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  • 2 日前
イスラムに愛された日本人 知の巨人・井筒俊彦 2019.11.8

カテゴリ

📚
教育
トランスクリプション
00:14ご視聴ありがとうございました
00:33サラン サヘルローズです
00:37今私は自分のふるさとイランに来ています
00:42聞こえますか
00:44これは1日5回のお祈りの時に聞こえてくるコーラ
00:49ンです
00:50コーランとはイスラム教徒の人たちにとって
00:53欠かせない神の声を綴った経典です
00:58そのコーランを日本で初めてアラビア語の言語から日本
01:03語へ翻訳したのが
01:04伊津敏彦という学者でした
01:09伊津敏彦は30以上の言語を自在に読み話すことが
01:15できた
01:18英語 フランス語 ドイツ語をはじめ
01:23ヘブライ語 ロシア語 ギリシャ語 アラビア語 ペル
01:28シャ語 サンスクリット語など
01:36柴良太郎は伊津と対談した時にこう伊津を評している
01:43常々この人は20人くらいの天才らが一人になっているな
01:48と存じ上げていまして
01:52去年 伊津つについてのドキュメンタリー映画が
01:55伊津つがかつて研究生活を送っていたイランで作ら
01:59れた
02:07伊津つの発展的講座は
02:07伊津つはイランによりも自在に
02:10伊津つの勉強さは
02:19イランについての道具を取り付ける
02:20だと信じている
02:25伊津つの勉強さは
02:27伊津つの勉強さは
02:27伊津つの勉強される
02:28伊津つの勉強さは
02:37イズツはイズツは異文化の壁を乗り越え
02:49世界の様々な哲学、宗教、思想の間の対話を可能にし
02:55ようとした
02:58東と西との生きた思想的対話の場を作り出すこと
03:02ができたなら
03:08今、世界のあちこちで分断と対立が起きています
03:13ここイランでもアメリカとの対立が深まり緊張が続
03:18いています
03:24私はイランイラク戦争の戦場となった町で生ま
03:27
03:28親を失い、孤児院で育ちました
03:36後に養母となってくれた女性に引き取られ
03:408歳の時、日本に来ました
03:48戦争や対立が生み出す悲しさを身に染みて感じ
03:52ているからこそ
03:53私はイズツさんが世界の架け橋となる哲学を目指した
03:57と知り
03:58興味を持ちました
04:02私はこの話をいただくまでは
04:04イズツトシヒコのことをよく知りませんでした
04:08しかし、この時代だからこそ
04:10対立や分裂が起きてしまっている
04:13ですからイズツさんが教える哲学は
04:16大きな意味があると信じ
04:17この旅を始めました
04:20さあ、あなたも一緒に
04:22イズツトシヒコを探る旅へ出かけましょう
04:54ご視聴ありがとうございました
05:06イズツトシヒコを巡る旅は
05:09鎌倉にあった家を訪ねるところから始まりました
05:20ありました
05:23イズツトシヒコが亡くなった後
05:31この家は親族が管理されています
05:38許可をいただいて家の中を見せていただきました
05:49これきっと本棚だったんですね
05:52ここに来たイズツさんの本がずらっと並べたんだ
05:59すごい
06:02ここも全部本棚
06:06驚いたのは本棚の数の多さです
06:12イズツさんは3つの書斎を持っていました
06:18そしてアラビア語の本
06:20中国語の本
06:22英語の本
06:24日本語の本など
06:26それぞれの言葉に分けて整理されていたそうです
06:32イズツさんは無数の言葉に囲まれて
06:36生涯へ送られた方でした
06:45イズツさんの写真
06:56初めましてサエルです
07:02家の横に置かれた一枚のお皿
07:06イズツさん自身が文字を記し
