩長州の反罰政府への不満が高まっていきました
05:31そして明治10年代に入ると
05:34言論によって政府と戦う自由民権運動が始まります
05:40これに対して政府は厳しい弾圧を加えます
05:43いやおうなく日本に生まれれば日本国民となり
05:47日本の不当な政治の圧迫に
05:50屈していなければならないのか
05:52明治!
05:53そられ!
05:54おい!
05:55何の人だ
06:00福島県は東北で
06:02自由民権運動が盛んだった地域です
06:08民権家の末裔である大和田秀文さんと
06:11福島県歴史資料館を訪ねました
06:16人々はどのようにして
06:18自由民権の思想に目覚めたのでしょうか
06:24これは大和田さんの祖先
06:26民権運動家の
06:28仮宿中江が残した詩書です
06:35自由や
06:37自由や
06:38
06:39汝と死せむ
06:56自由を自分の一生の友とするってことなんでしょうね
07:02自由が死ぬ時は自分も死ぬということも含めてのね
07:11自由を追い求める
07:14命を懸けて
07:18この言葉を残した仮宿中江は
07:21激しい弾圧を息抜き
07:24自由民権の志を貫いたことで知られています
07:28仮宿は
07:29西欧の民主主義思想に強い関心を抱いていました
07:36自由の理評論
07:38ねえ
07:41仮宿の蔵書が残されています
07:47冒頭から書いてあるじゃないですか
07:51自由は天皇を命ずるところなり
07:56よく勉強はしたな
07:58勉強したんですね
08:00予想とか見るとかね
08:02そういう蔵書もみんなあるはずですね
08:07当時の若い民権家たちは
08:09フランス革命やアメリカ独立の戦いに
08:13心を熱くしながら
08:15西洋の政治思想を吸収していきました
08:23仮宿中江は幕末に
08:25今の福島県浪江町に生まれました
08:33浪江町は原発事故の後
08:36警戒区域となっています
08:38福島第一原発から20キロ圏内にあり
08:41立ち入るには特別な許可が必要です
08:51大和田さんは震災直後に浪江を出て以来
08:55避難生活を送っています
08:57昨年11月大和田さんの一時立ち入りに同行しました
09:25ここ浪江町に
09:27仮宿の生まれ育った当時の家が残されています
09:32大和田さんは震災後初めてその家を訪れます
09:38家が古いからね
09:41瓦屋根だから重いから
09:45ちょっとしたら潰れていくかもしんないと思うんだな
09:523.8だ高いな
10:12浪江町は江戸時代貴金が多く貧しい地域でした
10:18そこで数少ない氏族だったカリアド家
10:26明治に入ってカリアド中屋は教師になりましたが
10:30やがて自由民権運動に身を投じていきます
10:35苦しい生活を耐えてきた農民たちのために奮闘します
10:42ほとんどねうちの辺はもう中以下の農民なんですよ
10:48火葬と言ってもいい
10:49ほとんど水の実のちょっと毛の生えたような
10:53その程度の農民なんです
10:56天命とか天保の大基金
10:58人口の3分の2死んでんです
11:03ガシで
11:03それでも一気に起こさなかった
11:06もういろんな農民からカリアドさんのところに手紙が来て
11:10るわけですね
11:12だから自由民権に気持ちの上ではみんな応援してるんだけども
11:17それが行動には浪江の人たちの場合は起こせない
11:21起こすだけの力がない
11:25自由と平等を掲げたカリアド
11:29農民たちに土地を世話するなど手助けをしなが
11:32
11:32民権運動を続けました
11:41カリアド中への業績を称える石碑が残されています
11:50地震で倒れていました
11:53これが板垣大助の文字なんだ
11:59死死カリアド中へ
12:05君白爵板垣大助所
12:11カリアドは板垣大助に呼ばれて
12:14自由民権運動の中心地高知へ演説をしに行ったこと
12:18もありました
12:21全国へ飛び回って活動していたのです
12:28自由民権運動は板垣大助が明治7年
12:32民選議員設立の憲法書を提出したことに始まります
12:39明治13年
12:41大阪で全国各地の政治結社の代表が集まり
12:45国会規制同盟を結成しました
12:53国会規制同盟を求める石碑には24万もの署名が集
12:57まり
12:58国民的な運動となっていきます
13:05カリアド中へも福島から1週間ほどかけて大阪へ向
13:10かいました
13:11その戦場で読んだ歌があります
13:16国のため渡る好みを思い出し
13:20荒き波風心して吹け
13:29明治14年
13:31政府は10年後に国会を開くことを約束します
13:37そして板垣大助を総理とする自由党が結成されました
