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00:27冬が美しい二大世界遺産
00:58今外国人を魅了する美しい冬の歴史名所世界遺産比叡山遠略寺を徹底取材1200年前最澄が険しい山奥に開いた日本仏教の墓山今なお人々を惹きつけ年間50万人以上が訪れる天空の聖地比叡山遠略寺の
01:22知られざる秘密に迫ります雪が積もってとても美しいのよ日本ならではの建築と雪景色が合わさって最高ね今日本を紹介する海外の旅行誌ミュシュラン・グリーンガイド・ジャポンで星付きで掲載される人気の歴史名所遠略寺
01:30京都府と滋賀県にまたがる比叡山のおよそ1700ヘクタールすべてがお寺です
01:38東京ドームおよそ360個分にもなる広大な敷地を持つ天台宗の総本山は
02:08シンボルでもある遠略寺発祥の地東道エリア東道僧侶の修行場が多く集まる聖地斎藤エリアそして最深部に位置する横川エリアと大きく3つに分かれていますまずは最も多くの歴史ある建築物が集まる東道エリアからめちゃくちゃいいですね雪化粧雪化粧雪雪化粧!
02:38素晴らしい時期に来ましたねこれねそうですねこれは今がいいなでこれが国の重要文化財に指定されている大興堂と呼ばれる建物でございます大興堂すっごい立派だねえ国の重要文化財にも指定される延暦寺大興堂今から1200年前の824年に建立され天台宗の総本山として僧侶たちが日々押し入れます
02:48教えを学ぶ大切な場所です何度も焼失復興を繰り返しながら長い年月を刻み続け現在の姿となりました
03:01なるほど延暦寺にはこの他にも新興道場である北家草寺院東東や阿弥陀如来を祀る阿弥陀堂歴史的にも重要なお堂がたくさんありますその数はなんと現在150
03:31最盛期にはですね約500ものお堂があったそうなんですえっ500もあるっていう今回は通常撮影禁止の重要文化財大興堂を謎トレカメラが特別に取材延暦寺が日本仏教の墓材と呼ばれる理由を解き明かしますお邪魔しますすっごいほらこれすごい想像画がだぼっ!
04:01中に入っただけでそのこのピリッとした感じというかシュッとしなきゃっていう感じがこちらの肖像画なんですが天台宗ゆかりの僧侶の方々の肖像画が飾られていますもしかしたら教科書で見たっていう名前の方がいるかもしれないで探してみてくださいあっほらえっえっえっえっ僕このパターンの聖徳太子初めて見ましたこのパターンって言わないでしょ
04:27聖徳太子は延暦寺創建前に比叡山を登ったとされ自身が大事にしていた観音像を安置するなど延暦寺ゆかりの人物として肖像画が飾られているんですそして肖像画のお部屋から大高堂の奥へ進むとそこにはずらっと並ぶ多くの木造が。
04:48新蘭師匠教科書なんか見たことないですか新蘭知ってますね大高堂には浄土新宗の階祖新蘭や浄土宗の方念そして日蓮など教科書で一度は名前を聞いたことのある各宗派の階祖が並んでいます
05:08なんでその最長以外の動画っていうはいそうですね延緑寺で学びたいとですねいろんな多くの僧侶たちがここに集まって勉強していったんですへえ仏教を学ぶ場としてその多くのお坊さんを輩出する日本仏教の墓山うんなるほどだからこういう違う方の情報に並んでるってことです