07:09大切にしていたものを
07:11亡くなられた後
07:12ご遺族が備えられたそうです
07:19これって
07:23何て書いてるんだろう
07:27
07:29を表現してるんですよね
07:31これ
07:34無の一文字
07:36イズツさんにとって
07:38無とは何だったのでしょうか
07:43イズツ俊彦は1914年
07:47大正3年東京を生まれ
07:51父慎太郎は新潟の米問屋の次男で
07:54石油の輸入をしていた商社マンだった
08:00書と禅に親しんでいた慎太郎は
08:03息子の都市彦に
08:04幼い頃から独自の修行法を教え込んだという
08:12イズツが父から受けた修行の内容を
08:15著書の中で具体的に記している
08:22私はこの父から
08:24彼独特の内観法を教わった
08:28というよりも
08:28むしろ無理やりに教え込まれた
08:37彼の方法というのは
08:39まず
08:40ぼっこんりんりんたる
08:41心の一字を書き与え
08:44一定の時間を限って
08:46来る日も来る日も
08:47それを凝視させ
08:49やがて
08:50木熟すと見るや
08:51その詩編を破棄し
08:54詩上に書かれた文字ではなく
08:56汝の真鍮に書かれた文字を見よ
09:0124時間の間
09:02一瞬も休みなく
09:04それを凝視して
09:05燃料の産卵を
09:06一点に集定せよと命じ
09:09さらに時を経て
09:12汝の真鍮に書かれた文字をも
09:14余すところなく相当し尽くせ
09:18心の文字ではなく
09:19文字の背後に
09:21汝自身の生きる心を見よと命じ
09:24なお一歩を進めると
09:27汝の心をも見るな
09:30内外一切の桜んを去って
09:32ひたすら無に起没せよ
09:36無に入って無をも見るな
09:38といった具合であった
09:49無に入って無をも見るな
09:54このいわば絶対的な無の体験は
09:58何を目指していたものなのでしょうか
10:05東大寺の森本康生長老
10:10仏教の僧侶であるとともに
10:13イスラム史の専門家で
10:15伊津津さんとも交流がありました
10:20やっぱりお父さんのですね
10:23教育っていうのが比較的徹底してたのかなと思うんですけども
10:28これはもう禅宗というものそのものですね
10:31つまりはその言葉を捨て去る
10:34言葉のない世界に入るように仕組まれた
10:40悟りの境地というのは
10:42広大無変であって
10:43なかなか人間の言葉にはできないもんだよ
10:48不仮説ということを言うんですけど
10:55父親から厳しい禅的な修行を受けていた伊津津だが
11:01一転して中学はキリスト教教育の
11:05青山学院中学部に入学する
11:08毎朝大行動で礼拝が行われた
11:15伊津津は礼拝になじめず
11:17心身症のような症状になったという
11:21そして
11:25伊津津は礼拝で牧師の話を聞いていると
11:30なんて嫌な世界なんだろうと反発し
11:33吐き気を催しておうとした
11:40当初
11:41キリスト教に対して
11:42生理的な反発を示した伊津津だったが
11:46ある日
11:47聖書の中の一文に目が釘付けになる
11:55はじめに言葉あり
11:57言葉は神と共にあり
12:00言葉は神なりき
12:06驚きとも感激とも使わぬ
12:07実に異様な気分に圧倒されたことを
12:11私は覚えております
12:13言葉は神であった
12:16なんという不思議なことだろうと
12:17私は思いました
12:18もちろんその頃の私には
12:22しかし意味不明のままにしかも何となく底知れの
12:26深みをたたえた神秘的な言葉としてこの一文はその
12:30後も長く消し難い余韻を私の心の奥に残したので
12:34ございます。
12:36長年伊津津さんの哲学を研究してきた安藤麗司さん
12:42善的な環境に育った伊豆俊彦が青山学院に入って