13:44日本初の全国的な政党である自由党
13:48福島は高知と並ぶ自由党の拠点でした
13:58三原町では古くからある寺で
14:01盛んに演説会が開かれていました
14:08カリアド中へも
14:10波江と三原を行き来しながら活動します
14:15カリアドが東北の同志たちに訴えかけた
14:19演説原稿が残されています
14:24東北七宗の人史に次ぐ
14:30東北の人々は
14:32一山百門などとあだ名をつけて長老されている
14:36しかし天が人間を称ずるにあたって
14:40東西の区別を立てるだろうか
14:43西の人も人間であり
14:45東の人も同じ人間だ
14:51この梅を見よ
14:53関西の梅も西洋の梅も同じ梅だ
14:58ただ気候風土が違うために
15:00花が開く時期が遅かったり早かったりするだけなのだ
15:06そして梅の木が花を咲かせ
15:07実を結ぶのはその根元に栄養を施しているからだ
15:14我々もまた同じ
15:17努力して知識を磨き
15:19自治の精神を養うことで自由の権利を伸ばし
15:24国家を安泰にできるのだ
15:32福島県の藍津地方
15:36冬は雪に閉ざされてしまう小さな村の一つ一つに
15:40
15:40かつて自由民権の新しい風が吹いていました
15:52藍津の自由党で中心となって活躍した
15:54山口千代作の家です
15:58ここに福島県で創刊された自由民権の新聞が残されています
16:04ごめんください
16:07今日は見せてもらいに来たのは
16:10これが目的なんでしょう
16:16福島自由新聞の創刊号
16:21現在福島県内に一つしか残っていません
16:26この新聞は政府の厳しい弾圧を受け
16:297号で配管に追い込まれました
16:34当時非常な弾圧があって
16:38家宅捜索がされて
16:45ほとんどの書物こういうものは全部没収されたにもかか
16:52わらず
16:52これだけが残ったと聞いたんですが
16:57この辺の習慣かもしれませんけど
17:00タンスの下に新聞紙敷いて
17:03それで物を入れていたんですね
17:07タンスの中に
17:09中に敷いてあったんですね
17:15福島に本格的な政治思想を伝えたい
17:19明治15年に発行された福島自由新聞
17:25一面には創刊の字が書かれています
17:31福島自由新聞発行の主意
17:34自由は人の天性になり
17:38自由を保つ
17:40とにかく自由がなくてはならない
17:47ということなんでしょうけども
17:51自由は人の天性になり
17:55自由を保つは人の道なり
18:00創刊の字を書いたのは植木絵盛でした
18:05植木はこの新聞の編集顧問として
18:08わざわざ高知から招かれたのです
18:11福島と高知の間を多くの民権家が行き来していました
18:24高知は当時自由民権運動の中心地でした
18:32植木は板垣大助の側近として
18:35民権運動を理論的にリードしていました
18:43高知市の自由民権記念館です
18:51明治憲法が発布される前
18:54民間人の手によって各地で憲法案が作られました
18:58中でも植木の草案は特に民主的であると言われています
19:07国民の自由と権利が無条件に保障された
19:10画期的なものでした
19:18その特色がまとめられています
19:28人は生まれながらにして
19:31自由かつ平等である
19:37抵抗権
19:40革命権の規定がある
19:44すごい言葉ですね
19:48抵抗権を謳った条文です
19:53第71条
19:56政府管理圧勢をなすときは
19:58日本人民はこれを排斥するを有
20:07植木江森25歳で
20:12帰った憲法法案か
20:1925歳
20:23俺は酒ばっかり飲んでたな
20:29ごめんをごめります
20:35植木江森が憲法草案を書いた書斎が移築されていました
20:44植木は生涯一度も死を持たず
20:47独学で西洋の思想を学び
20:50独自の憲法草案をまとめたのです
20:59植木江森だけが革命権ありと
21:04自由民権家たちはまさに血を流して
21:08言論弾幕を続けて演説会で演説をして
21:13警官から弁士中止をくらったら
21:152ヶ月だとか3ヶ月
21:17投獄をされるわけです
21:19そういう投獄をされた人が何百人もいる
21:21そういう中で言論の自由だとか
21:24自由を求めて戦っている
21:26それと同時に植木江森という人は
21:28アメリカの独立宣言だとか
21:31世界が当時到達していた人権思想
21:35そして現実に自分たちが戦っている問題と
21:38結合させて世界の人権思想を取り入れて
21:42組み立てていっているわけですから
21:44彼の憲法草案というのは非常にね
21:46当時としては純度の高い憲法草案であったと思いますね