05:30日本仏教の礎を築き教科書にも載るような多くの僧侶たちはここ比叡山で学びそして国内外へと広がっていきましたそのことから比叡山は日本仏教の墓山と呼ばれまた世界遺産に選定された理由にもなりました
05:37それでは厳しい寒さをしのぐ比叡山の冬の知恵から問題
05:55延緑寺のお堂は冬の寒さが厳しい比叡山ならではの工夫がされておりますそれはお堂が建てられた場所にあります冬の寒さに備えて多くのお堂がある場所に建てられたんですがそのとある場所とは一体何でしょうか
05:56A.お堂を麓に集めたB.お堂を山の半面に集めたそれではお答えくださいさあこちらの問題宇治原さんどう見ますかあのまあ寒いんですよね関西の人間は特に分かりますけど冬場寒いのはなぜ寒いのかっていうかねそういうまあちりちがく
06:42息吹山でしたっけなんか山がすごい影響してるみたい風がどっとかああなるほどそっちの知識があったら解きやすいかもしれない京都の社寺の中で唯一住所が滋賀県の物件だとへえそうそう思いますそうそう世界遺産としては京都の社寺の中に入っちゃってるんですよ
07:09それ以外にもちょっと昔からあるからね滋賀と京都ってお水問題ですかやっぱりまあね昔から言われてるけどねその琵琶湖の水止めだろかみたいなよく聞くやつだななんかでもチラッと聞いたところで言うとその琵琶湖疎水かなのその水門の権利は実は京都が持っててへえ止めれるのは京都の方やねみたいなへえ
07:34それでは正解です小森さんの回答は風が吹く方向とか寒くなってきた太陽が上がってくる位置とかっていうのは決まってるんで一気に日が全部当たる方角に立てたってことは山の半面に太陽の当たる半面全部に立てたのB正解はBお堂を山の半面に発表されます
07:38少し理由違いますけど。
08:07実は延暦寺のお堂の多くは比叡山山頂から東側の琵琶湖を望む滋賀県側の斜面に建てられていますこれは西側つまり京都側の斜面で冬に吹き荒れる強く冷たい風を避けるために考えられた工夫なんだそうですこれが厳しい寒さと向き合う1200年の知恵
08:21ただお堂を建てるだけじゃないっていうのがやっぱすごいですねその山の環境に合わせてやっぱ作るっていうのはすごいですね続いては国宝に隠された建築技術から出題
08:41根本柱道の美しい建築を間近で見られて驚いたよお堂の上から下までほんとにすばらしかったなぁ続いては東道エリアのシンボル比叡山延暦寺の総本堂国宝根本柱道へ
08:45進めますとじゃーん!
09:14えっ何か思ってたのと違うというか囲まれてませんなのと国宝延暦寺根本柱道788年に創建された延暦寺の総本堂です国家の災いを防ぐ目的で最澄が19歳の時に比叡山に初めて開いた延暦寺発祥のお堂です
09:372016年から続く大改修作業が10年以上かけて行われており現在も完成に向けて工事を進めています今回は小寺さんにご案内していただき今だからこそ見ることのできる貴重な修繕の様子を見学させていただきます
10:22中期の姿を目指し全てを塗り直しています特にこの今見ていただいている回廊の壁面なんですけれども科学調査を行いましたところ1642年当初の塗装が一部見つかりましたので
10:52修繕作業中には江戸時代中期の塗装が青森県で取れる赤い輪を使用していることが新たに判明したそうですそして琵琶湖が近く湿気の多い比叡山では木を腐りにくくするため塗料に油も混ぜて塗られていましたこれも山中の寺院ならではの知恵さらにその工夫は屋根にもわ!
