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  • 15 年前
三月のつごもりなれば、 京の花盛りはみな過ぎにけり。山の櫻はまだ盛りにて、 入りもておはするままに、 霞のたたずまひも をかしう見ゆれば、かかるありさまもならひたまはず、 所狹き御身にて、 めづらしう思されけり。 寺のさまもいとあはれなり。峰髙く、深き 巖屋の中にぞ 、 聖入りゐたりける。 登りたまひて、誰とも知らせたまはず、いといたうやつれたまへれど、しるき御さまなれば、「 あな、かしこや。一日、 召しはべりしにやおはしますらむ。今は、この世のことを 思ひたまへねば、驗方の行ひも 捨て忘れてはべるを、 いかで、かうおはしましつらむ」と、おどろき騷ぎ、 うち笑みつつ見たてまつる。 いと尊き大德なりけり。さるべきもの作りて、すかせたてまつり、加持など參るほど、日髙くさし上がりぬ。すこし立ち出でつつ見渡したまへば、髙き所にて、ここかしこ、僧坊どもあらはに 見おろさるる、 ただこのつづら折の下に、同じ小柴なれど、うるはしくし渡して、淸げなる屋、廊など續けて、木立いとよしあるは、「 何人の住むにか」と問ひたまへば、 御供なる人、「 これなむ、なにがし僧都の、二年 籠もりはべる方にはべるなる」「 心恥づかしき人 住むなる所にこそあなれ。あやしうも、あまりやつしけるかな。 聞きもこそすれ」などのたまふ。淸げなる童などあまた出で來て、閼伽たてまつり、花折りなどするもあらはに見ゆ。「 かしこに、女こそありけれ」「 僧都は、よも、さやうには、据ゑたまはじを」「 いかなる人ならむ」と口々言ふ。下りて覗くもあり。「 をかしげなる女子ども、若き人、 童女なむ見ゆる」と言ふ。君は、 行ひしたまひつつ、 日たくるままに、 いかならむと思したるを、「 とかう紛らはさせたまひて、 思し入れぬなむ、よくはべる」と聞こゆれば、後への山に立ち出でて、京の方を見たまふ。

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