21:54植木の憲法草案は地方政治に連邦制を取り入れています
22:00国というものは単位が小さければ小さいほど
22:04民主主義が徹底できる
22:07そう考えた植木は全国を70州に分けて
22:11それぞれに地方自治を行うとしたのです
22:18第9条
22:21日本連邦は日本各州に対し
22:24その州の自由独立を保護するを主とすべし
22:34自由は土佐の山間より伊豆
22:39地方自治を強く打ち出した植木は
22:42中央集権の弊害を説きました
22:47徳川政府倒れて
22:51我が明治政府新たに
22:55祭り事をすることになりっても
22:59地方はいよいよ衰え
23:03したがって財下も地方を持して
23:06境地に流れ込む勢いとなれり
23:14地方は日々に貧弱に傾ける
23:21兄悲しむべきにあらずや
23:28自由民権運動
23:31それは地方自治を求める運動だったのです
23:39今日は2人の専門の方が
23:42歴史と憲法の専門のお二人なんですが
23:45色川さんは東北各地で盛んになった
23:50自由民権運動というのは
23:51何を訴えようとしていたんでしょう
23:54つまり最中反抜政府を
23:56ああいう大暴なことを早くやめさせて
23:59国民の代表で
24:02色々国家のことを決めるというような
24:05体制にしろという要求は出ていたんです
24:07非常に早くから
24:08それにみんな同調して
24:10東北の人たちも同調していくわけで
24:12特に東北の場は
24:15続軍扱いされていましたからね
24:18政府から
24:18当時の明治政府からすると
24:20抵抗しましたんで
24:22ですから東北の人は
24:24むしろそういう時に
24:27自分たちの代表を送って
24:29政府の左庁のやり方を
24:30牽制しようというようなことに
24:32同調し合いというのは
24:33当然だと思うんですよ
24:34だからたくさんの決勝者が
24:36それを賛成するわけですから
24:39決勝っていうんですか
24:41どれくらいの数
24:44東北全体で
24:48150社ぐらいあったって言うんですけどね
24:50福島まで結構たくさんありますよ
24:53みんなそれを小さい村や小さな町で
24:56勉強会やって
24:57その勉強会を母体にして
25:01政治的なことに
25:03演説会を開いたり
25:05今だとはちょっと考えられないくらい
25:07地域
25:08田舎にあるんですよ農村部に
25:11むしろそっちの人は
25:13東京とか仙台とかって大都市飛び越えて
25:16つながってましたから
25:18だけど今の状況はおかしいぞっていうことで
25:21結構思いがあれですか
25:22重なって
25:26例えば産業上の近代化政策で
25:29国家の経済の投資ですね
25:33産業をどこに重点を置いて
25:35開発するかという時
25:37東北はやっぱり一番手抜かれたんですよ
25:40投資の大部分は東海道とか
25:43いわゆる西の方へ向けて
25:46ですから経済的に大事に
25:48差別されてますからね
25:50これはやっぱり
25:52免政府の近代化政策から
25:56見捨てられたという感じになって
25:58やっぱり下川洋区一山百問だったんですよ
26:01そういう意味ではね
26:04今でもそうじゃない
26:07なんか置いてくぼりにされてるんじゃないかという
26:09東北の人々の思いから
26:12盛んになっていった自由民権度
26:15植木恵守っていう人が作った
26:18憲法の草案
26:20これは憲法の専門家としては
26:22どういうところに注目をされますか
26:23そうですね
26:24先ほど連邦制という
26:28憲法草案の中に
26:29いきなりドカンと出てくるので
26:30今の私たちはちょっと驚くけれども
26:33実は
26:37まさに当時
26:40中央対地方の対立関係の意味を
26:45私たちが見ると
26:46なるほどと思うことがあるし
26:48それは現に
26:49今時点での中央対地方との関係を
26:53考える際にも
26:53当てはまるんじゃないかと思うんですね
26:55当時の国会を開け
26:57憲法を作れ
26:59憲法を作れないと国会開けませんから
27:01これはセットですが
27:02憲法制定
27:04国会開設の要求というのは
27:06その国会で
27:08自分たち
27:10民権勢力が
27:12権力を取って
27:13日本の世の中を良くするんだと
27:16こういうことでしょ
27:17しかしこれは
27:18所詮は手段なんだ
27:21権力を取って何をするのかと
27:23その目的を
27:25明示しているんですね
27:26これは要するに
27:27一人一人の生活の