11:22ここがすげえ見学エリアになっておりますはあすげえうわすごいな上から見れるのはポンポンチュードの屋根は土地拭きという木の板を重ねる方法で作られています使用されるのはお風呂の木桶などにもよく使われているサワラの木を加工したもの水分による変形が少ない性質を持っています
11:47雪や雨など湿気の影響を最小限に防いでくれますそのサワラの板をなんと10万枚重ね屋根を作っているんですがさらに驚きの工夫もそれではここで問題ですこの根本中土の屋根を作る時にサワラの木の間にあるものを組み合わせることでより木が腐りにくい工夫がなされている
11:52木の間に挟み込んでいるあるものとは一体何でしょうかはい
11:53A 銅板 B 石板 それではお考えくださいめっちゃ分からない間にね
12:04石板か銅板かってことですゲストの方答えお書きください
12:05むずい これはむずいえぇそれでは正解ですこもりさんの回答はこれは単純に石板B石板銅板を入れてしまうとやっぱりそれこそくすその錆びてしまったりとか逆に木がダメになっちゃうんじゃないかなというはいはいはいはいはいと言う正解は実際に見てみましょうおーっ
13:01実際見てみましょうこの目でどこだどこだどうにしてえ果たして正解はえすげえさあ延略寺根本柱道の屋根で使用している
13:31木の板に挟まれたあるものとは根本柱道では屋根に木の板を重ねる際4枚ごとに銅板1枚を挟み込むように制作されていましたこうすることで雨が降った時には銅板から銅イオンを入れます
13:58水を含んだ雨水が流れ出す仕組みでこの成分が屋根の木をコーティングしていたんですね腐敗を防ぎ長もちさせる効果があるそうで古くから延暦寺を守ってきました続いては国宝が守り続けるものから出題国宝根本柱道通常は撮影禁止の道内でその秘密に迫ります
14:01うわぁお邪魔します
14:06うわぁすっごいなぁ
14:20天井のため香りも一気に入った瞬間このいい香りの香りという香りの香りですかね中はやっぱちょっと黒い感じがまた奥半端なくないですか?
14:49見てほしいものがあるんです奥をご覧くださいうわっすげえ仏像ですね根本柱道の奥内陣にあったのはご本尊薬師如来蔵伝行大師最澄は19歳でこの場所にお堂を建て信仰に勤めましたそしてこの内陣には天台宗の総本堂ならではの特徴がありました
15:19つくりを見てお気づきになることってありますでしょうかほかのお参りされたことのあるお寺さんと比較していただいてえっ目線が同じそうです皆様も必ずいつかは仏になる存在なので仏様と皆様に差がないということを表すために目線が同じになるように仏様をお祭りしているというのが天台宗の特徴ですねへえすげえはい
15:39根本柱道の内陣は仏様が私たちが拝観する位置より3メートルも低い高さに作られる天台様式と呼ばれる構造仏様を拝観者と同じ目線でお祭りするこの構造自体が最澄の教えを表しているそうです
15:48根本柱道が国宝とされているのもこの建物が密教建築の基本形を表現していることから
16:11実はこのお堂では1200年以上守り続けられているある大切なものがあるのですがそれは一体どちらでしょうA1200年消えていない日があるB1200年消えていない絵があるそれをお考えください
16:28これめちゃくちゃへえ何のために守り続けるかとかどういう意味があるかとかそういうところから考えていくかな普通はねどっちもすごいけどねどっちも相当まで残ってるの
16:37それでは正解小森さんの解答は1200年消えてない日があるの方だと思うんですよ
16:54それでは正解はあちらをご覧くださいぼんやりとなりか火ですよねということで正解はA1200年よくいない日があるでしたありがとう
17:24すごすぎるマジでこうなんか自分で言っといて当たってますけどすぎすぎませんマジで延暦寺が1200年以上絶えることなく守り続けている日それは最澄自らが薬師如来蔵の前にともしたもので仏の教えが守り伝えられ人々を温かく照らし続けるようにと願いが込められた日不滅の宝刀とも呼ばれこの日が消えることになりましたね。
17:35僧侶たちは1200年以上の間毎日欠かさずナタネ油を継ぎ足し続け最澄の教えを守りに行っています。
18:54でもなんかめちゃくちゃかっこいいな通称は二内堂といいますこちらがホッケ堂という建物になります左側が上行堂という建物でして二内堂ですけれども武蔵坊弁慶って聞いたことありますか?はいはいあります?
