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船越英一郎の昭和再生ファクトリー 【#55】小林幸子が語る 島倉千代子「人生いろいろ」思い出再生 - 2026年04月09日
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00:03スキをもっと自由にBS1212
00:09皆さんにとって昭和はどんな時代でしたか
00:16この番組は昭和の思い出のアイテムや昭和の思い出の場所
00:20昭和の思い出の人を振り返り
00:27古き良き昭和という時代を記憶とともに再生させる番組です
00:35船越英一郎の昭和再生ファクトリー
00:39こんばんは船越英一郎です
00:41坂田真凛です
00:50真凛ちゃん今回はねあの昭和を代表する歌姫島倉千代子さんの思い出を再生するんだそうです
00:52誰もが知るお方ですよね
00:57真凛ちゃんは島倉千代子さんというとどんなイメージをお持ちかな
01:01人生いろいろが一番私の中では大きいですよね
01:09花話活躍とはもう一つ裏腹にどっかで悲劇の歌手なんていうイメージもね
01:13おありになったりする島倉千代子さんでございますが
01:19さあその素顔は一体どのようなものだったのかと
01:28今回はねなんとあの大御所歌手の方がこの番組のためにロケにお出かけになってくれたそうなんです
01:33誰でしょうかそれも楽しみにしてくださいそれでは参りましょう
01:36昭和再生ファクトリー
01:40中は綺麗になっちゃったけどでもこんな感じ
01:41これ千代子さん食べたんですね
01:44うん食べました
01:46大好きだと思います
01:53昭和の歌姫島倉千代子
01:58昭和30年にこの世の花でデビュー以降
02:04東京だよおっかさんや人生いろいろなどでミリオンセラーを連発し
02:11優しく繊細な歌声は唯一無二と評され
02:15昭和歌謡界のトップを走り続けてきた
02:19しかし
02:27およそ15億円と言われる借金や病魔家族との利縁など
02:30悲劇の歌姫としても知られている
02:34そこで今回は
02:4050年来の付き合いである小林幸子さんが
02:44思い出とともに島倉千代子さんを令和に再生
02:46さらに
02:47幸からこれもらってきたのよっていう
02:52いろいろ飾るの指輪とか見せてくれて
02:55持ってくれていたんですね嬉しいな
02:59生前深い信仰があった音楽プロデューサーから
03:03孔子共に親しかった付き人まで
03:16昭和が誇る波乱万丈歌手
03:21島倉千代子の人生いろいろ思い出再生旅
03:27まずは衝撃的な出会いを果たした
03:28演歌歌手の聖地へ
03:33ロケに出てくれたのは
03:36島倉さんゆかりの大御所
03:40船橋さん小林幸子ですご無沙汰
03:41いたしております
03:53歌謡界のいける伝説小林幸子
03:54小林幸子
03:55小林さんこそ伝説ですよ
03:58昭和39年10歳という若さで
04:02単身新潟から上京し歌手デビュー
04:05右も左も分からない彼女を
04:07大きな愛で見守ってきたのが
04:1215歳先輩の島倉千代子さんだったという
04:14島倉さんのことを母さんと
04:16ずっと呼ばせていただいておりました
04:19ですからもう
04:22いろんな話今日はお聞かせできます
04:27訪れたのは千代田区神保町
04:30初めて母さんとお会いしたというか
04:32歌手としてお会いしたのが
04:34協力行動というところで
04:37番組収録あったんですね
04:4160年以上前です
04:45昔の建物とは少し変わって
04:46建物なんでしょうけど
04:47でも雰囲気が変わってないんですよね
04:49今日実行動は嬉しい
04:51懐かしい
04:53ここはほんと何回も来ましたよね
04:56あらー
04:57あれなんか
05:00面影はありますね
05:04入れない
05:05あー
05:10入れなかったんだね
05:13中は綺麗になっちゃったけど
05:14でもこんな感じ
05:17なんか変だよ
05:18私
05:18変な人だと思われちゃう
05:21ありがとうございます
05:22あらー
05:23作りはもう一緒に
05:24そうですね
05:25作りはね
05:26またちょっとレトロな
05:28石
05:28レンガだったり
05:29昔からそうでした
05:30それはもう昔からそうでした
05:35協力行動は戦後の日本において
05:36圧倒的な規模と音響を備えた
05:39そうです
05:40強立女子大学が所有する
05:41音楽の伝道
05:43はい
05:47およそ60年前から訪れていた地を前に
05:49懐かしい思い出がよみがえる
05:51新人ですから
05:53デビューがですね
05:54昭和39年の
05:56私が6月で
05:5739年組っていうのがいましてね
06:00なんとそこで
06:01都 春美ちゃんと
06:02私が
06:04昭和30… コロンビアの昭和39年組だったんです
06:07ですから初めて
06:09初めてここで
06:09春美ちゃんと2人で
06:11テレビの収録なんて
06:13ドキドキしちゃって
06:14その当時
06:16小林幸子さんが抱いていた
06:1815歳年上
06:20島倉千代子さんの印象は
06:22もうだって
06:24大スターですもんもう
06:2714歳ぐらいからもう
06:29歌が好きで
06:30もう品川だと思いますけど
06:32もう有名な
06:33元島嵐とか言われているぐらいの
06:38女性としてはもう絶対の方だったじゃないですか
06:39かわいらしいというか
06:40そういったお歌もたくさん歌って
06:42好きでした
06:44その後2人は
06:46今でも忘れられない
06:52衝撃的な初対面を果たしますここで初めて出会ったの?