27:31幸福という言葉を使っているんです
27:33日本国憲法には
27:34幸福追求権というのがありますけれども
27:36実は一人一人の幸福を
27:40彼はシビルライト
27:42シビル
27:43ポリティカルライトというのは
27:45もちろん
27:46自民権の
27:48当面の中心課題でしょ
27:50政治権力を
27:52反発政府から
27:53奪い返そうという
27:56それは所詮手段であって
27:58目的は
27:59人々は一人一人の幸福なんだという
28:03一人一人の幸福なんて
28:05今なおざりにされているよね
28:08幸福ですか
28:11これに気味してしまうのです
28:14高知のね
28:16自由民権館で
28:18植木家守って会ってきたわけですよ
28:20本当に
28:22そのままの姿で
28:24小さな座敷に座っている前に
28:27私が座ってね
28:31その若さでね
28:34頑固を経験たるね
28:36やっぱり
28:37余人と違う
28:39なんか気迫のようなものが
28:41あるんだけど
28:43どこから
28:44そういう
28:45植木家守に
28:46そういうね
28:47なんか発想というか
28:50つまり権力とか
28:51他というものを
28:53危険視する
28:57これから人命をどうやってね
29:00守るかという
29:01発想が一つあって
29:04それと
29:04さっき
29:05清水さんおっしゃったようなね
29:08地方の自治権ですね
29:09このただの
29:10今のような地方自治じゃなくて
29:11地域そのものが
29:13それぞれの実態を持った
29:15自治権を持つという
29:16それから基本的には
29:17もう言論出版の自由権
29:20つまり権力を批判する自由
29:23そして
29:23自座となったら
29:54悪い権力に対しては
29:55そのまま
29:56効力を発揮するのではないと
29:58そういう発想があるので
30:02米国の憲法相談というのは
30:03非常にユニークだと思うんですよ
30:05広く言って
30:05デモクラシーの難しさというのを
30:08集中的に
30:09示しているんですよね
30:12自治というものを大事にして
30:14幸せをつかんでいこうという
30:16自由民権運動なんですが
30:19やがて
30:20前に大きな壁が立ちはだかる
30:25中央政府です
30:27衝突が起きます
30:31今から130年前
30:33明治政府と福島の民権運動が
30:37激しく衝突しました
30:40福島北方事件です
30:45事件は明治15年
30:48薩摩藩出身の官僚三島道恒が
30:51福島県令に就任したことに始まります
30:55三島は中央政府から
30:57大きな使命を与えられていました
31:00一つは福島自由島の撲滅です
31:05もう一つは
31:06藍津三方道路の建設
31:10福島県の藍津若松から
31:12宇都宮、新潟、米沢の三方向へと抜ける
31:17総延長200キロの大土木工事でした
31:24藍津から山形県の米沢へ向かう三方道路です
31:29今は交通量が少なくなり
31:31峠に至る道は通行止めになっていました
31:39当時、藍津の人々は
31:42別なルートに道路を通してほしいと
31:44要望していました
31:46しかし地元の意見は受け入れられませんでした
31:52しかも工事では全ての成人男女に
31:55労役が課せられ
31:57住民たちに重い負担が強いられました
32:03地元の人はもっといいというか
32:07通りやすい道があるよと
32:09あるよというのが
32:11ところが三島通用はそれを聞かずに
32:16まあ今のこの
32:18ここから見たって
32:20ここで今だって1800メートルでしょ
32:23延々と登ってきてね
32:27結局は地域の人たちの考え方も
32:31きちんと取り入れながら
32:33そして問題のないようにしてやるというのが
32:36まあ今だったらそんなことは
32:38当然なことにはなるかもしれません
32:41当時の時代で言うならば
32:42そんなわけにはいかん
32:44国の言うことそれが優先ですから
32:49あれだけ強行して作らせた
32:54何のためなんだろう
32:56三島の頭の中には
32:58東京を中心にしながら
33:00東北へざっとつながるということですね
33:03軍事的にもそういうことが言えるわけですね
33:06港につなげるとかっていう
33:08日本海へつなぐ
33:09それはもう薩長政府時にあった
33:12はいはいそういうことですよね
33:14そういうことだよね
33:14はいはい
33:17富国共兵植産工業を目指す明治政府
33:21三島はその実現のため