12:46やっぱり衝撃を受けるんですね。ヨハネの福音書の冒頭
12:50にですね、はじめに言葉があった。そしてその言葉は神であった
12:55と。世界は言葉では絶対に表現できないものだったはずなの
13:00に、まさに世界は言葉であると。神は言葉であると。全く
13:07正反対なんですね。
13:09逆に言うと自分が育った環境と全く正反対の教
13:14えや哲学があるというそういったような衝撃でもあったと思うんですね。
13:19伊津津がさらに言葉の持つ奥深い世界に興味を
13:24抱いていくきっかけがあった。
13:29英語の授業で、ゼアリズ・アン・アップル・オン
13:32・ザ・テーブルを訳せと教師が言う。
13:36テーブルの上にリンゴがありますと伊津津は答える。
13:41それなら、ゼアラ・アップル・オン・ザ・テーブルはどう
13:44だと言われ、やはりテーブルの上にリンゴがありますと
13:49答える。
13:50君にとってリンゴは1個でも10個でも同じなのかと
13:55教師は言う。
13:58帰りの電車の中で、ふとリンゴの問題が伊津津を
14:02捉える。
14:03日本語では、単数・複数の区別はさほど明瞭ではない。
14:08しかし、英語を使う人々は、物が1つなのか2つな
14:14のかを常にはっきりと区別しなければ、言葉を発する
14:18ことができない。
14:20そんな人間の心の働きは我々とはよほど変わっている
14:25に違いない家に帰り着いた時私は興奮しきっていた世界
14:35中の言語を一つ残らずものにしてやろうなどというとん
14:39でもない想念が心の中を駆け巡った。
14:46英語では必ず数を表現しなきゃいけないとこれは日本語
14:50にはないことだと言葉によって世界の切り取り方が全然
14:55違うとこれが非常に大きなショックだったショックというか発見だ
15:01ったわけですよね。
15:04伊津津は青山学院から慶応義塾大学に進み伊津
15:09津自身が我が生涯唯一の師と呼んだ人物と出会
15:14う。
15:17西脇純三郎は全芸的な詩人であるとともに優れた
15:21言語学者でもあった。
15:28伊津津津津津津津津津津津津津津津津津津津
15:30津津津津津津津津津津津津津津津津津津津津
15:32津津津津津津津津津津津津津津津津津津津津
15:36津津津津津津津津津津津津津津津津津津津津
15:38津津津津津津津津津津津津津津津津津津津津
15:39津津津津津津津津津津�
15:55慶応大学で研究者となった井筒さんは自身の考え
16:00を推し進め一冊の本にまとめます
16:06それが初期の代表作神秘哲学です
16:14ギリシャの哲人たちが彼らの哲学の底に彼ら
16:19の哲学的指示の根源としてまさしくビタ・コンテンプ
16:24ラティーバの脱磁的体験を予想していることを知ったと
16:28き私の驚きと感激とはいかばかりであったろう
16:35脱磁的体験とは体から魂が抜け出すような瞑想体
16:40験のことです井筒さんは西洋のギリシャ哲学の根底
16:47に東洋的な修行体験との共通性があることを発見
16:52しましたはいどういった哲学なんですか?
17:00聞き慣れないですけど神秘とはなかなか結びつかない本当に
17:03むしろ哲学って本当に理性の究極にあるようなそういった
17:09学問というふうにわれわれは思いますし自分が善の修
17:17行で言葉を使わずに一つ一つ得していったようなそう
17:21いった体験
17:23それをギリシャの哲学者たちは理性の光を当てて
17:31なるべく明確な言葉で語っていこうとそれを井筒さんは
17:37非常に感動されたと思うんですね。
17:41西洋的な理性の哲学と東洋的な言葉を超えた
17:46修行体験相反すると思われたものに共通性を見いだした
17:52井筒さんは言葉を超えた世界を言葉で語っていくことを
17:57決意します。
17:59それは世界の架け橋となる思想を生み出す第一歩でしたお
18:17きれいすごい!