06:53そうです この楽屋で
06:54たくさん歌い手さんが
06:56ほんとに
06:57たくさんいらしたんですよ
06:59もう新人だからもちろん
07:00この手前でしかない
07:01その手前もないんですよ
07:03ないんで
07:03はるみちゃん
07:04どうしようかって
07:04そうだね じゃあ立ってよ
07:06立って
07:07荷物立てを貸してもらって
07:08立って
07:09話しているうちに
07:11面白くなっちゃって
07:12遊んだりなんかして
07:13はるみちゃんだと
07:1415歳だもん
07:15私10歳だから
07:16子供でしょ
07:17二人で鬼のっこして
07:19遊んでたんですよ
07:19そしたらね
07:21向こうから
07:22楽屋の向こうから
07:23はい
07:24二人ちょっといらっしゃい
07:26ここ座って
07:29はるみちゃんと
07:30島倉さん
07:33呼んでる
07:34えっ怒られるの
07:35えー
07:36どうしよう
07:36座って
07:37はいわかりました
07:38座ったんですよ
07:39いいですか
07:41楽屋というところは
07:42遊ぶところじゃないんです
07:44神聖に出番を待つ
07:46そういった場所です
07:48だから
07:49静かにしなさいって
07:50怒られたんですよ 私は
07:53はいって言ったんですよ
07:54そしたらもう はるみちゃんなんだ
07:55向きしなきゃ
07:56怒られちゃったよーって
07:58初めて島倉さんに会って
08:00初めてその場で怒られたっていう
08:03強烈な印象があったのが
08:05忘れないんですけど
08:08島倉さんとの初対面は
08:10まさかのお叱りスタート
08:14しかし
08:15島倉さんが怒ったのには
08:16ある理由がありました
08:20何年かしてから
08:21その話をね
08:22島倉母さんにしたんですね
08:24あの時怒られたんだ
08:26私たち
08:26って言って
08:27そしたら
08:28私さ
08:31私だって言いたくなかったのよって
08:32楽屋
08:34自分より大先輩が
08:36ずらーっといると
08:37大先輩の人が
08:40島倉あの二人うるさいから
08:42注意しておいでって言われたって
08:43私はですかって言ったら
08:45島倉お前が行ってこいって
08:47えー
08:49もう行きたくなくて
08:50しょうがなかったけど
08:51でも先輩に行ってこい行ってこいって
08:53言わなきゃしょうがないなって思って
08:55さっきの話に続くんですけど
08:56本当に
08:59そして島倉さんとの出会いは
09:01小林幸子さんにとって
09:04とても大切な礎となりました
09:06お化粧の仕方ね
09:09私ちっちゃかったから
09:10みんなからチビって言われる
09:11チビね
09:13お化粧の仕方はね
09:14いろんなパターンがあるのよと
09:18例えばテレビのお化粧
09:20それから舞台のお化粧
09:21それは全然違うと
09:24一番最初にお化粧教
09:26教えてもらったとか
09:26してもらいましたもん私に
09:28あと 所作の仕方とかね
09:30着物は着物なりの
09:32所作ってあるんですね
09:33ファンが立つんじゃなくて
09:35やっぱり立ち方にもね
09:36立ち振る舞いって言って
09:38そういうことを教えてもらいました
09:40以来 先輩後輩の垣根を越え
09:43まるで母と娘のような
09:46絆で結ばれた二人
09:51そして小林さんが大好きな
09:52島倉さんの楽曲
09:57それは若い恋心を素直に表現した
09:58ラブソング
10:00昭和36年発売の
10:01恋しているんだもん
10:05当時22歳の島倉さんの歌声がこちら
10:11小指と小指と小指絡ませて
10:12かわいい
10:15あなたと見ていた星の夜
10:23地球もちっちゃな星だけど
10:26かわいいですよ
10:27本当にかわいいですね
10:30もちろん歌い手って
10:32いろんな歌手さんいらっしゃいますけど
10:34やっぱり唯一無二
10:36声質
10:38やっぱりね 島倉千代子さんしか出せない
10:41声質音色
10:44歌い手はこれがやっぱり武器だと思うんですけど
10:45年齢によっても変わってくるんですよね
