1984年、岐阜県立可児高等学校美術部の有志で企画され、総監督・橋本の卒業後は、同美術部員が結成した同人誌サークル・CCP(*1)が製作を引き継ぎ、現役生とともに完成させた可児高史上初の自主製作アニメ
8mmフィルム原版完成の後も、若干の新規カット追加や修正、再編集等が施されたが、動画の大半は総監督・橋本が卒業した1986年の夏季休暇中の1ヶ月間で作画された。
通常、アニメ製作には多くの人材が必要だが、地方においては有能な人材を集めにくく、また、当時の可児高では他校の生徒との交流は厳しく制限されていた。
また、1980年代にはパソコンもインターネットもなく、ビデオカメラですら普及していなかった。そういう厳しい環境で16~18才の少年が全て独学で「手作り」した作品である点を考慮して、温かい目で観て頂けると幸いです。
・企画
岐阜県立可児高等学校美術部(1984年)
・製作
岐阜県立可児高等学校美術部(1984~1986年)現役生/OB
CCP(1985年~1987年)
橋本博史(1984~2013)
・総監督
橋本博史
このアニメではセリフが一切出て来ません。声をあてる女子部員がいないという理由でそうなりましたが、結果的には「言葉を交わさなくても理解し合い、助け合って、皆で一つの大きな目的を達成する」という理想的な世界を描けたように思います。
*1 可児高美術部員を中心に秘密裏に結成された同人誌サークル。極一部だが、他校生徒や他のクラブの生徒も加わっていた。エンディングに出る”CCF”は"CCP"の映画製作部門の意味だがメンバーは同一。アニメ完成後の1987年頃に解散した。
<製作プロセス>
1984年 企画開始
1985年 パイロット・フィルム製作。文化発表会に向けて正式版の製作をするも間に合わず
1986年 フィルム正式版(リメイク版)完成。文化発表会で上映
1987年 VHS版製作開始(新規カット追加)
1988年 VHS版製作完成(新規カット追加、再撮影、再編集)
1998年頃 DV版製作(BGM追加、再録音、再編集)
2006年頃 AVIファイル版前後編編集。Youtubeに公開
(後にGoogleにアカウントを整理されて消滅)
2013年 AVIファイル前後編統合版編集。Youtubeに公開
<パイロット版&NGカット集>
https://www.youtube.com/watch?v=YbxstsBtEIg
<余談>
後に可児高にセンセーションを巻き起こした「可児高戦士ヤッケマン」の主要スタッフもこの作品の製作に関わっている。
当初この作品と同時進行で「愛校戦隊ハツラツマン」という実写映画が製作される予定だった。しかし、アニメの製作で手一杯でハツラツマンは幻の作品となった。
しかし、その後も部室にはハツラツマンの企画資料やコスチュームのパーツとして検討されていたヘルメット等が残っており、それらからヒントを得て製作されたのが、「可児高戦士ヤッケマン」であった。
もっとも、ハツラツマンは構想の初期段階で行き詰まっており、仮にハツラツマンが製作されていたとしてもヤッケマン程の傑作にはならなかったと思われる。
This anime was made by me (Cosmates owner, Hiroshi Hashimoto) a long long time ago when I was a teenager.
In that era, there is neither PC nor internet, even video recorder had not spread.
But I tried to make an anime with a few friends at high school using almost paper, pencil, and 8mm film camera only.
In this anime, the characters don't talk anything. A letter written "Help me" is used only. But they understand each other, cooperate together, and finally, they destroy a big evil. (without demanding any reward)
The reason why we didn't use voice actors is that we couldn't get a girl of voice actor (lol), but, as the result, we think we could make such an ideal world.
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