18:21引っ張りですね。
18:26私が訪ねたのはイスラム教のモスク東京ジャーミー
18:31です。
18:34私が訪ねたのはイスラム教のモスク東京ジャーミー
18:39です。
18:49私が訪ねたのはイスラム教のモスク東京ジャーミー
18:54です。
19:07コーランはマホメットを通して神が直接人間に語った
19:12言葉とされている。
19:16繰り返しが多く陰を踏んだ詩のような独特な文体
19:20で古代アラビアではシャーマンが使っていた。
19:26聞く者の心に深く働きかけ言葉の力を十分に
19:31発揮させる。
19:34イズツツは現実を超える世界を言葉で表現するものと
19:39してコーランに興味を持った。
19:471937年それまで独学でアラビア語を学んでいたイズツ
19:52ツは、あるタタール人にアラビア語の先生になってほしいと
19:56申し入れる。
20:01アブデュルレッシュとイブラヒムは東京ジャーミ
20:03ーの前身となる東京海峡礼拝堂の初代指導者だ
20:08った。
20:11それだけでなく、イスラムを世界に広げようとするため、日本の要
20:16人たちと交流を持つ活動家でもあった。
20:22イブラヒムが日本に来た背景には大きな時代のう
20:26ねりがあった。
20:2819世紀半ばから欧米列強のアジア進出は加速し、
20:33植民地化が進んでいた。
20:37その中で、アジアは連帯して欧米列強に対抗するべ
20:42きであるとするアジア主義が生まれる。
20:46日露戦争で大国ロシアに勝利を収めた日本は、唯
20:51一欧米列強に対抗できる国ともみなされていた。
20:57イブラヒムはそうした日本の国力に期待しやってきた人物
21:02の一人だった。
21:07伊津津は初めて出会った時のことをこう語っている。
21:14玄関の間に呼び込まれて座っていたら、奥の間からイブ
21:18ラヒム爺さんが出てきた。
21:21キレの長いすごい目で人を見て、手に一冊の本を持って
21:26いたんですが、それを私に見せながら、突然、ハーザルキタ
21:31ーフジャンアミンアメリカとコテンアラビア語で
21:34言うんです。
21:36人の顔をじーっと見つめて、それで、ア・ファヒムだと言
21:42うんです。
21:44わかるかね、どころの騒ぎじゃない。
21:47こっちは生まれて初めて憧れのコテンアラビア語を
21:51生の音で生きた口から聞いたから感激そのもの。
21:56うれしくて大変だった。
21:59そうしたらその感激が向こうに伝わったらしく、お前は見ど
22:04ころがある。
22:05だから一週間に一遍くらい来て話しながら勉強する
22:09がいい。
22:11ただし、アラビア語をアラビア語としてだけ学ぶなん
22:14てことは馬鹿げている。
22:17イスラーム抜きにアラビア語をやることは愚劣だ。
22:21アラビア語をやるならイスラームも一緒に勉強し
22:24なければダメだ。
22:28アラビア語を通じてイスラムそれ自体に興味を
22:32持ち始めた伊達さん。
22:34やがてコーランに込められている思想に感銘を受
22:38けていきます。
22:41ムハンマドは最初神の声を聞いて、それを人々に広
22:46めるときに、
22:48コーランの内容があまりにも平等主義的というか、当
22:53時のアラビア社会は
22:54部族主義ですけれども、そういった血統を重要視しないで、
22:59民の前ではみんな平等なんだと。
23:02伊達さんの言い方ですと、ムハンマドは私にとっての
23:05英雄だったという言い方をしていると思います。
23:08それはどういう意味かというと、言葉の力によって社会を根
23:12本から変えてしまった人。
23:15奴隷もお金持ちも女性も男性も平等であるとそう
23:19いう社会に変えてしまったしかも言葉の力によって変えてしま
23:22ったその点が伊津さんにとっては実はイスラムというのはそ
23:31もそも国境という概念を持たないと神の人では全てが
23:35平等だとそういったような形で国を超える国を超える新
23:41しい世界のビジョンというのは。
23:57伊津津がコーランやイスラムの中に平等主義
24:02や理想を見いだしていた頃歴史は大きく動き始めて
24:06いた。
24:161941年、日本軍は大東亜共栄権構想の下、アメリカ、
24:22イギリスに戦線を布告し太平洋戦争を開始する。
24:30この頃伊津津はアジア主義の思想的リーダーだった
24:34大川周明が主催する満鉄東亜経済調査局付属研