10:47またね 歌えても音色が変わっていくんだと思います
10:50本当にそういう意味では
10:52先輩としていろんなことを教えてもらいました
10:55直接は教えてはくれないんですけど
10:58本当にお世話し
10:59ひばりさんもそうでしたけど
11:01見て覚えなさいってやっぱりおっしゃって
11:03そうですね 本当にそう思いました
11:06実はその歌声には
11:10小林幸子さんも驚きのある秘密が
11:12まあしょっちゅう電話で話したりなんかしてるんで
11:14まあ何気なく電話して
11:16お母さん何やってるとかって言って
11:18今ね 歌練習してんのよとか
11:20あっそうなんだ
11:23えっ明日朝ってどっかで歌うのって聞いたら
11:25うん テレビで歌うんだけど
11:27えっじゃあ新曲だって
11:28違うのっていうか
11:30えっ何?って言ったら
11:32東京だよ お母さんって言うんですよ
11:34私はびっくりして
11:36東京だよ お母さん何千回歌ってるはずです
11:41間違いなく
11:42それを練習してるの
11:46あのー
11:48千葉くらいのお母さんは常々
11:50おっしゃった言葉の中にね
11:54お客様は初めてだ
11:57だから初めて聞く人に
11:59自分の歌を聴いてもらうのには
12:01初心忘れないで歌わなきゃいけないと
12:04確かにおっしゃるとんじゃなと思ったの
12:06そう思いました
12:09私自分の思い出だけ歌うのに
12:13声を出すことはしたとしても練習はして
12:17私も何千曲何千回と歌ってる曲ですから
12:19そういう時にすごく
12:22刺激になるというか勉強になりましたね
12:25唯一無二の歌声は
12:28決して才能に奢ることなく
12:32一曲一曲何度も何度も練習し続けた
12:34まさに努力の結晶でした
12:39本当に何千回も歌われた
12:41東京大おっかさん
12:43テレビにお出になる
12:45そのためだけに
12:49前の日何度も練習されてる
12:50初心を忘れないという
12:52できないよ
12:53初心を忘れないって
12:54頭の中には思い描いてても
12:56まずできないよね
12:58行動に移せるかって言われたら
13:00ねぇ
13:01襟を立たさなきゃなって思います
13:03そしてさすがね
13:0450年のお付き合いとおっしゃるだけあって
13:09お二人のやりとりしてる姿が
13:10目に浮かぶようだね
13:14本当に小林さんとは深い絆で
13:19繋がっていらおられたんだなっていうことを
13:20感じられますね
13:21さあそんな小林さんは
13:24引き続き大切な思い出の再生を
13:26してくださっております
13:31続いては島倉千代子さんの知られざる素顔に迫ります
13:36本当におちゃめな人でしたよ
13:42すごく気に入ったセーターを買って初めて着た日があったんですよ
13:44その時にお母さんと会ったんですね
13:46母さんお待たせまーすって言った途端
13:48おさつちそのセーターちょうだいって
13:50うそー
13:52えっ今日初めて着た?
13:55でも気に入ったから
13:56ちょうだい
13:57ちょうだい
13:58ちょうだいって言われたら
14:01はいだって
14:03はいはいはいいんだけど
14:03母さんあげるといいけど
14:07私なんかTシャツ1枚の半袖しか着たら寒いからって
14:09いいじゃんそれで帰りなさいって
14:11えーって言って
14:12しょうがないなって
14:14私が怒り
14:14あげたら本当に着ちゃうんですよ
14:17あー嬉しいって
14:19子供みたいに喜んでて
14:20私だから半袖のTシャツで帰りましたけどね
14:23そしたらね
14:25何日かしてね
14:26あの
14:27電話かかってきたんですよ
14:29私
14:30今暇?
14:31そう 暇だったら
14:32今日うちに来ない?
14:34って言うから
14:34はい
14:37今日は多分怒られることは何もしてないから
14:39うん
14:39いいかなと思って
14:41行ったんですようちに
14:42行ったらね
14:43さっち
14:44これ
14:45って言って
14:47えっ何?
14:48開けてごらんって
14:49パーッと
14:50開けたら
14:52着物なんですよ
14:54どうしたの?
