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  • 2 days ago
あなたの知らない京都旅 豊臣兄弟大出世を決めた3つの戦い - 2026年04月13日

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00:05いいですね 雨のお城 物語がいっぱい詰まっている感じがしますよねこんばんは
00:16内藤隆です 今僕はですね 岐阜県の大垣市に来ております
00:24そして今後ろにありますのが 角又城 豊臣秀吉が出世のきっかけになった場所とも言われていますで
00:40なぜ今日僕がここにいるのか豊臣兄弟の足跡をたどる旅のですね
00:46第2弾をお送りしたいと思いますなぜ雨が降っているのか これは意味があるんですよ
00:49たまたま雨が降っているからロケしているんじゃなくて わざわざ雨の日に来たんですよはい
01:04これは後ほどご説明します異例の出世を遂げた秀吉とその弟秀永この物語は今タイガードラマでもね
01:09今放送されておりますしかしこの出世の物語の裏にですね
01:13語られざる物語があるんですね
01:18そのあたりを今日は知るためにですね 特別に京都を飛び出しましてえー
01:20岐阜 福井 そして滋賀県 この3カ所を回りながらえー
01:352人の足跡をたどってみたいと思います一夜にして敵地に城を作ってしまった信長の天下取りを大きく躍進させた
01:42スノマタ一夜城おおーなるほどなるほど
01:44戦のためのこうね 基地ですね この完全にそうなんですね秀吉はどうやって一夜で気づいたのか秀永が活躍した中で一番早い記録だと思ってなるほど重要資料に残る弟秀永の活躍
01:52そして
02:13浅井が三密打ちになった その時のピンチを作ったのが秀吉信長絶体絶命の危機を命がけで救った
02:19金ヶ崎の戦い
02:24戦いの中心は実は秀吉なんですね裏切り者
02:32浅井氏討伐で秀吉に託された責務とは豊臣兄弟
02:36大出世を決めた3つの戦い
02:56あなたの知らない京都旅こんな風に見えるんだねちょっと行ってみましょうかね
02:58ひょうたん これは秀吉の象徴でもありますね出世橋と書いてありますねはあ行きましょうか先生またよろしくお願いしますよろしくお願いしますあの出世橋の上でちょっとお話をしたいと
03:19豊臣兄弟にも詳しい歴史作家 河井敦史さんです
03:43この場所です出世橋と秀吉と関係あるところだけどそうなんです出世に関係ある場所なんですねこの辺りははいここはやっぱりここが本当に秀吉そしてもしかしたら秀長も含めて豊臣兄弟の出世の始まりですね何か理由がきっとあるんでしょうね理由があります
04:12いろいろ教えていただきたいと思いますけど分かりましたまずははいまずはちょっとねこちらをご覧くださいはい豊臣兄弟の主君といえばね織田信長ですけどもこの織田信長にとってですね今回この場所もね重要なつながりがですねあるんですねですから今回は織田信長とこの豊臣兄弟の関係をねひも解くという形でいろいろ回っていきたいと思いますじゃあここから何か大きく動いて
04:38ここから出発していったものもあるんでしょうねはいそういうことですねはい出ましたかはい出ましたはい毎回お馴染みのですねフリップですね信長の命運をも左右する豊臣兄弟大出世を決めた3つの戦いとはまずはまずはえっと秀吉30歳秀長27歳なんとかとなった
04:56これが角又一夜城の真実でしょ角又一夜城って詳しくは知りませんけどなんか早く城を作ったというまあなんとか功績があるわけですね信長の命により秀吉が一夜で気づいたと伝わる角又一夜城
05:24僕こう思いますはいよくある話でわらじ温めてたじゃないですかはいはいわらじ鳥を卒業した瞬間となったはいなるほどなるほどね足軽のような小物みたいな雑用させられているのから小動きにそうです後でご説明いただきますけどこの一夜城を作ったことによって信長がお前はわらじ鳥よりちょっと強いだって思ったその瞬間
05:52なるほど今回ねそのね真実を探りに砂本城に言いたいと思いますあちらですね行きましょうかねはいでは行ってまいります豊臣兄弟大出世の足掛かり角又一夜城の真実とは立派ないらっしゃいますね秀吉像がありますね一郎上にこの立派なね