19:19武蔵坊という名前は延暦寺の中に実際に昔あったお寺の名前でして武蔵坊というところの住職の弁慶さんで武蔵坊弁慶なんですその弁慶さんがこの2つのお堂をですね渡り廊下を軸にして担ったということから二内堂というそういうお話が残ってましてそこから二内堂と呼ばれてますね
19:21じゃあ弁慶ここにいたんですか?
19:23ああそうですそうですね
19:24すげー!
19:26すごすぎる!
19:29そしてこの地域にはさらなる聖地も
19:43こちら浄土院五廟と書いてありますけれども浄土院と呼ばれる最澄さんが眠られる五廟所になります比叡山で最も正常な聖域と呼ばれておりますまあやっぱそうするんだって最澄さんいらっしゃるんですもんねそうですね
19:45最澄が眠る五廟 浄土院 奥に進んでみるとこちらが殿業大最澄の五廟所になりますはあ
20:09すげえそれに眠られているとすごいですね本当にここでは地震と呼ばれる僧侶さんがですね最澄さんにお仕えしながら国の安泰を祈るということだそうです
20:25十二年老産業と呼ばれる修業で最澄さんに食事を運んだり読経したり清掃、座禅、弁学をひたすら毎日行ったりする日課を十二年間一日の休みに行います
20:5412年ずっとこの場所に居続けるってことですかはいそうです浄土院の中ですかそうですこの今お入りいただいたそうですよいやそんな過酷な修業を乗り越えないといけない境地があるんですねはい現在の12年老産業が確立したのは江戸時代およそ300年間で満業したのはたったの82人
21:01そしてさらに仏教界で最も厳しいといわれる修業が比叡山にはあるんです
21:35すごすぎますねやっぱ信念っていうのはこういうことなんでしょうね
21:59それではここで問題ですもう無理です僕もう問題はもう問題無理えっこんだけ聞いて感動しても問題無理ですよ考えてください千日開放行の中で5年目に行う修業があります厳しい千日開放行の中でも最も過酷な修業といわれるものなのですがその修業内容とは次のうちどちらでしょう?
22:20A48時間寝ずに滝行B9日間飲まず食わずで祈るいやどっちだろうなさあ正解は一体どちらでしょうさあ小森さんの解答は?
22:28でもその思い続けるやり続けるみたいなことが大切であるという考えでB
22:58正解は仏教界で最も厳しいといわれる修業千日開放行その中で行われる最も過酷なものは一体どちらでしょう答えを発表しますはい正解はBコロナのみづくわずで祈るいやいやホントにでもよりつらい方だと思ってあげて正解なんでもう僕ちょっとその言い方があったんですね。
23:08断食断水不眠不我と言いまして食べない飲まない眠らない横たがない
23:12でもそれ9日間終わったら動けないんじゃないですか?
23:18担がれて出て来られた方もいらっしゃいますね。ビーラみたいな本当に痩せた状態で
23:32断食や断水など過酷な状況下で9日間祈り続ける修業は同入と呼ばれ江戸時代から受け継がれてきました。
23:44比叡山に記録が残るおよそ500年の間にわずか51人達成すると開放行者の最高位である大アジャリの名を授かることができるんだそうです。
23:50ちなみに遠慮寺から始まったとされているものがあるんですけど何でしょう?
23:52福良くんには答えが届いたそうなの?
23:54何かヒントみたいなの?
23:56でも結構意外結構意外だな。
23:58意外?
23:59わかった俺はもうわかった。
24:00ええ?
24:01何だろう?
24:03初詣とか?
24:05あー違いますね。
24:06じゃあ宇治原さん答えますか。
24:08お願いします。
24:09おみくじ。
24:10正解です。
24:11おー!