14:55母さんこれ
14:56うん
14:57作ったんだけどね
14:58でもね
14:59ちょっと派手なのよ
15:01私には派手だから
15:02お幸の方が派手な方が似合うと思うから
15:05だから
15:05これお幸にあげようと思って
15:07って
15:08言ってくれたんですよ
15:10まだしつけがついてるんですよ
15:12もう
15:12私の
15:13セーター取った瞬間から
15:16もうそれを考えていたんだと思うんですよ
15:20そういうそのプレゼントの渡し方をする
15:25すごくあの粋な何か計らいというかそういった母さんでしたね
15:30島倉さんからもらったプレゼントは他にも
15:35一回ねあの反転をもらったんですよ
15:37私これ反転ねってか
15:39これお母さんどうしたんですかって言ったら
15:41これ見てごらんって言うから
15:42見たら
15:44タッチワークみたいになってるんですよ
15:45えっこれはって言ったら
15:48あたしの
15:50着物なのって
15:50今ある?
15:51これ
15:53反転
15:53えー
15:54分かります?
15:56これ中に綿入って
15:57あったかいんですよ
15:58あったかいのとね
16:00これ分かります?
16:01これ
16:01みんな
16:24母さんのステージできた着物の歯切れをこうやって集めたから物を大事にするっていうのかなそれを歯切れにして持っておきたいということこれ3枚ぐらい作ったんですってでその中の1つをいただきました。さらに島倉さんはこんな一面も。
16:26but
16:59I think he was going to need to get him.
17:04It's a little bit too.
17:08I was just a little bit more comfortable.
17:10But I was going to get him to get the phone and get the phone and get the phone, so
17:12I got to get him.
17:14I'm going to ask him that he's going to get the phone.
17:18I was going to ask him to get him to get him.
17:21He was going to get him to get him to get him.
17:24So I asked to have a girlfriend to talk to the男.
17:28He said,
17:28I'm sorry to talk to the男.
17:32So I said,
17:34I'm sorry to talk to him.
17:38It's fun to talk to the男,
17:42so I told him to go.
17:43He's a good girl.
17:44I can't ask her,
17:45but I'm sorry to talk to him.
17:46He said,
17:48I'm sorry to talk to him.
17:51I said,
18:03痛いって、わがままでしょ、来いって言ってみたり帰れって言ってみたりね。でもそれが母さん流の私への愛情なんだなって思いましたけどね。
18:14明るくおっとりして優しい島倉さん。一方でその内面はキリッと芯の強い性格だったという。
18:34母さんはあんまり愚痴とかそういったものを誰に彼にも話したりなんかする人ではなかった。自分で全部忍んで耐えるタイプだった。でも、なんか私はこんな感じでバーッとしてるから話しやすかったんじゃないですかね。
18:43だから、お札ち、私の背中を見てずっと生きるとか歌うとか言ってるけど、ダメよって。
18:56お金のこととか、ハンコとかそういうのはシャッとしなきゃダメよ。反面教師として見てなさいっていうふうに本当におっしゃってましたしね。
19:17誰かのためにという優しさから、他人の借金の肩代わりをしてしまった島倉さん。その総額およそ15億円と言われている。そんな時でも決して誰にも弱音を吐かず、自分一人で耐えしのんでいたそうです。
19:23しかしある時、小林さんの前で思わず本音がこぼれてしまいました。
19:42新宿駒がメインとして劇場公演ずっとやってらした。しょっちゅう遊びに行ったり楽屋にお邪魔しするんですけど、そしたら私ね、駒の舞台に立ってるときが一番、一番楽しいの。
19:56それは歌相手さんとして楽しいんだろうなってことを思って。そりゃ歌すぎだし、やっぱり歌っていいもんね母さんね。それともう一つあるの。何
20:06?って聞いたら。歌歌ってるときは借金取りこないから。ああ、そっか。