06:08スノマタのお城がありますけどただ実はこれ平成になってから作られたので当時はこういう姿ではなかったんですねあっこの中は雨が降っていないよかったあえて雨を選んだんですよねそうですよ
06:18現在資料館となっているこの場所には豊臣兄弟が異例の出世を遂げた足跡が
06:29あの砂本大一夜城っていうのは織田信長が今川義元を沖縄で倒したあと今度はあの美濃の国に攻めに行くんですね
06:38天下統一を目指す織田信長は天下統一を目指す織田信長は都へと続く要所を美濃を攻め落とそうとしていました
06:47そこに立ちはだかったのは南高不落の稲葉山城の主 斉藤達沖
07:19その攻略の拠点として必要だったのがスノマタでした重要な敵地に一夜で城を築いた秀吉の前代未聞の作戦とは敵地に城を作ってその稲葉山城を攻略させたいということでで柴田勝英とかいろんな重心にやれやれって言ってやらされるんですけど全部失敗してしまう
07:48ダメじゃないかって言ってる時に私がやりますっていうふうに手を挙げたのが秀吉ということでその秀吉が見事に一夜にして敵地に城を作ってしまったというのがこの場所なんですねそうなんですあの一夜で作ったんですか本当にこれはそうではないんですよはいいろいろな記録があるんですけどもですね一夜で作ったわけではないみたいですね言われてるんですね例えばですよその大工さんとかあるいは木こりさんとか
08:13そういう人たちと農家の出身ってのもあってすごくこう近いところにいたような気がするんですよだからそういう人たちが動いてくれなかったら一夜でできないでしょまあ一夜じゃないかもしれないけどもその船で何かを運んだり財務を切り出したりとか建てることも含めて何かそういう職人さんたちのすごく近いところにいたような気がするんですねどうもだから秀吉はねそういうふうな大土木集団をね率いていたみたいなんですね
08:30スノマタ一夜城は一夜でこそなかったものの土木集団の手で数日ほどで気づかれましたそれでも信じられない速さなぜ実現できたのか?
08:49こちらなんですねおーこれ材木ですねそうなんですね材木たくさん切り出して運搬用と書いてあるからこれは鳥で見たりにした時にこう柵みたいなことをするんですかねそういうことですねまあとにかくスピーディーに作るしかない
09:07そのためには川のいろんな作業に慣れている川並州といったそういう人たちがいっぱい川周辺で生活されていたのでその人たちを味方に引き込むしかないということで秀吉がですね一生懸命こう説得した
09:25このスノマタ一夜城の作り方なんですけどもやっぱりちゃんとその築城したらもうとても時間がないのでもうあの一気に組み立てられるようなプレハブみたいなものを作ろうということでこの川の上の方でですね木を切り出してでそれをねイカダなどに組んでぐわーっと流して
09:47この松倉城というところできちっと製材にしてでさらにね一気に川に流してここだスノマタに運んだとここがスノマタ途中で一回こう成形してるっていうかきちっとねもうすぐに組み立てられるようにしてっていうそこがやっぱりすごいですね特化した人たちを率いてないと出ませんよねそんな
10:14スピード工事の秘密は川並州の協力のもとあらかじめ木材を加工してスノマタに近い場所まで運んでおくことでしたで雨ですよはい雨わざわざ今日来た理由はここが問わないとダメですねそうですねちょうど雨季の時期6月の半ばぐらい旧暦でだったので
10:44もしかしたらこうかなり雨が降って豊かな水が流れてないとなかなかその運ぶのも難しいと思うんですねなるほどだからわざわざ来たんですねはい大変なことでしたねそうですね雨が確かに日上がってたらそんないくら財務を切り出したって流せませんもんねそうですね当日も雨が降ってた可能性はあるかなと思うんですねそういうねものを使って作った砦の復元模型が実はあるのでそっちにそれではっきり分かりますね
10:45あっこれですか
10:51あっおーでかいなこう見るとおーなるほどなるほど
10:58天守はないわけですね天守なくて戦のためのこうね基地ですねこれ完全にねそうなんですね
11:05古文書A6スノマタ機に基づき再現されたスノマタ一夜城
11:12まずは最初に馬防柵というか柵をねぐわっと柵をとにかくまず巡らせたと
11:18川に運んでわーっと立てればもう恐らくまさに1日ぐらいで必死にやればできてしまう