24:12すごい。
24:13おみくじ。
24:181000年以上前に岩山大使が始めたとされているという。
24:20おみくじだ。
24:24冬が美しい二大世界遺産。
24:25続いてはこちら。
24:33世界遺産こと京都の文化財の中でただ一つお城として選ばれた二条城。
24:36そんな二条城といえばある特徴が。
24:44それが将軍が日常生活を送っていた邸宅が今も変わらず残っていること。
24:48それが国宝二の丸御殿。
24:52当時の暮らしを見ることができる貴重な歴史遺産です。
25:09実は将軍の邸宅が現存しているのは全国でもここ二条城だけ。そこで今回は国宝二の丸御殿を間取り図から学ぶ歴史不動産クイズを出題。
25:37現代の暮らしと照らし合わせながら徳川将軍家が間取りに詰め込んだ秘密の工夫をひもときます面白そう世界遺産二条城の間取り図から学ぶ謎トレ歴史不動産まずはジグザグすぎる間取りの謎から出題今回ご紹介する物件国宝二の丸御殿は江戸幕府初代将軍
25:59徳川家康が1603年に建築その後孫の三代将軍家光の時代に大きなリフォームが行われています自宅というよりは将軍が京都を訪れた際に滞在するいわば別荘のような邸宅としてご利用可能な
26:29蓄電数422年の超ヴィンテージ物件となっていますでは早速二の丸御殿の間取り図をご覧いただきますと将軍とその部下である大名たちが面会する現代でいうと応接室にあたる6部屋およそ200畳の大広間や親しい仲間だけを迎え入れる将軍のリビング6部屋およそ132畳の大広間や
26:59黒書院さらには将軍家のプライベートベッドルーム白書院にキッチンである離れの台所など6棟に33の部屋があり廊下の総延長は450メートル以上京都駅から車でわずか10分建物面積3300平米高立地の巨大物件です番組では28LLA
27:09LDKと呼ばせていただきますただしこの物件間取り図を見てみるとある不思議なことに気づきませんか?何だろう?実は今ではちょっと使いづらそうなジグザグジグザグとした不思議な間取りになっていますよね何で何?
27:36でもこれには世主である徳川家のさまざまな工夫が秘められているんですその一つが風通しもし屋敷をまっすぐ建てると風は一つの方向からしか入りません
27:58しかしあえてジグザグにすることで風が入る面積を増やし京都の暑い夏でも風通しのいい快適な物件にしていますしかもこれ風だけでなく同時に光が入る面積も増える室内をより明るくする工夫にもなっている紙設計
28:27さらに部屋には金箔が張られた壁やふすまがあり取り込んだ光が金箔に反射電気のない時代に明るく過ごす知恵が込められているんですそれではそんなジグザグとした不思議な間取りから問題よしよしよし実はこの間取りには他にも徳川家のある工夫が隠されているんですがさあそれは一体どちらでしょう?
28:29A.火災が起きにくくなるB.敵を不安にさせるさあこちらも問題がありましたけどもこの回面白かった不動産でちょっと親近感も湧くしちょっと分かりやすい面白いですよね
28:58二条城って何か昔敷地内に意外なものがあったっていう話が確かに意外なものどういうものですか?
29:13スポーツができる野球場みたいなえっとねテニスコートがへえそうそう二条城の中に真鍮軍が入ってきた時に敷地があるからテニスコートを作ってここでテニスやったとへえ!