24:39究所でイスラム書籍の整理をしていた。
24:43また1945年5月慶応大学語学研究所教授に就任
24:49した記録が残されている。
24:53しかし伊津津自身は戦争中のことをほとんど語
24:57らず書き残してもいない。
25:02松本正男先生っていう慶応大学の哲学の先生で伊津津先生
25:08の親友というか伊津津先生が一番頼りにされてた先生が
25:14いるんですけども、その人から伊津津先生、戦時中にちょっと徴兵されて
25:20たことがあるんですよっていう話を聞きました。
25:25海軍にね、閉営生活なんてうまくいきようがないんで、いろい
25:32ろ困ってたらしいんですけども、そしたらたまたまね、上官にあ
25:37たる人が、慶応大学の卒業生の人がいて、見るに見
25:42かねて、伊津津先生をその一月のなんていうんですかね、世話
25:49係に指名してくれたんだそうです。
25:52それでお前はもう図書室行って本読んどれっていうことで、なんか
26:01本を読んでる役目の兵隊さんをしてたらしいんですね。
26:21戦後、伊津津はコーランの翻訳作業に邁進する。
26:26それまでにもコーランは日本語に訳されていたが、いずれ
26:31も英語やドイツ語訳などからの翻訳だった。
26:37伊津津の訳は、アラビア語の言語からの初めての翻
26:41訳であり、原文の持つ意味や味わいを的確に伝え
26:45ようとする画期的なものだった。
27:00コーランに社会そのものを変えようとする言葉の力を
27:05感じた伊津津さん。
27:08激しい時代のうねりの中で、やがて異なる文化の壁
27:13を言葉の力で乗り越えようとしていきます。
27:22お祈りの中で、やがて異なる文化の言葉を感じた。
27:31ご視聴ありがとうございました
27:58イズツさんは55歳の時イランへ渡ります
28:06今イランはアメリカと対立し経済制裁を受けて
28:11います
28:13バザールで一般の方々の声を聞きました
28:52世界で対立が深まり
28:55異文化をつなぐ思想が求められている今
28:59イズツさんはまさにそうした試みを
29:02すでにこの国で行おうとしていました
29:09まずイズツさんは伝統的なイスラム哲学を
29:13現代的な目で分析し
29:16西洋の新しい哲学と比較する研究を始めました
29:23イズツさんとともに研究していた
29:25メヘディ محققさんです
29:29イズツさんは
30:02イズツさんの研究は
30:04イスラム哲学と西洋の比較にとどまりませんでした
30:10やがてその興味は
30:12老僧思想や仏教など
30:14東洋思想全般へ広がっていきます
30:20そして伝統的な東洋思想には
30:23共通性があるという考えを深めます
30:28イズツさんは東洋と西洋という異なる文化を
30:33哲学を通じて対話させようという考えに至りました
31:06イズツさんの教えを受けた
31:09イズツさんは
31:11この文化を受けた
31:15イズツさんは
31:16イズツさんは
31:28世界的哲学という構想を持ち始めるきっかけは
31:32ある国際的な知識人の集まりにもあった
31:37毎年スイスマッジョーレコハンで開催されていた
31:41エラノス会議
31:461933年に始められ
31:49心理学者イングが指導した
31:53エラノスとは
31:54ギリシャ語で会食という意味で
31:57東西の出会いの場を理念に掲げ
31:59およそ10人ほどの学者が
32:022週間ほど新職を共にし
32:04議論を戦わせた
32:09イズツは
32:10イラン滞在に重なる
32:121967年から1982年までの
32:1615年間参加した
32:19イズツは
32:20ここで禅などの東洋思想を紹介し
32:23アンリ・コルバンなど
32:25西洋の哲学者たちと交流を重ねた
32:32エラノス会議に出席した経験を持つ
32:34宗教学者の沢井義次さん
32:39雰囲気はね
32:40とってもね
32:42なんていうんですかね
32:43自由というか
32:45雰囲気がいいですよね
32:46全くその時間の制約ないんですよ
32:50だからあとですね
32:51講演にも対しても
32:54その場での質疑応答ないんですね
32:57それであと
32:58講師の先生方は
33:01終わりましたら
33:02ラウンドテーブルというのがあって
33:05横の方にですね
33:07会食をするような場がありまして
33:09そこで
33:10講演が終わったら