11:27そうするともう敵はなかなか入れない入ってきたら鉄砲で隙間から撃っちゃうっていうことができるのでこれをまず最初に柵を作ってから
12:15このスノマタという重要な地が敵地になったことで稲葉山城の陥落につながったっていうふうにいわれてますよねこのジオラマはねこの絵図が元になってるわけですけどこの絵図が描かれた資料がねあちらにあるのでちょっと見ましょうかはい
12:20驚異の速さで築き上げられた城
12:26その陰には秀吉を支えた人物が
12:30こちらですねおおこれですか
12:42前の文書って言って別名あの武功やわと思うんですけどその中でその特にスノマタ城の記録だけを抜き出したのが英六スノマタ
12:53あっそうなんですね武功やわには川並州を動かした弟秀長の活躍が記されていました
13:12スノマタの時にぜひお願いしますよっていうふうに八二日五六とか前の長谷さんに頼んだんですけどややちょっと命の危険があるからできないですよって秀吉がいくら言っても聞いてくれなかったとところがまあ秀長が出てきて自分の話を聞いてくれなかったですね
13:30自分たちはこれに命をかけているとお兄ちゃん命をかけているからぜひお願いしますってあの彼は結構とつとつとしか言えなかったんですけど誠意を持って言ったらわかったということであのその一生懸命話す姿に感激を受けて八二日五六たちがじゃあやりましょうとなったというふうに書かれてるんですね
13:55やっぱり秀吉と秀長はこう二人で一つの何かこうまあなんだろうなそれぞれ得意な分野が違ったのかもしれませんよねなんかこうそうですねなんか頭で発想してガンガン行く兄貴がいてそれをちゃんとまとめていく弟がいたみたいなことなんですかねそうですね誠実に支えていったのかもしれないですねなるほど
14:10だからそれは本当に面白い話が初めてだから秀長が活躍した中で一番早い記録だと思うんですねなるほど登場するのがねそうですね武功矢話につづられた秀長の功績
14:39しかしその記述には多くの謎がありますこの武功矢話という記録がまあもしかしたらちょっとかなりフィクションが入っているまあ偽物ではないかというふうな人もいるんですね逆にあのいやそんなことはなくてやっぱりかなりその真実が含まれてるんではないかという学者さんもいてこれだからまだねその決着がついてないかまだ論争が続いているのでだから
15:09必ずしももうこの通りかどうかということも言えないですしじゃあ全く虚構かということは言えない伝えたいと思った人っていうのがいるわけじゃないですか書きたいと思った人は自分のことよく書くかもしれないけど伝えていく人たちはその人たちの後の世代でしょでもこれは言っとこう言っとこうと思うから多分あるわけだから真実はあるとは思いますねその中にね僕の回想録はもう真実なしで書きますめっちゃいいことも書かれかれていつか回想録を
15:22そういうものですね回想録でそういうものだと思いますではこの一夜城敵の稲葉山城から実際にはどれほど近かったのか
15:51内藤さん今説明した稲葉山城ここからすごく見えるんですよすごいよく見えるんでじゃあちょっと行きましょうかちなみに先生雨ですよ今日いや見えるでしょうか登ってきましたね誤解に上がってまいりましたお雨やりましたかやらないかやりましたねどこになりますかはいあそこがですね分かりづらいですけど大きな茶色いビルと白いビルの間に山ありますか見えますか見えますか見えますか
16:04あそこがねその稲葉山城岐阜城なんですよこちらが晴れた日の眺め山頂に見えるのが稲葉山城です
16:27険しい山頂に稲葉山城があってそこをね信長が陥落させるためにここに角股にお城を作ったてっぺのお城からはここからよく見えるそうなということは逆も見えるってことでああ敵のお城ができちゃったよみたいな失望感あったんですよねはいそうですねそうですね
16:44じゃあその信長はあそこを塩を取ることによって天下を取ったって感じですねそういうことですね今まで小牧山城っていうところを拠点にしていたんですがあの城がやっぱり素晴らしいっていうことで移るんですね移動してで名前を岐阜という風に変えて
17:11中国の方が取ったものでしたそうですそうですその後が天下不武という印鑑を使い始めて中国のことになぞらえたとも言われる岐阜という名は信長の天下不武への決意だったのかもしれません室町幕を助けて天下を取るぞっていうなんかそういう秀吉の出世の始まりでもありますし信長にとっても天下統一の始まりと言っていいのかなと思うんですね