29:34それでは正解ジグザグとした間取りの工夫はB.敵を不安にさせる実際に二の丸御殿の中を早送りで歩いてみるとジグザグとした間取りのためやたらと曲がりながら歩かされ方向感覚が失われていきます
29:58しかも回った先に何があるのか見通すこともできず不安にもなってしまいますよねまさにそれこそが徳川家の狙い防犯カメラやオートロックはもちろんありませんが間取りの知恵で安全を保つ不思議な設計の秘密です
30:26続いては将軍の応接室に仕掛けられた秘密の部屋さあここからは将軍が暮らした6棟28LLLDKの巨大物件二の丸御殿のルームツアーを始めさせていただきます入り口から奥に進むほど徐々に家主のプライベートな空間となっていますので期待してください
30:51まず謎トレがご紹介するのが玄関に近い一つ目の胸から入り口を上がりまず見えてくるのは現代でいうところの待合室10部屋およそ310畳もある東侍ですこちらは大名やその家臣など訪れた人々が待機するための場所
31:11そのため二の丸御殿の中で最も広く設計された胸になっています実はここにも徳川家が仕掛けたちょっとした秘密が隠されていますそれが金箔の襖に描かれた屈強な虎の絵
31:29訪れた人々がここで待機している間に力強く童貌な虎ににらばれることでより一層の緊張感を相手に持たせ面会の前から心理的なプレッシャーをかける工夫です
31:49待合室から奥に進み2つ目の胸にあるのは現代でいう執事の部屋ここは83畳の4部屋からなる二の丸御殿で最も小さい胸で将軍の執事である幕府老中が待機する質素な老中の的
32:18彼らが訪れた人々と面会する式台の間がありますそしてルームツアーはいよいよ3つ目の胸将軍の応接室である大広間に到着ですこちらは6部屋およそ200畳からなる強大空間将軍はここで諸藩の大名や幕府の役人と会い様々な会談を行っていました
32:31教科書でもおなじみ幕府が政権を朝廷に返上した大政奉還はおよそ150年前のまさにこの場所が舞台です
32:41そんな将軍の応接室その最大の売りはまるで取り囲むように描かれた松の絵
32:54実はこれも徳川家が仕掛けた秘密の工夫です周囲には襖や壁を何枚も使用した大きな松が描かれていますが
33:13よく見てみると将軍の座る奥に向かって松はだんだんと小さく描かれていますこれは将軍がより遠く手の届かない存在に見えるよう遠近法を使った仕掛けなんだそうです
33:17さらにさらに秘密の工夫は他にもありますよ
33:29間取りをご覧いただくと最も奥にあり一段高く設計された48畳の一の間は主に将軍が座るスペース
33:37そして向かいに位置する44畳の二の間は面会に訪れた大名などが座るスペース
33:52将軍の姿を見ることもできない44畳の三の間は大名の家臣などが待機するスペースとそれぞれ身分によって位置する場所が決められていたのですが
33:54そこで問題 将軍の応接室には実は22畳半と最も広くどの部屋からも見ることのできない存在することすらきつかない不思議な4の間が存在していますこの謎のスペースは実はあることのために使用されていたのですが
34:17それは一体どちらでしょう
34:37A部下が待機する警備員室B将軍が服を着替える衣装室ではキャプテンの皆さん答えをお書きくださいさあ将軍の応接室に隠された秘密分かりますか?
35:01阿部君以外はいいということですね将軍の応接室にあった四の間の目的はA部下が待機する警備員室大名との面会中もしも将軍に何か事が起きた際にはすぐに駆けつけられるよう武器を保管し警備のため部下が待機していたともいわれています
35:09どの部屋からも見ることができないようにしてあるのはその人数や兵力などが悟られないための秘密の工夫
35:38現代になるまで明かされていなかった将軍の応接室に秘められたシークレットサービスです続いては将軍のベッドルームに隠された秘密の小部屋応接室からさらに奥へと進み4つ目の棟へ将軍の暮らしぶりが垣間見えるプライベート空間こちらは将軍家のリビング6部屋およそ132畳ある黒書院です
35:48京都滞在中将軍はこのリビングで親しい友人や家族を招きリラックスした時間を過ごしていました
36:04ルームツアーはさらに奥へと進み5つ目の棟へ二の丸御殿で最も神聖な空間である将軍のベッドルーム6部屋およそ87畳の白書院です
36:20昼は書斎や居室として夜は寝室として利用されたこの完全なプライベートスペースは将軍の日常に思いを馳せ幕府の歴史を肌で感じることのできる場所です
36:33今までご紹介してきた華やかさや権威を示した空間とは打って変わり落ち着いた日々を過ごせるような工夫が随所に散りばめられています
36:57例えば今までは金箔で彩られた壁やふすまが使用されていましたがこのベッドルーム白書院では全てのふすまを白で優しく統一描かれているのも山水画や小鳥などの水墨画で癒しを演出した静寂な空間が広がっています
37:26そんな将軍のベッドルームに隠された謎の部屋から問題白書院の間取りをよく見てみると一の間の北側に外に突き出した小部屋があります現在は使用されていませんが当時これはプライベート空間ならではの用途で建築されましたさあこの部屋には一体何があったでしょう
37:27A.将軍専用のトイレB
37:56.将軍専用の抜け穴面白い問題ですよ白書院の北側に突き出ている部屋建物として作ってあるじゃないですか一つ突き出た小部屋としてねそこがちょっと得鍵かなというか二の丸御殿は現存する唯一の将軍宅そうかもう他残ってないんだ
38:06ちなみにそれで言うと今ある二条城は家康が作ったものですけども最初に二条城を作ったのが誰か分かります?現存していない二条城があるんですよそれはここにってこと?