33:23中央集権を推し進めます
33:29しかし三島の方針に
33:32福島県会が猛反発します
33:36当時の県会は
33:37自由党が多数を占めていました
33:42県会は
33:44道路建設のための増税案をはじめとする
33:47三島県令の議案をすべて否決したのです
33:54この県会の議長だった
33:56福島の自由民権運動の指導者だった
34:02河野は地方文献を訴えます
34:08一家は一村の一村の一村は一村は一村は一国
34:12のもとならば
34:14古って各地に剣を分かち
34:17これを治め
34:18元気を養成するは利をもって叱るべきものなり
34:26しかし工事は
34:28県会を無視して強行されました
34:32夏の農犯期に集中した老益
34:36働けないものは大不賃を払わなければなりませんでした
34:41そして払えない場合は
34:43財産を差し押さえたのです
34:48民権家たちが不当な仕打ちだと抗議しますが
34:52警察に逮捕されてしまいました
34:58捕らえられた民権家の一人
35:00三浦文治の家です
35:05三浦家は古くから続く農家でした
35:14こんにちは
35:18どうぞ
35:20農民たちの先頭に立っていた三浦文治は
35:24当時27歳の青年でした
35:28熱血感として知られ
35:29各地を遊説して回り
35:31政府の弾圧に抵抗し続けました
35:38見事な面だまししてるよね
35:46正義感の強い人で自分の意思を最後まで
35:50命に引き換えてもそういう行動した
35:55そんなに立派な人だったのかなと思って
36:00普通はちょっとできないことだなと思って
36:06文治が最後に残した言葉が今も三浦家に伝えられて
36:11います
36:14身を肥やさずって言われてね
36:17身を肥やすことを欲しさってが
36:20よく思ったらいかんっていうことでしょう
36:22
36:22身を肥やすことを欲しさっていうことですよね
36:45明治15年11月
36:48自由民権運動の歴史で大きな転換となる出来事が起
36:52こります
36:56三浦文治らの逮捕に行き通った農民たちが
37:00千数百人
37:01この壇上ヶ原に集まりました
37:07樹齢300年以上と言われる欅の木
37:11その日
37:12自由万歳と書いた上りが建てられていたといいます
37:21農民たちは5キロほどの道のりを歩いて
37:25北方警察署へ押し寄せました
37:29三浦文治らの交流理由を問いただし
37:33釈放を要求しようとします
37:37武器を持っている者は武器を捨てろ
37:40私はあくまで無力ではなく
37:42言葉によって
37:44打正一
37:45三浦文治らの釈放を要求する
37:48その時警察署に向かって石が投げられました
37:55それをきっかけに警官が人々の中に切り込んでいき
37:59瀕死の重傷を負った農民もいました
38:05福島北方事件です
38:12この日
38:14三島県令が現地へ送った暗号電報です
38:19北方へ
38:21官民乱暴施死については
38:25公機会ゆえ関係の者すべて捕縛せよ
38:31この公機会と書いてありますので
38:34この事件を契機としまして
38:36福島県の自由民権運動を潰そうとした意図が
38:40ここにまさに書かれております
38:45福島県下で一斉検挙が始まりました
38:50農民を含めた検挙者は1000人近くに上ります
38:54三島の狙いは自由党の幹部でした
39:01福島市にいた河野博中も逮捕されました
39:06彼らは粉雪が舞う中
39:09木の実気のままで誤送されたといいます
39:18浪江町の民権家
39:19狩宿中江は自宅で逮捕されました
39:25押しかけた警官を玄関に待たせ
39:28有名な書を残します
39:34自由や自由や
39:37我汝と視線
40:06自分たちがこうやって捕まったりしなくちゃならないのか
40:11権力ってもんでしょうねやっぱり
40:16狩宿たちは内乱陰謀を企んだとされ
40:19厳しい取り調べを受けました
40:28これは拷問を受けて亡くなった友人の死を痛み
40:31狩宿がしたためた記録です
40:34生々しい実録ですこれ
40:40殴られたり雪に立たされたりと
40:43それと同じことが中江さんも受けているわけですよ
40:50ああねえすごいね
40:54風雪のそして君もまた風雪の中に直立せしめられ
41:02ランダせられ苦痛絶えがたく
41:07感触感触々し
41:14また善事の
41:17そういうなる風刺なく
41:21言うそうな姿はもうなくなってしまったという
41:30悲しい文書だねえ
41:32本当に悲痛な叫びがねえ
41:43良き時代が来ると思って
41:46待ち望んだものがねえ無残にも
41:54その頃の狩宿がおじにあてた手紙