20:21楽屋にもそういう人がずっと来るわけじゃないですか。まあ半端じゃない金額、利子、それがすごいかったじゃないですか。
20:46本当にそれだけでも大変だったんだと思うんですけど。昭和歌謡のトップを走り続けていた島倉千代子さん。その後待っていたのは、ステージを降りれば借金取りに追われる地獄のような日々。しかし、借金から逃げることなくキャバレー周りの仕事を続け、
21:04ついに地獄の借金生活から解放される日が訪れます。わりと早く寝ちゃう人なんですよね。そんなに夜更かしもしない人で。ある日、12時半とか、新宿前かなんか、電話買ってきたんで。あれ
21:06?と思って。こんな時間どうしたの?って言ったら。何かあったの
21:12?って。そうじゃないの。嬉しいことがあったの
21:13?って言うから。
21:15あっ、嬉しいことがあったんだ。へぇ、よかった。どうした
21:33?って聞いたら。あのね、さち。今日で。私思い出すとね、あれだけどね。今日で借金が終わったの。っておっしゃったんですよ。
21:53もうね、あんだけ苦しんで苦しんで返済した。今日で終わったって。一番、さちが聞いてくれると思ったから、この時間に。だからさちに電話したんだって言ったら、もう嬉しいというか。もう、私も感動しちゃって。
22:14もう何しろ。はぁ、お疲れ様でした。よかったね。ってずーっと。お母さんのその話を、今までにあったことをずーっと話しをね。そうだね、そうだねって。ずーっと1時間ぐらい。そうだね、そうだね。しか聞いてくれなかったんですけど。本当に。本当にね。あったはず。もっともっと私に言いたいことも。もっともっとたくさんあったはず。
22:41愚痴も言いたい。それから、弱かった自分の話もしたい。悔しかった人の話もしたい。いろんなことがあったけども。それを聞いてあげて。それだけでよかったって。もう本当でも本当にお疲れ様でしたって。もうね、私ね。借金ないのーって言った時で。お疲れ様でしたって言いましたね。
23:10島倉さんにとって小林さんは、本当におつらい中でもね。この笑顔をふっとだることができる。言ってみたら、もう安息地みたいな方だったんですね。そうですね。しかし、社経済さんへのお話はすごいね。ちょっと初めて知った部分だったので、驚きましたね。本当にだって、体一つ目一つ。
23:25本当にそのうたひとつで、お返しになったわけですからね。それにしても、やっぱり傷が深い小林さんにね。どうしても一番に報告したかったんでしょうね。さあ、続いてはですね。
23:37そんな島倉さんとの思い出のお店に向かわれるそうです。この後、島倉千代子さんの思い出の品が続々登場。
23:51もうあの、島倉千代子さんってもう独特のガジですよね。はい。嬉しいですね。ねえ。私の一番の宝物です。だから本当に、あのー、よく出しては喋ったりなんかするんですけど。
24:12続いては、島倉さんとの思い出のお店で、ゆかりの方と再会。やってきたのは、港区赤坂にある中国料理、脇屋。日本を代表する中華料理人、脇屋裕二さんがオーナーを務め、
24:37島倉さんと小林さんは、よくお食事を共にしていたという。本日は、生前島倉さんと深く関わりのあった、小林さんもよく知るある方が。あっちゃん。あっ。あっ。お久しぶりです。どうもご無沙汰してます。ありがとうございます。あっちゃんこと、渡引敦子さん。
25:01昭和35年からおよそ40年、島倉さんの付き人を務め。40年も。生活を共にしながら、身の回りのお世話をするなど、島倉さんとは、まさに家族同然。勝つみたいなもんだね。はい。そんな渡引さん。今回、島倉さんとの大切な思い出の品をお持ちくださいました。これは
25:07?これは千代子さんの私っていうレコードを出した時に、
25:34これを急遽。ああ、これですか。そうです。いつも着物着ているので、そしたら急にコロンビアさんの方から、洋服着てくださいって言われて、慌ててこれを新宿に探しに行ってきました。あっちゃんが。はい。1回ぐらい来たんですけど、あっちゃんにあげるわ。それで今まで大事にしてました。でもあっちゃんはすごくよく似合ってました。
25:53なんか私も、あっいいなって思って。衣装の着付けやヘアメイクなど、全てを担当していた渡引さん。そんな渡引さんの結婚の際には、島倉さんからとっても嬉しいプレゼントがあったそうで。
26:16それで結婚式するときにね、私にこのクリスでをね、あなたこれ着てねって言って。あらー。素敵です。ほら。ね、そうやってくれ。これと、かーん、かーさん。うわー。とても嬉しかったですね。
26:28これがあっちゃんの結婚式のお写真ですね。ほんとだ。まったく同じですけども。そうです。よく似合ってる。だが、挙式当日、渡引さんは。
26:45ここでも朝、千代子さんの支度をした頭を言って。今日は着物着る晴れやかな日だから、私は黒にするって言って。結婚式の日でも、自分が文勤高島でやる前に、母さんの頭をきれいにしたっていうこと。それ、すごくない