38:38多分場所は違うんだよ
38:48見ることはかないませんが当時のトイレはこのような形蓋を開け用を足せば下へと落ちる仕組み
38:56ちなみに橋に立つ棒は持ち手ではなく衣服が汚れないように裾を広げるものだそうです
39:03続いては将軍家の台所にあった不思議な機能
39:10最後は離れとなる6つ目の旨をご紹介します
39:19この建物にあったのは日常生活に欠かせないキッチン将軍家の台所です
39:36現在は建物のみが残りかまどや流し台などを見ることはかないませんがそれでも江戸時代初期の台所が城内に残っていることはとても貴重でその姿を見られるのは二の丸御殿だけとのことなんです
40:06現在はなくなってしまっていますが江戸時代の間取り図を見てみると実は台所と二の丸御殿はつながっていて食事をスムーズに運ぶことができていました今からおよそ400年前1626年の記録によれば時の天皇だった御水尚天皇を二条城に招待し城内の台所を使い盛大なおもてなしを行います
40:20タイやカラスミなど超高級食材が全国から集められなんと600人以上の料理を調理したんだそうです
40:31さあそんな将軍家のキッチンから問題 このキッチンには今では考えられないある設備がありましたそれがこちら
40:58室内でひときわ高い所に登れるように作られたもののようですがさあその設備とは一体どちらでしょうA動きを管理する指揮車代B食材を管理する貯蔵代ではゲストの皆さん答えをお書きくださいさあこの問題皆さん分かりますか?
41:24天皇家や将軍家にお出しする料理を作る際には専門の役人が台に上り大人数が滞りなく動けるように料理人や配膳係を管理し指揮をとっていました。
41:39また毒をもられないように監視する意味もあったと伝えられていますさあここからはこれらの有名な駅弁がある都道府県をリズムに合わせてお答えください
41:44神奈川栃木奈良宮城すごい!
41:49すごい!
41:541つずつ新たな駅弁が入ってきます。
42:16福岡、鹿児島、奈良、宮城。
42:31福岡、鹿児島、奈良、京都。
43:41福岡、長野、三重、北海道。
43:41北海道。
43:47ここで猪俣が脱落。
43:50北海道ではありません。
43:59福岡、長野、三重、東京。
44:09これは無理か。
44:38これは無理だね。
45:32さあここからは上級編全てお答えください。
46:39和歌山、山形、奈良、富山。
47:03山形、岡山、富山、千葉。
47:07山形、大きな駅。
47:08アートリー。
47:09山形、駅、大きな駅。
47:10多いぞ。
47:11池男人。
47:15池男人。
47:19三重、千葉、岡山、佐賀、群馬。
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48:14三重、千葉、大阪、奈良、京都。
48:41いいぞ!
48:42三重、千葉、奈良、京都。
48:43三重、千葉、奈良、京都。
48:44三重、千葉、奈良、京都。
48:45三重、千葉、奈良、京都。
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