17:39よくねこのスノマタのことが分かったと思うんですがあの先ほどその一番最初の答え確かわらじ取りを卒業したですねあのザンって言いませんからねここにジャンですよ今日はジャンですよえっとこれはでもほぼ当たってるんですねそうですねはいまあ雑用するようなその造り取りじゃなくて足掛かりとなった
17:59出世のねでもこれからの教科書には終わらじ取りを卒業した瞬間となったストマタ状って書かれるかもしれませんまあでもよくわかりますだからその存在感をくってこうまあ信長に対してっていう一番こう出てきた瞬間なんでしょうねでもこの2人ってとかちょっと面白かった
18:18うん今回だから僕もその結構いろいろ資料知られていてその武功屋は中にそういったことが入ってる秀永が本当に活躍する秀永の記録って多分分かんない30世くらいも分かんなくてそれがあの伝説普通なんか秀吉の対抗期っていっぱいあって
18:39秀吉が抑えられない頃どうだったってわけですけど秀永は全くなかったのがそのこの資料にあったので面白いなと思いましたねだから2人でやっぱり天下を取っていったんですねそうですねだからもう支えていたんだなということですね信長の実の攻略の起点となったスノマタ一夜城
19:04秀吉にとっては初めて築城を任されその名を世に知らしめた出世の地でしたでは続いてですね2つ目ですねこちら秀吉が34歳秀永が31歳の時信長からですね何とかを得た金ヶ崎の軒口の真実
19:211570年金ヶ崎の戦い織田信長と朝倉義景浅井長政の連合軍が激突信長が絶体絶命に陥った合戦です
19:48このことはですね僕時代劇とかやりますから分かるんです要するに信長が大変な時に秀吉がマスクとそれも演じたことがあったりしますので分かってますかなんですがお前は俺の懐刀認定を得たどうですかお前が右打ち出すその意味で物質的に言うと懐刀とか言いませんか
20:10お前が言い方が大丈夫な多分これからの教科書そう書かれますよそうですか懐刀認定を得たみたいなそんな部分をちょっと覚えたいです分かりましたじゃあ果たしてその懐刀かどうかですねそのねそれが分かる場所があるんですねただこれ岐阜県ではなくてなんとですね福井県です福井県です福井県までこれから
20:25東神坊とか東神坊で事件を解決しました東神坊で事件を解決しました東神坊で事件を解決しました東神坊で事件を解決しました東神坊で事件を解決しました足場が悪くてあそこ逮捕するの大変だから金ヶ崎の戦いの真実を探るため福井県鶴ヶ市へ
20:54先生岐阜から車で1時間半ぐらいですかねそうですね結構長かったですね福井県まで決まってここ鶴ヶですよねそうです鶴ヶの港いい港でいいですよねこの鶴ヶが昔からその公益外国との公益の場所でもあったいろんなものが入ってきたんですねただ今日は秀吉ということなんで実は秀吉にゆかりのある食べ物を内藤さんに食べていただきたいと思って用意したんですよ
21:22そうなんですかはいここで戦の前の腹ごしらえ先生が秀吉ゆかりのものを用意してくれましたあの実はね特別にちょっと今日ね秀吉の関わりある食べ物をいろいろちょっと考えてみたんですが鶴ヶにはなかったので京都からわざわざ取り寄せました京都に長くいてちょっと戦争してない時の話そうなんです
21:26これ長五郎餅というですねお餅があってこれ食べたことあります
21:42?多分いただいたというか何かお茶勝ちになりますかねそうなんです京都のね大茶湯といって1587年の秀吉が1000人ぐらい集めてお茶会やったんですけどその時にあの長五郎さんっていう人がお餅を収めてたんですけど秀吉がそれ食べてうまい
21:47長五郎餅と名乗れって言って以外以来ずっとこうそれとお名前やつしたんですか
21:54?そうなんです京都の北野天満宮の近くに店を構える長五郎餅本舗
22:03秀吉に献上された名物長五郎餅は柔らかな餅であんを包んだ一品です
22:13いただきますうんおいしいおいしいですか
22:23?うまい商品がねこういうシンプルなのうまいですよねおいしいですよね秀吉が昔ね食べたというねうまい誰が作ったのじゃんみたいなことですか
22:32?はい私ですねその方が見たら名誉でしょうねそうですねやっぱりそういうんだよねうんで今週これぐらいまでにしておきますか?