26:55?ほんとに。これ結婚式の写真でしょ?どうして真ん中にいるもんね。だから嬉しかった。同じ気持ちなのね、きっとね。
27:01わー、貴重な。ほんとに。嬉しいな。これどこの赤ちゃん
27:24?私が産んだ赤ちゃん。私が産んだ赤ちゃん。私が産んだ赤ちゃん。私が産んだ赤ちゃんってか赤ちゃんって。ほら、嬉しそう。子供好きで好きで好きで、自分も子供欲しくて欲しくて。結果、できなかったんですよね。産めなかったというかね。育てられなかった。お持ちいただいたのは写真だけではなく。
27:43これは、あのね。島倉様だ。あの、塩子さんがね。ただ、すごく素敵なので、私が一生懸命着ようと思って。ここにこうやって、描いてくれたんです。
28:01ほんとだ。もうあの、島倉塩子さんってもう独特のガジですよね。嬉しいですね。ねえ。特殊だ。あ、そうなんだ。なかなか着る機会がなかったが、ことしのお正月、ついに袖を通したという。
28:13そして、愛情深い島倉さんらしい、こんなエピソードが。島倉の母さん、乙女でしたよね。すごく男っぽいんだけど、恋をするんですよ。
28:24私ね、あの、ずいぶん前ですけどね。あの、島倉さんが音合わせに行くって言って行ったんですよ。行くときに、幸、一緒について行ってくれる。音合わせ
28:25?音合わせは別に、母さん大丈夫でしょ?って言ったら、綱木さん素敵だからだって。別に、綱木さんと付き合ったとか、そうじゃなくて。ただ、行くのにドキドキしちゃうから。幸、一緒について。
29:01もうね、なんだろう。初恋っていうか、もう少女みたいな。まさにその時ですね。そうでしたよね。しょうがない。何にも用事ないけど、ずっと一緒についてましたもんね。そして、また違うお仕事に行ったとき。あの人、素敵ね。メモをして、私にも渡すんですよね。渡してきてくれるって言うんですよ。彼に。恋文ですか
29:06?はい。そう。例えば、駒劇場やると。可愛いですよ。
29:36あの、恋文をこう置いておくんですね。自分の懐に。それで、千代ちゃんって抱き合ったりする場面だと、それちょっと渡したりする。今だから言えるんですけど。相手に、相手役の人に。あの千代ちゃんとか、なにおさんってこう、来ると。
29:42考えたら、半端じゃないテクニックですよ、これ。それと、学校に来てから、あれどうした
29:43?って聞くんですよ。あれどうした?渡しちゃった。って言うの。それから何しかして、それからどうしたなって言った。うーん、何もなかった。
30:01それで、ワンワンワンワンワンワンワンって思って、また、またもう一回新しい恋を探す。可愛い。恋文ですか
30:13?そういうことをやりたいんです。分かる。だから、どっちかって言ったら、あの、まあ、恋に恋するタイプ。はい。恋をしてるんじゃなくて、恋に恋してるタイプ。そうなんです。
30:30私もそう思います、恋だって。と、ここで渡引さんから、こんな思い出のものが。これは、私に千代子さんがプレゼントしてくれた。あらー。これは、ブレスレット。そうです。へー。これは、どんな時に
30:43?あの、35周年の時ですね。35周年。はい。へー。ちょっといいですか。はい。あらー。
31:10素敵ですね。もうずっしり。もう、今、金が熱が上がってます。よく言わないです。ははは。それ関係ないですけど。でも、あの、島倉千代子さん的には、あんまりアクセサリーをたくさんする人では。全然しません。しませんでしたよね。さちからこれもらってきたのよっていう、いろいろ飾るの。指輪とか、見せてくれて、こんな派手なのつけなさいって言われたって言って。
31:26持ってくれていたんですね。嬉しいなぁ。最後までありました。本当に。はい。初めて聞いたら嬉しい。そして、小林さんも、思い出の品を持ってきてくれました。
31:47すごいですね。ね。ね。素敵。これ、一緒にご飯を食べた。ここで食べた後かな。で、終わった時に、あの、送ったんですよ。外縁前の。送った時に、お寿司ちょっと待ってって言って、これプレゼントってお揃いねって言っていただいたのがこれだったんですけど。
31:58え、かわいいね。回ると、ここにしのぶって。はい。例のしのぶですね。しのぶですね。
32:27私、どうせいろんな人生、いろんなことがある。あって、うちひしがれたりなんかすることもある。でも、だけどその時はこれを見てごらんって。しのぶんだよ。大丈夫だから。これを見てしのぶんだよって。そういうふうに言ってくださったんですよ。で、しのぶというこの字が、島倉の母さん大好きでしたよね。
32:55お子さんができた時も、この名前を付けようと思っていたんですよね。はい。隠していたことを、自分がこの年になって発表して、ちゃんとお墓に入れてあげたいっていう。いちお子さんのお墓で一緒に眠ってます。それを、あの、小林幸子さんがそうしてくださって、あの、大事にしてるってすごい嬉しいですね。