41:58自分の信念を改めて告げていました
42:03私は犯罪を犯したつもりは全くない
42:08ほどなく公明盛大な判決が下ると信じている
42:14私の目的は今の管理を退けて
42:17自分がその地位を占めることではない
42:21人間の自由を保全し
42:24人民の権利を拡充し
42:27幸福を増進して
42:28世の中の改良を図ることが目的なのだ
42:38狩宿中江を含む58人が
42:40告示犯として東京の高等法院に送られました
42:47そのうち河野博中をはじめとする6人が
42:51政府転覆を図ったという罪で
42:53証拠のないまま懲役刑に処せられました
43:01東京へ戻った三島道経は
43:03内務省の土木局長になります
43:09福島北方事件から2年後
43:12合図散歩道路は完成しました
43:17これ以降
43:19内務省が主導権を握り
43:21地方を開発していくようになります
43:31三浦文次ら若い民権家たちは
43:33追い詰められていきました
43:36三島の暗殺を企て
43:38カバサン事件を起こしますが
43:40逮捕され死刑となりました
43:56明治17年
43:58埼玉県の秩父では
44:003000人もの農民たちが
44:02秩父公民党を結成
44:05氷菓を襲い
44:06軍役所を占拠します
44:09秩父事件です
44:12政府のデフレ政策によって
44:14人々は借金や重税に苦しんでいました
44:22菅原さんが演じた元藍津藩氏も
44:25この事件に身を投じます
44:26秩父の外へ出る
44:31秩父の外には
44:33まだいくらでも百姓はおる
44:36いくらでも味方はおる
44:42激しい民衆の抵抗は
44:45警察と軍隊によって
44:47鎮圧されました
45:03秩父から
45:05峠を越えた長野県
45:07東真流市
45:11ここで秩父公民党の
45:13最後の戦いがあった
45:17そして
45:19散り散りに散った
45:28昭和8年
45:31遺族によって
45:34戦いで亡くなった
45:36獅子たちの墓が建てられた
45:48秩父
45:50暴徒
45:52戦死者の墓が
45:59歴史の中で
46:02長く暴徒とされた
46:04古民党の人々こそ
46:08自由民権の志を最後まで
46:12貫いた獅子たちではなかったのか
46:23明治22年
46:25大日本帝国憲法
46:27いわゆる明治憲法が発布されます
46:33天皇が定めて国民に与える
46:36金帝憲法
46:38主権は天皇にありました
46:45広野博中は
46:46憲法発布の大社によって
46:487年ぶりに出国を許されます
46:52翌年の
46:53第1回衆議院選挙に出馬
46:57獄中で困窮した
46:58河野を助けようと
46:59地元の支持者たちが
47:01お金を出し合って
47:02当選させました
47:08狩野博中江は
47:10晩年
47:11県会議員を務めながら
47:13道路の改修や
47:14鉄道の不設などに取り組みます
47:1953歳で亡くなるまで
47:21波江の発展に
47:22勢力を傾けたのです
47:31仮宿の市から105年
47:34震災後
47:36北方市で避難生活を送っている
47:40大和田さんを訪ねた
47:48大和田さんは今
47:55全国に散らばってしまった
47:58浪江町の人たちの消息が分からず
48:02とても気がかりだと言う
48:06これが全県下に行っている証拠です
48:10浪江町に
48:1247県と外国まで入って48
48:17全部行っているんです
48:19大和田さんは
48:21浪江町で長い間
48:24原発の危険性を訴えてきた
48:30どこ行ってもね
48:34無関心なんですよね
48:36人々は
48:37特に若い人たちに聞いても
48:40自由民権というのは一体何なのかもしれない
48:44分からない
48:44聞いたこともないという
48:48これだけ大きな地震があって
48:53その上に原発があんなことになって
49:00それが未だに原発はどこへ行くのか
49:07今菅原さんに言われてみてはっと気が付いたんだけども
49:11俺の自由民権はこれだったなと
49:14それが今度は今我々の代になってみると
49:17たまたまそれが相手が原発だったと
49:21これは国を挙げてやる
49:22もう権力の塊だと
49:25やることを見ていると
49:26どうも手抜きが多い
49:28いい加減なことやっている
49:30そのいい加減なものは危ないからやめてくれとか
49:33あるいはここを直してくれっていうのが
49:35これもやっぱり俺自由民権じゃないかなとも思うんですよね
49:39ご視聴ありがとうございました

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