22:56まだこれからですよ秀吉なんですけどなぜここに秀吉が来たかっていうと信長と一緒に来たんですよ信長は岐阜の美濃の国を制した後にやがて将軍の弟の義昭を連れて京都に登って義昭を将軍にしましたよね信長は将軍の弟足利義昭を立てて上落
23:09室町幕府を再興して各地の大名に従うよう迫りますしかし越前の朝倉義景はこれを拒絶
23:25そこで信長は大軍を率いて越前へで2万ぐらいの大軍を引き連れてここに来てでもこの辺り一体ですね戦ってどんどんお城を取っていってすごい信長軍が優勢だったんですね
23:53なるほどそんな戦いの激戦地があそこにあるですね金ヶ崎城山城上の方にあったってことですかそうですそうですでその城も信長の手に落ちたんですねでさっき出てきたその金ヶ崎の軒口あれが僕らで言うより新刈よっていう話ですかね有名ですよねその辺もあそこに行くと分かる分かりました
24:05裏切りで信長絶体絶命金ヶ崎の戦いとは義理の弟で同盟を結んでいた浅井長政という人に裏切られて
24:43豊臣兄弟大出世を決めた3つの戦い豊臣兄弟大出世を決めた3つの戦い
24:59うわぁ階段っすよ階段ちょっとね階段がすごいな大きくね金ヶ崎の軒口と書いてありますね鶴ヶという重要な場所を抑えるそういう城だったんですね
25:12これ登るともう鶴ヶが一望できる場所ですね大きな鳥居が見えますがありますね今はね金ヶ崎宮という神社になってですね
25:38では参りますでは参りますはいこんにちはお邪魔します内藤ですいやいやいやあのわざわざ選んで雨の日を来たんですよありがとうございますなかなか登り出がありましたね今の所はい実はこれあまり真剣に買って困るんですけど階段こわれて91段あるんですよ91段
25:39?はいだから苦にならない
26:02皆さん笑うとこですからね山の中腹に立つ金ヶ崎宮桜の名所としても知られます本殿の脇を通り抜けると
26:21お城っぽいですねそうなんです山城っぽいですねおお何かある何かあるこちらですね金ヶ崎上司ですねこの上がお城になってますなんかちょっと上るんですけど
26:32山城ですねかつてあった金ヶ崎城は険しい山々に囲まれ背後は海、逃げ場のない地形でした
26:43八竹の勢いで進撃をしてこの城も落とした織田軍だったんですがそんな中である大事件が起こるんですがご存知ですか
26:49?はいこれはもう裏切りと言っていいんですかねはいその通りですね裏切られたんですね
27:17義理の弟で同盟を結んでいた浅井長政という人に裏切られてまさかの味方だったはずなのに攻めてくる浅倉と浅井にハサミ打ちにあるというですねそういう事態が急遽起こっているんですね前からは浅倉後ろからは浅井のハサミ打ち織田軍は死に物狂いの撤退戦となってしまったのです
27:45この決死の脱出劇は金ヶ崎の軒口と呼ばれますそれにしても信長の妹お一を妻に迎えて義理の弟となった浅井長政がなぜ信長を裏切ったのでしょうか義理の兄なのに裏切るとどういう
28:02そうですよねこれがですね実は浅井は浅倉とも同盟を結んでいたんですどういう意味なんでしょうか浅倉にどうもね従っているような関係で浅井はずっと大名としていたみたいな10年以上前から信長より10年以上前にも同盟を結んでいたんですね
28:17ただ織田信長と同盟を結ぶ際にだから浅倉は攻めないよねっていう付箋の誓いを立てさせた上で織田と浅井が同盟を結んだっていうふうに言われてますよね
28:34織田と浅倉の戦いが始まると浅井長政は以前から名役を結んでいた浅倉方を選び織田との同盟は破棄信長を窮地へと追い込みます
29:03長松さんの奥様は信長の妹さんですからね非常に複雑なそうですね信長もなんだって思ったでしょうね思ったでしょうねいろいろ領地とかを認めてやっているのに何の不足があるんだっていうふうに最初に言ったそうですその後もどんどんやってくるっていうんで是非もなしと仕方ないなっていう有名な言葉大好きでこの言葉
29:31そうですか本能寺の変で信長が放った言葉是非もなしこの局面でも信長が口にしたと伝わります是非もなしって今の言葉で言うと仕方がないじゃないですかそうなんですそのあるところで諦めるっていうのってすごくやっぱり武将らしいじゃあガタガタ言っとってしょうがないもうこうなってるんだ戦うしかない
29:42あるいは逃げるしかないなんかしなきゃいけないでしょなんかねこの言葉は有名ですし今でもそのことが足らないような気がするんですよそのなんかこう覚悟みたいなものを感じます