33:12いや、もう大事ですのに、いぞと、こんな、こういうようなね、あの、形にさせてもらえることなんか使われてもいなかったんで、もう本当に私の一番の宝物です。だから本当に、あの、よく出しては喋ったりなんかするんですけどね。
33:22島倉さんが大切にしていた言葉、しのぶ。どんなに辛いことがあっても我慢して、耐えしのぶ。
33:40波乱万丈な人生を歩んだ島倉さんだからこそ、重みがある言葉。生まれてくるはずだった我が子のその名は。地元、北品川のお墓に、島倉さんの名とともに刻まれています。
33:47とそこへ。よかったです。ありがとうございます。わー
33:48!脇屋さん
33:49!嘘!わー!わー!わー
33:52!わー!わー!島倉さんとも面識のあった脇屋シェフが、特別に自ら料理を提供してくれるという。
34:15もう、だから、55周年の時に、お母さんと一緒にね、来た時にも作っていただいて、出して。島倉さんとも一緒に食べた、思い出の特製フカヒレスープ。
34:44ありがとうございました。すいません。ありがとうございます。じゃ、いただきまーす。出てくれたんだよ。そうか。あけんさん、フカヒレも一番有名ですもん。これ、千代子さん食べたんですね。うん、食べました。じゃあ、大好きだと思います。思い出の料理の後は、思い出の曲に。
34:47わたびきさんが選んだ1曲が。
34:55東京だよ、お母さん、大好きですね。何回も聴いてるけど、泣きますよね。
35:06ねえ、おっかさん。久しぶりにこうして手をつないで、おっかさんと一緒に東京見物できるなんて。
35:18ああ、とっても嬉しいわ。ほら、おっかさん見てごらんなさい。ここが球場、二重橋よ。
35:47大好きです。大好きです。大好きです。大好きです。
35:57大好きです。大好きです。お母さん。ここが、ここが、二重橋。
36:04記念の写真を撮りましょうね
36:13独特の節回しですよね
36:20こういう世界の歌い方をされる方は もう現れませんもんね
36:23私はそう思います 同じ歌い手としてね拳を入れるところが
36:33みんな歌い手と違うんですけど島倉千代子さんの拳の入り方
36:40入れ方ってまた独特で真似ができないんですよ他の歌い手さんの拳の入れ方の真似しようと思ったら
36:48あとすぐやりますけどリズムの狭間にヒュッと入れるの これものすごい難しい真似するの
36:51それを普通にとも簡単に 普通に入れてるテクニック天性のものっていうのかな
37:05そういうことを感じますね声の出し方と あと自己型ファルセットの中間の声とかがねごめん
37:07だんだん熱くなってきてる
37:13すみません島倉さんの歌の才能について
37:19生前親しかった音楽プロデューサー坂井裕邦さんはこう語る
37:30歌の職人っていうんですかね 天才的に歌がうまいということじゃなくて努力で歌を乗り越えていってるっていうね不明にね
37:38自分のアカシックで真っ赤になるぐらい細かくいろんなこといっぱい書き込んでねプロ意識っていうのは
37:41ちょっとやっぱり半端じゃなかったですね
37:55この後これは私の責任だという誰を責めることもない誰も悪くないおよそ40年
38:08月人を務めた渡引さんが語る島倉千代子さん苦難の時さらに辛いこともないからゆっくりいってらっしゃいねって
38:37島倉千代子さんとの最後の思い出を語る担任の借金の保証人となりおよそ15億円と言われる借金生活など苦労が絶えなかった島倉さん月人渡引さんだからこそ知る当時の様子を語っていただきました千代子さんはどうしていつも次から次へと苦難があるんでしょうねって私が言ったら
38:57うんでもねこれは私がしでかしたことで誰も悪くない世間知らずの私がしでかしたことよってだからみんな私はしっかりと返済して立ち上がりますって言ってましたねすごい
39:12誰が悪いんでもない自分がしでかしたことっていうのはすごいなぁちゃんと言ってました本当に真の強い人でなかったら出てこない言葉だと思います
39:25うわぁいろんなことが頭の中に浮かぶ浮かんだと思います悔しいこともたくさんあったと思いますけどね
39:35俺は私の責任だというそういうことだと誰を責めることもない誰も悪くない私だって
39:50まさに耐えしのんで借金返済のために全国のキャバレーを回った島倉千代子さんそんなキャバレー周りの仕事について小林さんはこう語っていました
40:17大体キャバレーとかそういうところで歌わないんじゃなくて歌えない人なんですあのね喉がやっぱりすごい繊細で弱いんですねちょっとしたストレスでもぱっと声に出ちゃう人なのにもうその当時のあのクラブキャバレーはもうタバコ兵器だったんでもうすっごいんですよタバコの煙だらけの中であの歌うその人の歌を聴くというよりは
40:46あの女の子目当てに来てるわけですからあの歌聴いてないですよほとんどしかもかなりのハイペースでキャバレー周りをしていたそうでもう人があっと驚くような営業まで全部やっていったわけですよ1日おきでこんなにね地方へ飛び出していってね体大丈夫かってみんなびっくりするぐらい下手らけたんですね借金返済を目標にしのんでしのんで苦労を重ねてきた