33:12みんなおワインを飲んだり
33:13そこで先生方がいろいろ
33:16どういうふうに思われたのかというのを
33:18話される場があるんですね
33:19超一流の先生方ばっかりですから
33:22とっても
33:23伊豆先生も刺激を受けられたんじゃないかな
33:26と思うんですね
33:33異なる宗教や文化の対話を模索していた伊豆
33:39その哲学を紹介する映画が
33:42去年イランで作られ
33:44各地で公開された
33:47シャルギー東洋人と題された映画
33:51伊豆を知る13カ国
33:53100年以上の関係者に
33:55インタビューを行った対策である
34:20オリエンテとオリエンテとオリエンテ
34:40今もイランでは
34:42多くの学生が
34:43伊豆説学を学んでいます
35:14伊豆説学
35:16世界をつなぐ架け橋となる哲学を構想していた伊津津
35:20さん
35:21しかし突如その研究は中断を余儀なくされました
35:351979年に起きたイラン・イスラム革命
35:40それまでの王族の統治を覆し新たな体制を目指す
35:44ものだった
35:57こちらの建物の2階に伊津津さんは住んでいたそうです
36:00そしてその向かいにあったこちらの建物が情報床だったそうなん
36:05ですね
36:06革命の時には民衆が押し寄せ暴動も大きい銃声
36:10も聞こえていたそうなんです
36:14当時王立の機関に所属していた伊津津は身の危険
36:19を感じるようになる
36:22その時の心境を後につづった伊津津さんの文章があります
36:29夜には陰鬱な雨がよく降った
36:33どこか近くの建物の屋上で
36:36突然神を賛美する悲痛な叫びが響く
36:40たちまち四方八方の屋上から他の声がそれに昭和
36:46する
36:47王政に対する激烈な挑戦だ
36:52それを下から狙い撃ちする政府軍の兵士たち
36:56暗い夜空を見上げる私の心に
36:59何とはなしに
37:01運命という言葉が巨来した
37:10結局伊津津は日本政府が用意した最後の救出機で脱出
37:1610年にわたるイランでの研究生活にピリオドを
37:20打った
37:30イラン戦争が始まります
37:30伊津津さんが去った後もイラン革命の余波は続きます
37:361980年イラクが侵攻
37:40イランイラク戦争が始まります
37:46そして私もこうした戦乱の中で大きな悲しみを受けた
37:52一人です
37:54私が生まれたイラン南西部にある町も戦場となりました
38:07私は親を失いその後御寺院で捧げられました
38:15私は親を失いその後御寺院で捧げられました
38:41やっぱり不思議ですね
38:43コーランは
38:48すごく久々に生で聞きました
39:04心の中にスーッと入ってくる感覚と
39:13いろいろ
39:14溜まったものが一気に溢れ出ますね
39:17この声と言葉を
39:26伊津津さんもこんな気持ちで聞いてたんでしょうかね
39:30やっぱり
39:34異なるもの同士が
39:36対話できる共通の思想を作りたい
39:40混乱のイランを去った伊津津さんは
39:43そんな思いを強く抱いたのかもしれません
39:55帰国後の伊津津は精力的に本を出版していく
40:04東洋哲学
40:07伊津津津が取り組んだそれまでの研究を集大成するテ
40:11ーマだった
40:14それは
40:15インド哲学
40:17仏教
40:19ユダヤ教
40:20ギリシャ哲学
40:22イスラム
40:23ローソー思想など
40:25中東やギリシャを含めた
40:27様々な宗教や思想に共通する構造を見出し
40:32一段上で東洋哲学として一つにまとめようとする試
40:37みだった
40:41伊津津は伝統的な東洋の思想の根底には共通する
40:46ものがあると考えていた
40:50伊津津さんの東洋哲学っていうかね思想の一番のキーポ
40:57イントで根底でいろんな宗教の大元のところで鳴り響
41:03いてる和音みたいなものをね取り出したいっていう気持ちが強
41:07かったんだろうなって僕は感じてましたね
41:11でその響きには構造があったり論理があったり論理を
41:15超えた何かがあったりそれを取り出そうとする努力を
41:19されてたように思うんですね
41:22世界中にはいろんな宗教が分かれてしまってお互い対立し
41:26合ったりしてるんだけれども
41:29それを大元までたどっていくとあらゆる宗教っていうのがかな