29:51なぜだと考えてももう現実はその長政に裏切られてるわけだからじゃあどうするかっていうことねそうですね
30:07そんな信長の絶対絶命の危機を救ったのが秀吉でしたその方法とはその時のピンチを作ったのが秀吉
30:24いわゆる心狩りでいいですか言葉としてさすがですね一番危険なとこって言いますよね攻めてくるのを防御しながら後ろに主を守りながら下がっていくわけですから一番不利ですよねどう思います
30:28?自らもしてたのか秀吉信長が命令したのか
30:54俺が秀吉ならば自分で言います僕も多分そうだと思うんですねこれを乗り切ったらやっぱ自分がもう本当にもうワンステップ上がれるっていうそういう気持ちがあったのかなあとやっぱり信長に対する忠誠心これも大きかったと思うんですね信長の生涯を綴った慎重後期には金ヶ崎の戦いについて
31:24木下藤吉郎しんがりを務む秀吉が大役を果たしたと記されていますではその時弟秀長は弟はねどこにいたって言いたいんですけど実はね記録が一切ないんですただまあお兄ちゃんの本当に命にかかわる危機なんで僕はやっぱり秀長も秀吉のもとにいて一緒に頑張ったんですよ
31:44たと思うんですよね信長もここにいているってことはどっか違う場所にいるとあんま考えられませんよねそうですねほぼ近いところにいてじゃあ兄貴がそこ行くんだったら俺もそこであの止めるぞっていうことだったんですかね可能性が高いと思いますねさてそういうことで先ほどですね予想しましたねはい予想しました
32:06命をね預けてもいいぞっていうことだったので懐がたら認定を得たというふうに僕は先ほど申し上げましたじゃあどうだったでしょう本当は何かってこれを今回はザンって言いませんよはい言いませんけどもザンおおーああでもでもこれ懐がたらってのはどうですかね一番あの信頼できるやつってことですねそうですね
32:26自分の懐に刃入れるわけですからですよねこう信頼してるっていう正解でいいんじゃないですかああよかったよかったでもやっぱり命懸けましたね秀吉はその心狩りを努めて守りきったっていうことをですね金ヶ崎の軒口っていうふうに言うんですね逃げる道みたいなイメージですねそういうことですねはい
32:56金ヶ崎の軒口は天下統一へとつながる歴史を変えた奇跡の青還劇だったのです分けっ腹しては駄目じゃないですかそうなんですよなのでそれをもう1回攻めるってことなんですよこれは考えたらそうなんです3つ目ですね秀吉がね36歳秀永が33歳の時ですね何とかから何とかに出世したアーズさんが来ているんですよ
33:23浅井浅倉軍との戦いの真実ということでやっぱり重要だったと思いますけど脇役なんですよそこまではやっぱり主役だと思うんですね脇役から主役に出世するとなんかやっぱり自分なんかこう座長になってくイメージがありますから僕はそう思いますね脇役から主役あの今度はまた場所を変えてですねまさかタフ権じゃないですよねタフ権にギワスタフ権にギワス
33:34あのね岐阜県から福井県に来て今度は滋賀県に戻る感じで先に滋賀やればいいじゃないですかそうですね順番がねちょっと狂っちゃうので
33:40浅井浅倉軍との決戦の舞台滋賀県へ
33:59金ヶ崎から車で40分ぐらいですかねそうですねはいよく来ました川が出てきましたね結構ね河川敷広いですけどこれが有名なですね姉川なんですね姉川の戦ったんですね
34:08そうです浅井浅倉との戦いっていうのは姉川の戦いのことではいまさにあのここはね古戦場跡なんですね
34:36金ヶ崎の軒口で生還した信長軍それから2カ月後再び浅井浅倉軍とここ姉川で対峙します豊臣兄弟大出世を決めた3つの戦いえっと金ヶ崎から車で40分ぐらいですかそうですね
35:04出てきましたね結構ね河川敷広いですけどこれが有名なですね姉川なんですね姉川の戦ったんですねそうです浅井浅倉との戦いっていうのは姉川の戦いのことでまさにあのここはね古戦場跡なんですねここ史跡でしょここに来られる方っていやー教科書には必ず姉川の戦いが出てくるんですけど
35:19めったに多分よっぽの歴史次じゃない限りここには来ないでしょうね金ヶ崎の軒口からわずか2ヶ月信長はここで再び浅井浅倉軍と激突
35:35向こうにあの小田信長そして徳川家康も来てまして連合軍ですねここははいこちら側に浅井浅倉ということでどうもですねあの小田軍は2万3000の大軍を率いていて