40:57島倉さんだが一度だけ珍しく弱音を渡引さんに手紙でしたためたことがあったそうでその手紙が残っていました
41:19あつこさんとうとう寝られず出かけます私の人生最後の乗り越えなければならない高い熱い壁です戦います頑張ります力を貸し続けてください頼みます
41:31言葉なく心から感謝していますただただ頭を下げています渡ちゃんあつこさん本当にありがとうありがとう
41:47とと何度書いても私の心になりませんありがとう泣かずに寝れますように2月11日6時4分千代
41:58周りに強く振る舞う裏で夜も眠れぬほどに追い込まれ続けていた島倉千代子さん
42:27誰にも言えない思いを抱える中で平成25年11月お別れの時が訪れます私がいる頃からちょっと患ってて病院には通ってたんですね肝炎だったんですね長い間通ってたのでああと思いましたねあんまりそういうことはおっしゃらなかったんですよね
42:45だからわからなかったんですよだから突然でびっくりしましたけど自分の病状に関しても徹底して人に隠し続けてきた島倉さん島倉さんとの最後のお別れはどのように過ごしたのでしょうか
43:13おつやが始まる前にちょっと時間を関係者の方が作ってくださって2人きりでお話をさせてもらいましたきれいでね本当にきれいでもうなくなってないんですよきれいなんですよそれで着物を全部しっと着てらっしゃって
43:37母さんほら始まるよステージ行こう行こう寝てる場合じゃないでしょうってずーっと起こして起こして起きようよって言ってそれを20分くらいなんかおかしの話から感謝の言葉からいろんな話お疲れ様ってもう
43:56もう辛いこともうないからゆっくり行ってらっしゃいねってまた会いたいですって茨城さんも許しいんだよなんかそんなような話をしたのを記憶してます2人きりでねお話できたのがすごく嬉しかったです
44:04島倉さんの波乱万丈の人生を思いながら晩年のヒット曲人生いろいろ
44:26死んでしまおうなんて悩んだりしたバラもコスモスたちも
44:46押さえていたっていうのがかえって入ってくるんですよね髪を短くしたり強く小指を噛んだり自分ばかりを責めて泣いて過ごしたわ
45:14この通りの人生でしたね千代子さんって言ったりよく頑張りましたね人を今人生みんないろいろ弾き小物もいろんなことがあって生きていくそれが人生なんできっとあの今ねいろんなことがあったけど楽しんで苦しかったことも楽しんでやってきたよ
45:44歌というフィールドを通してということでいらっしゃるんじゃないかなそうですね大好きですずーっと好きです母さん好きですそして島倉さんが亡くなる3日前にレコーディングしたという最後のシングル曲からたちの小道にはこんなエピソードが亡くなった時に僕は家へ行ってね
46:06もう引き出し上げてびっくりしたのは最後のねからたちの小道っていうのが最後の歌だその譜面が出てきたんですよからたちの小道っていうのはもう彼女が死ぬか生きるかってみんな世の中騒いでる時にね持って行って出た歌なんですよそれにもかかわらずね譜面は真っ赤ですよ
46:18ここは記録とかねここは間を開ける方がね細かくかそういうことをねピシーッと最後までやった人
46:34地元品川に眠る島倉千代子さん亡くなる3日前にレコーディングしたからたちの小道に合わせてお墓の横に植えられたからたちの木
46:47そして没後13年今やからたちの木は全長3メートルにまで育ち今年初めには黄色い実がなったという
47:09お墓の横に寝てくれ帰らない日々を悔やみはしないけど人生は流れゆく旅景色たった一度のときめきの香りが
47:19夢見るように寂しそうについてくるああ
47:30あなたが歌った歌忘れはしない
47:58好きです いついつまでも涙がぽろぽろり小林さんをはじめ渡引さんもそれからご一緒にお仕事をされた方たち皆さんから実はものすごく愛されていた方だった
48:29やっぱり人のために生きてでもみんな島黒さんのために何かしたいそんな風に思い思われた人生だったのかなそしてそれを我々ファンの人たちもそんな島黒さんだからこそ最後までそして未だに愛し続けているんじゃないかなだから日本を代表する歌手であり続けていらっしゃるんだろうなと本当にその通りです本当に改めて思わせていただきました
48:51はい次回最後の月人は昭和の大スター植木ひとしゆかりの知恵家族第一家族愛スターでありながらも謙虚で質素でさらにクレディーキャッツは俺たちの憧れのグループでしたからねあの明るさってなかなか出せない
48:59そして娘が語る父親としての素顔さすが植木ひとしの娘だなぁ
49:06おい小松お前な明日からもう来なくていいから親父さんかそれいいなぁ
49:0960年前ぐらいに買ったVXさんだなぁ
49:10ねねね
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