41:33り行き来できるようになるわけですね
41:35イスラム教も仏教もいろんな宗教が自由に行き来
41:41できるような領域っていうのを探ろうとしたわけですね
41:48さまざまな東洋の思想が共通性を持ち始める
41:52のは深層意識心の一番深いところ
41:58つまり伊津津が考える東洋哲学の東洋とは
42:03日が昇るように意識が立ち昇る心の一番深いところという
42:09意味だった
42:14伊津津さんの伝えたかったこと
42:17こうなってほしかった世界と今の現代社会の差をどのように
42:22感じてますか
42:25今の背外主義的な主張をするリーダーたちには
42:31伊津津さんはかなり激しい言葉で批判する人でしたから
42:36多分今のリーダーたちやそれに乗せられてる傾向には
42:42激しい憤りを持ったと思いますね
42:45現代は伊津津さんが目指してた世界とはちょっと違う方向へ
42:49向かい始めてるところがたくさんあります
42:52伊津津さんはイスラム学なんてのを超えてあるいは東
42:58洋哲学なんてものを超えてヒューマニズムユーマニ
43:03ズムっていうのを目指してたと思いますねそういう人類全体が平等
43:08であるっていう哲学にまで向かいたかったんだろうという気がしますね
43:16全世界を巻き込もうとしている地球社会界への高等た
43:21る潮流の中で
43:23日本とイスラム諸国とはもはやそれほど遠く隔たって
43:28はいないのだ
43:34我々が人類文化のグローバライゼーションの理念を
43:39信じ
43:40地球社会の理想的な形での形成に向かって進んで
43:45いこうと望むのであれば
43:48何よりもまず我々は我々自身を作り変えなければ
43:53ならない
44:001993年1月7日
44:04鎌倉の自宅で朝出筆を終えた伊津津は
44:08妻に寝るよと言った後倒れそのまま亡くなった
44:1478歳だった
44:29ご自宅からほど近い遠隔寺雲長湾に伊津津さんのお
44:34墓があります
44:43あ、ありました
44:45ありました
44:48失礼します
44:50失礼いたします
45:04すごいこれ神尾ですよね
45:08ここに五つ俊彦先生の名前があるんですけれども
45:1478歳で亡くなられて
45:17使い下りた名前が上洛院
45:23敏彦先生の年が入って
45:27禅の文字がやっぱり入ってらっしゃるんですね
45:53はいどうぞ解いてください
45:57ありがとうございました
46:01いかがでしたか
46:02ありがとうございます
46:04あのとても難しいですね
46:06難しいですね
46:07とてもいろんなものが無理になろうとするんですけど
46:14何も考えないよとしていると
46:17逆にいろんなことが
46:18次から次へと
46:22入ってくるんですよね
46:31この旅で最終的に
46:32改めて伊津津さんの言葉をたくさんいただいてから
46:38最後に全音した時に
46:40あっ無になるってことは
46:44決して何かを失うのではなくて
46:47無職になれるからこそ
46:50他人の違いを受け入れることもできるし
46:52周りをもっとちゃんと見ることができる
46:56大事なスタートラインなんだという風に感じました
47:02伊津津さんは晩年
47:04コスモスとアンチコスモスという講演を行いました
47:09コスモスは西洋的物質世界
47:13アンチコスモスは東洋的精神世界であるとして
47:17新たな哲学の可能性を説きました
47:22東西の哲学的芸術を融合した形で
47:27新しい時代の新しい可燃的世界文化課題を構造する必
47:34要が
47:35あたるところで痛感されている
47:36今日の思想状況におきまして
47:40もし東洋哲学に果たすべき何がしらの
47:44積極的役割があるとして
47:47それはまさに東洋的無あるいは空の哲学な
47:51アンチコスモス的コスモス
47:54いわゆる柔軟なコスモスの
47:57性質を考えることを可能にするというところから
48:01起発する新しい基礎の展開であるのではなかろうかと
48:06私は思っておられます
48:12言葉を超えるものを言葉で語ろうとし
48:17異なる文化に共通する大元を見いだそうとした
48:22五十俊彦
48:25その志は輝きを増しています
48:58ご視聴ありがとうございました
49:00ご視聴ありがとうございました
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