35:49でそれにプラス徳川軍が6000ぐらいっていうふうに言われていて浅井はだいたい8000浅倉は1万ぐらいっていうふうに言われているんですねいや全然少ないですねそうです数の上としてやっぱ浅井浅倉の方が少ないですね
35:59早朝ね5時ぐらいからもう午後2時ぐらいまでものすごいでも激戦で結構小田軍一時的にもう危機的な状況に落ちてそんなにたくさんいたのに
36:13?そういたのにかなりねでまああの家康の坂木原安政っていう人が横を突っ切ったことで結構形勢が逆転したんですが本当に激戦でこの姉川がもう真っ赤に染まったというふうに
36:42なんかもう声がグワーってなったでしょうねそういうことですね大声ではい、血がねたくさん流れているんですけどそれが分かる場所がそこそこにあるのでちょっと行ってみましょうちょっと行ってみましょうかねはいおお、いろいろ火が大きなね火があってますがこれですね大きいですねはい戦死者の火と書いてありますねはいでま本当にすごい激戦で亡くなった方がまあ諸説あるんですけど
36:48そう2500人ぐらいが打ち死にしたんではないかと言われているんですねこういう戦いで2500ってのは多い
37:08?やっぱ多いと思いますね多いですねはい激戦となった姉川の戦い優勢に立った小田軍ですが決定的な勝敗はつかず長期戦にはい最後のはい、最後のところですね今あの金ヶ崎の乃木口からですね
37:20同じ年の姉川の戦いをお話ししましたがまだまだ戦い続けてようやく秀吉が36歳2年後3年後なんですか?
37:22はいおおむね3年後立ってるんですけど
37:29浅井朝倉軍との長い戦いに決着の時が訪れます
37:46金ヶ崎の戦いから3年後1573年信長は義理の弟浅井長政を裏切り者として追い詰めます先ほどね
38:00そうですね、僕は脇役から主役といいますそうですね、おっしゃってましたねまたそれが分かる場所がね、また別にあるんですねでもそれ僕が言ってる内容的には何となく合ってる方向ですか
38:01?さあどうですか?分かりました、じゃあ猿から逃げんしましょう猿に怒られるんですねはい、とりあえず行ってみましょう行きましょうはい、行きましょう
38:36姉川の戦い以降、勢力をそがれていった浅倉氏1573年、当主浅倉義景は越前で自害後ろ盾を失った浅井軍は小谷城に籠城徹底抗戦しますが、小田軍の猛攻でついに力尽きようとしていました
38:55えっと、先ほどの川からちょっと歩いてきましたねそうですね、車で15分ぐらいですね、これはね、小谷城なんですね、浅井長政の拠点で、尾根城にね、車が段々になってある、すごい険しい山城なんですよこの上の
39:03?そうです、こうあるのが全部小谷城なんですね、ここに来ると、さっきのフリップの答えが分かるんです
39:13いよいよ浅井氏との最終決戦の舞台、小谷城跡へ戦いの中心は実は秀吉
39:32豊臣兄弟、大失勢を決めた3つの戦い浅井氏の居場、小谷城攻略しかし、この戦いの裏には複雑な縁が
39:50それは浅井長政の妻であり、信長の妹でもある老市の存在譲れない戦の相手が、大切な血縁とつながっている、戦国ならではの因果があったのです
40:11上がってきましたけど、霧も上がっていません上がっていませんね、すごいですねこれはこれで、いいですよね、雰囲気がここは、相当上がってきているでしょう山のほとんど、てっぺんの方に
40:31でもほら、先生、見えますね、見えます、琵琶湖がね、ちょっと見えて、見えますね、いや、でもこれはこれでちょっと、ある種、本当に絶景で、琵琶湖が見えますしね、見えますね、見えますね、見えますね、見えますね、そうですね、はい、で、あの、小谷城を、もうちょっと上ったところなんですけど。
40:44〈現在も山頂には本丸跡が残りここが天然の要塞だった事を物語ります〉
41:10ここ攻めにくいです山城なので何回か攻めようとしたんですけど信長は一回諦めたりしてるんですね3年戦い続けたその戦いの中心は実は秀吉なんですね小谷城を攻め落としたのは秀吉だったのです信長も忙しくていろんなところで戦っているので秀吉が横山城というまあここから20kmぐらい離れたところを拠点にしてですねずっとこう
41:20アザイの重心たちをうまく調略したりとかゲイラ戦をしたりって苦しめていていよいよですねあの攻め滅ぼす時にもうすぐそこのにですね
41:31虎御前山というのがありまして本当に真下なんですよここまで来るんですねもう2キロぐらいしか離れてないです足元まで来られたという
41:38虎御前山から急激に3000人ぐらい下から登って奇襲攻撃をかけてきたんですね
42:00秀吉が仕掛けたのは小谷城を取り囲む包囲線周辺の砦を一つずつ落としアザイ軍を分断逃げ場なく追い詰めましたではその時秀長は何をしていたのか
42:12弟もねこれわかんないんですよおそらく信長の親衛隊として一緒にやっぱり信長ともにここに来てたと思うんですぐそばにはいた可能性が高いですね
42:14はい ここを攻め上がってきたんですね そうなんですここを攻め上がっててあのなんて言うんですかこの小谷城って段々になっていてちょうどその
42:36長政がいる本丸とお父さんの久政がいる小丸の間に京極丸というのがあってその間を秀吉はバーンと登ってきて分断したん
42:44お父さんと子供を分断してでその上で落としたとアザイ軍がもう機能不全になるような状況を落とし入れてるんですね
42:47だからすごい作戦作戦勝ちですねはい
42:49お市はどこにいるんですか お市はおそらく本丸にいたと思いますだからお市はもうあらかじめ助けようっていうふうにおそらく信長の指示を受けていたと思うんですけどここを焼けてないんですよ
43:16大体お城ってあの火を放って焼くっていうのが上等手段ですが 焼けたものがあんまり出てもないのでおそらくそのお市と3人の娘たちを助けようというそういう気持ちがあったと思うんですねその出世の階段をまた一つ上がっていくような
43:28やっぱり自分の妹を助けてくれたというのは一つ信頼になりますしねさらにまあこれはもちろん本人は予想していなかったと思いますけどその娘さんのね
43:38一番上の娘さんチャチャ彼女がまあ後に即死になって秀吉を産むっていう不思議な縁がつながっていくわけですね
43:39そうですね そんなことで秀吉はこの一連の働きぶりが認められてどうなったかということですね
43:53まあ僕は先ほどは脇役からは主役になったみたいなことを言いましたけどもじゃあ見てみましょうかね
43:54はい
44:08お願いしますここからいきますよはいざんって言いませんよざん、おぉ、木下からはいじゃあ、ざん、なるほど足場にはい名前がこれもらったんですかこれはね、まあ諸説あるんですけどおそらくですね
44:36秀吉がお願いして柴田勝家と丹羽永秀という小田家の宿路、重心からねどうか一文字くれませんかっていうふにもらったんだと思うんですねあの、名前を変えるってすごいですよねすごいですね、はい名字を変えて、しかも重心たちの名前一つ一つもらうっていう当然主君の信長も許可していいぞということだったんで信長もその秀吉を認めたんだと思うんですねどんどんどんどん上がっていきますねはい、上がっていきます
45:05ただ秀吉は意外にまだこの時は木下なんですそれはやっぱり兄貴の方がなんだろう勲章が多いという言い方はおかしいですけどそうだからじゃないんですか例えばお兄ちゃんの活躍が圧倒的にまだ弟よりも優れていてからでしょうね兄貴を立てるために自分が引いたっていう考え方もできますかねできますね、僕はむしろそっちじゃないかなと思ってますねすごくね、穏やかで奥ゆかしい人だと
45:10あくまでもお兄ちゃんを支えるっていうそれをに徹した人だったと思うんですね
45:15そういう人がいてこそ秀吉はやっぱりね、行けたんだと思うから
45:21一人ではいけなかったのかもしれませんもんねこの天下を取るなんていう作業がね
45:41ドラマであったりとか小説であったりする出世話みたいなのがありますよね
46:01それと実際のことはもしかしたらちょっと違うのかもしれませんねこの戦乱の世の中はこの兄弟は必死になってきたと喜びもあったろうし悲しみもあったろうし何かものすごく悔しいと思ったこともあったろうしでもそのことはこの現代でもそれを感じることができるほど伝わってくるので
46:14事実がどうだっていうよりは自分がその時秀吉だったらどうするのかと秀長ならどう考えるのかっていう風にねなんか自分の顔を見ながらこうなんか歴史みたいなのを思うのも楽しいのかなって今日思いました
46:32ご視聴ありがとうございましたご視聴ありがとうございましたご視聴ありがとうございました
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